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第二章 居眠りと殴り込み(4/4)

 入学試験でも訪れた野外演習場。そこに獅子堂は再び立っていた。彼の眼前には防寒着を着込んだ女、学生会長だというミア・レインがいる。周囲に吹き付ける冷たい風に水色の髪を揺らしているミア。その彼女の首に巻かれているマフラーから――


 ひょっこりと小動物の頭が覗いた。


「あん? あのマフラーって生きもんだったのかよ?」


 長い耳を垂らした赤目のイタチ。どうやらミアのマフラーはそのイタチの尻尾を巻きつけたものらしい。長い耳をピクピクと動かしているイタチを見てジョニーが口を開く。


「あれは会長の使役する聖霊っス。名前はキキ。聖霊の存在意義(スキル)は『静寂』であらゆるものを凍らすことができるっス。因みにこの妙な冷え込みも彼女のスキルの影響っス」


「へえ……ていうか今更だが、聖霊ってな人間以外にもいるんだな」


「というより、兄貴のように人間の姿をしている聖霊のほうが珍しいっスよ」


 ジョニーがおもむろに手のひらをかざす。一呼吸の間を開けて、ジョニーの手のひらに大きな目のついた火の玉が出現した。


「模擬戦の時にも見せましたが、これが俺の聖霊っス。名前はホー。聖霊の存在意義(スキル)は『情熱』で炎を操ることができるっス。因みに兄貴のスキルは何なんっスか?」


「それがよく分かんねえ。まあ俺は喧嘩できりゃ何でもいいけどな。んなことより、お前はその聖霊っての普段どこに隠してんだ?」


「隠しているというより、特に用のない時は聖霊に指示して姿を消すようにしてるっス。もしかして聖霊なのに兄貴は姿を消すことが出来ないんっスか?」


「そんなことができたなら、初めからこんな迷惑者を連れてなんか歩かないわよ」


 ジョニーの疑問にそう仏頂面で応えたのはモニカであった。尖らせた栗色の瞳で獅子堂をじろりと睨み、モニカが苛立ちを隠そうともせず言う。


「ホント腹立たしいわ。どうしてわたしが貴方の喧嘩に巻き込まれなきゃいけないのよ」


「別に俺は一人で喧嘩したって構わねえんだぜ。お前は離れて見てろよ」


「そうもいかないでしょ! 貴方、会長のミアさんが出した条件を忘れたの!?」


 怪訝に首を傾げる。この獅子堂の態度に憤慨したのかモニカの口調がさらに強まる。


「もしミアさんに勝つことができれば、石像を壊した件を許してくれるって話よ! ミアさんが聖霊と同化して戦うなら、こっちも同化しないと勝てるわけないでしょ!」


「そういやそんなこと言ってたか? でも何だってそんな条件出したんだろうな?」


「こっちが聞きたいわよ! どちらにせよ、貴方の問題は契約者であるわたしの責任にもなるの! 貴方の尻ぬぐいに付き合わされてホントいい迷惑だわ!」


「まあそう怒んなよ。俺も悪かったからよ。とにかくお前も参加するって決めたならよ、そんな怒ってないで早く喧嘩を始めようぜ」


 そうカラカラと笑うと、モニカが苛立ちを浮かべながらも大きく溜息を吐いた。


「……怒っても状況は改善されないわね。こうなった以上、何としてもミアさんに勝って問題をもみ消すしかないわ。まずは先日の模擬戦と同じで同化をしないと」


「おっしゃあ! んじゃ早速――」


 獅子堂はモニカの肩を掴むと――


 彼女の唇に自分の唇を近づけた。


「――ぎ、にゃあああああああああ!」


 モニカにより頬を叩かれる。打たれた頬を押さえて眉をひそめる獅子堂。疑問符を浮かべる彼にモニカが顔を真っ赤にして吠える。


「いいいい、いきなり何すんのよ! いいい、今わたしにキキキ、キスを――」


「え? だって同化すんだろ?」


 モニカが顔を真っ赤にして怒る理由が見当もつかず、獅子堂は疑問に首をひねった。


「前に同化した時はそれで成功したじゃんか。それとも他に方法があんのか?」


「それは……どういうわけか貴方とは普通のやり方で同化できなかったし……」


「んだよ。方法がねえならいいじゃねえか。早く同化して喧嘩はじめしようぜ」


 モニカが顔をさらに赤らめる。栗色の瞳を震わせるモニカ。まるで何かを葛藤しているようだ。野外演習場に集まった野次馬たちやジョニーが、突然動きを止めたモニカに怪訝な視線を向けている。


「……ちょっと来て」


 モニカが獅子堂の手を掴んで歩き出す。モニカに連れられるまま歩く獅子堂。野外演習場の隅にある倉庫らしき建物の陰に身を隠して、モニカが獅子堂の手を離した。


「や、やるならここでするわよ」


「何で? 向こうでもいいじゃねえか」


「ひ、人前でキスなんてできるわけないでしょ! 何でもいいからさっさと済ませて!」


 モニカが背筋をピンと伸ばしてぎゅっと両目を閉じる。赤い顔をさらに沸騰させて体をプルプルと震えさせるモニカ。彼女の奇妙な異変を怪訝に思いつつも獅子堂は「よっしゃ!」と彼女の肩をガシリと掴んで――


 躊躇いなく彼女にキスをした。


 だが――何も起こらない。


(……あれ?)


 同化が始まらない。そのことに獅子堂はキスをしながら眉をひそめた。されるがまま獅子堂のキスを受けているモニカ。プシュウと頭から湯気を出している彼女はどうやら同化が始まらないことに気付く余裕がないらしい。


(……なんかやり方が違うのか?)


 とりあえずキスの角度を変えてみる。重ねていた唇がモソモソと動いてモニカの体がビクリと震えた。だがやはり同化は始まらない。獅子堂はなおも諦めずキスの角度を模索した。獅子堂が動くたびに何度もビクビクと体を震わせるモニカ。獅子堂はやや意地になり彼女に強く唇を押し付けていった、その時――


「――っ、いつまでキスしてんのよ!」


 モニカの張り手が頬を打つ。


「長いし勝手に口うごかすし――なんかもうその動きがすごくいやらしかったし! 貴方! まさか初めからこれが目的でキスの話を持ち出したんじゃないでしょうね!」


「いや……おっかしいな。どうして同化しねえんだ?」


 ゆでタコのように顔を赤くしたモニカに、獅子堂は困惑しながらそう尋ねる。モニカが「はあ!?」と声を漏らして、今更気付いたように目を丸くした。


「ちょ……え!? なんで!? 同化してないじゃない! どうなってんのよ!」


「だからそれを俺が訊いてんだよ」


「ふざけないでよ! これじゃあ何のために屈辱に耐えたのか分からないじゃない!」


 怒鳴られても困る。獅子堂は「うーん」と腕を組むと瞼を閉じて思案を始めた。十秒、二十秒と時間が経過する。獅子堂は閉じていた瞼をゆっくりと開くと――


 モニカの肩をまたガシリと掴んだ。


「とりあえず、もっぺん試してみようぜ」


「貴方! 何も考えてなかったでしょ!」


 モニカから鋭い指摘が飛ぶも、それはそれとしてモニカに口を近づける。モニカが「うぎゃああ!」と絶叫し、再度キスを試みようとする獅子堂を両手で押さえた。


「じょ、冗談じゃないわよ! 一度失敗している以上もうこんな方法信用できないわ!」


「でもそれしかねえだろ! ちんたらしてたら喧嘩が流れちまうかも知れねえぞ!」


「貴方! 喧嘩したいの!? キスしたいの!?」


「喧嘩だ!」


「即答すんじゃないわよ! 馬鹿!」


 このままでは喧嘩ができないと、獅子堂はモニカに強引に顔を近づけていく。顔を赤くしたり青くしたりと忙しなく変えながら、モニカが「ちょ――タイム!」と絶叫した。


「待って! ホント駄目だから! これ以上は不味いの! これ以上されたら、ああ、頭がおかしくなる! 何も考えられなくなっちゃうから! お願いだから一回離れて――」


 するとここで――


「ちょっと! 姉さん! 兄貴! いつまでもこんなところで何やってんっスか!?」


 倉庫の陰にジョニーが姿を現した。


 ジョニーの登場に驚いたのか、モニカが「ぴゃ!?」と奇妙な声を上げて後方に跳ねた。彼女がいきなり離れたことで、獅子堂は前のめりに体勢を崩してしまい――


「――きゃああああ!」


 モニカを押し倒しながら転倒した。


「……っ」


 うつ伏せに倒れたまま呻く。意外なことに転倒した痛みはそれほどでもない。柔らかい何かがクッションとなり、地面に顔面を強打せずに済んだようだ。だがどうしてこんな場所にクッションがあるのか。獅子堂はそれを疑問に感じながら閉じていた目を開けた。


 目の前に布がある。どこかで見た柄だ。だが何の柄かすぐには思い出せない。そしてふと気付く。自分の頭が柔らかな何かに左右から挟み込まれている。人肌の体温をした何か。ここでようやく獅子堂は理解した。どうやら自分は今――


 地面に倒れているモニカの股に、顔面を突っ込んでいるらしい。


「――ふにゃあああああああああ!」


 モニカの悲鳴が聞こえたと同時――


 獅子堂の意識は白い輝きに包み込まれた。



======================



 この感覚には覚えがある。獅子堂は胸中でニヤリと笑みを浮かべると――


「うっしゃああああああああああ!」


 地面を蹴って上空に跳ね上がった。


 五メートル近くまで跳躍して、倉庫から演習場の中心まで一跳びで舞い戻る。着地の衝撃に舞い上がる土煙。獅子堂は土煙の中でゆっくりと立ち上がると――


 一房にされた黒い三つ編みを揺らした。


「待たせたな。さあ喧嘩を始めようぜ」


 モニカの姿で荒々しく笑う。先の転倒時に眼鏡が外れたのか獅子堂は裸眼であった。ガラスに遮られることのない、爛々と輝いた黒い瞳。その視線に睨まれて――


 学生会長のミア・レインが小さく笑う。


「貴方たちの同化した姿ね、それが。でも時間がかかったわね、随分と?」


「まあ……色々あってな。それよりお前も同化するんだろ? ならさっさとしろよ」


 ミアがアクアブルーの瞳を細めていき――


「……キキ」


 聖霊の名をポツリと呼んだ。


 ミアの全身が光に包み込まれる。ミアから放たれた光に眼球を両腕で防御する獅子堂。時間にして数秒。ミアから放たれていた光が収まると彼女はその姿を変えていた。


 頭部から生えた垂れ気味の大きな耳。純白に染められた髪と瞳。ミアの周囲を旋回するようにして吹雪が舞い、これまで以上に周囲の空気を冷やしていた。


 ミアの同化した姿を見やり、獅子堂は笑いながら一段と濃くなった白い息を吐いた。


「この世界はおもしれえな。こんな緊張感のある喧嘩は前の世界じゃ味わえねえ」


「攻撃してもいい、私から?」


「構わねえぜ。レディーファーストって奴だ」


 モニカの姿でそう言ってのける。ミアが純白の瞳を冷たく輝かせてポツリと言う。


「氷弾」


 ミアの周囲に巨大な氷柱が突如生まれ、勢いよく獅子堂に向けて放たれた。高速に迫りくる先端を尖らせた氷柱。獅子堂は「はっ!」と笑うと半身の姿勢で構えを取った。


 二つの氷柱が体を掠めて地面に突き刺さる。だが動じることなく正面の氷柱だけを睨みつける獅子堂。冷静にタイミングを見計らい、獅子堂は硬く握り込んだ右拳を突き出した。


 獅子堂の拳に打たれて巨大な氷柱があっけなく砕け散る。周囲にばらまかれる細かな氷の欠片。野次馬が驚愕に騒めく中、ミアが「へえ」と吐息にも似た声を漏らす。


「無茶するのね、氷柱を拳で砕くなんて」


「そうでもねえさ。氷よりも俺の拳の方が硬けりゃ突き刺さることはねえだろ?」


 右拳をかざす獅子堂にミアがクスリと笑う。


「変な理屈。感じないの、怖いとか?」


「ビビっていたら喧嘩なんぞできねえ。それよりもう終いじゃねえだろうな?」


「……そうね。それじゃあこれはどう?」


 ミアが右足でトンと地面を叩く。


「氷華」


 ミアの右足を起点にして地面に氷の華が咲き乱れていく。地面を凍結させていく氷の華は瞬く間に周囲に広がり、獅子堂の両足を一瞬にして氷漬けにした。足が凍りついて身動きのできない獅子堂。チッと舌を鳴らしたその彼のもとに――


「氷塊」


 ミアの落ち着いた呟きが届く。


 頭上からピシピシと細かな破裂音が鳴る。反射的に頭上を見上げると空中に大きな氷の塊が浮かんでいた。音を立てながら徐々に巨大化していく氷の塊。その大きさは十メートル以上ありそうだった。


「死なないでね、私が怒られるから」


 ミアのその言葉を合図に空中で成長していた氷の塊が落下する。人ひとり簡単に圧し潰すだろう巨大な氷の塊。それが獅子堂へと容赦なく迫る。逃げようにも足は凍結して身動きが取れない。絶体絶命。誰もがそう考えるだろう。あくまで――


 当人である獅子堂を除いてだが。


「――上等!」


 獅子堂は膝を深く折り曲げると、拳を頭上に突き上げながら膝をぐんと伸ばした。腕の力だけでなく全身のバネを利用したアッパー。氷の塊に獅子堂の拳が突き刺さり――


 巨大な氷を真っ二つにかち割る。


 獅子堂を避けるように、二つに割れた氷の塊が地面に落下した。これまでより大きな騒めきが野次馬から鳴らされる。獅子堂は突き上げていた拳をプラプラ揺らしながら、凍結した足を地面から強引に引っこ抜いた。


「……力づくに解決するのね、何でも」


 驚き半分呆れ半分といったミアに、獅子堂は拳を打ち付けながら「まあな」と頷く。


「あれこれ考えんのは得意じゃねえ。それに喧嘩するなら真正面からぶつかったほうが気持ちいいだろ? それで、お前のほうはもうネタ切れなんか?」


「……こないの、貴方からは?」


「女を殴るのは趣味じゃねえんだ」


 獅子堂は肩をすくめながら答える。


「だからお前の攻撃を全部受け止めて、それを残らず切り抜けてやるよ。攻撃の手段を全部潰されちゃあ、お前だって負けを認めねえわけにはいかねえだろ」


「……すごい自信。だけど――」


 ミアの純白の瞳が怪しく輝く。


()()()には勝てない、ただの力自慢ならね」


 ミアの体が突如浮上する。獅子堂はぎょっと驚きながらもミアの姿を冷静に観察した。ミアの純白の髪と毛皮のコートが激しく暴れている。どうやらミアの周囲を旋回していた吹雪がその勢いを増して、彼女の体を風圧で浮かしているようだ。


 ミアの純白の瞳がさらに輝きを増す。ミアの体を浮かしていた吹雪が大きく膨らんで、周囲をその懐に一瞬にして包み込んだ。回避する余裕もなく吹雪の中に閉じ込められる獅子堂。これまでにない狂気じみた冷気を全身に叩きつけられ体の芯が急速に凍えていく。


「――っ、ぐっぞざみいい!」


 強烈な吹雪に凍えた体を飛ばされそうになりながらも獅子堂は必死に視線を巡らせた。だが視界は荒れる吹雪に白一色で二、三メートル先も見通せそうにない。ガチガチと歯を鳴らしながら標的を探す獅子堂に、吹雪の奥からミアの声が聞こえてくる。


「氷結。数分もあれば完全に凍りつく、人の体なんてね」


「で、でべええ……ど、どごにいやがる!?」


「教えてあげない、怖いから」


 風の音で声の出所が掴めない。キョロキョロとするだけの獅子堂にミアの声が続く。


「降参を勧めるわ。遭難したくないでしょ、学園の中で」


「ぶぶ、ぶざけんな……だだ、誰がごうざんなんが……ずず、ずるがよ!」


「……死ぬわよ、本当に」


 体が冷えて舌が上手く回らない。冗談のように体が震えて息も荒くなる。ミアの忠告は大袈裟ではない。このまま吹雪に打たれていれば間違いなく凍え死ぬだろう。


 それを理解しながらも獅子堂は決して降参の言葉を口にしなかった。すでに体は凍結しかけている。その体をどうにか動かして――


 獅子堂は半身の姿勢で構えを取った。


「……なんのつもり?」


 吹雪の中からミアの呟きが鳴る。彼女の疑問に答えず、獅子堂は吹雪に打たれながら凍りついた息を吐いた。これから自分がすること。その可能性。それは常識的に不可能なことだ。だが予感がある。今の自分には――


 その不可能を実現することができる。


「ぐがあああああああああああああ!」


 獅子堂は吠えながら体を回転させて足を横なぎに振るった。凍えた体で繰り出された回転蹴り。それは誰に触れることもなく空を切った。だがしかしその蹴りは――


 標的である『吹雪』を正確に捉えていた。


 吹雪が弾けて消える。白く染められていた視界が吹雪の消失により回復、少し離れた位置にいたミアの姿を捉えた。ぽかんと純白の瞳を丸くしているミア。浮かしていた体を地面につけた彼女が独りごちるように言う。


「……吹雪を蹴り飛ばしたの、まさか?」


 唖然としたミアの呟き。だが彼女の呟きに答える余裕など獅子堂にはなかった。極限まで冷えた体。それをどうにか温めようと「ざびいい!」と叫びながらピョンピョンと跳ねまわる。体を必死に擦り合わせることしばらく、ようやく冷えた体に熱が戻ってくる。


「ぐっぞ……だ、だが……どうにか切り抜けてやったぞ、チクショウめ!」


 ややヤケクソ気味にそう声を荒げて、獅子堂はミアに拳をかざした。


「さあ次だ次! どんどんきやがれ! どんな攻撃だろうと全部――」


「……降参するわ」


 話の途中に差し込まれたミアの言葉。敗北宣言。獅子堂は目を見開いて「……へ?」と疑問符を浮かべた。ミアが小さく息を吐いてサッと右手を振る。次の瞬間――


 ミアの髪は純白から水色に戻っていた。


「貴方が壊した石像。学生会の方で処理しておくわ、約束通り。それじゃあね」


「ちょちょ――待てよオイ! 急に終わりなんて……もう打つ手がねえってのか!?」


 狼狽する獅子堂に、演習場の出口に体を向けていたミアが少し間を空けてから答える。


「……別にまだ手はあるけど……そうね……強いて理由を上げるなら――」


 ミアが小さく微笑んだ。


「温かくなってきたから」


 ミアが演習場の出口へと歩いていく。彼女の答えの意味が分からず、獅子堂はただ呆然と立ち尽くしていた。ミアの姿が演習場から消える。それからしばらくして――


 獅子堂はふと気付いた。


「……そういや、お前なんだって一言も喋らなかったんだ?」


 本来の体の持ち主――モニカにそう尋ねる。だが体の中にいるはずの彼女から返答がない。もしかして昼寝でもしているのかと、獅子堂は「おーい」とモニカに呼び掛けた。


「よく分かんねえけど、とにかくこれで問題をもみ消せたらしいぞ。聞いてんのか?」


(……)


「マジで寝てんのか? おい、返事しろよ。何だって黙ってんだよ?」


(……なんで黙っているのかって?)


 ようやくモニカから応えが返される。だがその彼女の声はなぜか震えていた。怪訝に首を傾げる獅子堂。(……そんなの)と姿のないモニカが大きく息を吸い込んで――


(人のまたぐらに顔を突っ込んだ貴方に怒っているからに決まってるでしょ馬鹿ああ!)


 その絶叫を頭の中で響かせた。


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