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不適切な距離感

「本当に一人で着替えられるのですか? ジーも私もお手伝いしますよ?」

「そう言ってるじゃん、早く出てって」


 アール達にまだ一人で着替えられない子供だと思われているなんて。もう小三で九歳なのに。あの頃とは違うよ。精神も服のサイズも。

 わたしは小さめのパジャマで寝ることを覚悟しながらクローゼットを開ける。


「な、なにこれ!」


 クローゼットにはこれまでの服は無く、ワンサイズ大きい服がリボンの付いたハンガーに掛かっていた。わたしはパジャマを手に取る。わお、なんて良い触り心地。よく見ると全てビーが教えてくれた魔界の一流ブランドの服だ。ピリピル、コムダ、ミティーブレンダ。

 三年ぶりに帰省する娘のためにブランド服を二十着弱も買ってくれるなんて。


「お母様最高」


 帰省した時だけじゃなく学園でもスクイブの家でも着よう。男装してるわたしには幸い中性的な服が何着かある。お母様とは思えない心遣い、ジーの口添えだな。

 今着ている制服を脱いでシルクのようなパジャマを着る。


「おぅ」


 思わず声が漏れるほど着心地が良い。あと数十分は着心地に浸りたいが隣の部屋にいるお母様たちにお礼を言わねば。

 わたしは部屋を出てお母様の部屋をノックする。


「お洋服のプレゼントありがとうございます! 気に入りました!」


 お母様に飛びつきハグをする。少し経っても返事はない。


「お母様?」


 エルの顔を見上げると何とも言えない顔をしていた。戸惑っているがわたしの可愛さに負けて困り顔をする訳にもいかないような。


「あー、わたくしが送ったんじゃないわ。ジー? アールかしら?」


 お母様が目線を向けた二人もお母様同様、何とも言えない顔をしていた。


「違います。僕達ではありません、ね? アール」

「あぁ、そんな高そうな服買えないしエス様にプレゼントはしない。するとしても値札は外す」

「値札!?」


 わたしは焦って服を触りまくり左後ろにカードが付いているのに気づいた。値札を見ずとも高い服なのでジーにハサミで切ってもらう。

 折られている値札を開くと書いてあるのはバーコードと値段ではなく、文字だった。


 “愛してるよ、Zより”


「何ドルラだった? エス」


 お母様が近寄る。わたしは咄嗟にカードをブラにしまってお母様を見る。


「あまりに高いので余韻に浸りながらもう寝ます。スクイブからの服だと思うので、学園に持って行けるようにクリーニングカバーを二十個用意しといてください。おやすみ」

「え? スクイブ先生からなの?」


 お母様たちを無視して早足で自室に戻る。


「“愛してるよ、Zより”……え、Zって、ザックのZだよね?」


 わたしはベッドに横になりカードを見直す。見間違いじゃない。これはザックの字だ。この三年、ザックのことはできるだけ考えないようにしていた。一番近くにいた人が急にいなくなって、わたしの中等部卒業まで帰ってこないなんて。絶対うそ。そんな最低なことザックはしない。

 でももう丸二年いない。スクイブの行ったことは本当かもしれない。あと六年。本当にザックは帰ってこないかもしれない。


 でもこうしてプレゼントがある。もしかしたら今も近くにいるかも。


 わたしはウォークインシュークローゼットからプレゼントのブーツを履いて、お母様に見つからないよう静かに部屋で一番大きい窓を開ける。ここは四階だ。でも幸いわたしには魔法がある。

 窓から顔を出して下を見る。めまいがするような高さだ。わたしは怖くなり、念のため神に祈る。魔界に神という存在があるとしたら悪魔のような扱いを受けているだろう。


「神様、どうかここから落ちてもかすり傷一つないようにわたしをお守りください。アーメン」


 ちなみにアーメンの意味も分からない。

 わたしは杖を振って保護魔法をかける。


「よーしいくぞー」


 履き心地の良いブーツで窓の縁を蹴って暗闇にダイブする。


「にゅわ!」


 地面に着く直前、わたしの体は空中に静止した。指先を動かすと石のようなものに触れた。まさかの地面は草ではなく石が詰められていた。


「神様、お守りくださりありがとうございます! 人間界に帰れたらアーメンの意味を調べます」


 後に知ったがアーメンはヘブライ語やギリシャ語に由来する言葉で、宗教的には「自分の言ったことに完全に同意します」「そうあれ」といった肯定や同意の意味を込めているらしい。知らんけど。


 とりあえずザックのいそうな離宮のザックの寝室を訪ねる。杖の先を光らせて懐中電灯の役割を任せる。ジーが離宮の鍵を閉めていないことは書斎の帰りで知っている。なんて不用心な奴なんだ。今回は助けられたけど。

 息を切らせながら寝室にたどり着く。わたしが鍵を壊してたおかげでスムーズに入ることができた。


「あれ、おかしいな」


 魔界の部屋はセンサーのようになっていて誰かが入ると自動で明かりがつくはずなのに暗いままだ。そんな心配もすぐに消え去った。


「あ、ついた」


 わたしは部屋を見渡す。ベッドにだれかいた形跡はなく綺麗にベッドメイクしてある。不意に体が震える。春の夜風はまだ冷たい。ん? 夜風?

 窓が開いていた。端の上の方の窓が。

 ザックは本当にいるのかもしれない。今窓から飛び降りて追いかけたら会えるかもしれない。


 頭と違って体は素直だった。日々の寝不足が原因なのか、わたしはその場で泥のように眠りについた。


 翌朝、ザックのベッドの上でブーツを脱いで丸くなって寝てるエスが発見された。いつもならこっぴどく叱られるが久しぶりの帰省で説教はお母様の一言で済んだ。


「うつむけで寝たら胸が小さくなっちゃうわよ?」

次回 恋に恋するロストボーイ

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