七十話 裏魔闘会と怪物大集合と
今話から書体が少し変わります。
カーヴェア学園に復学したシトラス。
ひょんなことから知己を得た一学年下の魔人の混血のオニキス。
オニキスは病に臥せった母の治療費ために、学園で成績上位十位の表彰に入り、副賞である魔法金属を手に入れる必要があった。
その話を聞いたシトラスは、対抗魔戦のパートナーにメアリーを推薦した。
二人のコンビは優勝こそ逃したものの準優勝を収めることができた。
学園成績の表彰の当落線上にいるオニキスは、表彰を確実なものとするべく、続く魔闘会への出場を試みるが、魔闘会の後援者の意向で、その出自を理由に魔闘会への出場を認められなかった。
頭を悩ませるシトラスたちを前に助け船を出したのは、学園長のネクタルであった。
魔闘会と同日に、百名を超える参加者と、その大会への後援者を集めることができたら、裏行事を公式に認めるという提案であった。
学園の行事として認められれば、そこで活躍することは輝石の魔力の獲得につながる。
ミュールとオニキスは、ネクタルの三つの条件に悲鳴を上げる中、シトラスが動いた結果――。
魔闘会の当日の朝。
シトラスは校庭に設置された仮設闘技場にいた。
その横にはミュール、メアリーとブルーの姿もある。
この日の校庭は多くの生徒でごった返していた。
中央に設置された仮設ステージを囲むように、精巧な土魔法で作られた観客席。
段上になっており、どの席からもステージが一瞥できる。
全体的に魔法闘技場が小さく纏めて再現されていた。
仮設闘技場を一望できる来賓席には、まだ客人の姿はない。
空席の来賓席のふちに立って、シトラスたちは闘技場内を見渡す。
シトラスの両脇にブルーとメアリー。
ミュールはメアリーの隣で、来賓席の柵にもたれかかるように立っていた。
ミュールが感心した様子で、
「それにしても、シト。考えたな。亜人たちを巻き込むなんて。闘技場に入れない亜人なら百人集めるのは固いもんな」
「これもブルーのおかげだよ」
シトラスは隣に立つブルーに、笑顔で礼を述べた。
観客席で試合を今か今かと待ちわびているのは、魔人や獣人の血を引く亜人種の生徒たち。
シトラスは、ネクタルの提案を受けたその日に、即座にブルー経由で亜人の生徒たちに連絡を取った。
――共同で裏魔闘会を開かないか、と。
学園の行事として認められれば、輝石に魔力が与えられるということ。
何より私闘扱いであった彼らの祭りが、正式に学園に認められるということもあって、亜人の生徒たちはそれはもう張り切った。
炭鉱族が張り切って骨子を作り、妖精族が精巧な装飾を施した仮設闘技場。
校庭に作られた仮設闘技場は、学園行事のステージとして恥じない立派なものであった。
シトラスだけではうまくいかなかっただろう。
猫人族のブルーは、人族と亜人の橋渡しとなることでこの舞台の成立に大きく貢献していた。
いつも通り淡々とした表情ではあったが、
「それほどでも……ある」
胸を張るあたり、彼女も興奮しているようだ。
三人が改めて大会のスケジュールを確認していると、
「シト~」
甘ったるい声でシトラスの名を呼ぶ声。
シトラスの背中に柔らかい二つが押し当てられた。
「アイリー! ありがとう。審判を引き受けてくれて」
「いいんだよシト。シトがそれを望むなら」
シトラスが振り返った先には、茶褐色の髪と瞳をもつ妙齢の美女。
アイリーことアイリーンの姿があった。
アイリーンは学園の最年少教師。
魔法生物学の教鞭をとる彼女は何かとシトラスに甘かった。
生活感の漂うエロスを持つ彼女の登場に、シトラスの隣に立っていたミュールが生唾を呑み込んだ。
両脇に立つメアリーとブルーは、アイリーンの登場に少し面白くなさそうな顔を見せる。
メアリーの隣で一瞬羨ましそうな表情を浮かべたミュールであったが、
「アイリーン先生、状況はどうでしょうか?」
「問題ないよ。あとは来賓が来たらすぐにでも試合は始められるよ。あとは本当にいらっしゃるのかだけど……。さすがの私でも信じられない名前ばかりで驚いたよ」
でもシトのことは疑ってないわ、と目にハートができそうな勢いでおもねるアイリーンに、ミュールは少し怖くなった。
「そう言えば、俺もまだ聞いてないんだよな。いい加減教えてくれてもいいのに」
来賓席に用意された四つの座席に視線を送る。
ミュールの言うように、来賓の詳細はネクタルにしか知らされていなかった。
この裏行事とも言うべきイベントの開催するために、後援者は決して少なくない金額を学園に寄付しなければならない。
来賓という名の後援者は関係者の関心を集めた。
しかし、シトラスがそれを明かそうとはしなかった。
そのため、ミュールをはじめとした関係者にその存在についてやきもきさせていた。
「さぷらいず、ってやつだよミュール」
そう言ってばっかりだ、と笑いながらミュールは首を振る。
ミュールが不満を漏らしていると、
「招待客のお姿がお見えになりました!」
来賓席の出入口に控えていた運営委員会の生徒の緊張した声が響いた。
来賓席にいた生徒たちとアイリーンの視線がその出入口に集まる。
視線の先で通路から、誰かが軽快な足取りで駆ける音が響いていた。
来賓席からは陰となっている通路から響く、地を駆けるその音が徐々に大きくなる。
そして、彼女は勢いよく来賓席へと飛び込んできた。
「シトーー!!」
来賓席の前方に立っていたシトラス目掛けて。
すかさず、シトラスの両脇に立っていたメアリーとブルーが遮るように前に出る。
横目でそれを認識したミュールは慌てて、
「ら、来賓客だぞ! 絶対に手を出すなッ!」
人好きのする笑顔を浮かべながら人物は、金緑髪金緑眼をもつ美しい妙齢の女性であった。
肩にかかる軽くウェーブした金緑の髪、大きな金緑の眼。
にこにこと愛嬌で魅せる彼女の名はバレンシア。
シトラスの旧知の友人であった。
ミュールの言葉に、彼女たちの浮かした踵が行き場を失う。
害意の感じられない相手かつ、シトラスが楽しみに作り上げたイベントの立役者である。
それを考えられるくらいの理性はあった。
邪魔者がいなくなったことで、バレンシアがシトラスをその胸に抱きしめると思われた――が、そうはならなかった。
「あら、あららららららら……?」
バレンシアがシトラスを抱きしめる直前で、風が彼女を包みこんだ。
風はそのまま、二人を接触することなく引きはがした。
通路からコツコツと足音が響く。
次に来賓席へその姿を見せたのは、クール然とした美人――ベルガモット・ロックアイス。
サラサラと流れる金橙髪に一房の赤。
宝石のような彼女の浅葱色の瞳は、調理場にでる害虫を見るような冷たさでバレンシアに注がれていた。
「……誰に断って私の弟に手を出している」
「……いたんだね。ベルガモット」
出入口から姿を現したベルガモットに、形だけの笑みを浮かべるバレンシア。
ぶつかり合う二人の視線。ゴゴゴォォォという音が聞こえる気がした。
彼女の生家であるロックアイスの御用商人であったバレンシアとベルガモットは、幼少期から互いに面識があった。
「姉上ッ! それにライラもッ!」
ベルガモットの後ろから、ぬんっと姿を見せたのは人並み外れた巨躯を誇る美女――ヴェレイラ・
ガボートマン。
肩にかからない長さの毛先に癖のあるボブは橙色で、ふんわり持ち上げるように整えられた前髪その下には、優しげな茶色の瞳と口元に浮かぶ笑み。
ベルガモットの無二の親友でもあるヴェレイラが、腰を折って彼女を諫める。
「そのくらいでベル。後ろから人も来ているか、らッ!?」
その彼女の股下をすり抜ける小柄な影。
ヴェレイラは小さく悲鳴を上げた。
その影は、バレンシア同様にシトラス目掛けて一直線に飛び上がった。
「私の目の前でさせるわけがないだろう」
ベルガモットがそう冷たく言い放つ。
その小さな影は空中でピタリと止まると、くるっと半回転して静止した。
小さな影は、突然空中で止まり次の瞬間には上下反転した景色に、キャッキャッと甲高い笑い声を上げた。
その小さな影は、黒と見紛う深紅の髪と瞳の少女であった。
シトラスは、
「ジェーンッ!」
喜色の笑みを浮かべる。
シトラス日いる勇者部の初クエストで出会った彼女。
勇者部であるミュールとブルーも彼女の登場に驚いた様子を見せた。
驚いたのも束の間で、元気そうな彼女の姿にその相好を崩した。
ベルガモットは不快そうに眉を顰め、
「……私の知らない女? ッ!?」
彼女の視界の先で、吊り上げられていたジェーンがゆっくりと来賓席の階段へ降りていく――ベルガモットの意思に反して。
そのベルガモットの反応に、ヴェレイラも遅れて驚きの表情を見せる。
ベルガモットの魔法が干渉されるところを、彼女は今まで見たことがなかった。
振り返った先の通路の闇。
その奥からぺタペタと小さな足音が聞こえてくる。
その足音の持ち主が、陽の下にその姿を現す。
浮世離れした美しさをもつ美少女であった。
褐色の肌、切れ長の緋色の瞳、地面に届きそうなほど長い暗い赤紫の髪。
シトラスが彼女と前回出会ったときと同じく、白のワンピースだけを身に纏った軽装。
この日も以前出会った時同様に素足であった。
ただ、前回と違うのは、その首には初対面の時にシトラスが渡した大きな布地が巻かれていた。
彼女の登場に目を丸くする一同。
ただ、シトラスだけがやはり笑顔で、
「イクストゥーラッ!」
親しみを込めてその名を呼ぶ。
ジェーンがその隙にシトラスに駆け寄ると、その鳩尾あたりに顔を埋めた。
ミュールが心底不思議そうに、
「……地下世界で馬鹿でかい宮殿に住んでいる時点で、ただ者じゃないとは思っていたが、何者なんだ?」
「知らない」
返ってきたのは端的な言葉と、清々しい笑顔であった。
シトラスはジェーンをの頭を撫でながら、イクストゥーラに視線を送る。
そして、彼女の首に巻かれた大きな布地に気がつき、少し切なくなった。
なくなったものへの思いは大きく、なくしたものは二度と帰ってこない。
シトラスが感傷に浸っていると、イクストゥーラの後を追うように今度は騒がしい気配。
「ひ、姫、ちょっと落ち着け」
「姫が元気になってよかったわ」
現れたのは三人の年若い男女であった。
その三人の先頭に立つ濡れ烏色の髪を美少女が、
「シトラスッ! わらわがそちを迎えにきたぞッ!」
どん、という音が聞こえてきてそうなほど胸を張る。
「シーヤッ!」
シトラスは次から次へと現れる、親愛の情をもつ友人たちの登場に笑顔が隠せない。
笑顔で手を振るシトラスであったが、シーヤの発言に周囲が黙っていない。
「――誰が?」
メアリーとブルーの目が怪しく光る。
「――誰を?」
バレンシアが瞳の笑っていない笑顔を向ける。
「――迎えに来たって?」
ベルガモットの髪が重力に逆らうように膨れ上がった。
その隣では、ヴェレイラが足を開いてその腰を落とした。
ミュールはこの場から一刻も早く離れたくなった。
運営委員会を務める、有志の獣人族の生徒たちの姿は既に来賓席にない。
彼らの本能が知らせるどでかい警鐘に従った結果であった。
剣吞な視線を集めたシーヤが、その視線に気がつくと、
「なんじゃ貴様らは……わらわとシトの邪魔するなら――」
自分を見つめる視線の主を睥睨した。
――消すぞ。
その言葉は間一髪で遮られる。
「姫ぇぇええ!! それ以上はだめぇぇーー!! 外交問題になっちゃうッ!!」
シーヤの後ろに控えていたカスタネアが、そのピンク色の髪を振り乱して彼女を抱きしめた。
つい最近まで切った張ったの殺し合いをしていたチーブス王国の姫が、ポトム王国の中枢に姿を見せたのである。
豪胆どころの騒ぎではなかった。
ポトム王国滞在中に彼女の身に何かあれば、戦端を開く恰好の口実になってしまう。
逆もまた然りであった。
ちなみに、外交問題の懸念からシーヤのチーブス王国の出立はかなり引き留められた。
ただ覚醒した彼女を物理的に止めることができなかったのだ。
苦肉の策として、チーブス王国は国交正常化を象徴する遊学と世間には公表した。
カスタネアの隣では、ウィップが来賓席を見渡し、
「怪物のたまり場みたいな席だな。ここは」
強者は強者を知る。
次から次へと現れる強者と修羅場に、
「なんだよ。ここがもう今日の決勝戦でいいじゃねぇか」
ミュールがポツリと呟く。
ミュールが隣国からやってきた三人に視線を送る。
その視線はウィップの視線と交わった。
二人はなんだかよくわからないがコイツとは仲良くなれそうだと感じた。
苦労人もまた苦労人を知るのだ。
殺伐とした来賓席であったが、シトラスが音頭をとると嘘のように話がまとまった。
最期に来賓席に現れたのは学園長のネクタルであった。
現在魔法闘技場でも魔闘会が現在進行形で開催されている。
そこにいるはずのネクタルがいつの間にか姿を現していた。
「こうしてみると凄い面々だね。君たちだけで国盗りができそうだね。――さてさて、約束は約束だ。君は僕との約束を果たした。次は僕の番だね」
そう言って来賓席の縁に立ったネクタルは熱気渦巻く城内へ口を開く。
『これまで世界に虐げられてきた者たちよ。陰に埋もれてきた者たちよ――時間だ。その力を世界に示せ。今この時から、この裏魔闘会は魔闘会と同じ扱いとする。優勝者には七席と同等の扱いを保証しよう。その他も魔闘会と同じ扱いに準じよう。準備は良いかな? それでは、学園長ネクタルによりこれより裏魔闘会の開催をここに宣言するッ!』
湧き上がる歓声は、魔法闘技場で行われている魔闘会にも勝るとも劣らないものであった。
「ぼくたちも準備しないとね。行こうみんな――じゃあ来賓のみんなも楽しんで行ってね!」
来賓席で開会宣言を聞いていたシトラスがそう言って、ミュール、メアリー、ブルーを連れて来賓席を後にした。
それを笑顔で見送る来賓客の友人たち。
ジェーンにいたっては、そのまま引っ付いて行こうとしていた。
もちろん運営委員会の制止を受け、今はイクストゥーラの隣に寄り添うように座っていた。
シトラスの姿が通路の影に呑まれていくと。全員が一瞬で真顔になる。
ウィップはこの場から一刻も早く離れたくなった。
重苦しい沈黙の中、
「いい機会だから言っておこう。私の弟に粉をかけるのはよせ」
最初に口を開いたのはベルガモットであった。
それをバレンシアが鼻で笑った。
「そろそろ弟離れするべきじゃないかな? 姉弟愛も拗らせると気持ちが悪いよ?」
「姉は弟を愛し愛で続ける存在だ。離れる理由などない。お前こそ年齢を弁えて距離をとるべきじゃいのか? この年下趣向が」
「あは――調子に乗るなよ小娘」
「抜かせ――年増が」
二人の会話を聞いていたジェーンが立ち上がる。
そのままトコトコとベルガモットの前まで移動した。
目をキラキラと輝かせて、
「シトの姉? シトの姉?」
ベルガモットを見つめた。
その問いに答えたのは、隣に座るヴェレイラであった。
「そうだよ。ベルはシトのお姉ちゃんだよ。そして、私は一番最初の幼馴染」
ヴェレイラ来賓客で一人だけ椅子ではなく、マットが敷かれた特注の席に座っている。
彼女に合う椅子がなかったのだ。
ベルガモットの隣で、その大きな胸を自慢げに張る。
動きに合わせて、ゆさりと揺れる服の二つの膨らみ。
ジェーンの視線が吸い込まれるように隣へと動いた。
子どもは柔らかいものと、大きいものが好きなのである。
ヴェレイラはその二つを持っており、かつその大らかで優しい雰囲気。
子どもに人気が出ないわけがなかった。
ジェーンは躊躇うことなくヴェレイラの胸に飛び込んだ。
ヴェレイラはそれを少し驚いた様子を見せたものの彼女を受け取めた。
彼女の胸を揉んだり、顔を埋めて遊んでいるジェーンを見下ろす。
そこには悪意も下心も感じなかった。ジェーンの行為はまさしく子どものそれであった。
ヴェレイラの唇が緩む。
「なにこの子――可愛い」
彼女の母性本能が全力でくすぐられた
シトラス以外ではこうして甘えてくれる存在は初めてであった。
ヴェレイラは胸で遊ぶジェーンに触ろうとしたが、下手に干渉して逃げられるのも嫌だな、と思い、持ち上げたその手は行方を失った。
ベルガモットは視線をジェーンへ向けた。
親友の胸に顔を埋める彼女に何か言葉を紡ごうとした時、それに被せるように声が響いた。
「――お主がシトラスの言っておった姉か……。では、一言言っておかねばならないな――これまで大儀であった。あとはわらわに任せよ」
ベルガモットの顔が固まった。
感情が抜け落ちた幽鬼の表情で、
「……泥棒猫が後からしゃしゃり出てきて、何を偉そうに。お前など眼中にないんだよ、姫サマ」
ベルガモットを口論を繰り広げたバレンシアも、
「そうだね。男漁りは自国でやるといい。お姫サマ」
彼女に同調して、シーヤをせせら笑った。
「――消ス」
「――死ネ」
「――オ前ガナ」
三人とも目が逝っていた。
膝の上のジェーンをあやすヴェレイラの目にも一瞬剣呑な光が宿る。
ウィップとカスタネアが震えだす。
それは防寒対策では決して凌ぐことのできない寒さであった。
「あっ、シトラスくんが出てきた」
ネクタルの言葉で三人はひとまずその矛先を収めた。
来賓席から仮設ステージを見下ろすと、一回戦の出場選手としてちょうどシトラスが出てくるところであった。
出場者を包む歓声。
シトラスの対戦相手は、長柄を手にした犬人族の男子生徒。
闘技場の声援は、圧倒的にシトラスの対戦相手の犬人族を応援する声が大きい。
「やっちまえーー!!」
「ころせーー!」
「いけけいけーー!!」
時に物騒な言葉も飛び交う。この辺りは育ちの差が出ていた。
審判を務めるアイリーンの号令の下、試合開始が告げられた。
シトラスは刃引きされた腰の剣を抜いた。
強化魔法を使って効果的に距離を詰める。
身体能力が人族より遙かに優れている獣人族。
非力な人族が獣人族の得意とする接近戦を挑んだことに会場が湧く。
舐められたと思った犬人族の生徒はこれに応戦する。
対戦相手の犬人族は、長柄の長所を活かしきれなかった。
犬人族の生徒も強化魔法を使っているが、暇さえあれば日常生活で強化魔法を使い続けたシトラス――精度が違った。
形勢の不利を悟った犬人族の生徒は、長柄を捨て肉弾戦と移った。
魔法で強化された肉体から放たれる拳の威力は、銃弾にも匹敵する。
押し返し始めた犬人族に、亜人で埋め尽くされた会場は大盛り上がりである。
対して、来賓席は大盛り下がりである。
ヴェレイラの膝の上では、
「殺す? シトと戦っているやつ殺す?」
その双丘を枕に試合を観戦していたジェーンが、彼女を見上げてそう言った。
ヴェレイラは、
「殺しちゃだめよジェーン」
ジェーンの頭を優しく撫でて押しとどめた。
仮設ステージでは二人が互角の戦いを演じていた。
シーヤの背後に立つカスタネアが、
「シト負けないわよね?」
隣に立つウィップに不安そうに尋ねる。
彼女は接近戦については門外漢であった。
それを鼻で笑って一蹴するウィップは、
「負けるわけがないだろ。経験が違う。確かに対戦相手も多少できるようだが、戦い方が綺麗すぎる。さぞ学園ではいい成績を収めているんだろう――だが、それだけだ。闘争において勝敗を分けるのは成績じゃない」
ウィップの発言にネクタルは笑う。
「闘争において勝敗を分けるのは成績ではない、か――ふふっ、学園を預かる者としては耳が痛い台詞だね」
ウィップの見立てた通り、犬人族の生徒の胸に輝く輝石の色は黄色。学園では三位階の色。
対するシトラスは、四位階の緑色。
学園でその一つの色の差を埋めるのには、いったいどれくらいの時間と労力が必要なことだろう。
半月? 一年? いや、二年かかるかもしれない。
それぐらい輝石の色を上げるということは、難しいことであった。
それゆえに、犬人族の生徒も誇りと自信があった――輝石の色が下の人族には負けまい、と。
彼はその誇りと共に、ステージ上に倒れることとなったのであった。
「ほらな」
ウィップが詰まらなそうにそう言った。
来賓席の他の面々を見ても、この結果に驚いた様子を見せる者はいない。
ただ、よくやったとばかりに笑みを浮かべているだけである。
アイリーンの試合終了の合図。
シトラスが大きく息を吐いた。
観客席が盛大に勝者を湛える。
応援していた犬人族の生徒が負けたのは残念だが、正々堂々打ち破った者を湛える気持ちの方が大きかった。
声援に包まれたシトラスは、大きく両手を振ってその声に答えた。
その手と笑顔が来賓席に向けられたとき、イクストゥーラを除く全員が笑顔でそれに手を振り返した。
イクストゥーラも笑みこそ浮かべてはいないが、周囲を見渡し、その真似をするように小さく手を振り返した。
ジェーンにいたっては、ヴェレイラの足の上から降りて、飛び上がって喜んでいる。
来賓席たちは微笑みながら考えていた。
――シトラスは自分に手を振っているんだ、と。
何かを感じ取ったウィップは背筋が寒くなった。
やはりこの場から一刻も早く離れたくなった。
少年編を書き始めた時から、書きたかった話の一つでした。




