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何かを得るためには何も失うつもりなど無い。

【前回までのあらすじ】


 都乃宮みやこのみや女学院の地下に広がる実験棟にて、一族を滅亡させた張本人である異形の怪物と対峙。


 その怪物を見事に討伐した久城陽子くじょう ようこたち学院一行は、怪物に取り込まれていた都乃宮美弥子みやこのみや みやこの奪還に成功。


 禍人まがびとの魂である禍玉まがたまがすでに喪失しているため、決して甦ることはないと思われた美弥子だったが、神である真中唯まなか ゆいの手により見事に息を吹き返した。


 だが、その身体に宿っていたのは美弥子本人ではなく…




恒志郎こうしろう様…!?」


 その正体に気づいて驚嘆するシロガネを、美弥子…の身体に宿った恒志郎は愛しげに見つめ返す。


「娘ではなくて済まなかったな…」


「い、いえ、滅相もないことで…」


 とはいえ、慣れ親しんだ少女の中身がその父親というのは違和感が大き過ぎて、シロガネは戸惑いを隠せない。


「そうかしこまるな。…ここにはもう、当時を知る者は誰もおらん。昔のように気さくに話してくれ…我が友よ」


 かつて『人工神創造計画』の素材として戦時中にモンゴルから連れて来られた孤高の銀狼。

 その気高さと力強さ、生態系の頂点に君臨する完成された美しさに魅了された恒志郎は、自ら禍人化した彼をシロガネと命名した。


 都乃宮家を束ねる者として自由が効かない恒志郎にとって、想像もつかないほど広大な平原を自由奔放に駆け巡っていたシロガネは憧れの存在だった。


 またシロガネにとっても、最初のうちこそ日本などという縁もゆかりもない土地に突然連れてきた恒志郎を恨みこそしたが…


 禍人化により、野生動物のままでは決して知り得なかった膨大な知識と並外れた能力、安定した日常生活、そして何物にも代え難い言葉というコミニュケーション手段を与えてくれた彼に、次第に感謝を覚えるようになった。


 互いにまったく未知の世界に生まれ出でた者同士、何のしがらみもなく胸中を語り合えるかけがえのない親友となるまでに、そう時間は要しなかった。


「…しばらく見ない内に、ずいぶんと可愛らしくなっていて驚いたがな」


「こ、これはっ…お恥ずかしい限りです!」


 今更ながらに自身の見た目の変化に気づいて照れまくるシロガネ。当時は禍人化されたとはいえ、見た目は狼のままだったのだから驚かれるのも無理はない。


「いやいや、なかなかどうして素晴らしい。さぞかし腕の良い術者に人化を施されたのだろうな」


 よもやそれが、見た目は彼の娘である美弥子の複製で、中身は神の子の美夜みやだとは想像もつくまい。


「…じゃあ、美弥子の禍玉は…?」


 今まで二人のやりとりを沈黙して見守っていた美月みつきが、たまりかねて問いかける。

 半身は美弥子の身体のコピーである美夜、もう半身は美弥子の禍玉のコピーである久城月乃くじょう つきのの合成体である彼女にとれば、それが最も気掛かりだった。


 すると恒志郎は周囲を見渡し…先ほどまで自身が取り込まれていた怪物の亡骸に目を留めた。


「…アレが美弥子だ。」


 予想外の回答に愕然となる一同に、恒志郎はさらに補足。


「正確には、美弥子だったモノ…だな。

 憶えているかシロガネ、あの実験の結末を?」


「…はい。いまだに…この目にまざまざと焼き付いております」





 神化計画の序章として、この世の果から召喚されたのが、あの異形の怪物だった。

 予想外の事態に幼い美弥子は恐れおののき、恒志郎たちはすぐさま怪物を送り還そうと奔走した。


 しかし、美弥子を己へのにえと解釈した怪物は、周囲の抑止を振り切り、彼女を自らに取り込んだ。


 醜く歪んだ己の身体に絶望した美弥子の自我は容易たやすく崩壊。それが原因か、はたまた美弥子の禍力の強さに怪物が拒絶反応を示したせいか…

 暴走した怪物は、周辺の者を片っ端から殺戮してまわった。


 都乃宮一族は自らの命を賭して怪物の討伐に当たったが力及ばず、次々と怪物に禍玉を喰われていった。


 恒志郎とシロガネは最後の力を振り絞り、からくも怪物から美弥子の禍玉を切り離し、封印に成功する。


 だが恒志郎は怪物が再び復活することを阻止すべく、自らの禍玉で怪物を制圧する道を選んだ。

 生き残ったシロガネに美弥子の禍玉と都乃宮家のすべてを託し、自害することによって…。


 これが、表向きには大火事と報道された事件の真相である。




「し、しかし、お嬢様の禍玉は複製後たしかに消滅して…」


「たしかに一旦は美弥子から離れた。だからこそ私がこの身体に入り込めた。

 その後、禍玉を複製すべく封を解いた隙を狙って、再びヤツに搾取されたのだろう」


 言われてみれば…あれだけ強大な禍力を誇った美弥子の禍玉が、いつの間にか消えて無くなるとは考えにくい。


 しかも、それだけ強固な禍玉を搾取できる存在となると…それこそ神か、あるいは悪魔か…それくらいの者でなければ不可能だ。


「 現にシロガネ、お前がそうしていまだ存在し続けていられることが何よりの証拠だ」


「…? そ、それは、複製した禍玉がうまく機能しているからでは?」


 美弥子…の姿をした恒志郎は首を横に振る。


「禍力の補給ならば主禍以外からの享受でも可能だ。通常は主禍以外との行為に及ぶことは無いから、用いる者は稀だがな。

 だが…主禍の従禍への生死与奪権は強力だ。故に、主禍が滅べば従禍も滅ぶ。…複製は効かん」


 初めて知った事実に愕然とするシロガネに、唯が横から割り込んで、


「だから唯ちゃんサマは知ってたのよン。神化計画がまだ続いてるってねン♪

 シロガネたんならとっくに知ってると思ってたけど」


「…気に病むことはない。すべてをお前に伝え切れぬまま果ててしまった私の責任だ」


 恒志郎の言葉を受け取り、シロガネはしばし沈黙した後。


「…それでは、あの化け物は…まだ完全に死んだわけではないのですね?」


 シロガネの問い返しに皆が「マジかよ!?」と怪物を凝視する中、


「残念だが…美弥子の自我はすでに微塵も残ってはおらん。力尽くで御されれば、されるがままだ」


 震える美弥子の瞼から涙が一筋こぼれ落ちた。


「…私のせいだ。神化計画だの、禍人の宿命からの解脱だの…正直、どうでも良かったのだ」


 あれだけ計画に執着していた恒志郎の意外すぎる独白に、シロガネが目を丸くする。


「ただ…妻に…神乃子かのこにもう一度会いたかった。そのために私は…あらゆるものを…美弥子を犠牲にした…っ」


 後から後から止めどなく溢れる涙に、シロガネはようやく恒志郎の本心を悟った。




 美弥子の実の母親にして、かつて唯により作られた神の血筋の末裔…神乃子。


 生来の虚弱体質だった彼女は、計画に用いる子を授かるためだけに都乃宮家に嫁がされ、愛娘の出産とともにこの世を去った。

 傍目には何の救いようもない哀れな人生だったかもしれない。


 だが夫の恒志郎は間違いなく彼女を愛し、そして妻も夫を心から信頼していたのだ。

 たとえわずか数年の短い関係だったとしても。


 そんな愛の証が、結局は二度と得られぬ愛ゆえに歪まされ、二度と還らぬ存在と化した。


 恐らく恒志郎は神を召喚するとの名目で、冥界にいるであろう神乃子をこの世に呼び戻そうとした。それが戦後も計画が継続された最たる理由だったのだ。


 そして美弥子も、まだ見ぬ母に会いたい一心で恒志郎に協力した。幼心の寂しさ故に。

 断じて強制的に計画に加担させられた訳ではなかった。


 それが結果的にはこのような化け物を呼び出してしまったのだ。

 あるいはこれこそが、冥界に堕ちた者の成れの果てなのかもしれない。


 いずれにせよ、一度死んだ者を甦らせることなど神でも不可能な芸当なのだろう。

 可能だというなら、唯が陽子の復活を何千年も待ち侘びる必要など無かったのだから…。




「…頼む、シロガネ。他の者も…。

 どうか美弥子を…娘を自由にしてやってくれ…っ! どうか…どうか…っ!!」


 涙ながらに訴えた美弥子の身体が突然咳き込み、血反吐をはいて苦痛に顔を歪めた。


「頼んだ…ぞ…我が…と…も」


 そこで美弥子は…恒志郎は息絶えた。

 瞳が光を失い、身体が急速に冷えていく。


 たとえ万能な禍人だろうと、死ぬ時はごく普通の人間となんら変わらなかった。


「…恒志郎様…っ!」


 その亡骸に覆い被さって涙に暮れるシロガネの肩を、陽子の手が力強く鷲掴む。


「…悪いが、泣くのは後にとっておけ」


 陽子の手が震えているのを感じて、シロガネはハッと顔を上げた。


「今度こそ…仇、討ってやろうぜ!」


 瞳いっぱいに大粒の涙を溜め込んで、それでも意気揚々と笑う陽子。

 その顔を見たシロガネにも、自然と笑顔が浮かぶ。


「…心得た! ゆっくりお休みください、恒志郎様…」


 亡骸の瞼をそっと閉ざして別れを告げるシロガネを待ち、陽子は皆に向き直る。


「みんなも、今夜は補習だ! こんなバケモンをこのままのさばらせておけるかよ!

 いいかテメーら…思っきしブチかませ!!」


『応ッ!!』


 どこぞのヤンキー漫画じみたノリになってきたところで…怪物の邪気が再び強まり始めた。


「…来るぞッ!!」





 やがて息を吹き返した怪物は、これぞまさしくラスボスと呼ぶに相応しい醜悪さだった。


 本体は上下がひっくり返り、先端が破壊された四つ腕が今度は昆虫のような長脚と化した。

 引き換えに、先ほどはドローンのローターみたく回転していた触手状の脚が、今度は文字通り無数の触手としてウネウネうねっている。


 さらにおぞましいのは、美弥子の身体が切り取られた傷口から体表がベロンと捲れ上がり、骨格や内臓が剥き出しになった。まさに捨て身の戦法だ。


 そして裏返った表皮は本体後方に花弁のように広がり、赤黒い肉塊がヌラヌラと照り輝いている。


「ウッゲェ〜、マジキモッ!」


 美月が怪物と醜さを競い合うように露骨に顔をしかめる。


「しばらくモツ煮込みは遠慮したいわねン」


 この期に及んで食べ物を連想できるとは、豪胆にも程がある唯。


「うぎゃにゃあ…っ」


 コレは食べたら腹壊すからダメなヤツ…とクロにも大不評だ。


「マズイな…攻撃方法がまったく予想もつかん」


 シロガネが冷や汗を滴らせるが、


「知ったことかよ、やられる前に片っ端からブッ潰しゃあイイッ!」


 そんな皆の弱気を陽子がまとめて吹き飛ばした。


「すでに美弥子の身体は回収した。あとはただのキショい虫ケラだ! 総力戦だ…死ぬ気で戦え! けど絶対死ぬなよッ!!」


「パパ、それ死亡フラグ。」

「相変わらず無茶苦茶言ってくれるわねン♪」

「具体的な作戦計画皆無だしな」

「んーにゃ!(あんな虫はいない)」


 一斉にダメ出しを食らい、むぅっと唸った陽子めがけて…まずは怪物の触手が襲いかかる!


「アホかテメーは。そいつで狙うなら連射が効かねぇライフルだろがぃっ!」


 陽子は触手の群れを槍先で難なくぶった斬った。すると残りの触手は素直にサ◯コガンを持つ美月に標的を変更!


「アホはパパでしょ、敵に戦術指南してどーすんのよぉいっ!」


 文句をブーたれつつも、美月は弾丸を触手の根本に撃ち込み、残りすべての触手を文字通り根絶やしにした。


 すると怪物は本体後方の肉ビラを広げ、今度は唯に頭から覆い被さっていく。投網攻撃だ。


「へぇ〜、形状的にてっきり幻覚でも使うのかと思ったら、結局物理なのねン?

 この唯ちゃんサマに…そんなん効くかウ゛ォケェーッ⭐︎」


 唯が巨乳を無意味に反らしただけで謎の神パワーが炸裂し、肉ビラは木っ端微塵に吹き飛んだ。神である唯に物理攻撃など効くわけがない。


 いよいよ攻撃手段が無くなった怪物はその場で大ジャンプし、ガタイが小さいクロにプレス攻撃を仕掛けた!


「にゃひっ?(これで判った、お前は神なんかじゃなくて邪神モドキだにゃ?)

 ぎゅにゃあああーっ!?(ホンモノの神様のボクに敵うと思ってんのかーっ!?)」


 怪物が着地する直前にヒラリと避けたクロは、逆に大ジャンプし返して剥き出しな敵の内臓に飛び込み、手当たり次第に食い破る!

 プレス時のダメージを高めるため骨格を外に出し、上下逆さになった背骨で押し潰すつもりだったらしいが、人一倍俊敏なクロの実力をナメていたようだ。


「最後は自分の出番か…」


 内臓を痛めつけられて悶え苦しむ怪物の身体の出っ張りを、シロガネは岩場をヒョイヒョイ跳ね回るように軽快によじ登っていく。


 あっという間に山頂に登り詰めると、すでに皆が散々暴れ回ったおかげで怪物の身体は傷だらけだった。


「…よもや、こんな形でお別れすることになるとは思いもしませんでした…」


 考えようによっては、これが都乃宮一族の成れの果ての姿なわけで…なんとも哀れに思えてくる。


「ごゆっくりお休みください、お嬢様。

 …自分もいずれ、そちらにお伺い致します」


 すでに美弥子としての意識がないことは解ってはいるが…それでも幾ばくかのためらいは残る。


 だが…こうして見渡せば、そこには皆の顔がある。


 最初はひとりぼっちで途方に暮れていたが…

 美夜が増え、クロが増え、唯が現れ…

 陽子と月乃が訪れ…

 今ではこんなに賑やかになった。


 歪み合うことも多かったし、なかなか思い通りにいかないことも多かった。


 けれども今では、こうしてかけがえのない仲間と…もう二度と得られないだろうと思っていた友達まで手に入れることが出来た。


 だから…もう、思い残すことはない。


 ゆっくり銃を掲げて、その銃口をひときわ大きく脈打つ臓器…心臓へと向ける。


「…さようなら。」


 タァーーーン…


 寂しげな銃声を奏で、一発の弾丸が心の臓を突き破る。


「…終わったな」


 傍でその光景を見つめていた陽子が目を伏せる。


「…いや…まだだ…!」


 直前までとは打って変わって、やおら切迫したシロガネの声色が洩れた。


「ぇあ!?」


 虚を突かれて慌てる皆の目の前で…

 一撃を食らったはずの怪物の心臓が、止まるどころかますます激しく脈動し始めた。


 それどころか、すべての臓器が赤々と明滅を始め、その間隔が次第に短くなっていく。

 これは…まるで…


「…に、逃げたほうが良くない?」


「…だな!」


 美月と陽子が頷き合うなり、全員まとめてその場から一目散に逃げ出した。


「…シロガネ? 何してんだ?」


 ただ一人、その場を動こうとしないシロガネに気づいた陽子が振り向けば。


「…………」


 いまだ呆然とした彼女は、足下に横たわる美弥子の亡骸を無言で見つめていた。


「…えぇいっ、これも持ってくぞ! 弔ってやるのは無事におウチに帰ってからだ!」


 一も二もなくその亡骸を抱きかかえた陽子に、やっと我に返ったシロガネが頷き返す。

 年端もいかない美弥子の身体は、すでに四肢がないこともあって驚くほど軽かった。





「やばいヤバいヤバイやっっっばぁ〜〜〜いっ!!」


「いちいち言わんでもわかっとるわっ! いーからもっと早く走れっ!」


 親子漫才を繰り広げつつ地上までの通路を駆け上る美月と陽子の後ろで、


「…あ。そーいえば月乃たんのお札、全部剥がして持って来ちゃったン♪」


「んなっ!? ということは…すべての罠が復活しているのでは…?」


 まるで緊張感がない唯の発言に、シロガネが緊迫感丸出しで青ざめ、


「にゃーに!(罠のところに来たら、また月乃にお札貼ってもらえばいいよ!)」


「おっクロ冴えてんじゃ〜ん!?」


「えっパパ、この子の言ってるコト解んの!?」


「あり? そーいえば、なんで解んのあたし?」


 クロの提案を皮切りに、また親子漫才が始まるかと思いきや、


「でもあたし、月乃じゃないから呪符使えないけど?」


「なんだよ、美月だってクロの言葉理解できてん……え゛?」


 一同沈黙。


「何でだよっ!?」


「だってあたし、この世になーんの恨みも不満もないしぃ?」


 加えて、呪術には様々な要素や技術を要する上に、対象への強い怨嗟が必要となるため、月乃のようなヤンデレ要素皆無の美月には使えるはずもないのだ。


「なーんも考えずのほほ〜んと生きてっから何の恨みも持てねーんだろがっ!? あたしでさえブッ殺してぇ奴の一人や二人はいるぞ。もっと世間を憎みなさいッ!!」


「うわーんパパがメチャクチャ言ってる〜!」


「親に口ごたえするなァッ! お前をそんなふうに育てた憶えはないっ!!」


「あたしだってパパに育てられた憶えは1ミリもないんだけど!?」


「だいたい何だそのハンパな髪の色は!? 神聖な学び舎をナメとんのかーッ!!」


「昭和かッ!? てゆーかあたしも神様だから神聖だっつーの!!」


 目クソ鼻クソな親子喧嘩は、あろうことかシロガネにも飛び火する。


「つーかなんでわざわざしちめんどくせぇ罠仕掛けてやがんだこのクソ狼!!」


「ここの罠は自分が日本に連れて来られる前から既にあった! 自分のせいじゃない!」


「言い訳すんなやこんボケナスがぁっ!!

ならオメーが片っ端から罠に引っかかって道開けろやっ!!」


「ま〜た始まった…」


 恒例の取っ組み合いをおっ始めた陽子とシロガネに呆れ返る一同だったが、


 ッッドゴオォオオオーーーンッッ!!


 すぐ真下で爆発が始まったことが嫌が上にも判るや否や、一同再び大パニック!


「ぅおぉーいっ、もぉ絶対絶命じゃんっ!?」


「この際だから、ここが吹っ飛ぶまで待って、一気に上まで打ち上げられるン?」


「そんなんで五体満足で済むのは唯だけだろがぃっ!?」


「でももう、やってみるしか〜? ほら♪」

 

 唯が指差すほうを見れば…爆炎がすぐそこまで迫っている!


「えーいっ、美夜! バリアーを…って美夜もいないんだったドチキショーッ!」


「あ、バリアーだったら張れるけど♪」


 美月はこともなげに皆を取り囲むようにバリアーを展開。

 単純にあらゆる物質を跳ね返すだけの障壁なら呪術ほど複雑ではないから、彼女にも使用できるのだ。


 しかし使い慣れていないせいか、はたまた禍力と神力の性質が根本的に異なるためか、美夜の障壁よりは見るからに心許ない。


「チィッ、娘に使えるってんなら…親のあたしにも使えて当然だろがァーッ!!…ってワハハ、マジに出来ちまったぜ!」


 見よう見まねで強引に成功させた陽子も、美月の障壁に重ね張りする。


「うんっ…にゃあーっ!!」


 モノは試しでやってみたクロも見事に成功。

 …なんですと!?


「ふと思ったのだが、お嬢にこねくり回されたクロが神なら…自分も同様なのでは?」


 …たしかに!


「屁理屈こねくり回してるヒマがあんならテメーもバリアーこねろ…いや張ってみろや!」


「貴様に言われずとも…フンッ!!」


 陽子の挑発と気合いで、シロガネも成功。

 も〜誰でも出来んじゃねコレ?


「これで4枚重ね…こんだけ張れば大丈夫じゃン?」


「人にばっか働かせてねーでオメーもやれやッ!! そのデケェ乳袋はお飾りかヲヲ!?」


「おっぱいの大きさと障壁の強度に因果関係はないけど…ねン⭐︎」


 乳袋を無意味にブルルンッと揺らして、唯も仕方なしに障壁を展開。

 …今までの誰よりも分厚くてデカい。


「思くそ関係アリアリじゃねーかっ!! つーかこんだけ出来んなら最初っからオメーが張ってりゃ、他のは要らん努力だろっ!?」


 陽子センセのツッコミはもう止まらない。

 そして階下の爆発も、もう誰にも止められない。


 ドッッッゴオォーーーーーンッッ!!!!


『キタァーーーーーッッ!?』


 真下から突き上げるような…などという生やさしい表現ではなく、怒涛の爆炎にモロに突き上げられ、一行はバリアーごと階層を突き破る。


 周囲の床や壁が発泡スチロールのように軽々と砕け散り、溶解し、灰塵と化していく。

 いつしかそれは学院校舎内にまで達していた。


「学校が…!?」「給料が…!!」


 青ざめるシロガネと陽子に、


「そんなんまた作ればいいだけじゃーん?

 んなことよか、めっちゃ熱いんですケドぉ〜っ!?」


 今にも脱ぎ出しそうな勢いで胸元をパタパタ煽いで、美月が悲鳴を上げる。


 障壁は炎や瓦礫などからは完璧に護ってくれるが、熱量だけは防ぎようがなく、内部はサウナを遥かに超えた灼熱地獄だ。


「生きながら火葬されるのって、こんな感じかなン♪」


「縁起でもねぇコトを陽気にゆーなっ!」


「…あ、でっかいお月様ン♪」


 爆炎はついに校舎の屋根を突き破り、まだまだ上昇し続ける。

 星々が瞬く夜空の向こうに、次第に輝きを増す地平線が見える。

 そろそろ夜明けか。思えばずいぶん長い夜だった。


「ん〜にゃにゃ〜♪(た〜まや〜♪)」


「クロ、それなんか違くね?」


「てゆーかどこまで上がんのコレ?」


「天国にご案内〜ン♪」


「…真中先生が言うとリアリティありますね」




 …結果からいえば、さすがに天界までは至らなかった。


 その日の未明、夜空を焦がして突然噴出した火柱は遥か遠方からも観測され、上空数千メートルにまで到達した。


 直前までその地点にあった小高い丘を木っ端微塵に吹き飛ばし、その後に直径数キロに渡る巨大なクレーターを残した摩訶不思議な『自然現象』は、国内外で大きく報道された。


 幸い付近に住居は一軒もなく、広大な農地が被害を被った他には一人の犠牲者も出さなかったことから『奇跡の大天災』と呼ばれたそれは、気象庁の発表では『火山の噴火』のたった一言で片付けられた。


 が、当然のように数多の有識者や視聴者からおびただしい疑問の声が寄せられ、関係各所やマスコミの回線をパンクさせた。


「嘘つけ、あんな平地に火山なんてあるか!」

「マグマとか全然出てねーじゃん!」

「しかも土地が隆起するどころか、逆にえぐれるなんて有り得ねーだろ!」

「本当に犠牲者ゼロなのか? 丘の上になんか建ってただろ?」

「噴火中にUFOが飛び立ったという目撃例はどうなった? 本当はグレイの仕業なんだろ?」


 ごもっとも、実にごもっとも。

 しかし以後の会見はなく、政府も一連の騒動を黙殺したことにより、フィーバーは早々に沈静化した。


 そしてクレーターは国の厳重な管理下に置かれ、未来永劫立ち入り禁止となったのである。





 話は噴火直後に戻る。


 火柱によって上空数千メートルまで噴き上げられた神様たちは、今度は自由落下に従い数千メートル真下の大地に叩き付けられ、直径数キロの巨大クレーターを作り上げた。


 要するに巷で囁かれた噂はすべて事実であり、ことごとく彼女たちの仕業であった。


「…生きてる人、点呼ぉ〜。」


 陽子の号令に従い、全員分の返事があった。


「んにゃあ〜…(今度こそ死んだかと思った…)」


「パパがあんな死亡フラグ立てるから…」


 よろよろと起き上がった美月は、それでも満足げな笑みを浮かべる。


「…でも、メチャ楽しかった♪」


「アレを楽しめるたぁ、スゲェ娘だな…」


 苦笑しつつ身を起こした陽子を愛おしげに見つめて…美月はいう。


「だから、もういっかな。そろそろ美夜と月乃に戻っても」


 言われて皆ハッとする。美月のキャラが強すぎたためにすっかり忘れていたが、元はあの二人の合成体だったと。


「はやく美夜を返してあげないと…シロガネたんが寂しそーだしね〜?」


「え!? いやあの、自分は…

 …でもその…なるべく早くお願いします」


 シロガネもずいぶん素直になったものだ。


「…でも、そしたら美月…お前はどうなるんだ?」


 陽子の疑問は至極当然。美月のパーソナリティは両者のいずれとも違う、完全に独立した一人の人格なのだから。


「忘れたの? あたしはパパの娘だって言ったでしょ。だから…そのうちまた、きっと会えるよ♪」


「あー…二人をくっつけたとき、中に押し込めたヒトがな〜んか違うなーって思ったら、元々違う人だったのねン?」


 唯がいうには、この術は基本的に都乃宮家が行った神化計画と同一のため、時々外部からノイズが入り込むことが多々あるんだそうな。


 ラジオの深夜番組終了後、いきなり海外放送が聞こえてくるようなものである。

 …現在でもラジオ番組を聴取しているリスナーがどれだけ居るかは不明だが。


 今回はたまたま美月のような物分かりの良い相手で良かったが、先ほど死闘を繰り広げた邪神みたいな代物だった日には…。


「…そんなヤバさげな術を、そんなテキトーに使いやがったのかテメーは!?」


「だぁ〜って切羽詰まってる時だったしぃ〜ン♪」


「まぁまぁパパ。じゃ、後腐れない内にちゃっちゃと元に戻してくれるママ?」


「え? 出来ないけどン?」


 しれっと応えた唯に、皆の目が点になる。


「だってあの時、あんなに簡単に合体させて…」


「二人分を一人にしたから、色々省いちゃったのよン♪」


 そういや合体の瞬間、グチャブチュッてあちこち飛び散らかってたっけ…。


「そんな大それたコトをなんでろくな説明もなしにやっちゃうかな〜この神様は!?」


「ぶっちゃけ愚民どもがどーなろーと知ったこっちゃないし〜ン♪」


「ダメな神様だーッ!!」


 とはいえ、そのおかげで助かったのは事実だから文句も言いづらい。

 効くには効くが、ろくに説明も聞かずに定期購入契約して、後で泣きを見る通販トクホみたいなヤツだ。


「無理やり引っ剥がすと、アジの開きみたいになちゃーうけどン?」


「…開かないでくださいお願いします。」


 要は代わりのボディさえあればどうにかなるらしいが、そうそう都合よくスペアが見つかる訳が…


『…………』


 …どうやら皆、同じことを考えたらしく、一斉に同じ方向に視線を向けた。


 そこには…陽子が地下実験棟から運んできた美弥子の亡骸が、静かに横たえられていた。


「…背に腹は変えらんねーか。それでいいよなシロガネ?」


「…よろしいでしょうか、お嬢…ではなく美月?」


「ん〜、みんながそれで良いなら良いんじゃない?」


「まだるっこしい伝言ゲーム乙ン。じゃあそーゆーコトで♪」


 皆の気が変わらない内にと、唯は美月の頭をガッチリ鷲掴む。


「じゃあパパ、また未来でね。…ママかもしんないし、ペア違ってるかもしんないけど♪」


「ぅおーいっ、最後っ屁にムチャクチャ気になるメッセージ残すのやめれっ!!」


 陽子の絶叫が聞こえたかどうかは定かではないが、美月の身体から突然力が抜け、ガクンッとその場に崩れ落ちた。


 …結局、美月がどこから来たのか聞けずじまいだったが…次に会う時の楽しみにとっておこう、と陽子は思い直す。


「さぁ〜て、どっちがどっちかなン?」


「…ってゆーと?」


「元々、唯ちゃんサマが無理くり魂入れ替えた不安定な状態だったからねン。元に戻っててもおかしくないってコト♪」


「今さらだけど、つくづくトンデモネー大博打やらかしてくれちゃってんねお前!? そーゆーコトは最初に言っとけやッ!!」


 うだうだ言い合ってる内に、再び目を覚ました美月…だった子がゆっくり立ち上がる。

 そして金と黒が入り混じった自分の髪の毛を一房すくい上げて一言。


「…思ったより派手…好きじゃない…」


「この辿々しい喋り方…月乃か!?」


「…お久しぶり…姉さん。時系列的には…そんなに経ってないけど」


 メタ発言はさておき、元々双子だった月乃なら、陽子に瓜二つな美月ボディでもさほど違和感はない。

 ともかく無事に帰ってきてくれてホッとした。


「…お帰り。」


 思わず駆け寄って抱きしめてやると、月乃ははにかんだ笑顔を浮かべて…


 …前言撤回。双子でも差異がけっこう大きかった以前の月乃と比べて、ほとんど差がない美月顔で見つめ返されると、まさに鏡合わせで違和感ブリバリだ。


 まあこうなってしまったら仕方ない。お互い慣れていくしかないだろう。


「こっちが月乃だってことは、当然あっちは…」


 と、直前まで死んだように…いや実際死んで横たわっていた美弥子に目を向ければ、


「わっ、なんか視界が広い…! 子供の目から見るとこんな感じなんだぁ〜!」


 敬語じゃないから、一瞬美月が戻ってきたのかとビビったが…この無邪気でちょっとおバカな雰囲気は紛れもなく美夜だった。


「でも手足がないから起き上がれない〜っ!」


 切断された四肢をバタつかせて懸命に身体を起こそうとする美夜を…そっと抱き抱えたのは、シロガネだった。


「…お帰りなさいませ、お嬢さ…お嬢。」


「あ。いま『お嬢様』って言いかけた。やっぱり美弥子ちゃんのほうがイイんだ…」


「ソレはソレ、コレはコレです。どちらも自分にとっては大切なお方ですから…比べようもありません」


 すっかり素直になったシロガネの大胆発言に、美夜は思わず頬を染める。


「…で、でも、手足がないのはやっぱり不便だよぉ。シロガネさんならちゃちゃっと作れるでしょ?」


 照れ隠しで早速ワガママを披露する美夜に、シロガネは静かに首を横に振り、


「…申し訳ありませんが、それはご自分でお造りになるか、真中先生にご依頼ください」


「ちょっ、なんでまだそんなイジワル言うの〜!?」


 せっかく両想いだと判ったのに、なおもつっけんどんなシロガネの態度に美夜はむくれてみせるが、


「残念ながら…そろそろ時間切れのようです」


 寂しげに微笑むシロガネの輪郭が、少しずつボヤけていく…。


「えっ…なんで? どーして!?」


「…従禍が仕えられる主禍は、生涯たった一人だからねン…」


 シロガネの代わりに唯が答えた。


「シロガネたんが仕えていた美弥子ちゃんは、もういない…。主禍を失った従禍は…消滅するのが宿命さだめなのよン」


「な…なにソレ!? ヤダよそんなのっ!!

 それなら今すぐ、そんな決まりなんて取っ払っちゃってよ!」


 たしかに禍人のことわりを創ったのは、神である唯に他ならない。


「…それが出来たら、誰も苦労しないんだけどねン…」


 だが、この世はいにしえからの神々が創り上げた様々な理に溢れている。

 それ故に一度創った理は、創造神本人であろうとも容易には変更できない。


「そんなこと言わないで…娘の私がこんなにお願いしてるのにっ…ちょっとは母親らしいトコ見せてよぉっ!!」


 それでも変更を願うなら、それらの神々を上回る神格の持ち主が上書きするしかないのだ。

 だからこそ…そう言われると立つ瀬がない。


「…ゴメンね、不甲斐ない母親で…本当、ゴメン」


 あの唯が本気で泣き崩れるところを、陽子は初めて目にした。


「やだ…やだよぉ。シロガネさん…また私を置いてっちゃうのぉ? 嫌だよ…ひとりにしないでぇ…!」


 泣きじゃくる美夜を愛おしげに見つめて、シロガネは彼女を抱く腕に力を込める。

 それでもその姿は刻一刻と薄らいでゆく。


「自分も…出来ればもっと…貴女と一緒にいたかった…!」


 肩を震わせて思いの丈を吐露したシロガネの目に、大粒の涙が光る。

 堪えきれず、泣き喚く美夜の唇に己の唇をそっと重ね合わせた。


 禍力の補給時には、いつも美夜のほうからシロガネを求めた。

 逆にシロガネから受けたのは初めての事だった。


 こんな時だというのに、不覚にも嬉しさが込み上げてくる。

 この瞬間がいつまでも…永遠に続けばいいのに。そう願った。


 ただそれだけのことなのに…どうして叶わないのだろう?


 神である私が、こんなにも願っているのだから…誰か叶えてくれたって良いじゃないか。



 誰も叶えてくれないのなら…




 …私が叶えるッ!!




『!!??』


 いつしか夜明けを迎えた空が、次第に赤みを帯びていく。


 眩い朝日が地平線の向こうから、この世のすべてを明るく照らし出す。


 だが、それ以上に眩しい…目もくらむ光が美夜とシロガネの二人からほとばしり、周囲を焦がさんばかりに光り輝かせた。


 そして何かが変わった。

 何が変わったのか明言はできないが、明らかに何かが変わった実感がある。


 気がつけば…今にも消え去りそうなほどに薄らいでいたシロガネの姿が、陽光に照らされて長く濃い影を大地に刻み付けていた。


「…これは…いったい…?」


 半信半疑で辺りを見回すシロガネの耳に、クスッと小さな笑い声が届いた。


 視線を落とせば…自分の腕に抱かれた幼い少女が、涙ぐんだ満面の笑みでシロガネの顔を見つめていた。


「…これからも…ずっと私のそばにいて?」


 甘えた声で問いかける彼女に、シロガネは仕方なさげに苦笑し返す。


「…ここまでされたら、もう逃げられませんね。しょうがないから、そうします」


「んもぉ〜っ、なんでそうヒネクレてるのっ!?」


 結局いつものバカップルオーラを放出しまくりな二人の姿に、


「…こんなコトって…!?」


 唯はいつにない驚愕の眼差しを注いでいた。

 

 いましがた美夜がやってのけた信じ難い行為は…まさしく『理の上書き』だった。


 すなわち、従禍であるシロガネの主禍が、美弥子から美夜に変更されていた。


「…な〜んも不思議なコトはねーだろ?」


 いつの間にか隣に立っていた陽子が、唯の肩を抱いて言った。


「美夜はあたし達の娘だからな…!」


「…親バカだねン♪」


 そして今日も、何も変わらない新しい一日が始まる。





 しかし大きく変わったこともある。

 具体的には『私立・都乃宮女学院』だ。


 校名はそのまんまだが、その他はほとんどすべてが様変わりした。


『いらっしゃいませ! ようこそ私立・都乃宮女学院へ〜♪』


 そう。地下実験棟の大崩壊により、一旦は消失した女学院は…


 場所を陽子たちの自宅である都乃宮家別邸に移し、『古民家コンセプトカフェ』として再スタートしたのである⭐︎


 こんなど田舎の街外れにもかかわらず、店員…いや生徒が超絶美少女揃いとあって、連日大勢の客…いや来校者が足繁く通い詰めている。


 提案者は意外にも月乃で、それに美夜が大賛成。となればシロガネも仕方なく賛同。クロはわけもわからず頷き、唯は面白半分にOK。

 唯一、陽子だけが反対意見を示しかけたものの「じゃあ当面お給料出ないけど?」という美夜のトドメの一言で渋々了承した。


 なにしろ校舎はおろか、都乃宮家の所在地そのものが跡形もなく吹き飛んだため、この別邸が最後の砦。嫌でもここで踏ん張るしかないのだ。


 幸い営業成績は予想以上に好調で、最初から赤字経営が確定していた前学院をはるかに上回る収益を上げ、陽子の給料も以前同様。あ〜んど努力次第で色もつく。


 人間コンピューターの美夜の算定によれば、このままの収益が続けば数年で仮校舎が建設でき、さらに事業を拡大していけば以前と同規模の学院設立も夢ではないそうだ。


 …え? いくらなんでも飲食店ごときでそんなに稼げるわきゃないだろって?

 そりゃそうだろう。なので…


「す、すみません…真中先生の『特別授業』お願いできますか?」


「ハァ〜イかしこまり〜ン。ねっとりぬっぷり教えてあ・げ・る…カマ〜ンヌ♪」


「御料金は1時間3万円になりまーす。ごゆっくり〜⭐︎」


 美夜のアナウンスに従い、妖艶な唯センセと期待に胸を高鳴らせた来校者が別室へと消えていく…。


「…めたくそグレーっつーかモロアウトだろコレ?」


 いかがわしい行為は一切ないと唯は主張するが、ならばこの高額料金設定は何だ? そしてなぜ非公開なのか?

 相手が唯なだけに、陽子には一切合財信用できない。


「世の中綺麗事だけじゃ渡っていけないんだよパパ♪」


 愛らしい笑顔で猛毒を吐く美夜。こんな守銭奴に誰がした?

 ちなみに彼女には理事長の役職以外にオーナーとしての仕事も加わった。


 美弥子ボディを引き継いだため、見た目年齢が下手すりゃ一桁台に低下しているのがさらに末恐ろしい。


 無惨に切断された四肢は自身で再生させたが、何故だかいまだに車椅子を愛用している。

 美夜の能力なら両脚の機能を完全回復することも可能なはずだが…?


「お嬢…ではなく、美…美夜。あちらの来校者様からスペシャルオーダー入りました」


 これだけは譲れない、と美夜に呼び捨てを強要されたシロガネの態度もいまだにぎこちない。


「は〜い。じゃあシロガネさん、そちらまでお願いしますね♪」


「かしこまりました…美夜様」


 (あるいはコレだけのために両脚を治さないのか)車椅子のハンドルに手をかけたシロガネに美夜はヘソを曲げ、


「もぉ〜っ、様は要らないのっ! 罰として放課後は豊胸マッサージお願いね⭐︎」


「え゛…い、いやしかし…!」


「色々縮んじゃったし、シロガネさんはおっきいおっぱいが大好きだから、早くおっきくならなくちゃ♪」


「公の場で人の性癖をバラさないでくださいっ!!」


 巨乳好きは認めるのか。


「おっぱいはこの際どうでもいいんですっ!

 そんなものより、自分が好きなのは…」


「…シロガネさん…」


 ツッコミどころ満載な彼女たちのバカップルぶりに、来校者間から悲鳴に近い大歓声が巻き起こる。

 この嬉し恥ずかしな初々しさと、絶対なにかありそうな二人のただならぬ関係…


 そして完全無欠のワガママお嬢様×完全に尻に敷かれた従者という鉄板設定が話題となり、現状このカップリングが当学院の人気No.1である。


「…私はやっぱり…も少しおっきくしたい…」


 いつの間にか陽子の隣にいた月乃が、胸に手を当てながら呟く。

 美月ボディを引き継いだためスタイルは抜群だし、運動能力も飛躍的に向上したが、以前の身体よりスレンダーすぎてやや不満らしい。


「姉さんと同じ身体…嬉しい。

 だけど…部分的に半減…喜びも半減…」


「放っとけや。…にしても、まさがお前がこんな接客商売を提案するなんてな?」


「人と会う…慣れてないだけ…嫌いじゃない。

 あと、好きな漫画のテーマだから…興味あったし…前の学院に通ってたときから…イケると思ってた」


 そんな月乃の提案がこれほどまでに大成功をおさめたのだから、実はけっこう商才があるのかもしれない。


「それに…カラーリング…お金かかる」


 美月譲りの金と黒のまだら毛が月乃的には大変お気に召さないらしく、いつもは黒一色に染めている。それだけでも以前の姿との違和感はほとんど感じなくなるから不思議だ。


 ついでに以前はさほど興味がなかった化粧にも目覚めたらしく、ナチュラルメイクでさらに綺麗さに磨きがかかった彼女は、双子姉から見てもドキリとするほど魅力的だ。


 病弱で世捨人も同然だった妹が、世間にあれこれ興味関心を抱き始めたのは嬉しい。

 …そのうち髪をとんでもない色に染めたり、整形したいとか言い出したら全力で止めるが。


「姉さんも…ちゃんとすれば…もっと綺麗…♪」


「あ、あたしはガラじゃねーからいいんだよ!

 それよかお前、たしかに前はもっと胸大きかったよな、あたしより食が細かったのに。

 …なんかやってたの、やっぱ?」


 先ほど美夜が口にした『豊胸マッサージ』なる魅惑のワードが気になっていたらしい。

 そんな陽子のカワイイ様子に、月乃はにんまりほくそ笑んで、


「教えてもいい。けど…交換条件」


「…ってーと?」


「姉さんの…おっぱい…私がする。

 代わりに…私のは…姉さんが…して?」


「リアル交換条件かよ!」


 精神的には実の姉妹ではなかったことが発覚してから、月乃のアプローチはさらに露骨になった。

 肉体的にはモロ姉妹だからモロアウトってことが解っているのか、いないのか?


 いつもなら問答無用で断る陽子だが…

 よくよく考えれば、現在の月乃は陽子と瓜二つなわけで。

 てことは互いにチョメチョメしても、自身の身体を自分で弄ぶのと大差ないわけだから…


「…と、とりあえず、ここじゃアレだから…後でじっくりソレしよう」


「…ついでに…ナニもしていい?」


「そーゆーボケはやめれ。」


 などと何やらアヤシイ話題で盛り上がる双子姉妹に、大勢の来校者様が真っ赤な顔で聞き耳を立てている。


 陽子は知るよしもないが、双子で教師×生徒、しかも相思相愛というレアカップルの人気もすこぶる高いのだった。


「んにゃんにゃっ♪(ボクは今くらいの大きさで丁度イイにゃ♪)」


 新たに訪れた来校者たちを引き連れて、案内役のクロが通りすがりに囁いた。

 月乃が「泥棒猫が性懲りも無く…あとで◯◯◯引っこ抜く」などと呪いをかけているが、聞かなかったコトにする。


「んにゃ〜にゃっ⭐︎(ごゆっくり〜⭐︎)」


「ありがと〜クロちゃ〜ん♪(なでなで)」


「ズルーい、あたしにもなでなでさせて〜!」


「にゃふふっ♪」


 クロの凶悪な可愛さも来校者間で話題にのぼっている。コレだけが目当てで来校し、すっかり骨抜きにされてしまった者も後を絶たない。


 …幼女化した美夜も含め、児童福祉法とか労働基準法とかどーなってるのかという疑問は無きにしもあらずだが、あれこれ詮索するのは野暮というものである。


 ともあれ、これで学院および都乃宮家は当面安泰…


「ンをっ!?…なんだ線メッセージかよ」


「久城先生、授業中のスマホの使用は…」


 急にプルプル震えたスマホを慌てて引っ張り出した陽子をシロガネがたしなめるが、


「あたしは教師だから校則の適用範囲外デース♪」


「くうっ…!」


「お前がいつも通りでいいっつーからカフェの出店をOKしたんだぜ?」


「だからって客を客とも思わんのは…もういい、自分は何も見なかったし言わなかった」


 漫才のような絶妙なやりとりに場内から笑いが洩れる中、陽子は線アプリを立ち上げて、


「…げ。」


 と顔をしかめた。

 メッセージの送信者が、なんだかずいぶん久々な感じの園場凌そのば しのぐだったからだ。


 彼がわざわざ連絡をよこすときは、決まって大事件が発生した場合に決まっている。


《先日は大変だったね。とりあえず無事で安心したよ。あと、給料が増えて良かったね。》


「…なんで知ってんだよ?」


《真中先生に教えてもらったよ。僕も近いうちに来校させてもらおうかな?》


「…なんでちゃっかりフレンド登録してやがんだお前ら!? ん、まだ続きがあるな?」


《…と思ったら、そんな悠長なことも言ってられなくなった。さっき突然お客さんが来てね》


「ほら来た。いよいよキナ臭くなってきやがった!?」


《なんでも未来から来た僕らの子供だと名乗ってて…。単なるお気の毒な人なら丁重にお帰り頂いてるところだけど…》


「…もうすでに嫌な予感がギュンギュンみなぎってやがるぜチキショイッ!」


《この顔を見たら、無下に追い返せなくて…》


 というコメントとともに、先ほど撮られたばかりの写真が添付されていた。

 引き攣った笑顔を浮かべる凌の隣で、イマドキのJK風に決めポーズをとっている、金と黒のド派手な髪色の少女は…


「…ずいぶんお早いお帰りだな…美月。」


 しかもなんでか陽子と凌の子供と名乗っている。確かに去り際に気になる捨てゼリフを残しまくっていたが…大マジだったとわ。


《近々勃発するアルマゲドンの警告に来たそうで、しばらく僕ん家に居候するそうだよ。

 正直、僕だけじゃ手に負えない。助けて!》


 そこでメッセージは途切れていた。

 どうやら数日内にまた直に会うことになりそうだ。


「某7つの玉を集めるスーパーの野菜物語かよっ!? しかもアルマゲドンて!!」


 どうやら再会をじっくり喜んでるヒマも無さそうだ。


「…ふぅん? 私の身体をジャックしたのは…凌くんの子…へ〜え?」


 久々に背筋が瞬間凍結するような殺気に振り向かされてみれば…

 藁人形に呪符に五寸釘に木槌を携えた完全装備でユラユラたゆたう月乃の姿。


「そんな可能性もあった…油断してた…」


「お、落ち着け月乃。これはあくまでも未来的選択肢の一つの結果だ!」


「だいたい…最終回なのに…前回から出番が全然少ないなんて…コレなんてクソ小説…?」


 とりとめなくメタ発言を繰り返す月乃の異状に、他のメンバーも何事かと集まってきて、さらには大勢の来校者も上を下への大騒ぎ。

 いつの間にかネットにまで上げられ、とっくに祭りと化していた。


「いまだどこの神にも不可能な時間跳躍をやって退けるなんて、さすがは陽子ちゃんの娘だねン♪」


「ゆゆ唯!? いいのか3万もむしり取っといてこんなトコで油売ってて?」


「頑張ったから小休憩中ン♪」


 見れば唯は片手に参考書をぶら下げていた。本当にフツーに家庭教師やってただけだった。


「イヒヒ…こ〜んなコトでもやってると思ってたン?」


「右手で何かをしごくように激しく上下に動かすのは卑猥すぎるからやめれっ!」


「文字媒体だから言わなきゃ判んないのに…陽子たんのいけず〜ン♪」


 アホはさておき、そういや教育機関資格もそのまま残ってるんだった…。

 それでも3万は高すぎね?


「あとは脳みそをちょこちょこいじくって、記憶容量倍にしとけば合格間違いなしン⭐︎」


 やっぱフツーじゃなかった。3万程度のはした金で気安く人体改造請け負うんじゃないっ!


 とかやってる陽子のスマホを横から覗き見た美夜が、羨ましげに頬を上気させて、


「…私の未来の子供も会いに来てくれないかな〜? ねっ、シロガネさん♪」


「無理だと思いますけど生物学的に」


「むぅっ…シロガネさんの子とは限らないし〜?」


「んなっ!? で、では今すぐ男に戻してください! そうすれば自分と美夜の子が…」


「…シロガネさんのえっち♪」


 それ以前に犯罪だからな年齢的に。


 だんだん収拾がつかなくなってきたので、いい加減この変態ワールドからおいとますることにしよう。


『お帰りですか? またのご来校をお待ちしておりま〜す♪』


 アルマゲドン後でも無事だったらね。



【おしまいっ⭐︎】

 かれこれ2ヶ月もの長きに渡って書き続けたコレが、やっとこさ終わってくれてホッとしてます。


 実はこの作品、十年以上前に一旦書き始めたものの、途中で頓挫したまま放ったらかしてました。

 その時は男性主人公で、なーんかしっくり来なかったからヤル気が失せちゃいまして。


 つい最近になって思い出し、あれが女性主人公だったらどうなってたかな〜とアレコレ妄想してみたら、面白そうなアイデアが次々浮かんできたんで、勢いで最後まで書き切りました。


 途中で展開も大幅に変更した結果、いまいち活かしきれなかった要素が多くなってしまったのは反省しとります。たとえば昼と夜で美夜の瞳の色や性格が変わる点とか…。


 そこいら辺の辻褄合わせにも苦労しましたが、最も大変だったのは仕事しながら書いてたことですね。

 1日長くても3〜4時間しか執筆時間が取れなかったので、いつでもどこでも思いついたらすぐ書けるスマホはとても重宝しました。


 ま、この作品についてはこれぐらいでもういいかな〜と。現在はすでに次回作の構想に入っております。

 次もたぶん現代劇の予定ですが、ファンタジー要素はたぶん無い予定です。たぶん…予定は未定ですが。


 ではまた、機会があればお会いしましょう。

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