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ギフテットワン  作者: 0
第四章 戴冠編
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八十七話 王国軍と反乱軍と


 まずシトラスが最初にたどり着いたのは、王国西部にある王家の飛び地。


 そこは無秩序であった。


『今ここは国賊であるジュネヴァシュタイン戦争中だぞ! あぁ、なんだその印は? 許可なきものを通す訳にはいかねえ! それでもここを通りたければ……わかるだろ?』


 御者が勇者の印章を見せても、守衛はそれを知らず、あまつさえ賄賂を要求する始末。


 挙句の果てには、勝手に馬車を開け、武器を手にした二人の守衛が乗り込んできた。


 先に乗り込んできた男は、舌なめずりをすると、

「おい。見ろよ! 上玉だッ! 今日はツイてるぜ! 俺がそっちの赤毛もらうぜ。お前はこのめくらで我慢しろ。そっちのガキでもいいけどよ」

「はぁ? ずりぃぞ。俺だってその赤毛がいい!」

 後から顔を覗かせた男が不満の声を漏らす。

「この前は譲ってあげただろ! 今度は俺の番だ! 次はまた譲ってやるからよ!」


 胸糞の悪い会話である。

 それを本人たちの眼で繰り広げるのだから救いそうがない。


「ったく、しょーがねーな。おらっ! 立てッ!」

 後から来た守衛の男が、クリスの腕を乱暴に掴んだ。


 その状況に反してクリスは、

「どうしましょう?」

 頬に手を当てて落ち着いていた。


 クリスだけではない。

 この馬車に乗る誰にとっても守衛の男たちは相手にならない。

 例え相手が先に得物を抜いている今のような状況でも。


「どうするシト」

 さしものミュールも判断に困っていた。

 

 シトラスの指示を仰ぐ。


 それを反抗的と捉えた先に立っていた男が、

「あぁ!? 男どもは黙ってろ! 女の前でかっこつけようなんて思うんじゃねぇぞ!? こっちは今すぐ殺してやってもいいんだぞ!」


 シトラスの顔の横に、手にしていた剣を突き立てた。

 クリスの手を引いた男が、立ち止まってニヤニヤとした下卑た視線を送っている。


 次の瞬間、空気が固まった。

 

「お、おい! めくら女! 急に立ち止まるな! な、なんだコイツ、びくりともしねぇ!」


 立ち上がらせたクリスを引っ張って馬車の外に出ようとしていた守衛の男。

 鼻息荒く歯を食いしばって、引っ張っても女性らしい曲線美を描くクリスの体は全く動かない。


「何遊んでんださっさと行けよ。もしガキが趣味の奴がいたら一匹余っているって教えてや――」


 そして、次の瞬間。

 その場にスッとしゃがんだ。男は引きずられるように馬車の床に這いつくばった。


 何かが潰れる音の後で、その頭上を男が錐揉みしながら飛んでいった。


「……は?」


 固まっていたのは残された守衛の男だけではない。

 勇者一行も、あのメアリーでさえ目を見開いて固まっていた。

 

「こいつらパパの敵ッ! コロスッ!」

「あ。ま、まってッ!」


 そう言うとジェーンはシトラスの制止を振り切り、馬車から出ていった。


「ぶベッ!? ほぎゃッ!?」


 ジェーンを追いかけるシトラス、メアリーに盛大に踏まれて悲鳴を漏らす守衛の男。


「女性の扱いをもう少しお勉強してきてからお声をかけてくださいね」


 そう言って微笑むクリスは、そんな守衛の男を優しい手つきで立ち上がらせると、今度は逆にクリスが手を引いて馬車から軽快な足取りで降りた。


「え、あ、おう。その――」

「あぁ、謝罪もお礼の言葉も結構ですよ」

 何かを言おうとする守衛の男の言葉を遮り、胸の前で小さく音を立てて手を合わせた。

「――え?」


 その次の瞬間には鮮やかな回し蹴りが、男の鼻と上唇の間に吸い込まれた。


 鈍い音と破砕音を響かせ、男の姿は小さくなった。

 血しぶきと、砕けた歯の欠片が宙に舞い、地面に落ちた。


「許す気はありませんから」


 それを馬車から見ていたミュールが、

「女ってこえー」

 言葉を漏らす。


 その反応にクリスがわざとらしく不満そうな顔を浮かべると、

「馬車を汚さないように配慮したんですよ? あ、私のミニエー銃を取っていただけますか。女性の扱い方を知らないこんな世紀末みたいな場所じゃ、次に何が起きるかわかったものではありませんから」

 

 銃を手渡しつつ馬車の周囲を見渡すと、シトラスの刃を向けた男が横たわっていた。

 そこに生気はなかった。

 

 ミュールがその死体を見つめながら、

「ジェーンの攻撃、見えたか? ……ってすまん。今のは」

 

 魔眼のために、目を隠しているクリスに配慮の足りていない発言だった。


 すぐに謝罪するミュールに、

「いえ。構いませんよ。彼女が、というより、彼女から、と言った方がいいのかもしれませんね」


 クリスは悪戯っぽく微笑むと、意味ありげな言葉を吐いた。


「それはいったいどういう? ――というかクリス。お前その状態で見えているのか?」

()えてはいませんよ? ()えているだけです」


 クリスの言葉遊びにミュールはお手上げとばかりに肩を竦めてみせた。


 ◇


 ジェーンは、シトラスを脅した守衛を殺すことに留まらなかった。

 そのままその足で、都市の中心部へと駆けて行く。


 それを遅れて追いかけるミュールとメアリー。


 魔法で強化した二人の足でも、その距離は縮まるどころか開く一方である。

 何度か角を曲がったあとで、二人はジェーンを見失った。


「ジェーンッ、はやッ!?」


 あらためて周囲を見渡すと都市は随分とうらぶれていた。

 既に襲撃があったのだろうか。


 襲撃をと言われても違和感を覚えない。

 家には人の気配がなく、扉は壊され、家の周囲の花壇は荒らされていた。


「このいったい都市はどうしたんだろう?」


 メアリーがシトラスの袖はグイッと引っ張ると物陰に引きずりこんだ。


「あー、ったくだりーな」

「ほんと、さっさともっかい西の奴ら攻めてきてくんねーかな」

「あん? お前そんなにドンパチをやる気あったのか?」

「ばーか。攻めて来たら、どさくさに紛れて逃げれんだろ」


 二人の巡回兵士の様だ。

 村の入口の守衛同様に、軍服を着崩し任務に忠実とは言い難い。


「ははは、ちげーねー」

 

 二人の兵士は帯剣こそしているものの、気が緩み切っていた。

 巡回も文字通り都市をただ歩き回っているだけの様子。


 二人が隠れる物陰を巡回兵士たちが通り過ぎる。

 

 シトラスとメアリーは顔を見合わせると、大きく一度頷いた。


 ◆


「――で、いったん俺たちの下まで戻ってきたと」


 シトラスはメアリーと共に、巡回兵士の意識を奪うとミュールとクリスと合流を果たしていた。


 巡回兵士をそこら辺にあった麻縄でぐるぐるに縛り付けていた。


 ミュールが、

「おい、おきろ」

 そう言って足で縛った兵士を小突くと、二人の兵士たちは呻き声を出した後に目を覚ました。


「おいッ! なんだッ、これッ!?」

「おまえッ!? 俺たちが誰だかわかってんのかッ! これは反乱だぞッ!」


 ミュールが顔を仰け反らせ、

「おい、少し静かにしてくれ」

 耳に手を当てた。

 

 唾をまき散らしながら兵士たちは、 

「今なら見逃してやるッ! だから早くこの紐を解けやッ!」

「殺されてーのか! あぁッ!?」

 口々に喚きたてる。


 正面に立つミュールに脅しが効かないわかると、その後ろに立つクリスとメアリーに標的を変えた。


「おい! そこの銀髪の目くらに、赤髪のねーちゃん! 俺たちに後で痛い目に遭わされたいか! あぁん!?」


 女性なら与しやすいとでも思ったのであろう。

 この面子では、それは大きな間違いであるとも知らずに。


 すぱーん、と子気味良い音が鳴った。

 二人いた兵士が一人だけなった。


 血の雨が降り注ぐ。


 近くにいたミュールが慌てて、後ろへと下がった。

「メアリーッ!」


 いつの間にか捕らえた巡回兵士の背後にメアリーが立っていた。

 その手には鞘から抜かれた魔剣が不気味に光っている。


「時間の無駄――騒いだら殺す。嘘をついたら殺す。気に障ったら殺す。わかった?」

 

 首無しになった同胞の死体を蹴り飛ばし、メアリーが凄む。

 巡回仲間の兵士の血飛沫を間近で受けて、真っ赤に染まったその顔は恐怖に歪んでいた。


 涙目でコクコクと頷く兵士の腿に、メアリーは剣を突き刺した。


「ぎゃあアアア……! な、なんで……!?」

「返事をしなかったのが気に入らないわ――あとうるさい」


 生き残った兵士は慌てて下唇を噛み締めて、悲鳴を押し殺す。


 シトラスが前に出ると、

「この都市の状況は? 住民たちはどこに入ったの?」


 兵士は歯をガタガタと震えさせながら、

「こ、この都市は西のジュネヴァシュタインの、こ、攻撃を受けている。じ、住民は、わ、わからねぇ。さ、最初の攻勢で一部は領主の屋敷に逃げこんだけど、に、逃げ遅れた奴はわからねぇ、お、おれはしらねんだ、ほ、ほんとだ!」

 恐怖から涙と鼻水を垂れ流していた。


「どうする? 正直、俺としては今この都市を去ってもいいと思う。この都市は……もうダメだ」 

「確かにそうかもしれない。せめて住民は助けよう。都市と一緒に滅ぶ必要なんかない」


 都市は壊滅的な被害を被っていて、軍部は腐敗している。

 今のところは守衛から巡回の兵士まで、もれなくクズの集まりである。

 

「誰がこの都市の統治者なの? 戦力は?」

「ぺ、ペパーミント子爵だ。り、領軍が五百人ぐらい、それに……流れ(・・)が――うぎゃあああッ!」

 何かを隠した気配を感じ取ったメアリーが、先ほどとは反対の腿を切りつけた。


 すぐに観念した兵士は、

「い、言う言うよッ! と、盗賊だよッ! 子爵は近くの盗賊や傭兵を金で雇ったんだよッ!」

「……愚かな」

 クリスがそう吐き捨てた。


 ミニエー銃をもつ手に力が籠る。

 

 それに身の危険を感じたのか、

「ま、待てよッ! 俺はこう見えて上には顔が効くんだ! 連れて行ってくれたら紹介するぜ!」

 兵士が自己保身に走った。


 シトラスは少し考えた後に、

「……いいよ。じゃあぼくたちを連れて行って」

「いいのか……?」

「うん。どの道行くんだ。それよりジェーンはどこにいったんだろう?」


 心配そうに都市の中心部に視線を送るのであった。


 ◇


 都市の中心部に位置する領主の館は堀に囲まれていた。


 捕らえた兵士の先導で、橋を渡る。


 その堀は今も掘り下げられていた。 

 盗賊なのか領軍なのかわからないならず者たちの監督の下、その都市の住人たちが汗を流していた。


「おらッ! 働けッ!」

「さっさと動けよ、ノロマがッ!」


 少しでも遅いと罵声と、暴力が飛ぶ。


 労役に従事する民は泥だらけで、その服もみすぼらしい。

 監督する者たちのみすぼらしいが、土汚れとは無縁であった。

 思い思いに座り込み、ときおり思い出したかのように怒鳴りつけている。


 堀にかけられた橋を渡る間に、その光景が嫌でも目に入った。


 シトラスの眉間に皺が寄る。 

 拳を握りしめて、ぐっとその感情を堪えた。


 堀の内側には領主の家族が住まうコの字型の屋敷。

 そして、大きな中庭。

 

 そこには避難してきたであろう都市の住民が粗末なテントでひしめき合っていた。

 風が吹けば倒れそうな棒に、穴だらけでけば立った布切れを被せているだけ。


 橋を渡り切り、そんな領主の敷地に足を入れた途端に、先導していた兵士は走り出した。

 メアリーによって切り付けられた足から血が流れるのも構わずに。


「お頭ッ! 敵ですッ! 敵を連れてきましたッ! こいつら敵ですッ!」


 半笑いでため息を吐いたミュールは、

「……まぁここまでは未就学児でもわかった展開だな」

「はい。こうも予想通り過ぎると、驚きはありませんね」

 その隣ではクリスも少し笑っていた。


 あっという間に四人は取り囲まれる。 

 その囲みを作るためにいくつかのテントがなぎ倒された。


 シトラスが眉を顰めた。


 目の前の集団を見渡すと、

「ぼくは勇者シトラスッ! そして彼女は聖女クリス! マーテル国王陛下の命で西の地へ来た! ペパーミント子爵に会いたいッ!」


 国王の名前に取り込む輪に動揺が走る。

 いかにならず者の盗賊たちと言えど、国王の命を受けた者に手を出すことの重大さは理解していた。


「ちっ。おい、お前。あいつら連れてきたお前だ。状況を説明して子爵を呼んでこい」

 集団の長と思しき大柄な男が、シトラスたちを先導した男にそう命じた。

 

 指示を受けた男は、情けない声をあげながら慌てて屋敷へと駆け込んでいった。


 大柄な男が、

「悪いな。俺たちは学がないもんで。勇者だか聖女だか知らねーけど、はいそーですかって通すわけにはいかねーんだ」


 シトラスは何も言わず、ただそれに深く頷きを返した。


 しばらく待つと、屋敷から仕立ての良い服に身を包んだ体の線の細い男が現れた。

「お前が勇者、それに聖女。何の用か」


 男は名乗りもせずに、不快そうにただ二人を睨めつける。

 

「はい。この都市の住民を開放してください」


 シトラスが臆面もなくそう言い切ると、周囲は静寂に包まれた。


 そして、爆ぜるように笑い声が上がった。


「世間知らずが。ここは王家における西の最終防衛線。ここを抜かれるわけにはいかん。例え最後の一兵になったとて、国のために死ぬのが本望というものッ!」


 ペパーミント子爵の演説に、シトラスを取り囲む兵士たちは一変して目をキョロキョロと動かした。

 彼らには国に対して、王家に対して、子爵と同じだけの熱量は持ち合わせていないことは明白であった。


「それは、子爵と子爵が雇った人たちでやればいい。これ以上住民を巻き込まないで」

「ハッ! 住民とは領主の所有物。こ奴らは我々所有者のために働き、死ぬのは当然のこと。何も知らぬ若僧に口出しされたくはないッ!」


 それまで黙っていたクリスがシトラスの隣に並び、その口を開く。

「――ですが盗賊との共謀は、王国では犯罪ではありませんか?」

「有事であるッ! 異端審問官として少し名を挙げただけの小娘がッ!」


「子爵、お言葉ですが私が小娘かどうかはこの際どうでもいいのです。王国の法に逆らい、無法の輩と手を組まねばならないほどに、都市が困窮に瀕しているのであれば、ここは放棄してください。前に進むばかりではなく、後ろに引くこともまた勇気です」


「言わせておけば、小僧、小娘がッ! もういいッ! お前たちやってしまえッ! ここには誰もこなかった!」


 子爵の言葉に取り囲んでいた盗賊と兵士たちが武器を構える。


 シトラスはそれに動じた様子はなく、

「戦いたくない者は、戦わされている者は武器を置いてッ! ぼくたちは武器を持たない者は襲わないッ!」


「はッ。四人ぽっちでいったい何ができるんだ? ここにいるだけでも約二百人。それでこれからどんどん増えるって言うのによ」


「ミュール、メアリー。武器を持たない人は殺さないで。クリスも……できればお願い」

「おう」

「ん」

「はい。わかりましたわ」

 

 四人は得物を構え、全身に魔力を(たぎ)らせる。


「やっちまえッ!!」

 大柄な男の号令で、四人を取り囲んだ輪が牙を剥いた。


 いざ火蓋が切られると、戦いは一方的な展開であった。


 魔力を込めた一振りで、まとめて薙ぎ払うシトラス。

 雷魔法の連射で、的確に意識を刈り取っていくミュール。

 剣だけではなく、体術、時に相手の武器を利用して乱戦で踊るメアリー。

 正確無比な射撃で、弓や銃、魔法を持つ後衛を順に無力化していくクリス。


 誰一人として、傷を与えるどころか触れることさえも叶わない。

 圧倒的な実力差がそこにはあった。


 騒ぎを聞きつけた兵士や、盗賊たちが次から次へとわらわらと集うが問題ではない。


 やがては高みの見物を決め込んでいた大柄な男も、

「ば、ばかなッ……俺の子分たちがッ! う、うおおおおおおッ!!」

 痺れを切らしてシトラスに切りかかるが、

「がはッ……」


 鎧袖一触。


 経験は才能に勝る。だが、経験とは時間の長さを意味しない。


 大切なことはその密度である。


 盗賊の棟梁として、ただ生来の腕っぷし頼みで格下を従え続けた男と、学生時代に数多の困難に立ち向かい、さらには、狂化した魔物や勇者といった怪物たちと戦い、磨き続けてきたシトラス。


 経験のその重みが違った。


 盗賊たちは頭領がやられると、蜘蛛の子を散らすように我先にと逃げてしまう。

 ――頭領が勝てない相手に下っ端の俺たちが敵うわけがない!


「お、おい、お前たちッ! く、くそおおおお!!」

 子爵が腰のサーベルを抜き、シトラスへと迫る。


 二人の剣が交わる直前。


 飛来した大剣が子爵を吹き飛ばした。

 

 咄嗟にシトラスは後ろへと下がり距離を取った。


 その大剣はシトラスたちが渡ってきた橋から飛んできた。

 そちらに視線を送ると、ウオックほどではないが大柄な馬と、それに跨る男。


 シトラスたちからは、逆光でその姿が見えにくいが男が馬上から投擲(とうてき)した姿勢で固まっていた。


 シトラスがチラリと子爵が弾き飛ばされた先へ視線を送ると、子爵が気を失っているのが見えた。

 

「メアリー! 止まれッ! <雷銃(サンダーブレット)>!」

 ミュールが叫び、あろうことかメアリーに魔法を放つ。


 メアリーはその顔に凶悪な笑みを浮かべると、現れた男に飛び掛かろうと前傾姿勢だった。


 ミュールの牽制を難なく魔剣で受け止めるが、

「……何よ」

 その気勢を削がれて不満げな様子であった。


 男が体勢を整えると馬を前に進めた。

「シトラス」


 次第に明らかになるその姿。 


「ボルス!」


 立派な馬に跨っていた人物は、シトラスとは学園時代の同級生ボルス・ジュネヴァシュタイン。

 ボルスとは学生時代は顔を合わせるだけの仲であったが、卒業後に勇者としてジェニパーの故郷の問題を解決した際にその仲を深めていた。


 その後ろからもう一頭の馬が進み出る


「ジェニパー! それにジェーンも!」


 ジェーンを抱えて馬に跨るジェニパーは

「シト! 元気だったの!」

 シトラスに会えて嬉しそうで、手綱を握りながら器用にシトラスへと手を振った。


 ボルスの遠い親戚であるジェニパー・ハーゲン。

 そして、ジェニパーの腕の中ではジェーンが眠っていた。


 シトラスが二人へと歩み寄る。


「二人ともどうしてここに? それにジェーンはなんで二人と?」


「この子は都市の外延部で迷子になっていたのを保護した。最初は凄い暴れようだった。見ろこの傷」


 そう言ってボルスはシトラスへ見えやすいように左腕をかかげて見せた。


 そこには大きな爪のような三本の裂傷。

 傷自体は治療されていたが、傷が深かったのだろう。

 傷はくっきりとその後を残しており、治療して間もないため、肌には赤みがさしていた。


「ごめん。大丈夫?」

「お前が謝ることではない。俺の不覚だ。姉の"風の王(シルフィード)"、その友人である"不動の巨人(デイダラボッチ)"、それにそこの"狂犬"。お前の周りには物騒な女ばかりが集まる」


 先ほどまでミュールから制止されたにも関わらず、メアリーはちらちらと殺気と飛ばしてボルスを挑発していたが、シトラスがボルスと和やかに会話を始めると、残念そうにその口をすぼめていた。


 シトラスは曖昧な笑みを浮かべると左手で後頭部を掻いた。


「それよりボルス。登場するタイミングがいいね。どこかで見ていたの?」


「まあな。お前が自覚しているかは知らんが、王国に残された二枚看板の勇者と聖女一行だ。警戒もする」


 いやー、と先ほどとは違った笑みを浮かべると右手でその後頭部を掻いた。


「シトラス。お前が西へ来るならジュネヴァシュタインはお前を歓迎する」

「お義兄様……!」


 ジェニパーは胸の前で手を合わせ、キラキラとした表情でボルスを見つめる。

 二人の仲は以前あった時よりさらに深まっている様に見えた。


 ボルスが口を開く。

「各地に点在する王家の飛び領地の現状はどこも酷いと聞く。この都市もまた然りだ。なぜおまえが奴らの味方をする?」


「……そうなるのを防ぎたくて」


「ならなおさら俺たちと来るべきだ」

 

 そう言って馬上からシトラスへと手を伸ばした。


 ジェニパーがもまた、

「そうなの。どこも今は悲惨なの。お義兄様と私はそのために王都へ向かうの。シトも一緒に……!」

 そう声を掛ける。


 シトラスはただ

「……お義兄さま」

 ボソッと呟く。


 ボルスは、

「……今はいだろう」

 顔を逸らすと、差し抱いていた手で照れ臭そうにその鼻頭を掻いた。


 それを見てシトラスは微笑むと、

「……うん。確かにマーテル陛下たちは、この都市の兵士みたいに冷静さを欠いているのかも知れない」

「ならッ……!?」

 ジェニパーが喜色の表情を浮かべるが、

「でも冷静さを欠いた集団にも、一人くらい冷静な人がいた方がいい。戦争なんだ。中からしか救えない命だってある」


 シトラスの掲げるそれは理想論である。

 それは話している本人が十分に理解していた。


「……シトラス。わかっているのか、お前は王国に唯一残された勇者だ。もし体制側に残って敗北した場合、いくらあの"風の王(シルフィード)"の弟とは言え、無事では済まされないぞ」


 既に王国の体制派でも、勇者であるシトラスと聖女であるクリスが神輿として担ぎ上げられつつある。反体制派の勝利に終わった際には、仮に二人とも生き残っていてもそれを反体制派が見逃す道理はない。


「うん。知っている。それでも、救うって決めたから」


「お前がこっちに来た方が救える命が多くてもか?」


「反体制側のことはボルス。君やエステル、姉上たちに任せるよ」


 ボルスは馬上で瞳を瞑って一度大きく深呼吸をする。


 そして再びその瞳を開くと、

「……そうか。ならばもう俺から言うことはない」

「ごめんね。ありがとう」


 ボルスは馬の首を返しつつ、

「早くここを去れ。次にお前を見たら……そのときは殺す」

「お義兄様ッ!?」


 ここまでぐっすりと眠っていたジェーンが、ジェニパーの胸元で目を覚ました。

 ジェーンに抱きかかえられたままで、固まっていた筋肉をほぐすように器用に伸びをする。


「うん。それでいいよ。ぼくは全力で逃げるよ」

「シトッ!?」


 ジェーンはシトラスを視線の先に、見つけるとするりと馬上から飛び降りた。

「あっ……」

 その背中に名残惜しそうにジェニパーは手を伸ばした。


 シトラスは満面の笑みを浮かべながら飛び上がってきたジェーンを受け止める。


 ジェーンの肩越しに二人を見つめると、

「ジェニパーは幸せになってね。ボルスとは……え? もしかして?」


 ここにきてシトラスは二人の距離がやけに近いことに思い至ったようだ。


 それまで後方でことの成り行きを見守っていたミュールが、

「締まらねぇ……」

 額に手を当てて呻き声をあげた。


「さっさと去れッ!」

 

 照れ隠しを誤魔化すボルスの声が周囲に木霊した。


ジェーンは馬車を飛び出した後、適当に走ってたらシトラスたちの後をつけていたボルスたちと遭遇し、なんやかんやありましたが。ジェニパーのおかげで彼らがシトラスの敵じゃないとわかると、眠くなったので寝てました。ジェーンは人肌枕が大好きです。

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