第二章 居眠りと殴り込み(2/4)
工霊術構成理論。それは工霊術の基礎知識を学ぶための講義であり、その難度に応じてⅠからⅢの講義に分けられている。最難度であるⅢはカースト一位から受講することができ、カースト三位のモニカは難度が最も低いⅠのみ受講可能となっている。
「工霊術が使用するエネルギー。それは虚数世界に存在している聖霊、正確には聖霊を構成している霊子と呼ばれるものです」
工霊術構成理論Ⅰ。その講義を担当する教師がホワイトボードに文字を書き込んでいく。広い教室に並べられた長机。その最前列となる席に座っていたモニカは、教師の書き込んだ文字を几帳面にノートに写していった。
「工霊術を扱うには霊子回路を用いるのが一般的です。霊子回路により霊子を集めて適切なエネルギーに変換する。私たちが日々使用している霊子機器、冷蔵庫や掃除機、皆さんが所有する携帯端末もまた内部には高度な霊子回路が組み込まれています」
どこからか欠伸の音が聞こえた。まともに授業を受けていない不届き者がいるらしい。そんな雑音は気にせず、モニカは教師がボードに書き込んでいく文字を一字一句違わずにノートに写していく。だが休まずペンを動かしながらも彼女はふと思った。
(やっぱり程度が低いわね)
この程度の知識。入学試験を突破した学生なら誰もが理解しているだろう。カースト三位の講義は基礎からの再教育の意味もあるため仕方ないのだが退屈ではある。
(この講義はまだ序盤らしいし、終盤になればもう少しまともなんだろうけど)
講義の進捗は個々により異なる。同時期においてまだ序盤の講義もあれば、すでに終盤の講義もある。学園の入学時期は学生により異なるため、入学した学生は講義の進捗を加味したうえで自身のスケジュールを組み立てることとなる。
因みに自信があるならば入学してすぐ終盤の講義を受けることも可能だ。出席日数は成績に反映されないため、最終試験にさえ合格すれば単位を獲得することができる。
(この程度なら出席する意味もないけど、心証が悪くなるのも不味いしね)
ここで教師がホワイトボードに大きな紙を貼り付けた。紙には丸い枠に幾何学模様を収めた図形が描かれている。モニカは一目で図形の意味を理解した。あの図形は――
工霊術で扱う霊子回路だ。
「一般的な霊子回路は主に二つの機能から構成されています。エネルギー源となる霊子を集める機能、『供給回路』と、霊子を用途に応じて変換する機能、『構築回路』です」
教師がそう話しながら、指し棒の先端で霊子回路の外側と内側をトントンと叩く。
「そしてそれぞれの機能は外側と内側とに分けて構成されることが一般的です。例えばこの霊子回路は外側に供給回路、内側に構築回路と分けられています。このような構成の霊子回路を『集中型回路』と呼び、逆に外側に構築回路、内側に供給回路と分けたものを『拡散型回路』と呼んでいます。この二つの回路の違いが分かる方はいますか?」
モニカは間を空けず手を上げた。教師がぐるりと教室を一度見回して「ではお願いします」とモニカを指す。モニカは起立すると抑揚のない口調で答える。
「集中型回路は霊子を集中させるため、局所的に大きなエネルギーを必要とする用途に使用されます。例としては車のエンジンなどです。拡散型回路は霊子を拡散するため、広範囲にエネルギーを必要とする用途に使用されます。例としては照明などになります」
「はい、その通りですね。それでは――」
「それと蛇足ですが、そのボードに貼られた霊子回路はサンプルとして不適切です」
教師がきょとんと目を丸くする。困惑している教師にモニカは淡々と言葉を続けた。
「そのサンプルは古くから参考書などで頻繁に用いられていた霊子回路ですが、最新理論にそぐわない構成が多用されているため、三年前よりそれとは異なる霊子回路をサンプルとして用いるのが一般的となっています。詳しい経緯はグレッグ・マイケル著『工霊術最新理論と発展』に記載されています」
「そ、そうですか……」
戸惑う教師に一礼して着席する。しんと沈黙する教室。だが僅かな空気の騒めきを感じる。モニカはすまし顔を維持しながらも、その音のない騒めきに内心笑みを浮かべた。
(ま、こんなところかしらね)
このレベルの講義では有能な自分を披露する機会がない。ゆえに多少話を脱線させて自身の知識を知らしめたのだ。これで周囲は理解しただろう。モニカ・キングスコートが本来カースト三位に収まらない優秀な人間であるということを。
(少し大人げなかったかしら。でも周りと同レベルだって思われるのも癪だし)
そう一人悦に入っていると――
「――んがあ……んん……ぐぅー」
静寂していた教室に寝息が鳴った。
気分を良くしていたモニカだが、その空気を読まない寝息に少々苛立つ。先程聞こえてきた欠伸もそうだが講義をまともに受ける気のない者が教室に混じっているらしい。
「……あのモニカさん?」
教師に声を掛けられる。モニカは「え?」と意識を教師に戻した。教師が渋い顔をして教室の奥を指差す。怪訝に思いながら背後を見やるモニカ。彼女の視線の先に――
長机に寝転がるシシドウの姿があった。
「んがああ……すぴぴぴ……」
シシドウが豪快な寝息を立てながら熟睡している。自身が使役する聖霊のその姿に頭を真っ白にするモニカ。表情を強張らせたまま硬直したその彼女に――
「あれはモニカさんの聖霊でしたね。講義の邪魔になるので、契約者である貴女のほうから彼に注意してはくれませんか?」
教師がひどく呆れた口調でそう言った。
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「もう信じられない!」
工霊術構成理論の講義が終わり、モニカは講義室を退出して廊下にいた。ギリギリと栗色の瞳を尖らせるモニカ。その彼女の前には自身の聖霊たるシシドウがいる。移動中の学生がまだ廊下にいる中、モニカは構わずにシシドウに怒声を飛ばした。
「講義中に爆睡するなんて恥さらしもいいとこよ! 分かってるの!? 貴方はわたしの聖霊なのよ! 貴方が馬鹿な真似をすれば、わたしの評価にも影響するの!」
憤慨するモニカに、シシドウが「いや、わりいわりい」とカラカラ陽気に笑う。
「午前中までは何とか堪えてたんだけどな。昼飯食ったらどうにも眠たくてよ」
「そもそも聖霊のくせにご飯とか昼寝とか、聖霊は食事も睡眠も必要ないでしょ!?」
「そうなんか? いやそう言われてもな、腹も減るし眠いしでしょうがねえだろ」
悪びれた様子のないシシドウを、モニカは歯ぎしりしながら睨みつける。だがしばらくして彼女は大きく溜息を吐くと、尖らせていた栗色の瞳を半眼にした。
「とにかく、こんなみっともない真似は二度としないでちょうだい。繰り返すけど、貴方の評価はわたしの評価でもあるの。わたしの足を引っ張らないで」
「まあまあそう怒るなって。せっかくの可愛い顔が台無しだぜ?」
思いがけない不意の一言に動揺する。「か……可愛いって」と顔を赤くするモニカにシシドウがまたカラカラと笑い、「んなことよりもよ」とさらりと話題を変えた。
「これで今日の講義ってのは終わりなんだろ? それじゃあどっか遊びに行こうぜ。この世界に来てからまだろくに街にも出てねえしよ。異世界ってのを見てみてえよ」
「っ……馬鹿言わないで。これから寮に戻って勉強するから遊ぶ時間なんてないわよ」
顔の赤らみを静めてそう応えると、シシドウが「のええ!?」と目を見開いた。
「学校で勉強してまだ勉強するのかよ!? それじゃお前はいつ遊んでんだよ!?」
「遊ばないわよ。わたしの夢を叶えるためには一分一秒だって惜しいんだから」
「んだよ詰まんねえな。そんな勉強ばかりしてお前は楽しいのかよ?」
シシドウの何気ない呟き。その言葉に――
「……わたしが楽しいかどうかなんて、貴方に関係ないじゃない」
モニカは声を沈めて応えた。
するとここで廊下の奥から「おーい」と軽い声が聞こえてきた。目をパチクリと瞬かせて声に振り返る。廊下の奥に金色のリーゼントを頭に乗せた男の姿が見えた。
「あの人って確か……」
「入学試験とやらで喧嘩した野郎だな」
シシドウの言葉に記憶を探る。名前はジョニー・ロビンソン。聖霊と同化して炎を操った男だ。駆けてきたジョニーがモニカの目の前で立ち止まりニカリと笑う。
「いやあ、やっぱりここにいたんスね。工霊術構成理論は必修科目っスから。お二人がこの講義を受けるだろうと思ってたっス」
「やっぱりって……わたしたちのこと探してたの?」
まさか入学試験で殴られたことを恨んで復讐にでも来たのか。そう警戒するも、ジョニーの表情は晴れやかでそのような気配も感じられない。怪訝に眉をひそめるモニカに、ジョニーがリーゼントを指先で整えてからピシリと背筋を伸ばす。
「先日のお二人との模擬戦。感動したっス。お二人のとんでもない強さと、拳だけで戦う男気溢れるその姿。めちゃめちゃカッコよかったっス! 俺、お二人に惚れたんっス!」
「……え?」
「俺をお二人の舎弟にして欲しいっス! お願いっス!」
ジョニーが深々と頭を下げる。「舎弟って――」とまさかの展開に狼狽するモニカ。彼女としては大股開いてパンツを晒した模擬戦のことなど思い出したくもないのだが、ジョニーには甚く好評だったらしい。
「おお、舎弟か!? もちろん構わねえぞ!」
「マジっスか! それじゃあこれからよろしくっス! 姉さん! 兄貴!」
困惑している間に、シシドウが無責任にもジョニーの話を快諾してしまう。勝手に話を進めていく二人に、モニカは「ちょ、ちょっと――」と慌てて口を挟んだ。
「舎弟なんて冗談じゃないわよ! どこぞのヤンキーじゃないんだから!」
「俺、どこぞのヤンキーっスよ、姉さん!」
「姉さんって言わない! 貴方たちはそうでもわたしは違うの! 一緒にしないで!」
憤慨するモニカに、シシドウが「まあそう深く考えんなよ」とあっけらかんと言う。
「ようはダチ公みたいなもんだろ? いいじゃねえか。ダチが増えたんだからよ」
「学園は遊びの場じゃないのよ! 友達なんていらないわよ!」
「そんな……つれないこと言わないでほしいっスよ、姉さん」
「だから姉さんじゃないっての!」
眉尻を落とすジョニーを一括し、モニカは苛立ちながらくるりと踵を返す。
「付き合ってらんない。暇な貴方たちと違って、カースト一位を目指しているわたしは勉強で忙しいの。舎弟でも友達でも、お遊びは貴方たち二人だけでやってよね」
「カースト一位っすか?」
何やら思案深げにジョニーが呟いた。だがモニカはもう話は終わりだと、シシドウとジョニーの二人を残して廊下を歩いていく。しばらく廊下を進んだところで、ジョニーのポンと手を打つ音が背後から聞こえてきた。
「カースト一位に興味あるなら、俺がカースト一位の校舎を案内しましょうか?」
無言のまま歩いていたモニカは――
その彼の一言にピタリと足を止めた。




