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非日常のはじまり

 本日の授業もいつも通り、滞りなく終わった。


 都乃宮みやこのみや女学院の皆はいつものように校舎を後にし、シャトルで自宅へと引き揚げてきた。


「ただいまですぅ〜。月乃つきのさん、今夜のお夕飯は何ですかぁ〜?」


 屋敷のホールに入るなり、都乃宮美夜みやこのみや みやは期待に巨乳を高鳴らせ、いつものように料理番の久城月乃くじょう つきのに晩飯を催促する。


 本来食事を必要としない禍人まがびとの割に妙に食欲旺盛な美夜だが、それも無理からぬほどに月乃の調理技術は高い。

 長期に渡る入院生活を経て、独学で極めて短期間で習得したとは到底思えないほどだ。


 それもこれも、すべては最愛の姉である双子の久城陽子くじょう ようこを喜ばせるためなのだが…


「夕飯は…ない。」

「はぇ…?」


 予想外の答えにつんのめった美夜は、聞き間違いかと月乃をまじまじと見つめ返す。


 しかし月乃は、傍に控えていた陽子としばし顔を見合わせ…というより睨み合いを続けると、どちらからともなくプイッと顔を背けて、


「…疲れた…もう寝る」


 終始不機嫌な様子で呟くと、さっさと自室に引っ込んでしまった。


「…ぇ…ぁれ?」


 一体全体どういうことかと、すがるような眼差しを向ける美夜に、これまた不機嫌そうな陽子は小声でぼそりと囁いた。


「昼間に話したやつ…バレた。」

「げぇっ!?」


 一発納得。ムリないわそりゃ。


「って、なんでですかぁ!? 私バラしてませんけどぉ?」

「誰かがあんときの動画を月乃に送りつけやがったんだ。おかげでさっきからずっとあのザマだよ」


 校舎内ではスマホの通信機能が使えない。従ってシャトルに乗り込んで学校を離れた途端に受信したらしい。


「てゆーか、どうやらあたしのスマホから送りつけられたらしい。でもスマホはあたしの手元にあるし、大体あんな動画持ってるわけねーし…う〜ん、わからん!」


 途中でスマホを抜き盗られたことにも気づかない輩には、そりゃ解らんだろう。


「…ヤバくね?ですぅ」

「めちゃめちゃヤベーよ。下手すりゃ今後もずっとメシ抜きだぞこりゃ」

「そ、それは困りますぅ! 何のために此処で同居することにしたと思ってんですかぁ!?」


 月乃にメシをたかるためである。実にあさましい理由だった。


「…よく解りませんが、自分のほうからも説得してみます」


 それまで事の成り行きを傍観していたシロガネがしびれを切らせた。


「んにゃお前に説得できる内容じゃ…」

「貴様が出ていけばなおさら逆効果だろう。ここは自分に任せておけ」


 もはや親友同士の自分達に敵はない!とばかり、やけに自信満々なシロガネは月乃の部屋へと向かう。


「んにゃにゃあ〜っ!?」


 訳もわからず一人おいてきぼりを食らって、ともかくメシが当たらんのは一大事!とあたふたするクロ。


「よーしよしよし♪」


 そんなクロの頭を撫で回しながら、真中唯まなか ゆいは混乱する皆の様子を愉快そうに眺めていた。





 結局、月乃の飯ストライキは断行され、皆は出前を取ったり買い置きの物で済ませたりと思い思いの夜を過ごしていた。


「ハァ〜…どうしたもんかなこりゃ?」

「ずいぶん参ってんのねン♪」


 自室でカップ麺をすすりつつ頭を抱えていた陽子に、いつの間にか部屋に入ってきた唯がスナック菓子をボリボリ頬張りながら声をかけた。

 だが、自室に誰かが勝手に踏み込んでいるのは今に始まったことではないので、陽子は別段慌てない。


「自慢じゃねーが、姉妹喧嘩なんて生まれてこのかた一度もやったことねーしな。

 いったい何処のどいつだよ、余計なコトしやがって…」


「あ〜アレ? ハイハイ、犯人の人です♪」


 あっさり罪を認めた唯に、陽子はすすりかけの麺をブウッと吹き出し、


「ゲホゲホッ…な、なんで!?」


「人払いのためだよん。陽子ちゃんっていっつも誰かと一緒にいるでしょ〜ン?

 特に妹ちゃんは厄介だからねン♪」


 要するに仲睦まじい双子の分断が狙いだったらしい。


「あとコレ、禍人にはなるだけ知られたくないからねぇン♪」


 言うが早いか、唯はスナック袋から引き抜いた手で陽子の視界を覆い隠した。


「ちょっ、んな菓子の食べカスだらけの脂ぎった手でっ……あ?」


 陽子の文句はすぐさま立ち消えた。

 一瞬にして、いきなり見ず知らずの場所に飛ばされていたのだから無理もない。


 あたり一面が大自然そのものの野山に覆われ、空の青さがやたらと深い。空気そのものがかなり濃い感じだ。


 頭上からは目も眩むほどの陽射しが降り注いでいるが、不思議と暑くも寒くもない。

 それもそのはず、自分の身体自体がそこにない。意識はハッキリしているが、視覚と聴覚以外の感覚が実感できない。


「…何処だこりゃ? どーなってんだ?」

「簡単に言えば夢の中だねぇン♪」


 そう教えてくれた唯の声は、すぐ隣にいるかのようにハッキリ聞こえるが、その姿は陽子同様にどこにも見当たらない。


 夢というよりは、自身が描写されない仮想空間に放り出されたような感じだ。


「夢? 誰の?」

「見てれば判るよン♪」


 刹那、景色がギュンッと超高速でながれて場面が移り変わった。感覚がないはずなのにGを感じるほど強烈で、慣れないうちは悪酔いしそうだ。


 今度は…何軒かの家屋が建ち並んでいる。集落のようだ。


 しかしその家屋は土壁に茅葺き屋根といった粗末なもので、窓は一つもない。入口にもドアはなく、洞穴同然といった風情で、現在よりも遥かに文化レベルが低い。

 下手すると歴史本にすら載っていない年代かもしれない。


「…お? なんか騒がしいな」


 集落の中央広場でなにか揉めている。

 よくよく目を凝らす…までもなく、カメラが寄っていく感じで視点が切り替わると…


「お、おい…こりゃヒデェな」


 一人の少女が寄ってたかってなぶりものにされていた。

 ボロ布を纏っただけの簡素な衣類を身につけた群衆が、殴るわ蹴るわ投石するわの集団暴行で少女を血祭りにあげている。なのに誰も止めようとはしない。


 なせ少女がそんな扱いを受けているのかは一目瞭然だった。

 頭部に獣のようなツノが生え、尻にはトカゲのような尻尾、そして背中には大きな翼…つまりは異形だ。

 いつの時代も人類は、自分達とは異なる者を拒絶し、糾弾する。種として未成熟な太古の世ならなおさらだろう。


 しかし、その少女の顔にはどことなく見覚えが…


「てゆーかアレ…唯にクリソツじゃね?」

「そっくりも何も、本人だし♪」


 陽子は二の句が継げなくなった。


「この時代にはまだ、めちゃんこ強い獣がゴロゴロ居てね。いわゆる怪物とか魔物とかってヤツだンね。

 そいつらが戯れに人間を孕ませて生まれたのが唯ちゃんサマ…って、この頃はまだ名前もなかったっけな♪」


 あっけらかんと笑う唯だが、陽子にはもう何も言えない。


「あ、もしかして同情してくれてるン? 大丈夫だよン、ほら♪」


 唯に促され、それでも我慢して観察し続ければ…あれ?


「…傷ついて…ない?」


 やられる一方の少女だが、地面に転がされて汚れこそするものの、怪我ひとつない。どれだけ痛めつけられようと無傷だ。


「そりゃ〜人間ごときとはカラダのデキが違いますからン。それに…こ〜んな特技も持ってるしねン♪」


 やがて少女は、さすがに怒りが頂点に達したらしく、群衆にむけて大きく口を開け放った。

 直後…その口内から火炎とも光線ともつかないまばゆい光がほとばしり、群衆を一瞬にして薙ぎ払った。


 跡には人間はおろか草木も石も残らない。あらゆる物質がたった一閃で焦土と化した。


「…んねっ、めちゃんこツオイっしょ♪」


 さらに場面は移り変わり…やがて少女はその無敵ぶり故に神格化した。

 それまで彼女を蔑んでいた人々が、やがて集落の守り神として崇め奉るようになったのだ。


 しかも少女の寿命は無限であり…昨日赤ん坊として生まれた者が瞬く間に老いぼれ、その夜に朽ち果てようとも、彼女だけはまったく姿形が変わらない。

 いやそれどころか、やがてツノや翼が引っ込み、一見なんら人間と変わらなくなった。


「ヒマだったから人化の法を覚えてみたンよ。これがなかなか便利でね、やっと自由に出歩けるようになったよン♪」


 そして住み慣れた集落を離れた少女は、あてもなく各地を彷徨い歩いた。

 歩くのに飽きれば翼で飛び回り…やがて瞬間的に遠方まで飛翔できる法を身につけると、その行動範囲はほぼ無制限となった。


 …そんな折、少女は一人の少年と出会う。


 尖った大きな耳と何本もの尻尾を持ち、鋭い爪であらゆる物を引き裂き、大きく裂けた口であらゆる物を丸呑みにする異形の幼き少年。


 かつての自分と同様に人とは異なる姿を持ち、大衆から虐げられていた彼を救うため、少女はその集落一帯を焼き払った。

 そして彼を我が子とし、『妖狐』と名付けて育てることに…


「ってオイ待て。もうパターンだけど、このガキの顔って…」

「さすがに自分の顔は見間違えないでしょン、ヨーコちゃん♪」


 半ばそんな予感はしていたが…やはり陽子も只者ではなかった訳である。


「名前まで同じかよ。しかもアンタが親代わりって…」

「今とたいして変わんなくないン?」


 導く者と導かれる者という関係性は、大昔から健在だった。


「でもコイツ、野郎だぜ?」

「そりゃ〜陽子ちゃん本人じゃないもン。こっちは『初代』だねぇン♪」


 …ということは。


「そ。陽子ちゃんは、この子の生まれ変わりってワケだぁーねン♪」





 一方その頃、月乃の部屋では…


「…やはり仕掛けてきましたね」

「けっこう…わかりやすい」


 テレビ画面の映像を見て、シロガネと月乃がしきりと頷き合っていた。

 映っているのは陽子の部屋に仕掛けた隠しカメラの監視映像。リアルタイムで、唯が陽子に目隠しをしている様子が中継されている。


 傍目ではずっとこうしているようにしか見えないが、あの陽子が抵抗もせず大人しくしていることと会話の内容から、何らかの幻術を仕掛けられているのだろうと推察できた。


 …陽子のスマホから例の動画が送りつけられてきた時は、月乃もさすがに動揺した。

 だが、あの陽子がこんなモノを送りつける訳がないとすぐに見抜き、ならば犯人は唯以外にはいないと簡単に目星がついた。


 動画の内容には正直ムカつくが、学生時代ともなればもう何年も昔の話だし、その後の進展が芳しくなかったことは陽子を見てれば判る。

 相手のしのぐは後で小一時間問い詰めるなり呪うなりしてやるとして、まずは唯の警戒が第一。


 そこで、動画が送りつけられた直後にすぐさまシロガネと示し合わせ、あえて姉と仲違いしたように見せかけてこの自室に陣取ったのだ。


 無論、示し合せたのはシロガネだけではない。彼女を介して、その主禍にも事情を説明してもらった。すなわち…


「…ウラ取れましたぁ。やっぱり陽子先生のスマホを持ってくるように頼んだのは真中先生だそうです〜…!」


 膝の上にクロを抱いて、車椅子で入室するなり美夜は小声で囁いた。彼女的には月乃の怒りが芝居と判り、これでまた美味しい御飯にありつけると喜んで協力してくれた。


「ふにゅう…」


 当時は唯にエサを貰った恩義から彼女の指示通りに動いたクロだが、意図せず大事おおごとになってしまった責任を感じてすっかりしょげ返っている。


 そんなクロの頭にポンッと手を置いて、月乃はグイッと右手の親指を立てて、


「スマホは…命より大事。」


 いまいち意味不明なので補足すると、一時的にせよスマホ紛失に気づかないような輩には弁解の余地はない。従って悪いのは陽子だから気にするな…という月乃ならではの持論である。


「しかも真中先生がこうしてアクションを起こしてくれたおかげで、何らかの企てがあることが明るみに出ました。

 これまでの情報から推測するに…どうやら狙いは我々禍人のようですね」


「とゆーことは、今は陽子先生を仲間に引き込むために説得中…とゆーことでしょーかぁ?」


「それなら…邪魔するのは…野暮」


 唯が双子を分断しようとしたのは、それだけ禍人が結託することを恐れているからだろう。

 ならば、無理に引き留めてこちらの心象を悪くするよりも、すべて知ってもらった上で陽子の判断に任せよう…と月乃は腹を決めたらしい。


「大丈夫。こっちには…禍人が…四人もいる。

 それに…姉さんなら…きっと大丈夫。」


 月乃の言葉には不思議な説得力がある。単に禍力が最も強いだけではなく、ちゃんと人を見ているからだろう。


 四人の禍人は互いに頷き合い、協力して唯に立ち向かうことを決めた。

 たとえどんな結果になろうとも。


「それにしても…お二人ともこーゆー事情があったから、そーゆーふうにお芝居してたんですねぇ?

 それなら私も最初から混ぜてくださいよ〜♪」


 なにやら勝手に納得してホッと胸を撫で下ろす美夜の眼前で、


「ところで月乃殿…」

「月乃」

「…月乃…は、なぜ姉上の部屋に隠しカメラを?」

「防犯用」


 あれ?と目をパチクリする美夜の前で、二人はさらに、


「防犯用なら、普通は部屋の戸口にセットしますよね? なぜ室内に?」

「…………」

「失礼ですが、ちょっとスマホを拝見させて頂けませんか?」

「スマホは…命より大事。」

「ええ、二度目ですねソレ。いいからちょっと見せて…」

「…ダメ。」

「何故ですか? 見せられない写真でもあるんですか? というかあるんですね? だから見せられないんですね?」

「コレは…宝物だから」

「お宝写真って認めてるじゃないですか!?」


 くんずほぐれつキャイキャイ騒ぐ二人に羨望の眼差しを送る美夜の双眸から、ツー…と涙滴がしたたり落ちる。


「何なんでしょーね、この敗北感…?」

「にゃっ!」


 そんな美夜の肩にポンっと手を置き、「くよくよするなよ、明日があるサ⭐︎」と明るい未来を指し示すクロなのだった。





 唯に育てられた妖狐はスクスク育ち、また英才教育の甲斐もあって能力…『神力シンリキ』の発達も目覚ましかった。


 彼らの時空のスケールは人間とは大きく異なるが、それでも瞬く間に唯に匹敵する力を身につけ、唯同様に民衆に崇め奉られるようになった。


 それに伴い自我の成長も著しく…自分を育て上げてくれた母親代わりの唯を、異性として認識するまでにいくらも要しなかった。


「『唯』って名前も妖狐が付けてくれたんだヨン。それまで母上って呼んでたのに、急に『唯一絶対神って呼ばれてるから』って言い出してねン♪」


 親子としての立場から脱するための手段だったのだろうが、それでも唯は嬉しそうだった。


 唯一無二の存在同士の二人は惹かれ合い、求め合った。それはまさしく運命のなせる業だろうか。

 ともあれ、神々とはいえ所詮は男女。となれば行き着く先はいつもひとつ。


「ちょ!? な、なんかイキナリ生々しすぎねーか!?」


 なし崩し的に生殖活動に勤しみ始めた二人の姿に、陽子は慌てふためく。


「どんなに時代が移り変わろうとも、男と女のヤルことなんてだいたい一緒だよン♪

 妖狐ってばなかなか激しくってねぇん。まさに野獣だねン♪」


 まさに目も当てられない光景だが、目を逸らそうにも視点が変わらず、瞼も腕もないから隠しようもない。強制視聴ポルノとは斬新すぎる。


「つーかいつまでハメハメしてやがんだてめーら!?」

「だって他にヤルことないも〜ん♪」

「せめてモザイクくらいかけやがれっ!」

「そんな無粋な機能はありまっしぇ〜ん♪」

「でぇ〜いっ、露出狂の変態がァーッ!!」


 そんな露骨な見せ方はともかく…


 先代とはいえ、唯が『陽子』に執着する理由が嫌というほど解った気がした。

 きっと唯にとって、『妖狐』は何もかも許せる貴重な存在だったのだろう。


 さて…エロエロいやイロイロ致した甲斐あって、二人の間にやがて新たな生命が宿った。


「ま、あんだけヤリまくってりゃーな…。

 それにしても…見るからに属性多すぎなガキだな? 言っちゃ悪いが、なんつーか…」


 爬虫類系ぷらす野獣系ぷらす人間…なんとも混沌とした造詣の、一言で片付ければグロテスクで不気味な生命体。

 種族の違いを乗り越えた、まさに奇跡の誕生である。


「成長すれば、そのうち人化の法を憶えるから問題ないよン♪」

「おお、そりゃ良かった」

「…きちんと育ってれば…の話だけどねン」


 二人の愛の結晶を加えた三神による蜜月生活が訪れようとした…まさにその時。

 この土地の人間達とは明らかに異なる外見の新たな種族が出現した。


「海を隔てた遥か遠くの国から、迫害を逃れてこの地に移り住んだ連中だぁねン♪」


 白い肌に青い眼、鮮やかな金髪の持ち主である彼らは、元々の土着民よりも身体的に優れており、瞬く間に支配者の座についた。


「…なぁ、コイツらってまさか…?」


「あ、やっぱ気づいちゃった? そ、コレぞまさしく美夜ちゃんたち都乃宮一族の御先祖様だねぇン♪

 もっともこの頃は、違うのは見た目だけで極々フツーの人間だったけどねン」


 しかし連中はこの地の支配だけでは飽き足らず、より強大な力を手にしようと画策し始めた。

 いずれ逆に本国へと攻め込み、自分たち一族を遠方へと追いやった覇者どもへの復讐を目論んでいたらしい。


 そこで目をつけたのが…生まれて間もない『神の子』だった。


「なん!?…っつー罰当たりな」


「こんなコトばっかやってたから迫害されたんだろーけどねン。でも覇者に警戒されるだけあって、実力は本物だったよン…」


 唯が気落ちするのも無理はない。

 連中は組織力を活かして唯と妖狐を分断させ、その隙に二人の子を討ち取った。

 そして、その血肉をむさぼり食った。


「…ひでぇ…なんてことを…っ」

「…これこそが連中の最初っからの目的だったのねン…」


 神を喰らうことで、その神力を我がモノとする。そうして得た力こそが…


「『禍力』か…!」


 禍力を得て勢いづいた連中は「唯一絶対神はこの世に二人も要らぬ」と主張し、唯を善神、妖狐を悪神と一方的に決めつけた。

 そして悪神討伐という名目で、さらなる神力を得るべく妖狐をつけ狙った。


「妖狐も頑張ったんだけどね…唯ちゃんサマに比べたら経験不足の実力不足だったから、じきに討ち取られちゃってねン…」


「その因果関係が現在まで続いてますってか? チキショーめ…っ」


「でもでも、さすがの唯ちゃんサマもこれにはブチ切れちゃってねン♪」


 妖狐の神力が連中の手に渡る寸前、その力をかすめ奪った唯は、あろうことかその力を土着の別種族に与えてしまった。


 そうして神の力を得た二つの種族は当然のようにいがみ合い憎しみ合い、長年に渡って殺戮の限りを続けた。


 やがて大半の人間が滅びかけたところで、ようやく我に返った彼らは互いに不可侵条約を結び、以降は陰と日向の存在としてこの国を導いていくことを決めた。


「陰のほうは都乃宮家だとして…日向のほうは?」


「その昔は『現人神あらひとがみ』と呼ばれ、現在は国民の象徴になっちゃってるあの一族ねン。

 もっとも今では民間との混血が進んで、だいぶん神力が薄れちゃったけどねン♪」


 それでも唯の怒りは収まらず、都乃宮家にとある『試練』を課した。


 具体的には、余った妖狐の神力と、彼らの禍力とを融合させ、そこから発生した『歪み』に生命を宿らせた。

 これが彼ら都乃宮家…禍人と永遠に敵対する存在となった『禍物』である。


 この存在により、彼ら禍人が一生戦い続け、あるいは怯えて暮らさざるを得ないように仕向けたのである。


「自業自得ってヤツだねン♪」


「いや明らかにお前の仕業だろ。こないだから戦ってきた禍物もお前がよこしたのか?」


「ん〜ん。禍物は禍力から生まれて、禍力を得て生き長らえて、禍力を食べ尽くすと死んじゃうのよン。まるでウロボロスの蛇ねン。

 だから禍人たちが禍力を持ち続ける限り、禍物は自然発生して、永遠に襲われ続ける宿命さだめなのねン♪」


 たとえ唯が直接手を下さずとも、いずれ禍人自ら生み出していたであろう宿敵である。

 過ぎた存在には必ずそれを駆逐するための敵が生まれる。これすなわち自然の摂理。


「なるほど、そういう意味ならたしかに自業自得かもな」


「所詮たかが人間風情に、神力は過ぎた持ち物だったのだよン♪」





「以上で上映会終わり。感想はどーよン?」


 唯の言葉に合わせて、途轍もなく壮大すぎた禍人創生史は嘘のように霧散し、いつもの室内風景に戻った。


「なんつーか…大スケールすぎて頭がついていかねーよ。

 とりあえず…ずぅーっと借りっぱなしになってたあたしのワケわからん能力、やっぱあんたのなんだろ?」


「あーソレ、もーいっかな? ホントはすぐに返してもらうつもりだったけど、延び延びになってた間にすっかり元に戻っちゃったしね〜ン♪」


 あの刺殺未遂事件後、唯が姿をくらましたのは、陽子の身体修復に神力を分け与えすぎて人間形態が保てなくなったからだった。

 元の姿を陽子に見せても受け入れて貰えたかは疑問だし…


 そうこうしてる間に、陽子が教師を目指すなどと言い出したせいで、ますます顔を出しづらくなった。

 その動機は唯に再会するためなのだから、不用意に顔を見せてしまってはモチベーションの低下に繋がりかねない。


「でもそのせいで、月乃ちゃんが完全回復こいちゃった挙句、禍人として覚醒しちゃったのは大失敗だったかな〜ん♪」


「…その口ぶりだと、まだ禍人にそーとー怒ってるみてーだな。あたしにアレ見せたのも、連中の酷さを知らせるためなんだろ?」


「まーねーン。旦那と子供殺されちゃったらフツー怒るっしょそりゃ。それを誰かに知っておいて欲しかったのよン」」


 やっと顔が見えるようになっても、唯は相変わらずのポーカーフェイスで本心が窺い知れない。


「で、あたしが妖狐の生まれ変わりだったとして…あんたはあたしに何をさせたいんだ?」


「そりゃーもちろん、男の子に戻って昔みたいに思う存分ズッコシバッコシ…」


「下ネタはヤメレし。野郎になる気も微塵もねーな」


 なんとなく過去の経緯をいまだに引っ張り出して戦争賛成論に加担させようとする右翼団体のような胡散臭さを感じて、陽子は予防線を張った。


「たしかに禍人の連中は酷いことをしたかもしれねーけど…『二代目』のあたしにとっては、どっかよその世界の出来事にしか思えねーし、同情しかできねーぞ。悪いけど」


「…今はもう関係ないってコトん?」


「薄情に聞こえるだろうけど、それが本音かな。いつまでも過去に捕らわれてたって仕方ねーだろ?」


 だいたい、今の陽子は神ではなくただの人間に過ぎない。

 美夜たち都乃宮家を憎んではいないどころか逆に雇ってくれた恩人だ。

 そもそも妹の月乃だって禍人だし。


 過去の経緯についてはいまさらどうするつもりもないし、どうにもできない。

 

「あたしはいつだって今がいちばん気に入ってんだ」


 対する唯の答えは…


「…フフッ。陽子ちゃんならそーゆーだろーなって思ってたよン。

 昔、自分が討ち取られた時ですら人間や禍人を庇ってたしね」


 今際いまわきわに妖狐は、泣きじゃくる唯をなだめて言ったそうな。

 神である自分に一矢報いるまでに成長するとは、人間もまだまだ捨てた物ではないと。


 そしてこう諭した。我らの子供は禍人の血肉となり生き続ける。彼らが人としての道を踏み外さぬよう、その行く末を見守ってやってはくれないか…と。


 神々の死生観や倫理観は人間とは大きく異なる。それは彼らが永遠不滅の存在だからに他ならない。


 たとえ一度ひとたび滅ぼうと、何千年、何万年かかろうとも、いずれ必ず復活する。故に彼らにとっては『死=滅』ではないのだ。


 それでも…残された者が哀しい思いをするのは人間と大差ない。


「ホ〜ント、嫌んなっちゃうくらいお人好しなんだからねン♪」


「あれっ? 人間滅ぼせーとか、禍人に逆襲しろーとかいう話じゃねーの?」


「だってもう何千年も大昔の話だもン。

 陽子ちゃんは途中で死んじゃったからショートカットできたけど、こっちはその間ずぅ〜っと起きて待ち続けてたんだから、いい加減忘れもするわよン」


 そう言って唯はケタケタ笑ってみせた。哀しい顔色のままで。

 そして陽子を優しく抱きすくめた。


「だから、あとは陽子ちゃんに全部お任せってことで、いろいろ知って貰ったワケよン。

 あたしはいつだって妖狐…陽子ちゃんの味方だからねン♪」


 その言葉通り、唯はいつでも陽子のことを最優先で護ってくれた。何の見返りも求めず。

 その理由がやっと理解できた。


 何もかもを忘却の彼方に追いやれるほどの、永遠とも思える時間を生き長らえてきた唯にとっては、もはや陽子だけが心の拠り所なのかもしれなかった。


「…それなら、なんで…お父さんとお母さんを…始末したの?」


 出し抜けに部屋の戸口から不満げな声が投げかけられた。

 驚いて振り向けば…月乃をはじめとする禍人4人が勢揃いしていた。


「始末…何のことだオイ? 何でここでバカ親たちの話が出てくる?」


 いまだ事情を知らない陽子に、月乃は自分のスマホを手渡した。あの夜の一部始終が収録された動画とともに。


「…なんだこりゃ? いったいどーゆーコトだよ、コレは…ッ!?」


 激しい憤りを剥き出しにして睨みつける陽子に、唯は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)な顔で、


「まず誤解を解いとくけど…死んでないわよン、あのダメ人間ズ♪」


 は? いやいやどー見ても死んでるっしょコレは…と詰め寄る双子に、唯はどこからともなく、あの時使った偽札と同じモノを取り出してみせた。


「コレ、妖狐が作った妖術の一種でねン。昔からよく『キツネやタヌキに化かされた』って言うでしょン? アレがコレ。」


 そう言うなり、唯が手にした偽札が眩く光り輝き…一瞬にしてボウッと燃え上がった。

 しかしその瞬間、唯の姿は嘘のように掻き消えていた。


「…ってゆー感じに燃えた瞬間、そばにいた人は安全な場所に飛ばされるってワケ。いわゆるジョークグッズねン♪」


 慌てて消火にあたる皆の背後に、いつの間にか再び立っていた唯が説明した。

 ずいぶんタチの悪いジョークだ。下手すりゃ火事だし。


「妖狐はよくコレで、気に入らないお役人や大金持ちをからかって遊んでたっけ♪」


 なるほど、そりゃ時の権力者の怒りを買うのも無理はない。

 どうやら妖狐討伐の理由は人間のおごりだけではなかったらしい。

 物事は一面から見ただけではなかなか全体が見通せないものである。


 丁度そのときタイムリーに陽子のスマホに着信アリ。確認すると、凌からの線メッセージだった。


《コレ、おじさんとおばさんだよね!?》


 ずいぶん慌てた手短な文面とともに、ニュースサイトへのリンクが貼ってある。


《本日未明、港湾区画で車両火災発生。高級車が全焼するも搭乗者は確認できず。

 同時刻、付近の交番に出頭した男女を別件にて逮捕。火災について何らかの事情を知っているものとして現在取り調べ中》


《広域詐欺事件で指名手配中の男女が自首、警察に保護を要求。車両火災との関連は?》


 ニュースサイトに掲載されていた男女の顔写真は、氏名こそ違うが紛れもなく陽子たちの両親…いや育ての親だった。

 カネに困っていよいよアカン方面に突っ走ってしまったらしい。名前も元から偽名だったのか、今では知るよしもないが。


 ともかく生きててくれただけでも幸いだ。良い面など微塵もなかったダメ両親だが、育てて貰った恩がある。いずれ近いうちに拘置所に冷やかしに行ってやろう。


 そして最後に凌の追加コメント。


《さっき真中先生がうちに来たよ。まるでワープしたみたいに。一瞬で消えたし。

 近所に用事があるとか言ってたから胸騒ぎがして調べてみたら…。

 まだ夢でも見てるみたいだよ》


 夢は夢でも最悪な悪夢を見せられたようだ。


「あんガキゃあ、二度と絡む気が起きないよーにビビらせまくってやったのにウッザ!

 …ま、しょーがないっかン♪」


 ケラケラ笑ってこまかす唯だが、凌の空気の読めなさを甘く見ていたことは否めない。


「とにかくあのバカ親ーズ、全然使えないクセに減らず口叩きまくりでもーマジムカつくし、昔だったらブッコロ一択だったけどねン。

 唯ちゃんサマも長生きしすぎて、すっかりまぁ〜るくなっちゃったよン♪」


 丸くなってコレかい。容赦のなさは相変わらずである。


「てゆーか…姉さん。凌くんと…まだ…切れてなかった…の?」


 ジト目で睨む月乃に耐え切れなくなった陽子は、罰が悪そうに視線を逸らし、


「で、でも、ここまでする必要あったのか? たしかにアイツらは掛け値ナシのダメ人間だけど、あんたにとっちゃあ取るに足らない小悪党だろ?」


「たしかにねン。でも、もぉーっとムカつく連中の片棒担いでたから、ちぃ〜っとばかし痛い目見てもらったワケよン。

 あと…陽子ちゃんたち双子の世話もまるでなってなかったしね〜ン♪」


 訊かれた唯はイジメっ子のようにせせら笑う。もっとムカつく連中?


 言われてみれば…唯はなぜ、そんな使えないバカ二人にわざわざ双子を押しつけたのだろうか?


 そもそも…双子はどこから来たのか?


「そっ。ヒトがせっかく禍人に課した試練を、根底からひっくり返そうとするムカつく奴が、いまだにこっそり活動してるからよン」


 いかにも犯人然とした者が実はシロ、というのはサスペンスドラマの基本である。

 なにしろ唯は自分でも言っている通り、永遠に陽子の味方なのだ。


 つまり…唯は『真犯人』ではない。


 そんなサスペンスドラマのクライマックスシーンのように、訊かれてもいないことまでベラベラ暴露しつつ、唯は『真犯人』の前に立ちはだかる。


「そうでしょ…シロガネたん♪」



【第十一話 END】

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