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ギフテットワン  作者: 0
第二章一節 学園編
19/112

十六話 評価と南の四門と

表記ゆれの修正。

エスト⇒エステル

クレイン⇒フィーブル


 

 残暑も影を潜み始め、日中以外は肌寒い時間が増えてきた季節。

 木々を彩る衣もすっかり緑から橙色に移り変わり、シトラスが入学してから、早くも一か月が経とうしていた。


 教師にのみ入室が許されたカーヴェア学園の一室。

 そこには新入生の授業を担当している主だった教師たちが、顔を合わせていた。


「揃ったかい?」


 左右に別れた教師の間に立つは、白髪白眼の学長ネクタル。

 年齢にそぐわない外見を持ちながらその実、この学園で最も高位な魔法使い。


 ネクタルは室内を見渡して、参加する予定の教師が揃っていることを確認すると話を続ける。


「じゃあ毎年恒例の新入生の品評会をしようか。今年はどんな大物がいるのか。みんなの話を聞くのが楽しみだよ。じゃあシェリーからお願いできる?」


 話を振られたシトラスの担任を務める痩躯の女性、シェリルが頷き、一歩前に出る。


 カーヴェア学園の教師の中でも、指折りの膨大な魔力を持っても隠し切れない老いが、彼女のキャリアを物語っている。この場ではネクタルに次ぐ年長者で、この学園では教師職の傍らで、副理事長の職責も担っていた。名実ともにこの学園におけるネクタルの片腕である。


「かしこまりました。私が担当している魔法力学、七曜学についてですが、やはりというべきか上級臣民の者は、既に基本をしっかり抑えておりますね。本人たちも復習の場と捉えておりますので、この先にも期待が持てます」

「上級臣民っていうと、例えばジュネヴァシュタインとアップルトンの?」

「はい。ただ、ジュネヴァシュタイン閣下のご子息であるボルスは、ちょっと武芸に偏りが見られますね」


 シェリルの説明を補足するのは、細身ながら鍛えられた体を持つ金髪碧眼の男、アペル。彼はカーヴェア学園での剣術を始めとする武術を担当している。剣術の教師とは思えないほど柔和な雰囲気を持つ優男。

 しかし、彼もまたこの学園の教師を務めるだけあって、有する膨大な魔力量から年齢以上に若々しく、今も二十代そこそこの容姿を保っていた。


「そのボルスですが、噂が出回るだけあって、武芸に関しては素晴らしいですね。体をよく鍛えてありますし、立ち振る舞いから見るに、恐らく初陣も済ませていますね」


「西は定期的に帝国からの威力偵察がありますからね。それでなくてもジュネヴァシュタイン家は、四門の中で特に武芸に秀でた家系。古来より『東はドレスを取り、西は斧を取る』とはよく言ったものです。ジュネヴァシュタインの領内では、早ければ十歳で初陣を飾るみたいですからね」


 ネクタルは、二人のボルス・ジュネヴァシュタインへの評価を聞いて、満足げに頷く。


「ボルスくんか……。彼には期待できそうだね。アップルトンの子は?」


 南のアップルトンは東のフィンランディア、西のジュネヴァシュタイン、北のアブーガヴェルと並ぶ四門の一角。西のジュネヴァシュタインと南のアップルトンは嫡子は、生徒のみならず、教師の間でも何かと注目の的である。


「エステルですね。エステル・アップルトン。彼はすべての水準が高いです。武芸こそボルスに劣るかもしれませんが、魔法の扱いに関しては、現状ではボルスに勝ります。武芸もボルスに及ばないだけで、単に学年で言えばかなり上位に位置するかと。魔法ありだと二人はいい勝負するんじゃいでしょうか」

 とシェリルが代表して、ネクタルの質問に答えると、

「確かにそうですね。まだ授業では初歩的な剣技のみを教えていますが、これから教える予定の魔法との複合剣術をモノにできれば、今後はどうなるかわかりませんね。ただ、対するボルスにも魔法の素養はありそうですし、数年後の魔闘会の主役候補ですね」

 とアペルがそれを裏付けるように肯定した。


「彼も期待大、と。二人はいい好敵手(ライバル)になりそうだね。他には?」

「東のツァリーヌ、西のポロネーズ、北のグリーン、中央のスプラウト、ビーン、あと素行に目をつむればアローも優秀ですね」

「優秀と言えば、シェリル先生の担当されているクラスのメアリー。彼女は凄いですね。戦闘に関して彼女は逸材です。剣を取ると野人ですよ。しかも、とびっきり血の飢えた」


 興奮気味にメアリーを語るアペル。ボルスやエステル以上の評価に、ネクタルは興味を惹かれる。


「そんなに? 新入生だよ?」

「はいッ。単純な剣術ではボルスはおろか、エステルにも及ばないでしょう。……ですが、戦闘。模擬ではなく本物の戦いとなれば、十中八九の確率で彼女が勝つでしょう。既に魔法抜きでは私も勝てないかもしれません。いや、負けるかもしれません」


 訝しむネクタルに太鼓判を押すアペル。他の教師陣にとってもアペルのもたらした話は、にわかには信じがたい情報であった。


「何がそこまで言わせるのです? 私の授業では大人しい少女ですが……」


 思わぬ少女の評価に、シェリルが思わず口を挟む。他の教師陣の何人かが頭を上下に動かしてシェリルのそれを肯定する。


 そんな彼女たちに、アペルは一呼吸おいて、自身の意見を述べる。


「彼女はね……。人を傷つけるのに躊躇いがないんですよ。容赦なく急所を突いてきます。私の授業では、最初の授業で剣に自信のある生徒と私が打ち合いをして、実力差を教えた上で、授業を進めてきました。入学時にどんなに優秀とは言っても、十四歳。私はボルス、エステルにも、魔法抜きの剣術では完勝でした。ですが、メアリー相手にはそうはいきませんでした。それどころか、もし私とメアリーが手合わせをした時に、あの時にロックアイスの弟君がメアリーを止めてくれなかったら、私は彼女を殺していたかもしれません。……でなければ私が殺されていました」

「そんな……」


 アペルの独白に絶句する教師陣。


 シェリルも思わず口に手を宛がっていた。

彼女の授業を受けるメアリーの姿からは、想像がつかない話である。彼女の知るメアリーは、いつもある男子生徒に引っ付いている、微笑ましい可憐な少女であった。


「……長年に渡り、カーヴェア学園で剣を教えるアペル先生が、そこまで言うほどとは……にわかに信じがたいですね」

「私はまだよく知りませんわ」

「メアリー? 記憶にないな……」

「私の中では大人しい子と言うイメージですね」

「あれですよね。いつもロックアイスの弟くんと一緒にいる」

「あー、あの子」


 他の教師陣も、各々が抱くメアリーへの感想が飛び交うが、概ねはシェリルと同じ認識であった。


 ひとしきりメアリーへの感想を聞き終えると、アペルが口を開く。

「とにかく彼女は逸材です校長」


 自身を見つめる彼の強いまなざしに、ネクタルは鷹揚に頷いた。


「情報をありがとうアペル。なるほど、彼女の大変興味深い生徒だね。この時期にここまで教師に褒められた生徒は、二年前のベルガモットくん以来だね。そうだ、そのロックアイスの弟くんはどうだい? 彼女と同じく優秀なのかな? いやー、入学前からみんな楽しみにしていたよね。ぼくも楽しみだったんだよ。それで……どうなんだい?」


 ウキウキのネクタルの視線を受けると、スッと視線を逸らすアペル。


「え、あー、その、まぁ何と言いますか……」


 アペルの様子に小首を傾げると、シトラスの担任を務めるシェリルに、無言で発言を促すネクタル。


「……まぁ、その――普通ですね」

「普通?」

「……むしろ魔法に関しては、普通には達しておりません」


 シェリルの言葉に、他の教師たちが再び(ざわ)めく。


「……いい子なんですけどね」

「彼はいい子ですわ」

「シトラスか? 面白い奴なんだけどな……」

「私の中では賑やかで見ていて楽しい子と言うイメージですね」

「彼はいつも授業で積極的に発言してくれるから助かります」

「シト? 魔法はあんまり……」


 今回の会議に参加している教師陣から、概ね高評価であるシトラス。


 授業で積極的に学ぶ姿勢は、教壇に立つ者としては嬉しい。この時期の授業内容は、上級臣民の子女にとっては、自宅で学んだ学習内容の復習に近い。既知の内容に対して、彼らの発言は少なく、逆に下級臣民以下の生徒は、彼らを前に失言することを恐れて、受け身になりがちである。


 シトラスも上級臣民であるため、一通り侍女であるバーバラから教育を受けているが、それを専門とするカーヴェア学園の教師からの講釈では、彼女の教育とはまた違った面白さがあり、近年の上級臣民では珍しく、積極的に授業に参加していた。


 ただ――


「……いい子なんですけどね。発言が突飛というか……」

「シトラスか。面白い奴なんだけどな……問題を起こさなければ……」

「私の中では、賑やかで見ていて楽しい子と言うイメージですね。ただ巻き込まれるのはちょっと……」

「彼はいつも授業で積極的に発言してくれるから助かります。発言だけに留めて欲しいですが……」

「あー、あの子。確かに私の授業も熱心に聞いてくれるいい子なんだけどね。決まって問題の中心にいるよね……」

「シトはいい子。ただ少し向こう見ずなところがあるだけで……」


 ――新入生きっての問題児(トラブルメーカー)でもあった。


「魔法史の授業では、堂々と王室に対して批難して、その感想を私に求めてきましたよ……」

「あいつ魔法薬の調合でいつもギリギリを攻めるから、簡単な調合でもたいてい悲惨なことに。あぁ、俺の研究室が……」

「魔法演習では、力の差を見せてもずっと相手を求められますからね。本人に魔法耐性がないのに気を失うまでやるんですよ……」

「わかります。七曜学でも気を失うまで魔法を行使するので、いつもヒヤヒヤさせられます……」

「わかるわかる。魔力切れは相当辛いはずなのに。逆にこっちが心配になるのよね……」

「魔法生物学では、気難しい性格で有名な人魚が彼を離さなくて授業にならなかった……」


 しみじみと頷く教師陣。

 シェリルも魔法力学で思い当たる節がないわけではないので、少し困った表情を浮かべて、それぞれの授業を担当する教師陣に視線を送る。


「なんか面白い生徒だね。魔力に関しては、成長期だから伸びしろだらけだよ。成長期に関して言えば、魔法を使えば使うほど、その総魔力量が伸びる傾向にあるから、逆にそこまでやりこむと、今後の成長に期待できそうだね」


「彼は勇者課程を希望しているようです。本人が度々公言しているので間違いないかと」

「ほぅ……あの勇者課程に、ね。それはそれは……楽しみだねぇ」


 シトラスに関しては、経過観察という結論が下され、会議の内容は、各授業の進捗と今後の四大行事について移っていった。


「今月から始まる新人戦の予定ですが――」


 教師というのは授業準備から始まり、授業、会議、そして各個人の研究。その生活は多忙を極めている。


 この日もこうして教師陣の夜は更けていく。



「疲れた――!!」


 寮の自室のベッドに飛び込むミュール。シトラスは自身のベッドに腰掛け、後ろに両手をついて笑っている。


「ミュールは座学は好きじゃないもんね」

「好きじゃねぇ。シトは相変わらず楽しそうだったな」

「うん。ぼくは楽しかったよ。明日は剣術の授業があるから体動かせるね」


 あー、それは楽しみかも、と枕に顔を埋めていると、(トランク)と木刀を手にしたレスタが、部屋に帰って来る。


「うぃーす。二人ともどうだった?」

「おかえり。レスタ。楽しかったよ」

 

 ベッドから体を起こし笑顔を向けるシトラスと、うつぶせの状態から右手を挙げて、ひらひらとさせるミュール。


「俺も学園に来る前に家で教育は受けていたけど、やっぱり全然違うな。座学はともかく、魔法の行使については知らないことだらけだよ」


「家で魔法の勉強も?」

「軽くな。ただ、魔法については変な癖がつくと大変だからって、家での勉強は礼儀作法とか剣術中心だったな」

「俺たちと一緒だな。やっぱどこもそうなんだな。勉強は順調?」

「まー、ぼちぼちかな。ミュールとシトは?」


 スッと遠くを見るように目を細めるミュール。


「聞くな……」

「ぼくは楽しいけどねー」

「シトは成績が伴ってないけどな」

「あはは」


 苦い顔のミュールに笑顔のシトラス。授業を積極的に取り組んではいるが、好奇心旺盛で、内容が脱線しがちなシトラスは、成績という意味ではあまり芳しくなかった。


 二人の反応に、なんとなく状況を察するレスタ。


「話変わるけどさ。来月の新人戦だけどさ……二人はどうする?」

「まぁエントリーするかな。シトもするだろ?」


 寝転がりながら顔だけ上げてシトラスに尋ねるミュール。


「そうだね。どんなスケジュールかレスタ知っている?」

「あぁ、今月末に予選会があって、そこで勝ち上がった奴らで来月末に本選だ。そのために、今月から学園の闘技場で、平日の放課後と休日丸一日使って予選会をやっているみたいだぜ」

「おー、腕が鳴るな!」

「明日の放課後から行こっか!」


 ベッドから上体を起こして二人に問いかけるシトラス。


「ちなみに負けたら終わりの負け落ちみたいだぜー」

「シト、お前は魔力が少ないから、放課後は止めた方がいいんじゃないか? 魔法演習と七曜学があるときは、だいたい魔力切れ起こしてぶっ倒れているじゃねーか。七曜学は毎日あるし。それより休日にしとこうぜ」


 元々魔力量が多くないシトラスは、授業で限界まで魔力を使うので、放課後はヘロヘロであることが多い。本人も身に覚えがありすぎる話である。


「そっか……そうだね。そうしよう!」

「俺は明日からエヴァと行ってくるぜ。先に予選会への進出決めてるくるからな」

「楽しみに待っている。ぼくらもメアリー誘おっか?」


 休日にシトラスと二人で参加していたことを後でメアリーが知った際を想像して、ミュールはげんなりとした表情で、是と返す。


「……そうだな。こっそり参加していたことがばれたら俺だけボコられそうだ。……そう言えば、姉貴には会ったのか?」

「うん。先月末に一回だけこっそり会いに行ったよ。元気にしていたよ」

「……うん。まぁ、あの超人姉貴の健康は気にしてない」


 少し遠い目をするミュール。彼がベルガモットと出会ってから、彼女が風邪の一つでも引いたところを見たことがなかった。


「ベルガモットだっけ? 先輩からその名前を聞いたよ。シトの姉貴って半端じゃねえのな。詳しくはまだ知らないけど、学園で有数の実力者で絶対に喧嘩を売るな、って言われたよ。どんな姉貴なんだ?」


 思い出した、と先輩から聞いた話を共有するレスタに二人は笑顔を向ける。一つは身内を褒められて嬉しい純粋な笑顔。もう一つは色々と常軌を逸している人物を思い出した苦笑い。


「うーん、姉上は何でもできるからねー」

「いや、何でもって……」

「レスタ、これがマジなんだ。こいつのイカレポンチ姉貴は本当に何でもできる超人だ。学問、魔法、剣術、礼儀作法、帝王学……数えだしたらキリがない。怪物だよ」


 身内びいきじゃないか、と信じられない様子のレスタは、大真面目な顔のミュールを見ても半信半疑の様子。


「まじ? 本当ならちょっと信じられない怪物。なら、きっと四大行事には出てくるんだよな。早々には当たりたくねーな」

「まず予選を勝ち抜かないとな」

「それもそうだ。お前らの健闘を祈るぜ」

「ありがと。レスタもがんばって!」


 おう、と三人は健闘を誓い、拳を合わせた。



 迎えた休日の朝。


 シトラスはミュールとメアリーと共に、カーヴェア学園の敷地の中にある闘技場に訪れていた。降り注ぐ日差しは温かいが、吹き抜ける風の涼しさは、夏の終わりを感じさせる。


 コロッセオを彷彿させるような石造りの闘技場。歴史の重みを感じさせる闘技場には、既に百を超える生徒の姿がある。


 入口には机が数台並べてあり、上級生と教員が受付を行っているのが見える。


「どきどきしてきた! 行こう!」


 闘技場の荘厳さと、参加者と思しき大勢の生徒の数を前に、武者震いをしていたシトラスが、頬を一度ぱちんと叩き、自身を鼓舞して受付に歩を進める。


「お次の方こちらへどうぞ」


 眼鏡をかけたローブ姿の女生徒が、シトラスたちの受付を始める。


「この帳簿に名前の記入をお願いします。記入が終わりましたら、この腕章を受け取って、闘技場の中にある控室までお進みください。中に入れば案内の者がいますので、場内ではそちらの指示に従ってください」


 女生徒の指示に従い、三人は記入を終えると、参加者、と書かれた腕章を腕に付け、闘技場の中へ。


 闘技場の中は、石造りの影響でひんやりと冷たい。


 しかし、案内係の指示のもとで入った控室はというと、参加者の熱気に溢れていた。


「うわー、めっちゃいるねー」

「みんな考えること同じだな。やっぱ授業で疲れた放課後より休日だよな」


 二人が駄弁っていると、しばらくして剣術の講師を務めるアペルが、控室に入ってきた。


 アペルの首元には声を拡散する魔法具。小さく咳払いをした後に魔法具に手を当て、魔法具を活性化させると、新人戦のシステムの説明を始める。

「それではこれより新人戦の選考会を始めます。これから皆さんには一対一の勝負をして頂きます。そして、そこで二回勝利した者のみ来月にある本選に進めます。ただし、敗北すればその時点で落第です。再挑戦はできませんので後悔の無いように頑張ってください」


 最後の忠告に、若干の圧を籠めるアペル。前列で話を聞いていた生徒は、その圧を受けてコクコクと首を振る。


「それじゃあ、皆さん頑張って下さい」


 励ましの言葉と共に控室を後にするアペル。


 アペルが退場すると徐々に部屋に喧騒が戻る。そして、彼が退出して、少しすると部屋の外から順番に生徒の名前が呼ばれた。


 名前を呼ばれた生徒は孤独に、あるいは友人からの応援を受けて、部屋を出ていく。


 最初に名前を呼ばれた八人の生徒が控室から出ていき、以降はおよそ十分から二十分ほどの間隔で、続々と生徒の名前が呼ばれて出ていった。


「じゃ、シト。あとで」

「俺も行ってくる!」


 シトラスに先立ち、二人がその名前を呼ばれて控室から出ていくのを、励ましの言葉と共に笑顔で見送るシトラス。


 その後も次々と二人単位で名前が読み上げられていき、控室から人が捌けていく。


 気が付けば、部屋の残り人数も二桁を切っていた。その中でどこか見覚えがある銀髪碧眼の二人組が、シトラスの近くに仰々しく歩み寄ってきた。尊大な態度で目つきの悪い少年とキノコ頭の少年。

「お前も受けるんだな。まあ、そりゃあそうだよな」

「俺らと対戦するときは気をつけろよ」


 近づいてきた二人の顔をまじまじと見るシトラスに対し、

「お前の次はあの女だ、俺の顔にパンチした借りは必ず返してやるッ」

「貴族はな……舐められたら終わりなんだよ、わかるか?」


「ごめん、君たちだれだっけ?」


 シトラスのこの反応に、彼の近くに座っていた他の予選出場選手の半数が、おもわず噴き出した。中には咳き込みをして誤魔化そうとする者もいたが、その頬の緩みは隠しきれない。


「とぼけやがってッ!」


 カッとなった短髪の男子生徒が、シトラスの胸元に手を伸ばしたが、遮るようにアペルの声が控室に響き渡る。

「フィーブル・アロー」

「シトラス・ロックアイス」


「はっ、こいつはちょうどいい。悪いなジェームス。先に俺から身の程を知らない田舎者をボコしてやるよ」


 金髪碧眼の少年――フィーブル・アローは、伸ばした手を下ろす。

 キノコ頭の金髪水眼の少年――ジェームス・ファンガスに向かってそう言うと、踵を返して控室から出て行った。

 

「なんだ固まって。フィーブルにビビったのか?」

「彼、フィーブルって言うんだね。知らなかった」

 

 これには居残った予選出場の選手も、皆たまらず噴き出すことになった。


 ジェームスは苦虫を嚙み潰したよう表情を浮かべた。

 それを機にも留めず、シトラスは少し駆け足で部屋を飛び出していった。


 石畳の通路を抜け、二人が足を踏み入れた魔法闘技場の舞台。

 闘技場から見える空は快晴で雲一つない。日差しに照らされた遮蔽物のない長方形のステージ。そのステージを四区画に分けて、それぞれの場所で、試験官の立会いの下、真剣勝負が行われていた。


 その内の一つの区画で、審判のアペルを挟んで向きあうシトラスとフィーブル。


「勝敗の判断は、相手の意識を奪うか降参させるか、あとは私の判断で行います。殺傷能力の高い魔法の使用は極力控えて下さい。故意に殺傷行為に及んだ場合は、即時敗退です。準備はいいですか?」


 二人は半身になって、それぞれ帯剣していた木刀を構える。


「よろしい。それでは、はじめっ!」


 シトラスは迷わず一歩を踏み出した。



 控室に戻ったシトラスが、座って額に浮かぶ汗をぬぐっていると、人込みをかき分けてミュールとメアリーが集まって来た。二人の顔には疲労はなく、腕には一つの腕章。


「おーい、シト。どうだった?」,

「ミュール! 勝ったよ? 二人も勝ったんだね、おめでとう」


 笑顔で談笑するシトラスとミュール。そして、シトラスの左側に座り、身を寄せるメアリー。

 

 部屋にいる一回戦を勝ち上がった生徒の名前が、次々と呼ばれ、呼ばれた生徒から控室から選手が出ていく。


 しばらくすると、再びシトラスの名前が呼び上げられた。

「シトラス・ロックアイス」

「エステル・アップルトン」


 シトラスの対戦相手の名が呼ばれると、控室にざわめきが生まれる。


 シトラスが視線を向けると、そこにはベレー帽を被った金髪碧眼の中性的な美少年。

 帽子の下から零れる金髪は絹のように美しい。

 海のような青みが強い瞳は澄んでまた美しい。

 容姿からか名声からか、室内の視線を引き連れてエステルは控室を後にする。


 やや遅れて立ち上がったシトラスだが、場の雰囲気を感じ取ってミュールに視線を向ける。


「……無理するなよ、シト。エステルは四門の南を統べるアップルトン家の嫡男だ。俺もまだ直接は見たことないが相当優秀らしい」


 エステルが出て行った入口を見て、苦々しい表情をするミュール。


 それを見たシトラスの手は興奮か緊張か、本人も気がつかぬ間に、少し汗ばんでいた。



「――それまで!!」


 シトラスとエステルの試合の審判を務めるアペルの声が、闘技場に響いた。


 それぞれの場所、試験官の下で、予選大会出場を賭けた二戦目が行われている。


 シトラスの立つ隣の区画では、女子生徒が放った水の魔法と、男子生徒が放った火の魔法が激しくぶつかり合い、霧状の水蒸気を闘技場全体にもたらしていた。

 奥の区画では、少年少女の剣を剣と鍔迫り合いが、最後の一つの区画では、男子生徒の魔法の連続攻撃を剣でいなす男子生徒の姿が。


 試験官は勝負の審判を担うとともに、他の区画からの戦闘の余波の介入を阻止する。とは言っても、大きな影響がなければ無視するのだが。

 今も水蒸気の霧が闘技場全体に広がり続け、魔法による連続攻撃を行っていた生徒の照準が合わなくなり、その生徒が試験官に抗議するも、軽くいなされていた。

 そうこうしている間に、対戦相手に懐に踏み込まれたその生徒は、尻もちを着くとともに、弱弱しく両手を挙げた。


 隣の区画の余波で水蒸気の霧に覆われる中、片や鼻息荒く肘と膝をつく少年。片や息を乱すだけで二の足だけで立つ少年。


 その影だけでその勝敗は一目瞭然であった。


「ここまでですよ」


 アペルが懸命に立ち上がろうとする影を宥める。

 彼が腕を振るうと、シトラスとエステルの区画に立ち込めていた水蒸気は、立ちどころに霧散した。


 現れたのは、勝者と敗者。


 そこには鼻を鳴らし相手を見下ろすエステルと、地面に這いつくばって息を切らすシトラスの姿があった。


 エステルは息が少し荒い程度で、その服装に乱れはない。呼吸の乱れも、幾許か深呼吸を繰り返すと、すぐに収まる。

 対してシトラスはと言うと、息は荒れ、その服は砂ぼこりだらけ。普段輝いている金橙色の髪も例外ではなく、地面を転げ回った跡で、その輝きは陰っている。


 シトラスが見上げた先にいたエステルは、立ち起き上がろうともがくシトラスを、ただつまらなそうに見下ろす。


「神童の弟と言うから期待していたが、弟は弟に過ぎない、か」


 シトラスにとって、これが初めての敗北であった。


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