Ⅵ.禁忌術式
ジンクが発動しようとする魔法にリオは驚く。
『禁忌術式』はギフトにより自由に魔法を使える者が、自らの命を触媒にして発動する禁術…
その力は一瞬ではあるが、街を難なく滅ぼし国を揺るがす神器に匹敵する。
禁忌術式はギフトを持たない者には使えない。更には発動時に自らの魔力と自然からのエネルギーを身に受ける為、想像を絶する痛みを感じる。
だから痛みに耐えられず、発動出来ない者も多い。
リオは無言であった。今ある選択肢ではこれがベストだからだ…戦友の死と引き換えに、自分を含めた多くの人間を救う…
それに止めようとしてもジンクは絶対に止まらないだろう。
「我が名は『ジンク・フォン・メルク』‼星々に我が命を、戦友と民に未来を‼全てを護る絶対の力を我に‼」
ジンクは天に心臓を捧げながら詠唱する。彼の周りには視認出来るくらい密度の濃い魔力が集まり始める。
リオは先程のジンクの言葉を思い出す。
-貴族として騎士として誇り高く生きる。自分より弱き者を守る‼
ジンクは強くぶれない。それは騎士として、貴族としての誇りを自らの柱としているから。
リオがかつて失った物。自らを犠牲にしても、民の笑顔を護ろうとする力。
「うぐっ…痛え。」
禁術の発動は自らの命を燃やす。だからジンクは死の痛みを感じ始める。苦痛に顔は歪み始める。
リオはジンクに近付く。
-今俺が出来る事は…
ジンクの肩に右手を乗せる。
「最後まで付き合うぜ‼戦友‼『削除』」
リオはジンクの『痛み』を削除した。それが民を護る為、命を燃やす騎士に出来る最後の激励だった…
「ありがとうな…戦友よ」
ジンクはリオの方を向いて微笑む。
ジンクの周りに集まる魔力で自分が吹き飛ばされそうだ。そこまで強力な力を彼は一人で身に受けている。
ジンクに集まる魔力が消え一瞬で静かになる。
-失敗か?いや…
リオは奇妙な静かさに一瞬不安になるが、彼がジンクから受けた痛みは強くなっている。
そう、それは星が瞬く前のような静けさだった。全てが燃え尽きる前の一瞬の時間だった。
「禁忌術式‼星と民に捧ぐ無敵の盾」
星が爆発するかの様な眩い光を放った‼
ジンクの禁術の発動と同時に、巨大な鋼鉄の壁が目の前に出現する。目の前から見たら巨大な壁だが、遥か果てから見ると、それは山を覆う大きな盾だった。
ゴゴゴゴォォと鳴り続けた地響きはまるで何も無かったかのようにぴたりと止んだ。
その盾は決して傷付く事がなかった。土砂崩れの強大なエネルギーさえも、傷ひとつ無く受け止めきってしまった。
先程までの五月蝿さが、まるで嘘だったかのように今の山は静かだった。
術を唱え終わると2人は地面に倒れてしまった。
「ははっ、お前はすげえよ‼」
リオはジンクから引き受けた痛みをこらえながら呟く。
「全ての民を護るのが騎士だからな‼」
ジンクは苦しげな顔をしながらリオに言う。
「お前みたいな騎士に、絶対に勝てる訳ないじゃん…格好良すぎるんだよ‼」
リオはそう言って涙を流し始める。ジンクの痛み…それを引き受けたリオは、ジンクに死が近付いているのに気付いている。
「勝負は俺の勝ちか…ならば俺と共にポラリスの民の為に戦って貰うぞ‼」
ジンクは笑いながらそう言った。
-ジンクは格好良いな…
「ああ」
リオは躊躇う事無く答える。
ジンクは自らの心臓の音が弱くなり始めたのに気付く。だから今から言う言葉が、最後の言葉になると理解した。
-戦友に言うべき最後の言葉は…
「共に生き残って今日までの事をいつか笑い話にしようぜ‼」
それは戦う前にリオが言った言葉だった。それを言うと、ジンクは微笑みながら眠りについた。
死の痛み…それは存外呆気ないものだった。眠りにつくような、ふんわりと優しいものだった。
リオがジンクから引き受けた痛みは、彼の死と共に消えていた…
「生き残るって言うそばから死んでんじゃねえよ‼」
リオは右腕で目を覆った。涙が止めどなく溢れてしまうからだ。
-この痛みは決して忘れない‼
リオは泣き続けた。現実を受け入れる為に。
今日の痛みをリオは決して忘れる事は無いだろう。ジンクの誇り高き生き様を刻む為に。
1時間くらい泣いて、泣き止んだ彼は立ち上がる。未来へ歩むために…
-俺はジンクの意思を受け継いで、民を必ず護る。
リオはジンクの手を彼のお腹の上に置き、彼の中途半端に開いた目を右手で閉じる。
『削除』
ジンクのギフトを削除した。力を受け継ぐ為に。
-ジンクお前の力を貸してくれ‼
リオは今笑えない。だがジンクとの最後の約束を守る為に戦う事に決めた。
人々が再び笑い合って暮らせる世界を作るために…
いつかジンクに今日の出来事を笑って伝えられる為に、リオは王都へと歩み始めた。