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第二章 居眠りと殴り込み(3/4)

 カーストは一位から三位まで三つの段階に分けられている。そして各カーストを対象とした講義は、学園の敷地内にある三つの校舎により講義室が明確に分けられていた。


 カースト一位の講義が行われる校舎は第一校舎と呼ばれている。そして以下同様にカースト二位の講義が行われる校舎を第二校舎、カースト三位を第三校舎と呼んでいる。


 カースト上位の学生は基本的にカースト下位の講義も受講可能である。ゆえに上位の学生は下位の校舎を訪れることもある。だがカースト下位の学生は上位の講義を受講できないため、必然的に上位の校舎を訪れる機会も少ない。


 それだけにカースト下位の学生にとってカースト上位の校舎は憧れの場所となる。特に入学したばかりの学生はその想いも強いだろう。そんな冷静なことを考えつつ――


 モニカは目の前に広がる桃源郷に、内から湧き上がる興奮を抑えきれずにいた。


「すごい! ここがカースト一位の――殿上人が住まう第一校舎(らくえん)なのね!」


 キラキラと栗色の瞳を輝かせて、モニカはカースト一位の学生が集っている第一校舎を忙しなく見回した。一房にした栗色の三つ編みを興奮から跳ねさせるモニカ。だがそんな彼女とは対照的に、一緒についてきたシシドウがひどく詰まらなそうに嘆息した。


「んだよ。どんなすごいところかと思えばさっきの校舎と変わんねえじゃねえか」


 シシドウのポツリとした呟きに、モニカは大袈裟に落胆の溜息を吐いた。


「これだから凡庸はイヤなのよね。この格式高い校舎の雰囲気を感じ取ることができないんだもの。哀れだわ。わたしなんかこの校舎の写真があればご飯三杯はいけるわよ」


「それはまた別の才能だろ」


「ほらあそこを見てみなさいよ」


 そう言いながら校舎の一画を指差す。モニカの示した先には、学園の制服を着た二人の女性が談笑している姿があった。笑顔で会話しているその二人の女子学生をしばし見つめて、モニカは「ほう」と熱い吐息をつく。


「なんて素敵なのかしら。さすがカースト一位の選ばれた人たちね。立ち振る舞いから溢れんばかりの知性が感じられるわ。いつも鼻水垂らしているカースト三位とは大違い」


「お前にカースト三位の同級生はどう見えてんだ?」


「あそこの人たちも、そこの人たちも、ああ、そこかしこに才能の華が咲いているわ」


 天を振り仰いで両手を広げるモニカ。大衆演劇の大根女優のごときその彼女に、シシドウが何やら表情を強張らせて一歩後退る。そのまま十秒が経過。モニカはおもむろに広げていた両手を閉じると、「はあ」と大きな溜息とともに肩を落とした。


「わたしも本来ならこの校舎で優雅に過ごしているはずだったのに、何の手違いかカースト三位なんかに配属されて……なんて不幸なのかしら。それもこれもぜんぶ貴方のせいなんだからね! 分かってんの!?」


「急に怒るし……お前情緒大丈夫か?」


「余計なお世話よ。それよりあのリーゼントの人はどこよ? 姿が見えないけど」


 第一校舎を案内すると請け負ったはずのジョニーがいつの間にか姿を消している。キョロキョロと見回すモニカに、シシドウが「ああ」と思い出したように言う。


「なんか準備するからって、さっきどっかに行っちまったぞ」


「準備ってなんの準備よ? 校舎を案内するだけでしょ?」


「さあ知らねえ。ただすぐ戻ってくるって言ってたし少し待ってみようぜ」


 シシドウが欠伸混じりに言う。もはや第一校舎への興味を失っているようだ。モニカは「そうね」と答えつつも、憧れの地を目の前にしてお預けを喰らいやや落胆した。


 五分が経過。ジョニーはまだ姿を現さない。第一校舎の前でウロウロと歩き回るモニカ。いい加減にジョニーを置いて校舎に入ろうか。彼女がそう考えていたところ――


「きゃあああああああ!」


 女子学生の悲鳴が上がった。


 第一校舎から出てきた学生たちがまた校舎に戻っていく。表情を強張らせるその学生らに戸惑いながら、モニカは悲鳴が聞こえた場所に視線を向けた。するとそこには――


 通り道を封鎖するようにして、横一列に整列する十人もの男子学生の姿があった。


「ちぃいいいいいいいす! お待たせしやした! 姉さん! 兄貴!」


 ピンと背筋を伸ばしたその十人の男子学生がドスの聞いた声でそう叫ぶ。


 突然現れた十人の男子学生。彼らの風貌はひどく独創的なものだった。パンチパーマや角刈り、モヒカンやドレッドヘアなどの先鋭的な髪形。綺麗に反り込まれた眉に無秩序に空けられたピアス。学園指定の制服を着用しているも大胆に着崩しており、なぜか袖を引き千切っている者までがいた。


 どうやら学生らが校舎に引き返してきたのは、通り道を塞いでいる彼らから逃げるためらしい。モニカもまた彼らから距離を取るため踵を返そうとしたところで――


「すみませんっス。()()()を呼び集めるのに少し手間取っちまったっス」


 こちらに駆けてきたリーゼントの男、ジョニーに朗らかに呼び止められた。


 モニカとシシドウの前に立ち止まりジョニーがニカリと笑う。ジョニーの登場に唖然とするモニカ。彼女の反応には気付かないのか、ジョニーが気楽に親指を立てた。


「第一校舎を案内する準備は万全っス。さあ早速校舎の中に入っていくっスよ」


「ちょちょちょ――ちょっと待って!」


 校舎に足を進めかけたジョニーを制止させ、モニカは狼狽しながら口早に言う。


「みんなを呼び集めた!? じゃあ何!? あそこにいる決してお近づきになりたくない類の方々は、貴方の知り合いだってこと!?」


「へへへ、実はそうなんっスよ」


 なぜか誇らしげに鼻を指で擦り、ジョニーがふんと胸を張った。


「あいつらは俺の弟分っス。第一校舎を案内しようにも、俺もこの校舎にそこまで詳しくねえっスから。あいつらも呼んで、全員で姉さんと兄貴を案内しようと思ったス」


「へえ。真面目な野郎ばかりかと思えば、あんな気合の入った野郎もいたんだな」


 これまたなぜか感心したように呟くシシドウにジョニーが「はい」と嬉しそうに頷く。


「俺が入学初日からこの髪形で登校していましたら、俺の生きざまに賛同してくれる仲間が少しずつ増えたんっス。因みに兄貴と姉さんのことはもうこいつらにも話していまして、俺の慕う兄貴ってことで、こいつらが一肌脱いでくれることになったっスよ!」


「ジョニーさんの姉さんや兄貴なら、俺たちにとっても姉さんや兄貴っス! 姉さんや兄貴の力になれるよう、今日ははりきって第一校舎を案内させてもらいやす!」


 腕を後ろに組みながら声を上げるモヒカン男。それに続いて他の厳つい男たちも「やりやすぜ!」や「ぶちかましましょう!」と意味不明なやる気を口にしていく。彼らの言葉にうんうんと頷いて、ジョニーが「よく言ったっス!」と拳を握り込む。


「それじゃあ早速、姉さんと兄貴を案内するっスよ! 一斉に掛かるっス!」


「うぉおおおおおおおおおおおおお!」


 戦場さながらの咆哮を上げて、厳つい男たちが第一校舎に駆けていく。一体何をするつもりなのか。そう唖然と見ていると、こちらを遠目に眺めていた一般学生に厳つい男たちが次々と近づいて恐ろしい形相で声を荒げた。


「テメエら! 第一校舎の人気スポットを最低十か所ほど教えやがれ!」


「絶景ポイントはねえのか!? 姉さんと兄貴を待たせてんだ! 早く言いやがれ!」


「教えた場所が詰まらなかったら唯じゃ済まねえぞ! すり潰してミンチにしてやる!」


「三位だからって舐めんじゃねえ! 勉強ばかりのテメエらに喧嘩で負けねえからな!」


 厳つい男たちが罪もない一般学生を恐喝する。彼らの暴挙に頭を真っ白にするモニカ。そんな彼女の心情など気付きもせず、ジョニーが「へへ」と嬉しそうに笑った。


「あいつら……新しい姉さんと兄貴の前だからって、あんなに張りきっちまいやがって」


「じゃなくて止めなさいよぉおおおおおお!」


 子供の成長を見守る母親のような表情のジョニーにモニカは堪らずに絶叫した。


「何やってんのよアレ! 校舎の案内とか言いつつ、どうして恐喝が始まってるの!?」


「いやあ、俺もあいつらも第一校舎のことはあまり詳しくねえんっス。だから詳しい奴らに色々聞いて回ろうと思ったっスよ」


「思ったっス――じゃないわよ! 案内できないなら端から話を持ち出してこないで! それと貴方もなにぼけっとしてんのよ! わたしの聖霊なら何とかしなさい!」


「……前の学校を思い出すぜ。仲間たちとつるんで他校に殴り込みをしたっけかな」


「ここはどこ!? 馬鹿の国!?」


 遠い目をするシシドウに頭を抱えて絶叫する。至るところから聞こえてくる一般学生の悲痛な声。モニカはひとしきり苦悩すると、頭を抱えていた腕をすっと下ろして――


 脱兎のごとくその場から逃げ出した。


「――って、お前どこに行くんだよ?」


 だがシシドウに腕を掴まれる。モニカはチッと舌を鳴らすと、こちらの腕を掴んでいるシシドウに振り返りざま唾を飛ばした。


「逃げるに決まってんでしょ! あの連中の仲間だと思われたらたまらないわ!」


「何だよ勝手だな。お前が第一校舎を見たいっつうから、みんな付き合ってんのによ」


「黙りなさい! 入学して早々に問題を起こしてたまるもんですか! あいつらが停学になろうと退学になろうと知ったこっちゃないけど、わたしだけは守ってみせるわ!」


 モニカはそう叫びながらシシドウの手を振り払おうとした。するとその時――


 冷たい風が肌を撫でる。


 一瞬にして背筋が凍える。モニカはブルリと身震いすると、半ば反射的に第一校舎に視線を戻した。一般学生に絡んでいた厳つい男たち。その彼らが一人残らず――


 分厚い氷の中に閉じ込められている。


「な、なによアレ?」


「や……やばいっス」


 温かな陽気には場違いな氷。それを見やりジョニーが怯えるように声を震わせた。怪訝に首を傾げるモニカ。ジョニーがごくりと唾を呑み込んで独りごちるように言う。


「これは……あの人の()()()っス。あの人もまだ校舎に残ってたんっスね」


 ここで季節外れの冷たい風が校舎を駆け抜ける。咄嗟に自分を両腕で抱きしめるモニカ。芯から凍える強い冷風に体が自然とカタカタと震えた。


「ぶえっくし! 何だオイ! 何だっていきなり寒くなってんだチクショウ!?」


 シシドウが古典的なくしゃみをしてダラリと鼻水を垂らした。つくづく聖霊のくせに人間臭い。モニカがそう呆れていると――


 校舎から一人の女性が姿を現した。


「きゃああああ! 学生会長よ!」


「会長が不良どもを成敗しにきてくれたわ!」


 厳つい男たちに怯えていた学生たちが、校舎から現れた女性に喝采の声を上げる。モニカは奇妙な冷え込みにカチカチ歯を鳴らしつつ、その校舎から現れた女性を見つめた。


 それは美しい女性であった。腰まで伸びた水色の髪に雪のように白い肌。瞼の落ちた眠たげなアクアブルーの瞳にピンク色の唇。この陽気には場違いの毛皮コートと分厚いストッキングを履いており、首元にはモコモコとした白いマフラーを巻いていた。


「学生会長のミア・レイン。俺たちのようなヤンキーにとっての天敵っスよ」


 俺たちなどと一緒にして欲しくない。モニカはそう胸中で呟きつつ、学生会長のミアに注目した。学生たちから羨望の眼差しを受けながらミアが足を止めて白い息を吐く。


「……今日も冷えるわね」


 ミアがポツリと呟く。因みに今日は普段よりも温かな気候――突然奇妙な冷え込みに襲われているが――だ。ミアが凍りついた厳つい男たちを一瞥してポソポソと言う。


「……騒いでいる学生は全部、これで?」


「い、いえ……会長。あそこに彼らの仲間が」


 ミアに近づいた一人の男子学生がモニカたちを指差した。ぎくりと肩を跳ねさせるモニカ。ミアがアクアブルーの瞳を僅かに細めてこちらへと近づいてくる。


「こっち来るっス! ヤバいっスよ! 逃げましょう!」


「何だって逃げんだよ?」


 シシドウが呑気にも訊き返す。ジョニーがその場で駆け足しながら口早に答えた。


「学生会長のミア・レインはカースト一位でもずば抜けた実力者っス! これまで俺たちが束になっても相手にならなかったっス! 逃げるしかないんっスよ!」


「はあん……ずば抜けた実力者ねえ」


 シシドウがニヤリと笑った。何やら含みのあるシシドウの笑みにモニカは嫌な予感を覚える。目の前で立ち止まったミアが、僅かに首を傾げてこちらをじっと見つめる。


「……モニカ・キングスコートさん、貴方?」


「わたしのこと知っているんですか?」


 驚きに目を丸くするモニカに、ミアがゆっくりと瞳を瞬きさせてから答える。


「学園長から聞いているわ、貴女のことは。面白い聖霊を使役する新入生だとね」


「……迷惑なだけで面白くはないです」


「……この騒ぎも含まれているの、その迷惑と言うのは?」


「そ、それは誤解です! これはアイツらが勝手にやったことでわたしは無関係――」


「なあ、お前よ!」


 ミアの誤解を解こうとしたところでシシドウが会話に割って入った。シシドウをちらりと見やるミア。彼女のアクアブルーの瞳を見据えながらシシドウがあっけらかんと言う。


「お前強いんだってな。だったらよ、いっちょ俺と喧嘩しようぜ?」


「な――なに馬鹿なこと言ってんのよ!」


 ぎょっと驚愕するモニカ。だが狼狽する彼女とは対照的にミアはひどく冷静であった。ニヤニヤと笑っているシシドウをじっと見返して、ミアがちょこんと首を傾げる。


「……模擬戦の申し込み、それは? 正式に申請書を提出して、それならね」


「喧嘩に申請なんかねえだろ。んなのいいから一回だけお前とヤらせてくれよ、な」


「……私闘は禁じられているの、申請のない」


「んじゃあ、アイツらはいいのかよ」


 シシドウが氷漬けにされた男たちを指差す。ミアが白い嘆息を吐いて頭を振る。


「学生会の仕事だから、学園の治安を守るのも。問題を起こしている学生に限り力による鎮圧を許可されている、会長である私はね。貴方は何もしてないでしょ、まだ」


「……なるほどね。分かったよ」


 シシドウが意外にもあっさりと身を引いた。妙に聞き分けが良い。シシドウの態度に違和感を覚えていると、彼がふらりと歩き出して道のわきにある花壇に近づいた。花壇から拳大の石を持ち上げて周囲を見回すシシドウ。そして校庭の隅に置かれた石像――学園の創設者だろう――を見つけるなり、彼が手にしていた石を大きく振りかぶり――


 石像に向けて石を投擲した。


 恐ろしい速度で投げられた石が石像の頭部に命中、石像の頭部を粉砕する。シシドウの突然の暴挙に口をあんぐりと開けて硬直するモニカ。シシドウが「うし」とガッツポーズして、ぽかんとするミアに向き直った。


「これでその治安を守るために、俺と喧嘩しても問題ねえってことだよな?」


 見開いていた瞳をゆっくりと細めて――


「学園長の言う通り、面白い聖霊ね」


 ミアがそう小さく笑った。


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