Ⅳ.騎士としての誇り①
リオとジンクは二人きりで王都まで向かう。士官学校から王都までは、荒野を進み、山を越えた平野の先にある関所まで行く必要がある。関所を超えれば王都まで平野が続く為、実質関所が今回のゴールとなる。
リオはジンクに苦手意識がある為か非常に気まずく感じた。リオには長い道のりがより長く感じた。無言のまま荒野を超えて、山の手前にたどりついた頃にジンクは口を開く。
荒野を進む間は走っていたが山を進む際に怪我をしないように、急ぎながらもゆっくりと進む事になった。これにより会話を出来る程度には呼吸に余裕が出来た。
山を登り始めて中腹に差し掛かった時ジンクは口を開いた。
「俺はさ…この戦いで生き残ってお前に絶対に勝つ!!だから絶対にお前と先に行った人間は死なせない!!」
ジンクらしい強い言葉を使った。しかし声が少し震えている。
きっと彼も不安なのだ。気持ちを誤魔化すために強い言葉を使っているのだろう。
リオは少し驚いた。今まで自分に嫌がらせをして来た人間が、自分を死なせないと言ってきたからだ。
「どうしたんだ?普段のお前なら俺を囮にしてでもこの戦いに勝つと言いそうなのに…」
嫌味ったらしくジンクに向かって言った。だが彼はその嫌味に動じずに話を続ける。
「お前を囮になんてしねえさ。貴族として騎士として、誇り高く生きる義務がある。自分より弱き者を守る役目もあるしな。それにお前が死んじまったら、お前の兄トーラスに負けた父親の名誉を挽回出来なくなるからな…」
リオは士官学校の入学式で初めてジンクに会った日の事を思い出していた。クラス分けまでは気兼ねなく話せていたが、クラスが同じになり自己紹介で自分のジアース性を名乗った瞬間にジンクは態度が悪くなった。
その後は今のように険悪な関係となった。しかし彼の父親がトーラスに負けていたなら、目の敵にするのも納得だ。
メルク家は代々『ポラリスの守護者』と呼ばれ、『鋼鉄化』により傷をつけられない無敵の一族であったのだ。だから将軍の職を代々用意されているほどのエリート達なのだ。
「俺の父親はトーラスが17歳の士官学校の生徒だった時に、模擬戦ではあったがコテンパンにやられた。それでメルク家の評判が落ちた。将軍の地位もトーラスの気遣いが無ければはく奪されていたかもな…情けをかけられても、メルク家には誇りがある。だからトーラス亡き今、俺は名誉を挽回する為に本気のお前に勝つ必要がある。」
-だからか…何回も俺の力を試そうとしていたのは…
ジンクは士官学校で何回もリオを煽ってギフトの力を試していた。
ジンクは『鋼鉄化』した体を、ごくわずかではあるが難なく『削除』するリオが本気を出していないと思っていた。力を隠していると思った。
リオは魔力量が多く魔法は学校で最も才がある為、ギフトの力が弱いのはアスタルテの一件でうまく力が出せなくなったのだと思っていたからだ。
「だから絶対に生き残ってくれ。もし生き残れたら勝手な頼みではあるが、俺と本気で戦ってくれ。それが出来たら今までの事を謝らせてくれ!!」
ジンクらしい堂々とした発言だった。バカ正直に自分の心の内を晒すのだ。
リオはその言葉を聞いて微笑んだ。久しぶりに笑顔になれたかもしれなかった。リオも自分の心の内を正直に話そうと思った。
「当たり前だ。もし俺が戦ってお前に勝ったら、生涯俺の爪切り係になって貰うからな!!俺が絶対に勝つから、帝国兵との戦いでしっかりと腕を磨いておけよ。」
正直にそれに応えようと思ったがどう言えば良いか分からなかった。だからひねくれた答えになってしまったが、リオなりの照れ隠しだった。それでも彼なりに腹を割っての言葉だった。
士官学校ではみんな家族のいなくなった自分を気遣ってか、本心で言葉をぶつけられた事はなかった。あったような気もするが…初めて本心をぶつけられて、心が少しムズ痒かった。
「あぁ。だがもし俺が勝てたなら、メルクの軍と共に民の為に一緒に帝国と戦って欲しい。」
ジンクは真面目だった。自分が勝った時の願いが民の為とか、爪切り係になって貰おうと発言したリオは恥ずかしかった。
それに恐らくリオよりジンクの方が強いのだ。もしかしたら今の発言で、(リオの方が強いから決闘までに腕を磨くように)とジンクは解釈をしてしまった可能性がある。
そう考えると自分の言った事の方がよほど恥ずかしい言葉だらけだ。リオは恥ずかしくなり顔が真っ赤になってうつむいてしまった。
リオの様子に気付いたのか、ジンクも自分が恥ずかしい事を連続で言った事に気付き顔を真っ赤にする。
数分間、話をするまでとはまた違う意味での沈黙した時間が流れる。
「じゃあ共に生き残って、今日までの事をいつか笑い話にしようぜ!!」
再び沈黙に耐えられなくなったリオの発言にジンクは頷いた。戦いの前ではあるが、青春らしい時間だった。
リオは今まで過去に囚われていた。だから未来の事を語るなんて今の発言をした自分に驚いた。
-少しずつでも良い。少しずつ未来を向いて行こう。
山を進み山頂を超えようとしていた。あとは山を下るだけとなり、リオとジンクは少し水分補給を行う事にした。
その際に呼吸は乱れていないか、武器の準備は万全かを再度確認する。山を下りる際が一番危ない。敵に地の利を取られてしまうからだ。力が出し辛い下側になる。つまり相手の上側を取らない限り、武器では十分に戦えずギフトの力に頼るしかなくなる。
逆に山を無事におりる事が出来れば、山を燃やしてこちらの勝利まで一気に近付く事が出来る。
リオとジンクは山を順調に下っていたが、中腹当たりで顔を見合わせた。
「おいリオ気付いているか?」
「ああ、数人近付いて来ているな…」
人影のようなものが見える。恐らく教授や兵士ではない。何故なら勝利の際は閃光玉を上げると言っていたからだ。
近隣の住民の可能性も低いだろう。先に来た人間が、近隣住民に避難を促していたはずだから…
リオは左手に白の書を、ジンクは右手に槍を構えて急ぎ走り出す。
2人が急いでその場から離れようとしているのに気付いたのか、人影は速度を上げて2人に近付いて来る。
数人馬に乗っている為か、あっという間にリオとジンクの元へとたどり着いてしまった。そして馬に乗った人間が先回りをする。それにより馬に乗った兵士に対しては地の利を得たが、囲まれてしまった。
ぱっと見で馬に乗った敵兵は4人、その後に続くのは20人程度の兵士だ。
先回りをされてリオ達は足が止まる。敵と一定の距離を保った状態で、戦闘準備に入る。
馬に乗った骸骨のように痩せこけた白髪の40歳半ばくらいの男性が2人を見て歓喜の声を上げた。
「おっおっおっ…どうやら逃げ遅れた生贄どもに近付いたようですなぁ。」
骸骨のような人間は馬に乗ったまま、深々と2人に頭を下げる。
「こんにちは。私はゾディア7魔将の1人、レヴィアと申します。我らが王の為、世界平和の為に命を捧げては下さらないでしょうか?逆らうならば罰として、先程の供物のように苦しんで死ぬ事になりますが…おっおっおっ」
レヴィアは不気味な笑みを浮かべて、ジンクとリオに話しかける。
七魔将と聞き、リオとジンクの2人は一層警戒をする。士官学校で仮に魔将と出会う事があれば、命以外は捨てて生き残る事だけを考えて逃げろと教わっていた。しかしリオとジンクはこの時誰にも負ける気はしなかった。
神器『叡智の書-白-』を持ったリオと、士官学校最強のジンク…短い間だが本心を語り、心が通じている2人が手を組めば何でも出来そうな気がしていた。
だからリオはレヴィアの発言を断った。
「ちょうど実験台が欲しかったところだったんだ…」
リオはニヤリと微笑み言った。
背後からの敵兵士の剣の攻撃を『液体化』のギフトによって無効化した。昨日の液体化した後の失敗を踏まえて、白の書を持つ左手は液体化はしなかった。それ以外を液体化し体を自在に操り人型を保つ。
敵の剣から体を離した後、実体に戻って帝国兵の首筋を右手でつかんだ。
「削除」
リオの『削除』の能力を使った瞬間に、その兵士は急に口をパクパクとさせ苦しそうな顔をし始めた。まるで水中で呼吸が出来ないように顔が真っ青になっていく。リオは敵兵の『息の吸う方法』を削除した。
「まずは1人だな…ゾディアの兵士もそんなに強くはないな!!」リオは右手の感触を確かめた後、レヴィアに向かってそう言った。
レヴィアは「おっおっおっ、ガキの分際で」と奇妙な笑いを上げ呟いた。だが帝国を侮辱された事で怒りの表情を浮かべていた。
「君には私が与えられる最大の苦痛を与えようじゃないかね!!」
そしてレヴィアは兵士に一斉攻撃の合図を行った。