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第一章 リーゼントと金属バット(1/4)

 商業都市イニティウム。人口十万人以上を抱える五大都市のひとつであり、海に面していることから古くより交流が盛んで国内流通拠点のひとつとされてきた。


 イニティウムは東西南北と四区画に分けられて地域運営が行われている。その四区画のひとつである南区の一画。大通りに面したベンチに三人の人影が腰掛けていた。ベンチの隅に腰掛けた一人の少女。その少女が手にしていた文庫本から視線を上げて独りごちる。


「もうすぐバスが来るかしら?」


 細身の眼鏡越しに栗色の瞳をパチパチと瞬かせて少女は左手首の腕時計で時間を確認した。八時四十五分。時刻表通りなら後五分ほどでバスがこの停留所に到着するはずだ。少女はそれを確認すると文庫本を手早く赤いリュックサックの中にしまった。


 ここで強めの風が少女の髪を揺らす。一房の三つ編みにされた栗色の髪。少女は風が止むのをしばし待ち、風に乱れた栗色の髪を手で適当に梳いて整えた。


 栗色の髪に触れながら少女は自身の姿を意識する。地味な紺色のスーツにスカート。赤いリボン。何とも個性のない恰好だが変に目立つよりは無難であるのが望ましい。


 少なくとも面接とはそういうものだろう。


「……さすがに少し緊張するわね」


 少女はトクトクと跳ねる胸に手を触れながら息を吐く。()()の入学試験は面接と実技を残すのみとなっている。この二つさえクリアできれば少女は晴れて学園の学生となる。


(わたしの夢を叶えるためには、こんなところで躓くわけには行かないんだから)


 少女は改めて腕時計に視線を落とした。面接の開始は九時三十分。面接会場となる学園はここからバスでおおよそ十分。多少バスが遅れようと余裕のある時間だ。


(やっぱり前乗りして正解だったわね)


 実家から学園まではバスや鉄道などの公共機関を使用しておおよそ二時間かかる。長距離移動はさほど苦でもないが不測の事態が発生した際にリカバリが難しいだろう。


 だからこそ念には念を入れて、前日に学園の近くにあるホテルを借りたのだ。バス一本で学園に到着できるこの距離なら、滅多なことで遅れることはないだろう。


 ここで少女のすぐ横に人影が立つ。少女は何の気なしに人影を見やった。少女の腰掛けたベンチ。そのすぐ横に一人の初老の女性が並んでいる。少女と同じバスの乗客だろう。


 穏やかな表情をした白髪の女性だ。上質なスーツを着ておりその佇まいからは品格が窺える。通りをぼんやりと眺めている白髪の女性。少女はふと思案すると、ベンチから腰を上げて白髪の女性に声を掛けた。


「宜しければここに座ってください」


 ベンチを手で示しながら微笑む。少女の言葉に白髪の女性が目を丸くした。


「あら、そんな申し訳ないわ。それにバスももうすぐ来るでしょうし大丈夫よ」


「バスは遅れることもありますから。それとも余計なお節介でしたか?」


 ややおどけて尋ねる。白髪の女性が目をパチクリと瞬かせて、すぐクスリと笑った。


「いいえ。それじゃあお嬢さんのお言葉に甘えさせて頂こうかしら」


 白髪の女性がぺこりと頭を下げて、ベンチの端にそっと腰を下ろした。「ありがとうね」と微笑む白髪の女性に笑顔を返しつつ、少女はベンチの隣に並んだ。


 十分後。少女の後にさらに二人が並んだところで遅れていたバスが停留所に到着する。少女より先にベンチに座っていた二人が立ち上がり、続いて白髪の女性も立ち上がった。


 白髪の女性がすっと脇に避ける。少女に前を譲ろうというのだろう。女性の心遣いに少女は微笑みながら頭を振った。女性がまたぺこりと頭を下げてバスへと歩いていく。


 バスの扉が開かれて停留所にいた人がバスに乗り込んでいく。白髪の女性もバスに乗り込んで、少女もバスに乗ろうと足を進めた。だが少女がバスに乗るよりも前に――


 バスの扉が唐突に閉められる。


『定員が一杯となりました。申し訳ありませんが次のバスをご利用ください』


 バスの外部スピーカーから運転手の声が鳴らされた。ぽかんと目を丸くする少女。呆然とする少女を停留所に残してバスが出発する。徐々に姿を小さくしていくバス。そしてバスが通りを右折してその姿を消した直後――


 少女の脳裏に警報が鳴り響いた。


「じょ――冗談でしょ!?」


 慌てて停留所にある時刻表を確認する。次のバスは十分後。面接まであと三十五分。学園まで片道十分。まだ十分に間に合う時間帯だ。自身にそう言い聞かせて少女は動揺を静めようとした。だがここですぐ横から聞き捨てならない声が聞こえてくる。


「ああ、やっぱ駄目だな。次のバスも混んでいるだろうし歩いていくか?」


 ぎょっと表情を強張らせる少女。少女同様にバスに乗り損ねた二人。恋人らしき男女が苦笑しながら話をしている。少女は彼らに駆け寄ると体裁も忘れて声を荒げた。


「やっぱりってどういうことですか!? 次のバスにも乗れないってことですか!?」


「え? いや……かも知れないってこと。このバスは繁華街の客で連日込みやすいから」


「貴女はこのバスの利用は初めてなの? この辺りの人ならみんな知ってることよ」


 カップルの男性と女性が順番にそう答えた。彼らの返答に顔面を蒼白にする少女。もしまたバスが満車で乗ることができなければ確実に面接に遅刻してしまう。


「っ……こうなったら」


 取るべき手段は一つだ。少女はカップルから背を向けて身を屈めた。少女の行動に首を傾げるカップル。困惑するカップルには何も応えず少女は両手を地面について――


「ゴォオオオオオオオオオオ!」


 全速力でクラウチングスタートを決めた。



======================



「十分の遅刻ですね」


 部屋に響いた無情な言葉に、少女が全身から汗を流しながら息も絶え絶えに答えた。


「ぜえぜえ……ず、ずみまぜん……」


 時刻は九時四十分。少女は面接会場となる学園の校舎にいた。平日は大勢の学生が通っているだろう学園。だが休日である今日は人の姿もまばらである。もっとも校門からこの部屋まで一心不乱に走ってきた少女に、周りの人影を気にする余裕などなかったが。


 全力疾走によりヨレヨレになったスーツと汗でボサボサの髪。荒い息を吐きながらズレた眼鏡を整える少女に、席に着いていた試験官の一人である若い男性が苦笑した。


「随分と疲れているようですね。待ってますからゆっくりと呼吸を整えて下さい」


 どのような試験官に当たるのか不安に感じていたが優しそうな人だ。少女は「ありがとうございます」と礼を告げて、試験官の言葉に甘えてゆっくりと深呼吸しようとした。


 だがここでバンッと乱暴に机が叩かれる。


「何を甘いことを! 大切な面接に遅刻するなど自覚が足りない証拠だ!」


 そう声を荒げたのは、若い試験官の隣に座っていた禿げかけた中年男性であった。こめかみに血管を浮かべて表情を歪める試験官に、少女は慌てて深呼吸を止める。


「まあまあ、ローガンさん。バスが満車では仕方がないでしょう」


 中年の試験官を若い試験官が穏やかにそう宥める。遅刻理由はすでに携帯端末で学園側に連絡済みだ。若い試験官もそれを知っているため少女の肩を持ってくれたのだろう。だが中年の試験官は納得せずさらに声を荒げた。


「馬鹿馬鹿しい! そんなの嘘に決まっている! 俺は二十年以上教師をしているんだ! 嘘つきは顔を見れば分かる! いいか小娘! 大人を簡単に騙せると思うなよ!」


 沈黙したまま奥歯をぐっと噛む。遅刻したことはこちらの落ち度だ。それに関して叱責を受けることは仕方ない。だが頭ごなしに嘘つき呼ばわりされるのは釈然としなかった。


「そのぐらいにしましょうローガンさん。彼女も反省しているようですし。貴女もどうぞ席に着いてください。面接を始めましょう」


 場を取りなす若い試験官に、少女は「……はい」と頷いてパイプ椅子に腰を下ろした。苛立ちを隠そうともせず腕を組んだまま仏頂面をする中年の試験官。何も話そうとしないその彼を見てか、明らかに年下だろう若い試験官が率先して話を進めていく。


「最終試験の面接と実技を担当するハーマン・マクレイです。よろしくお願いします」


「よろしくお願いします」


「そしてこちらが――」


 自身の隣を手で示し、若い試験官――ハーマンが中年の試験官を紹介する。


「最終試験の責任者である主任教諭、ベン・ローガンです。ローガンさん?」


 ハーマンが言葉を促すも、中年の試験官――ベンは仏頂面のまま一言も話さない。とりあえず少女は「……よろしくお願いします」と無言のベンにも頭を下げた。


「では貴女の自己紹介をしてください」


 ハーマンから定型文の問いが投げられる。少女はゆっくりと呼吸を整えると――


「モニカ・キングスコートです」


 自分の名前をはっきりと告げて、あらかじめ考えていた言葉をスラスラと紡いでいく。


「本日は大変貴重なお時間をいただき、ありがとうございます。わたしは物心をついた頃より本学園の入学を目指して自宅学習に励んできました。この学園に入学した暁にはさらなる研鑽を惜しむことなく、ゆくゆくは国立研究所で社会の一翼を担えるよう尽力する所存です。どうぞよろしくお願いします」


「国立研究所と言いますと……あの国立工霊術研究所のことですね?」


 ハーマンが驚いたように目を丸くして、だがすぐにその表情をにこやかに微笑ませた。


「それは大きな夢ですね。国立工霊術研究所に配属されるのは国内でも一握りの優秀な()()()()だけです。それを目指すとなればその道のりは大変険しいでしょう」


「もちろん承知しています。しかし、わたしは必ずその夢を実現させるつもりです」


 モニカの言葉にハーマンが「頼もしいですね」と頷く。だが好意的な彼に対して――


「口ならば何とでも言えるな」


 ベンが不快げに舌を鳴らした。


「ここをどこだと思っている? イニティウム支部工霊術師育成施設。通称で()()などと呼ばれているが、とにかく工霊術師を育てるための教育機関だ。そこに入学しようとする者なら国立研究所を夢想することぐらいある」


 口早にそう言って、ベンが「だがしかし」と嘆息しながら頭を振る。


「どいつもこいつも能無しばかりだ。大した力もないくせに口ばっかり達者でいやがる」


「……わたしは口だけで終わらせるつもりはありません。確かに厳しい道のり――」


「俺に口答えするな!」


 ダンッと机を叩くベンに、モニカは思わず言葉を呑み込んだ。しんと場が凍りつく。表情を戸惑わせるハーマンと、瞳をギリギリと鋭くするベン。しばし沈黙が続いて――


 ベンが唐突に気味の悪い笑みを浮かべた。


「ところでお前――ヒューゴ・アレクサンドラの孫らしいな」


 ドクンと心臓が大きく鳴った。全力疾走で全身に滲んでいた汗。それがさらに噴き出してくる。モニカの動揺を見抜いてか、ベンの笑みがさらにいやらしく歪んでいく。


「お前の祖父が()()()()()()()を考えれば、人の道理として工霊術を学ぼうなどとは考えないと俺は思うがね。それとも悪党の孫娘はそれを恥と思うことさえないのかね?」


 ぐっと奥歯を噛みしめる。理不尽に怒鳴られようと蔑まれようと構わない。それが夢を叶えるために必要な屈辱なら耐える覚悟はしてきた。だがその言葉だけは――


 祖父を侮辱する言葉だけは許せない。


(何も……知らないくせに)


 罵詈雑言が口を突こうとする。だがモニカは咄嗟に言葉を喉の奥に押しとどめた。ここでベンを怒鳴りつけるのは簡単だ。だがそれでは夢を叶えられない。祖父の無念を晴らすことができない。だからこそ彼女は胸を焼き焦がす怒りにそっと蓋をした。


「今のは失言ですよ、ローガンさん」


 ここでハーマンが真剣な面持ちでベンに苦言を呈する。


「彼女の身内が誰であろうと彼女に関係のないことです。私たち試験官の勤めはそのようなものに囚われず、彼女の資質にのみ着目して合否を判定すること。違いますか?」


「……そう本気になるな。興味本位で少しばかり聞いてやっただけだ」


 ハーマンを目障りそうに一睨みしてベンがまた口を閉ざした。特に謝罪することもなく仏頂面に戻ったベンに、ハーマンが小さく息を吐いてからモニカに向き直る。


「不快な思いをさせてしまいましたね。申し訳ありません」


「あ……いえ、そんな……大丈夫です」


 ぺこりと頭を下げるモニカに、ハーマンが曇らせていた表情を少しだけ和ませる。


「実のところ、貴女の合格はほぼほぼ内定していることなんですよ」


 きょとんと栗色の瞳を丸くする。ハーマンが手元の資料に目を落として言葉を続けた。


「先日の筆記試験ですが全科目がとても高い水準でした。学園内でもトップレベルといえるでしょう。これだけの知識を独学で身に着けたとなれば驚嘆すべきことですね」


「あ、ありがとうございます!」


「この最終試験は貴女の()()()を決めるためのものです。少し予定にはないやり取りもありましたが、面接は概ね問題ないと言えるでしょう。後は実技の結果次第となります。現段階での貴女の工霊術師としての実力を見せてもらえませんか?」


 ハーマンの言葉にモニカは力強く頷いた。


「この部屋では狭いので、もっと広い場所に移動しても宜しいですか?」


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