こどもの逃げ足
わたしは急いで部屋から逃げる。廊下を走って走ってようやく教室まで着いた。ここまで来ればみんないるし、あの話をされることはないはず。
『お前もしかして転生者か?』
質問ゲームでスクイブ先生が放った言葉。あれは疑問系だったけど、確信を持っているような言い方だった。
『ここでは人間界からの転生者は幽閉されるからな』
お父様たちにわたしの正体がバレた時、そう言われた。
……もしスクイブがわたしのことを喋ったら。
「一生、幽閉される」
前は魔界なんかで生活するなら一生牢屋で過ごしたほうが良い。そう思ってた。
……けど今は違う。
お父様が優しくしてくれた。お母様もわたしのことを想ってくれた。
わたしは、魔界にいたい。
不倫、スキャンダル、犯罪、監禁、パーティー、フィクション、いじめ、暴力、独裁、騙し合い。
そんなことが日常茶飯事の魔界で過ごしたい。わたしはそんな魔界が好きになってしまった。
前世は魔族に騙された一家に容姿に出された聖華。でももうわたしは聖華なんかじゃなくなった。
完全に魔族に染まってしまった。
騙されて汚い部屋に閉じ込められて。自分のことを吐かされて。味方ヅラして敵で。監禁されて、パーティーまでして。デビュタント舞踏会に参加して。ここ、イェーニット学園まで行って。
生きて帰れた今、わたしは魔界に残ることを選ぶ。
たとえ、聖華に戻れるとしても。
よし、スクイブと話す機会は遅かれ早かれ訪れてしまうのだから自分から言いに行こう。
わたしが振り返って一歩進もうとした時、何かに当たって後ろにずっこけてしまった。
「いたいっ!」
目を開けるとそこにはスクイブがいた。わたしと違って少しも動揺していない。もしかしたらずっといたんか? きもっ!
「いつから居たんですか」
「質問ゲームは終わったぞ?」
うざっ!
「わたしはもう少しお話しすることができました。授業終わりまであと十五分ありますし、先ほどの部屋に戻りましょう」
わたしがなるべく穏便にことを進めようと、笑顔で立ち上がるとスクイブは虫を見るような目でわたしを見てくる。
こっちがしてーよ。
「話す気になったのか? 気持ち悪いやつだ。まあ、話してやらんこともないが」
スクイブはわたしを抱っこしてさっきの部屋に歩いて行く。
急に抱き上げられたわたしは高い視線にびっくりしてスクイブに必死に掴まる。
「ぜったい離さないでくださいよ!」
涙目のわたしにスクイブは片方の眉を上げた。
嫌な予感、命中するな!
「きゃああ!」
命中しないわけもなく。
スクイブはわたしを上下に揺らす。手は離さなそうなので命の危険はないが、ジェットコースターのようで怖い。けど、ジェットコースターに乗って楽しくなる気持ちはわかった。
「きゃあ!」
何回も揺れると、ほんとに乗り物のようだ。ないはずの子供の頃の記憶が蘇る。
……なんか、楽しくなってきた。
前世で見た親子たちはこんな気持ちだったんだな。
スクイブの顔は見えない。彼がどう想っているのか分からないが、何回もやってくれるのはわたしが楽しんでいるからだろうか。
スクイブに触られているところも冷たくない。冬の英雄という特性で触るものが凍るオプションは消してくれたんだ。
良いとこあんじゃん。
次回 タイガー&ドラゴン/わたしの話を聞け




