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第五章 喧嘩と喧嘩(4/4)

「あったりめえだ!」


 頭の中で響いたモニカの声。それに全力で応えて――


 獅子堂は地面を蹴りつけた。


 蹴りつけた地面が粉々に砕ける。大きな土煙を上げて獅子堂の体が弾けた。獅子堂一人では到底出し得ない強大な膂力。瞬きする間にダリルとの距離を詰め――


「りゃあああああああああああああ!」


 ダリルを包み込んでいる緑色のオーラに拳を打ち込んだ。


 まるで大きな地震があったかのようにグラウンド全体が揺れた。オーラに叩きこんだ拳の衝撃が地面まで伝わり、地面に無数の亀裂を刻み込む。ビリビリと細かく振動する空気。手ごたえは抜群だ。全力を込めた一撃。ダリルを包み込んでいるオーラは――


 だがなおビクともしない。


「無駄だ!」


 気配を感じて咄嗟に後方に跳ねる。オーラで形成されたドラゴンの尾が鼻先を掠めて目の前を通過した。ドラゴンの尾が地面に叩きつけられ、亀裂の入った地面をさらに微細に砕く。「ちっ」と鋭く舌打ちをして、獅子堂は地面を滑りながら体勢を立て直す。


「俺のスキルは『最強』! 全てを貫く爪と、全てを防ぐ鱗を持つ! ドラゴンの鱗はあらゆる物理的攻撃を遮断する! 貴様が仮に星を砕くほどの力があろうと――」


 ドラゴンの右腕が振り上げられ――


「この鱗を砕くことはできない!」


 空間を鋭く引き裂いた。


 ドラゴンの爪が衝撃波となり飛ばされる。地面を削りながら迫りくるその脅威に、獅子堂は上半身を捻じり込んで力を溜めた。そしてドラゴンの爪が肉薄したその時――


「どっせええええええええええ!」


 捻じり込んで溜めこんだ力を爆発させ、ドラゴンの爪の()()に拳を叩きこんだ。


 ドラゴンの爪の軌道が僅かに逸れる。獅子堂の脇を抜けて通過するドラゴンの爪。砕かれた地面にバランスを崩しつつ獅子堂は苦々しく悪態を吐いた。


「軌道を変えるのが精一杯かよ! とんでもねえ力だな、クソが!」


「軌道を変える!? 馬鹿を言え! これまでそれができた奴さえ一人もいない!」


 ダリルが愉悦の笑みを浮かべる。


「いいぞ! もっとだ! もっとお前の力を見せてみろ! 俺に抗ってみせろ!」


「上等だコラ!」


 獅子堂もまた笑みを浮かべると、地面を鋭く蹴って駆け出した。ダリルを中心に円を描くように駆けていく。こちらの姿を視線だけで追いかけるダリル。彼の真横へと駆け寄ると、獅子堂はドラゴンの脇腹を全力で蹴りつけた。


 大きな建物に鉄球が打ち込まれるような重厚な音が鳴り響く。蹴りつけた相手が岩石やコンクリート程度であれば微塵にまで砕けていただろう。それほどの衝撃だ。だがやはりオーラで形成されたドラゴンは、僅かに輪郭を揺らすだけで平然としている。


 ここで鋭く振られたドラゴンの尾に叩かれる。咄嗟に腕を畳んで防御するも、体重のない(モニカ)の体は軽々と弾き飛ばされた。大砲の球をその身に受けたような衝撃。獅子堂は全身の痛みに苦悶の表情を浮かべつつ、空中で体勢を整えて着地した。


 着地と同時に駆け出す。今度はダリルの背後から迫り、ドラゴンの尾の付け根辺りを拳で叩いた。そしてそれと同時に即座に跳躍。ドラゴンの頭上へと跳ね上がりドラゴンの背中に踵を振り下ろす。


 ドラゴンの全身が衝撃に沈む。獅子堂はドラゴンの背中で跳躍すると、ダリルの正面に回り込むように着地した。ダリルの表情には相変わらず余裕の笑みが湛えられている。


「様々な角度から攻撃をして俺の鱗にある弱点でも探そうと言うのか? 無駄なことだ。俺の鱗は一枚岩のように鉄壁。弱点になるような穴などどこにも存在しない」


「んなところに閉じこもるビビりのくせに、ほざくじゃねえかよ」


 ダリルの忠告を獅子堂は嘲笑う。


「覚悟しやがれ。すぐにそこから引きずり出してやっからよ」


「面白い。やれるものなら――やってみろ!」


 ドラゴンが大きく口を開けて灼熱の息を吐き出した。先程受けた息よりも巨大かつ高威力。地面を砕きながら焦がしていく息に、獅子堂は体をぐるりと回転させて――


「うざってえええええええええ!」


 回し蹴りを見舞った。迫りきた灼熱の息。その巨体に踵が打ち据えられる。踵に砕かれてバラバラに散る息。蹴り足を地面に付けて体勢を整えようとしたところ――


 眼前からドラゴンの爪が迫りくる。


「――くそ!」


 体勢の崩れたこの状態では力を込めた攻撃ができない。獅子堂は咄嗟に体を横に投げ出した。ドラゴンの爪が体を掠めていき、その衝撃に体が宙へと弾かれる。


「踏ん張りの利かない空中で――俺の攻撃を躱すことができるか!」


 宙に浮かんだ獅子堂に向けて、ドラゴンがまたも爪を飛ばす。迫りくるドラゴンの爪をギロリと睨み据える獅子堂。爪を躱すにも迎え撃つにも体勢を整える必要がある。体勢を整えるには地面が必要だ。獅子堂は空中で体を捻ると――


 空間に着地した。


「――なに!?」


 ダリルが目を見開いて驚愕する。獅子堂は空間を強く踏みしめると、迫りきたドラゴンの爪を横殴りに弾いた。獅子堂の脇を抜けたドラゴンの爪が空高く打ちあがる。


 即座に空間を蹴りつけて降下する。地面に着地すると同時に、獅子堂はドラゴンの脇腹に拳を打ち付けた。衝撃とともにドラゴンの輪郭が僅かに揺れる。


 驚愕していたダリルが獅子堂に振り返る。だがダリルの視線が向けられるよりも早く、獅子堂は地面を蹴り移動していた。ブレーキを気にせずに横に全力で跳躍――


 またも空間に着地して、宙に浮かんだ体勢のままドラゴンに拳を打ち込んだ。


「――スキルか!?」


 ダリルの視界に捉えられないよう即座に空間を跳ねる。ダリルを包み込んでいる緑色のオーラ。巨大なドラゴン。その前後左右、頭上を含めて高速に駆けまわり、拳や蹴りをドラゴンに全力で打ち込んでいく。


「実体のないものを殴りつける力! それがお前のスキルだったな! その力で空間を蹴りつけて移動しているのか! そんな使い方もあるんだな!」


 あらゆる角度からドラゴンに打撃を受けながらも余裕を崩さないダリル。たいして獅子堂には余裕などなかった。息を切らせながら体を動かして攻撃を休みなく続ける。


「しかもこれまでその戦い方をしなかったということは、お前自身その戦い方にいま気付いたということか! 戦いながらスキルの使い方を学んでいる! お前は成長している! どこまでお前は強くなる!? 俺をどこまで満足させることができる!?」


 空間を縦横無尽に高速移動する獅子堂。その彼をダリルの視線が捉える。獅子堂は地面に着地すると真正面からダリルに襲い掛かった。何度もドラゴンに打ち込んだことで傷だらけの拳。それをなおも強く握り込む。迫りくる獅子堂を見据えてダリルが叫ぶ。


「何度やろうと無駄だ! 俺の鱗は――」


「がぁあああああああああああああああ!」


 喉を破かんばかりに咆哮を上げて――


 獅子堂はドラゴンに拳を叩きこんだ。


 そして――


 ドラゴンからピシリと小さな音が鳴る。


 余裕の笑みを浮かべていたダリル。その彼の表情に僅かな亀裂が入る。鉄壁だと自負していたドラゴン。そこから聞こえた奇妙な音。『最強』であるはずの彼が――


 戦いの中において初めて動揺した。


 獅子堂はニヤリと笑うと、素早く跳ねてドラゴンの横に回り込んだ。体を回転させて踵を横なぎに振るう。ドラゴンの脇腹に強烈な蹴りが打ち込まれて――


 またもドラゴンからピシリと音が鳴った。


「――ッ!」


 ダリルが表情を険しくしてドラゴンの尾を振り下ろす。ドラゴンの尾を紙一重で回避して、獅子堂はまた空間を蹴りつけ跳躍した。ドラゴンの周囲を駆けながら拳や蹴りを打ち込んでいく。すでに幾度となく繰り返された攻撃パターン。だがこれまでと異なり――


 獅子堂の攻撃を受けるたびにドラゴンから小さな破裂音が鳴らされた。


「――一体何をしている!?」


 音の正体が分からないながら何かを感じたのか声を荒げるダリル。その彼の言葉には応えず獅子堂は攻撃を続けた。心臓が激しく暴れている。吐いた息が焼けたように熱い。徐々に鈍重となる体。体力が限界に近い。だがそれでもなお全力で体を酷使する。


 ここでドラゴンの手が横なぎに振られた。重い体に苦心しながらも跳躍してドラゴンの手を回避する。すぐにまた空間を蹴り移動しようとした、その直後――


 鋭く振られたドラゴンの尾に打たれて体が上空へと跳ね上がる。


「――がっ!」


 臓器から込み上げた血を吐き出す。疲労から防御が間に合わず無防備に尾を受けた。これまでにないダメージ。力なく空中を舞う獅子堂。どんよりと濁った視界。そこに――


 爪を光らせたドラゴンの姿が見えた。


「――終わりだ!」


 ダリルの声。


 それが耳鳴りの奥に消える。


 獅子堂はゆっくり瞼を閉じていき――


 ――――


 ――――


 カッと瞳を力強く見開いた。



======================



(実体のないモノを殴ることができる力。それがシシドウのスキル)


 ジョニーの炎を殴り飛ばし、ミアの吹雪を蹴り飛ばした。これらの経験からモニカはシシドウのスキルをそう推測していた。そしてそれは間違いではない。


(だけど正確じゃない)


 シシドウと同化して気付いた。彼の力はそんな単純なものではない。彼の力はそんな矮小なものではない。彼はあらゆるものを殴ることができる。液体だろうと気体だろうと、空間だろうと何であろうと――


 聖霊の存在意義(スキル)であろうとだ。


(それがシシドウの本当の力)


 彼のスキルは――


 概念さえも殴り飛ばせる。


(仕込みはもう終わっている)


 ダリルの『最強』たる鉄壁の盾。だがその盾もシシドウの力を何度も打ち込まれ、全体に小さな亀裂ができている。『最強』のスキルそのものが直接殴られて傷付いている。


(あとは一発どでかいのをぶちかますのみ)


 シシドウが上下逆さまに空間に着地する。バネを縮めるように膝をギリギリと折り曲げて全身の力を溜めこんでいく。そして止めを刺そうとしたダリルが動くよりも早く――


 シシドウが溜めこんだ力を弾けさせた。


(いっけぇええええええええええええええ!)


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 モニカとシシドウ。内と外。同時に声を荒げて拳を突き下ろす。全身のバネによる加速。そして重力加速度。全ての力を集中させた拳がドラゴンに突き刺さり――


 ドラゴンの巨体を殴り砕いた。


 体を回転させて地面に着地、シシドウがすぐさまギロリと視線を上げる。すでに彼の態勢は整っている。ギラギラと好戦的な眼光を輝かせる彼の眼前には――


 無防備にも驚愕するダリルがいた。



======================



「うっしゃあああああああああ!」


 獅子堂は体を捻じりながら右拳を突き出した。これまで何度となく振るってきた拳。ひどく傷付いて痛んだ拳。それでも決して届くことのなかった拳。その拳がいま――


 ダリルの頬を叩く。


「――がぁ!」


 全てを貫き全てを防ぐ。『最強』のスキルを保有するダリルが殴り飛ばされた。地面を跳ねながら勢い良く転がるダリル。そして直後、シシドウの頭に声が弾ける。


(逃がしちゃダメ!)


 モニカだ。ようやく一発入れられたと気を抜いた獅子堂に彼女の声が活を入れる。


(もう一度あのドラゴンを出されたら今度こそ勝ち目ないわよ! ダリルさんがドラゴンを生み出すには時間が掛かる! 同化した直後もそうだった! 新しいドラゴンを生み出される前にすぐ畳み掛けて!)


 ダリルが同化した直後、緑色のオーラがドラゴンへと変化するには十秒ほどの時間を必要としていた。モニカはそのタイムラグを指摘しているのだろう。


(ただびっくらしていた俺と違って、ちゃんと状況を分析してたってことか?)


 モニカの冷静な思考に感嘆する。ドラゴンの全身にあらかじめ打撃を与えて、最後の一撃でドラゴンを一気に砕く。これもまたモニカの立てた戦略だ。もし中途半端にドラゴンを砕いていたら、ダリルもこちらの力に気付いて即座に対策していただろう。


(ただ真正面から殴り合うだけが喧嘩じゃねえってことだな)


 これまで一人で喧嘩をしてきた。徒党を組むこともあるが、基本的には誰の力も借りず自分一人で敵陣に突っ込んでいく。そういう喧嘩のやり方しか知らなかった。そしてそれで満足していた。だがこうして二人で喧嘩するのも――


(……悪くねえかもな)


 だがここからは――


 獅子堂卓志(おれ)のターンだ。


「行くぞオラァアアアアアアア!」


 ダリルに向けて駆け出す。地面を転がったダリルがガバリと起き上がり獅子堂を睨みつけた。吐血しているが意外にダメージは少ない。訝しく思うもすぐ気付く。ダリルの全身に緑色のオーラが揺らいでいる。どうやらあのオーラで攻撃を防いだらしい。


(だがさっきほど鉄壁じゃねえ!)


 即席ゆえに力が不十分なのだろう。今なら追撃できる。獅子堂は駆ける足を速めた。ようやく掴んだ勝機。ダリルを逃がすわけには行かない。だがそう思った矢先――


 ダリルのほうから獅子堂に接近してきた。


 不意を突かれてダリルの拳を顔面に受ける。オーラにより強化されたダリルの拳。ドラゴンの尾や爪ほどにないにせよ強烈で、獅子堂は血を吐きながら後方に飛ばされた。


(そんな――逃げるどころか自分から向かってくるなんて)


 モニカの驚愕した声を聞きながら体勢を立て直す。ダリルが追撃を仕掛けてくる。獅子堂はペッと血の淡を吐くと、ダリルが突き出した拳を左腕で払い――


 右拳を振り上げてダリルの顎をカチあげた。


「――ぐはっ!」


 体を浮かして後方に弾けたダリルがたたらを踏みながら着地する。口の中を切ったのか大量の出血に口元を濡らすダリル。だがその彼の眼光は未だ戦意が衰えていない。


「――舐めるなぁああああああああ!」


 ダリルが駆け出す。獅子堂はダリルの突進に合わせて右拳を突き出した。だがダリルはその突き出された拳を易々と回避して、さらに体を回転させながら蹴りを放つ。


 ダリルの回し蹴りが頸椎に叩きこまれる。一瞬意識が遠のきながらも、獅子堂は素早くダリルの蹴り足を掴んで、ダリルを全力で放り投げた。地面に激しくバウンドしながら転がるダリル。獅子堂は倒れたダリルに接近すると踵を振り上げて杭のように打ち込んだ。


 ダリルが転がり踵を回避する。踵を打ち込まれた地面が破砕して欠片が宙を舞う。さらに追撃しようと踵を振り上げる獅子堂。だがここでダリルのオーラが膨れ上がり、手の形状へと変化して獅子堂の体を掴んだ。


 ダリルのオーラにより地面に叩きつけられる。後頭部を地面に打ち付け視界に火花が飛ぶ。ダリルが立ち上がりオーラにより拘束された獅子堂に拳を振り上げる。獅子堂は唯一自由な足を全力で振り上げて、体勢を低くしていたダリルのこめかみを蹴りつけた。


「負けるかコラァアアアアアア!」


 ダリルが弾けると同時にオーラの拘束も解ける。獅子堂は獣のごとく四つん這いの姿勢でダリルに接近、すぐさま彼の鳩尾に右拳を突き刺した。苦悶に表情を歪めるダリル。さらに獅子堂は右拳を引き抜きざま左拳でダリルの頬を容赦なく叩いた。


 ダリルの膝がガクガクと揺れる。焦点を失くしたダリルの瞳。それを見てこれが最後だと獅子堂は全力で右拳を再度突き出した。だがここでダリルの瞳がギラリと光る。獅子堂の右拳を掠めながら回避して、それと同時にダリルが自身の左拳を突き出した。


 クロスカウンター。ゴンッと頭部が揺さぶられて堪らず後退する獅子堂。今度はこちらの膝がガクガクと揺れる。その機を見逃さずダリルが足を一歩踏み出した。だがその途端、彼の踏み出した足が力なく折れる。


「――はあ……はあ……」


「――ぜえ……はあ……」


 両者ともに息を切らせながら睨み合う。全身が土まみれの傷だらけ。満身創痍であることはお互いに理解していた。もはや立つこともギリギリのその中で――


「くっくっく……かはっはっはっははは!」


「ふ……ふふ……ふははははははははは!」


 二人はほぼ同時に笑った。


 繁華街の死角となる寂れた一画。管理を放棄された荒れたグラウンド。そこに二人の笑い声が響き渡る。息が続く限り笑い合い、獅子堂はダリルに右拳をかざした。


「決着をつけようぜ」


「……そうだな」


 ダリルもまた右拳をかざす。だがダリルの拳にはオーラによる爪が生えていた。ドラゴンの爪。これまでよりサイズは小さいが、この爪もまた全てを貫く矛なのだろう。


 合図のようなものもなく――


 二人は同時に駆け出した。


 ダリルがドラゴンの爪を突き出す。小細工も何もない。真正面から最大の武器となる爪を振るう。獅子堂もまた迷うことなく右拳を突き出した。ダリルの爪と獅子堂の拳。二つの凶器が激しくぶつかり合い――


 ダリルの爪が粉々に砕ける。


「テメエに良いこと教えてやるよ。喧嘩に勝つのは『最強』なんかじゃねえ」


 左拳を腰だめに構えて獅子堂は呟く。


 爪を砕かれたダリルが――


 誰よりも『最強』である男が――


 その表情に歓喜の笑みを浮かべる。


「喧嘩に強え奴が勝つんだよ!」


 獅子堂の左拳がダリルの顔面を捉えた。



======================



 シシドウとの同化を解いて、モニカは自身の体を取り戻した。恐る恐る閉じていた栗色の瞳を開くモニカ。だが彼女は覚悟していたある感覚が訪れないことに首を傾げた。


「あ……あれ?」


 疑問符を浮かべたところで背後からパタンと何かが倒れる音が聞こえた。慌てて背後を振り返るモニカ。そこには同化前よりもさらに傷付いた姿のシシドウが倒れていた。


「ちょ――シシドウ! 貴方大丈夫なの!?」


 シシドウの横に慌てて屈みこんで、モニカは体の違和感にふと気付く。ダリルとの戦いにより傷付いたはずの体。だが彼女の体にはその傷がどこにも残っていなかった。


「もしかして……同化中の怪我はシシドウのほうに全部フィードバックしたってこと?」


「いちち……どうもそうみてえだな……体中が死ぬほどいてええ……」


 同化中による怪我は本来、肉体の保有者である契約者が負うものだ。だがどういうわけか、モニカとシシドウとの同化では聖霊であるシシドウがその怪我を負ってしまうらしい。モニカは満身創痍のシシドウを眺めつつ、彼の額をペチペチと叩いてやる。


「どういう仕組みかしら。同化中は体の所有権が貴方にあるから、怪我も含めて貴方にフィードバックするってこと?」


「俺には……よく分かんねえよ」


「……まあいいわ」


 痛みに呻いているシシドウを見下ろして、モニカはニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。


「怪我の痛みを覚悟してたんだけど、貴方のほうにその怪我が移動するならいい気味ね。まあ貴方もこれに懲りたら、何でもかんでも喧嘩を吹っかけないことね」


「なんでだよ……むしろこれで……心置きなく喧嘩できるじゃねえか」


 怪訝に首を傾げるモニカ。疑問符を浮かべる彼女にシシドウがニカリと笑う。


「モニカを傷つけずに済むんだろ? だったら……安心だってことだ」


「……よく言うわよ。そう思うなら今回だってこんなに傷付いてないでしょ」


 ぷいっとそっぽ向くモニカに、シシドウが「いやあ」と頭を掻きつつ苦笑する。


「俺なりに気を付けてはいたんだが……防御の方はちと苦手でな……思いのほかボロボロにされちまった……でもホント……モニカのほうに怪我がなくて良かったぜ」


「はいはい。面倒だからそう言うことにしておいてあげるわよ」


 シシドウの言い訳じみた言葉。それをモニカは軽くあしらう。だが冷たい態度を取りながらも彼女は気付いていた。シシドウの言葉に嘘はないのだろう。彼は自分が傷付くことよりモニカが傷付かないことに安堵している。それを理解しているからこそ――


 モニカはシシドウから逸らした顔をほんのりと赤らめていた。


「……と、とにかく、喧嘩もできてこれで満足でしょ。今度こそ寮に帰るわよ」


「……動けねえからおぶってくれね?」


「置いてくわよ」


「冗談だよ……よっこい……せと……」


 ガクガクと体を震えさせながらシシドウが上体を起こした。軽薄な態度を取っているが本当に重傷なのだろう。しんどそうにする彼の様子にモニカはふと思う。


(おぶるのは無理でも……体を支えてあげるぐらいはしてあげてもいいかしら?)


 だがそのためにはシシドウと体を密着させる必要がある。それを想像してモニカは途端に顔を赤くした。一人顔を沸騰させたモニカにシシドウが怪訝そうに尋ねてくる。


「何だお前? 顔が赤いけど暑いんか?」


「な、何でもないわよ! ていうかさっさと立ってくれない!? うざったいんだけど!」


 声を荒げるモニカに「なんで怒ってんだよ?」とシシドウがフラフラと立ち上がる。モニカも素早く立ち上がり、赤い顔を誤魔化すためさっさと歩き出そうとした。


「ほ、ほら行くわよ。グズグズしない」


「ああ……ん? あっと、ちと待ってくれ」


 呼び止められてシシドウに振り返る。こちらから視線を外して何かをじっと眺めているシシドウ。彼が見つめている先にモニカも振り返る。そこには――


 学生会長のミア・レインと、仰向けに倒れているダリル・ウォールがいた。


「……初めて負けた感想は?」


 倒れているダリルを見下ろしながら、ミアが淡々とした口調で尋ねる。同化を解いて深緑の髪と瞳に戻っているダリル。彼がゆっくりと瞳を瞬きさせてから口を開いた。


「……悪くない」


「そ、良かったわね」


 ダリルの回答に素っ気なく答えるミア。だがその彼女の表情には柔らかな微笑みが浮かんでいた。フラフラと上体を起こして、ダリルがモニカたちに振り返る。


「……またヤろう、今度は俺が勝つ」


 ダリルの宣戦布告。その言葉に――


「おうよ。いつでも相手になってやるぜ」


 シシドウが迷いなく応えた。


(この二人はきっと似た者同士なのね)


 つまりは喧嘩馬鹿。キラキラと子供のように瞳を輝かせるシシドウとダリルに――


 モニカは深々と溜息を吐いた。



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