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第四章 恋文と果たし状(4/4)

 甲冑に身を包んだ中年男が裂帛の気合とともに円錐形の槍を突き出す。並の人間なら頭蓋骨すら砕きかねない速度と重量。だが獅子堂は歓喜に笑いながら――


「しゃあああああああああ!」


 槍の側面に回し蹴りを叩きこみ、中年男が繰り出した攻撃の軌道を変えた。


 同時に大きく踏み込んで中年男の腹に拳を叩きこむ。分厚い甲冑に守られた中年男の体。だがその甲冑をも凹ませる獅子堂の拳に、中年男は涎を吐きながら後方に弾けた。


 中年男が苦悶に呻きながら地面をゴロゴロと転がる。彼が身を包んでいる甲冑は度重なる獅子堂の攻撃により至るところが凹んでいた。獅子堂はゴキゴキと首を鳴らすと、地面に這いつくばる中年男に尋ねる。


「どうするよ? まだ続けるか? どうにも限界って感じにも見えるけどよ」


 中年男がゼエゼエと息を荒げながら立ち上がろうとする。どうやらまだ諦めていないらしい。獅子堂は「はっ!」と鋭く笑うと、右足を引いて半身の姿勢に構えた。


「いい根性してるじゃねえか。いいぜ。納得するまで付き合ってやるよ」


「ぜえ……ぜえ……み……認めんぞ」


 フラフラと立ち上がった中年男がうわごとのようにポツリと呟く。男の言葉の意味が分からず「あん?」と首を傾げる獅子堂。中年男が血走らせた目をぎょろりと見開いた。


「認めん……俺は認めんぞ……貴様のような奴が……モニカ・キングスコートのような奴が……そんな連中が認められるような世界など……俺は絶対に認めんぞ」


 中年男の怨嗟のごとき呟き。その言葉に獅子堂は浮かべていた笑顔を音もなく消した。暗い兜の奥からギラギラとした眼光を瞬かせ、中年男が言葉を吐き捨てていく。


「モニカ・キングスコート……奴の祖父であるヒューゴ・アレクサンドラは……大量虐殺の兵器を生み出した悪魔だ……だが一部の工霊術師は未だ奴を稀代の天才などと持ち上げている……そして悪魔の血を引いたあの女は……そのヒューゴの名声を利用して……この学園で工霊術師の地位を得ようと目論んでいる……そんなこと……俺は認めんぞ!」


 ブツブツと呟いていた中年男がここで唐突に声を荒げる。中年男の言葉をただ沈黙して聞くだけの獅子堂。円錐型の槍をギリギリと握りしめ中年男が烈火のごとく吠えた。


「生まれながらに持った才能、家柄、権力、そんなもので地位や名声を得ようとするクズ共が! 大した努力も苦労も知らず、エリート扱いされることが当然と傲慢な顔をする連中を俺は断じて認めん! 本来認められるべきは俺のような人間だ! 努力と苦労でのみ本当の実力を身に着けた俺のような人間こそ称えられるべきだ!」


 中年男が円錐形の槍を構えて腰を落とす。


「周りからチヤホヤされ何不自由なく育ってきただけの小娘など、この学園に居ていいはずがない! 小娘もその聖霊も、この俺がその身の程を分からせてやるわ!」


 そう叫びながら中年男が駆け出した。これまでにない気迫で迫りくる中年男。その男が構えている巨大な円錐形の槍。獅子堂はすうっと息をゆっくり吸い込んでいき――


「がぁあああああああああああ!」


 大きく吠えて拳を突き下ろした。


 獅子堂の拳を叩きこまれ、突き出された円錐型の槍が半ばから粉々に砕ける。武器が破壊された衝撃によろけながら尻もちを付く中年男。弾き返すでもなくへし折るでもなく破壊する。そのことが信じられなかったのか、男が唖然として目を丸くした。


「……脆いぜ……ジョニーの奴の金属バットの方がまだ殴りごたえがあったってもんだ」


 獅子堂はそうぼそりと言うと、地面にへたり込んだ中年男を見下ろした。


「テメエが誰で……アイツの何を知ってんのか知らねえけどよ……アイツが何の苦労も努力もせず生きてきたってのは解せねえな」


 モニカと出会ってまだ数日。彼女のことを深く理解したとは言えないだろう。だがそれでも分かったことがある。獅子堂はこれまでの数日を振り返りつつ淡々と言う。


「平日は隙間なく講義を詰め込み、ちょっとした休み時間も図書館やら何やらで勉強。放課後はすぐに自室で予習復習を繰り返し、休日だって朝から晩までお勉強だ。ほんと参ったぜ。おかげでこっちはろくに遊びに行くこともできやしねえ」


 誇張でも何でもなくモニカはこの数日間、そのような生活を送ってきた。前の世界でろくに勉強もせず年中遊び呆けていた自分からは考えられない。だが何よりも驚くべきことは、彼女はこの生活を昨日今日始めたのではないということだ。


 モニカはただ一人の家族である祖父のため――


 四年前からこの生活を続けてきたのだろう。


「そんなアイツがじいさんの名前に胡坐掻いてるってのか? 何の苦労もねえ楽な人生だってのか? 俺からすれば誰よりも――アイツはめんどくせえ生き方を選んでんだよ」


 獅子堂は拳を高々と振り上げると――


「アイツのこと何も知らねえくせに――勝手なことほざいてんじゃねえぞ!」


 座り込んでいる中年男の脳天にその拳を全力で叩きつけた。


 中年男の顔面が地面に激突してバウンドする。頭部が跳ねた衝撃に男の兜が脱げ落ち、放物線を描いて地面に落ちた。兜の脱げた顔面を地面に埋めたまま沈黙する男。獅子堂はしばらくその男を見据えるも、「チッ」と舌を鳴らして突き下ろした拳を引いた。


「胸糞わりい喧嘩になっちまったぜ」


 逆立った髪をボリボリ掻く。とりあえずこれで決闘も終わりだ。学園にいるだろうモニカのもとに帰ろうと、獅子堂は踵を返して歩き出した。するとその時――


「……くっ……ふっ……ふはは……」


 一度沈黙したはずの中年男が笑った。何やら癇に障る笑い方に足を止めて背後を振り返る獅子堂。中年男が埋めていた顔を僅かに上げて歪んだ笑みを見せる。


「き……貴様のせいだ……貴様が俺に大人しくやられていれば……あの女は無事に帰してやっても良かったんだ……聖霊が殺されたとあれば……脅しには十分だからな……だが貴様がこんな真似をするから……あの女はこんな目に合うんだ……」


「――テメエ、なにを話してやがる!?」


 見開いた瞳に狂気を輝かせる中年男。その男の視線に言いようのない悪寒を覚えて、獅子堂はそう鋭く声を上げた。中年男が荒い呼吸の合間に言葉を吐き出していく。


「カーストゼロの連中に……あの女を拉致させた……今頃は奴らのアジトで……震えているだろう……連中には俺から連絡がなければ……女を好きにしていいと言ってある」


「何だと!?」


「カーストゼロの連中は動物程度の知能しかない野蛮人だ……そこに若い女が一人連れ込まれたとなれば……どんな目に合うか……馬鹿なお前でも分かるだろ?」


 ゾッと顔面を蒼白にする。獅子堂の表情の変化に中年男が歓喜したように吠えた。


「貴様が悪いんだ! 貴様が俺に殺されないから、あの女が代わりに連中の慰み者になるんだ! モニカ・キングスコートを学園から追い出す脅しにするためにな!」


「テメエ――ざけたこと言ってんじゃねえぞ!」


 地面に這いつくばっている中年男の胸倉を掴み上げて無理やり引き起こす。「ぎひ……ぎひ……」と血だらけの顔面を笑顔で歪める中年男。すでに焦点も定まっていない男に顔を近づけて獅子堂は怒気の孕んだ声を出す。


「アイツをどこに拉致した! 答えろ!」


「もう……遅い……今から向かったところで……すべて終わった後だ……」


「いいから答えやがれ!」


「俺に……歯向かうからだ……ざまあ……み……ろ……」


「ッ――オイ! テメエ! 返事しやがれ!」


 中年男の胸倉を乱暴に振る。だが気を失ったのか男に反応はなかった。獅子堂はガリガリと歯ぎしりすると、気絶した中年男を乱暴に地面に投げ捨てた。


「シャレになってねえだろ、チクショウが」


 カーストゼロが何なのかは分からない。だが中年男の口振りから危険な連中なのだろう。そんな連中を相手にモニカが一人で立ち向かえるか。どう考えても無理だ。モニカは頭がいい。恐らく自分が知る中では一番だ。だが彼女にどれだけの頭脳があろうと――


 圧倒的な暴力を前にして彼女は蹂躙されるだろう。


「――クソったれが!」


 誰にともなく悪態を吐いてその場から駆け出そうとした、その時――


「どこに行こうというの?」


 冷たい声が鳴らされる。


 思わず足を止めて、それと同時に周囲の空気が異様に冷えていることに気付く。体をブルリと一度震わせて、空き地の入口に視線を向ける。そこにいたのは――


 水色の髪を腰まで伸ばした女子学生だった。


「お前……確か学生会長の――」


「ミア・レイン……名前覚えてね」


 水色髪の女――ミアがゆったりとした足取りで空き地に入り、再び尋ねてくる。


「それで……どこに行くつもり? 貴方は居場所を知らないんでしょ、モニカさんの?」


「だからとジッとしてられねえ! 街中駆けずり回ってでもアイツを探さねえと!」


「随分と心配されているのね、モニカさんも。ちょっと羨ましいわ」


「用がねえなら行くぜ! 今は時間が――」


 ここまで話して獅子堂はふと気付いた。


「……何で俺がアイツを探してるって知ってんだよ?」


「リーゼント君がモニカさんの拉致現場に居合わせてね。私はその彼から事件を引き継ぐ形でここにいる。因みに貴方がこの空き地にいることもリーゼント君から聞いたわ」


 ミアが簡潔に状況を説明して、眠たげなアクアブルーの瞳を一度瞬かせた。


「私が知っているわ、モニカさんの居場所はね。タクシーを呼んだから向かいましょ」


「そいつはありがてえが……何とかもっと急げねえか? このままじゃヤベエんだよ」


「それはタクシーの運転手に言って。それに、モニカさんはきっと大丈夫よ」


 ポカンと目を丸くする獅子堂にミアがポツリと言う。


「あの男に連絡しておいたから」



======================



 イニティウム南区の一画。繁華街からは死角となるその場所に立つ一棟のビル。窓ガラスすらはめられていない一見して廃墟と思しき五階建ての建物。その最上階。伽藍洞とした部屋に無造作に敷かれたマットレスに、モニカは座っていた。


 モニカの座っている古びたマットレス。その周りを囲んで立っている十人以上の男たち。見るからにガラの悪い男たちが、モニカを舐め回すように見つめながら、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべている。


「……駄目だ。やっぱあのセンコーと携帯つながんねえわ」


 携帯端末を耳に当てていた一人の男がそう肩をすくめた。その報告を受けてすぐ近くにいた別の男が「くひひ」とニンマリと笑う。


「――ってことは、約束通りこの女はヤっちまっても構わねえってことだよな?」


 この男の一言に、モニカを囲んでいた男たちが一斉に色めき立つ。


「やりぃ! 実のところそっちの展開を期待してたんだよ、俺は!」


「巨乳ちゃんと遊べるなんてサイコーだな!」


「金は貰えるし女を抱けるしで、今日はマジでラッキーだぜ!」


 聞きたくなくとも聞こえてしまう。理解したくなくとも理解してしまう。この不気味な笑みを浮かべた男たちが何を考えているのか。この男たちに自分が一体何をされるのか。モニカはこれまで体験したことのない感情――


 女性の本能に根差した恐怖を覚えた。


「……いや」


 色めき立っていた男たちの視線がモニカに向けられる。モニカはマットレスの上で身動ぎして彼らから距離を取ろうとした。だがマットレスを囲んだ男たちから逃げることなどできるはずもない。表情を怯えさせるモニカに男たちの笑みがより歪んでいく。


「わ……分かってるの!? こんなこと……は、犯罪だからね! 退学どころじゃすまないわよ! け、警察に言って、ここにいる全員捕まえてもらうんだから!」


「おお、おお、そいつは怖いな。だけどよモニカちゃん……」


 男の一人が携帯端末を取り出して、そのカメラをモニカへと向けた。


「そん時はモニカちゃんの恥ずかしい姿が学園や街中に広まることになっちまうなぁ。まあそれでも構わねえってなら、俺たちは別に止めねえけど?」


 正面や左右からと様々な角度から向けられたカメラのレンズに顔が青ざめる。こちらのスカートの中を覗きこもうと移動したカメラに、モニカは咄嗟にスカートを押さえた。


「や、やめてよ!」


「初々しいねえ。こりゃあ本番でどんな姿を見せてくれるのか楽しみだ」


「ど……どうして」


 モニカは涙交じりに叫んだ。


「どうしてこんなこと――わたしが何したってのよ!」


「さあねぇ。俺たちは人から頼まれただけだからな」


 金髪を首筋でまとめた男がマットレスに手を掛けてベロリと舌なめずりをする。


「この映像をネタに、アンタを学園から追い出したい奴がいるらしいぜ。まあそこんとこの詳しい事情は知らねえが、人から恨まれるアンタが悪いんだ。諦めな」


 意味が分からない。どうして恨まれなければならないのか。自分はただ世間を見返したかっただけだ。たった一人の家族である祖父のことを悪魔だと罵る連中に、祖父がいかに偉大な人だったのか知らしめたかっただけだ。ただそれだけなのに――


(どうして……こんなことに……)


 滲んでいた涙が頬を伝い流れる。だがこの絶望さえも男たちにとっては欲望を掻き立てるスパイスにしかならない。マットレスに体を乗せた男がモニカへと手を伸ばし――


 その時、突如天井が破裂した。


「――ぐわっ!」


 部屋中に土煙が舞い上がる。灰色の煙に視界を覆われて咄嗟に瞼を閉じるモニカ。周囲から聞こえてくる男たちの咳き込む声と罵声。それに混じり――


 落ち着いた声が聞こえた。


「校舎から近くて助かったな。おかげで連絡を受けてすぐ駆けつけることができた」


 その声に聞き覚えはない。だが周囲の男たちとは明らかに違う。強固な意志により自制された声だ。徐々に土煙が晴れてくる。閉じていた瞼を開けると――


 目の前に一人の男がいた。


 長身の男だ。深緑の短髪に黒の革ジャケット。学園指定のズボンに鋲のついたブーツ。服の上からでも分かる引き締められた体。こちらに背中を向けているため顔までは分からないが、その若い声から自分と同年代だろう。


「ダ……ダリルさん……どうしてここに?」


 天井が破裂した衝撃にマットレスから転げ落ちた金髪の男。その男が革ジャケットの男に表情を強張らせている。革ジャケットの男が砕けた天井の破片を無造作に蹴り――


「人の獲物を横取りしようとした落とし前――つけさせてもらうぞ」


 静かな口調でそう話した。



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