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第四章 恋文と果たし状(3/4)

 学園からほど近くにある空き地。そこに一人の男が仁王立ちしていた。ツンツンに逆立った黒髪。この世界では珍妙な学ラン。威風堂々と腕を組んでいた男は――


「尋常に――勝負!」


 大きな独りごとを叫んだ。


 男の叫び声が青い空に吸い込まれて、シンと場が静寂する。ゆったりと流れていく風。その風に長ランの裾を揺らしながら男――獅子堂卓志は首を傾げた。


「おっせえな……一体いつまで待たせんだよ」


 こちらは準備万端だというのに、果たし状の差出人が一向に姿を現さない。獅子堂はソワソワと体を揺らしながら、視線をキョロキョロと周囲に巡らせた。


「ってかよく考えたら、特に決闘の時間も指定されてなかったな」


 もしかすると決闘は今日ではないのか。獅子堂は頭を掻きながら表情を渋くした。


「参ったな……あまり帰りが遅くなると、またアイツにどやされちまう」


 栗色の髪を三つ編みにした女――モニカの怒った顔を想像して嘆息する。妹と生活していたこともあり、年下の女から怒鳴られることには慣れている。だがいくら慣れているとはいえ怒鳴られて気分が良いこともない。


「どうすっかな……あと五分……いや十分だけ待って来なかったら帰っちまうか?」


 決闘できないのは残念だが、いつ来るかも分からない人間をこのまま待ち続けるのもしんどい。獅子堂はとりあえずそう方針を定めて想い人をじっと待ち続けた。


 それから五分が経過する。もはや決闘相手は姿を現さないだろう。獅子堂もそう諦めかけていたその時、空き地の入口から足音が聞こえてきた。


 胸中で喝采を上げて、獅子堂は背を向けていた空き地の入口に振り返る。のんびりとした足取りで空き地に入ってくる人物。それは頭の禿げかけた中年男だった。


「……あん?」


 思いがけない人物に、獅子堂はきょとんと目を丸くする。中年男が空き地の中ほどで立ち止まり、唖然としているこちらの様子を見てクツクツと笑った。


「どうした? 期待していた人間ではなくてガッカリしたか?」


 まるで嘲笑うように中年男が言う。中年男の言葉には応えず、「んん?」とこめかみをポリポリと掻く獅子堂。すると中年男が「がははは!」と腹を抱えて笑い出した。


「随分な間抜け面じゃないか! 手紙を読んだ時の貴様のはしゃぎようはなかったからな! だが残念だったな! 貴様が読んだあの手紙は俺が書いたものだ!」


「……お前があの手紙を?」


「そうだ! 貴様を一人呼び出すためにな! ガッカリしたか! がっはっはっは!」


 中年男が大声で笑う。ダンダンと足を踏み鳴らすその男に眉をひそめる獅子堂。三十秒ほどが経過。男がひとしきり笑い終えたところで、獅子堂は淡々と言った。


「まあ確かにガッカリはしたかな。まさか手紙の相手がこんなオッサンだとは」


「くっくっく……そうだろうな」


「だが考えてみれば関係ねえかもな。喧嘩するのに年齢なんかどうでもいいし」


「そうだろうそうだろう……ん、喧嘩?」


 何やら一人でウケていた中年男がここで怪訝そうに眉根を寄せた。嘲笑から一転、表情を困惑させる中年男。男が何に疑問を抱いているか知らないが――


 獅子堂は意気揚々と構えを取った。


「うっしゃあああ! そんじゃあ早速、決闘を始めようぜ!」


「決闘だと……おい! 貴様ちょっと待て!」


 殴り掛かろうと足を踏み出したところで、中年男が慌てて手を向けてくる。踏み出した足を止めて首を傾げる獅子堂。中年男がピクピクと眉を痙攣させながら言う。


「……貴様……念のために確認するが……俺が書いた手紙を何だと思っていた」


「何って……果たし状だろ?」


「なんでだぁあああああああああ!?」


 ここで中年男が突然激昂する。更年期特有のアレかも知れない。そう一人納得する獅子堂に、中年男が手を戦慄かせながら絶叫する。


「あの内容をどう解釈して果たし状だと思った! 貴様まさか馬鹿なのか!?」


「なんだよ急に怒りやがって。うるせえな。ていうかそもそもテメエ誰だよ?」


「何だと!? 貴様――よもや俺のことを忘れたんじゃないだろうな!」


「どっかで会ったっけ?」


 首を傾げて疑問符を浮かべる獅子堂。中年男がギリギリと歯ぎしりしながら、何やら赤く腫れている自身の頬を右手で押さえた。


「ふざけおって……俺は貴様に殴られたあの屈辱を片時も忘れなかったというのに」


「……テメエのその赤く腫れた頬……転んで地面にでも打ち付けたんか?」


「話の流れで分からんか!? これは貴様に殴られてこうなったんだ!」


 まさかの返答に驚愕する。この世界に来てからというもの、モニカの監視もあり喧嘩は自重してきた。その自分が殴ったとなればその相手も限られてくる。だがやはり中年男のことを思い出せない。首を捻る獅子堂を中年男が憎々しげに睨んで――


 ここで唐突にニヤリと笑った。


「いいだろう……決闘だったな。望み通りにしてやろうじゃないか。もとより貴様はここで俺の手で始末してやるつもりだったからな」


「んだよ。初めからそのつもりなら、よく分からねえ理由で喧嘩を止めんなよな」


「余裕ぶっていられるのも今のうちだ――契約者を欠いた聖霊など恐れるに足らん!」


 中年男が叫ぶと同時に――


 中年男の背後に中世の甲冑が突如出現する。


「これが――同化した俺の力だ」


 中年男と甲冑が眩い光に包まれる。目を細めて輝きに包まれた中年男を見やる獅子堂。五秒ほどで光が消失し、その輝きに包まれていた中年男が姿を現した。


 中世の甲冑を身にまとった中年男が「ふははは!」と哄笑を上げる。


「行くぞ! クソったれの聖霊が!」


 円錐型の槍を構えて中年男が突進してくる。迫りくる中年男を見据えたままその場に留まる獅子堂。中年男が巨大な槍を突き出してくる。先端を鋭利に尖らせたその槍を――


 獅子堂はハシッと右手で掴んで止めた。


 中年男の全身を包み込む甲冑。その兜の奥から中年男の驚愕する声が漏れる。突き出した槍を押したり引いたりと奮闘する中年男。だが獅子堂は微動だにしない。しばしの間。獅子堂は唐突に槍から手を離した。力んでいた中年男があっけなくバランスを崩す。


 その隙を狙い、獅子堂は中年男の顔面に右拳を突き刺した。


「ぐぼわあああああ!」


 衝撃により中年男が後方にゴロゴロと転がる。右拳をハラハラ振りながら仰向けに倒れた中年男を見据える獅子堂。中年男がフラフラと立ち上がり、中心を凹ました兜の奥から震えた声を出した。


「そんな……馬鹿な……同化もしてない聖霊が……単独でこれだけの力を……」


「何を呆けてやがる? まさか一発で終わりってわけじゃねえんだろ?」


 獅子堂はゴツンと拳を合わせると牙を剥いて荒々しく笑った。


「喧嘩はここからが本番だぜ!?」



======================



 ジョニーはカッと赤い瞳を見開くと、手にしていた金属バットを全力で振るった。


「全振炎投!」


 ジョニーの金属バットから火球が放たれる。ジョニーの正面にいたガラの悪い男――人のことは言えない――がぎょっと表情を強張らせ、ジョニーの火球に鳩尾を打たれた。


 瞬く間に男の全身に火が回る。男は「ぎゃあ!」と短い悲鳴を上げると、地面をバタバタと転げまわり、しばらくして沈黙した。男を襲っていた火が忽然と消失する。全身を焦げ付かせて気絶した男。火傷こそ負ったものの命に別状はないだろう。


「――はあ――はあ」


 肩を動かしながら荒い息を吐くジョニー。その彼の膝が突如ガクッと崩れる。咄嗟に金属バットを杖がわりに転倒を防ぐも、その彼の足は冗談のように震えていた。


 ジョニーは満身創痍であった。突然駐輪場に現れたカーストゼロの学生。素行の悪さから学園を追い出され、だがその優れた才能から完全には切り捨てられなかった実力者たち。その彼らを十人も相手したのだ。全身はすでに傷だらけで体力も底をついていた。


「やってくれるじゃねえか。カーストゼロでもねえ半端者のヤンキーくずれがよ」


 残るカーストゼロの学生は一人。駐輪場の至るところに倒れた自身のツレを見回して、最後に残されたその男がニヤリと笑う。ジョニーは「ぜえぜえ」と息を吐きながら、血の味に染まった口を動かした。


「はあ……姉さんを……はあ……どこに連れて行ったんっスか……」


 姉さんことモニカ・キングスコート。カーストゼロの目的はその彼女を拉致することだった。ジョニーは聖霊と同化してカーストゼロから彼女を守ろうと奮闘するも多勢に無勢、彼女はカーストゼロにより車に押し込まれ連れていかれてしまった。


 すでに体力はない。だが眼光だけは鋭くするジョニー。その彼の睨みに、「さあ……どこだろうなぁ」と男が青あざのついた頬を撫でながら下卑た笑みを浮かべた。


「後で本人に直接聞いてみろよ。まあ話したがらねえだろうけどよ」


 クツクツと笑う男に、ジョニーの赤いリーゼントが炎のようにざわりと揺らめく。


「下衆野郎が……姉さんは……傷付けさせねえっスよ」


 モニカの聖霊である兄貴――シシドウ・タクシはこの場にいない。聖霊のいない契約者は無力だ。自分が彼女を守らなければならない。ジョニーは全身の細胞を使命感の炎で燃やし、動かない体を強引に奮い立たせた。


 金属バットを構え直して、残り一人となったカーストゼロを睨む。ニヤニヤと笑いながらジョニーを見据える男。仲間が全員やられたというのに、彼のその態度には明らかな余裕が見て取れた。男が駐輪場の入口をちらりと一瞥して瞳をニンマリと細める。


「いや実際大したもんだ。俺たちの中にも聖霊と同化できる奴はいたのによ。そいつらをたった一人でぶっ倒しちまうんだもんな」


「……だったら……大人しく姉さんの居場所……話すっス……」


「聞いたところでどうするよ? ここでくたばっちまうテメエに何ができる?」


「こんなナリでも……アンタ一人倒すことぐらい……わけねえっスよ」


「そいつは残念だったな……お前が倒さなきゃならねえのは俺は一人だけじゃねえ」


 カーストゼロの男がくいっと顎を動かして駐輪場の入口を示す。ジョニーは金属バットを構えたまま、駐輪場入口を後ろ目に見やった。するとそこには――


 いつの間にか、カーストゼロの男と同類と思しき男たちが五人も立っていた。


 唖然とするジョニー。声を失った彼にカーストゼロの男が可笑しそうに唇を曲げる。


「テメエが張り切るからよ、念のため近くに待機させていた仲間に携帯で連絡しておいたのよ。この連中はうちの中でも精鋭でね、その様のテメエが一人で勝てるかな?」


 虫けらを容赦なく踏み潰すときのような、残虐な笑みを浮かべるカーストゼロの男。駐輪場入口に新たに現れた男たちもまた、ボロボロのジョニーの姿に嘲笑を浮かべる。


 駐輪場入口にいる男たちから目の前にいる男に視線を戻す。すでに勝利を確信しているのだろう。無力な獲物をどういたぶってやろうか。目の前の男からはそんな薄気味悪い考えが見て取れた。ジョニーはぜえぜえと息を切りながら目の前の男を睨みつけ――


 ふと笑みを浮かべた。


「なに笑ってんだテメエ?」


 男が怪訝に眉をひそめる。全身が傷だらけで体を動かすだけでも焼けるような痛みが走る。だがジョニーはそんな痛みを無視して、「くっくっく」と肩を揺らして笑った。


「俺……人道を外れたことは大っ嫌いっス」


 絶体絶命であるはずの獲物が見せた笑み。ジョニーの奇妙なその表情にカーストゼロの男が困惑している。ジョニーは大きく息を吸い込んでゆっくりと言葉を吐き出した。


「だけど……腐ってもヤンキーっスから……学園の学生会からは目を付けられてるっス……だから……俺がなにか問題を起こした時……すぐに俺と連絡が取れるよう……学生会とは連絡先の交換を……させられているっス」


 右手で金属バットを構えたまま左手を胸ポケットに入れる。胸ポケットから自身の携帯端末を取り出して、ジョニーはその端末をカーストゼロの男にかざして見せた。前面に液晶モニターがある携帯端末。その画面には――


 通話状態を示すマークが表示されていた。


「――テメエ!?」


 狼狽するカーストゼロの男に、ジョニーは浮かべていた笑みを深くした。


「アンタらの隙を突いて……携帯で連絡しておいたんっス……会話する余裕なんてないっスが……通話状態を維持してたっスから……相手はこの状況を把握しているはずっス」


「誰に連絡を入れやがった!」


「……気付かないっスか?」


 ジョニーは構えていた金属バットを下すと――


 体をブルリと一度震わせた。


「この陽気に……なんだか冷えるっスね」


 この直後――


 駐輪場の地面に氷の華が咲き乱れた。


「――なっ!?」


 突如凍りついた地面に足を拘束されてカーストゼロの男が狼狽する。駐輪場入口にたむろしていた男たちもまた、凍りついた足に身動きできず表情を強張らせていた。数十メートルもの範囲を一瞬にして凍りつかせる強大な力。こんな真似ができるのは――


 学園においてもただ一人しかいない。


「……今日は冷えるわね」


 カーストゼロの男がぎょっと目を見開いて背後を振り返る。駐輪場入口とは逆方向。そこに白い影が立っていた。腰まで伸びた白髪に垂れさがり気味の長い耳。眠たげな白色の瞳に全身を包み込んでいる毛皮のコート。その白い影に男の全身が震えた。


「『凍葬の女神』――ミア・レイン」


「学生会長よ、二つ名は嫌いなの」


 白い影――学生会長のミア・レインがカーストゼロの男の言葉をやんわりと訂正する。彼女の首に巻かれている聖霊。キキ。ミアはすでにその聖霊と同化した姿に変化していた。臨戦態勢は整っている。ジョニーはそれを確認して、力なく地面にへたり込んだ。


「助かったっス……会長」


「そこで休んでなさい、後は私がやるから」


 淡々としていながらも力強い言葉。ジョニーは同化を解いて肩を落とした。


「そうさせてもらうっス……でも会長……どうして入口とは逆側にいるっス?」


「塀を跳び越えてきたの、こっちのほうが近いでしょ?」


 塀の高さは四、五メートルあり軽々と跳び越せるものではない。さすが契約者も聖霊も規格外と言うことか。のんびりとした足取りでカーストゼロの男に近づいて、ミアがその雪のような白色の瞳を輝かせた。


「どこに拉致したの、モニカさんを?」


 ミアの簡潔な問い。身動きのできない男が「へっ」と表情を強張らせつつ笑う。


「誰が言うかよ。俺たちは学園からはじき出された外れ者だ。テメエらのような良い子ちゃんに舐められたらおしめえなんだよ」


 男がそう吐き捨てたその時、男を拘束していた氷が男の足を駆け上がり、腰元までを凍結させた。強張らせていた表情を蒼白にする男に、ミアがまた淡々と言う。


「凍傷の初期症状は皮膚の変色に加え、灼熱感やしびれ感、そして激しい痛み。さらに症状が進行すれば皮膚は徐々に黒く変色して水泡が生じ、患部や血管への傷害、最終的には筋肉や骨の壊死から切断を余儀なくされる」


「……ハッタリか? 優等生の学生会長様にそんな真似ができるわけがねえ」


 男が怯えながらも強気に笑う。ミアがおもむろに男の頬に手を触れた。ビクリと表情を震えさせる男。ミアが白色の瞳を僅かに細めたその瞬間――


 彼女の触れていた男の頬が凍結する。


「知っているんでしょ、私の二つ名を?」


 ガタガタと全身を震えさせる男に――


 ミアが冷たく笑った。


「私をあまり舐めないで」




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