カップル来襲
とんでもないものを見てしまった。お父様があんなことをするなんて。
もう尿意なんて一切感じていない…漏らしたんじゃないよ?
……そんなことより、今問題なのは。
お母様とアールに目を向ける。するとお母様と目が合った。アールと目が合わないのは必死に魔法陣を消そうと努力しているから。よほどわたしが捕まるのが怖いみたい。
わたしはそのまま廊下を歩く。静かに。そして素早く。
「エス、お兄様はいた? 冬の英雄は?」
エルは静かに問いかけてくる。それを制し、アールの前にしゃがむ。
「戻りましょう。番号のところだけ綺麗にしてください」
「はい。わかりました……こんな犯罪を二度もするなんて」
そう言いながらもアールは綺麗に消してくれた。お母様は納得のいかない表情をしてたけどね。
エスの部屋。
「なにがあったのよ。急に面会をやめるなんて」
エルが部屋に付いてからもずっと尋ねてくる。
…ほんとどうしよ。泣き真似でもする? あ、それいい。
わたしは、グットプレイスの最終話を思い出す。それだけで泣けるからね。
「それが……冬の英雄しかいなくて。しかもソファーでお昼寝中…起こしてしまって、怒られると考えたら……怖かったので…本当に…すみません」
結構うまく泣けた。いや、泣きすぎたかも。お母様とアールがおどおどしている。
「えっ、そっ、そんなに怖いですか?」
「まぁ、こ、子供からしたら怖いわよね…」
そこで扉が開いた。わたし達は身構える。それと同時に背筋が凍る。
「たしかに。私もスクイブ様は少し怖いです」
「ジー!」
反動でジーに抱きつく。すると少し熱っぽかった。いや、ぽかぽかしていたというべきか。
「ジー、今までどこへ行っていたの?」
「そのー、誤解しないでください、エル様。ただ…その…」
「お風呂でしょう? あったかい」
わたしがジーの温かい首筋に触れる。そして悪魔特有のとんがった耳、黒が混ざっている金髪、橙色の目に視線を移す。
「ジー……どこかで…」
「エス様、足音が聞こえません?」
「「え?」」
アールの言葉を不思議に思いながらも、ジーから離れ、耳をすませてみる。
「私の聞き間違いでした。で? ジーと冬の英雄が関係を持っている話でしたっけ? ん?」
どうやらわたしとジーを離れさせたいだけだったようだ。上下関係が壊れるのはめんどくさいもんね。
「アール、冗談でも言っていいことと悪いことがあるよね?」
…え? いまジーがアールにため口使った? 聞き間違いじゃないよね?
「ジー、アール、二人ともやめて。うんざり」
「すみません。エル様」
「…」
ジーはエルを無視して、わたしが座っていた一番高級な一人用ソファーに座る。
「そこわたしの席……しょっく。また涙でそう」
「エス、余計なことは言わないの」
「…はい。お母様」
わたしはアールとお母様の座っている長ソファーに座る。すると、お母様がわたしを膝に乗せた。背中に当たるものが邪魔で少し居心地が悪い。羨ましい限りだ。
…おっと、アール君? そんなにガン見しても膝には乗れないよ。わたしにならない限りはね。
「いいでしょー」
「舌切りますよ?」
「ひっ」
魔族…こわい…。
「こらっ! アール! エスはもう寝なさい」
「お母様のむ…膝で?」
「えぇ、横になって。膝枕してあげるから」
アール、ごめんねぇ。
「ス…きて…エス! 起きて!」
「んー? お母様…? さむいよぉ」
「早く起きて。結界が開いたわ」
…!?#%#$?>!
「け、結界⁉ 結界とはなんですか?」
一気に目が覚めた。
「建物に入ったら結界を一回降ろさないといけないでしょう? それがあそこの宝石の色でわかるの。この館に二人、入ったわ」
「二人…お父様と執事ですよね?」
「お義父様と冬の英雄ですよ。ここに来てからずーっと一緒」
ジーが独り言のように呟く。
……わーお。あの二人か。わたし、知らないふり出来るかなぁ。
「フィアンセが取られて相当頭に来てるんだな。可哀そうに。捨てられた子犬ちゃん」
「また殴られたいのですか?」
どうやらわたしが寝ている間にアールは殴られたみたいだ。余計なことを言い過ぎたのかもね。
「わたくしとエスがこのソファー、あなた達二人は後ろ、お兄様とセクタティーファ様は…どうしようかしら」
「私が客間から運びますよ。アールよりは力持ちですから」
そう言いながらジーが部屋を出て行った。
「けっこう怒っていますね。アールったらー」
わたしが「このこのー」とアールを突いていると、彼は顔を赤くした。
「ほめすぎですよ。照れます」
「…ほめてませんよ。気持ち悪い」
アールはそこから必要なこと以外喋らなくなった。言い過ぎちゃったね。
お母様と受け答えについて話しているとドアが勢いよく開き、高級そうなソファーが出てきた。
「おおー力持ち……じゃない」
ジーは魔法の杖らしきものを持っていた。魔法で浮かしているだけのようだ。さっきは自分から力持ちだと言っていたくせに、さすがにずるいと思う。まぁ、引きずりながら持ってこられても困るんだけどね。
「ここでいいですか?」
「んー、もうちょっと後ろかしら……えぇ、そこよ」
ソファーはわたしの座っている真正面に置かれた。
……お父様カップルと目、合わせられるかが問題だね。
「この館意外と大きいんですね。入ってきたのにまだ部屋に着かないなんて」
「……エスといるときはならないけれど、ここに着くまで幾つか仕掛けがあるのよ。遅くなってよかったわ。それにしても寒いわね。エス、上着羽織ったほうがいいんじゃない?」
「いや、上着よりも仕掛けって…」
「エス様、もう一枚着ましょう。こちらに来てください」
「はぁい」
アールに言われた通り、わたしは着物のように袖が長いものを羽織ることになった。あったかくなるのはいいけど、動きにくなるのは嫌だなぁ。何かあったときに逃げられないから。
……この服、前世を思い出すなぁ。早く脱ぎたい。寒いけど。
「エス、わたくしは貴方の叔母よ。わかったわね? わたくしは叔母、叔母よ?」
エルは自分に言い聞かせるように言う。叔母だと言わせたいのはきっと、部外者である冬の英雄がいるからだろう。わたしは「わかりました」と、うなずく。
「エル様、足音が」
「…あら、ほんと。みんなくれぐれも注意して。冬の英雄も来るっていうことはただ、話し合うだけじゃないと思うわ」
「了解しました」
「はい」
アールとジーが返事をするのに、わたしが何も言わないのを不思議がったのか、お母様は睨んでくる。
……はいはい、返事はすぐだよねー。
「はーい…」
ガチャ
わたしの返事とともに扉が開いた。
そこには不機嫌そうな顔のザックと、剣を握っている冬の英雄がいた。
……なんでこいつ、刀持ってんの? わたしを斬るため?
「初めまして、エル様。スクイブと申し…」
「私たちが来ると分かっていて何故、仕掛けを切らなかったのだ」
…入って来て一言目で悪態をつくとは。お父様はいい御身分だな。それも英雄の挨拶を遮ってまで。
「初めまして、じゃないわよ。スクイブ先生」
「…レーシェンファースの姫だったのか。ここは薄い顔ばかりだから忘れていた。すまなかったな、エル」
謝っているとは思えない笑顔にエルは少しだけ笑った。アールがいるであろう後ろから、すごい殺気を感じる。わたしもこの人は苦手かも。
「どうぞ、こちらに」
お母様は席を勧める。みんなが座ると、お父様が口を開いた。
「まず、私の部屋に来なかった理由を聞かしてもらおうか。待っていたんだぞ」
…ただ待ってたわけじゃないのにね。暇つぶしにも程があるよ。そのせいでこうなってるんだから。
お父様が怒っていると分かったのか、急いでお母様が口を開いた。
「お兄様、実は…」
「わたしが、行きたくないと言ったんです。すみません」
転移陣のことが英雄面してるペテン師(冬の奴)にバレれば、どうなるか分からない。行ってないことにするのが一番だ。お母様は意味を分かったのか、優しく手を握ってくれた。
「…そうか。なるほど。ふんふん。いきたくなかっただけなのか。じゃあ、仕方がないな」
わざとらしいお父様の言葉にイラついたのか、スクイブは筋肉なのかお肉なのか分からないお父様の太ももを叩いた。ペチンッ、と良い音がしたと思ったらみんなが体を震わした。
「お母様、なんでみんな喋らなくなったのですか?」
わたしの小さな呟きが、静かな部屋の中ではうるさく聞こえた。するとスクイブが驚愕の表情でこちらを凝視していた。
そこでやっと、エルがわたしに叔母と呼ばせたことを思い出した。
次回 ペテン師とザック/だまされて魔界




