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第五章 喧嘩と喧嘩(3/4)

(聖霊だから……か)


 シシドウの言葉にモニカはポツリと思う。これまでシシドウは聖霊である自覚が希薄で、契約者である自分を蔑ろにしてきた。ゆえにその自覚が芽生えたというのなら、それは喜ばしいことのはずである。だがモニカは聖霊だから守るとしたその言葉に――


 一抹の寂しさを覚えた。


(意味わかんない)


 モニカはその奇妙な感情に蓋をして、涙を拭いつつシシドウから体を離した。


「……寮に帰りましょ。さすがにこれから講義に出るって気分でもないわ」


「おう、そうだな」


「あ……でもその前に――」


 モニカは背後を振り返る。雑草が生えた荒れたグランド。その中ほどに二つの人影が立っている。一人は水色の髪を腰まで伸ばした美しい女性、学生会長のミア・レインだ。そしてもう一人、深緑の髪を短くした革ジャケットの男性――


 ダリル・ウォールにモニカは声をかけた。


「あの、ダリルさん? 今日は助けてくれて本当にありがとうございました」


 頭を下げてダリルに礼を告げる。モニカからの礼に深緑の瞳を僅かに細めるだけのダリル。その彼をミアが無言のままじっと見つめている。


「俺からも礼を言うわ。どこの誰か知らねえけどサンキューな」


 シシドウもまた手をハラハラと振りながらダリルに礼を告げた。だがやはりダリルは瞳を鋭くさせるだけで沈黙する。シシドウが振っていた手を下してニカリと笑う。


「アンタにはでけえ借りができちまったな。どっかでその借りは必ず返すからよ」


「……借りを返す……か」


 ダリルがポツリと言う。ダリルの眼光が妙にギラついている。ダリルの威圧的な視線に戸惑うモニカ。ミアがゆったりとした足取りでダリルから数歩距離を空ける。ダリルがモニカたちに一歩近づいて口調を強くした。


「だったらその借りとやら――今この場で返してもらおう」


「あん?」


「俺とここで戦え」


 思いがけないダリルの言葉にモニカは息を呑んだ。「んん?」と眉をひそめて首を傾げるシシドウ。戸惑うモニカとシシドウに、ダリルがさらに言葉を続ける。


「もとより俺はお前たちと戦うつもりだった。『凍葬の女神』ミア・レインを退けたというお前たちと。そこに想定外の横やりが入れられたため余計な手間を掛けさせられたがな」


「戦うって……一体何の理由があって?」


「単純な理由だ」


 モニカの疑問にダリルが淀みなく答える。


「どちらが強いのか決めるため――俺と戦え」


「……ふーん、まあよく分かんねえけど」


 シシドウが荒々しい笑みを浮かべた。


「ヤりてえってなら、こちとら一向に構わねえぜ。相手になってやろうじゃねえか」


「ちょっと――馬鹿なこと言わないでよ!」


 ダリルの誘いを軽々と受けるシシドウに、モニカは狼狽しながら声を上げた。


「どうして戦う必要なんてあるのよ! あの人はわたしの恩人なのよ!」


「その恩人がヤりてえってんだろ? だったら断る理由なんざねえだろ?」


「馬鹿げてる! こんなの意味がないわ!」


 モニカは強く頭を振ると、ダリルから距離を空けて立っているミアに振り返った。


「ミアさん! ミアさんからも二人を説得してください! お願いします!」


「……ごめんなさい、モニカさん」


 ミアが場に似つかわしくない柔らかな微笑みを浮かべる。


「私の言うことなんて聞いてくれないの、ダリルはね。本当に困ったものだわ」


「……つくづくよく言うぜ」


 ダリルが意味深なことを呟いて僅かに顔をしかめる。どういう訳か、学園の秩序を守る立場にある学生会長のミアですら、この無意味な戦いを止めるつもりはないようだ。


「さあ、早く同化しろ。ミアを退けたお前たちの力を俺に見せてみろ」


 威圧感を強めていくダリルに、シシドウもまた荒々しい笑みを強めていく。


「おもしれえ。テメエの腕に相当自信があるみてえだな。だったら望み通り――」


「――いやよ!」


 闘争心を高めていくダリルとシシドウに、モニカは声を荒げて拒絶を示した。


「絶対いや! 同化なんてしないわよ! こんな馬鹿なこと認めないから!」


「んなこと言ってる場合じゃねえだろ? あちらさんも引く気はなさそうだぜ?」


「だから何の意味もないって言ってるの!」


 シシドウの反論に頭を振って、モニカはダリルに口調を強めて懇願する。


「お願いですダリルさん! 馬鹿な真似は止めて下さい! 誰が強いかなんてどうでもいいじゃないですか! そんなことを決めて一体何になるって言うんですか!?」


「……そちらが同化をしないのなら、まず俺の同化を見せてやる」


 モニカの言葉を無視してダリルが呟く。その直後、上空に巨大な影が過った。ハッと頭上を見上げるモニカ。上空に巨大な両翼を広げた緑色の影が旋回している。


 ダリルが使役する聖霊――ドラゴンだ。


「来い――ルーガ」


 ダリルの呼びかけと同時、上空を旋回していたドラゴンがダリルに向けて急降下を始めた。その巨体に突風をまといながら地表へと直進するドラゴン。グランドに立っているダリルと急降下したドラゴンが接触――


 二人から眩い光が放たれた。


 広大なグランドをも一瞬にして包み込むほどの強烈な光。モニカは栗色の眼球を焼かれながら咄嗟に瞼を強く閉じた。両腕で光を遮りながら瞼越しに光を見つめる。五秒。十秒。ようやく光が収まり、モニカは栗色の瞳をゆっくりと開けた。そして――


 ダリルの姿を視界に収める。


「……んだ、ありゃあ?」


 ドラゴンと同化したダリル。その姿を見てシシドウが唖然と呟いた。


 ダリルの特徴的な深緑の髪と瞳。それが鮮やかな緑色に変色している。頭から生えた水牛を彷彿とさせる太い角。頬や腕に浮かんだ光沢のある緑の鱗。同化による身体変異だ。初めて見れば驚くだろうが、同化による変異はシシドウも何度か目にしている。


 シシドウが唖然としているのは、ダリルの同化による身体変異が理由ではないだろう。モニカはそう確信する。自分もまたそれを目の当たりにして声を失っているからだ。同化により変異したダリルの体。その体を――


 緑色のオーラが包み込んでいた。


 ダリルを包み込む不気味なオーラ。それを呆然と見つめるモニカとシシドウ。炎のように揺らめいた緑色のオーラが、まるで空間を燃やしていくように膨れていき、徐々にその輪郭をある形へと収束させていく。時間にして十秒。緑色のオーラが――


 鎮座した巨大なドラゴンに変化した。


「これが俺の同化による力だ」


 緑色のオーラの中からダリルが語る。


「聖霊の存在意義(スキル)は『最強』。あらゆる盾を引き裂く爪と、あらゆる矛を受け止める鱗。矛盾する両極の最強を保有する。頂点に立つべくして存在する聖霊だ」


「スキルが……『最強』だと?」


 シシドウが笑いながら冷や汗を浮かべる。呆然とするこちらにダリルが淡々と言う。


「俺の同化は見せた。次はお前たちの番だ」


「……勝てるわけがない」


 モニカはポツリと独りごちると、珍しく緊張感を浮かべているシシドウに叫んだ。


「勝てるわけがないわ! わたしはダリルさんに助けられた時にあの力を見ているの! あの力は学生レベルじゃない! 国家レベルのものよ! 貴方がいくら馬鹿でもあの力が異常だってことぐらい分かるでしょ!」


「……確かに、これまでの連中とはものが違うみてえだな」


 地響きすら感じる力の波動。その気配にシシドウさえも表情を強張らせていた。彼もまたダリルの力を感覚で理解している。それを確信してモニカは再度言う。


「だったら――これが意味のない戦いだってことも分かるでしょ! 二人で降参しましょ! そうすればきっとダリルさんだって理解してくれるわ!」


「……お前はどうあっても、同化して奴とは喧嘩しねえんだな?」


 シシドウがこれまでになく真剣な口調で尋ねてくる。これが彼を思いとどまらせる最後のチャンスだ。モニカはそう考えて、躊躇いなく頷いた。


「同化しない。こんな戦いに意味はないもの」


「……そうか……それだったら」


 モニカをそっと腕で背後に押しやりつつ、シシドウが一歩前に進み出た。


「お前はそこで見学してろよ。あの野郎とは俺が一人でやる」


「――な、なに馬鹿なこと言ってんの!」


 まるで理解できないシシドウの判断に、モニカはぎょっと目を見開いた。


「同化しても勝てるわけがないのに、聖霊一人で勝てるわけがないでしょ!」


「んなもん、やってみなきゃ分からねえ」


「分かるわよ! ねえ、何でそんな意地張ってるの!? たかが喧嘩じゃない!」


「……どうして意地を張るか? そんなもん決まってんだろ?」


 シシドウが両拳をゴツンと合わせて――


「売られた喧嘩から逃げるなんぞ男のすることじゃねえからだよ!」


 ダリルに向けて駆け出した。


「うらぁあああああああああああ!」


 ダリルとの距離を一息に詰めて、シシドウが吠えながら右拳を突き出した。シシドウの拳がダリルのオーラに激突する。聖霊単体による攻撃とは思えない、空気を振動させる激しい衝突音が周囲に鳴り響いた。しかし――


 ダリルのオーラはびくともしない。


「なるほど。単独の聖霊にしては大した力だ。だが俺を相手に同化もせずに殴り掛かってくるとは――随分と見くびられたものだな」


 ダリルのオーラにより形成されたドラゴン。そのドラゴンの尾が鋭く振られてシシドウを叩いた。シシドウがゴム人形のように弾かれて地面を何度もバウンドする。


 仰向けに倒れたシシドウにモニカは慌てて駆け寄った。全身を震えさせながら上体を起こすシシドウ。モニカは彼のすぐ近くまで駆け寄ると彼の傷付いた体を支えた。


「――っくしょう……たった一発で……体がバラバラにされたみてえだ……」


「もういいでしょ! 勝てるわけがないのよ! あんな力を相手に!」


 懸命にシシドウを説得する。だがモニカの支えた手を振り払うようにして、シシドウが体を震わせながらも立ち上がった。好戦的な視線でダリルを睨み据えるシシドウ。まるで聞く耳を持たないその彼に、モニカは息苦しさを覚えながら叫ぶ。


「なんで分かってくれないのよ! 意味ないのよ! こんな戦いに!」


「……意味はあるぜ……はあ……どっちが強えのか……はっきりするじゃねえか……」


「だから……それに何の意味があるのよ!」


「そんなの……俺が知りてえよ!」


 シシドウが再度駆け出す。迫りくるシシドウに、ドラゴンが肉厚の爪を地面に振り下ろした。その直後、空間そのものを引き裂くようにして三本の衝撃波が地面を削りながらシシドウに襲い掛かる。シシドウの体を掠めて通過する衝撃波。だがその掠めた威力だけでシシドウの体は軽々と吹き飛ばされた。


 またも仰向けに倒れたシシドウにモニカは慌てて駆け寄る。


「もう――いい加減にしなさいよ!」


 今度はすぐに起き上がることもできないのか、仰向けに倒れたまま荒い息を吐いているシシドウ。モニカは彼のそばに屈みこむと、癇癪を起したように頭を強く振った。


「契約して実体化した聖霊は死ぬことだってあるのよ! このままダメージを受け続ければ本当に死んじゃうわよ! だからもう止めてよ! お願いだから止めて!」


 訳も分からず涙が滲んでくる。涙に濡れたモニカの栗色の瞳。それを仰向けに倒れたシシドウが荒い息を吐きながら見つめている。互いに見つめ合うことしばらく、シシドウがゆっくりと体を起こして――


 モニカに背を向けてダリルを見据えた。


「貴方はまだ――」


「なあ……お前よ」


 咄嗟に口をつぐむモニカ。シシドウが荒い息を吐きながら言葉を紡いでいく。


「俺が死んじまったらよ……悲しいか?」


「……え?」


「悲しいのか……答えてくれよ」


 シシドウがこちらに振り返る。土と汗に汚れたシシドウの顔。そこにいつもの軽薄な笑みが浮かんでいる。モニカは一度下唇をかむと、首をプルプルと左右に振った。


「悲しくなんて……ないわよ!」


 そうきっぱりと答えて――


 涙に濡れた瞳を僅かに細める。


「悲しくないけど……後味悪いじゃない……そうよ……だからイヤなんだからね!」


「……上等な答えだ……だったらよ……俺は死にやしねえよ」


 シシドウの言葉の意味が分からず、モニカはぽかんと目を丸くした。シシドウが「くっくっく」と可笑しそうに笑い、モニカの栗色の頭をポンポンと叩く。


「俺は馬鹿なツッパリだけどよ……家族を悲しませることだけはしねえって決めてんだ……妹が生きてた時もそうしていた……だからよ……お前が俺に死んでほしくねえって思うなら……俺はお前を残して死んだりしねえ」


「……家族って……」


「前に話しただろ……俺がお前の家族になってやるってよ」


 胸が潰れてしまうほどに痛んだ。滲んでいた涙が自然と瞳からボロボロとこぼれ落ちていく。一日でこんなに涙を流したのはいつ以来か。どうしてこんなにも涙が溢れるのか。まるで祖父と暮らしてきた時のように――


 家族がそばにいる時のように心が揺さぶられるのはどうしてなのか。


「だからよ……お前はどんと構えてれば――」


 ここでシシドウの表情が強張る。ダリルを包み込んでいるオーラがその輪郭を激しく揺らしていたのだ。ドラゴンが大きく首をもたげて、その首を振り下ろす。それと同時、ドラゴンの口から強烈な息が吐き出された。


 ドラゴンの吐き出した息が地面を黒く焦がしながら迫りくる。一呼吸の間もない一瞬。シシドウがモニカを強く抱きしめる。自分を盾にして契約者を守るつもりだ。モニカはそれを一瞬で理解した。自身が使役する聖霊。シシドウの考えていることが――


 手に取るように理解できた。


 だから彼女は――


「――イヤ……」


 声も出せないその一瞬の中で――


「死んじゃイヤ! ()()()()!」


 初めて素直な想いを口にした。



======================



 ドラゴン・ブレス。何の捻りもないその灼熱の息が標的に激突して弾けた。衝撃により膨れ上がる土煙。高さ五メートルにはなるその巨大な土煙を眺めつつ――


 ダリルは落胆の息を吐いた。


「……ダリル」


 少し離れた位置に避難していたミアが声をかけてくる。ダリルは緑色に染められた瞳でミアをちらりと一瞥すると、またその視線を前方に戻してから言う。


「分かっている……手加減はした。あの聖霊の耐久力を考えれば生きているだろう」


 カーストゼロにして最強の聖霊を使役する工霊術師。『万壊の闘神』。ダリル・ウォール。その自分にあの聖霊は同化もせずに単独で向かってきた。無知であることを考慮してもその度胸は大したものだ。だがしかし――


(俺が期待していたのは……そんなものじゃない)


 ダリルはまた嘆息する。


「どうやらミア、お前の見込み違いだったようだな。確かに変わった聖霊だ。力も十分だろう。だがそれはあくまで一般的な話だ。俺やお前が気に掛けるようなレベルでは――」


「さっきから何の話をしているの、貴方は?」


 言葉を遮られて怪訝に振り返る。離れて戦いを眺めていたミア。その彼女の視線がダリルから外れている。彼女のアクアブルーの瞳。その視線は膨れた土煙の奥――


 決着がついたはずの標的に向けられていた。


「私が言いたかったことはね――気を付けた方がいいってことよ」


 ミアが小さく微笑んで土煙を指差した。


()()()()()()()()()()から」


 ダリルはハッとミアが指差している土煙に視線を戻した。するとその直後――


 膨れていた土煙が()()()()()()()()()()()()()()()()


「――なんだ!?」


 奇妙な土煙の動きに困惑する。強風で吹き飛ばされたのではない。まるでそこに実態があるかのように土煙が砕かれたのだ。パラパラと周囲に土煙の破片が舞い散る中――


 視線の先に黒髪の女を見つけた。


「――あの女は……」


 モニカ・キングスコート。否。彼女とは髪と瞳の色が異なる。視線の先にいる女は髪と瞳を栗色ではなく漆黒に染めていた。だが体型や服装――眼鏡は息により飛ばされたようだが――は彼女のもので間違いない。局所的な身体変異。つまりこれは――


「ようやく同化したということか……」


 ダリルはそれを理解した。


「だがどうやって俺の息を凌いだ?」


 標的に間違いなく着弾した灼熱の息。その息が焼いた地面の焦げ跡を見ると、標的の目の前で息が霧散しているのが分かった。仮に息を何かしらで防いだとしても、焦げ跡が標的の背後にまで伸びてなければおかしいだろう。一体これはどういうことなのか。


「さっきの土煙と同じね。彼らは息を防いだのではなく――()()()()()のよ」


「殴り壊しただと!?」


「それがあの二人の力――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 ダリルは唖然としたまま標的である黒髪の女を見つめた。ミアの言葉が正しいのなら、彼らは炎や冷気などあらゆる物理的攻撃を破壊して防ぐことができるということだ。こちらのドラゴン・ブレスさえも砕いたというのなら生半可な攻撃は通じないだろう。


 これまでにない強敵だ。


「ねえダリル……あの二人を倒すことが貴方にできるかしら?」


 挑発的なそのミアの言葉に――


 ダリルは凶暴な笑みを浮かべた。



======================



「どうなってんだ? 今回は普通に同化できちまったな?」


 モニカの体に入り込んだシシドウが両手を見下ろしながら疑問符を浮かべる。怪訝に首を傾げている自身(モニカ)の体。モニカはそれを心の中から眺めつつ一人嘆息した。


 シシドウが疑問に思うのも無理ない。これまでシシドウとの同化は通常と異なる手段により行われてきた。正確に言うなら、それはシシドウの偶発的なセクハラ行為だ。一度目はキスを、二度目は股に顔を突っ込まれることで、同化を成功させてきたのだ。


 どうしてこのような手段で同化が成功するのか。モニカはその理由に頭を悩ませてきた。しかもどういうわけか、一度同化を成功させたはずのキスを再度試みても同化は成功しない。一貫性のない現象にモニカはこれまで解決の糸口を見出すことができずにいた。


 だがようやく彼女はその理由について何となく理解した。


(……シシドウの所為じゃなかったのね)


 シシドウには聞こえない内なる声で、モニカは一人苦笑した。


 同化は契約者と聖霊の意識を強固につなげるものであり、互いを受け入れることで初めて同化は成功する。ゆえにモニカは失敗の原因を、シシドウが自分勝手な性格で他人を受け入れようとしないためと考えていた。


 だがそうではなかった。他人を受け入れようとしてこなかったのは他でもない――


 モニカ・キングスコート自身だったのだ。


 四年前に唯一の家族である祖父を失い、それから一人で生きていく決意をした。誰の力にも頼ることなく、祖父の残した工霊術の知識だけでのし上がる決意をした。偉大な祖父を貶めた世間を見返すために――


 自分は独りで戦わなければならないと思っていた。


 だから無意識のうちに他人を遠ざけてきたのだろう。決意が揺らがぬように、心に踏み込まれないように、他人との間に壁を設けてきたのだろう。シシドウは聖霊であり人間ではない。だが彼はあまりにも人間じみていた。彼を聖霊だと理解しながらも――


 彼をどこかで拒絶しようとしていたのだ。


 セクハラ行為により同化。これもそれで説明がつく。予測できない突発的な事態かつ不慣れなセクハラ行為。その時ばかりは四年かけて築いた心の壁が崩れ落ちて偽りのない本心をさらけ出していた。それは当然ながら好意的な本心ではない。だが聖霊に心を開いたという意味で同化の条件を満たしていたのだ。


(厄介なのは聖霊だけじゃないってことね)


 契約者である自分もまた面倒な性格をしている。他人事のようにモニカはそう思う。


「なあ――()()()


 シシドウから声を掛けられる。そう言えば数日間と一緒にいて、シシドウから名前を呼ばれるのは初めてかも知れない。そんなことを考えているモニカにシシドウが尋ねる。


「もう()()()()()だろ?」


 何をとは聞かない。彼とは同化により心が通じている。彼が考えていることも、彼の抱いている昂りさえも、今はモニカ自身のモノだ。モニカは胸中でニヤリと笑うと――


 気合を入れて声を上げた。


(ヤるからには絶対に勝つわよ!)



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