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悩み多き子供たち

 イェーニット学園小等部三年生、四人。エス・ウァニュ、ビー・ウァルティーニ、シック・ウァニュ、エイ・レーシェンファース、彼女らは悩み果てていた。

 ソファの上の遺体をどうするべきか。


 時を遡ること昨日。

 シックが祖父であるシシー・ウァニュをエスに紹介したことが事の発端だった。


 わたしとシックは従弟同士なので祖父は同じになる。しかし実の父と縁を戻したため今もシックと従弟同士なのか分からない。わたしの実母メルがザックの従兄弟、少なからず血は繋がっているのだろう。

 なぜ今になって彼は祖父を紹介するのか。分からないままシシーとの面会の時間になった。


「初めまして、おじい様。エス・ウァニュです」


 ヨボヨボで今にも倒れそうな足取りでわたしの前に立つのはシシー・ウァニュ、ウァニュ家の前当主。シックのような生まれつきの白髪なのか老化の白髪が分からないが、どっちにしろシックに似ていない。目は接着剤で閉じたように一生開きそうにない。そしてシシーが椅子に座らないのでわたしも座るわけにもいかない。


「あ、おじいちゃん座ろうか」


 察してくれたシックが椅子を引いてシシーを座らせる。わたしも介護姿を見ながら座る。他のテーブルのビーとエイはシシーのヨボヨボ具合に引いている。


「おじい様、今日はどんな御用で?」


 わたしが聞いても口を開かないシシー。そんな祖父に嫌気がさしたのか、シックが肩を強く叩いた。


「おじいちゃん、手紙! 出して!」


 耳のそばで大声を出されてやっとシシーが手を動かした。手紙、シックそう言うがシシーが震える手で出したものには遺書と書いてある。もしかしたら孫に全財産を……という夢展開もあるのかもしれない。


「こ、こここ、ここここ……れをおぉ」


 シシーがわたしに手紙を差し出す。遺書と書くわりには封筒に入れず見ようと思えばすぐに見れてしまう。手紙を受け取るか否か。シックと目が合うが彼はすぐに目を逸らす。受け取っても良い物か、わたしが考えるより先にシシーの腕が限界を迎えて手紙が床に落ちる。


「あ、ああぁぁ、エスゥ」


 拾えと言わんばかりにわたしを見つめるシシー。やっと開いた彼の青緑の目は手紙以外に何かを訴えているようにも見える。わたしは圧に負け、なるべく中身を見ないよう手紙を拾う。


「わたしが持ってても良いのですか、スクイブのもとに帰ってザックとは関係がないのですよ」


 手紙をシシーの膝に置き、椅子に座り直す。


「あと遺書は死ぬまで見てはならないのでは? 亡くなっても無効になってしまいます」

「え、そうなのか!? もう読んだぞ!」


 シックが間抜け声を出しながら椅子から立ち上がる。


「どうしよう! このままじゃ、おじいちゃんが死んでも1ドルラもエスの手に渡らない!」


 やっぱり、孫娘に相続云々だ。それよりシックはわたしに遺産を相続させないように動いているのか? まあ自分より祖父の血が薄い元従兄弟に持ってかれるのを黙ってるヤツじゃないのはわかってた。


「シックが読んだのなら遺書を書き換えては? わたしは血の繋がりがない祖父の財産なんて要りませんし」


 お金はスクイブから貰うし困ってない。困るとしたらシックとの関係が悪くなることだ。


「しぇぇう……うわぅう……わぉあぉ」


 シシーが何かを伝えようと口を開く。シックは急いで耳を持っていき顔を上げた。


「“知らないのか、お前の母親は私の父の不倫で出来た子だ”と、つまりおじいちゃんの義理の妹がお前の母親なんだな。お前の母親、結構歳食ってたのか?」


 コイツ、死んだ母親を冒涜しやがって。まあ確かにシシーの言うことは気になる。彼の話が本当ならメルはお年か、不倫相手が高齢出産か、シシーの父が若い女と不倫したか。

 ん、待てよ? シシーは見た目からして90はいってる、そのシシーの父だからメルを産んだ時シシー父は80くらいか? 魔界って怖いな、80のジジイと不倫する奴がいるなんて。メルがお年じゃない場合だけど。

 あとでスクイブに聞いてみよう。


「おじい様、遺産は受け取りません。でも最後に家族写真を撮りませんか? シックと3人で」


 笑顔でシシーの手を引きながら空いてる客室のソファに案内する。遠くで察してくれたビーとエイがカメラを持って付いてくる。


「撮るわね。シック、もう少し右よ。エスは足を閉じて。……行くわよ、3、2、1」


 ビーの掛け声と共にエイがカメラのシャッターボタンを押す。わたしとシックはすぐに立ち上がり写真を確認する。


「こんなに綺麗に撮れるものがあるのか! あとでカメラと写真を買い取るから部屋で待ってろ、おじいちゃんを送ってくる」


 シックはニコニコでシシーを立ち上がらせようとするがシシーは動かない。


「魔界なのに白黒じゃないんだ……」

「手伝ってくれ、おじいちゃんが動かないんだ!」


 シックが慌ててエイに駆け寄る。


「はあ? さっきまで足動いてただろ、眠ったんじゃないか?」


 エイは半信半疑でシシーの肩を揺らす。わたしもビーも彼の元に行って体を揺らすが、少しも動かずまるで死んでいるようだ。いや、実際死んでいるのかもしれない。


「おじい様、起きてくださいよ、おじい様!」


 事態を察したビーは手を振るわせて客間の壁についている緊急ベルを鳴らそうとする。


「待ってくれ!」


 シックが大声でビーの動きを止めた。そのままシシーから離れて部屋を見渡した。エイもビーも彼の奇妙な行動に目を疑う。


「おじいちゃんが死んだこと、秘密にしてくれないか」


 シックの発言に騒然とする。


「あなた、自分が何を言ってるのかわかってるの? 今ここで彼を見殺しにするつもり!?」


 ビーはシックを睨んだ後緊急ベルのカバーを外す。しかしシックがビーの腕を掴みベルから離れさせる。


「おじいちゃんを殺したいわけじゃない、でも今死なれたら困るんだ、せめて明日になるまで」

「なんでよ! やましいことでもあるわけ?」


 シックの手を振り払ったビーは顔を顰める。わたしもエイもずっと仲良くしていたシックが殺人犯なのではと考え、腰が抜ける。シックはそんなわたしたちに近づいたと思ったらシシーの胸ポケットから遺書を取り出す。


「違う、この遺書が有効になるのが明日からなんだ。だからそれまで生きてることに……」

「ちょっとまって、その遺書にはわたしに財産を相続すると書いてあるのですよね? シックには不都合では?」


 この遺書に何割かはシックに相続すると書いてあっても、きっと元の遺書の方がシックの割合が多いはずだ。


「その、今のは7対3でエスと僕なんだけど、前のは9対1でザックさんと僕なんだ。そして前の遺書を使われたら居場所もわからないザックさんにはお金が入らず、その分は魔王に行ってしまう。おじいちゃんが大嫌いな魔王にお金が行くなんて、僕それだけは嫌なんだ」


 自分の割合が減るだけじゃなく、祖父が敵視していた魔王へお金が渡るのが嫌。シックらしいがシシーをこのままにする訳にもいかない。


「エイ、シシーが死んでいるか確認してください」


 わたしは騎士学を学んでいるエイに心音を聞いてもらう。エイはすぐにシシーの首と手首を触って確認する。


「……だめだ、心臓は動いてない。体も冷たくなってる」


 エイの言葉にビーは床にうずくまる。シックは遺書をシシーのポケットに戻す。


「もう見回りが来る時間だ、このことは一旦忘れて各自部屋に戻ろう。僕は客室の使用許可をもらいに行ってくる。この部屋には朝まで誰も入れないように見張ってるから」


 シックは切り替えたように銀髪をなびかせて部屋を出ていった。


「信じられない。エイ、彼に心臓マッサージをしてちょうだい! まだ助かるかもしれないわ」


 エイは戸惑いながらもシシーを横にして心臓に手を当てて体重を何回もかける。何分経ってもシシーの息は戻らない。元々死人のような人だったが本当に死んでしまった。エイは諦めてマッサージをやめる。


「歳だったし、しょうがない」


 わたしのこぼれ出た独り言にエイは頷く。そして扉が開いた。書類と鍵を持ったシックが帰ってきた。


「みんなはもう部屋に戻っても良いよ、このことを口外しないなら」


 シックは一人掛けソファに腰を下ろし、目を閉じる。


「まさか、ここで寝るつもりなの? 亡くなった方と夜を共にするなんて、一人じゃ怖いわ」


 ビーはシックの手を握って目を合わせる。


「あたくしも……あなたとここにいるわ。遺産相続で揉めるのは当然のことよ。でもその前にはっきりさせて、彼はあなたが殺したの?」


 部屋が凍りつく。誰かが聞いてくれると思ったがビーとは。シックは目を見開いて固まる。少しして口を開けた彼は涙目になっていた。


「そんな訳ないだろ、確かに今すぐにでも遺言書を書き換えておじいちゃんのお金を全て手に入れたいよ。でもやらない。僕はおじいちゃんが大好きだから」


 容疑を疑いたくなるが最後の言葉で疑いは晴れた。


「わたしも、ここにいます」

「え? あ、俺も!」


 わたしに続いてエイも居残りが決定した。


「じゃあ点呼があるから一旦部屋に戻ろう、点呼後10分で見張はいなくなる。食堂の前を通ると気づかれるから庭園を通ってきてくれ。幸いこの客間には風呂トイレがついているし。じゃあ、またここに集合」



 そして現在。

 シシーの遺体と7時間を共にし朝が来た。


「どうする? 今日から遺書が有効だよね、人に見つかるようにドアを開けとく? それともベルを鳴らして焦るフリを?」


 わたしが寝起きの頭で案を出すと3人ともムッとした。


「こんな状況でぐっすり寝てたエスの意見なんて採用する訳ないでしょ! わたしたちは一睡もできなかったのよ、ずっと考えていた案があるわ」


 ビーの言葉にシックとエイは目を見開く。なにも考えずに夜を過ごしたのだろう。


「ビーの案はどうでもいいからベルを鳴らしてくれないか? みんなで叫んだ後に」


 シックがソファから立ってドアを全開にして廊下に背を向ける。エイもビーも彼に続く。わたしも機能しない頭で彼らに続く。


「321で叫ぶぞ、3、2、1、」

「きゃあああぁあー!」

「いやああぁぁー!」

「うわああぁぁぁ!」


 そして無事、寮官がシシーを近くの病院に連れて行き死亡が確認され、ポケットの遺書が有効になり、わたしが7割シックが3割遺産を貰えた。

 病院での死亡確認でシックは演技とは言い難い涙をありえないくらい流していた。付き添いのわたし達は彼を宥めるのにも必死だったが、一晩死んだ彼と一緒にいれた理由を探すのにも必死だった。

次回 教えてくれYO!母のことWOW!

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