Ⅱ.『削除』
兵士が武器を構えている。リオは本を持ったまま慌てて両手を上げて無害である事を証明する。それと同時に考え事を始めた。
-俺の『削除』の力は恐らく物質だけでなく、記憶みたいな非物質にすら作用する。かつての勇者の伝承に基づけば、他の人間のギフトを『削除』し自らの物に出来るかもしれない。
リオはかつて多彩なギフトを使えた勇者の伝承から叡智の書の利用方法について推測を始める。
まだ『白の書』に爪以外何もない以上、この検査で『削除』以外のギフトの力を証明出来ない。証明出来なければ、没収されてしまう恐れがあるからだ…
奇声を上げたリオを心配そうに兵士たちは見ていた。リオに本を渡した兵士は彼に大丈夫か聞く。リオはコクリとうなづく。
「『叡智の書-白-』には何が書かれていた?文字が読めた君は適合者かい?」兵士は検査で唯一変化があったリオに聞く。
「叡智の書には自分の思い出したくない過去が書かれていました。しかし自分が適合者かはまだ分かりません。少し試してみたい事があるので、ギフトを持っている兵士を誰か呼んで頂けますか?」
リオは状況説明し兵士に頼む。リオのクラスメイトと兵士、教授たちがざわつき始める。一方でジンクはニヤリとした顔のまま両手を組んで平然としていた。
リオが頼みごとをするとその兵士は責任者らしき者の元に行き、状況を説明し協力を仰ぐ。その頼みに応え、リオの前にギフト持ちの兵士長アクアが現れた。
今回の派遣された調査隊のリーダーだった。彼の保有するギフトは『液体化』と言う、自分の体を液体に変えてしまうという力だ。
リオの目の前にアクアが立つ。兄トーラスやジンク程ではないものの、いかつい見た目と筋骨隆々の大きな体をしておりとてつもない威圧感がある。
「とりあえず握手をして頂けますか?」リオはアクアのギフトの能力を聞いた後、握手をお願いした。アクアは一瞬「?」と思い首をかしげる。かれの奇妙な頼みに、もしもリオが敵国の間者の場合を考える。アクアは握手をするのが妥当かを少し悩む。その結果アクアはリオが適合者である事を証明出来るなら国益になり得ると考えやむなく握手を行った。
お互いの右手が触れ合う瞬間に…
-『削除』
リオは握手の際、無言でアクアの力を『削除』した。数秒で握手は終わる。
リオの握手は力がこもっておらず、アクアはあまりに短い握手で再度「?」と首をかしげる。それにかまわずリオは叡智の書を確認する。最後の部分に『液体化』の文字が確認された。
-これで力を使えるようになったのか?
まだ分からなかった。リオは体中に魔力を巡らせ、自分が液体になるイメージをした。
すると体が水のようになり、服を含めた体全体がぐしゃりと地面に落ちた。左手も液体になった為、持っていた白の書は手から離れ地面に落ちてしまった。
リオの体から白の書が離れると同時に、水のようになった彼の体はに元に戻った。それと同時にリオは地面に顔と体を強打していまう。そして伏せている無様な人間の姿が皆の目に映った。
「うおおおぉぉぉぉ」
地面に倒れている無様な姿を見た筈の皆は、大きな歓声を上げた。リオが行った行動はにわかには信じられない出来事だったのだ。
ギフトの能力だけを聞いてそれを実行する力…これは誰にも出来ない事だった。その場にいる者皆リオが適合者だと認識した。生徒や先生は興奮している。勇者となる者の誕生に立ち会った瞬間だと皆確信していた。ジンクも少し微笑んでいる。
アクアも驚いていた。不完全ではあるが、自分と同じような液体化の力を使ったのだ。
更にアクアはいざという時の為に、兵士以外の皆にその力を見せた事が無かった。本人としては興奮している兵士を抑えなければならない立場だが、今だけはこの熱狂の中で一緒に騒いでいたいと思っていた。
アクアは表情がゆるんだがすぐに気を引き締め
「では明後日ポラリス王都の王の元に我々と来て貰う。それまでに荷物の準備を行うように。『叡智の書-白-』は適合者の君が持つに相応しい。しっかりと管理を行うように。」
そう言って彼は教授の元に向かう。教授達と今後の事について話合う為に…本当ならアクア本人は部下にこの仕事を任せて、大きな荒野で走りたい気分だった。
一方で兵士の1人は急いで馬の準備を行う。王都にいる王に今回の件を報告する為だった。
リオはアクアの言葉を聞いて、自分が適合者であると皆に認められた事を実感した。今まで劣等感があった彼には喜ばしいものだった。
喜ばしくあったがその言葉は、士官学校にいる片思いの幼馴染レイとも会えなくなるという事を告げていた。
その日は夕方から士官学校の食堂でパーティが行われた。教師、生徒、見張りを抜け出した兵士たちが集まりお祭り騒ぎとなった。
皆、リオの元に集まってくる。尊敬の眼差しを皆自分に向け、色々と質問をしてくる。レイのような人気者だ。
リオは右手に白の書を持ちながら、自分の周りに人が集まって来て、人気者だった昔を思い出していた。小さかった頃とずいぶん変わったと実感していた。変わる元凶になった反逆者トーラスの事も考えていた。
皆の会話や質問を適当に流し、小難しい顔をしているリオに憧れのレイがしたから覗き込みながら話しかけてきた。
「おいおい、勇者のクセに暗いぞ!!昔のリオはどこ行った?」
-目を覗き込まないで欲しい…めっちゃ緊張する。
「いやまだ白の書の適合者なだけで、勇者ではないよ…」
一瞬レイの目を見たが、すぐに顔を赤くして目をそらした。リオも年頃の男子である。だからレイと話すだけでも緊張している。
レイもなんとなく察している。だが意地悪な彼女は容赦なく話を続ける。
「あれれ~顔が赤いぞぉ!!お酒でも飲んでいるのかな?いやリオはお酒の匂いだけでもダメか…ははは」
-懐かしいな。まだ王宮でみんなで遊んでた頃か。レイやルクスがワインの瓶を割りまくって、匂いを嗅いだ自分が失神してたな…
リオは王宮でレイ達貴族の幼馴染と王女達と遊んでいたころを思い出していた。少し昔を思い出そうとすると、それを邪魔するようにレイはリオの左手を両手でつかんだ。
「で、もしかして私の『風羽』の力も使えちゃったりするぅ?」彼女は目を輝かせながら両手でリオの左手をブンブンと振っておねだりをしていた。
-『削除』
リオは隙をつき、レイのギフトを削除してみた。白の書を開きページをめくり、彼女のギフトが載っているかを確認した。『風羽』の文字がある。
レイは不思議そうに白の書をのぞき込む。
「ねぇ何か載ってるの?私、白紙以外何も見えないよ。」彼女は不思議そうに白の書を見ている。
リオは実演の為に、少しスペースの空いている部分に移動した。
「見てな…『風羽』」
-いつもレイが使うように。自分の肩に羽がついているイメージをして…
リオは目をつむって魔力を全身に巡らせる。特に肩の部分に魔力で風の羽が出来たイメージをした。するとリオの肩に風で出来た羽が生えて、少し宙を浮かび上がった。
「どうだ!!レイ。」
レイに凄さを見せようと意気込んでいたが、彼女はいつの間にか違う方向を向いていて、女子生徒と話していた。彼女は非常に飽き性なのだ。さっきの事を忘れているのかもとリオは思っていた。
そのままパーティの楽しい時間は過ぎていったが、そのパーティの場ではレイとリオは話す事がなかった。何となく彼女が自分を避けている気がしていたからだ。
深夜に差し掛かりパーティもお開きになる。各々寮に戻ろうとする。リオは女子寮に帰るレイに目を向けた。彼女もこちらを見ていた気がした。
レイは食堂を去る間際、遠目にリオの姿を見て呟いた。
「なんか…凄く悔しいな…」
そのまま各自部屋で休み夜が明けた。レイ達3年生は実務実習で魔物退治の為、王都のある東とは真逆の西側の森に早朝から出かける事になっていた。
リオ達2年生も本来は授業であるはずだが、リオとの別れの前日であるとの事でお別れ会を早朝から準備していた。
リオが寮から教室へ向かう際に、教室の前でジンクが腕を組んで立っていた。ジンクから何か言われるのか少し怖かったが、リオはそのまま教室に入ろうとした。ジンクは右足を蹴りだし、リオが教室に入れないようにした。
「おいリオ…今日の放課後に俺と1対1で決闘しろ。」
リオはジンクの発言に驚かなかった。因縁をつけられると予想していたからだ。
-まぁこいつの力を『削除』して圧倒的な力を見せつけようか…
「あぁ、良いぜ。」
リオはそう言って、ジンクに右手で触り能力を『削除』しようとした。それを阻むかのように鐘が学校中に響き渡った。緊急事態の合図の鐘だった。
鐘の音を聞いて教室から校庭に急いで向かおうと、クラスメイト達が出てきた。リオとジンクもその生徒達と一緒に校庭に向かう。
校庭に向かう前に大きな声で学校中に声が響き渡った。
「緊急事態です。ゾフィア魔帝国が攻めて来ました。ギフトを持たない生徒達は一刻も早く馬舎の馬を用いて、王都に逃げるように。ギフトを持ち、他の生徒を逃がす役目を引き受けてくれる勇敢な者は校庭に来るように。」
その警報を聞いてリオとジンクは校庭に向かった。校庭には血塗れの状態の3年生の十数名の生徒と数人の無傷な生徒、教授20人弱とアクアをはじめとする王国の兵士達、そしてリオとジンク達勇敢な2年生がいた。
教授達はいつも以上にうろたえていた。その理由をリオのクラスの教授が彼らに告げた。
「3年生は帝国兵に奇襲され、そこにいる者以外全滅した。」
理由を聞き3年生が少ない状況を見て、勇敢にも校庭に来た者の多くは馬舎の方に向かった。一方でリオは焦りながらも、3年生の集まっている場所に近付いて周りをキョロキョロと見渡した。
リオは怪我をしていた3年生の中にレイがいないか探した。この学校の3年生でトップの実力を持つ彼女だから大丈夫だと思っていた…しかし彼女の姿はその場に無かった。
リオは脂汗を浮かべて教授に聞く。
「レイは?それにここにいない先輩たちは?」
-レイなら大丈夫。大丈夫。大丈夫。大丈夫か?
リオは焦る…
教授は首を横に振った。ここにいない者は死んだという事を表していた。
その瞬間リオの目から光は消え去った。全身の力が抜け、そのまま棒立ちのようになってしまった。
怪我をした3年生の生徒がリオに近付き
「レイは何か調子悪かったらしくて…『風羽』の力が何故か使えずに、みんなを守る為、必死に戦ったんだけれど…最後まで諦める子じゃなかったから…他の人も自分たちを逃がそうと必死に頑張っていたけど…」
3年生はレイ達の最後の姿を思い出して泣き始めた。
-なんだよ…泣きたいのはこっちだよ…
片思いの相手にもう自分の思いを伝える事が出来ない。今日も士官学校は平和だと思っていた。
それに自分が持つギフトが何故『削除』と言われているのかを考えていた。
-きっと俺が『削除』の力でレイの力を消してしまったんだ…でなきゃ、彼女がそんな所で死ぬはずが無い…
『削除』のギフト…それは人が持つ力を綺麗に消してしまう力ではないか?と昨日から考えていたが、その考えは今日の出来事で確信に変わる。
「うあああぁぁぁぁ」リオの脳裏に様々な感情が浮かび上がり、いつの間にか彼は叫んでいた。4年前の出来事と同じで認めたくない現実だった。
-俺がレイを殺したんだ。レイに何も言えなかった。こんな事が起こるなんて思っていなかった。昨日みたいな日が今日も続くと思っていた…なんで今日に限って…
「ああぁぁぁ」リオは絶望に打ちひしがれていた。自分がレイが死ぬきっかけを作った。それは皆のリーダーの役目を持つ彼女を失った事で、多くの3年生達が死ぬきっかけになったかもしれないからだ。
-俺が皆を殺した?
リオは受け入れたくない出来事が続いて、頭がいっぱいだった。彼の心はあの日のように限界に近かった。
-全て夢だったら…そうだ、耐えきれないならば『削除』すれば良いんだ!!
リオは左手に白の書を持ち、右手を頭に当てた。
「レイ、ずっと好きだったよ」彼は誰にも聞かれないように呟いた。
-『削除』
頭の中から今までの思い出が何かに吸い出される奇妙な感覚を感じた。それと同時にリオはずっと好きだったレイについての記憶を全て『削除』した。