生まれ変わり……?
わたし……どうなってるの?
気付いたら眠っていた。早く起きないといけないのにずっと寝ていたくなる。
「うぅ……」
ここ、自室じゃない。
枕は固いし、ベットも硬いし。体は簡単に動かせないし。体の勝手は違うし。まぁ、手足は全部ある。そして生きている。それだけで幸運だ。
神様ありがとうございます。
とりあえず、状況確認のために目を開ける。
暗いなぁ。何も見えない。
真夜中の病院なのかな? 怖くなって来た。ナースコールはどこだろ?
その瞬間、パッ、と明るくなった。わたしは反射的に目を閉じる。そして、誰かに手が握られている感覚がした。柔らかくて細い。女性の手。お母さんかな?
「お母……さん?」
少し喉が枯れた。しばらく水を飲んでないのかもしれない。
目を開けると、光が眩しい。ベットの天蓋が開いている。
…ん? 天幕? 普通の病院のベットって天幕ないよね?
「エス! 目が覚めたのね?」
え? だれのこと?
この人は何を言っているのだろうか。
「エス? エス!」
わたしの体を揺らしてくる。無視したのが悪かったのだろう。
目を開けてきちんと謝ろう。そう思った瞬間、目の前にいる人が天蓋を捲った。
「……え?」
光が差し込むと同時に顔が見えた。
わたしの手を握っていたのはお母さんではない。知らない女性だ。
白に近い紫の髪に真っ黒の瞳をしている20代ぐらいの女性。そして、とんがった耳をしている。こんな耳をしているのは魔族だけだ。
……逃げないと、殺される。
全身から汗が吹き出すのを来たことのない寝巻きに吸い取られる。
わたしは彼女の手を払う。
「エス?」
……逃げなきゃ!
「いたっ!」
起き上がろうとしたら、背中に激痛が走る。
もう長く運動してないのか、筋肉痛のような痛みが全身にある。起き上がることは出来なさそうだ。
……あの事故からどれぐらい経ったのだろう。
わたしは起き上がるのを諦める。
女性は心配そうにわたしを見つめてくる。この人はわたしのことを殺そうとしている訳ではない。そうだろう。そうだとしたら、とっくに殺されているから。
安心したのか、あくびが出た。私は目を擦る。
「うぇ⁉」
ここにあるのはわたしの手ではなかった。
目の前にあるのは小さい子供の手。わたしは両手を見てみると、右手の中指には指輪がしている。この指輪は魔族のしているものだ。もしかして、死んで、生まれ変わって魔族になってる⁉︎
…うそーん! 終わったぁぁ! 嘘でしょ⁉ もぉぉぉ!
確かに、わたしのことを、エス……って呼んでたし。誰よ! エス!
「もぉ、さいあくだよぉ」
涙が出て来た。
「どうしたの? 元気なの? どこが悪い?」
彼女は戸惑いながら聞いてくる。そして私の目を憂憂しくハンカチで涙を拭いてくれる。ちょっと痛い。
この魔族はどっちなのだろうか…
魔界の悪魔は二種類いる。
まず、魔力のない平民の『ドゥール』。ドゥールは農民や商人、兵士などがいる。体のつくりは違うけど、魔力がないため、人間と似ているところがあるらしい。
そして、魔力のある貴族の魔族『悪魔』。悪魔は、ドゥールを支配している。魔力があるため、人間とは似ても似つかない。魔法なども発展しているから、人間は何があっても関わらないようにしている。
……彼女の高そうなブランドもどきドレスからして悪魔かな。うすうす気づいてたー。
「エス、どうしたの? 大丈夫なの?」
女性が顔を覗き込んでくる。よほどこの体の持ち主を心配しているのだろう。
……なんか、申し訳ない。
この体の持ち主は心配してくれる人がいて、だけど、中身は18歳の人間。この事実を知ったら、この人は有無を言わさず私を殺すだろう。魔族なのだから。
その瞬間お腹が鳴った。知らない子供の、それも悪魔の体なのに、すっごく恥ずかしい。
食べ物を要求せねば。
まずこの人との関係は……? あ、髪の毛の色。
わたしは、汗で少し濡れている長い髪の毛を見てみる。
女性の髪は薄紫。
わたしの髪は白だった。真っ白。光の当たり方には紫にも見えなくもない。
家族かな? 姉、母、従姉妹もありえるかも。接し方からして母親っぽいけど…。反応を見て決めるか。ちょっと怖いな。
「え、えっと、お母さん…? あの、お腹が空きました。ご飯が食べたいです」
聖華時代の必殺技、上目遣い!
これをすればなんとか…なるかもしれない!
「……わかったわ。食堂に行くのは無理そうだから、部屋に運んでもらいましょう。その間に、寝巻きから部屋着に着替えときなさい」
どっちの反応かなぁ。母親? うーん…
あ、返事、返事。
「分かりまし…」
チリリリーン
返事をしようとしたら、女性がベットの隣にあるベルを鳴らした。
ちょっとびっくり。
「「失礼します」」
知らない男性二人が部屋に入って来た。さっきのベルは呼び鈴かな? 入って来た人達は見るからにして、悪魔。
「エス、貴方のお付よね? この二人」
「エル様良い加減覚えてください」
彼女の口調からして、この男性二人は最近わたしに仕え始めた、お付という執事みたいな人達らしい。
一人がアールといって、上司執事。
もう一人がジー、若い新人執事。
二人がわたしの目の前に来る。
アールさんは茶色に水色のメッシュ髪の、青色の瞳の二十代ぐらいの見た目だ。
ジーさんは薄い黄色に近いオレンジの髪に、濃い金色の瞳の十代後半ぐらいの見た目している。
「お目覚めになられたのですね。エス様」
「お久しぶりです。エス様。お元気そうで何よりです」
そう言いながら、二人はわたしの前に跪く。
……ひ、跪いた⁉︎
「か、顔をあげて下さいっ!」
「「え…?」」
……あ、反射的に言ってしまった! 忘れてたっ!
ここは人間界じゃないっ! 魔界だよ、魔界! 徹底的な身分社会!
「変なこと言ってしまい申し訳ございませんっ!」
「いえ、エス様が謝ることはございません」
めんどくさいよ! 主従関係。
「じゃあ、わたくしはもう行くわね。食事を持ってくるまでには着替えておきなさい」
……動けもしないわたしを置いて行っちゃうの⁉ お母さん⁉
「……え、えーっと、お母……さん?わたし、とてもじゃないけど、動けそうに無いです。どうやって着替えれば良いのでしょうか」
素朴な疑問をぶつけたら、真顔で帰って来た。
「何のためのお付よ」
え? わたし、この男性二人に着替えさせられるの? 女の子だよ? 思春期の。
「いつものようにお手伝いしますが、何かお困りな点でも?」
「あ、いやぁ……」
いつものように、か。じゃあ安心できるかも? 幼女の裸を見たい、というような変態では無さそうだし。
「大丈夫そうね。じゃあ」
お母さんが手を振って部屋から出ていく。
「では、動けるようになる魔術具を付けますね。今日の体調はいかがですか?」
ん? 魔術具? 体調? 今の調子は……
「えぇと、全身筋肉痛で、頭が痛くて、あと、熱があるような気がします」
「じゃあ、手足、腰、に魔術具を付けましょう。頭痛と熱があるなら食後にいつもの薬を飲みましょうか」
「は、はい」
よく分からないがとりあえず返事をする。聖華時代はこれで18年生きられた。
「ではお召し替えから。ジー、服を」
「はい、こちらに」
ジーはそう言いながら、一着の服を見せてくれる。白のゆったりした服。そして、着物のように袖が長い。見るからにして高級そうだ。ベットもそうだけど、悪魔のお貴族って凄いな。わたしはそこの娘なのか。それも悪くないかも。
…いや、魔族になったのは最悪だよ。普通に人間のお嬢様になりたかった。そしたらまた日本に来て、わたしが死んで悲しんでいる家族に会えるのに。
「エス様、座って下さい」
わたしはその言葉にハッとして、筋肉痛の全身を動かし、ベットの上でのそのそと座ってみる。
アールはベットの前にしゃがんで、わたしのパジャマのボタンを外していく。長いワンピース型のパジャマの下にもレースの付いたミニワンピを来ている。実にお嬢様らしいパジャマだ。前世では着たことはないぐらいの。
「エス様、ばんざーいです」
「ばんざぁい」
プルプルしながらも手をあげる。そして、どんどん脱がされていく。
そしたら、アールは肌着状態になったわたしを置いて棚を開け始めた。
…ほぼ裸状態の可愛い、可愛い幼女を置いて何取りに行ったのかな? さっき言ってた魔術具とかかな? あ、戻ってきた。戻ってきた。
「魔術具を付けますね。ちょっと失礼します」
そう言いながら、太もも、二の腕、腰に金属の輪っかを取り付ける。それぞれに宝石みたいなのが付いていて、映画とかに出て来そうだ。かっこいい。
「じゃあ、魔力、流していいですよ」
「……え? どうやっ……」
その瞬間、魔術具が光った。ピカっと一瞬。
「ちゃんと機能していますね。どうですか? 動けます?」
わたしはベットから降りてみる。
「う、うご、ける」
こんな魔術具を付けるだけで、筋肉痛が無くなり、自分の力で動けるなんて! 感動!
聖華時代にも使いたかったよぉ。あの地獄の筋肉痛で苦労した、聖華時代にもこんな物があればなぁ。
もしかしてこの世界って、機械とかの技術は発展してないって知ってるけど、魔術具とかの技術は半端ないかも。魔界……最高!
このまま魔族人生を謳歌してやる!
神様、わたしこのままでもいいかもしれません。魔族としてこの人生を楽しんで、魔界を、そして魔族を、わたし色に染めてやる!
魔族の在り方なんて、丸めてポイだ!
次回 食事の話し合い