第一章 リーゼントと金属バット(3/4)
待機すること十数分。野外演習場なるグラウンドに一人の男が姿を現した。
「急に呼びつけてなんっスか? 俺ってば今、補習中で忙しいんっスけど」
グラウンドに現れた男がそうぼやく。十代半ばと思しき男だ。幼さを残した碧い瞳に不機嫌に曲げられた口元。服装は気崩したブレザー。顔付きや体格は平凡な男と言える。だがその男の頭の上には、平凡とはかけ離れたあるモノが乗せられていた。
それは大砲だった。正確には、大砲を彷彿とさせるほど巨大なリーゼントだ。男が金色のリーゼントをクルリと回転させて、その砲口を獅子堂とモニカに向けた。
「つうか、あの連中はなんっスか? 服装からして学園の人間じゃないっスよね?」
「ジョニー・ロビンソン。お前には今からあの連中と聖霊を用いた模擬戦をしてもらう」
禿げた中年男――名前はベン・ローガンと言うらしい――が、リーゼントの男にそう言った。ジョニーと呼ばれたリーゼントの男が「は?」と首を傾げる。
「どういうことっスか? どうして俺が知らん奴と喧嘩しなきゃならないんっスか?」
「ちょっとした試験だよ。あの連中……正確には女の方だが、あいつは学園の入学を希望している。だから女の実力を図るために聖霊の模擬戦をしようというわけだ」
「……ローガンさん。やはりこのやり方は不味いですよ」
若い男――名前はハーマン・マクレイというらしい――が表情を渋くする。
「学生同士の私闘は校則違反です。模擬戦をするなら学園長の許可を得ないと」
「最終試験の責任者は俺だ。俺がどんな方法で試験を行おうと自由だろ。なに、そう深く考えることもあるまい。あの聖霊を相手にして怪我をするような戦いになどならんさ」
ベンの言葉にハーマンが不満げながら口を閉ざす。ジョニーが巨大なリーゼントを指先でポリポリと掻いて、「さっきも言ったっスが……」と小さく息を吐く。
「俺いま補習中なんっスよ。余計な面倒に巻き込まれて補習ダメにするのは勘弁っス」
「この模擬戦に協力するなら、俺がお前の補習を通すよう担当者に口利きをしてやる」
「マジっスか!?」
「嘘は言わんさ。さあ、分かったらさっさと連中と戦ってこい」
「まあ、そういうことなら俺としては構わねえっスけどね」
ジョニーが獅子堂とモニカに向き直る。巨大なリーゼントを頭に乗せたその男を眺めつつ、獅子堂は重々しい口調でポツリと呟いた。
「……つまり何がどうなってんだ?」
モニカが肩をこけさせる。話の流れに全くついていけず首をひねる獅子堂。疑問符を浮かべるその彼に、モニカが「ちょっと!」と非難めいた声を上げた。
「貴方、全然話を聞いてなかったの!?」
「聞いてたぞ。聞いてはいたが何ひとつ理解できなかっただけだ」
「何を偉そうにしてるのよ!」
腕を組んでふんぞり返る獅子堂に、モニカが一歩詰め寄りながら声を荒げる。
「だから簡単に言えば、あのリーゼントの人と戦えってことよ! あの人に勝つことができたらわたしは学園の入学試験に合格! 負けたら不合格! オーケー!?」
「何だと!? 何でそんなことになってんだ!?」
「聖霊の貴方が試験官に喧嘩を売るからでしょう!」
モニカが一際大きな声を上げて、途端に勢いを失くしたようにガックリと項垂れる。
「もう……ホント最悪。だから余計なことするなって言ったのに」
「んん……まだ状況はいまいち分からねえけど悪いことしちまったかな? だけどよ、要はあのリーゼント野郎に喧嘩で勝てば良いんだろ? だったら楽勝じゃねえか」
「楽勝とは言ってくれるっスね」
獅子堂とモニカの会話にジョニーが割って入る。歩いてきたジョニーがこちらから十メートルほどの距離を空けて立ち止まる。自身の頭に乗せられた巨大なリーゼント。それを誇らしげに掻き上げながらジョニーが言う。
「俺はこう見えてもカースト三位の中なら模擬戦も喧嘩も負けなしっスよ。勉強はちと苦手な部分もあるっスが、入学もしてない素人に舐められるいわれはないっスね」
「おもしれえ。カーストとか分からねえが、つまり腕に覚えがあるってことか?」
「……ぜんぜん面白くないわ」
ワクワクと胸を躍らせる獅子堂と、不満げに表情をしかめるだけのモニカ。この二人の異なる反応をそれぞれ眺めて、ジョニーが余裕ありげに肩をすくめる。
「アンタたちの話を聞く限り、そっちの男が彼女の聖霊なんっスね。一風変わった聖霊っスけど……まあとにかく戦うなら早く同化したらどうっスか。待っててあげるっスから」
「……ドウカ? なんだよそりゃ」
眉をひそめる獅子堂。疑問符を浮かべるその彼にジョニーもまた怪訝に眉根を寄せる。しばしの静寂。モニカが小さく溜息を吐いて獅子堂に声を潜めて説明する。
「同化って言うのは、契約者と聖霊が融合することよ。契約者と聖霊は単体ではそれほど大きな力を発揮できないけど、同化することで強大な力を得ることができるの」
「へえ……つまりあれか? 戦隊ヒーローのロボットが合体する感じか?」
「……それは分からないけど」
「同化を知らないなんて……本当に変わった聖霊なんっスね」
ジョニーが目をパチクリと瞬かせ、すぐにまたニカリと笑って右手をかざした。
「それだったら俺が手本見せてやるっスよ」
ジョニーの右手のひらに――
拳大の火の玉が突如出現する。
『ホーホー!』
大きな眼のついた火の玉がフクロウのような鳴き声を上げた。まるで生き物のように鳴く火の玉に驚愕する獅子堂。ジョニーが碧い瞳をギラギラと輝かせて声を上げる。
「行くっスよ、ホー!」
火の玉が眩い輝きを放つ。眼球を焼くその光に、獅子堂は咄嗟に目元を両腕で覆った。火の玉から放たれた光が大きく膨らみ、しばらくして光がしぼんでいく。獅子堂は慎重に目元から両腕を離すと、ジョニーの姿をその視界に収めた。
「――んだ、ありゃあ?」
ジョニーの全身が赤い炎に包み込まれ、彼の金色のリーゼントや碧い瞳が炎に焼けたように真紅に染められていた。唖然とする獅子堂に瞳を赤く焼いたジョニーが笑う。
「驚いているみたいっスね。これが契約者と聖霊の同化っスよ。存在を融合させて世界の理を外れる――まあ御託よりも、実際に力を見せた方が早いっスね」
ジョニーの右手に炎が膨れる。体勢を低くして警戒する獅子堂。膨れていた炎がふっと消失したその時、ジョニーの右手にはいつの間にか金属バットが握られていた。
「全振炎投!」
ジョニーが金属バットを構えて横なぎに振るう。すると金属バットから瞬間的に炎が噴き出し、まるで野球ボールを跳ね返すようにバットから火球を打ち出した。獅子堂はぎょっと目を丸くすると、慌ててモニカを両腕に抱えて火球から身を躱す。
「きゃああ!」
モニカが悲鳴を上げた直後、ジョニーの打ち出した火球が地面に弾けた。砕けた炎の欠片が獅子堂の体を掠めていく。肌を焼く炎に舌を鳴らしていると――
「いきなり何すんのよ!」
獅子堂の顔面にモニカの鉄拳が突き刺さる。
腕に抱いていたモニカからの思いがけない不意打ちに獅子堂は堪らず非難を飛ばした。
「何しやがんだコラ! 俺はお前を助けてやったんだろうが!」
「は!? 何それ恩着せがましいわね! 貴方はわたしの聖霊なんだから、契約者であるわたしを守るのは当然のことじゃない!」
「知るか! 何にせよお前は喧嘩の邪魔だからどっかに退いてやがれ!」
「わたしの試験なのよ! わたしが退いてどうするのよ! つくづく馬鹿ね! こっちも同化してあのリーゼントに反撃するわよ!」
「同化って――ど、どうすりゃいいんだよ?」
怒りを静めつつモニカに尋ねる。両腕に抱えられたモニカが「ふん」と不機嫌そうに鼻を鳴らして、こちらの胸に右手をそっと触れさせた。
「契約者と聖霊とは意識のつながりを持っている。同化とはその意識のつながりを最大限に高めること。互いの意識を同調させることで互いの存在が融合される」
「全然わからねえ。だから俺は何をすりゃいいんだよ?」
「何もしなくていいわよ。わたしが貴方との意識の結びつきを強くする。すぐに終わるから貴方は心の準備だけしてなさい」
「心の準備って何を――うおっ!」
いつの間にか迫りきていた火球を紙一重で躱す。両腕にモニカを抱えながら体勢を立て直す獅子堂に、ジョニーが金属バットを威嚇するように揺らしながら言う。
「どうしたんっスか? さっさと同化しないと勝負にならないっスよ」
「調子に乗んなコラ! 余計な荷物がなきゃテメエなんぞ俺一人で十分なんだからな!」
「ちょっと! 余計な荷物ってわたしのこと言ってんじゃ――ひぃやああああ!」
またも迫りきた火球を躱す。目を白黒させるモニカに獅子堂は口早に怒鳴る。
「おい同化って奴はまだか!? なんかすぐ終わるとか言ってなかったか!?」
「ま、待ってよ! っ……おかしいわね。前に試した時は簡単にでき――にゃああ!」
大きく背後に跳ねる。地面に着弾した火球が周囲に弾けて、モニカの太腿に炎の欠片が触れる。悲鳴を上げながら太腿をパタパタと叩いて、モニカが怒鳴り声を上げた。
「熱いじゃない! わたしの聖霊なら契約者のわたしをちゃんと守りなさいよ!」
「やかましい! お前こそ同化って奴はいつ終わるんだよ!」
「っ……あ、貴方のせいよ!」
飛んできた火球を躱しながら「はあ!?」とモニカに疑問符を飛ばす。風に煽られてめくれそうになるスカートを慌てて手で押さえつつ、モニカが口早に言う。
「同化は意識のつながりを強固にする――つまり互いを受け入れることが大切なの! きっと貴方が契約者の言うことも聞かない自分勝手な性格だから同化ができないのよ!」
「間接的に俺のせいだって言ってんのか!?」
「直球で言ってんのよ、この馬鹿!」
「俺は聖霊だ入学試験だと、わけが分からねえながらお前に協力してやってんだぞ! 文句言われる筋合いはねえ! 同化ってのができねえなら降りろ! 俺一人で喧嘩する!」
「だからわたしの試験なんだから貴方一人で戦っても意味ないで――ちょ、腕動かさないで――きゃああ! 変なところ触らないでよ! スケベ! 変態!」
「ば……お前暴れんな! あぶねえだ――」
目の前の地面に火球が着弾する。弾けた炎に体を急停止させる獅子堂。だがここで両腕に抱えていたモニカが滑り落ちた。反射的にモニカを抱え直そうと腕を伸ばす。だが無理な体勢ゆえにモニカの体重を支えきれず――
モニカに覆い被さるようにして、獅子堂は前のめりに転倒した。
(い……つつ……)
強かに額を打ち付ける。ジンジンと痛む額に表情を歪める獅子堂。さらにここで彼は奇妙な息苦しさをふと覚えた。口から呼吸ができない。口が何かで塞がれているようだ。獅子堂は困惑しながらも、いつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと開いた。
「――……」
目の前にモニカの顔がある。大きく見開かれているモニカの栗色の瞳。何やら彼女は驚いている。顔を真っ赤にして驚いているようだ。そこでふと気付く。モニカの顔が近すぎる。ほとんど顔が触れる距離、というか――
(あれ……これって)
獅子堂はここで理解する。仰向けに倒れているモニカ。その彼女の唇に――
自身の唇が重なっている。
「――んん――んん――」
モニカが何か言っている。だが唇を塞がれているため声にならない。モニカの栗色の瞳にじんわりと涙が滲む。そこでようやく獅子堂はハッとして彼女から体を離した。
「――と、わりい! 大丈夫だ――」
「きぃやああああああああああああ!」
モニカが悲鳴を上げて獅子堂の頬を引っ叩く。咄嗟のことに無防備にモニカの張り手を受ける獅子堂。頬を打たれた衝撃に彼の意識がぐらりと揺れて――
その直後、白い輝きが彼の意識を満たした。




