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エピローグ(1/1)

 イニティウム支部工霊術師育成施設――通称学園。その学園の最高責任者たる学園長の執務室にモニカ・キングスコートは朝から呼び出しを受けていた。


 神妙な面持ちでデスクに腰掛けている学園長。その学園長を真剣な眼差しで見つめるモニカ。その彼女の隣には、ツンツンと逆立てた黒髪に黒ずくめの男、彼女の聖霊であるシシドウ・タクシがいる。普段軽薄な彼もまた今はその表情を深刻なものにしていた。


(というより……怒ってるわね)


 昨日行われたダリルとの喧嘩。それによるシシドウの怪我は聖霊ゆえにすでに完治している。ボロボロだった服装までも元通りだ。ゆえに彼がこうも仏頂面をするのは、怪我の痛みによるものでないのだろう。


 シシドウは苛立っている。それをモニカは溜息まじりに理解した。もっとも彼が不服とする気持ちもよく分かる。モニカは眼鏡の奥で栗色の瞳を一度瞬かせると、シシドウが不服とする原因の()()()に視線を戻した。


「今お話しした通りです、学園長」


 演説よろしく両手を広げて禿げかけた中年男がそう言った。ニヤニヤと底意地の悪い笑みを浮かべているのは学園の主任教諭、ベン・ローガンだ。シップまみれのボコボコに腫れた顔面を愉悦に歪めて、デスクに座る学園長に言葉を重ねた。


「このモニカ・キングスコートの聖霊は学園の教師であるこの私を人気のない場所に呼び出して暴力を振るったのです。恐らくは入学試験での扱いを逆恨みしたのでしょう。私はこれを聖霊の単独行動ではなく契約者の命令によるものと考えています。このような非常識な学生を学園に残して良いものでしょうか」


 いけしゃあしゃあと良く言えるものだ。すでに昨日の一連の出来事について話を聞いていたモニカは、ベンの身勝手な主張に腹を立てていた。だがここで声を荒げて否定したところで逆効果だろう。モニカは冷静を保ちつつ状況を見定める。


「……まず確認します。ローガン教諭に暴力を振るったことは間違いありませんか?」


「……ああ。俺がぶん殴った」


 学園長の確認にシシドウが正直に答える。すでにシシドウともこの展開については話をしている。余計な嘘は吐くな。そして無闇に暴れるな。彼にはこの二つについて釘を刺しておいた。だがシシドウの忍耐がいつまで持つのかモニカは内心でハラハラする。


「ぶん殴ったはぶん殴ったが、そのオッサンから仕掛けてきたからな。文句言われる筋合いはねえよ。それに俺はオッサンなんか呼び出しちゃいねえ。俺は呼び出されたほうだ」


「この期に及んでつまらぬ嘘を……無抵抗の私を貴様が一方的に殴りつけたのだろう」


 シシドウの言葉にベンが即座に反論する。事情を知らぬ者からすれば、ボコボコに顔を腫らしたベンと掠り傷ひとつないシシドウでは、どちらの意見に信ぴょう性があるか自ずと知れる。「ああ?」とベンを鋭く睨みつけるシシドウ。彼の我慢も限界らしい。彼が怒りのまま暴れ出す前にモニカは口を開いた。


「わたしは昨日、カーストゼロの学生により拉致されました」


 ベンがピクリと眉を動かす。モニカの唐突な告白に目を見開く学園長。モニカはあくまで表情を冷静に保ったまま淡々と言う。


「結果的にわたしは無事助かることができました。ですが一歩間違えれば、ここでこの事実を口にすることさえできない精神状態にまで追い込まれていたでしょう」


「おい! 一体何の話をしている! 関係ない話は慎め!」


 表情を憎々しげに歪めるベン。その彼にモニカは冷静な視線を向ける。


「ローガン教師。わたしがカーストゼロに拉致された場所は、貴方の指示により訪れた駐輪場です。カーストゼロは貴方の指示によりわたしを拉致したのではないですか?」


「ふざけるな! 貴様こともあろうに教師を犯罪者扱いするのか!」


 モニカの指摘を荒げた声で一蹴し、ベンが学園長に向き直り自身の潔白を主張する。


「学園長! 騙されてはいけません! すべてデタラメです! このモニカは自分のしたことを誤魔化すため、私にあらぬ罪を着せようとしているだけなのです!」


「ローガン教師が駐輪場に行くようわたしに指示したことはカースト三位の学生、ジョニー・ロビンソンも聞いています。彼がこの件の証人となってくれます」


「あんなチンピラの意見など何の参考にもならん! そんな事実などありはしない!」


 憤怒の形相を浮かべるベン。こちらの意見をことごとく否定するその彼に――


(そろそろ十分ね)


 モニカは内心でほくそ笑んだ。


「――邪魔するぜ」


 するとここで部屋の扉が乱暴に開かれた。


 開かれた扉に部屋にいた全員が注目する。扉を開いたのは黒の革ジャケットを着た、深緑の髪と瞳をした男だった。モニカや獅子堂はもちろん、恐らく部屋にいる誰もがこの男のことを知っているに違いない。カーストゼロにしてその支配者――


『万懐の闘神』ことダリル・ウォールだ。


「き、貴様は……どうしてここに?」


 狼狽するベンと目を丸くする学園長。二人の疑問にダリルが肩をすくめる。人間である彼は昨日の怪我がまだ完治していない。頬のシップを指で掻きながら彼が平然と答える。


「ちょいと届け物を頼まれたんでな。オラ、さっさと入りやがれ」


 ダリルが扉の陰に隠れていた男を引きずり出して背中を蹴りつけた。男がベチャリと顔から床に転倒する。その男にモニカは見覚えがあった。首筋でまとめられた金髪。モニカを拉致したカーストゼロの一人だ。


「さっき話していた内容、ここでも話してもらおうか」


 ダリルがそう言いながら金髪男の背中を踏みつける。何やら全身傷だらけの金髪の男が、「ひぃい」と短い悲鳴を上げてペラペラと話し始めた。


「か、金だ! 俺たちは金で雇われただけなんだ! モニカっつう女を学園から追い出したいってそう言われて――ほらこれでいいだろ! もう勘弁してくれ!」


「その依頼をした男の名前は?」


「な、名前は知らねえけど……そこ! そこにいるオッサンだよ!」


 金髪の男に指を差されてベンの表情が一気に強張る。音もなく瞳を細めていく学園長。ダリルは懐から茶封筒を取り出すと、それをハラハラと振った。


「こいつが金の受け渡しに使われた封筒だ。中身はほとんど使っちまってねえけどな。調べればそこにいる教師の指紋が出るはずだ」


「ぜ、全部デタラメだ!」


 ダリルの突きつけた証拠にベンが絶叫する。


「指紋などどうとでもなる! 全部俺を陥れるためのこの女の策略だ! カーストゼロの言うことなど信用なるものか! 全部が全部この女の作り話――」


『貴様が悪いんだ! 貴様が俺に殺されないから、あの女が代わりに連中の慰み者になるんだ! モニカ・キングスコートを学園から追い出す脅しにするためにな!』


 ベンの声を遮って、何者かの声が部屋に響き渡った。ベンが口を開けたまま表情を硬直させる。彼は気付いたのだろう。突然部屋に響いたその声が――


 自分のものであることに。


「お邪魔するわね」


 一人の女性が部屋に入ってくる。水色の髪を腰まで伸ばしたアクアブルーの瞳の女性。これもまた知らぬ者はいないだろう。カースト一位にして学生会長――


『凍葬の女神』ことミア・レインだ。


 ミアが微笑みながら携帯端末をかざす。その携帯の画面には空き地にいる二人の男が映されていた。その男の一人はシシドウ・タクシ。そしてもう一人の男は――


 聖霊と同化して甲冑をまとったベン・ローガンであった。


「そ……その映像は……」


 ガタガタと体を震わせるベンに、ミアがクスクスと可笑しそうに笑った。


「私がいたことは知らないのよね、先生は気絶していたから。物陰から二人の会話を撮影していたの、空き地に入る前にね。証拠になる何かが撮れるんじゃないかと思って」


 ミアがゆったりとした足取りで学園長に近づいて、携帯端末をデスクにそっと置いた。


「この一連の事件についてローガン教師が自供した映像です。見ての通りローガン教師は聖霊と同化しています。彼が無抵抗と言うのは無理があるでしょうね」


「……お話はよく分かりました」


 学園長がゆっくりと瞼を閉じて、淡々とした口調で告げる。


「皆さんは講義に戻られて結構です。お手数をおかけしました。そしてローガン教諭」


 学園長が閉じていた瞼を開いてベン・ローガンを睨みつける。


「後でお話があります。宜しいですね」


 学園長の鋭い睨みに――


 ベンがガックリと膝をついた。



======================



「本当にありがとうございました」


 学園長の執務室から少し離れた廊下で、モニカは深々と頭を下げた。モニカの言葉に柔らかく微笑むミアと、腕を組んだまま無表情のダリル。モニカは頭を上げると、協力者である二人に微笑みかけた。


「おかげでどうにか処分は免れそうです。お二人には心から感謝しています」


「必要ないわ、感謝なんてね」


 ミアがやんわりと左右に頭を振る。


「この話は私から持ち掛けたんだもの。やるべき仕事をしただけ、学生会長としてね」


「でもよ、証拠あんなら初めから出せば良かったじゃねえか。何だってあのオッサンに途中まで言いたい放題させてたんだよ」


 不満げにぼやくシシドウに、モニカは「馬鹿ね」と唇を尖らせる。


「先に手の内を見せたら口八丁に言い逃れされるかも知れないでしょ。相手からできるだけ話を聞き出して、その証言と矛盾する証拠を突きつけるから効果的なんじゃない」


 モニカの言葉に「そんなものかね?」と首を傾げるシシドウ。懐疑的な彼のことは一旦無視して、モニカは腕を組んで沈黙しているダリルにふと声を掛ける。


「だけどダリルさんまで来てくれるなんて思っていませんでした」


「……ミアの奴に駆り出されたんだ。こっちは体がガタガタなのに全く容赦ない」


 ダリルの愚痴とも思えるこの言葉に、ミアがとぼけたように「あら?」と首を傾げる。


「自業自得でしょ、その怪我は? 私に文句を言われても困るわ」


「それはそうだが……もういい。お前に容赦を期待した俺が間違っていた」


 諦めたように嘆息するダリル。その彼の様子にミアが可笑しそうに笑う。カーストゼロの支配者であるダリルとカースト一位の学生会長であるミア。両極端な立場である二人だが随分と親しげである。するとここでシシドウが二人を見ながらさらりと言った。


「なあ、お前らって付き合ってんの?」


 あまりにデリカシーのないシシドウの発言にモニカはぎょっと目を丸くした。


「ば、馬鹿! 唐突になに訊いてんの?」


「だってよ、妙に仲良さげじゃねえか。お前は気にならねえの?」


「そりゃあ……ちょっと気にはなってたけど」


 好奇心を押さえきれずモニカはミアとダリルを探るように見やった。きょとんと目を丸くするミアとダリル。数秒の沈黙。ミアがアクアブルーの瞳をパチパチ瞬かせ――


 ダリルを無造作に指差した。


「私の従弟で弟みたいなものよ、コレ」


「へ……従弟?」


「ミアには昔からこき使われてんだよ、俺は」


 ダリルがそう嘆息する。モニカたちの想像が面白かったのかミアがクスリと笑った。


「まさかコイツが私の恋人なんてね。異性として考えたことなんて一度もないわ、別に仲が悪いわけじゃないけど。私は誰とも付き合ってないフリーだから、因みに言えばね」


「そ、そうなんですね。まあそうだと思ってましたけど」


 自分の下世話な考えが恥ずかしくモニカは「あはは」と笑って誤魔化した。頬を引きつらせるモニカに柔らかく微笑むミア。そして彼女がおもむろに――


「でも気になっている人はいるわ」


 そう呟いてシシドウへと一歩近づいた。


「強い男性が好きなの、私ね。少なくともダリルを打ち負かせるぐらいに」


 怪訝そうに目をパタパタと瞬くシシドウ。その彼をアクアブルーの瞳でじっと見つめるミア。ぽかんと目を丸くするモニカを他所に、ミアが魅惑的な笑みを浮かべた。


「今のところ貴方が一番の有望株ね、シシドウ・タクシ君」


 ミアがさらりと踵を返して廊下を歩いていく。ミアの発言に唖然とするモニカ。ミアの背中をちらりと一瞥して、ダリルが頭を掻きながら溜息まじりに言う。


「お前らよ……ミアをただの優等生だと思うなよ。アイツが学園に通っている理由の半分ぐらいは『男漁り』が目的だからな」


「……ほへ?」


「健全な学園生活には恋人が必要なんだと。知らねえけどな。とにかくミアに目を付けられたならお前らも苦労するだろうぜ」


 同情めいたことを呟いてダリルもまた廊下を歩いていく。ミアとダリルの二人が姿を消してなお呆然とするモニカ。だが彼女は何となく理解した。野外演習場の件やダリルとの戦いを含めて、ミアの行動は全て――


(シシドウが恋人として相応しいか品定めするためのものだってこと?)


 そのことに気付いてモニカは肩をガックリと落とした。


「なあ……俺ってそんな野菜に似てるか?」


「……は? 唐突に何言ってんの?」


 意味不明な発言に首を傾げると、シシドウが眉間にしわを寄せてこう言った。


「だってあの女が俺を一番のカブだって言ったじゃねえか? 俺としては自分のこと野菜っつうよりも肉って感じだと思うんだけどよ」


 分かるような分からないようなことを言うシシドウに、モニカは深々と嘆息する。


「あ――姉さん! 兄貴!」


 ここで廊下に声が響いた。この特徴的な呼び方には覚えがある。声に振り返ると、そこには廊下を駆ける巨大なリーゼントの男、ジョニー・ロビンソンの姿があった。


 ジョニーの全身には痛々しい包帯が巻かれている。その痛みからか体をふらつかせながら、ジョニーがモニカたちの前まで駆け寄って立ち止まった。


「ジョニーじゃねえか。こんなところにどうしたんだ?」


 眉をひそめるシシドウに、ジョニーが「ぜえ……ぜえ」と息を切らせながら答える。


「姉さんと兄貴が学園長に呼ばれたって聞きまして……はあ……心配だったっス」


「ん、ああその件か。そんなら心配すんなよ。どうにかなったみてえだからよ」


 シシドウがカラカラと笑う。シシドウの軽い様子にぽかんと目を丸くするジョニー。だがしばらくして「そうっスか」と安堵したように彼がニカリと笑った。


「それなら良かったっス。でももし俺にできることがあれば何でも言ってほしいっス」


 ジョニーが屈託なく話す。見た目こそ普通ではないも彼は優しい青年だ。本気で心配してくれていたのだろう。今のモニカにはそれが理解できた。だからこそ――


 モニカには彼に伝えるべきことがある。


「あの……ごめんなさい。わたしを守ろうとしてそんな傷だらけになっちゃって……」


「え? ああ、こんな怪我大したことないっス。それより俺の方こそ姉さんを守れなくて申し訳ないっス。こんな俺じゃあやっぱり姉さんの舎弟として失格っスね」


「……舎弟じゃなくて……」


 モニカは照れながらそれを口にする。


()()()としてお礼を言わせて。あと……これからもよろしくね、ジョニー君」


 ジョニーが「姉さん」と感激したように表情を輝かせた。それほどモニカの言葉が意外だったらしい。それはそれで腑に落ちないが。ジョニーが拳を握りしめ力強く頷いた。


「もちろんっス! 俺と姉さんは友達であり舎弟っス!」


「だから舎弟じゃなくて……まあいいか」


 無邪気に瞳をキラキラさせるジョニーに苦笑する。すると隣にいたシシドウが何やらニヤニヤと笑っているのが見えた。モニカはむっと表情を渋くしてシシドウを睨んだ。


「……何よ。何か言いたいことあるの?」


「いや……やけに素直だなって思ってな」


「……無駄話はお終い。講義に行くわよ」


 やや頬を赤くしながら廊下を歩き出す。シシドウが「そんじゃまたな」とジョニーに挨拶をして――ジョニーとは出席する講義が違う――モニカの後を付いて歩いた。


「しっかし昨日は大変だったが、喧嘩は結構楽しめたよな。毎日あれぐらい燃える喧嘩ができると最高なんだけどなあ」


 何の気なしにポツリと呟いたシシドウに、モニカは「……冗談」と溜息を吐く。


「わたしはもう金輪際あんな馬鹿げた喧嘩に付き合うつもりないからね」


「そうツレねえこと言うなよ。モニカがいないと楽しい喧嘩にならねえじゃんか」


「そんなの知らないわよ。そもそも同化して戦うことは本来校則違反なんだからね」


「かてえこと言わずによ、な、頼む」


「……アンタの存在意義がいま分かったわ」


 手を合わせて懇願するシシドウに――


 モニカはぶっきらぼうにこう言った。


「アンタの存在意義は――『喧嘩』ね」




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― 新着の感想 ―
[一言] 完結お疲れさまです。 冒頭の喧嘩から、「天然チートは着ぐるみで魔王を目指す」を思い出したのですが、よりコミカルに、より感情移入しやすいエピソードになっていて、とても面白かったです。 特に今…
[良い点] 面白かったです! 獅子堂が清々しい喧嘩馬鹿で、モニカがツンツンしていて、二人の掛け合いが楽しかったです。 ジョニーがめちゃくちゃいい子だし、喧嘩はスカッとするし、うるっとするところもあり、…
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