表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

60/76

五十七話 最後の夜

 アスハブがいつものように手付かずの果物を持ってきた。そのとき、一緒に情報を伝えてくれた。


「ガーニムは明日、スラムの貧民ごと反乱軍を掃討するつもりのようっす。朝食の席で全軍出撃だと命じていたっす」

「そうか。ありがとう、アスハブ」


 ヨハンがりんごの山を受け取り、食事担当のナジャーに託す。あとはナジャーが良いようにしてくれる。

 全軍で反乱軍を潰しにかかる、遅かれ早かれそういう日は来ると思っていたので、誰も慌てふためいたりはしない。


 ガーニムは召使いが情報を流しているなど考えもしないだろう。反撃の余地無く一掃される、そう考えているはず。


「城にどれくらい部隊が残るかまでは聞けなかったから、わからないっす。あんまり役に立てなくてすみません」

「いいや、じゅうぶん有益な情報だ」


 ファジュルもアスハブに礼をいう。何も情報なしに掃討作戦を掛けられたら、手を打つ間も無く押されてしまう。

 ジハードは今後の動きを予測する。


「スラムに殆どの兵を送り込むのならば、城の警備に残った兵のほうが少ないはず。先のスラム襲撃メンバーたちは戦場に立てるほど回復しているとは言い難いでしょう」


 ビラールならば、戦闘不能の部隊を差し引いた中で出撃メンバーを選ぶ。バカラ、ザキー、そういった主力兵は必ず投入する。


 二人は一度スラムに踏み入っている。一度も入ったことのない者より勝手がわかる。そういう理由で彼らを隊長に据えた新部隊が編成される。

 何がなんでもファジュルを潰したいガーニムが、彼らを城に残すとは考えられない。


「ファジュル様、今こそ、城に潜入してガーニムのもとへ向かう好機。五千の兵と戦うより、城内にいる百の兵を突破してガーニムと対決したほうが被害を抑えられる」

「ジハードがそう判断したのなら、その作戦に賭けよう」


 ファジュルは頷き、他の反乱軍メンバーも同意した。

 ガーニムを捉え反乱軍の勝利を伝えれば、王国軍は進軍する理由を無くす。


「アスハブ。ディヤに伝えてくれ。隠し通路を使うと。王国軍のスラム進軍に合わせ突入する」

「承知したっす」


 すぐに出ていこうとしたアスハブを、ヨハンが呼び止める。


「一夜しかないのなら、城で働く人たちを逃がす時間はなさそうですね。……アスハブ。協力者以外の使用人たちにこれを混ぜた水を飲ませてください」

「なんすかこれ」

「睡眠薬です」


 サーディクが王国軍の積み荷から奪取した薬の一つ。

 かつてガーニムがアシュラフを暗殺する際、ターゲット以外の全員を眠らせたように。

 使用人を眠らせてしまえば戦いに巻き込むこともない。


 ナジャーいわく、王族の食事以外……使用人のまかないは毒見しないため、なにか混ぜても誰も気づかない。

 アスハブが城に戻っていき、ファジュルたちは明日の部隊編成を急いだ。



 話し合いの末、城に潜入するのはファジュルとイーリス、アムル、ジハード、ハキムの五人となった。

 ファジュルとイーリスは話し合いのため必ずガーニムと対峙しなければならない。そしてガーニムと戦うことになったならアムルとジハードの力は不可欠。

 ハキムはまだ戦えるほどの状態ではないが、本人たっての希望で潜入組にいる。

 残りのメンバーはスラムで王国軍を迎えうつ。



 きっとこれが戦争の勝敗を分ける決戦となる。

 それぞれ思いを抱え、夜を過ごす。


「……明日が来るの、なんだか怖いね」


 布団の中でルゥルアが震える。日が落ちて空気が冷えているから、だけではない。

 ファジュルなら勝って帰ってくると信じているけれど、不安も拭いきれない。


「大丈夫だ。ルゥ。みんなでなら乗り越えられる。そう言ってくれたのはルゥだろう」


 ファジュルは言い聞かせるように優しく言って、ルゥルアを抱きしめる。ルゥルアもファジュルの背を抱く。


「そう、だよね。わたしだけ守られるしかできないのがもどかしい……」

「守られているだけなんてことはない。子どものためにちゃんと食事をとるのがルゥの仕事だ」

「ふふふっ。そうね」


 ファジュルの胸もとに顔を埋め、ルゥルアは笑う。



 ここ二月ほどの間に起きた出来事は、ファジュルの十八年でとくに密度の濃い時間だったように思う。

 スラムに王女が現れて、ガーニムがスラムを焼こうとして、自分の生まれを知った。

 革命を起こすことを決めて、アムルやナジャー、ハインリッヒ伯、傭兵、様々な人たちと出会って、力を合わせてきた。


 みんなの願いのためにも、ルゥルアと、生まれてくる我が子のためにも、負けることはできない。


 そして、ラシードから聞かされた父の最期の言葉を思う。


 ガーニムと歩み寄り、わかりあえていたならなにか変わっていたのだろうか。

 話して分かり合えないなら、人はなんのために言葉を持っているのか。



 ガーニムに理不尽に殺された者たちの家族は、ガーニムの死刑を望むだろう。

 

 けれど、ガーニムがアシュラフを殺したように、ただガーニムを討ち取るだけでは、きっと同じことの繰り返しだ。

 

 ファジュルのやり方が気に食わないガーニム派の人間が、今のファジュルたちと同じことをする。


 絶対的な正解なんてありはしない。

 正解がないからこそ、せめて自分たちが納得できる答えを選び取りたい。




 夜が明け、決戦のときがおとずれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 決戦前夜、反乱軍側は様々な思いで過ごしているんでしょうね。 文面で描かれているファジュルやルゥの思いだけではなく、 イーリス、アムル、ジハード、ハキムの4人の思いに心を馳せると……複雑です…
2022/05/15 11:46 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ