Ⅶ.デリーター
リオは王都に向かってゆっくり歩いていた。先程の戦いでの疲労と怪我で走る事を止めた。
仮に帝国兵の増援が来ても戦えるように体力を回復させる必要もあった。
-関所まであと2kmくらいか?夜には王都に着きそうだ‼
王都への途中にある関所が見えてきた。関所を越えてしまえば、あとは王都まで平和な道のりになる。
-自分が歩いてこれなら第三陣も皆助かったな…
-今回の殿の犠牲は最小限で済んだのではなかろうか?いや俺達が最初から戦っていれば、教授も助かったかもしれない…
リオの頭の中で色々な考えが頭を巡る。その度に後悔で溜め息をついてしまう。
-敵兵とは分かり合えなかっただろうか?
仮に分かり合えたら死者は少なくなるだろうし、元の平和な世界に戻る気がしていた。
色々な考えをしながら歩いていたため、関所まであと1kmとなる。
-あと少しか…今日は疲れたな…
ほっと一息つきかけた処で、後ろから馬に乗った20人くらいの小隊が追いかけて来た。
「貴様ポラリスの人間だな?」
兵士長らしき人間は剣を抜いて質問する。
-すぐに攻撃して来そうだな
「そうですが、何か?」
リオは構えながらも、表情を変えず平然とした顔で答える。
答えてすぐに周りの兵士が剣を抜いた。
-今は戦う気分じゃないんだけれど…
リオは白の書を左手に持ったまま、両手を上げて無抵抗をアピールした。
「あの、争うのはやめ…」
リオが言い終わる前に、後ろの帝国兵は馬に乗ったまま斬りかかった。
ガキンッ
帝国兵が斬りつけた剣は、リオの体に触れると同時に真っ二つに折れる。
余程強い力で剣を握っていたのだろう。帝国兵の手首は攻撃を弾かれた反動で折れてしまう。
「うわぁぁぁぁ…痛い、痛いよぉぉぉ」
帝国兵は馬から転がり落ちてしまう。
「貴様、帝国に刃向かうとどうなるか分かっているな?」
兵士長は激怒し、他の兵士に一斉攻撃の合図をした。
その瞬間、リオはそれまで隠していた殺意を帝国兵に向ける。それまで表情ひとつ変えなかったリオは、首をかしげ、半笑いのように口角を上に上げた。
-ダメだ…やっぱり分かり合えないみたいだ…
それは諦めの笑顔だった。だから敵は殺さなければならないと覚悟を決めた瞬間だった。
「今から逃げるなら助けてやる。」
笑顔から真顔になり殺意を敵兵に向け、最後の勧告をした。
敵兵はリオの殺意にたじろいだ。しかし青年一人にやられる訳はないと思い斬りかかった。
兵士5人程がリオの周りを囲み一斉に斬りかかる。だが馬に乗った兵士は何故か衝突し合い、馬から落ちてしまった。
その光景を見ていた兵士長は状況を理解できなかった。一瞬にしてリオの姿が消えてしまったからだ。
「奴はどこだ?どこに消えた?探せ!!」
兵士長が兵士に命令を出した頃には、既に兵士長の首は斬り落とされた後だった…
「俺はここにいるよ…」
液体化を行い兵士たちの攻撃を避けた後に、リオは兵士長の背後に回った。そして一瞬にして首を落とし止めを刺す。
その一瞬の出来事に馬に乗った兵士は逃げようとした。馬から落ちた兵士は腰が抜けた状態だが、立ち上がって逃げようと必死だ。
「絶対に逃がさない!!俺は今機嫌が悪いんだ!!」
リオは無抵抗な人間を襲い、自分の立場が悪くなれば逃げようとする敵の兵士が許せなかった。こんな人間達にポラリスの民が虐げられていたのだと考えると、怒りが沸々とこみ上げて来た。
先程『削除』した7魔将の力。『腐蝕』の力を思い出していた。
-奴は指鉄砲を作っていたな…
指鉄砲を作り、敵の馬目掛けて人差し指を向ける。
「パンッ」
リオがそう言った瞬間、1センチ程の鉛玉がリオの指先から飛び出した。その玉は馬に当たると馬の胴体を腐蝕させながら貫いた。
レヴィアの玉が液体っぽいものだった。しかしジンクの『鋼鉄化』のギフトを受け取った今のリオのギフトは、認知しているギフトが混ざり合っていた。
ギフトの合成…それは『叡智の書』に適合した人間の特権だった。
「パンッ」「パンッ」「パンッ」「パンッ」「パンッ」
リオは一瞬にして逃げた敵兵士と馬を撃ち抜いた。帝国兵から見ればそれは虐殺だった。
「この化物がっ!!」
先程馬から落とされ、立ち上がれずにいた帝国兵が叫んだ。
-化物か…俺から見たらお前達の方がよほど化物だよ…
「俺が化物だとしたら、その化物を生んだのはお前達帝国兵だよ…」
リオは悲し気に呟いた。そう言って近くの敵兵士を剣で殺し始めた。
「俺達を殺せば7魔将がお前を殺しに来るぞ。ここにはレヴィア様とアイラ様が来ているのだから…今から謝れば許してやるから!!」
敵兵士は自分が生き残ろうと必死だった。なんとしてでも攻撃を止めさせなければ殺されると理解していた。
「あぁ、レヴィアね…死んだよあいつなら…」
リオはジンクの事を思い出していた。ジンクが倒した魔将…
-ジンクは死んでしまったな…あいつみたいに俺はなれないな
ジンクの事を考えると帝国兵に憎しみが湧いて来る。彼らが学校を襲撃しなければ、彼は死ぬ事はなかっただろう…
-あいつが生きていたら、親友として笑い合う未来があったかもしれない。
そう学校が残っていれば…その未来を消したのはこいつら魔帝国兵達だった。
それを思うとリオは悔しくて仕方がなかった。
「バン」「バン」「バン」「バン」「バン」「バン」
リオは次々と銃弾の雨を降らせ始めた。それは憎い相手に涙を見せない為に…
銃弾の雨はいつしか血の雨に変わり、リオの降らす透明な雨を隠す。
「死ねよ死ねよ死ねよ死ね死ね死ね死ね」
リオは平気で虐殺が出来る自分が信じられなかった。命はそれぞれ価値がある。しかしそれを無価値に消してしまう自身も今は憎かった。
-きっと俺がもっと強ければ…すべてを守る事が出来た。
リオが降らせた雨が止むと、兵士が全員無残な姿で倒れていた。『腐蝕』させる鉛玉は、ギフトを持たない兵士には殺傷力が強すぎた。
-さて王都に向かおうか…
そう思って再び王都への道を歩み始める。
兵士達の死体に背を向けた時だった。リオの足元が光った。
-これは…
ドオォォォン
大きな爆発音がしてその場からリオの姿は消えた。
「ようやく死んだか化物め!!俺やったよ。皆の仇を『爆破』のギフトで討ったよ!!」
お腹が腐蝕によりえぐり取られた兵士は辛うじて生きていた。他の兵士がリオの鉄砲玉により死んでいく中、奇跡的に生き残ったのだった。
しかし生き残ったが彼は間もなく死ぬだろう。
だが帝国兵は満足していた。死ぬ前に仲間の仇を跡形もなく消す事が出来たからだ。
「へえぇぇぇ…良いギフトじゃん!!」
兵士の後ろには、水銀の様に体を液体金属化したリオが立っていた。
リオは生きていた。爆破の瞬間、『液体化』を行うか『鋼鉄化』を行うか迷った。しかしその迷いが2つの力を本能的に合成させるに至った。
『削除』
リオはいつの間にか兵士の頭に右手を当てて自らのギフトを使った。
その一言で兵士の『爆破』のギフトを自らの物とした。
「死ねよ化物が!!」
それが振り返ろうとした兵士の最後の言葉だった。
-俺ももうお前の顔は見たくないよ…消えてくれ…
「消えろ」
兵士に当てた右手は兵士の体を腐蝕させた。まるで存在が無かったかの様に、その兵士は跡形もなく消えた。
その後リオは白の書を確認した。最後のページを確認すると、『爆破』の文字のあるページが徐々に黒く染まっていく。
それに気付くと彼は、前のページに戻って黒いページが無いか確認していく。
アクアから削除した『液体化』の乗っていたページは黒く染まっていた。その後の今のページまではずっと真っ黒のページが連続していた。
-黒のページは死んだ人間を表しているんだろうな…
リオはアクアの『液体化』の力を削除した事を後悔した。もし自分が彼のギフトを削除していなければ彼は生き残る事が出来たかもしれなかったからだ…
「本当の正義とはなんなのか?俺がしている事は何だろうか?」
正義の為に帝国兵を殺したはずなのに、いつの間にか自分が悪人の様になっていた。
色々と考えながらも、再びリオは王都に向かって歩き始めた。きっと自分は勇者の様な崇高な存在とは程遠いと思いながら…
-自分のせいで敵味方を誰かれ構わずに殺してしまった。勇者になれない俺はどんな存在なんだろうな?
様々な感情を抱きながらリオは王都へと向かい足を進める。
「俺は勇者じゃない…俺は『平和を乱す存在を削除する者だ!!』」