エル
客室に入るとエルはまるでこの部屋を知っているかのような足取りで、すぐにソファーに腰掛ける。
「座って?」
わたしはエルが指す椅子によじ登る。お行儀が悪いと叱られてもしょうがない。背が驚くほど小さいんだもん。
わたしが座るのを確認して、エルは口を開く。
「貴方……名前は?」
「え? 名前? あ、あぁ。エス? でしたっけ?」
「違うわ。ここに来る前の名前よ」
ここに来る前? 聖華ってこと? この人に言わないといけないの? 言って大丈夫? 偽名使ったほうがいいかも?
「えぇと…カンセイ ザキカです」
「カンセイ? ザキカ? 変わった名前ね。どこの国の人だったの?」
「あー、えぇと……ア、アジアです」
「そう。知らない国ね」
わたしは感情を読まれないように笑顔になる。嘘を吐いたとバレたら殺される、と自分に言い聞かせながら。
エルは首を傾げながらわたしを見る。
「貴方は……カンセイは魔族になれたのに、一生幽閉されてもいいの? 魔力を搾り取られるのよ?……お兄様の最高傑作なのに」
最後にボソッと変な事が聞こえたが無視だ。魔族の私情に首を突っ込む気は無い。
あと、大嫌いな魔族に幽閉され、どのくらいあるかも分からない魔力を搾り取られるよりかは、人間界に投げ捨てられる方が良い。
「できる事ならば、幽閉ではなく人間界に捨てて欲しいです。あ、出来ればの話ですが」
わたしはお兄ちゃんにお仕置きされたく無い時のように上目遣いになる。それが効いたのか、エルは顔を紅潮させた。
「人間界に連れて行くのね…良い案かも」
このままいけば魔界での幽閉を免れ、人間界に帰れるのでは?
わたしは必死に頭を回す。
エルが他三人、アール、ジー、クソイケメンにわたしを人間界に置いていく事を提案したとして、賛成してくれる人は居るだろうか? ジーはきっとこちら側に賛成してくれるとして、あとは、イケメンとアールだ。アールは、わたしを監禁した事を出せばギリギリ賛成してくれるかもしれない。しかし、イケメンは無理だ。さっきの部屋を見るに相当な金満家。閻魔様と呼ばれていたのだ。権力も強いだろう。そんな人が反対したらどうなるだろう? きっと提案を無視し、わたしをこのまま魔界に置いておくつもりだろう。
……いっそ脱走でもする? いや無理。この体、五、六歳ぐらいだよ? ろくに立てもしない体に全速力で走れないよ。走れたとしてもすぐ捕まっちゃう。
それなら魔界であのイケメンの言いなりになっているフリをしながら、人間界に行くチャンスを待つのが良いかも。
「あの…エルさん」
「なあに? エス」
「やっぱり良いです、人間界に連れて行く話。無しで」
エルは何度か瞬きをした後、嬉しそうに笑った。
「そう! このままわたくし達と過ごしてくれるのね! 嬉しいわ!」
わたしが魔界から逃げる事を考えてるとは知らず、エルは椅子に座っているわたしを抱き寄せる。
さて、これからどうしよ。
まずイケメン、エル、アールに良い子ぶりっ子を演じる。ジーはきっとわたしに協力してくれるだろう。
……あ、逃げ出すなら体力も付けないと。前世から筋肉のある人に憧れがあったからね! 今世では筋肉マッチョになるんだ!
「エスってほんっといい匂い。食べちゃいたいぐらい!」
「もー、お母様ったら…えへへ…へ…」
お母様はわたしの事を褒めちぎる。特に容姿の事をね。
何度か同じフレーズが繰り返された辺りで褒め飽きたのだろう。エルはわたしを腕の中から解放し、しゃがむ。そしたら丁度わたしと目線が合う。
「話はまとまったし、お兄様に鍵を返しに戻りましょうか」
エルは扉に向かって歩き出す。
わたしはエルの後を追い、貴族らしい長い袖を掴む。
「待ってください」
「……エス? どうし…」
「まだ話は終わっていません。聞かせて下さい。お母様、どうして貴方の事を『お母様』と呼んでいるのに、貴方は本当のお母様では無…い…のか……」
わたしは何故かそこで眠ってしまった。
疲れていたのだろうか。
次回 魔族の親事情




