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二十四話 囚われのウスマーンと、友に託すもの

 公開処刑に反乱軍が横槍を入れ、その場を警備していた者たちの手で鎮圧された。

 大将のウスマーンはそのときの怪我で療養している……表向きはそういうことになっている。


 ディヤはランタンを片手に、もう片方の手には食事の盆を持ち、城の地下道をいく。

 錆びた鉄扉の向こうから、怒号と何かを殴る鈍い音が聞こえてくる。


「よくも、よくも、よくも!! 俺の命令を無視してくれたな、ウスマーン! お前の妹がどうなっても構わないのか! すぐさま殺しても構わないのだぞ!」

「私の、失態、マッカには、関係、ない……」

「黙れ!!!! ゴミ屑が俺に意見するな!」


 声をかけると、何かを殴る音が止んだ。


「失礼します陛下」


 ランタンの薄明かりの中に、鎖に繋がれて転がるウスマーンと、ガーニムが浮かぶ。

 

「程々にしておいたほうがいいですよ。愚か者でも武力は確かなんだから、使い物にならなくなったら困るでしょう」

「フン。それもそうだな」


 隅に設えられているテーブルにランタンと食事を置いて、ガーニムに布を渡す。

 血の滴る拳を乱暴に拭い、汚れた布をディヤに投げつけると、ガーニムは地下牢を出ていった。




 足音が完全に聞こえなくなってから、咳き込んでいるウスマーンに聞く。


「陛下の意に背いたらこうなるってわかっていたでしょ。馬鹿な男だとは思っていたけれど、まさか反乱軍を見逃すとは思わなかったわ」


 城内で仕事をしていたディヤは、処刑場で起こったことの仔細を知らない。

 わかるのは、処刑を邪魔した者がいて、そこそこ兵もそろっていたというのに、ウスマーンは罪人と乱入者を逃してしまったということだけ。

 ディヤはウスマーンの指揮能力と剣術の優秀さを知っている。押し負けて逃げられたとは思えなかった。


 ウスマーンが、追わないよう兵に指示を出した。

 だからガーニムの怒りを買い、こんなところに放り込まれた。

 妹を人質に取られているのに、あえてそんな選択をした理由がどうにも理解できなかった。


 ウスマーンは両手を床についたまま、荒い呼吸を繰り返す。

 髪がボサボサ、服も血だらけ。侍女たちが密かに黄色い声をあげる端正な顔が台無しだ。


「殿下、が……」

「殿下?」

「処刑を、止めに、きたのは……アシュラフ様の御子だったんだ。姫は誘拐などされていない、その人を処刑するのは間違っている、と」


 途切れ途切れに紡がれた言葉に、ディヤは耳を疑った。


「どこかで生きているかもしれないって噂があったけど、本当にその人は殿下本人なの?」

「…………ラシード殿に、育てられた、と。面差しも、アシュラフ様の、生き写しで。アムルが、殿下を守っていた」


 ガーニムの命令に従っていた場合、ここで拷問を受けているのはウスマーンではなく王子だっただろう。

 もしくは、拷問などせず即座に首を落としていたかもしれない。

 気に食わない召使いを戯れに殺すような人だから、正当な王位継承者が現れたならただでおかない。


「ほんと、馬鹿ね」

「馬鹿でいい。自分の正体を、明かせば……殺される、とわかっていたはずだ」


 貧民一人を助けるために、自分の命を危険に晒す、そんなことをする王族はまずいない。

 なぜなら、放っておいてもほとんどの貧民は餓死する。

 対して、王族は国政を指揮する権限を持つ唯一。

 王族一人の命は、ドブネズミ千人より重い。


「殿下にとって、貧民は、ドブネズミではなく、一人の命なんだ。対等な」

「そう。王子様も、あんたと同じで馬鹿なのね」

「疑わ、ないのか」

「疑う理由がないわ」


 ウスマーンが殺されるかもしれない選択肢を選んでまで逃した王子。

 貧民一人のために処刑を止めに入った馬鹿な王子。

 ディヤは王子に興味を持った。

 どうせ仕えるなら、人の命をゴミみたいに扱う男ではなく、対等に見てくれる馬鹿がいい。


「アムルも、反乱軍、に」

「アムルって、ラシードの息子の」

「ああ」


 口を開くのも辛いようで、ウスマーンは壁にもたれかかる。鎖の立てる金属音が耳に障る。


「姫の、部屋の、隠し通路。殿下の治世を、望むなら」

「……いいわ。乗ってあげる。ガーニムの泥舟より楽しそうじゃない」

「恩に着る」

「恩に着なくてもいいから、アンタはきちんと食事を摂って死なないようになさい。殿下の治世で、アンタの指揮は必ず必要になるんだから」


 ウスマーンの前に小さなパンと薄いスープを置く。それから人に見られないよう注意を払いながら、城内に戻った。



 主の居なくなった部屋には、侍女の一人もいない。警備すらされていない。ここにいた兵は、国王夫妻の寝室警備に当てられている。姫の侍女は皆、王妃に仕えている。


 城にいる全ての仕え人の配置を割り振っているディヤに死角はない。

 この時間どの通路に人が通らないかも知っていた。


 クローゼットの床の一部は、敷石が外れる。隙間に剣を差し込んで持ち上げ、隠し通路に入った。


 ランタンで照らすと、はしごから少し離れた場所に隙間がある。注意深く見ないと気づかないようなその隙間から、何か出ている。


 引き出してみると、それはススと灰にまみれて汚れたドレスだった。姫のものであるのは間違いない。それも、スラムの火事が起きる前日に着ていたもの。

 そしてハンカチに、家出宣言が記されている。文字の部分は乾いた土。泥水で書いたものが乾いた……と見える。


 ハンカチには紙切れが包まれている。

 開いてみると、それは兵が見回りに使う城内の地図だった。

 地図の裏に、見慣れた端正な文字が綴られている。

 ランタンを近づけ、文章に目を走らせる。



 どうかこれを、ファジュル王子に。



「……夜明け(ファジュル)。先王陛下はいい名前をつけたわね。イズティハルの未来を明るくしてくれそう」


 つい先日、ディヤは兵が密かに話しているのを聞いた。

“アムルが、王子を騙る不届き者を守るために戦っていた”と。

 欠勤(・・)しているウスマーンの代わりに大将役を努めている、ビラールという男だ。


 ビラールとはすれ違いざまに挨拶をする程度で、まともに言葉を交わしたことはない。

 王子を偽物呼ばわりしていることから考えると、事件当日のことを聞いて正確な話は聞けまい。

 ならばビラール以外で、当日処刑場の警備をしていた者か……もしくは見物に行っていた国民。


 そういえばその時間帯、買い出しのため外に出していた召使いがいる。

 彼に聞いてみよう。城下町にいたのなら情報を持っているはずだ。


 ガーニムがまたわがままで果物を投げ捨てたようで、その男は落ち込んだ様子でマンゴーの籠を抱えて歩いていた。

 調理場に戻ってきたところを呼び止める。


「アスハブ。ちょうどいいところに。……少し話をしましょうか」

「へ!? おいら、何かディヤさんのお気に触るようなことをしてしまいましたかね?」


 身に覚えがないのに上司に呼ばれたら、首にされるのかと警戒するのも無理はない。けれど流石に怯え過ぎである。

 ディヤはガーニムほど理不尽に怒っていないつもりだ。


「アンタはいつも通りちゃんと仕事をこなしてくれたわ。咎めることは何もないわよ。教えてほしいことがあるの」

「は、はぁ。何かおいらに話せることがあるでしょうか」

「アスハブはあの時間帯、外に出ていたでしょう? 処刑場で何があったか、聞いてない? アタシってばずっとここにいたから美味しい場面に遭遇できなくて落ち込んでんのよ」


 冗談めかして言うと、アスハブは笑った。


「なんだ、そんなことですかぃ。ディヤさんもぞくな話が好きですねー」

「当たり前でしょ。下世話な話って他人事だから楽しいのよ」

「面白いかどうかはわかりやせんが、少し前まで、兵の中にアムルさんっていたじゃないっすか」


 アスハブは声を潜め、口元に手を添えて言う。


「実は、スラム火災の前夜、おいらは割れた花瓶の片付けをしてたんす。陛下に言われてアムルさんを陛下のところに連れて行ったら」

「行ったら?」

「部屋の中から、陛下が怒鳴る声が聞こえてきたんす。“母親を殺されたくなければスラムに放火しろ”って。それで公開処刑を止めに入った軍にアムルさんがいたって聞いて」


 それを聞いて、ディヤの中でいくつかのピースが一つに繋がった。


 アムルがスラム放火を命じられ、姫もそのことを知ってしまった。

 だからあんなに気に入っていたナジャーを解雇したんだ。

 人質にされたナジャーを救うため。

 アムルが城に戻らなかったのも、ナジャーが解放されたことを知っていたから。


 こちらが気づかなかっただけで、王子の一派は、とっくにガーニム政権を堕とすための行動を始めていた。


「フフフッ。面白いわね」


 本当に面白い。

 顔も見たことのない王子に期待している自分がいる。

 王子がこの先どう動くかはわからないけれど、それとなくガーニムの足を引っ張ってやるのも一興。


 ガーニムの出したスパイだなんて勘違いされても困るから、彼らが信用しそうな人間に、城内地図を託してみよう。

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

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