三つの衝撃 前編
今日は朝から忙しい日だ。まずベットから降りて、大浴場にいってきれいにしたら閻魔の館にあるお父様の部屋で話し合いが行われるそうだ。
よーし、まず…ベットから…降りて…降りて…降りたいのに。布団から出たくない。
こんなに寒いなんて。昨日まで快適だったのに。まぁ、起こしに来るまで寝とけって言われたし、まだ起きないほうがいいと思う。
……でも、ねぇ? 多分もうお昼の10時ぐらいなんだよ。体内時計の。
「ジーとアールも今日は、遅起きさんなのかなぁ」
わたしはもう寝る気分ではなくなってしまった。お布団にくるまりながらベットを出たい気分だ。怒られそうなことはしない主義だけど。
わたしは昨日の夕食中、魔術具を付けたまま寝たいとアールに交渉したため、こうしてベットに座りながら大きく腕を伸ばすことができている。そして勢いよくベットから飛び降りても—
「うぐっ!」
大丈夫ではなかった。わたしは一瞬の激痛にびっくりして足を抑える。少し足をひねってしまった。
……さいっあく。普通に降りればよかった。
わたしは気分を入れ替えて、部屋を見渡してみる。誰もいない。ジーもアールもお母様も、お父様も。
「外に出てみようかなぁ。部屋から出るだけじゃ…さすがに怒られない、よね?」
わたしは扉を見つめる。そしてそのまま扉に向かって歩き、取っ手に手をかける。
ガチャ
わたしは扉から顔を出して廊下を見渡す。そこには衝撃的な光景があった。
お母様のエルとアールがキスをしていた。
「うっそ……」
わたしは静かに、そして素早く扉を閉める。わたしが今見たものは現実だろうか。確かにアールはお母様と結ばれたがっていた。でもお父様に止められていたはずだ。もしかして二人は両想いだったのだろうか。
…いいことだけど…いいことなんだけど…凄く複雑な気持ち。
義理とはいえ、自分のお母様と自分のお付がイチャついていたのだ。まぁ、二人にはいつかは結ばれてほしかった。でも…真剣な付き合いをしてほしかった。もちろんキスの一つや二つぐらいでつべこべ言わないほうがいいのかもしれない。ここは人間界じゃなくて魔界なのだから。
わたしはめんどうになり、考えごとをやめる。
「もうどうでもいい! お母様が誰となにしようが、もういい! わたしはお母様とアールのキスなんて見てない!」
わたしが決心していると扉が勢いよく開く音が聞こえた。びっくりして振り返るとそこには少し顔が赤いお母様とアールが立っていた。
「誰と誰のキスを見ていないのですか? エス様?」
わたしは息をのむ。顔は笑っているが、心は一切笑っていない。こんな怖いアールは初めてみた。それに比べてお母様は恥ずかしいような、後悔しているような顔をしている。
…二人の間に何があったのかな。求婚でもされたのかな?
「エス、あなたはなにも見てない。そう言ったわよね? それとも聞き間違いかしら?」
「聞き間違いでしょうね。わたしはキスを見ていませ……」
「エス様、お風呂に行きましょう!」
「え? お風呂? でも、あ、お母様も……」
「二人だけで行きましょう! さあ、ほら!」
アールはわたしを抱き上げ、お母様を残して部屋を出ていく。
「アール? お母様を残してもいいのですか?」
「大丈夫です。私とエル様は昨日の昼からずっと一緒にいましたから」
「わたし達とお昼ご飯食べた後からですか?」
「…まぁ、はい」
……このイチャラブカップルめー!
「着きましたよ。大浴場」
「汚い牢屋じゃないですよね?」
「その節は申し訳ございませんでした。でも中をきちんと見て下さいよ」
アールが扉を開くと、綺麗で新しい大理石の浴場があった。
「う、うわー! ひろーい!」
「騒いでないで服脱ぎますよ」
アールが扉を閉めながらネクタイを外す。
…わたしが子供じゃなかったら変態みたいに聞こえるね。
「あの、アールと一緒にお風呂に入るのですか?」
「そんな事あると思いますか? 私は体を洗うだけですよ。見られたくないのですならお仕置き中のジーを呼びますよ。」
「まだしているのですか…楽しいことを途中で止めるのは気が引けますね。」
「楽しい? 『漢字』の書き取りがですか?」
「…『漢字』だなんて…アールはよっぽどお父様に嫌われているのですね。早くお母様を返したほうが…」
「今日寒いですよねー。早くお風呂に入りますよ?」
「たしかに寒いですね。なんで今日はこんなに寒いのですか?」
わたしは服を脱がせやすいように手を広げながらアールに質問する。するとアールは私の目の前にしゃがみながら、ボタンを外し始める。
「冬の英雄がレーシェンファースに来ているのですよ。あ、あぁ。冬の英雄とはスクイブ様のことですよ。冬の前王の罪を制裁したため、冬の特性が移ったのですよ。そしてレーシェンファースというのは、魔界の中の落ちこぼれ国です。」
「ではわたしはその落ちこぼれレーシェンファースに転生したのですね。残念、残念」
「エス様いま注目すべきなのは、冬の英雄のほうです。」
アールがわたしの服を脱がせながらわたしと目を合わせてくる。
…わたしは冬の英雄とは一切関わりたくないね。凍え死ぬなんて嫌だもん。
「なぜ冬の英雄なんかに…」
わたしが嫌味たっぷりの声で問うと、アールは下着を脱がそうとした手を止めた。
「アール? やっぱりわたし、自分で脱いだほうがいいですか?」
「あー、そうですね。そのほうがいいかもしれません。私は—あー、あ、エル様を呼んできますよ」
そう言い残してアールは綺麗な大浴場から出て行った。
…自分で脱ぐかぁ。お母様が来るまで。
「よいしょ、よいしょ」
わたしは背中に付いているボタンを一つずつ外していく。ボタンを外し終えたらスリップのような下着を脱ぐ。そして、湯気が出ているどでかいお風呂に目を移す。
「ここに入れるのかぁ。転生ガチャSランクだね」
わたしは滑らないようにゆっくりとお風呂に歩く。そこで、衝撃的なことに気が付いた。いや、気が付かないものがあったのだ。
「ん、んんんんん?? あれ? わたしって男の子に生まれ変わったんだよね…? でも…」
でも、わたしの、エスの体は女の子だ。どういうことだろうか。わたしはもう一度触って確認してみる。うん。女の子だ。
「女の子ならなんで男だって言ってたのかなぁ。なにか魔界ならではの事情でも…はっくしょん! うぅ~、さむ。早く入ろ」
わたしはお風呂にゆっくりと入る。うっすら白い入浴剤と花びらが入れてあって高級感がある。そしてすごく気持ちがいい。さすがお貴族様の豪邸。
……そういえばアールがお母様を連れてくるんだっけ。
「アールに裸を見られるのか…ちょっと恥ずかしいな…バスタオルで隠そうかな?」
わたしは目線を自分の体の下から部屋に移す。空のクローゼットに、入浴剤のようなものが並べられている棚。その隣に、タオルの棚。わたしはお風呂から上がり、少し早歩きで棚に向かい、大きいタオルと大量の入浴剤を取る。
…よーし、これだけあったら隠せる。
わたしはお風呂に入浴剤を投げる。すべて投げ終わったら、バスタオルをきつく巻き付ける。そしてまた、お風呂につかる。お風呂はいろんな色が混ざって泥色になってるけどね。まぁ、これでアールとお母様に笑われないで済む。この貧相な体をね。
「なんでこのお風呂ぶくぶくしてんだろ。ん? 足音?」
廊下から数人の足音が聞こえる。アールがお母様を連れて戻ってきた。わたしは肩までお湯につかり、ドアに背を向ける。足音がだんだん大きくなり、ドアが開いた。
「次こそは言い争いにならないよう…エス様⁉ これは一体…」
「何をしたらこんなことに…」
二人ともわたしの入っている湯船の色をガン見している。わたしは驚愕の表情の二人に振り向いて、笑顔を作る。
「まぁ。下着姿のかわいい、かわいい女の子を置いて行ったアールではないですか。お隣のお母様もそういう経験あります?」
「エル様にそのような経験は…ん? 女の子?」
「はい。女の子ですよね? わたし」
わたしは隠し事をされて少しイラつき、二人を睨んでしまった。
「なぜ男の子だと嘘を吐いていたのですか? 魔族なりの事情でも?」
二人は押し黙る。わたしは説明してくれない事になぜかすごくイラついてしまった。前世も含めての怒りがグッときてしまった。
「なんで何も言ってくれないのですか。他人ではなく自分のことですよ? 自分のことも知れないのですね。魔界の転生者は」
……あーあ。わたし、なに言ってんだろ。
言わなくても良いことを言ってしまった。アールもお母様もわたしに近寄って、説明しようとしていたのに。わたしはそれを無視して酷いことを。
「エス様、体を洗っている間にお話ししましょう。ザック様には内緒で。エル様もそれぐらいは許してくれるでしょう?」
「え、えぇ。それぐらいは許しましょう。バレたらお兄様に何度か殺されそうですけれど。」
アールとお母様がわたしの顔をのぞきこんでいた。
「…早く洗ってください」
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