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ギフテットワン  作者: 0
第二章四節 戦火編
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五十三話 奇襲と初陣と

誤字脱字あれば教えていただけると幸いです。


 ポトム王国東部が隣国チーブス王国からの侵攻を受けて、一ヶ月を経る頃。


 その重い腰を上げたポトム王国は、侵攻を受けた領地の奪還のために、大々的な軍の編成を行った。

 その編成には、カーヴェア学園の上級生も含まれており、シトラスたちも士官候補生として、正式に軍へと召集令状を受け取った。シトラスは志願の甲斐あってか、北東部方面の前線部隊へ。


 同じく北東方面軍の配属となったのはメアリーとミュール、そしてブルーと。

 勇者部の同級生が同じ配属となったことは、運命か作為的な結果か。


 ポトム王国の王都キーフの上、湖に浮かぶ双子城。

 入学卒業以外としては、特例で双子城と湖の対岸にかけられた橋。


 学園を脱走して故郷へ向かった先月とは異なり、今度は正式な手順で故郷へと向かうシトラス。

 支給された新品の軍服に袖を通し、馬車の荷台で膝を抱え、物思いにふけっている。その両隣には、身を寄せるメアリーとブルーの姿。荷台に詰め込まれている者たちの軍服はみな真新しい。


 ちなみにシトラスの乗る軍馬車と並走するように、ただ一頭で走るのは、軍馬の中でもひときわ大きな馬体を持つウオック。陽を受けて黒く艶めかしく光るその姿は、軍馬とは思えないほど美しい。


 ちなみに、そのウオックだが、彼女は王城の厩舎全体に君臨するボス馬。

 気位が高く、荷を引くことを嫌うウォックは特例として、その任を免除されていた。それは、補ってなおあまりある戦果を、各地の戦場で叩き出してきた功績による特例。並走されている馬はというと、ウオックのその圧に縮こまり、たびたびよれては御者に怒られていた。


 通常の馬以上に速くタフな軍馬は、荷台をものともせずぐんぐんとその足を進める。双子城を出発してから、一週間もしないうちに、東部に地盤を持つフィンラディア領へと差し掛かろうとしていた。


 手を擦り合わせるミュールが、荷台の窓から外を覗くと、

「少し冷えてきたな、と思ったらもうマグナム川まで来ていたのか。道理で寒いわけだ」


 振り返って先では、ブルーが支給されたブランケットに身を包んで、小さく震えていた。

「さ、さむい……」

 隣に座るシトラスに身を預けるようにもたれつつ、両手で自身の肩を抱くようにして、その小さな口から歯を鳴らしていた。


 シトラスが首を傾けて、心配そうに覗き見る。

「大丈夫?」


 首を縦に振るブルーであったが、お世辞にもそうは見えない。


「あー、一部の獣人族が寒暖差に弱い、って言うのは本当だったんだな」

 ミュールが後頭部を掻きながらそう言って、窓から顔を離すと荷台の床へと座り直す。


 シトラスはそれを聞いて、少し考える素振りを見せた後、床に立てていた膝を開き、胡坐をかく。そして、ローブを左右に広げてブルーを胡坐の上に招き入れる。


 ブルーは一瞬だけ体を強張らせたが、更にその上からブランケットを被せると、その目を細めて気持ち良さそうに、胡坐の上で丸くなった。


 ちなみにシトラスが胡坐をかいて、ローブを開いた瞬間にメアリーが爛々と目を輝かせ、そこに飛び込もうとしたが、シトラスから目と指を使ってステイさせられていた。


 それを見ていた同じ馬車に乗り合わせた生徒の中には、その光景に小さな感嘆を上げる者もいた。

 なにせメアリーの暴れっぷりを知らない上級生はいない。一年に数度、学園行事で彼女を見かける度に暴れ散らかす彼女のその姿は、脳裏に焼き付いて離れない。


 それからややあって、方面軍はマグナム川を渡河する臨時の軍事拠点と化してた町へとたどり着いた。


 しかし川の麓の町には、編成された方面軍はとうてい収まりきらないので、町のすぐ手前で天幕を張って野営することになった。


 野営中には学生含む全ての兵士に、ある伝令が与えられていた。


 野営をした翌早朝、渡河する船の甲板にシトラスとメアリーの姿があった。

 ミュールが、早々に船酔いを起こし、ブルーは艦内が暖かいことも相まってその介抱に当たっているため、二人の姿は甲板にはない。


 甲板の手すりに持たれながら、シトラスは船首の先を見つめる。

「――川を渡れば、いつ会敵してもおかしくない、か」


 それが先日の野営中に伝令から伝えられたことであった。


 シトラスの独り言がその耳に届いたようで、甲板の上を歩いていた一人の男が足を止めた。


 その男は嘲るような笑みを浮かべると

「なんだぁ? 怖気づいたのか学生?」

 シトラスへ挑発的に話しかける。


 その物言いに反応して、メアリーの眉がピクリと動いたが、他でもないシトラスが手を上げて彼女を制止をした。只無言で値踏みするように、目の前の男に視線を送るシトラス。


「……なんだお前? 俺を知らないのか? はッ、これだから学生はッ」


 近付いてきた男は、銀髪碧眼のやや痩躯の持ち主で、彼の一等上質な軍服の肩章が示すのは、中尉の地位。尉官である。シトラスたち士官候補生の訓練や指導を担当する地位にある者の一人であった。

 

 男はシトラスの隣に立つメアリーに手を伸ばすが、彼女はさっとシトラスの影に隠れる。

 シトラスに制止されてたので、手が出せない故の彼女の選択であった。


 それを可憐さと受け取った男は、下卑た舌なめずりして、

「嬢ちゃん。俺は中尉だ。俺についてくればイイことあるぜ?」


 シトラスの背に隠れて、男からはメアリーの表情は見えない。中尉を名乗る男はメアリーに対して、友人の背に隠れる可憐な少女像を持ち始めていた。その実、彼女が殺意の波動に目覚めていることには気がつかず。制止がなければ、血祭りである。


 下心を隠そうともせずに、無遠慮に差し出される手。


 その手が彼女に届くより前に、シトラスが払いのける。


「んー、学生。……お前はまだ軍の序列ってものをわかってないみたいだな。俺が直々に――」

 と威圧的に拳を鳴らし始めたところで、甲板に下船準備を促す号令が飛び交ってきた。


 慌ただしくなる甲板。


「――ちっ。まぁいい。お前の顔……覚えたからな」

 舌打ちを鳴らすと、踵を返す男。


 男の背中が見えなくなるのを待ち、

「ミュールたちのところへ戻ろっか」

 と振り返るシトラス。


 これに頷くメアリーであったが、その瞳は雑踏に紛れた男の背中をまだ追っていた。



 船団でもってマグナム川を渡河した北東方面軍。

 まだ日の登りきらぬうちに下船すると、隊伍を組んで東進する一団。


 再び、荷台で揺られるシトラスたち。

 しかし、先日の伝令の内容もあって、渡河前より荷台には緊張した空気が漂っていた。


「いやー、やっぱり陸はいいな」


 ガタガタと揺れる荷台の上。胡坐をかいて座るミュールが大きく伸びをする。その顔色はまだ少し青白いものの、確かに生気が戻ってきていた。


 再びブルーを胡坐の上に収めたシトラスが、対面に座るミュールに心配そうに声を掛ける。

「大丈夫? ミュールがあんなに船がダメだとは思わなかったよ」


 するとミュールは、その白い歯を見せ、

「まだ気持ち悪いけど、随分とマシになったぜ。一回昼寝でもすればもう元通りだ」


 なら良かった、とシトラスが胸を撫で下ろしたのも束の間のこと。


 ――敵襲を知らせるけたたましい法螺貝の音が、荷台に座る彼らの鼓膜を揺らした。


 馬車が停車し、その反動で荷台が大きく揺れる。


「おっと、昼寝はまだできそうにないな」

「――いくよッ!」


 シトラスの膝の上で丸くなっていたはずの、ブルーが一早く荷台から飛び降りると、剣を手にしたメアリーがそれに続く。シトラス、ミュールも立てかけてあった支給品の剣を手にすると、これに続いた。


 シトラスたちが降りた先では、同じような立場の士官候補生たちの姿。シトラスを含む士官候補生の乗る馬車群は、左右を正規兵に守られる形で移動していた。

 左右の馬車から飛び降りた訓練された正規の兵士たちは、瞬く間に、組織だった行動を見せる。

 反対に士官候補生は異変を察知し、飛び降りたはいいものの、次の行動がわからず、右往左往している。


 部隊を指揮する者たちの怒号が宙を飛び交う。


 シトラスが、先に降りていたブルーに、

「状況分かる?」


 頭上にあるその特徴的な耳をぴくぴくと動かしていたブルーは、

「――うん。北から馬の足音、あと南から人の足音も」


「……移動中に挟撃か。ま、この大人数だ。そりゃ隠せないよなぁ」

「殺るだけ」

 嘆くミュールと、淡々とした様子のメアリー。


 シトラスは、状況を把握するため、馬車の荷台に足をかけた。それにより視点を高くすると、北の方角に視線を送る。


 視線の先では、土煙を上げて迫る一団の姿。


 隊伍を組んだ北東方面軍の正面で、馬に跨るポトム王国の将校が陣頭指揮を取っている。

 その指示は狼狽える士官候補生たちにも向けられた。

「候補生たちはッ、中央で円陣を組んで密集ッ! 防御に徹することッ! 敵兵は我々がッ――」


 しかし、その指示が最期まで言い切られることはなかった。

 馬に跨り迫り来る一団。その先頭を走る馬の騎手が、馬上から勢いよく手を左右に薙ぐのが見えた。そして、その手から生み出された目もくらむような光が、陣頭指揮をとっていた馬上の将校を襲うのを。


 声高らかに馬上から指示を与えていた将校の首が宙に舞う。


 宙に舞ったその首の目は大きく見開かれ、何が起きたかをまるで本人も理解できていない。


 首が地面に落ちると同時に、周囲に悲鳴が響き渡る。展開されつつあった部隊にも動揺が走る。

 そして、意図的にこの状況を作り出したであろう敵部隊は、その収束を待ちはしない。


「まずいかも」


 迫る一団は、将校が目の前で殺害されて一番動揺している部隊――シトラスたちの目の前に展開している部隊――に向かって迷わず突進していた。迫る敵の陣形は鋒矢の陣で、そのまま縦列に伸びた北東方面軍の側面を食い破る構えである。


 観察している間にも敵は迫る。

 その彼我の距離は、先頭を駆ける馬の騎手の顔が見える程だ。


「――破られるッ。みんなッ!! こっちッ!!」


 シトラスは荷台から飛び降りるや否や、ブルーの腕を引いてその場から、走って離れる。ミュールとメアリーが有無を言わずにそれに続く。

 しかし、その場に居合わせた他の士官候補生たちは、シトラスの突然の行動に戸惑い、動こうとはしなかった。事態を飲み込めておらず、直前の上官の指示に従おう事を良しとしたのだ。そして、それは集団心理によって、より強固なものとなった。


 その直後、会敵した敵は見事に動揺の収まりきらない北東方面軍の側面を突き、食い破る形で南へと抜けていく。


 土煙に覆われる視界。駆け抜ける馬蹄、飛び交う悲鳴と怒号。そして断末魔。まき散らされる破壊音。魔法の光が断続的に土煙を照らす。


 初撃で混乱に陥った北東方面軍の後方部隊は、これに成す術もなく蹂躙され、被害を広げることとなった。その中で、シトラスたちは、敵の攻勢により倒れた荷台の陰に隠れて、馬群の攻撃をやり過ごす。

 

 次いで、初撃から立ち直る隙を与えず、時間差で今度は南からの第二波が北東方面軍を襲った。


 この歩兵の第二波に対して、荷台の陰から立ち上がると、

「これがぼくらの初陣ッ! 行くよッ!」

 支給品の剣を鞘から抜く。


 ミュールも立ち上がり、その隣で剣を抜くと、

「離れるなよッ」

 と耳打ちした。


 既に周囲は、敵部隊と北東方面軍との乱戦となっていた。剣戟と魔法の光が飛び交っている。視界を覆うほどの砂塵が舞い、戦闘の余波で大地がめくれ上がる。雄叫びと悲鳴が同居していた。


 ブルーはシトラスの隣で、腰を深く落として、前傾姿勢となって周囲を警戒している。頭上の耳がせわしなく動いている。


 メアリーはと言うと、

「うおおおお――うぎゃああ!!」

「な、なんだコイツ――うわああ!!」


 先行する形で、シトラスたちへ近づく敵兵を片っ端から血祭りにあげていた。切り結ぶことを許さない圧倒的な蹂躙である。


 無双しているメアリーを避けるようにして、数人の男がシトラスの下へと迫る。ミュールとブルーがこれを抑えるべく前に出た。


 そして、反対方向からさらに一人の敵影。

 相手はシトラスに狙いを定め、駆け寄ってきた。


 駆け寄ってきた勢いのまま、切り下げられた剣先。

 

 シトラスはそれを体を引くことで躱すと、反対に水平切りで相手の首元を狙う。

 緊張から力んだその一撃は目算を誤り、喉を浅く切ることに留まった。その一撃に、相手はたまらず後ろへと下がる。


 双方ともに荒い息。


 少し離れたところでは、メアリー、ミュール、ブルーがそれぞれの相対した相手を地に沈めていた。相手もそれに気がついたのだろう。早期に決着をつけるべく、距離を詰めてきた。


 相手はシトラスより体格が良く、組み打ちとなると体格で有利と考えたのであろう。


 しかし、魔法による身体強化を前に体格による差などあってないようなもの、驚く相手を尻目に逆にシトラスが相手を圧倒した。そして、組み合った相手の剣を強化した膂力で跳ね上げると、今度こそ、その首に致命傷となる一太刀を入れた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 荒い息を吐くシトラスは、生死を掛けた攻防を経て、その額にびっしりと汗を浮かべていた。


 握りしめた剣の切っ先を下ろして、仲間の方へと振り返ると、必死の形相でこちらに視線を送るミュールとブルー。

「――! ――ッ!」

 緊張のあまり耳鳴りがして、声が聞きとれないシトラスは、代わりに自分は大丈夫とばかりに笑顔を向ける。

 

 しかし、それでも二人の表情は変わらない。

 ミュールがシトラスへと指を差す。ブルーが地面を蹴ってシトラスへと駆け出した。


 シトラスの顔に影が差す。


 この時になって、シトラスが首だけ後ろを振り返ると、そこには立派な体格をした兵士が、振り上げた剣を今まさに振り下ろさんとするところであった。 

「――あ」


 シトラスはこれに成す術もなく、次の瞬間には振り下ろされる剣をどこか他人事のように見ていた。シトラスは無意識のうちに剣を手放した。


 ミュールとブルーの絶叫が周囲に響く。


 必死の形相で駆け寄るブルーから差し出された手は、間に合わない。

 

 時間が遅くなる。時が止まったように感じる世界。シトラスは、駆け寄ってくるブルー、その奥にいるミュール、そして、さらにその奥で切った張ったを繰り広げているメアリーを見た。

 

 脳裏によぎるのは家族、そして家族同然の者、学園の友人。


 故郷の景色、そして、憧憬、勇者。


 ――あゝ、死にたくないな


 しかし次の瞬間、剣を振り下ろさんとしていたチーブス王国の兵士は、人間が奏でてはいけない音を奏でて吹き飛んで行った。


「ウオックッ!!」


 愛馬が視界の外から全速力で突っ込み、兵士を吹き飛ばしたのだ。

 相手は即死であった。その兵士は吹き飛ばされた先で、不自然な姿勢のまま身じろぎもしない。


 見上げるほどの巨躯を誇る愛馬が「大丈夫?」とばかりに顔を下げてきたので、その顔を抱きしめ、撫でまわす。命の恩人ならぬ命の恩馬である。

 

「心配した……」

 とはブルー。上着の後ろ裾を掴んで安堵の表情。


 遅れてミュールも駆け寄ると、

「びっくりさせやがって……心臓止まるかと思ったぜ」

 額に浮かんだ汗を拭って、胸を撫で下ろした。


「……シトに何かあったら、お前の姉貴に殺されるところだったぜ」

「ごめんごめん。左から回り込んでいたことに全然気づかなかったよ」


 三人が話している間にも、後方部隊を取り巻く戦況は変わり続ける。

 北東方面軍の前方部隊の主力が、後方部隊に襲い掛かった敵兵を逆に包囲する形となり、形勢は瞬く間に逆転する。


 チーブス王国による南からの攻撃は、歩兵が主体であったこと。

 北東方面軍の後方部隊に突入後、深入りしたことから、逆に北東方面軍の騎馬隊に蹂躙させることになり、あっという間に戦線が崩壊して、壊走することになった。


 騎兵に遅れて、味方の衛生兵が、被害を被った後方部隊に駆け付ける。

 衛生兵と共に救援に訪れた歩兵が、転覆した荷台や、放馬した軍馬の事の収拾にあたっていた。


「どのくらいの被害が出たと思う?」

「さあな。ただこっちの主力は無事だ。幸か不幸か、被害を被ったのは俺たちのような士官候補生たちだ。逆に向こうは歩兵が引き際を誤って、壊滅させることができたのは大きい」


 上官の士官候補生を招集する声に集まるが、そこに同じ馬車に乗っていた士官候補生たちの姿はなかった。涙で顔をくしゃくしゃにする者、恐怖に顔を引きつらせている者、怯えている者。おしなべて負の表情をその顔に浮かべていた。


 軍馬や荷物の収拾整理を終えると、北東方面軍は再びその足を進めた。


 その後、数日の行進を経て、ロックアイス領に足を踏み入れる北東方面軍。

 渡河後の会敵以降は、散発的に敵の偵察隊を見かけるものの、軍事衝突はなく、渡河後の軍事衝突は威力偵察であった様子。北東方面軍も四方に偵察を飛ばして、奇襲を大いに警戒していた。


 そして辿り着いた変わり果てた故郷――ロックアイス領。


 生者のいない町はもはや町として機能していなかった。

 ただ、飲み水や雨風を凌げる場所として、北東方面軍が接収。


 北東方面軍総出で、町の後始末を行った。

 士官候補生のみならず、経験の浅い正規兵にもこの後始末は応えたようで、体調不良を起こす者もいた。


 シトラスはロックアイス領家の統治者の直系ということもあり、参考人として北東方面軍の幕舎に招集をかけられ、軍へとその情報を提供した。


 シトラスが今後の軍の動向を尋ねると、

「我々はこの地を拠点に東進する」


 聞くと指揮系統の麻痺から復帰した四門の東、フィンランディアが縄張りを荒らされた怒りから、王国からの援軍と共に暴れ回っており、東部中央から南にかけて、早々に支配領域を取り戻しつつあるとのこと。


「――この機を逃すべからず」

 と北東方面軍は東進を決意。


 当初予定していた北東方面の支配領域の奪還に留まらず、敵国への侵攻を表明した。


 実際にその日以降、中央から北東方面軍から次々と送られてくる物資。

 

 北東方面軍に従事する兵士は、訓練と並行して町の復興、建築作業へも従事。町の要塞化も図られており、一ヶ月も経つ頃には町の様子も随分と様変わりすることになった。


 町の哨戒任務中のシトラス、ミュール、そしてメアリー。

 三人は建築作業で賑わう町の通りを歩いていた。


「ロックアイス領も、まぁ見られる形にはなったな」

 とはミュール。


 しかし、その顔に喜色はない。


「……そうかもしれないね」


 いくら立派な屋敷を立てようが、いくら効率的な町づくりを行ったとて、真の意味で故郷が帰ってくることはない。領主と共にシトラスたちの知るロックアイス領は死んだのだ。


「……でも師匠たちが無事でよかったな!」

 空元気の明るい声を出すミュール。


 シトラスの専属侍従であり、ミュールの指導係であったバーバラ。

 当初はロックアイス領壊滅の際に、亡くなったかに思われていた彼女であったが、彼女を始めとした一部の領民は、辛くも戦火から難を逃れていた。都市外へと逃亡を図った領民に対して、チーブス王国は特に興味を示さなかったようである。


「そうだね! ポランドで元気にしているといいけど……」


 幼少期のシトラスの教育係を務めていただけあって、読み書きができるバーバラは、ロックアイスの惨劇の生存者として、また重要参考人としてフィンランディア領の中心都市、ポランドで尋問を受けている。


 軍の早馬を通して、生存確認の知らせだけが二人には知らされていた。

 それと同時に、シトラスの両親の生存の可能性が極めて低いことも。


「事情聴取が終わったら、師匠の事だ。きっとシトラスのとこまですっ飛んでくるよ」

 正面から歩いてきた人を避け、隣のシトラスに笑いかけるミュール。


 誰の目から見てシトラスに入れ込んでいた彼女が、そうすることは想像に難くない。


「故郷がこうなってしまったのは悲しいけど、せめてバーラが無事なのはよかった……。入学の日以来だから四年ぶりになるのかな。変わったかな?」

 首を小さく傾げ、言葉を返すシトラスに、

「……それはシトが、か? それとも師匠が?」

 一瞬眉を顰め、笑って聞き返す。

 

「うーん……どっちも?」

「……言われてみると師匠ってずっと若いよな」


 バーバラと出会った時から、年齢不詳の美女侍従(スーパーメイド)。あまりにも近くにいすぎて、彼女の年齢や外見を機にしたことがなかった。シトラスにとっては、実の両親よりも彼女と過ごした時間の方が長い。

 

「あんまり考えたことなかったけど、確かにぼくが出会った時からバーラは全然変わらないね」

「だよな? その点、シトは入学してから身長もぐっと伸びたし、師匠は驚くと思うぜ」


 成長期を迎え、身長のみらならず顔つきにも精悍さが増してきたこの頃。近くにいる者は、その近さ故に気づきがたいこともある。逆に、遠くにいる者は、その遠さ故に近くにいる者が気がつかないことに気づけることがある。視点の違いである。


「そうかな。そうだといいね。早くバーラの無事な顔みたいな」

「ちがいねぇ」


 二人は顔を合わせて笑い合う。


 故郷とは土地のみを指すものではない。


 そこで培った人とのつながりもまた故郷を形作るのだ。彼らの日常の象徴ともいえる女性。彼女に会うということは、その事実以上に彼らには意味のあることなのかもしれない。



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