六十七話 凶行と問答と
秋の暮れに、突如としてシトラスの暮らす屋敷へと訪れたチーブス王国の要人、ジンジャー。
その口から語られたのは、衝撃の事実の数々であった。
友人の死、両親の死、そして戦争の裏側。
そこに約半年もの間、生活を共にしていた友人たちが深く関与していたという事実。
それは屋敷で共に暮らし育んできた四人の関係性に、ヒビを入れるには十分過ぎる情報であった。
シトラスはジンジャーの提案に乗り、屋敷を去ることを決意。
それを引き留める資格も厚顔さも、ウィップとカスタネアは持ち合わせてはいなかった。
シーヤにはそれがひどい裏切りに感じた。
そして、半ば錯乱状態にあった彼女はあろうことか、シトラスをその手にかけようとした。
すべてを滅する彼女の魔力。
まともに触れれば、後片もなく消し去る尋常ならざる力。
「――ッ!」
はたして息を呑んだのは誰であったか。
もしくは、全員であったのかもしれない。
愛深まって憎より深し。
シーヤから、隣に座るシトラスへと放たれた滅びの魔力。
二人の後ろに立っていたウィップとカスタネアは、突然のシーヤの凶行に反応することができなかった。あるいは、平素なら対応できたのかもしれない。
しかし、自身がシトラスの家族を、故郷を滅ぼしたという自責の念に駆られていた二人は、豹変したシーヤを前にその思考が硬直してしまった。
しかし、凶行は防がれた――
「ッ! 痛ったぁぁああーー!!」
――対面に座っていたジンジャーの差し出した手によって。
普段の芝居がかった演技もなく、右手で左手を抑えながら素の悲鳴を上げるジンジャー。
その左手は原形を保ってはいたものの、黒く焼け爛れ、爪にいたっては全て剥がれ、その残骸が何枚かかろうじてぶら下がっている状態。
魔法商会の友人に貰ったという手袋のおかげである。
さもなくば、その左手ごと、シトラスの上半身は消滅させられていたことであろう。
しかし、その魔法の手袋はあくまで魔力を逸らすというもの。真っ向から魔力を受け止める効力はなかった。その結果が、ジンジャーの左手の惨状であった。
ゴムを焼いたような不快な匂いが部屋に充満する。
「閣下ッ!!」
壁と同化していたジンジャーのお供たちが血相を変えて駆け寄ると、その内の一人が治癒魔法を使って、その左手の治療にあたる。
しかし、血の気が引いたのは、何もジンジャー陣営だけではない。
「シトッ!」
糸の切れた人形のように、座っていた椅子から崩れ落ちるシトラス。
それをウィップは素早く移動して受け止めた。
それを目を見開き、青褪めた表情で見つめるカスタネアに、
「大丈夫だ。気を失っているだけだ」
ウィップがそう告げると、彼女は安堵のため息を漏らす。
ウィップは、ついでその惨状を生み出した当人を直視する。彼もまた青褪めた表情で。
そして、当人であるシーヤは理解する。たった今自分がしでかした行為を。その意味を
「あ、ああ……あああああああああああああ!!」
乱れた綺麗な濡れ羽色の髪ごと、シーヤは自身の顔を乱雑に抑える。自身の凶行を思うと、その顔を上げてはいられなかった。
人生で初めての彼女の理解者。それをあろうことか、彼女自身の力で消し去ろうとしたのだ。
今まで御守役に選ばれた人物をその魔力で悉く消し去って来た彼女。しかし、それは彼女の本意ではなかった。その一線だけは守ってきた。ジンジャーの依頼により先の一戦でその力を振るった以外、彼女は意思をもって、人にその矛先を向けたことはなかった。それは彼女の誇りでもあった。
それがどうだ。
一時の感情の迷いで、その矛先を彼女にとって最も向けてはならない人物に向けた。
他ならぬ彼女自身で誇りを汚したのだ。その事実は、激しく彼女を苛む。
最終的に感情の容量が溢れた彼女もまた、糸の切れた人形のように気を失う。既に壊れつつある彼女の心を守るための、無意識の生存本能が選んだ選択であった。
「姫ッ!?」
カスタネアは崩れ落ちたシーヤを慌てて受け取めた。
そして、それに気がついた。彼女の頬を伝う雫に。
「……姫。泣いている」
「姫がこんなに感情を露わにするなんて……やはり――」
「――さて。みなさんお話を続けられる状態じゃないようですので、私は去ります。最低限の答えは受け取れましたので。……痛たたたッ。それにしても、姫殿下の魔力は威力が桁違いですね。最後の一撃はさすがに逸らしきれませんでしたよ」
治療を終え、包帯でぐるぐる巻きになった左手を振るジンジャー。
治癒魔法は、時間遡行ではない。魔力により細胞の活性化および欠損部を魔力で補う魔法である。欠損部を補填した魔力はその体に馴染むまでは脆いという特性があった。いかに魔法とて完璧ではないのだ。
供回りに囲まれ、部屋を後にするジンジャーは最後に一度振り返り、二人を見ると、
「そう言えば、お二方は姫の御守役の介役でもありましたね。いい報告はできそうですか?」
「……閣下の左手を吹き飛ばすくらいには」
その回答にジンジャーは笑みを零し、今度こそ屋敷を後にするのであった。
◇
ジンジャーの来訪から数日後、シトラスは荷物を纏めていた。
部屋の窓から見える屋敷の前には、場違いな豪華な馬車がつけており、通り過ぎる人々の好奇心を駆り立てている。
荷物纏めると言っても、シトラスに私物と呼ぶものは何もなく、生活していた部屋の整理をするくらいなものである。
生活感の拭い去られた部屋は、どこか冷たい。
冒険迷宮で稼いだお金は、半分は共有の生活費に、残りの半分を均等に四分割していた。
カスタネアは、身なりや甘味処にそのほとんどを費やしていたが、他の三人は物欲もなく、貯まる一方であった。ウィップだけは、カスタネアにたかられることも少なくなかったが。
最後の掃除を終え、シトラスが磨き上げた部屋を満足そうに眺めていると、
「行くのか?」
後ろを振り返るとそこにはウィップの姿。
あの日以来、屋敷の中で四人で会話をすることはなくなった。
屋敷が冷え込んだのは何も季節の影響ばかりではない。
「……うん」
「姫には声はかけないのか?」
今も床に伏せるシーヤ。今この場にいないカスタネアは、つきっきりでそんな彼女の看病に当たっていた。何が彼女を苦しめているのか、口には出さなくてもわかり切っていた。
時折、シトラスも彼女の部屋にその足を向けていたが、ついにその足が彼女の部屋の敷居を跨ぐことはなかった。
「…………うん」
「そっか……」
ここにはいない彼女に想いでも馳せたのか、ウィップの問いかけに時間を置いて返事する。しかし、その答えに迷いの色はなかった。
その答えにどうこういう資格も権利も、ウィップはとうに失ってしまった。
四人による奇妙な同棲生活。
ワケありの孤独な姫に、敵対する国の捕虜、そして、捕虜の故郷を滅ぼし監視役として派遣された現役騎士の男女二人。
最初は疑心に溢れた関係性も、時と共に肩を並べるものへと変わった。
四人で冒険迷宮に潜った回数は、二人の両手足の指じゃ数えきれない。冒険迷宮の中層では時に、その冒険が失敗に終わることもあった。しかし、誰も責めるでもなく、その失敗を笑って飯のタネにした。
魔素中毒を避けるために冒険迷宮に潜らない日は、カスタネアに街のあちこちに引っ張りまわされた。服飾店や甘味処巡り。服飾店では男子二人は女子二人の荷物持ちであった。両手一杯に買った商品をぶら下げ、更に両手で顔まで隠れるほど商品まで持たされたこともあった
ウィップにとっては、初めての友人関係。
彼らと過ごすその時間は、人生で最も呆れるものであったが、最も笑えるかけがえのないものであった。肩肘を張っていた緊張感も、いつの間にか時間と共に失せていった。
それが彼を訪れたのも唐突であれば、それが彼の手から零れ落ちるのも唐突であるのは、必然だったのかも知れない。
「最後にこれ。シーヤの目が覚めたら渡しといてくれる?」
そう言って、どこからともなく封蝋のされた一枚の手紙を取り出した。
ウィップは差し出された手紙を見つめた後に、それを受け取らずにその視線を上げた。
「……自分で渡した方がいいんじゃないか? その方が姫もきっと喜ぶ」
「えー、せっかく書いたのに? これ読んでね、って本人に渡すの? それってバカみたいじゃない?」
眉を下げて笑うシトラスに釣られて、ウィップにも笑みが零れる。
「今はきっとぼくに会わない方がシーヤにはいいよ。もう少し落ち着いてから、ね」
「だが、その頃にはシト。お前はチーブスにはいない。姫が悲しむぞ」
今度はウィップが眉を下げる番であった。二人がどれだけ仲睦まじく過ごしてきたか、それをよく知っていた。そして、彼女にとってシトラスがどれだけ意味のある存在かも。
「これは一生の別れじゃない。これから長い時間を生きるんだ。次はぼくの国へ会いきてよ。待ってるからさ」
「……簡単に言いやがって。あぁ、約束する。この手紙は受け取っておくよ」
そう言って、差し出された手紙を受け取ると、宝物のように懐に仕舞い込んだ。
「それじゃあ、行くよ。体には気をつけて」
「あぁ、シトもな」
二人の体がすれ違う。
部屋、廊下、階段、そして玄関へと徐々に遠くなるその足音。
窓の外から声が聞こえる。
ウィップは閉ざされた窓に近づくと、屋敷の前に視線を送る。
ちょうどシトラスが馬車へと乗り込むところであった。
二階からの視線に気がついたのか、シトラスが大きく手を振った。
それに手を挙げて返事をすると、満足したのかその姿は馬車の荷台に吸い込まれていった。
ほどなくして動き出す友人を乗せた馬車。
「――ごめんな」
屋敷を去ったシトラスを追いかける言葉は、紛れもない本心であった。
しかし、その言葉をついに本人へと届けることはできなかった。
◆
「お待ちしてましたよシトラスくん。お体は大丈夫ですか?」
南に向かう馬車に揺られること数日。
途中修理されていた大吊橋――シトラスたちが駐屯していた村から脱走する際に、国を裏切ったアーゼー・クレモ元中尉の手により破壊された――を越え、シトラスをジンジャー待つ下へと到着した。
そこは町や村ではなく、チーブス王国軍の野営地であった。
炊事の煙がいたるところから上がっている。
馬車から降りたシトラスを待ち受けていたのは、芝居がかった仕草が板についているジンジャー直々の出迎えであった。もちろんジンジャー一人の訳はなく、その背後には金髪を短く刈り込んだ迫力のある大男――ジンジャーの側近のジャン――を始めとした面々の顔ぶれもある。
どこか懐かしい風が吹いた。
「うん。大丈夫。これからぼくはどうなるの?」
「まぁまぁ、立ち話もあれですから」
そう言って、ジンジャーはひと際豪華な天幕へとシトラスを案内した。
ジョンが天幕の入口の裾を捲り上げ、ジンジャーとシトラスが中に入る。
案内された天幕の中はいたって簡素で、机と椅子、それに魔法具の暖房装置が一機あるだけであった。
座り心地を重視した椅子こそ、一般兵士が使うそれとは一線を画していたが、それ以外はこの天幕の主が権力者とは思えないほど質素な内装であった。
「これからちょうど昼食というところだったんですよ? シトラスくんもまだですよね? 話はご飯を取りながらでも――と噂をすれば何とやら、ですね」
入室を断る言葉の後に、運ばれてくる料理の品々。作り立ての料理は湯気を伴い、それは食欲を掻き立てる。シトラスのお腹がその匂いに触発され、ぐぅ、と音を立てることによって、その受け入れ態勢が整っていることを教えてくれた。
「さ、いただきましょう――」
ふっくらかとした白パンのプレートには紫、オレンジ、赤色の甘い匂いのする小皿が添えられている。湯気の立つスープ、食欲をそそる香辛料のかけられた鳥料理に熱々のパイ。それらを彩る瑞々しい野菜。
口にした白パンを熱々のスープで流し込むと、その口から白い息が漏れる。
「ぼくはこれからどうすればいいの?」
「特にシトラスくんにしていただくことはありませんよ。ただ元気な姿でお返しすることが約定ですので」
使者を通しての交渉自体は、シトラスが来る以前に既に大詰めを迎えていた。
その内容は捕虜の返還を引き換えに、手打ちにするというものであった。双方、これ以上の戦闘の継続に戦略的に意味が薄いことは理解していた。
「ふーん。相手は姉上?」
「おや、ご存じでしたか?」
ジンジャーは少し眉を上げて、驚いた様子を見せる。
シトラスは、正確に知っていたわけではないが、感じるところがあったようで、
「ううん。ただ、この前屋敷に来た時に、シーヤみたいな力をもった人が二人って言ってたから」
「そうですね。何者ですか? ”風の王”と"不動の巨人"。二人はそう呼ばれているそうですね。納得です。私の手塩にかけて育てた可愛い配下も、少なくない数をやられました」
ここで言う可愛い配下とは、王国軍ではなくジンジャーの私兵であった。
ジャン然り、正規軍に従軍してはいるものの、ジンジャーの組織する独自の指揮系統でもって動く兵士。王都でジンジャーと同じ屋根の下で暮らす、文字通りの子飼いの戦士。彼らのジンジャーに対する忠誠心は一入であった。
中でも今回引き連れてきたその諜報部隊のほとんどが、ベルガモットの前に屠られていた。これにより、ジンジャーは彼女を相手に後手に回らざるを得なくなっていた。
「姉上は姉上だよ。レイラもレイラ。自慢の姉と友達だよ」
「……シトラスくんには何か人を、強者を惹きつけますね。何といいましょうか。魔法とはまた違った力でしょうか。"風の王"、"不動の巨人"、"獅子王"、それに我々の姫殿下」
口をナプキンで拭いながら、対面に座るシトラスを、まじまじと興味深そうに観察する。
"獅子王"こと、サウザ・アブーガヴェル。
ベルガモットやヴェレイラと同学年で、四門の北のアブーガヴェルの嫡子。
間接的にではあるが、カーヴェア学園のおける勇者科の閉講を決定づけた人物である。勇者科の存続をかけた対抗魔戦で、シトラスを正々堂々完膚なきまでに打ち破った。
国境を跨いで北上するベルガモットたちと時を同じくして、ポトムとチーブスの国境付近に軍を動かして、チーブス軍に睨みを利かせていた。
「貴方もまたギフテッドワンなのかも知れませんね?」
「――ギフテッドワン?」
シトラスが鳥料理に伸ばしていた手を止めて、その首を傾げた。
「はい。いわゆるその分野における天才たちですよ。魔法を越えた魔法、なんていう人もいますがね。おそらく貴方の姉上たちもそうでしょう。さしずめ、お二人は風と膂力、でしょうか? いや、違いますね――」
「――ジンジャーも?」
ふと脳裏を掠めた考えでシトラスが話に割り込むと、
「もしそうだとすれば、私は何のギフテッドだと思いますか?」
「道化?」
間髪入れずに吐き出された回答。
それまで天幕の入口で不動の姿勢をとっていたジャンであったが、その回答を聞いて思わず噴き出した。すぐに、それを責めるようなジンジャーのジト目に気がつき、慌てて咳ばらいをして誤魔化そうとするも、後の祭りであった。
一度ため息を吐いて、視線をシトラスに戻すと、
「ふふふ、どうでしょう。そうかもしれませんね。でも、その答えは国家機密です」
そう言って笑った。
少なくともギフテッドワンであることは確かであるようだ。
ジンジャー自身、国家機密であると言いつつ、自身が保持者であることを隠そうともしていなかった。
その後しばらくは、食器の奏でる音だけが天幕を支配した。
途中、ジンジャー自らの手で、葡萄の果実を絞った飲料を二人分グラスに注ぐ。
ジンジャーは笑みを打ち消して、神妙な顔を作ると、
「シトラスくんにはこれまでの一年弱。色々とご不便をかけました。改めて謝罪と感謝を」
そう言って、グラスを一つ対面の席から差し出すと、
「うん。でもそれはいいよ……過去はもう変えられないから」
シトラスはそれを受け取った。
目を伏せて、軽く頭を下げたジンジャーに、シトラスは視線を下げて答えを返す。
まだ心中の整理が着いたとはお世辞にも言い難い。その心の傷口はひどく膿んで、瘡蓋もいまだ固まらぬ。しかし、吐き出した言葉が表す通り、過去を嘆くのではなく、努めて未来を向こうとしていた。
それを感じ取ったジンジャーが再度頭を下げ、
「寛大なお心痛み入ります。……願わくば、次に会うときこそは平和な時代であると嬉しいのですが……それもまた難しいでしょう」
受け取ったグラスに一度口をつけ、ゆっくりと机の上に置く。
「それはどうして? 何でぼくたちは争うの?」
ジンジャーは、机の上のパイにナイフを入れる。
ナイフと陶器がぶつかる音が天幕に響く。
「そこに人がいる限り、この世から争いはなくなりません。我々の欲望に終わりはないのです。世の中には人の数だけ正義があります。では、正義と敵対するのは悪でしょうか? 私の意見は違います」
切り分けたパイから、ジンジャーは一切れだけ取ると自身の皿の上に置いた。
「――正義と敵対するもの、それは別の正義です」
無言でパイを進めるジンジャーに促され、シトラスもまた切り分けられたパイを一切れ手に取って、自身の皿の上に置く。
「今まさにシトラスくんの姉君が、こうして身柄を捉えられた家族の救出に敵国に来る。彼女の行為は立派な正義ですね。でも、それは我々からすると国土を侵されることに他ならず、国を守るために彼女に立ち向かわなければなりません。これもまた正義です」
現実世界は物語のように一面的な善悪の二元論ではない。
物語のようなわかりやすい善悪の世界であれば、誰も悩む必要などないのだ。
「じゃあ、何が正しいの?」
ジンジャーはその問いに力なく首を振ると、
「それはものの見方で変わるものです。言い換えると、絶対的な正しさなんてものは、この世にはないのかもしれません。……すみません。少し説教臭くなってしましましたね」
苦笑いを零すジンジャーに、
「――ぼくはね。勇者になりたいんだ」
真面目腐った顔でシトラスは言い切った。
ジンジャーの目は、脳が発言を理解すると、丸くなる。
視界の隅でジャンがゆっくりと腰の剣に手を回すのが見えた。
それに気がつき、鷹揚に手を上げてそれを制止するジンジャー。
「勇者、ですか……。その名前は隣国の我が国にも鳴り響いています。えぇ、良くも悪くも」
そう言うと、ニッコリと笑って見せた。
ポトム王国における勇者は、チーブス王国における護国騎士団のような立ち位置。
ある程度軍に身を置いた者なら、その存在を知らぬものはいなかった。
「誤解を恐れずに言うと、私たちにとって彼らは悪魔そのもの。王の代弁者を名乗り、力を盾にして一方的に相手を裁く。王にとっては素晴らしい正義でしょうね。また、それは貴方の国ではさぞ力のある正義でしょう。勇気ある者、ですか……自分より弱い者に力を振りかざす者をそう呼称するのことには、些か抵抗がありますね」
微笑みを浮かべながら痛烈に勇者を皮肉るジンジャー。
ポトム王国の王の正義の代弁者、つまり、チーブス王国にとっては害悪の実行者。少数精鋭の悪魔。
チーブス国内では、密かに懸賞金が掛けられているほど蛇蝎の如く嫌悪されている存在。
「――自分より弱い者?」
その言葉は聞き捨てならなかった。
勇者とは、自身より強大な悪に立ち向かう者。
物語で主人公に立ち塞がる敵は、誰も彼も主人公一人では打ち倒せない強大な敵であった。
「はい。そうじゃないですか? 権力では王家の後ろ盾を得て周囲を説得し、力では勇者パーティー? でしたっけ? 徒党を組んで相手を倒す。なんて立派な勇気でしょうか!」
一人では話を聞いてもらえないから、王家の力を借りる。一人では勝てないから、仲間の力を借りる。これらが悪いわけではない。全ては勝たなければ意味がないからだ。
それは合理的で建設的で現実的である。
しかし、果たしてそれを勇気と呼べるのであろうか。
――シトラスには返す言葉がなかった。




