八十三話 魔勇の勇者と復讐と
地上百六十七階の大樹の屋上。
向かい合うシトラスと魔勇の勇者。
少し離れたところで、固まっているのはレスタ。
太陽が照らした今日という日の主役は、月が照らすした今日という日ではたった一人の観衆と化していた。
向かい合う二人の体から魔力が溢れ出す。
帯剣をしていなかったシトラスは肉弾戦へと持ち込む。
誓約魔法で暴力的なまでの魔力を手にしたシトラス。
魔力を惜しみなく注ぎ込まれた強化魔法は鉄にさえも跡を残す。
しかし、相手もまた勇者。
シトラスが放った渾身右フックを、魔勇の勇者は脇を閉めた左腕で防ぐ。
交差した衝撃が、彼女の銀髪をはためかせる。
「足りない、ねッ!」
今度は逆に、魔勇の勇者が動きの止まったシトラスの右腕を左腕で素早く掴む。
そのまま後ろに引き寄せると、シトラスは体重が前傾していたこともあって体勢が前に崩れた。
その側頭部を鋭い右脚が刈り取るように動く。
間一髪、シトラスは左腕を頭の横に持ち上げる。
魔勇の勇者の右脚は、そのガードを打ち抜いてシトラスの体を吹き飛ばした。
その体は屋上からの転落防止の柵に打ちつけられ、苦悶の声が漏れる。
「チユちゃんとゴウちんを倒せたからワタシも倒せる、と。もしかしてそう思ったのかな? かなかなかな? だとしたらざーんねん!」
魔勇の勇者は顔を凶悪に歪めて嗤った。
<火球>
<水球>
魔勇の勇者の右手に火球が、左手に水球が出現する。
それを目の当たりにしたレスタが、
「あ、ありえないッ! 反する魔法属性を持つなんてッ!」
属性反発。
光と闇。火と水、木と土。
これらの魔法属性は対立しあうもの。
魔法工学では同時に内包しえないと言われてきた。
その常識を覆す存在がここにいた。
「魔法がありふれた世界だよッ! ははッ、ありえないなんてことはありえないッ!」
朗らか笑みに反して、凶悪な左右の二つの球体がシトラスへと襲い掛かる。
転がるように回避すると、背後の柵が粉々に破壊された。
「はぁはぁ……武器が足りない」
シトラスの額を汗がつたう。
シトラスは接近戦を得意とする。否、接近戦しか選択肢がない。
得物とする王道の剣は室内に置いてきていた。
<五色弾>
魔勇の勇者が両手をシトラスに向けると、それぞれの指の前に頃なる色の球体が現れる。
親指には赤、食指には青、中指には緑、薬指には金、小指には茶。
爪の大きさ程の魔力の塊は、先ほどの魔法よりも早い速度で襲い掛かる。
放たれたそばから直ぐに、指の前に同じ大きさの球体が現れる。
止まらない連射がシトラスを襲う。
屋上に残された式場の椅子や机、備品などを次々と破壊する。
見る見るに追い詰められていく。
息を呑んでいたレスタが、
「シトッ! <風の刃>」
追い込まれたシトラスを救うべく魔法を放つ。
動転したレスタは手加減なしの攻撃魔法を使った。
それは不可視の風の刃。当たれば人の首一つ飛ばすことに訳はない。
レスタの風の刃が迫ったとき、魔勇の勇者は
「あー、ごめん。忘れてた! <風の刃>」
首と右手だけを動かした。
レスタを射止める視線。
薙ぐように動かされれた手から出るのはレスタと同じ風魔法。
同じ魔法がぶつかれば、勝つのは強い魔力をもつ魔法なわけで。
――えッ?
友人の顔が夜空に舞った。
友人の顔だけが屋上の外、大樹の闇夜に飲まれていく。
屋上に残ったのは、残されたのは首から下になった友人の体。
血しぶきが舞い上がった体は、膝をついて前のめりに倒れた。
目の前の光景が信じられなかった。
信じたくなかった。
『……俺、今めっちゃ幸せなんだ』
人はこれからもっと幸せになるはずだった。
人に仇なす者を倒すと誓った。
「あああああぁぁぁぁぁああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!!!!」
絶叫と共に猛り狂う魔力が大気を打つ。
魔法灯がシトラスから漏れだす魔力の衝撃波にすべて砕け散る。
血管を浮き立たせ、憤怒の表情と共に魔勇の勇者へ駆け出す。
「ははッ! そうこなくっちゃ! <火球><水球>!」
――少しッ!
放たれた魔法攻撃を正面から向かうって突き進む。
興奮から溢れ出る脳内麻薬で痛みは感じない。
「<五色弾>」
――あと少しッ!
歯を食いしばって進み続ける。
腕が焼けて、肌が裂け、痣ができ、体に痺れが走ろうとも。
この復讐は止まらない。
「<風の刃>」
――これでッ!
歯を食いしばると、風の刃を強化した拳で無理やり捻じ伏せる。
血が風に舞う。固く握りしめた拳からは白い骨が覗いていた。
それもどうでもいい。
頭にあるのは、目の前のにやけ面をコロスことだけ。
――捉えたッ!
シトラスが魔勇の勇者をその射程に収めたとき、
「はい! お疲れさん!」
シトラスもまた魔勇の勇者の射程に入った。
「<土針鼠>」
地面から石柱が勢いよく飛び出てきた。
石柱は興奮のあまり前のめりになっていたシトラスの顎を打ち抜いた。
強化された体であっても、脳が揺れれば動きは止まる。
その意識が回復するのを待つはずもなく、
「<黄金の右手>」
正拳突きがシトラスの腹部を打ち抜いた。
体をくの字に折り曲げてシトラスは屋上を滑空すると、壊された柵からその姿を消した。
魔勇の勇者は、
「ありゃりゃ! 飛ばし過ぎたか」
シトラスの体が闇夜に飲まれていくのを見送った。
◇
シトラスは暗闇に立っていた。
ぼくの夢ってなんだろう。
『ぼくがだれかにとってのゆうしゃになるんだ』
絵本の勇者に憧れた。
勇者と呼ばれる魔法剣士の物語に。
誰かが囁きかける。
――本当二それガやりたいことナノカ?
勇者ってなんだろう。
『――ぼくは人に仇なすものを倒す勇者になるよ』
魔物や悪党から人を守りたい。
罪のない人々だ。人種も国も問わない。その善良なる人の生活を脅かす者を。
――罪ノない者ナドこの世二いるノカ?
いつかシトラスがブルーに言った言葉。
『友達も救えなきゃ勇者になんかなれないでしょ』
その言葉をきっかけにあの日の闇が再現される。
レスタのはにかんだ笑顔。
『……俺、今めっちゃ幸せなんだ』
それが一転して、驚愕の表情に変わり宙に舞う。
何もできない。ただ見送ることしか。
そのまま屋上の外の闇へと吸い込まれていく友の顔を。
友人たちの一番幸せな日を、どん底へと追いやった勇者という存在を。
闇に吸い込まれる首と共にあの日の夜が消えていく。
――おまえハ勇者二なれなカッタ。
闇が震えた。それとも震えているのはシトラスの心か。
別の声が聞こえる。
国を守れ。誓いを果たせ、と五月蠅いほどに鳴り響く。
――魔勇ノ勇者ヲコロセッ!
そうだ。それだけが唯一残されたものなのだ。
誓いを果たそう。人に仇をなす者を討つ。
闇に灯った復讐の炎が世界を昏く炙り出した。
◆
シトラスは息苦しさに暗闇から目を覚ました。
見上げた先にあったのは見知らぬ天上。
体を起こそうとしたが鋭い痛みが腹部に入り、
「うッ……」
うめき声を上げて断念する。
一度痛みを知覚すると、全身がひどく痛むことに気がついた。
特に腹部と両の拳が与える痛みは、ここが現実であることを否応なしに教えてくれた。
痛みをこらえて、首を動かす。
都市マムラカで見慣れてきた樹の洞に作られたような部屋。
ベッドと脇には小さな机。その上には治療薬品と思しき薬草や空になった小瓶。
それに結露のついた水差しと空のグラス。
生活感が薄い一人部屋であった。
それも永住者ではなく、一時滞在者の部屋。
部屋の調度品はベッドを除けば、小さな机が一つと椅子二つあるだけ。
この部屋の持ち主のものだろうか。
大きな革のトランクケースが部屋の隅に鎮座していた。
部屋の唯一の扉の鍵を回す音が聞こえた。
寝たふりをするか一瞬悩んだ。
シトラスは向き合うことにした。
ゆっくりと開く扉。そして、そこから現れた人物を見つめる。
「はぁ、見たところお目覚めのようですね」
「アド、ニスせんせ、ごほッごほッ!」
「はぁ、随分と無理をしたようですね。状況を整理したいので私の問いに首を動かして答えて下さい。わからなければ瞳を三秒閉じてください。わかりましたか?」
シトラスが首を縦に一度動かすと、アドニスもそれに満足そうに頷き返した。
「はぁ、まず魔勇の勇者の戦いましたね? 大樹ブラジュの上で」
首を縦に動かす。
「はぁ、そして敗北しましたね」
悔しそうに顔を歪めて、もう一度首を縦に動かす。
「はぁ、レスタもその場所に居合わせていましたね?」
金縛りにあったように体が固まる。
脳裏によぎったのは、闇に消えるレスタの表情。
何が起こったのか理解が追い付いておらず、驚愕の表情のままに。
目を開いて息を呑んだシトラスに対して、アドニスは、
「はぁ、その沈黙は肯定と受け取りました」
何かを考えるようにアドニスは瞳を閉じる。
耳を澄ますと二人の呼吸音だけが部屋に微かに響いた。
アドニスは瞳を開けると、
「はぁ、次は私から貴方の置かれている状況について説明します。まず、貴方は丸三日寝込んでいました。その間に貴方には沈勇の勇者とレスタの殺人容疑が掛けられています。加えて国家転覆罪も。生死を問わない指名手配犯です」
シトラスはこの時になって知った。沈勇の勇者がすでに死んでいたことに。
そして何より友人の殺人容疑が掛けられていることに強い反応を見せた。
脳裏にあの悪夢の夜が蘇り、その手には力が籠る。
「はぁ、安心してください。私はそうは思いません。そして、貴方をよく知る人もそうでしょう。ただ残念なことに、この世界は貴方の知らない人で埋め尽くされています。勇者と言ってもその実態を気に留める人など皆無。勇者とは人ではなく記号なのですよ」
「せん、せいが、助けて、くれたんです、か……?」
「はぁ、私はこれから助けるんですよ。これまでは彼女が。噂をすれば影、ですね」
扉が静かに開く音と共に、部屋へ入ってきたのは妙齢の美しい女性。
その姿にシトラスは目を見張る。
肩にかかる軽くウェーブした金緑の髪、大きな金緑の眼。
彼女はシトラスにとって馴染み深い女性であった。
「やぁシト。久しぶり」
「やぁ、シア、ひさし、ぶり」
コメルシャンテ商会の会長バレンシア。
かつて両親が健在であった時のロックアイスの御用商人。
シトラスとも個人的に繋がりがあり、学生時代の裏魔闘会では後援者の一人に名を連ねていた彼女。
優しく微笑むバレンシアは、手に持った鞄を軽く掲げてみせ、
「あぁ、シト可哀そうに……。でももう大丈夫。最高級の回復薬を持ってきたから」
言いながらアドニスとはベッドを挟んで向かい合う形で座った。
魔法瓶の口を開けると、
「ささ、飲んで」
口元に魔法瓶の口を当て、傾けることで流し込もうとする。
しかし、勢いが弱いと口から零れてしまい、強いと咽てしまう。
シトラスの自らの手で飲むのがいいのだが、酷い筋肉痛と魔力酷使で体を動かすと激しい痛みに襲われる。
それを見ていたバレンシアは、
「私が飲ましてあげる」
そう言うと、魔法瓶に入った液体の自分の口に流し込み、シトラスに口づけを交わして、ゆっくりと口の中の液体を移し替える。
バレンシアの顔がシトラスから離れたとき、二人の間には透明な糸がひかれた。
恍惚した表情を浮かべた彼女は残りの魔法瓶の液体を呑ませるべく、続けて二度深い口づけを交わした。
魔法瓶の中身を呑み終える頃には、痛みが和らぎ、代わりに強い睡魔に襲われた。
――今はゆっくりお休み。
バレンシアの優しい声が最後に、シトラスの意識は再び闇に飲まれていった。
◆
次の朝陽の光が薄っすらと部屋を照らす頃。
シトラスは目を覚ました。
回復魔法薬のおかげで、体の痛みはすっかりと消えていた。
シトラスはバレンシアとアドニスとこれからについて話し合う。
改めて、魔勇の勇者と戦った経緯。友人の死。勝負の結末を伝えた。
バレンシアが、
「――それでシトはこれからどうしたいの?」
シトラスの答えは決まっていた。
「ぼくは、魔勇の勇者を討つ」
「本当に? 本当にそれでいいの? 私ならこの都市からシトを安全に逃してあげられるよ?」
「はぁ、魔勇の勇者は現役勇者で最も力のある勇者です。勝算はおありですか?」
「心配してくれてありがとう、シア、アドニス先生――でも決めたんだ」
二人に向けて感謝の言葉と共にその目を下げる。
言い切ったその言葉には覚悟が宿っていた。
シトラスは視線を上げると、
「それにアドニス先生。ぼくはね――勝てるから戦うんじゃない。勝つために戦うんだ」
そう言って笑った。
少し呆れた様子のアドニスは、
「はぁ、人はそれを無茶といいます」
「ぼくは、その無茶を勇気と呼ぶよ」
アドニスは眩しそうに目を細め、
「はぁ、これはお節介です。ですが、シトラス。貴方が私を先生と呼ぶのであればこれだけは言わせて下さい――勇者は復讐を否定しません。ただ、復讐だけに囚われないでください」
勇者と復讐は切っても切れない。
親が殺されたから。想い人を奪われたから。故郷が滅ぼされたから。
勇者の始まりの多くは復讐から始まる。
だが、勇者の終わりは復讐で終わってはならない。
いつだって勇者は大団円で自分ごと世界を救ってきたのだ。
シトラスは、
「わかり、ました」
アドニスの言葉を受け止め、深く頷いた。
バレンシアは二人のやり取りに不満そうに、
「私としてはシトには危険なことして欲しくないんだけどなぁ」
「ありがとうシア……。でも、ごめん」
いいこと思いついた、と目をキラキラさせると、
「ねぇ、シト。勇者なんてやめて私と一緒に暮らさない? 私こう見えてお金も立場もあるんだよ? ポトムがダメならチーブスでも――」
「はぁ、私の可愛い教え子に、悪魔のような囁きをするのはやめてください」
バレンシアはアドニスに言葉を遮られ、ブスッとした顔を漏らす。
不貞腐れたような顔のバレンシアの顔が可愛らしく、それにシトラスが笑みを零し
「ありがとうシア。でも、ぼくがこう生きたいんだ。それについ最近ぼくにも婚約者もできたからね。どちらにしろ一緒には行けないよ」
バレンシアの瞳から光りが消えた。
「……へー。だれそれ?」
アドニスはそれに不穏な空気を感じ取り、やんわり話題を変える
「はぁ、おめでとうございます。その話は後ほどでも。今はまず勇者たちどうやって倒すかです」
シトラスが眠っている間に、剣勇の勇者が都市マムラカへと到着していた。
シトラスが魔勇の勇者と敵対するのであれば、彼も敵に回すということである。
魔勇の勇者と剣勇の勇者。
王国の一大戦力の二人を相手にしなければならない。
「アブーガヴェル公爵に魔勇の勇者について糾弾してもらないかな?」
シトラスは剛勇の勇者が、ボルスに誓約に反するこれまでの非道を糾弾されて弱体化したことを思い出した。
シトラスは二人に西の地で剛勇の勇者と戦った話と共に、弱体化させる考えを伝えるが、
「はぁ、それは二つの意味で難しいでしょう――」
アドニスの表情は浮かなかった。
「――まず一つが、シトラス。先日にも伝えましたが、貴方はいま魔勇の勇者によって指名手配されています。公爵への面会は望めません」
魔勇の勇者によってまず先にシトラスが糾弾されてしまう。
誰が正義の味方を糾弾する犯罪者の言葉を信じるというのか。
「――そして次に、魔勇の勇者は誓約には反していないのでしょう。これは私の仮説ですが、十中八九間違いないでしょう。だからこそ、私が影で彼女を探っているのですから」
こんこんこん、とノックの音が響いた。
素早くバレンシアとアドニスが腰を浮かせる。
顔を見合わせて二人は頷き合い、扉に近いバレンシアが足音を殺して扉の前に移動する。
「……誰だ?」
「俺だ。ミュールとメアリーだ」
声を潜めて帰ってきたのは幼馴染の声。
シトラスが、
「ミュールッ!」
ベッドの上で喜色の声を上げた。
バレンシアが扉を開けると、そこにはミュールとメアリーが立っていた。
ミュールの手には鞘に収まった"王道の剣"。
アドニスが二人を招き入れると、二人はシトラスのベッドの足元に腰かけた。
「はぁ、ちょうど良かったのかもしれません。いま私たちは対勇者の作戦会議を行っていたところです。剣勇の勇者に関しては、メアリーとミュールに私たちが彼女を倒すまでの足止めをお願いしたいのです」
「アドニス先生。私たちって……」
「はぁ、私もシトラスと一緒に戦います」
「私もいるよ?」
ひょこっと椅子の上でバレンシアは体を傾けた。
ミュールに悪気はなかった。
シトラスとアドニスと肩を並べるという彼女の力に疑問を挟むことに。
一応の面識はあったが、元御用商人で裏魔闘会の後援者の一人ということしか、彼女について知らなかった。
それゆえの口を衝いて出た疑問。
「バレンシア、さん? あなたは戦えるんですか?」
ミュールのその問いに対する答えは、笑顔で彼女の体から溢れ出した魔力の圧であった。
シトラスの背中を冷たい汗が伝い、手に汗を握る。
魔力視の魔眼がなくても感じる威圧感が彼女にはあった。
「はぁ、バレンシア殿。抑えてください。魔力探知されてしまいます」
宥めるアドニスの声で、バレンシアから放たれた圧が霧散する。
にっこりと笑ったバレンシアは、
「少しは信じていただけたかな?」
ミュールは素早く首をコクコクと動かした。
その隣ではメアリーが腰の剣に手を当てて、いつでも抜剣できる構えを取っていた。
「はぁ、それでは作戦は今晩。お膳立ては私とバレンシア殿でやっておくので、三人はそれまで英気を養っていてください」
そう言うと、アドニスはバレンシアと共に部屋を後にした。
「……ありがとう。二人とも」
「気にすんな。それよりレスタは……」
「魔勇の勇者に……。エヴァは大丈夫、な訳ないよね」
「あぁ、今はちょっと会わない方がいい。レスタはシトに殺されたことになっているから。エヴァも頭ではわかっているんだろうけどな。感情ってのは……ままならないよな」
シトラスはミュールの口ぶりで気づいた。
既に二人はレスタが死んでからエヴァに会ったことに。
恐らくその時の、エヴァの矛先がシトラスあるいは勇者に向いていたことに。
「なぁシト。魔勇の勇者様と剣勇の勇者様を殺してしまったら、勇者はどうなるんだろうな?」
シトラスは七人目の勇者であった。
これまでにシトラスが出会った五人の勇者たち。
魔法及び支援を担当する"魔勇"。"戦争を担当する"剛勇"。治安を担当する"沈勇"。諜報を担当する"剣勇"。魔物を担当する"智勇"。
そのうち智勇と剛勇をシトラスは手にかけ、沈勇も何者かによって葬られた。
そして今度は、魔勇と剣勇をその手にかけようとしている。
それでもやらねばならなかった。
それを成し遂げねばならなかった。
胸に灯った昏い炎が世界を燃やす限り――。




