アールの思惑
私の名前はアール・ボルジュール。22歳。
私にはもうすぐ6歳になる主、エス様がいる。
エス様は純白の光彩を浴びているような真っ直ぐの白い髪に、綺麗な紫色の目をしている。そして、その目には古王家の証である星が入っている。といっても暗闇の中で目が光って見えるだけで実際に目に星があるわけじゃない。
聞いた話によると黒魔法という禁断の魔法で生まれた為、3日に一度は一週間ほど寝込んでしまう。あまりご飯が食べられず、なかなか大きくならない。あまり外にも出ないので、肌は病弱そうな青白い色をしている。
エス様はついこの間もすごい熱を出した。もしかしたら、死んでしまうのではと思うくらい高熱が続き、側近内で心配していた。そして、エス様は一ヶ月ほど、ご飯も食を食べられず、水も飲めなり、点滴で過ごす生活をするぐらい衰弱してしまった。一瞬、わがままなエス様と離れられると思ったが考え直した。私の仕事はこれしかない。
もしかしたら、その熱でエス様はちょっと頭がおかしくなったのかもしれない。その時はまだ熱があるのだろう、と思っていた。しかしエス様は熱が引いたら余計頭がおかしくなっていた。
「エル……お母さんの名前ですか?」
エス様はキョトンとしてこちらを見つめる。
私にはエス様の言っていることが理解できなかった。しかし、頭の中はどうなっても口は動いてしまった。
「……肉親の名前をお忘れですか? それとも頭をお打ちになられた、とか……ですよね?」
私の言葉にエス様は焦っているように見えた。口を押さえ、目を泳がせ、冷や汗が垂れている。
私はエス様の頭を確認する様に近づき、なにかあった時のために発信機を背中に付ける。
私はエス様に気づかれない様に、ジーを見る。驚いているジーと目が合った。やはりジーも同じことを思っていたらしい。
私はジーに人差し指を立て、口に近づける。黙れ、の合図だ。
「分かり……ました」
彼は小声で答える。その後、ジーは感情を読ませない、可愛いニコニコ笑顔になる。
「エス様はエル様のことを『お母さん』ではなく、『お母様』と呼んでおられましたよね。やはり、頭を打ったのでは?」
そう言いながらジーも近づいて来て、エス様の頭を確認し出した。
「……で、話とは何のことでしょう?」
エル様が私の淹れた紅茶を手に取りながら尋ねて来ます。
「エス様の事についてですが…」
私はポットを置きながらエル様の問いに答えます。
そして、私はエル様に様子の可笑しいエス様の事を話しました。
「要するに、エスが転生者かもしれないってこと、かしら?」
「…はい」
「そうなのね…どうしましょう…?」
困ったわ、とエル様は頬に手を当てて首を傾げる。
……この様子からして私の言葉をただの戯言と受け取っていますね。ほんとに可愛らしいお方なんですから!
「エル様、私の言葉信じていませんね? まぁ、一ヶ月ぶりに目覚めた可愛い甥の中身が別の人だと知ったら誰でもそうなるでしょう…しかし、可愛い甥でも、大嫌いな娘でも、自分のお付でも転生者ですよ? 転生者はこの魔界にいてはなりません」
エル様はまだ信じたくないというように目を逸らす。そして紅茶の入ったカップをテーブルに置き、カップに付いた口紅を擦りながら答える。
「じゃあ…アールは…その…要するに……エスに死んでもらいたい…って事かしら?」
「そっ、そういう事ではありません! 私は隠しきれず、エル様が連座になるほうが嫌なのです! だから、ここは魔界法の通りにするのがいい…」
「分かった! 分かったわよ! 法律通りにしなさいよ! 決行は明日の朝でいいわね!」
「え、えぇ…そんな早くに…あ! もう12時を回ったので明日決行ではなく、今日決行です」
「そうですか!」
エル様は捨て台詞を吐くと共に、私の部屋を出て行きました。
……さて、上手くいくのでしょうか?
中身はたかが人間、ですがエス様の魔力があるのです。警戒しておいた方がいいでしょう。元々、エス様は魔力を伸ばす為に努力されていましたから。
そんなことを考えながらベットの側のベルで自分のお付を呼び、寝巻きに着替えさせる。
「エル様と何をお話ししていたのでしょうか? アール様?」
「…言えないよ。こればかりは」
「そうですか。てっきり、求婚をされたのかと思っていました。まだそのような関係になれていなかったのですね」
私のお付のルーシーは申し訳なさそうに眉を下げる。
「そのような関係にはなっていないが、そこまで悪い関係でもないはずだ。そうも心配しないでくれよ、ルーシー」
「そうなのですね! エル様が他領の婚約者に嬲られていた頃から救いたいと言っていたのが昨日のことのようです」
「……まぁ結局、婚約破棄になってよかったよ」
私の呟きに彼は「そうですね」と軽く返事をした。
「では、おやすみなさい。アール様」
「あぁ、おやすみ」
その日は珍しく夢を見ました。
本当のエス様の夢です。
「なぁ、アール」
「何ですか? エス様」
夢の中の私はエス様に寝巻きを着せながらエス様の目を見ます。
そこには懐かしい嫌味な顔の主が、私を見下ろしています。
「俺…ちょっと旅に出ようと思うんだ。だからお母様とお父様に別れを……って聞いてるか?」
夢の中の私は固まっていました。おそらく魔術具無しでは歩けもしない主に戸惑いが隠せないのでしょう。
そして、私は今更ながら気付きました。
この夢はエス様が居なくなる直前の会話です。
エス様が深い眠りにつく前の。
「…は?…旅に出る…?」
私はポカンとしながら言葉を発しています。
そして、この言葉も私がエス様に放った言葉と同じでした。
「だ、か、ら! 旅に出るから、お母様とお父様に面会依頼を頼めって言ってるんだよ!」
「あぁ…はい。分かりました。面会依頼を頼んでみます…それで、旅に出るとは? 何処へ? 何の旅ですか? 私も着いて行った方がいいのでしょうか?」
「……アウトルートは着いてこなくていい。」
「は?」
ちょうど寝巻きを着せ終わったところに、エス様の爆弾発言が来ました。
夢の私は硬直しています。エス様は眠たくなったのかあくびをしました。
「俺はもう寝る〜。アール、手の魔術具も外してくれ。」
「…はい」
そこで夢は終わってしまった。
目覚めの始まりの鐘が鳴ったからだ。
「……もう四時か」
「はい。もう四時です」
「うわああぁぁぁぁぁ!」
起きたら目の前にルーシーがいた。私は驚いて取り乱してしまう。
「なんでここに居るのですか!」
「いえ、なにか思い悩んでいましたので。元気になればな、と」
「はいはい。元気になりました。ありがとう、ありがとう」
「良かったです」
私はルーシーを軽く睨みながらベットから降りる。そして寝巻きからお仕着せに着替えさせてもらい、部屋を後にする。
エス様の離宮に向かう途中でジーに会った。歩き過ぎたのか、足を押さえている。
「やぁ、ジー」
「アール様!」
私はジーにエル様との事を話す。
「エス様が転生者という事は確定なのですね」
「まあな」
エス様の離宮に着く。
私はコートを捲り、杖を出す。杖を扉にかざし、呪文を唱えると扉が開かれる。そしてまた歩き出す。
「監禁場所は何処にしよう」
「お風呂はいかがでしょう? 私が魔術を掛けときますよ」
「そうか。じゃあよろしく」
「はい。頑張ります」
階段を上がり、ジーと別れたところでエス様の部屋についた。扉を守っていた騎士に挨拶をし、中に入る。
いつものように椅子を魔術で浮かせ、エス様の寝台の隣に置く。
何十分か経ち私も眠くなった頃、天幕の中からよくわからない『異国』の言葉が聞こえてきました。
『いたい…やめて…いたい』
私は寝台まで確認に行く。エス様は何事も無かったようにぐっすり眠っていた。
……ただの寝言でしょうか?
次回 エル




