好かれたい症候群
三年生になって半年が過ぎた。
二年の終業式で問題を起こし、週一学園のカウンセラーにセラピーを受けている。単位はほとんど取り終わったので今は好きな講義を取って暇をつぶしている。
そして三年生になったことで休暇中以外も学園外に外出が許された。ビーとエイとシックと近くのデパートに行ったり、講義のない日は学園の外で過ごしたりが出来る。
「エス、今日は講義の日? あたくし、ロックベル夫妻の結婚十周年パーティーに招待されて。一緒にどうかしら?」
「ロックベル夫妻は分かんないけど、講義ないし行こうかな。エイにタキシード借りてくる」
「では馬車を手配しておくわ。ゆっくり着替えてちょうだい」
ビーは食堂から出て行く。わたしもトレーを戻してエイの部屋に行き、寝巻のエイにタキシードを借りる。自室に戻り、着替えて髪をヘアバンドにしまい込む。革靴を履いてビーの部屋をノックする。
「準備できたよ」
ウァルティーニ国の中心部から少し離れた場所にあるロックベル邸宅。イェーニット学園からは一時間。ビーの実家ウァルティーニ邸宅からは二時間かかるらしい。
一時間揺れたお尻をさすりながら馬車を降りてドアマンに扉を開けてもらう。
「うわー……豪邸」
わたしは声を漏らす。ビーは高価な家具や絵画や花瓶などを見慣れているのか何も言わず大勢の人に挨拶をする。
「お久しぶりです、魔法団長様。こちら親友のエス・ウァニュです」
急に背中を押されて、魔法団長と呼ばれるもやしのような男に頭を下げる。
「初めまして、エスです。魔法団長様……なんですか」
もやしのような男が魔法団長という可能性は低くはないかもしれない。でもただのあだ名かもしれないし。わたしは笑顔で握手を求める。
「ウァニュ家か。……ビー令嬢、ロックベル夫妻はあちらだ」
握手は無視され、わたしとビーはロックベル夫妻のもとに行く。
今にも発火しそうな赤い髪の男と、どこか見覚えのあるような女性。彼らがロックベル夫妻だろう。たくさんの客人が群がっている。
「夫妻は忙しそうね、先にジュースでもいただきましょう」
ビーは見切りをつけ、バーテンダーの男がいるカウンターに座る。
「アップルジュースを二つ」
すぐにシャンパングラスに入ったジュースが提供される。味は普通だ。ノンアルがあるだけいいか。
「知ってる人いっぱいいるの?」
「当然よ、社交界にビー・ウァルティーニの名は必須だもの。あなたもいつかそうなれるわ」
正直社交界はめんどくさそうなのでビーのようにはなりたくない。
「ねえ、ウァニュ家って嫌われてるのかな」
先ほどの魔法団長のような視線をずっと感じる。
「……脅威だもの。嫌われてるっていうより、怖いんだと思うわ」
ビーは静かに言った。いつもならわたしを元気づけるために嘘をつく。でも今日は違った。
「ウァニュ家は長い歴史の中で何度も王位を奪ってるもの。ウァルティーニの次男が王位に就いたとき、ウァニュ家に殺されて魔王を奪われた。リンカーン国もアダーステルト国もウィルディー国も地方の貴族もみんな怖いはず」
わたしは講義以外で歴史に触れない。歴史学では教えてくれない魔界の歴史があるのだろう。ビーはすぐに笑顔になったが胸の内は複雑なはず。
「ありがとう、教えてくれて」
わたしとビーは席を立ってロックベル夫妻に挨拶に行く。
「ビー令嬢も来ていただけるなんて、光栄です。お隣は……」
発火中の赤髪、ロックベル亭主はわたしを見て眉を顰める。
「エス・ウァニュです。はじめまして、ロックベル様」
「あぁ、シックの従兄弟か。始めまして、エス。そうだ、妻は君の義母のエルと姉妹なんだよ」
ロックベル妻はお母様の姉妹、だから見覚えのある顔をしてたのか。
「そうなんですか! 初めまして」
「そんな硬くならないで、義理の母でもあるんだから」
奥様はわたしの頭を優しく撫でて笑いかける。そういえば赤髪でシックと知り合いということは、夏の英雄ではないだろうか。
「あの、失礼ですが、ロックベル様は夏の英雄様ですか?」
わたしが遠慮がちに聞くと皆が拍子抜けする。
「やだ、エス。知らなかったなんて言わないで……」
「そ、そうだよ。子供だし気づかないよね。この家は特殊な造りで僕の暑さが掻き消されるし」
ビーは困ったような怒ったような顔でわたしを睨む。
「あ、ごめんなさい。勉強不足でした」
わたしは頭を下げて謝る。
「いいんだ。君のお父さんとはいつも対立してたし、今日僕の顔を覚えて帰ってくれたら嬉しいよ」
父スクイブは冬の英雄。そりゃ夏の英雄と対立するわな。ロックベル夫妻に客人が来てわたしとビーは離れる。
「もうエス。あなたのせいで恥をかいたわ。もう帰りましょう」
「ごめん……」
口では謝るが心では反論する。
普通夏の英雄とか知らないし。顔写真付きで教科書に乗せろよ。
こうしてまた一時間お尻を揺らしながら馬車で学園に帰る。
「エスはもうパーティーに連れて行かない。あたくしが恥かいちゃう」
「えー、社交界覚えるから行かせてよー」
わたしは将来のために社交界に顔を売って貴族たちに好かれた方がいい、お母様に何度か言われた。
この日から毎夜ビーと貴族たちの顔と名前を繋げる勉強を始めた。
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