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ギフテットワン  作者: 0
第四章 戴冠編
109/112

九十四話 弑逆と簒奪と


 国王であるマーテルを殺すために、謁見の間へと乗り込んだシトラス。

 

 対して、マーテルは誓約魔法を盾にシトラスへ自害を迫るが、頼みの誓約魔法は既にクリスによって無効化されていた。

 マーテルに残された最後の札は、王国正規兵の中で最強を誇る近衛兵。

 

 才能、実績、後ろ盾。

 そのすべてを兼ね備えた才媛たち。


 天井のステンドグラスから差し込む日光が、近衛兵を眩しく照らし出している。


 その中から、進め出た一人の戦士。

 彼は剣を持たず、大盾一つで戦場を渡り歩き、その名を馳せた。

 数多の敵との視線を潜り抜け”大盾の守護者”の二つ名をもつ実力者。


 その彼の自慢の盾が、

「――ばか、な」


 シトラスの拳で、それもただの一撃で砕かれた。


 特注の盾は武器であり、彼の誇り。それが無残にも打ち砕かれた。


 その衝撃で呆然とする”大盾の守護者”に近づくと、その頭を鷲掴む。

 その段階にいたり、慌てて他の近衛兵たちもシトラスへと殺到するが、

「大盾ッ!? き、キサマ何をしておるのだッ!?」

 玉座に座るマーテルが悲鳴を上げる。


 ”大盾の守護者”が仲間である近衛兵へと牙を剥いたのだ。

 シトラスが、倒れた他の近衛兵の頭に手を翳すと、彼らも次々と仲間を裏切る。


「へ、陛下ッ! お、お逃げッ――!?」


 そして、王を守る近衛兵は誰もいなくなった。 


 マーテルの顔からは血の気が引き、玉座の椅子を力強く握りしめる。

 追い込まれてなお、マーテルは玉座から離れようとはしなかった。


「儂は王ぞ。儂は王ぞッ! 儂こそが――」


 唾をまき散らすその顔が宙に舞った。


「あぁ、この国の王の名前をあの世まで持っていくといい。ボクは世界の王になる」


「お疲れ様です。シトラス様。これからいかがされますか?」

「まずは掃除だ。大掃除だ。双子城に入った虫けらを一掃したい」


 低音の可愛らしい声が聞こえた。

「――私、やる、いい」


 その声は玉座の後ろの光が当たらない闇から聞こえてきた。


 ペタペタと足音を響く。


 やがて姿を現したのは、

「――その話、私、引き受ける、いい」

 赤紫の髪と瞳を持つ地下都市の王イクストゥーラだった。


 シトラスは彼女の登場に目を見張った。

 

 それ以上に彼女の登場に驚いたのは近衛兵だった。

 

 ”大盾の守護者”が彼らを代表するように、

「地下の王がなぜ地上にッ!? 陛下ッ! 奴は――」


 その次の瞬間、近衛兵は絨毯の染みへと変わった。


 バーバラの額から頬に賭けて冷たい汗がつたう。

 歴戦の(つわもの)の本能が告げていた――規格外がきたと。


 警戒するバーバラの横を小さな影が駆けていった。


 それはジェーンであった。


 ジェーンは目の前の惨状をもたらしたイクストゥーラに物怖じすることなく、彼女へと抱きついた。


「イクスッ!」

「久し、ぶり。話、後で」


 ジェーンに頬ずりされながら、イクストゥーラは、

「私、敵、殺す。お前、私、与える、許可、地上」

 シトラスを見つめた。


 彼女のシリアスな表情に。笑顔で頬ずりするジェーンがシュールな光景。


 シトラスは少し戸惑った様子で、

「……何を言っているんだ?」 

 眉を顰めると、

「パパ。ジェーン知ってるッ! イクスはね、おーさまとのけーやくでお外に出られない、って前に言ってたッ!」


 シトラスが黙り込んで話を整理していると、先に話を纏め終えたバーバラが助け舟を出す。 


「察するに、イクストゥーラ様が地上で生活するには王の許可が必要であり、その対価として、双子城の反体制派の抹殺を申し出ているのではないでしょうか?」

「……そうなのか?」


 イクストゥーラは、

「侍従、話、正しい」

 コクリと頷いた。


「……いいだろう。イクス、いや、イクストゥーラ。お前の地上での活動を、新たな王であるシトラスが認める」

 ここまで言い切って、

「……これでよかったか?」

 少し不安に思ったシトラスは声を落として、イクストゥーラに確認する。


 シトラスは契約の類の魔法はいつも掛けられる側であった。

 そのため、魔法を掛ける側の所作がわからなかったのである。


 イクストゥーラは再度頷きを返し、

「十分、後――」


 シトラスの胸元を握ったかと思うと、力強く引っ張った。

 上体をかがめたシトラスの唇に、イクストゥーラの唇が重なる。


 イクストゥーラの舌がシトラスの口内を蹂躙する。


 バーバラとジェーンが突然の二人の接吻に、あーッ! と悲鳴を上げた。


 驚いたのは二人だけではない。

 当の本人であるシトラスが一番驚いていた。

 驚きのあまり反射的に口を閉じると、侵入してきた彼女の舌を噛み、彼女の血の味が口内へと広がった。


 噛まれたことをおくびにも見せず、イクストゥーラはゆっくりと口を離すと、二人の間に透明な橋がかかった。


「契約、完了、お前、変」

 

 艶めかしく行為にも関わらず、二人の顔色に耽溺の色はなかった。


 それどころか、

「ぐわぁぁああ……!」

 シトラスが突如、頭を抱えて崩れ落ちた。


 慌ててバーバラがシトラスへと駆け寄ると、

「シトラス様に何をしたッ!? 事と次第でタダでは済まさんぞッ!」

 おろおろとしながらイクストゥーラを睨めつける。

 

「治る、すぐ」

 それだけ言うと、イクストゥーラは正面の扉へ向かって歩き出した。


 途中でジェーンとすれ違うときに、

「それより、面白い、シト、気に入った」

 ぼそっと呟くと、

「これでお外でもジェーンと遊べるね!」


 イクストゥーラは鷹揚に頷くと、散歩に出かけるような軽い足取りで、開け放たれた扉から出て行った。


 神殿宮でバレンシアを、いまこの場で近衛兵たちを抵抗する間もなく、地面の染みへと変えた彼女の力。見境なく解き放たれれば、双子城で文字通り夥しい血が流れることになる。


 激しい頭痛の中でそこまで思い至り、

「バーラッ! 肩を貸せッ!」

「――はいッ! 喜んでッ!」

 バーバラが素早く潜り込むように肩を貸して、シトラスを立ち上がらせた。


 二人とその後ろをトコトコとついていくジェーンが表に出たとき、

 


 ぐしゃ。



 一斉に何かが潰れる音が城内に木霊した。


 あちらこちらから悲鳴が聞こえる。

『なんだッ! 外にいた人が潰れたぞッ!』

『建物から出るなッ! おそらく広域範囲魔法だッ!』

『状況を確認ッ! 通信は急ぎ魔具で本部へ事態を報告しろッ! そのほかのものは――』

 小さく何かが潰れる音がした。

『大尉ッ! お前が――』

 また、何かが潰れる音がした。

『敵襲ーーッ! 敵は――』

『距離を取って――』

『なんだコイ――』


 まるで柔らかい果実を潰すような瑞々しい軽快な音。

 その音が響くたびに、どこかで赤い染みが増えていく。


『魔法が届かないッ!? どうなっ――』

『見えない壁でもあるのかッ!? 一体なんの力を持っているん――』


 絶え間なく聞こえ続ける何かが潰れる音。


『各員建屋に隠れろ! 対象はギフテットユーザーだ! 視界に入れられると床の染みへと変えられ――』

『どうなっ――』

『本部本部、応答せよ! ギフテットワンの奇襲を受け先行部隊は壊滅。対象は赤紫の髪と瞳の少女。繰り返――』

『相手は一人だ。魔力切れを狙えッ! 攻撃の手を休めるなッ!』


 シトラスはバーバラと共に学園城へ向けて、より多くの声の聞こえる方角へ向かう。


「無駄だよ。ギフテットワンは魔法ではない。時間は誰の味方もしない」


 一人の強大な魔法使いに、物量作戦は効果はあるのかもしれない。

 しかし、ギフテットワンには関係のない話であった。

 基本的にギフテットワンは何も消費するものがない。


 この状況では闇雲に魔法を放つ行為は、自身の体力の消費を招くだけの愚策である。


 シトラスが辿り着いた王城の一角。

 中心部にある中庭に、イクストゥーラは立っていた。


 そこにあった噴水は破壊され、丁寧に管理されていたであろう花園は見るも無残に踏みにじられていた。魔法が着弾する度に瓦礫と砂塵が舞う。

 通路の石畳は魔法の絨毯爆撃で変わり果てていたが、イクストゥーラの周囲だけは何も変わらなかった。


 シトラスは知っていた。

 あれこそがイクストゥーラのギフテッドワン<重力の女神(ヘヴィーナス)


 イクストゥーラへ攻撃を加えていた者たちが、瞬く間に王城の染みへと変わった。


「イクスッ! 逃げる者は殺すなッ!」


 シトラスが出会って初めて、イクスは感情らしい感情を見せた。

 口を尖らせて、目を細めた。


 それは――不満の感情の発露であった。


 イクストゥーラは顔をシトラスから背けると、学園城へ向けて歩き出した。

 王城の赤い染みを増やしながら。


「大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ。なんとなくだが、あの口づけは契約魔法の一種だったんだと思う」

「……契約魔法」


 シトラスに肩を貸しながら、バーバラは空いている手の指を唇に当てると、ほうっと息を吐いた。


「……私ともしておきませんか?」

「………………考えておく」


 たっぷり沈黙の先で、籠った声でそう返すのが精一杯だった。


 ◇


 日没を迎える間でもなく、双子城から争いはなくなった。

 反体制派はたった一人の女性を前に撤退を余儀なくされたのだ。


 シトラスは生き残った体制派の面々を謁見の間へと呼び出した。


 シトラスは玉座に腰かけ、生き残った貴族たちを迎える。

 脚の上には魔導禁書”鬼哭蒐集”。

 玉座の後ろには、バーバラとジェーンが左右に分かれて立っていた。


 戦火をやり過ごした貴族たちは、部屋に入るや否や、玉座に座るシトラスへまくしたてる。

「希望の勇者ッ! キサマ、誰の許しを得て玉座に座るかッ!」

「不届き者がッ! 陛下はッ! 近衛兵は何をしているッ!」

「勇者は場内で我らに牙を剥いたと聞いておるッ! 裏切り者ではないかッ!」


 シトラスは頬杖をつき、

「静粛に」

 静かにそう言い放つ。


 興奮した貴族たちにその声が届くことはなく、

「誰に向かって口を利いている。儂は三世に渡って大臣を輩出した公爵家ぞ」

「勇者なぞただの装置。我らに従っておればよい」

「我々れに頼むのであれば、それ相応の礼儀があるというもの」

 彼らは不遜なシトラスの態度にますます喚きたてる。


 シトラスは、ふぅ、とため息を吐き、

「あぁ、何か勘違いしているようだな。これは依頼ではない――命令だ」


 頬杖を解いたシトラスは、

「王国は今日滅ぶ。ボクが滅ぼす。お前たちの肩書もこれまでだ。お前たちの選択肢は三つ」


 貴族たちに向かって左手の指を三本たててみせた。


「一つ、今ここでボクに歯向かって殺されるか」

 右手で左手の示指を折った。


「二つ、反体制派と共にボクに討たれるか」

 右手で左手の中指を折った。


「三つ、下野してつつましく余生を過ごすか」

 右手で左手の薬指を追った


 握り拳になった左手を見つめた後、

「この三択だ。例外はない」

 貴族たちを今一度睥睨(へいげい)した。


 詰めかけた貴族たちから笑いが爆ぜた。


「ははは、無知もここまでくると可愛くないな。どれ儂が四つ目の選択肢を示そう――ここでお前が死ぬ、とな<火球(ファイヤーボール)>」


 一人の老齢の貴族が進み出ると、シトラスへ魔法を放つ。


 シトラスは慌てずに、魔導禁書が白紙のページを開く。


 そのページを飛来する火球へ翳すと、

「<鬼哭蒐集>火球」

 魔導禁書は持ち主の要望に答え、火球を呑み込んだ。


 シトラスは浮かび上がった火球のページを確認すると、そこに魔力を流し込む。

 シトラスの右手に飛来したときより大きな火球が出現する。


「なるほど、使い勝手がわかってきた」


 シトラスは魔法を放った老齢の貴族を見つめると、黙って火球を投げ返した。


「あ――」

 放ったときより倍の大きさになって返ってきた炎は、その老齢の貴族の体を呑み込んだ。


 余裕の表情であった貴族たちがシーンと静まり返る。


「言っただろ。例外はない、と」


 額に汗をかいたふくよかな体型の貴族が今度は進み出た。

「わ、我々なくして国が回るものかッ! 法は? 税は? 外交は? 勇者のお前に政治ができるのかッ!」

「そ、そうだッ! い、いまなら先の戦功で不問にしてやらんこともないッ!」

 優位性を見出し、水を得た魚のように口々に騒ぎ立てる。


「何か勘違いしているようだな? ボクはポトムの王位を継ぐつもりはない」

「な、なにを……?」


 貴族たちの口がパクパクと動く。


「ボクがこれから新しい世界の王になるのさ」

「気でも狂ったか!?」


 ギョッと目を剥く貴族たち。

 シトラスの発言は、ポトム国の滅亡を意味していた。


「ボクという王の下に平等な世界。ボクこそが法であり、裁きそのもの。ゆえに、法も税も外交もない。争いのない世界が始まるのだ」

「世迷言をッ! 国がそれで回るものかッ!」


 シトラスの口元が大きな弧をえがいた。



「国? 言っただろう? ボクが作るのは――新世界だ」



 貴族たちが我先にと部屋から逃げ出していく。

 這う這うの体で足をもつれさせながら、他の貴族たちと争うように我先にと。


 ドタバタと逃げ出した貴族たちの背中へ、バーバラのゴミをみるような視線が飛ぶ。

「殺しますか?」

「いや、いい。城外に逃げた反体制派と合流させる。そして旧き世界の総力をこの手で叩き潰す。新しき世界に不要な者たちだ。これから起こす一大決戦を制した先に、ボクを止められるものはいない」

 

 貴族たちの足音が小さくなる。


「相手の規模が予想できませんね。対する我々は四人、でしょうか?」

「六人だ。ボクとバーバラ、ジェーン、イクストゥーラ、クリス。それに学園城のネクタルにも味方させる」

「学園長と学園教師ですか? 彼らが動いてくれますでしょうか?」


 学園の立ち位置は基本的に中立。

 今回の内乱においても、終始中立の姿勢を保っていた。


「あぁ、動くよ。動かすよ」


 シトラスは不適に微笑んで見せた。



 ポトム王国の歴史と共に日が沈んだ。


 バーバラの手により、最低限の体裁を整えた謁見の間。


 シトラスが、

「よく集まってくれた」

 招き入れた者たちをあらためて歓迎する。


 バーバラとジェーンに加えて、新たに三つの人影があった。


 カーヴェア学園の学園長、ネクタル。

 マーテルの娘であり元聖女、クリス。

 地下都市エッタの王、イクストゥーラ。


「お久しぶりです。ネクタル学園長」


 童の容姿を持つネクタルは、

「何かやるだろうと思っていたけれど、まさか君が王になるとはねシトラス」

 楽しそうに笑っていた。


「クリス」

「は、はい……」


 ネクタルの隣に進み出たのは返り血で真っ赤に染まった美女、クリス。

 血生臭さが気になるのか、ネクタルが一瞬だけ眉を顰めた。

 彼女だけが緊張でカチコチに固まっていた。


「楽にしろ」

「は、はい……」


 ますますクリスは固まった。

 それほどまでに、彼女は自身の発言がシトラスの親友(ミュール)を死なせたことに、強い後悔の念を抱いていた。


「早速だが本題に入ろう。これからボクは城外の反体制派を掃討する――力を貸せ」


 飾らない率直なシトラスの願いに、ネクタルの笑みが深くなる。


「フフ、大きくなったね。いいよ。君にはボクのカワイイ生徒たちを助けてもらった借りもあるからね。ボクたちの力を貸してあげる――ただしそれには条件がある」


 シトラスは視線でその先を促す。


「条件は二つ。一つはボクたちは攻撃には手を貸さない。代わりに学園城は守り切るよ」

「いいだろう。学園城に反体制派の進入を許さなければそれでいい」


 シトラスはネクタルたちに元々攻撃面では期待していない。


「もう一つは、君の治世下でも学園の存続を認めて欲しい」

「……条件付きで認めよう」


 少し考える素振りを見せた後に、シトラスはその願いに頷きを返した。


 シトラスは喉の渇きを覚えた。

 バーバラに視線を送ると、忠実な侍従はお盆を持って玉座へと向かう。

 彼女の持つお盆の上には空のグラスと、果実汁が入ったデカンタ。


「もちろんだとも! マーテルと違い話が分かって助かるよ。その条件はおいおい決めていこうじゃないか」


 学園側との交渉はあっさりと終わった。

 ネクタルが従う以上、学園側の教師も力を貸すだろう。

 これで学園城については、シトラスの懸念事項から外れた。


 ネクタルは童の容姿に反して、その中身は海千山千の老獪さをもつ者。

 その言葉に油断はできないが、今のシトラスには協力を漕ぎつけられただけで十分だった。


 バーバラから中身の注がれたグラスを受け取ると、オレンジ色の液体を一息に飲み干す。

 すかさず、バーバラが空になったグラスをオレンジ色で満たす。


 あとは――、

「イクスは王城の防衛。今も城内に敵が潜んでいるかもわからない。非戦闘員はすべて地下都市(エッタ)送りにした。この場にいない面子で、いま地上に残っている者は敵だ。見つけ次第殺せ」


 王城の守りである。

 その王城の守り手にシトラスは、イクストゥーラを指名した。


「契約、求む、対価」

「何が望みだ?」


 彼女も一筋ではいかない人物。

 緊張から喉の渇きが強くなる。

 シトラスはグラスに入った果実汁で再び喉を潤す。


「子ども、お前の」


 オレンジ色の液体がシトラスの鼻から勢いよく噴き出した。

 焼けるような熱さが、喉と鼻の奥に生まれた。


 バーバラが手にしていた円形のお盆を落とすと、耳障りな音が室内に響いた。

 ネクタルはニコニコと笑っており、その後ろでアイリーンが驚いた表情をみせた。

 ジェーンは無邪気に「子ども、子ども」と騒いでいる。


 シトラスは激しく(むせ)ながら、

「イクス、お、お前は、何を」

 助けを求めて周囲を見渡すも、各々自身のリアクションに忙しく、誰もシトラスを見ていなかった。


 イクストゥーラは相変わらずの無表情で、

(ツガイ)、いない。必要、強さ、王、世界、十分」

 淡々と言葉を紡ぐ。


 シトラスはその表情を見ると、動揺しているのがバカらしく感じた。


 硬直から復帰したバーバラが耳元で囁く。

「シトラス様……」

「助けてくれバーラ」

「私も……」

「バーラ、お前もか……」


 シトラスはこめかみを左手で抑えた。


 意味を理解していないジェーンだが、

「ジェーンもッ! ジェーンもッ!」

 その場の空気に便乗すると、

「シトラスが私を望むでしたら」

 クリスも遠慮がちに名乗り出た。


 一歩引いたところからネクタルが、

「モテモテじゃないかい王サマ。みんな君に夢中だね」


 シトラスはその言葉に、冷や水を浴びせられた気持ちになった。

 ――うぬぼれるなよ。

 そう自戒する。


 シトラスの持つギフテットワンの効果は、世界の魔力に干渉すること。

 その力は対象の人格にまで影響を及ぼす禁忌の業。


 想いを踏みにじり、意思を捻じ伏せた先で受け取るその感情を、

 ――はたして愛と呼べるのだろうか。


 百年の恋ですら、シトラスの力の前には無力。

 鋼鉄の志でさえ、シトラスの力の前には無力


 シトラスに惹かれてきた者たちは、彼の人に惹かれたのか、彼の力に惹かれたのか。

 それを知る術はない。彼の傍にいるという事は、その影響を免れることは困難である。


 その結果、ここに至るまでに友人たちの命が散っていった。


 彼女たちは知っていたのだろうか。

 その想いがどこから生まれたものなのか。 


 彼女たちは今も笑っていたのだろうか。

 シトラスと出会うことさえなければ。


 彼女たちはシトラスを愛していたのだろうか。

 シトラスによって愛させられていたのだろうか。


 シトラスはもう他人の感情を信じることはできなかった。 


次回作に向けて十月は隔日で短編を投稿しています。

もしよかったら覗いてみてください。

https://ncode.syosetu.com/s3527i/

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