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譲れない願いは誰にでもある

 シロガネの出自は太平洋戦争真っ只中のモンゴルである。


 当時すでに敗戦色が濃厚となっていた日本は、起死回生を期してとある極秘計画を推し進めていた。


 『人工神創造計画』がそれである。


 禍人まがびとを中心とした特殊工作部隊も善戦してはいたが、鬼畜米英との物量の差は如何ともしがたく、我が国は劣勢を強いられていた。


 そこで、かつて神々を打ち負かし、その力を得た者が禍人と化したならば…

 その逆に、禍人の能力を極限まで昂めれば、神格化することも可能ではないか?


 その神力をもってすれば、この苦境をたやすく覆し、我が国を勝利に導けるのでは?

 …という奇策が立案された。


 なんとも荒唐無稽な話だが、戦争というものは往々にして、かような無理難題がまかり通ってしまうものである。


 そこで、神格化に相応しい禍人の素材として、地上で最も雄々しく荒々しく、敏捷性にも優れ、さらには高度な知能を有し…

 肝心要な禍力まがりきの所有量も申し分ない野生動物…『狼』が有望視された。


 当時すでに国内の狼は残らず駆除され絶滅したとされていたため、モンゴルで生け捕られた狼が密輸され、禍人の本拠地である都乃宮みやこのみや家に送付された。


 これこそがシロガネの『原型』である。


 それを禍人化しての様々な検証実験の結果、一般的な禍人をゆうに凌駕する高い禍力が検出された。

 しかし、それは当初の期待値を上回るほどではなく、やむなく神格化は見送られた。


 動物がダメならば…実際に神の力を宿すとされる現人神あらひとがみの血筋と、禍人である都乃宮家の血筋を掛け合わせてみては?


 返す返すも戦争というものは、通常不可能な事柄が平然と実行されてしまうから恐ろしい。


 そうして都乃宮家に嫁いだ、さる高貴な血筋の娘は、長男の恒志郎こうしろうと契りを結んだ。


 娘は生来病弱の身であり、出産には耐えられないと思われたが、当時の我が国では家督の継続こそが第一であり、そのためにはあらゆる犠牲も厭わないとの風潮がまかり通っていた。


 また正直にいえば、虚弱ゆえに嫁ぎ先が絶望視されていた娘の実家にとっては、願ってもない厄介払いの好機だった。


 目論見もくろみ通り、花嫁は子供を身籠る。そして出産と同時にこの世を去った。


 こうしてこの世に生を受けた宿命の子こそが都乃宮美弥子みやこのみや みやこである。


 だが同年…列強諸国の猛攻に屈した我が国は無条件降伏を受け入れ、戦争は終結した。




 神をも超越する新型爆弾の威力を目の当たりにした我が国は人工神創造計画を凍結。

 禍人の存在が進駐軍に知れることを恐れ、白紙撤回されるに至った。


 しかし…本計画は戦後も都乃宮家の独断で極秘裏に継続されていた。


 禍人の悲願…それは常にその生存を脅かす禍物まがものの撲滅である。

 禍物の発生…すなわち禍力の歪みを人工神により正すことが出来れば、一族は未来永劫、禍物の脅威から解放される。


 しかし、切り札である美弥子はまだ幼く、禍力の発現すらままならない。

 そこで養育係として白羽の矢が立てられたのが、一旦は無用とされたシロガネだった。


 禍人としては稀有な才能を誇る彼により、美弥子に英才教育を施すことで、禍力を超越した『神力しんりき』の発現を促す。


 あるいは、神々の大元おおもとがそうであったとされるように、将来的には美弥子とシロガネをつがいとし、より強力な半獣半人の亜神を誕生させる…。


 戦争により一旦崩壊した倫理観は、その後も長きに渡り回復することは叶わなかった。


 だがそれ以前の問題として、都乃宮家は存亡の瀬戸際に立たされていた。

 進駐軍による財閥解体の波が当家にまで及んでいたのだ。


 大半の資産を列強に寄贈し、すべての分家を取り潰すことで結果的に本家の解体は免れたものの、損失はあまりにも大きかった。


 そこで当時、都乃宮家新当主となった恒志郎が政界に進出し、地元をはじめとする国内の有力者に働きかけ、多額の研究資金を募った。


 最初は地元議会の一議員というしがない立場ではあったが、都乃宮家の名は当時の国内では広く知れ渡っており、いずれは国政への進出、挙句には最高権力者の座も遠くはないと目されていた。


 ところが、事はそう上手くは運ばなかった。


 世間向けには火事として発表された厄災により都乃宮家は壊滅し、一族は全員死亡。


 …その実態は、神力と禍力との融合実験の失敗による美弥子の能力の暴走事故であった。


 被験者の美弥子はまだ年端もいかない幼子おさなごであったが故、実験には反対意見が多かったものの、功を焦った恒志郎が強引に押し切った結果とされる。


 ともあれ、分家を処分したこともあり後継皆無となった当家は結局、没落を余儀なくされ、後見人として名乗りを上げた真中まなかなる人物にその管理が委譲された。




 ちなみに、この真中という者については謎が多く、詳細な資料は一切残されてはいない。


 あたかも国ぐるみで情報が隠蔽されていると思しきふしも散見され、現在でも国の上層部では緘口令かんこうれいが敷かれているとの噂もあることから、相当に高貴な身分との憶測もあるが…


 昔から、興味本位でその調査にあたった者が、まるで神隠しにでも遭ったかのように消息を絶った例は枚挙にいとまがない。

 君子危うきに近寄らずである。





「ところがギッチョン、都乃宮家の残党はいまだに禁断の実験を続けてました〜!…ってな解釈でオッケーン?」


「解釈も何も、後見人は神様のあなたですから、すべて筒抜けでしょう?

 とはいえ先日まで、よもや先生がそうだとは予想だにしませんでしたが」


 腕組みをして得意満面に問う真中唯まなか ゆいに、シロガネは悪びれもせず平然と応えた。


 時刻はそろそろ日付が変わろうという頃。


 久城陽子くじょう ようこの部屋はそこそこ広いが、総勢6人もの人員が集結するとさすがに狭い。


 そこで場所をホールに移し、改めてシロガネの身の上話から仕切り直した次第である。

 もはや観念したのか、シロガネは逃げも隠れもせず唯の尋問に応じていた。


「そこまでして都乃宮家に忠誠を尽くす理由は何? 四つ脚動物から禍人にしてもらったのがそんなに嬉しかったン?」


「むしろ逆に、余計な仕事を大量に抱え込むハメに陥りましたよ。本能の赴くままに大平原を走り回っていられれば、どんなに気楽だったか…」


 嘆息したシロガネは、そこでふと柔らかい笑顔を浮かべ、


「けれど…おかげで、あのお方に巡り会えた。

 それを考えれば都乃宮家には感謝すべきかもしれません」


 そしてキリッと顔を引き締めて、シロガネは誇らしげに宣言した。


「自分が生涯かけて御奉仕すると誓ったのは、後にも先にも美弥子お嬢様ただお一人です…!」


「ちうても当時、あの子はまだほんのガキんちょだったでしょン。ワンちゃんと狼の区別もつかないチビ助に忠誠を誓うなんて…シロガネたんってロリコン?」


「年齢など関係ありません。お嬢様は生まれながらに自身の果たすべき役割を理解しておられた。そしてそのためには、この自分が何よりも大切だとおっしゃってくださった」


 感極まったシロガネは、瞳いっぱいに涙を浮かべて打ち震えた。


「…皆に半端者だの期待外れだのとなじられ、疎まれ続けてきた、この自分を…」


 自らを生み出した連中に蔑まれ続けて生きることは、どれほど辛いものだろうか。


 こればかりは唯も茶化しはしなかった。

 かつて彼女自身もそうだった時分の記憶が甦ったのかもしれない。


 シロガネや唯だけではない。この場にいる者は皆、少なからずそんな心境を理解できる。


「あのあのっ、私は今でもシロガネさんのこと、大切だと思ってますけど!」


 たまらず口を挟んだのは都乃宮美夜みやこのみや みやだった。


「よくわからないし憶えてないですけどぉ…

 その美弥子さんって、たぶん…私…なんですよねぇ?」


 シロガネはあえて伏せていたようだが、美夜はもう自身の正体に気づいていた。

 かつての大火事から幾多の歳月を経て、シロガネが苦心して復活させたのが、美夜こと美弥子なのだろう…と。


 シロガネは観念したように長い息を吐き、ぽつりと一言。


「…いいえ、違います。」


「あっれえぇえ〜〜〜っっ!?」


 美夜絶叫。無理もない。


「じ、じゃあ、私は誰なんですかぁ!?」


「貴女は…誰でもありません」


 どゆこと?と目が点になった美夜に向かい、シロガネは重い口を開けた。


「長年の研究により、美弥子お嬢様のお身体を再生する技術は確立できたものの…その安全性には幾ばくかの疑問が残りました。

 万一の事態を憂慮し、お嬢様の禍玉まがたまを複製した擬似人格を搭載し、しばらく観察を続けることに…」


「…つまり私は…美弥子さんのコピー…?」


 愕然と独り言ちる美夜に、シロガネはよせば良いのにさらに追い打ちをかける。


「残念ながら、そのレベルにすら至ってはおりません。生前のお嬢様は幼少のみぎりより貞淑に秀でておられ、気品に溢れて…」


 言いながらもハラワタが煮えくりかえってしまったのか、シロガネは言い放った。


「…早い話、貴女とは全ッッッ然違う!!」


「がびょお〜〜〜んっっ!?」


 なんたるご無体な仕打ち。美夜号泣。


「ヒ、ヒドイですぅ〜っ!」


「それはこちらのセリフです! お嬢様の禍玉を忠実に複製したのに…なんでそんなんなっちゃったんですくわっ!?」


 ソレはお前のせいだろ、と誰もが思いかけたところへ、


「そりゃ〜そうなるわよン。だって『元』が違うからねン♪」


 唯がさらにややこしいコト言い出した。

 しかしシロガネはそれにピンときたように顔をしかめ、


「…真中先生…やらかしやがりましたね?」


「トーゼン、やらかさせていただきましたン♪

 だってシロガネたん、オジョーサマの複製が巧くいったら神格化実験を再開させるつもりだったでしょ〜ン?」


「それが我が都乃宮家の悲願なれば。加えて自分もお嬢様も、その存在意義のすべては悲願成就のためが故…!」


「ハァ〜…なんでこんなに頭カッチンカッチンなのよン? だから邪魔しちゃったのヨン♪

 あーたが複製したと思い込んでた禍玉ね、ソレ…」


 唯の口から衝撃的な言葉が飛び出す。


「…『うちの子』⭐︎」





 いよいよ、唯にとって待望の日が訪れた。


 現在から二十と数年前、或る処に、とある双子が誕生した。


 産みの親であるごく一般的な貧困家庭の若夫婦は頭を抱え込んだ。

 子供を授かれたのは嬉しいが、よりにもよって双子とは…カネ掛かんなぁ、と。


 そのうちの一方こそが、唯が待ち望んだ妖狐ようこの生まれ変わり…陽子だった。


 これが何の問題もないご家庭であれば、そのまま養育を一任しても良かったが、調査の結果、素行的にも経済的にも問題山積な御家柄だったため、唯はやむを得ず行動を開始した。


 さっそく若夫婦の前に降臨し、多額の金品と引き換えに双子の身柄を引き受け、夫婦に口止めを強いた。

 何処ぞのバカ親に示したような神力は用いずとも、カネ以外に何の関心もなかった若夫婦はすんなり交渉に応じた。


 何故ここまで回りくどい手筈てはずを整えたかといえば、今生こんじょうでの双子は完全無欠のただの人間だったからだ。

 前世が神なら後世でも神、という巧い具合にはいかないのが世の中というものである。


 そして神々の間では、相手が一般的な人間の場合、必要以上に加担してはならないという取り決めがなされていた。


 古来より方々の神話では、神々が特定の人間に入れ込んだ挙句、神界をも巻き込む最終戦争に発展した例がいくらでも見受けられる。

 そうした不測の事態を招かないための不可侵条約である。


「…ちなみにその、あたし達の本当の両親は…今どこで何を?」


「あれだけ忠告したげたのに、カネにモノを言わせてあちこちで恨みを買った挙句、コンクリ詰めのドラム缶で海の底に沈んでるけど…会いに行くン?」


「…やっぱやめとく」


 聞くんじゃなかった、と軽く後悔する陽子だったが、そんな些細な問題はもはやどーでもよろしい。


 晴れて双子の引き取りに成功した唯ではあるが、先の不可侵条約のため自身で育てることは出来ない。


 そこで、あのバカ親ーズこと久城家に養育を一任することにした。

 久城家はすでに解体されていた都乃宮家の分家の一つで、禍力の遺伝率が最も低い末裔まつえいであり、それ故にシロガネに素性が知られる危険性がなかった。


 さらに引き渡し前に、この双子を利用して、都乃宮家の禁断実験を妨害する良い手段を思いつく。


「実はこの双子ちゃん…どーゆー巡り合わせか、妖狐とその子供のペアだったのよン♪」


「…ほわっつ?」


 唐突すぎて要領を得なかった陽子のため、唯は再度繰り返す。


「だからぁ、双子の一方が陽子ちゃんで、もう一方が美夜ちゃん…の『中のヒト』だったワケねン♪」


「ちょちょちょっと待ってくださ〜い!?

 私と陽子先生が…双子ちゃんだったんですかぁ〜っ!?」


 慌てふためく美夜に、唯はこともなげに「そ。」と頷き返す。

 すると当然、コレに納得いかない二人が、


「でででは、自分がお嬢様の禍玉から複製したモノは何処へ…!?」

「…私は…何処から来た…の?」


 見事にシンクロしたシロガネと月乃の質問に、唯は呆れ返ったように、


「そこまで言ったら判るっしょン?」


 とどのつまり、シロガネが複製した美弥子の禍玉こそが月乃だったのだ。


『なんでッ!?』


 これまた見事にシンクロした4人の問いに、唯はペロッとイタズラっぽく舌を出して、


「入れ替えちった。てへぺろン⭐︎』




 もちろん唯もデタラメやらかした訳ではなく、月乃と美夜の中身を入れ替えることには大きなメリットがあったのだ。


 まずは都乃宮家の禁断実験の阻止。

 シロガネが苦心してコピーした禍玉が期待通りのモノでなければ、それ以上実験を続行しようとは思うまい。


 仮に断行したとしても中身は元々『神の子』なのだから、禍人の神格化よりはまだマシな結果に落ち着くだろう。

 なんならその後「うちの子に何やらかしとんねんオヲ〜ッ!?」と脅して強引に実験を打ち切らせることも可能だ。


 お次は双子のほう。美弥子のコピー品を宿らせれば、片方は禍人として覚醒する。

 つまり純然たる人間ではないから不可侵条約の適応外となり、公然と陽子にちょっかいが出せるようになる。


 しかし禍力がほぼ存在しない環境下で過ごすことになるため、自身の正体に気づけなければ、いずれはジリ貧となり滅びへと向かうだろう。

 だが所詮はコピー品だから気に病む必要はないし、妖狐さえ無事ならそれでいい。


 そんなこんなで人間の双子として二十数年間育ってきた陽子と月乃だったが、唯の予想を遥かに上回る強い絆で結びついていた。


 そればかりか、途中で予期せぬトラブルに見舞われたため陽子には神力が宿り…

 また、予想外にしぶとく生き延びた月乃は、陽子の神力で強化された挙句、最強の禍人になってしまった。


 一方で美夜のほうは、身体の再構築にシロガネが必要以上に拘ったため予想外に時間を要し、二十年以上遅れた去年やっと蘇生に成功した。

 そのため精神的には幼いままながら、事故時よりも身体年齢が進んだちぐはぐな存在となった。


(いつぞやの当時を知る近所の老婆と遭遇したときも、見た目がかなり異なるから見分けがつくまいとシロガネは踏んだが、あっさり正体を見破られてしまったため、慌てて事後処理に走る結果となった)


 ともかく、唯的には三人ともできればこのまま別々の人生を歩んで欲しかったのだが…

 陽子が教職をこころざし、美夜が学校を設立するなどというあり得ない方向へ傾いた時点で逃れようのない因果を感じた。


 運命というものは神の力をもってしても如何ともし難い。ならばもう、ここまで来たら皆ひっくるめて面倒見たほうが手っ取り早かろ?という、半ばなげやりな判断で全員を引き合わせる策に変更したのである。





「…つまり…姉さんと私は…姉妹じゃない…?」

「肉体的にはまんま双子だけど、精神的にはむしろ敵同士だねン♪」


 ややこしい。


 ちなみに禍人の素養には遺伝起因説や魂魄こんぱく由来説など諸説あるが、どれも決め手に欠ける。


 たとえば月乃の場合、普通の人間の肉体に禍人の魂を宿らせただけで禍人の素質を色濃く受け継いだ。


 しかし逆にかつての当主、都乃宮恒志郎は直系の血筋でありながら禍人の素質には恵まれなかったと噂され、それ故にことさら人工神計画に打ち込んだといわれる。


「私は…美弥子お嬢様じゃなかったんですねぇ。なんかガッカリですぅ…」

「肉体的にはお嬢様だけど、中身は神の子だからむしろレベルアップしてるし、気に病むことナイわよン♪」


 めっちゃややこしい。


 美夜の場合は元々は神の子とはいえ、ただの人間の魂を、元から禍人だった美弥子の肉体に宿らせたことで禍人として覚醒した。


 となれば通常、肉体から切り離された美弥子の魂のコピーである月乃はただの人間になりそうなものだが、こちらもまた禍人として覚醒している。


 つまりは魂と肉体を別々にしても、各々が極めて優秀な禍人となっていることから、美弥子の禍力がいかに強大だったかが窺える。


「にゃにゃあ〜?」

「クロちゃんは神の子にこねられて出来たから、実は禍人じゃなくて半獣半神の亜神なのよねン♪」


 めちゃめちゃややこしい。


 ちなみに禍人の肉体改造技術は実のところ極めて難解な芸当であり、改造前後の体組織や骨格の差異、体格差や質量、総細胞数や体液の成分量など様々な要素への配慮が必要なことから、成功例はほとんど報告されていない。


 シロガネですら自身の研究では、四足歩行から二足歩行へ進化し両腕を使用可能にしたところで限界を迎え、それ以上の人化は適わなかった。


 ところが美夜は、持ち前の恐るべき計算能力のおかげか、はたまた神の子ならではの素質か、クロとシロガネの2体を立て続けにあっさり成功させており、稀有な創造神としてすでに十二分な才能を発揮している。


「これで神4人vs禍人2人…形勢逆転ねン♪」

「クッ…見事にしてやられましたね」


 むちゃんこややこしい。


 おさらいすると、直前までは唯と陽子が神側、他4名が禍人側と目されていたが…

 現在は唯&陽子の他に美夜&クロの2名が神側だったことが判明した。


「神4人…ってあたしも入ってんのか!?」

「トーッゼン! いまんとこ神力を持ってるだけだから、カミサマ見習いってトコねン♪」


 ややこしすぎるっ!


 おさらいすると、唯が陽子に神力を分け与えたのは、過去の刺殺未遂事件により瀕死状態に陥った肉体を回復させるためだった。


 現在では身体はすっかり元通りのため神力は必要としないが、人間生活が長かったため他の使用目的への転用が解らず、また唯も返却を求めなかったため持て余し気味になっている。


 だが本人が意図しないところで他のメンバーが勝手に使用したため、本人以外の全員が満遍なくパワーアップしているという、さらにややこしい事態に陥っていたりする。


「…ところで…私のコピー元は…いまどこ?」


 最もややこしい存在である月乃が、ややこしすぎて誰も気づかなかったことを尋ねると、シロガネはしばし目を泳がせ、


「…完全体としてお目覚めいただくべく、安全な場所にて調整中です」


「『完全体』…ということは…オリジナルの禍玉だけじゃなく…『オリジナルの身体』もある…のね?」


 月乃の推理に全員がハッとなった。ややこしい割に的確に要点を突いてくる。


「え…てことは、私の身体は何なんですかぁ!?」

「…お試し版。禍玉コピーの私と同じ」


 ごもっともな美夜の質問に、月乃は解りやすく答えた。そこにシロガネも補足を加え、


「…左様。お嬢のお身体は動作確認用の機能限定版です。歩行機能は付けられなかったのではなく…逃走防止のため、あえて付けませんでした」


「逃走防止!? な、なんで私が…逃げなきゃなんないんですかぁ?」


 恐々尋ねた美夜には、シロガネに代わって月乃が答える。


「オリジナルが復活したら…コピーは邪魔。

 廃棄するにしろ…オリジナルに融合するにしろ…逃げられたら…困る」


 すっかり青ざめて二の句が継げない美夜に代わって、月乃はなおもシロガネに問う。


「もしも…お嬢の中身が…私だったとしても…消した?」


 シロガネは美夜と月乃を交互に見やり…観念したように呟く。


「…お嬢のままなら…消したかもしれません。

 けれど、月乃なら…消せません…っ!」


「……ッ!」


 美夜の大きく見開かれた瞳に涙が溢れる。

 シロガネに必要とされなかった…早い話が失恋だ。


「シロガネッ、てめえ…っ!」


 泣きじゃくる美夜を抱えて、陽子はいまにも殴りかからんばかりの形相でシロガネを睨んだ。

 そんな双子姉の怒りを霧散させたのは、双子妹の意外すぎる発言だった。


「なら…話は早い。私と…オリジナルを融合すれば…問題ない。」


「いやいやイヤイヤ問題しかないだろっ!?」


 慌てふためく陽子を押し留めて、月乃は言う。


「姉さんは…神様。でも、私は…禍人。

 …アンバランス」


「いやあたし神様の自覚ねーし! でもお前は禍力使いこなしてるだろ!? むしろお前のほうが上じゃん!」


「それは…姉さんの神力で…パワーアップしてるから。禍力だけなら…激ヨワ」


 どうやら月乃は姉妹間のパワーバランスを気にしてるようだ。


「んなもん、あたしは気にしない…」

「私は…気にするのっ!!」


 生まれて初めて聞いた月乃の大声に、陽子は思わず後ずさった。


「姉さんはいつも…私のことばかり気にしてる! 私だって…姉さんのこと、気になる!

 でも…何もしてあげられない…っ!」


 かつて陽子が、月乃の病弱さは自分のせいではないかと気に病んでいたように…

 月乃もまた、自分のせいで陽子の自由を奪っていることに負い目を感じていた。


 禍力が豊富なこの土地に来て、やっと普通に生活できるようになり、また最強の禍人として覚醒できたことで、ようやく陽子と互角になれたと思った。


 だが陽子は、なんと太古の神の化身だった。

 そして月乃は、かつて神格化に失敗した美弥子の、しかも劣化コピーだ。


 せっかく追いつけたと思ったのに、いきなり超音速で遠ざかられてしまった感じだ。

 これではいつまで経っても陽子に相応しい存在にはなれない…と月乃は絶望した。


「だから、私は…オリジナルに、なる!!」


「だから、じゃねえッ!! 海賊王になりたいどっかのゴム野郎じゃあるめーし、カワイイ妹をそんなワケワカランモンにさせてたまっかよッ!!」


 しかし月乃の意志は堅そうで、もう説得は効きそうにない。ならば他の奴を使うまでだ。


「シロガネ、おめーはどうなんだ!? 大切なお嬢様がうちの妹になっちまってもいいってのかよ!?」


 これにはシロガネもさすがにたじろぎ、しばし考え込んでから…


「いや、問題ないな」


 ねーのかよっ!?


「そもそもお嬢の場合は、美弥子様とあまりにも雰囲気が違っていたから戸惑っていたのだ。

 だが、月乃はまさしくお嬢様そのもの。思えば自分は初対面から月乃に惹かれていたが、よもや同一人物だったとは…!」


 見た目はもちろん、生活環境の差異から喋り方や性格も若干異なっていた。それだけ違えば気づかないのも無理はない。


「うむっ、もはや月乃を拒むべき理由は何一つ…無いッ!!」


 言い切ったぁーっ!!


「そんなワケで月乃、善は急げです。今すぐお嬢様と融合しましょうっ!

 さぁしよう、今しよう、すぐしようッ!!」


「しようしようしよう…っ!!」


 ヤリ◯ンかコイツらぁ〜〜〜っ!?


「ダ、ダメですぅ!! ここは通しませぇ〜んッ!!」


 フラれながらも最後の意地を見せて、美夜はホール脇のドアの前に車椅子で立ちはだかる。

 ドアの向こうはシャトルへと通じる通路だ。シロガネたちが禁断実験を行うために学院へと

向かうことを見越したらしい。


 通せんぼなら普通は両腕を左右に大きく広げるが、美夜は両手を胸の前にかざして禍力を使用するポーズをとる。

 お得意のバリアを展開されたら通過はほぼ不可能だ。


「…しょうがない人ですね」


 嘆息とともにシロガネは背後から自動小銃を取り出し、銃口を美夜へと合わせる。

 シロガネが主禍しゅじんに銃を向けたことは過去にも何度かあるが、いずれも周囲の敵を排除するためだった。


 だが、今宵の彼女は本気で美夜に照準を合わせ…本気で引き金を引いた。


 ドガガガガガッ!


 瀟酒しょうしゃな屋内には不似合いな銃声が鳴り響き、無数の弾丸が美夜に襲いかかる。

 戸惑いながらも美夜はそのすべてを防ぎ切った。…それがシロガネの狙いとも気づかず。


 弾丸発射と同時に、シロガネは小銃を投げ捨てるなり、美夜へ向けて猛然とダッシュしていた。

 太もものホルダーから引き抜いたサバイバルナイフを後ろ手に構えて。


「ひっ…!?」


 気づいたときには、シロガネの顔が美夜のすぐ目の前にあった。だからそちらに気を取られて、判断が遅れた。


 キャベツを叩き切ったような小気味よい音を立てて、美夜の片手が宙を舞った。

 血しぶきは上がらなかった。というよりも叩き斬られた腕の中には…何も無かった。


「あ…れ…?」


 ちぎれ飛んで床に転がった自分の手と、真っ黒い穴がポッカリ開いた腕の先を交互に見比べて、美夜は理解が追いつかない間抜けな声を漏らした。


 信じがたい光景を目の当たりにして、誰もが凍りついたようにその場から動けない中…


「…御安心ください。お嬢の両腕は複製が間に合わず、義手で補いました。

 我々をあれだけ簡単に禍人化できるほどの技術があれば、修復は簡単かと」


 ナイフをホルダーにしまい込みながら淡々と説明したシロガネは、呆ける美夜の真横を素通りし、シャトルへのドアを開けた。


 片手を封じられバリアが張れない…いや、そうするまでもなくショックでなすすべもない美夜は、俯いて押し黙ったまま。


「行きましょう、月乃」


 シロガネに促されて、月乃も小走りでドアへと向かい、


「…ごめんなさい」


 すれ違い様に美夜に頭を下げると、ホールから静かに退室した。


 …パタン。


 再び何事もなかったようにドアが閉じられ、ホールには恐ろしいほどの静寂が満ちた。




 

「…ぅ…ぅぇぇ…ぇ…っ」


 ややあって沈黙を破ったのは、美夜のくぐもった泣き声だった。


 両手で顔を覆い隠そうにも、片手しかないから半分しか隠れない。

 こんなに無様で惨めな泣き顔は、誰にも見られたくないのに…。


「…ほら、とっととくっ付けちまえよ」

「んにゅ」


 床に転がったままだった美夜の片手を拾い上げたクロが、陽子に抱かれてそばに立っていた。


「要りません…要らないよっ、そんなのっ!

 私なんてもう、必要ないもんっ!!」


 泣き腫らした目で、美夜は同情を跳ね除ける。

 クロがビクッと怯えるが、気遣う余裕などない。


 もう、わざわざ敬語など使わずとも、咎める者はそばにはいない。

 大切な人に、ついに見放されてしまった…。

 こんな自分を気にかけてくれる者なんて、もうどこにも…


「ぅにゃあっ!」


 そんな美夜の心境を否定するかのように車椅子に飛び乗ってきたクロが、強引に美夜の手首を腕先に押し付けた。


「…なっさけないわねン。それでも唯ちゃんサマの子供ぉ?」


 その傷口をたったひと撫でで元通りに修復した唯が、仕方なさげに苦笑する。


「余計なコトしないで! 今までずぅ〜っと放ったらかしてたクセに、急に母親ヅラしないでよぉッ!!」


「おーおー言うじゃン。それだけ元気があれば大丈夫っしょ♪」


 なんだかんだで母親だと認めてくれた美夜に内心喜びつつ、唯は悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべて、


「ンじゃ、サクッと行ってみるン?」


「行くって…どこへ?」


「そんなの決まってるっしょン?」


 シロガネと月乃が消えたドアを開け放ち、唯はその先の通路をあごで指し示す。


「…行かない。だって、私はもぉフラれて…」


「だーから、一度フラれたくらいで何だってのよン♪」


 あくまでも陽気な唯の応えに、美夜は思わずキョトンとなった。


「唯ちゃんサマだって、この野獣を手懐けるのにどんだけ苦労したことかン…」


「誰が野獣だよ」


 ツッコミつつも、陽子は初めて唯と出会った頃を思い出し、


「…ま、あん時のあたしはすっかり自暴自棄になってたし…唯は唯で、メチャメチャしつこかったしな」


「え゛。そんなふうに思ってたのン?」


 思わぬ陽子の言葉に唯は愕然となる。


「う〜ん、ツカミ失敗してたかぁ。小粋なジャブの応酬で陽子ちゃんのハートを鷲掴んだと思ってたんだけどねン?」


「おめーのジャブはいちいち渾身の右ストレートなんだよ。フツー引くわ」


「でもって、やっと近づけたと思ったら、凌くんに先に告られるわ、刺されて死にかけるわで、ちーっとも安心できないしン」


「おめーの中では凌とあの事件は同列扱いなんだな?」


「治療に神力使ってしばらく会えなくなった時には、こりゃ今回は無理だから来世に期待するしかないかなーって、さすがに落ち込んじゃったわよン」


「来世って、また数千年待つつもりだったのか? あたしはお前ほど気が長かねーぞ」


「だから、ちゃんと追っかけてきてくれたときはホントに嬉しかったなン♪」


 などとすっかり二人の世界に没入していた唯と陽子だが…美夜のキラキラお目々が一部始終見ていたことに気づくと、バツが悪そうに頬をぽりぽり引っ掻いた。


「…唯ママと陽子パパでも、そんなに苦労してたんだね…!」


 いきなり呼ばれ慣れない呼称に変わってるのがチョー気になるが、言いたかったことはしっかり伝わっていたらしい。


「シロガネたんが本気でミヤミヤを嫌ってたんなら、もっと早くに手を打ってるわよン。

 だいたい、あーんな天性のオタクが、自分でこさえた大切な『作品』を捨てるなんて、出来っこないっしょン♪」


 『作品』て。唯が言いたいことは何故だかスンゴイよく解るが(なぜなら唯もまたオタクだから)、問題はもはやソコではなく、


「ミ、ミヤミヤ?」


「『唯ママ』のお返し。前からこっちの呼び方のほうがカワイイかなーって思ってたけど、いちおー上司だったからねン♪」


 カネをくれる相手にはTPOをわきまえる(わきまえてたか?)、小粋なオトナの唯だった。


「あと、月乃もたいがいオタクだからな。初めてオトモダチが出来たことが嬉しくて、すっかり舞い上がっちまってんだろ」


 月乃が自分よりもシロガネについて行ったことをいまだに根に持っているのか、中身はまだまだガキの陽子が愚痴る。


「シロガネたんはもぉーっと舞い上がっちゃってたけどねン。おかげで大事なコトを忘れてたくらいだし」


 大事なコト?と小首を傾げる美夜に、唯はにんまり微笑んで、


「自分がミヤミヤの従禍つきびとだってコトよン♪」


 一旦、主従関係を結んだ禍人ペアは、そう簡単に仲を解消することはできない。言ってしまえば、どちらかが死ぬまではそのままなのだ。


 また、従禍が主禍しゅじんを失うということは、禍力の供給源を断たれるということ。

 従って残された従禍は消滅するしかない。


 月乃がいかに強力な主禍であろうとも、美弥子の禍玉の本当のコピーだったとしても…主従関係がなければ所詮は赤の他人同士。

 禍力の譲渡やその他の特典効果の一切合財が無効となり、行動をともにするメリットはほとんど無い。


 かつてシロガネは美弥子と主従関係を結んでいたが、火災事故後も関係が解消されなかったということは…美弥子は厳密には死んでいないということ。


 そして、その関係は美夜に受け継がれ、現在も有効となっている。


 シロガネが本気で主従関係を見直したいと思っているなら…美夜を殺すしかない。


 だが、そうしなかった。


 果たしてそれは、唯が言うように単に忘れていただけなのか…それとも…?


「…まだ…脈はあるってこと…?」


 美夜の瞳に希望の光が灯る。


「なら、行くしかねーよな?」


 美夜の車椅子のハンドルを持って、陽子はニヤリと笑う。


「シロガネのやつには、あたしも言っておきたいコトがあるからな。

 あたしのカワイイカワイイ一人娘に、何やらかしてくれとんねん!

 しかも何だこの中途半端な身体は。やるならキッチリ最後まで作ったらんかいっ!…ってな」


「…ソレ、言うだけで済むのン? でも右に同じ♪」


 苦笑しつつ、唯は文字通り陽子の右隣に立つ。


「にゃにゃあ、んにゃっ!」


 美夜の膝の上に陣取ったクロも何やら話しかけた。


「『シロガネはボクの友達に酷いことした。月乃はコワイけど、許さない』…クロちゃん…」


 たまらず大きな胸で抱きしめて、クロを窒息させかける。


「前から思ってたけど、その訳ってどこまで正確なんだ?」


「だいたい合ってるわよン♪」

「んにゃっ♪」


 マジか…と顔を歪めつつ、陽子は車椅子を押して仕切り直す。


「んじゃ、行くぜ!」

『オオーッ!!』


 こうして最強神ファミリーは、都乃宮女学院へと向かう扉をくぐった。



【第十二話 END】

 今回はけっこー苦労しました。なにしろ最終決戦直前ですから。

 シリアスなシーンが多いせいで筆が全然進まないし。

 各キャラの裏設定が明るみに出たので、印象がガラリと変わるかもしれません。

 コレを思いついたのは数話くらい前で、最初はまったく想定してませんでした。

 まさに小説は生き物だなぁと。

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