Ⅹ.邪逆の禍魂
太陽がまだ昇りきっていない午前の事であった。
朝食より戻った後、リオは謁見の間に召集されていた。
昨日までの報告がポラリス城の謁見の間にて行われていた。
「ここまでがノヴの学校とここに来るまでの出来事でございます。」
リオは「白の書」に適合した件と、ゾディア兵士と戦った昨日の一件の報告をポラリス王にしていた。
「そうか…辛い思いをしたな。報告ご苦労であった。」
リオの報告にポラリス王はこれまでの事を労った。それと共に深刻な顔をした。
宣戦布告無しに領土が侵されて、更に王都まで敵の戦力が迫っているのだ。今すぐにでも対策を練らねばならなかった。
「続いてじゃな…『調停者リブラ』よ。貴殿の目的を勇者リオがいる場にてもう一度詳しく教えて欲しい。」
リブラはリオと共に王都に着いた後、リオと共にポラリス城に案内された。リオは客室で休むように言われたが、リブラは謁見の間に召集され別行動となった。
その後リブラは夜遅くまでポラリス王と彼女の目的についての話をしていたようだった。
リブラは機嫌が悪いようだった。彼女の昨日伝えた件が、リオに伝わっていなかった為である。何故もう一度同じ話をしなければならないのか不服そうな顔をしていた。
「じゃからアク坊よ。儂は7魔将の1人錬金術師ルフェを追っている。奴を放かっておくのは、世界を崩す事に繋がるからの…帝国との戦争よりこちらを優先して欲しいのじゃ!!それでな…」
-何でだよ…ポラリスが滅びる事をほったらかしにしろってことなのか?
リオは不服だった。昨日の一件で帝国の刃は既に共和国の喉元まで来ているのだ。それを無視してまで、帝国の魔将の1人を優先しろとは少しおかしいような気がしていた。
「ルフェって奴を追うより、先に魔王を倒して帝国を滅ぼした方が平和になるんじゃないか?」
リオはリブラの話を遮り質問をした。
リブラは溜息をつく。
「恐らくじゃが、魔帝国で一番の危険因子は奴じゃ!!だから…」
リオはこの発言を遮る。
「何でだよ。魔王よりも危険なのかよ!!おかしいだろ。魔王以上の奴がまだいるなら、既に世界は帝国が支配しているだろう?」
リオはリブラの言っている意味が分からなかった。何故、魔王ではなく手下の魔将なのか?しかもそれが一番の危険因子として扱われる理由が理解出来なかった。
リブラは先程より大きくため息を着く。
「話を遮るなよガキが!!儂も大事な用事で無ければ、中立の立場から国に関わるような事はせん!!」
彼女は殺気を放ちながら、低い声でリオに言う。
ポラリス王はリブラの不機嫌な顔を見て慌てて2人の間に入る。
「勇者リオよ。話を最後まで聞いて欲しい。この件は国の存続に大きくかかわってくるのだから!!」
普段おちゃらけた王が真剣に話をする意味をリオは理解した。それと同時に元貴族の人間として、王に気を使わせた事を心苦しく思った。
「ゾディア魔帝国はゾディア帝国と魔国アビスの無理な併合で、今2つの派閥に分かれておる。穏健派のゾディア王でと過激派のルフェじゃ。昨日の様に過激派は宣戦布告無しに戦争をしかけてくる。魔王は中立の様じゃが、別の事で忙しいようで今は戦争を仕掛けてはこない。だからまず探して倒すのがルフェなのじゃ。」
-リブラの意見も一理あるだろう。でも…
「魔王の中立がフェイクだとしたら…こちらにルフェって奴への戦力を裂かせて、穴の空いたところを奇襲させるかもしれない。」
そう。断定は出来ないが魔王はリオの兄トーラスの可能性が高いのだ。ならば戦力を分散させて、敵の弱点を突いてくる可能性がある。ポラリスの弱点はトーラスは理解しているだろう。もしそこから軍が崩れれば、アスタルテの街の様な虐殺が起こるかもしれない。
「だからこそ勇者リオに頼みたい。魔将ルフェを調停者と共に追うか、民を守りながら魔王と戦うのか選んで欲しい。君の選択が今後のポラリスを決める。」
王は玉座に座りながらリオに頭を下げる。
「俺は民を守りながら魔王と戦うよ。どこにいるかも分からない奴を探すより、早く戦争が終わらせられるだろうし。」
リオは即答した。全ての元凶であるトーラスを倒すのが優先であった。争いを生む原因である彼を倒す事こそ、リオは戦争を早く終わらせる方法だと思ったからだ。
それにジンクとの約束もある。民を守らなければ約束を守れないと思っていた。
リブラはリオの方をチラリと見て溜息をついた。
「そうか…ではアク坊よ。こやつの代わりに昨日の剣士のような強い兵士を借りても良いかの?」
王がリブラの依頼に対して口を開けようとした時に急いだ様子でルクスが入って来た。
「話の最中に失礼します。ポラリス王よ…士官学校から王都までの昨日の争いが起きた場所に、一体も死体が無かった件を報告致します。」
その報告により王は顔を青ざめさせる。王はその状況を一瞬で理解した。
「今より緊急事態警報を発令する。王都より外に出ている兵士を呼び戻し、城壁の警備及び城下町の巡回に人を割くように!!更に近隣の街に急ぎで馬を向かわせ、この一件を伝えよ!!」
王は玉座から立ち上がり勅令を出した。
<死体が無い>…それは死者がアンデッドとなっている可能性があるという事。本来アンデッドは負の念を強く持つ人間が魔力を帯びながら死ぬ事で発生する魔物である。その為死者が皆アンデッドになる事はなく、むしろアンデッドになるのはレアなケースである。
しかし昨日のアンデッドの大量発生とこの件を結びつける事で、それが人為的なモノの可能性が高くなってくる。
「神器『邪逆ノ禍魂』か!!」
リオは呟く。皆一致でその神器を思い浮かべていた。
神器『邪逆ノ禍魂』は死者を無条件でアンデッドにする勾玉の形の神器である。使用条件は使用者の命と引き換えにアンデッドを数体生成する神器である為、使い勝手は非情に悪い。
しかし何らかの理由でこの神器で大量にアンデッドを生み出している者がいる可能性が出て来た。
「うむ…これにはルフェが関わっている可能性が高いの!!」
リオの呟きを聞いて、確信を持ったようにリブラは発言した。
だがルクスはすぐさま否定する。
「いや禍魂は7魔将のグリードの持つ神器だ!!あんな雑魚が関わっている訳が無えよ!!」
ルクスも確信を持っている強い口調だった。
-ルフェが雑魚?さっきまでのリブラの発言と全く違うぞ!!
リオはルクスの発言を聞いて、先程までのリブラの話が目的を果たす為の出まかせだと疑うようになった。自分の力や強い兵士の力を雑魚に向けさせる為の…
帝国のスパイの可能性があるとリオは考えるようになる。
「いや何らかの理由でそのグリードと言う奴から奪ったのじゃ!!じゃから早く奴を探し出さねば、大変な事になるぞ!!」
リブラはルクスの発言に反論する。
-敵が簡単に仲間割れするわけないだろう…
彼女のこの反論には無茶があり、結果リオの疑いを強めてしまう。
「とりあえずアンデッドが王都に入って来れないように城壁と街の警備を固めるのが先だ!!警備を固め終わった後でルフェを探せば良いだろう?」
リオはリブラを疑っている。しかしここで彼女を敵にしてしまえば、最悪街に住む人々を危険にさらしてしまう可能性が高くなる。
「あぁ、俺はリオの意見に賛成だぜ!!」
ルクスもリオに賛同する。ポラリス王もこの状況ではリオと同じ意見の様だった。
「分からん奴らどもめ!!ならば儂一人で奴を探すから良いわ!!」
そう言ってリブラは怒り、謁見の間から出て行く。
リブラが去った後、すぐに王はリオとルクスに話しかける。
「ではリオならびにルクスよ。おぬしらに城下街の住民の避難、及び警備を命じる。城壁はメルク将軍の兵達に守りを固めて貰うとしよう。」
ポラリス王の指示によりリオとルクスは二手に分かれて、城下町の人の安全を守る事になった。
謁見の間を出てからだった。部屋の外にはエリアス姫が立って待っていた。
「リオ様…私に出来る事はございますでしょうか?」
「じゃあリブラって子供が心配だから、兵士を数人着けてやって欲しい。」
リオは先程のリブラの言動を怪しく思った。だからこそ見張りの兵士を着けようと思った。
「私の心配はして下さらないの?まぁリオ様の頼みならば聞きますけれど…で、他に私に頼みはございますの?」
エリアスはほっぺたを膨らませて少しすねたように言った。
「後はもし危険が迫ったら逃げて欲しい。俺は今回駆けつけられないかもしれないから…」
リオは真剣なまなざしでエリアスに言った。その発言にルクスはプッと噴き出す。
「お前なぁ…エリアス姫はその年で徒手空拳の免許皆伝だぞ!!お前じゃ彼女に触れられないさ!!」
ルクスは半分笑いながらエリアスが強いことを説明した。
-えっ、昔は泣き虫だったエリアスがそんなに強くなってるの?
リオは驚きを隠せなかった。かつて自分の後ろから離れないか弱い姫だったのに…と思っていた。
「で、私に他に頼み事はございませんの?」
エリアスはにこにこ笑いながら、こちらにプレッシャーをかけて来た。1秒ごとに凄みが増す。
リオは何を頼むべきか、分からなかった。
「あっ、私でも今回の警護は少人数では厳しいかもなぁ。私でこれだからなぁ…ネコの手も借りたいけどなぁ…」
ルクスは棒読みで必死でリオに何かを伝えようとする。
-もしかして今回の任務は一人では厳しいのか…
「じゃあエリアス姫…お前の護衛の兵士を少し俺に貸してくれ!!」
リオはルクスのヒントから答えを見つけたようだった。協力してくれる人が欲しいとエリアスに頼んだ。
「いや、そっちじゃねえよ。分かれよバカ!!」
ルクスはリオの頼みに間髪入れずに突っ込みを入れた。