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目覚めた琉花は混乱する

 気がついたとき、琉花はベッドで眠っていた。素っ気ない白のパイプフレームで、部屋はクリーム色のカーテンで仕切られている。ここは病院だなと気づいたと同時に、体のあちこちが痛み始めた。斜面を転がり落ちたときの記憶が蘇った。

 あれは一体何だったんだろうか。琉花はベッドレームに付いているナースコールらしき物を押した。程なく五十過ぎだろうか、中年の女医が現れた。

「気分はどうですか、気持ち悪いとか意識がはっきりしないとかありますか?」

「大丈夫です。ここはどこですか」

「市立病院です。護国神社の近くで倒れていたところを、学生さんが見つけて警察を呼んだんですよ。単なる泥酔者とは違うようだったので、救急車でここへ運ばれてきたんです」

「外……ですか。今は何時ですか」

「午前二時ですよ。学生さんに発見されたのは、午後十一時頃です」

 水底から気泡が立ち上り、水面ではじけるように、一気に記憶が蘇ってきた。恐怖が、一陣の風になって体を駆け抜けていく。

「起き上がれますか。体の様子を見させてください」

「うっ、」体を起こそうと体へ力を入れた瞬間、右肩に激痛が走った。

「大丈夫ですか」

 女医に助けられながら、どうにか体を起こした。

「どこかで肩を打っているみたいですね」

 そう言われて、斜面を転がり落ちた状況を説明した。

「頭を打っている可能性もありますから、CT検査をしてみましょう」

 ベッドから出て立とうとすると、右膝へも激痛が走る。女医と女性看護師に助けられながら、検査室へ移動した。結果は打撲だけで、骨折はないとのことだった。琉花は男に襲われたことと、幻の様なものを見たことを話した。その説明に、女医は表情を硬くした。

「どこかで薬物を体内に取り込まされて、レイプされた可能性があります。薬物検査とレイプの痕跡がないか診断をしましょう」

「えっ」

 改めて考えてみれば、あり得る話だ。琉花は医師の指示に従って、尿検査と身体検査を受けた。結果はどちらも異常なかったので、ほっとする。

「外で警察の方が待っています。何があったのか、説明していただけますか」

 体中に冷たい湿布を貼ってもらい診察室を出ると、待合室に二人の男がいた。

「高岡さんですね」

「はい」

一人は眼鏡を掛け、髪を短く刈った中年の男。もう一人は若く、小太りな男だ。中年の男がジャケットの内ポケットから警察手帳を取り出して、琉花に見せる。静岡中央警察署の坂井と名乗った。

「夜分お疲れかと思いますが、何があったのか、我々にお話しいただけますか」

 琉花は女医に語った時と同じ内容を話した。

「薬物検査は陰性だったそうですね」

「はい」

 メモを書き終えた坂井は、腕を組んで眉間に皺を寄せた。

「よくわかりませんねえ。とりあえず、鳥が出てきたところからは、何らかの幻覚として考えるしかないですね」

 鳥の姿はディテールまで、はっきりと思い出せる。これが幻だとは思えなかったが、琉花も経験がないことだったので、黙っていた。

「襲った男は渡瀬紀彦で間違いないですね」

「はい」

 琉花はこれまでの渡瀬との経緯を説明した。

「呉服町で派手にやらかした男ですか。あなたから拒否された挙げ句に、アートパーティーまでクビになって、逆恨みしたというのですね。

 メモをしながら呟く刑事に琉花は頷く。

「渡瀬の行方に心当たりはありませんか」

「ありません。アートパーティーの契約を解除されてから、一切連絡を取っていませんし」

「ところで、これから自宅へ戻られますか?」

「え?」

 これからどうするなんて、全く考えていなかった。襲われたマンションへ帰って眠るなんて、想像するだけで虫唾が走る。かといって、午前二時に女一人で泊めてくれるホテルなんてあるのだろうか。

「どうしたらいいんでしょうか」

「ご家族は東京でしたね。この近くに泊めてくれる知り合いはいらっしゃいませんか」

「あの……。どうしてあたしの家族が東京にいると知っているんですか?」

「申し訳ありませんが、所持品を改めさせていただきました。スラックスのポケットに免許証を入れていましたね。そのホルダーに、メモが入っていまして」

「そうすると、父に連絡が行っているんですか」

「はい、なかなか繋がらなかったんですが、さっきようやく連絡が取れました」

「そうですか」

 琉花の声が一段低くなったので、若い刑事が怪訝そうな顔をした。「連絡して、何か悪いことでもありましたか」

「いえ……。大丈夫です」

 免許を取ったときに入れて、ずっとそのままにしていたのをすっかり忘れていたんだ。

「お父さんも心配しておりましたから、電話をしてやってください」

「あの」琉花は警官の要請を無視するように言った。「あたしが倒れていたところにバッグとかはありませんでしたか」

「何もありませんでしたねえ」

「マンションにこのままいるつもりはないんですけど、携帯とか財布が心配です。怖いんで、マンションへ着いてきてもらうことは出来ないでしょうか」

「いいですよ。と、言うより、我々も事件が起きたのが高岡さんのマンションである以上、現場を確認させていただかなければなりません。まずは警察署へ行ってもらい、被害届け出を提出してもらいます。その後で同行をお願いします」

 何かあったときのために、免許証へ入れてあった一万円札で会計を済ませた。刑事が運転する車で中央警察署へ行って危害届出を提出した後、マンションへ戻った。刑事に前後を挟まれて階段を上り、琉花の住む部屋の前に来る。ドアは開いたままで、照明を点けると、玄関に中身が散乱したトートバッグがあった。中を調べると携帯電話と財布は残っていた。そのほかの物も、なくなっている様子はない。すべての部屋を覗いて、誰もいないこと確認して、ほっと息をついた。

 玄関のトートーバッグ以外、異常を示す物はなかった。一体、あの鳥は何だったのだろうかと改めて思う。

 携帯をチェックすると、父親の携帯番号の着信履歴があった。メールも確認する。


警察から連絡があったけど、何があったんだ?

今日は遅いし、父さんは今、仕事でロサンゼルスに出張しているんだ。帰れるようすぐにチケットを手に入れる手配はするが、いつ戻れるかわからない。また明日電話する。


 ある程度予想はしていたが、実際メールを見ると、苦々しい気持ちが覆い被さってくる。

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