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MARIONETTE-怜(後編)



挿絵(By みてみん)



MARIONETTE-怜


【シンクロ①】


「はぁ……。はぁ……。」


「ぐぬっ!」


「げほ、げほっ!」


「静香さん、動かないで!」


グサッ!


「うっ!」


すっ


「少しお休みなさいませ。すぐに痛みは治まります。」


ガタッ


カツン


カツン



ピピピ


ウィーン


「!」


武蔵学園、4階にある特別研究室。


「失礼します。」


室内へ戻る 白川 美里に駆け寄るのは当学園副理事長の東峰 玄(とうみね げん)。


「白川君。静香の様子はどうだね?」


平静を装ってはいるが、落ち着かない様子なのはすぐに分かる。


「薬を射ちましたので、落ち着くでしょう。」


「うむ。そうだな……。」


事務的な返事をする白川の言葉を聞いて、東峰は近くにあったソファに腰をおろした。


シュボッ!


「ふぅ。」


東峰は平静を取り戻すべく愛用の葉巻に火をつけるのだが、その姿が逆に落ち着かない様子を表していた。


その姿を見た白川が、東峰へと声を掛ける。


「副理事長、そんなに心配ならお止めになってはどうですか。」


「なに?」


「お嬢様にも負担が大きいですし、何より危険ですわ。」


「ふん。」


今度は不機嫌な表情を見せる東峰。


「大会は、残り3試合だ。明日の試合に勝てば決勝トーナメントは2試合。その後に休めば良い。」


まずは、明日の試合だ




「と、言う訳でだな。明日の作戦を説明する!」


上杉 ケンシンは、いつになく気合を入れた。

それもそのはず、1年B組はここまで2連勝。明日の2年A組に勝てば決勝トーナメント進出が決まるのだ。


「オー!ケンシン!エリーに任せなっさーい!」


ケンシンに負けずテンションが高いのはエレノア・ランスロット。本国から届いた『マリオネット』を操り3年生3人を撃破したのだから、気分は最高潮だ。公式記録では残りの3人は上杉が倒した事になっている。


「よく聞けみんな。実は俺達は今、非常に有利な状況にある。」


ゴクリ


「予選ブロックでだな、2勝1敗で3チームが並んだ場合は、直接対決で生き残った兵士の数で勝敗が決まる。」


「つまり?」


「3年E組はラストで勝っても決勝トーナメント進出は無いのさ。そして2年A組は……。」




時を同じくして2年A組


「3人以上の兵士を残して勝たないとダメって事ね……。」


高岡 咲が進藤の説明を確認する。


「そうだ。例え俺達が勝っても1人だけしか生き残れないならアウト。二人なら『損傷率』の差で決まるらしい。」


「『損傷率』………。それは微妙だな。」


昼間に行われた大会2日目の試合。1年B組は、エリーと上杉の二人を残して勝っている。上杉はともかくエリーはそれほどダメージを受けた様子は見られない。


3年相手に、殆んど無傷で勝ち上がったのだから、エリーの実力は相当なものだ。


「守君、大丈夫なの?」


心配そうな高岡。


「だが、問題ない。エリー以外の生徒で注意すべきは上杉 ケンシンくらいだ。」


「1学年ランキング1位の奴か。」


鈴木 慎二郎がデータを確認。1回戦、2回戦とも撃破数では上杉 ケンシンがトップ。逆に言えば他の生徒はあまり活躍していない。


「ようは俺達でエリー以外の1年生を全滅させるって事か。」


「それなら簡単ですね。1人も殺られずに5人を倒すのも難しくない。」


鈴木 慎二郎と諸星 圭太の表情が明るくなる。


もっとも、一番厄介なのはエレノア・ランスロット。イギリス連邦ジュニアチャンピオンのエリーを倒さない限り、2年A組の勝ちは無い。


「七瀬、最後はお前に懸かっている。」


「う、うん。任せておいて。」


七瀬 怜は力強く応える。


「エリーちゃんは、私が倒すわ!」




一方の1年B組


「エー!それじゃあ、エリーは怜ちゃんと戦え無いじゃない!」


(………怜ちゃん?)


「これが最善だ。悔しいが総合力では向こうが上。まともに戦えば負けるだけだ。」


「なるほど、俺達5人で七瀬 怜を抑えている間にエリーが他の2年を倒すと。」


「全てはエリーに懸かっている。エリーが2年を5人倒せば俺達の勝ち決定!俺達は七瀬 怜を抑えるだけで良い!」


「エリー!お前は5人倒すのが仕事だ!七瀬 怜には構うな!分かったな!」


「ムゥ………。」


「返事は!?」


「オッケー、オッケー。分かったわ。」


「よし!明日は気合入れるぞ!」


「オー!」






そして翌日


1年B組 対 2年A組


大会三日目の試合が始まる。


「『マリオネット』、オン。」


「『マリオネット』、オン。」


「『マリオネット』、オン。」


ギュイーン!


ギュイーン!


ギュイーン!


『みんな、作戦通り行くぞ!』


1年B組のリーダーは上杉 ケンシン。


『なぁ、ケンシン。』


『ん?どうした?』


『作戦も何も………。』


『………ん?』


『エリーの奴、行っちまったぞ?』


『は?』


ビビッ!


ドドドドッ!



『ウォリャアァァァ!怜ちゃん!覚悟ォォォ!!』


エメラルドグリーンの小柄な『マリオネット』が、試合開始と同時に突撃を開始する。


『な!おい!エリー!』


『ダイジョブ!ダイジョブ!怜ちゃんも、他の敵も、ゼーンブ、ワタシがやっつけるから!』


『アホか!』


『どうすんだよケンシン。』


『仕方ねぇ!俺達も特攻だ!武士の心意気を見せてやれ!』


『いや、俺達武士じゃねぇし。』


『うるせぇ!行くぞッ!』



こうして、波乱の大会三日目が幕を開けた。







【シンクロ②】


『防衛軍』特別歩兵部隊 隊長室


Ruuuu、Ruuuu


ガチャ


『もしもし、二階堂だ。』


『あ、大佐、お疲れ様です。』


端末の向こう側から聞こえて来るのは情報部の若い隊員の声。


『大佐、例のデータを転送しました。そんなものを確認してどうするんです?』


二階堂 昇(にかいどう のぼる)大佐は、専用のパソコンに受信されたデータを確認する。


『あぁ、すまなかった。いや、大した事はない。君は気にしなくていい。ありがとう。』


二階堂の返答は素っ気ない。

二階堂が端末の受信を切ろうとした時、若い隊員が慌てて二階堂に言う。


『大佐。あまり危険な事はしないで下さいね。上層部に逆らうと、いくら大佐でも。』


『何もしていないよ。ただのデータ収集だ。未来の部下になるかもしれない生徒達のね。』


『はぁ。』


ガチャン


ツーツー


(やはり、噂は相当広がっているな。)


日本国が開発した機動兵器『パワードスーツ』通称『マリオネット』。先進五ヵ国の中でも日本の技術力はトップに位置し、『マリオネット』の性能では他の四ヵ国にも劣っていない。


西側諸国で最初に『マリオネット』の開発に成功したイギリス連邦。圧倒的な資金力で開発を急ぐアメリカ合衆国。現在の日本の立ち位置は、その2ヶ国に次いで3番手と言った所だろう。


問題は人材面にある。


『マリオネット』を装着し扱う事は誰にでも出来る事ではない。普通の人間が『マリオネット』を装着しても、その性能を発揮する事が出来ないのだ。


すなわち『シンクロ率』


『シンクロ率』が低い人間では『マリオネット』の性能を十分に発揮出来ない。

軍の兵士として戦場で戦うには、最低でも90%以上の『シンクロ率』が必要と言われている。


日本では『シンクロ率』が高い人材が極端に少ない。武蔵学園と大和学園の卒業生からなる特別歩兵部隊の隊員は総勢200名を越えるが、常に安定した『シンクロ率』を保てるのは30%程度の隊員に限られる。


日本国にとって『シンクロ率』の高い兵士を育てる事が、緊急の課題となっている。


そこで、二階堂の耳にとある情報が入って来た。一部の軍関係者と武蔵学園の上層部が結託し、人体実験を繰り返している。


人為的に『シンクロ率』を上げる実験。







(………む?)


二階堂は、生徒達のデータの中で一つの異変を見つけ出した。


模擬戦 結果。


スピード A

パワー B

反射速度 S

撃沈率 B

回避率 A

損傷率 S

シンクロ率 Error

総合評価 A

学年順位 3/159


AI機、総撃破数 4機


2年A組 東海林 正人



(シンクロ率 Error……。どう言う事だ?)


模擬戦の結果ではError なんて表示は無い。


カタカタカタ


ブン


(やはり………。)


公式記録では、東海林 正人のシンクロ率はS評価。


(何かある………。)


そもそも、転入から1ヶ月程度で『マリオネット』を操れるものなのか?


カタカタカタ


(………!)


カタカタカタ


二階堂は転校前のデータを確認。


(…………おかしい。)


カタカタカタ


二階堂が、どんなに調べても東海林 正人の転校前のデータにヒットしない。


東海林 正人。そんな生徒は存在しない。


(バカな…………。いや、何かある。)


カタカタカタ


カタカタカタ


(!!)


そして、二階堂が辿り着いた情報。


「なんだ、これは………。」


ブンッ


『神埼 弘人ヒロト


『神埼 正人マサト


双子の兄弟による『シンクロ実験』の考察。


日本国に於ける『パワードスーツ』の性能を著しく向上させる可能性について。







【シンクロ③】


大会三日目


Cブロック


2年C組 対 3年D組


『いいか、敵はレーザー光線を使う。』


『B組の山崎は、意表を突かれたが俺達は違う。』


『冷静に対処すればどうって事はない。』


『何が女王だ。2年ごときに負ける訳には行かない。』


『行くぞ!』


ザッ!


ザッ!


3年D組の『マリオネット』は縦一直線に連なる陣形。先頭を走るのは『耐久型マリオネット』を操る兵士。


『ガードフレイム!』


ブンッ!


ズキューンッ!


ブワッ!


『損傷率12%』


ビビッ!


『前方距離1000メートル。』


ギュンッ!


6体の『マリオネット』が加速する。


ズキューンッ!


ブワッ!


『損傷率27%』


『よし!今だ!散れ!』


バッ!


ズサッ!


一転して扇型の陣形。


目指すは敵『マリオネット』群。

親衛隊に守られた東峰 静香(とうみね しずか)を、6方向から襲撃する作戦。



ワッ!


大型スクリーンを観戦する生徒達も、いきなりの激突に大歓声を上げる。


予選2連勝で決勝トーナメント一番乗りを決めた神坂 義経(かみさか よしつね)は、感心した様子で口笛を鳴らす。


「D組も考えたな。耐久型を先頭にして接近する作戦か。」


「ふん。レーザー光線など所詮は役に立たない。奇襲以外では使えないさ。」


答えるのは遠藤 剣(えんどう けん)。3年E組はこの後の第二試合を予定しているが遠藤は不参加を決めている。


予選Dブロック最終戦に勝っても、生き残った兵士の人数により予選敗退は確定している。


「残念だったな。」


不意に神坂が遠藤を労った。


「あぁ?どう言う風の吹きまわしだ?」


3年生にとって『クラス対抗戦』がライバルと戦う最後の大会である。『個人戦』準決勝で相対した二人が、公式戦で戦う機会はもう無い。


「いや、別に意味は無いが、もう一度お前と戦いたかったなと思っただけだ。」


3学年ランキング第1位

神坂 義経(かみさか よしつね)。


正式な大会はもちろん、非公式の戦闘を含め個人での『対人戦』での成績は全勝無敗。

圧巻なのは、昨年の大和学園との『学園対抗戦』での成績。


ただ1人当時の二年生で参戦した神坂は、『学園対抗戦』の初戦で大和学園の3年生6人のうち4人を撃破し勝利をもぎ取った。


紛れもなく現在の武蔵学園の生徒の中ではNo1。


「はっ、お前にそう言われるとは光栄だな。」


遠藤 剣は、楽しそうに笑顔を見せる。


「しかし、神坂。」


「ん?」


「お前の天下を引きずり下ろす奴は、案外3年ではなく、1・2年から現れるかもしれない。」


2年A組 七瀬 怜

2年C組 東峰 静香

1年B組 エレノア・ランスロット


「こいつらが予選を勝ち残る事が出来たら、優勝をかっ拐うかもしれねぇぞ。」


「東峰 静香か………。」


神坂は言う。


「この試合が試金石だ。単なる身の程知らずのお嬢様なのか。それとも、本当の実力者なのか。見ろ。」


スクリーンに映るのは3年D組の波状攻撃。


「もし東峰が、3年を相手に連勝するなら、東峰 静香は本物だ。」


もうすぐ、それが分かる。




ズキューン!


ブワッ!


ドッカーンッ!


『怯むな!殺れ!』


ザッ!


ズサッ!


バチバチバチッ!


『ぐわぁ!』


ドッカーン!



前回と同じく、東峰 静香を守る親衛隊5人の『マリオネット』は耐久型。

しかし、3年D組の波状攻撃が、親衛隊の兵士達を粉砕して行く。


『静香様!申し訳ありません!』


バチバチバチッ!


ドッガーン!


『良し!耐久型5人、全員撃破!!』


ビビッ!


『こちらの被害は二人!』


ビビッ!


『残る四人で東峰を包囲!逃がすな!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


ブオンッ!


ビビッ!


(ちらっ………。)


東峰 静香は、敵のマリオネットの型式を確認。


(スピード型が二人。あとは耐久型に攻撃型と言った所ね。)


1対4の状況になっても、東峰に焦りは見られない。


(一番動きがトロそうなのはアイツ。耐久型の『マリオネット』。)


シュバッ!


『!』


『誠也!そっちに行ったぞ!』


『分かってる!』


ピンクサファイアに塗装された東峰の『クイーンズ・ナイト』は他の『マリオネット』よりも一回り大きい。耐久型の『マリオネット』でも敏捷性は負けないはずだ。


すなわち機動力は互角以上。


そして、東峰の武器である『レーザー光線』は、充電に時間が掛かる。充電が貯まるまでは無防備の状態。


負ける要素が見当たらない。


(バカめ………。)


『うぉりぁあぁぁ!』


光学剣ソードを振り上げ攻撃を仕掛ける佐藤 誠也。


ブンッ!


『!』


その攻撃を、東峰は紙一重でかわした。


『くっ!まだまだぁ!』


ブンッ!


ブワッ!


バッ!


『!?』


当たらない。


何度攻撃を繰り出しても光学剣ソードは掠りもしない。


『バカな!その重厚な装甲で、なぜ速く動ける!』


ピタッ!


『!』


『はい。充電完了よ。』


ズキューン!


ズキューン!


ブワッ!


『誠也!』


『あら?遅かったわね。大切な仲間が死んじゃったじゃない。』


ザッ!


今度は一転して、敵『マリオネット』から距離を取る東峰 静香。


『くっ!逃がすな!追え!』


バッ!


ズサッ!


グンッ!


『!?』


(………どうなってる?)


ザザッ!


(距離が………。縮まらない。)


スピードタイプの二人が全力で追いかけても、東峰の『クイーンズ・ナイト』との距離が一向に縮まる気配はない。


(………冗談じゃねぇ。)


ザッ!


(遠距離兵器(レーザー光線)を持った敵に追い付けないなら、どうやって倒せば良いんだ。)


近付けない以上、俺達に攻撃の手段は無い。


(こんなのは戦闘じゃない。俺達は、単なる射撃の標的まとだ……。)


ビビッ!


『シンクロ率 %』


『充電完了。』



ズキューン!


ブワッ!


ズキューン!


『ぐわぁ!』



攻撃力も機動力も兼ね備え、遠距離攻撃まで可能にした『クイーンズ・ナイト』。その巨大な銃筒から発射されるレーザー光線が、容赦なく3年D組の生徒達を撃ち抜いて行く。


戦場に君臨するのは、東峰 静香。


2年C組の女王が、男どもを駆逐する。



ドッガーン!


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 2年C組!勝者 2年C組!』



(ふぅ………終わったわね。)






戦場に残された東峰の面前の映像には、赤い点滅が表示されていた。



ビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』







MARIONETTE-怜


【激闘①】


ブオンッ


ブルンブルン


「もうすぐ到着です。」


運転手の声が、後部座席に座る3人の生徒に向けられた。


「オーサンクス。」


「何から何まで悪いね。」


「ここも東京なの?もんのすごい田舎に見えるけど?」


二人は男性、1人は女性。

年齢は日本で言えば高校生くらいに見える。


「あぁ、ここは特別ですよ。『バトルフィールド』を造る為に、わざわざ日本政府が改良した土地です。」


運転手は丁寧に、生徒の質問に答える。

3人の若者は、日本人ではない。現在、日本政府が同盟を結ぶ西側諸国の一つ。イギリス連邦管轄『Great Britain High school(GBH)』の生徒達。3人の制服にはイギリス連邦軍の象徴である『一角獣ユニコーン』のエンブレムが施されている。


「それにしてもエリーの奴、何で日本なんかに留学したんだ?」


男の名はアレックス。

今年のイギリス連邦主催『マリオネット』大会アンダー18で優勝した天才マリオネッター。現在はハイスクールの3年生だ。


イギリス連邦では、大きく3つの世代で『マリオネット』の大会が開催されている。


15歳以下の『ジュニアの部』

16歳~18歳までの『アンダー18』

19歳以上の『シニアの部』


エリーが昨年のジュニアチャンピオンなら、アレックスは今年のアンダー18チャンピオンと言う事になる。


「そんなの決まっているわ。私との決闘を避けたのよ。今年こそは私がエリーを負かすはずだったのに。」


そうぼやくのはシシリア。

昨年のジュニアの部 準優勝者にして今年の大会のチャンピオン。エリーには昨年の屈辱を果たす機会であったが逃げられた格好だ。15歳になったシシリアにとっては、しばらくエリーと対戦する機会は巡って来ない。ハイスクール期待の1年生だ。


「そう言うなシシリア。お前の強さは誰もが認めてるって。来年のアンダー18が楽しみだ。」


そうなだめるのは、トーマス・ロデオ。

エリーが連覇を果たす前のジュニアの部のチャンピオン。今年のアンダー18ではベスト4の成績を残している。ハイスクールではアレックスと良きライバルの3年生。


3人は、いわゆるイギリス連邦を代表する『マリオネット』使い。エリート中のエリートである。


今回、日本を訪れたのは、日本政府から招待された事もあるが、事実上は各種大会で好成績を残した3人へのご褒美旅行との意味合いが強い。


キキィ。


「3人とも着きましたよ。もう試合は始まっているようです。」


「サンクス。」


運転手に促され、3人は早速試合が行われている会場へと足を運ぶ。会場には四台の巨大スクリーンが設置されており、多くの生徒が声援を送っていた。


「へぇ。なかなかの設備ね。」


「学校もデカイな。日本も相当な金を突っ込んでるみたいだ。」


「金をかければ良いってもんじゃないだろ?問題は生徒のレベルだな。」


生徒のレベルに於いてはイギリス連邦に敵う国は無い。9歳の頃から実戦を積み重ねて来たアレックスにとっては、高校生から授業を受ける日本の生徒など素人同然。


「まぁ、そう言うなアレックス。日本の高校生のレベルを見る良い機会だ。エリーの奴がどこまでやれるか観戦して行こうぜ。」


13歳にしてイギリス代表にも選ばれるエレノア・ランスロット。アレックスもトーマスもエリーには一目置いている。年代差があるため大会で対戦する事が無いのが残念ではある。



ワッ!


「いいぞー!1年!」


「エリーちゃん!がんばれー!」



話をしているうちに会場に辿り着いた3人の耳に入って来たのは、いきなりの大歓声。タイミング良くエリーが試合に参加しているらしい。


「見ろ、エリーだ。」


「相手は2年生か。」


「エリーの実力は本物よ。日本の高校2年生レベルで相手になるのかしらね。」


そうこう言っている間にも、エリーの一撃が日本の生徒に直撃した。



バチバチバチッ!


ドッカーン!


『圭太!!』


『守君!圭太君が殺られたわ!』


『分かってる!七瀬!』


『うん!分かってるけど!』



七瀬とエリーの二人が対峙するフィールドは、1年B組の生徒と2年A組の生徒がごちゃ混ぜになっている混戦状態。


七瀬とエリーが同時に叫ぶ。


『ちょっと!邪魔しないでよ!』


『ケンシン!ワタシの邪魔しないで!』


バッ!


シュバッ!


上杉 ケンシンと1年B組の生徒達は、エリーの周囲をピタリとマーク。とにかく向かって来る敵を全員で攻撃する作戦へと変更した。


(ちっ!まずいな……。)


進藤 守は、状況の悪さに舌打ちする。

周りの1年を倒そうと接近した所をエリーによって攻撃される。エリーの『マリオネット』が想像以上に速いのだ。


(ならば……。)


『鈴木!高岡!同時に突っ込む!』


『!』


『七瀬はエリーに集中してくれ!出て来た所を頼む!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


バッ!


シュバッ!


事前に進藤が立てた作戦は、最初から破綻した。


エリーと他の1年生が、こうも接近していては分断して個別撃破するのは難しい。更に東海林 正人は今日も戦闘に参加していない。人数では最初から相手に分がある。


ザッ!


『!』


ガキィーン!


ブワッ!


『くっ!』


『どりゃあぁぁ!』


グサッ!


『ぐっ!』


ビビッ!


『損傷率23%』


(3人で俺狙いかよ!)


進藤を取り囲むのは3人の『マリオネット』。


ビュン!


『!』


ガキィーン!


進藤 守と上杉 ケンシンの『マリオネット』が交錯し二人の身体が密着する。


「七瀬先輩はエリーに任せるとして、強者から先に討つのが戦国時代の鉄則っすよ。進藤先輩。」


「くっ!上杉 ケンシンか!?」


「お!名前を覚えてくれてるなんて、光栄っす!」


ブワッ!


グワンッ!


更に両側から二人の生徒が進藤に襲い掛かる。


『ガードフレイム!』


バキィーン!


ブワッ!


『おっ!?』


進藤は防御フィールドを展開し、何とか3人の攻撃を回避。


ビビッ!


『損傷率38%』


(危ねぇ………。)


しかし


敵の兵士3人が進藤に集中していると言う事は、高岡と鈴木はフリー。1年とのタイマン勝負なら、こちらに分がある。


これは明らかに上杉 ケンシンの作戦ミスだ。


『高岡!鈴木!』


『分かってるって!』


『任せろ!』


バシュッ!


ズバッ!


『ぐわっ!』


『うわぁあぁ!』


バチバチバチッ!


ドッガーン!


ドッガーン!


『!』


『しまった!』


「さぁ、これで4対4。勝負はこれからだ。」






【激闘②】


ビビッ!


『距離400メートル』


(来る!)


ビュン!


エメラルドグリーンの『マリオネット』を装着するエリーのスピードは、想像を越えていた。


『トゥリャァァ!!』


(速い!)


光学剣ソードによる突きの攻撃。

その剣先が狙うのは七瀬 怜の身体の中心点。

もっとも避けるのが難しい位置を寸分違わぬ正確さで攻撃を仕掛けるエリーの技量は絶賛に値する。


『ダブル・フルーレ!』


ブンッ!


『!』


その攻撃を、七瀬は二本の光学剣『ダブル・フルーレ』で迎え撃つ。一瞬でも判断を間違えば高速の突きを防御する事は出来ない。


ガキィーン!!


『!』


シュバッ!


『ノー!』


しかし、七瀬はエリーの攻撃をいなした直後に、反撃の一撃を繰り出した。


ズバッ!


『損傷率13%』


(浅い!)


ブワッ!


たまらず後方へ回避するエリー。

エリーは大きな瞳をぱちくりさせて七瀬 怜を凝視する。


(オー!今の攻撃を防ぐどころか、反撃までするなんて……。)


『さっすが怜ちゃん!』


26機のAI機を1人で撃破した実力は伊達じゃない。


エリーがなぜ日本に留学したのかと言うと、本国には、もう敵がいないからだ。ジュニアの部で連覇を果たしたエリーにとっては、15歳以下では敵はいない。

かと言って、まだ13歳のエリーがアンダー18の大会に出場する事は出来ない。強すぎるが故に、対戦相手が居なくなったエリー。


そんな矢先、エリーに留学の話が舞い込んで来た。日本の高校に通えば、年上の生徒達と試合が出来る。


本来中学生のエリーが武蔵学園に留学出来たのは日本側の事情もある。日本には『マリオネット』を扱う中学校は存在しない。そして、レベルの高いイギリス連邦の生徒と対戦する事は日本の武蔵学園の生徒にとっても勉強になる。


互いの利益と目的が合致した結果、エレノア・ランスロットは日本に留学する事となった。


バッ!


シュバッ!


『!』


『!』


ガキィーン!


ほぼ同時に攻撃を繰り出すエリーと七瀬。


シュンッ!


そして二本目の『フルーレ』が隙の出来たエリーの胴体へと放たれる。


『!?』


バシュッ!


ブワッ!


ビビッ!


『損傷率24%』


ズサッ!


(二刀流………。コレは厄介だわ。)


本場のイギリスで多くの実戦を経験したエリーにとっても、二本の光学剣ソードで戦う敵との戦闘は初めてであった。基本的に『パワードスーツ』とは、それを着た人間そのものの能力を向上させる兵器である。日常生活で両利きの人間は、それほど存在しないだろう。


しかし、七瀬 怜は、二本の光学剣ソードを自在に操る。


ゾクゾクッ


(やはりエリーの勘は正しかった。)


七瀬 怜の実力は、アンダー18のトップクラスの生徒達と比べても遜色無い。エリーと同じ代表に選ばれた、アレックスやトーマスと同レベルか……。



ザワザワ


「すげぇな、あの外人。」


「いや、七瀬の方が凄いだろ?」


「これが1年と2年の対決かよ?レベル高過ぎだろ……。」


スクリーンを見る生徒達の視線は、怜とエリーの一騎討ちに釘付けとなる。


「どう思うアレックス?」


試合を観ていたシシリアが、先輩のアレックスに尋ねる。


「エリーの動きは素晴らしいな。今日は調子も良さそうだ。おそらくシンクロ率は100%に近い。」


「となると、相手の生徒は……。」


「それ以上の実力者って事だ。二刀流ってのは厄介だ。エリーも戦い憎そうだし、対策を立てなければ俺達でも危ない。」


「そんな、まさか……。」


「おいおいアレックス。それは買いかぶり過ぎだぜ。」


口を挟むのはトーマス。


「エリーはまだ本気じゃない。第二形態が残っている。モデル『ユニコーン』に日本の『マリオネット』が勝てるかよ。」


「……トーマス。」


「見ろ。エリーの反撃が始まるぜ。」


「!」





しゅう


『『マリオネット』、オン!』


ビカッ!


小柄なエメラルドグリーンの装甲とは別に、新たな装甲が浮かび上がる。昨日の試合でも見せたエレノア・ランスロットの真の『マリオネット』。


イギリス連邦が誇る最新型『マリオネット』

モデル『一角獣ユニコーン』。


ブワッ!


エリーの身体よりも大きい二枚の翼が、戦場のど真ん中で羽ばたいた。


ドクン


高鳴る鼓動。


信じたくは無いが、七瀬 怜のスピードはエリーのそれを上回る。反射速度も敏捷性も、おまけに技の技量まで七瀬は高いレベルに達している。


(同じ土俵で戦っては勝てない。)


それは、エリーの直感。


だからこそ、エリーは勝利を確信する。

七瀬の『マリオネット』では、『ユニコーン』の攻撃には耐えられない。


遠藤 剣の『シルバー・ドラグーン』の攻撃力をも上回る『ユニコーン』の力を持ってすれば、七瀬 怜を倒す事が出来る。


「行くよ!怜ちゃん!」


「エリーちゃん………。」


エリーの真剣な表情を見た七瀬 怜の集中力が、自然と高まって行く。


ビビッ!


『シンクロ率90%』


しゅう


『純白の花嫁』を彷彿させる怜の『マリオネット』に、薄っすらと深紅の曲線が浮かびあがった。


それは、殺戮の象徴である鮮血の色。


戦わずして、決して平和は訪れない。


怜の決意が赤い曲線を浮かび上がらせる。



ズサッ!


『!』


ブワッ!


『ユニコーン・ランス!!』


空中へ飛び立ったエリーが、巨大な光学槍ランスを七瀬 怜に突き出した。







【激闘③】


バシュッ!


『ぐっ!』


『損傷率59%』


(ここまでか……。)


上杉 ケンシンを取り囲むのは2年A組の生徒達。


進藤 守

鈴木 慎二郎

高岡 咲


やはり底力が違う。

1年B組の仲間達は、みんな殺られてしまった。


それでも、上杉は諦めていない。


(エリーなら、きっと七瀬に勝つ。その後の戦闘で少しでもエリーに負担を掛けない為にも、あと一人くらいは倒さねば……。)


ジリ


おそらく


3人の中で一番ダメージが大きいのは進藤 守。


(進藤を道づれにする!)


男・上杉 ケンシン、ここがおとこの見せどころ。


『うぉりゃあぁぁぁ!!』


『鈴木!高岡!』


『分かってる!』


ザッ!


シュバッ!


上杉の両側から挟み込む様に攻撃を仕掛けるのは鈴木と高岡の二人。


(間に合わない!しかし!)


防御は不要。


ここからでは上杉の攻撃は進藤には届かない。だから上杉は、光学剣ソードを投げ付けた。


ブワッ!


『行っけぇぇ!!』


『!』


命を賭した最後の攻撃。


『ガードフレイム!』


進藤は咄嗟に防御フィールドを展開し、鋭く放たれた光学剣ソードを防御した。


バシュッ!


ズバッ!


直後に、上杉の身体は、鈴木 慎二郎と高岡 咲の攻撃により斬り刻まれる。


バチバチバチバチッ!


『くっ………無念………。』


ドッガーン!!


爆炎が上がる中、進藤は自分の損傷率を確認する。


『損傷率68%』


(ギリギリじゃねぇか………。)


ザッ


ザッ


(!)


そして進藤は、シンクロが解けた上杉の前に歩み寄る。


「?」


(…………何だ?)


不思議に思い進藤を見上げる上杉。


「上杉 ケンシン。覚えておこう。」


「え?」


1年生でありながら、その心意気は称賛に値する。きっと来年には強敵になっているに違いない。


そして進藤は高岡と鈴木に声を掛けた。


『高岡、鈴木!俺は損傷率がギリギリだ。後は頼む!』


『!』


戦いはまだ終わっていない。


七瀬 怜とエレノア・ランスロットの決着が付くまでは、2年A組に勝利は訪れない。


そして、その勝負の決着も、まさに今 決まる所だ。



『ユニコーン・ランス!!』


空中へ飛び立ったエリーが、巨大な光学槍ランスを七瀬 怜に突き出した。


『ダブル・フルーレ!!』


迎え撃つ七瀬は、極細の二本の剣でエリーの攻撃に対抗する。


『そんな、ちゃちな剣では『一角獣の角』は防げないわっ!』


エリーの声が戦場にこだまする。


ズバッ!


バチバチバチ!


(うっ!)


物凄い破壊力。

超攻撃型『マリオネット』へと変貌したエリーの『ユニコーン・ランス』が、七瀬 怜の身体を吹き飛ばす。


『きゃっ!』


ブワッ!


手応えはあった。


数メートル吹き飛んだ七瀬の身体が地面に叩き付けられる。


『ぐふっ!』


ビビッ!


『損傷率53%』


『フッフーン。』


やはり、攻撃力では、こちらが上。

次の一撃で決める。


『行くわよ、怜ちゃん!!』


ブワッ!


『!』


パリィーン!!


『へ?』


エリーが光学剣ランスを振り上げた直後、『ユニコーン・ランス』が砕け散った。


『な!何なのよー!?』


ロシア軍が開発した機動兵器『マリオネチカ』、英語名『マリオネット』には特殊な技術が施されており、損傷率が100%を越えない限り本体の『パワードスーツ』が破壊される事は無い。


しかし、付属品である武器は別だ。


武器の耐久値は別に設定されており、眼界を越えると武器は砕け散る。すなわち、七瀬は、エリーの武器である『ユニコーン・ランス』に狙いを定めて攻撃を繰り出していた。


(あの一瞬で、ワタシの武器を破壊した!?)


そんな芸当が出来るものだろうか?


瞬時に、武器の弱点を正確に打ち抜かなければ、武器を破壊するなんて出来ない。


『ウソでしょ?』


しばし茫然とするエリー。


『痛っ……。』


『!』


いや、まだ勝負は決まっていない。

『ユニコーン・ランス』を失ってもエリーには、まだ武器がある。第二形態に進化する前に所持していた光学剣ソードが、近くに転がっているはずだ。


キョロキョロ!


(あった!)


ズサッ!


距離およそ200メートルの地点に光学剣ソードを見つけたエリーは、即座にその方向へと走り出す。


七瀬 怜は、吹き飛ばされたダメージで、立ち上がる事が出来ない。先に剣を拾い上げて攻撃すれば、怜ちゃんを倒す事が出来る!


(勝った!)


そして、エリーの手が光学剣ソードに届きそうなその時。


バッコーン!


『!!』


光学剣ソードが、大きく蹴り飛ばされた。


『ノーッ!!』


エリーが見上げたそこには、剣を蹴りあげた張本人、高岡 咲が不適な笑みを浮かべている。


ゴクリ


「まぁ、何だ………。」


高岡 咲は言う。


「武器を持たない兵士を倒すのも気が退けるけどさ。」


ブンッ!


高岡の光学剣ソードが、エリーに向けられる。


「これが勝負の世界ってもんよ!」


「えー!?」


バキッ!


ドカッ!


ズサッ!


容赦のない攻撃が、エリー目掛けて放たれた。

武器を持たない状態では、イギリスの最新型『マリオネット』も何の役にも立たない。



バチバチバチッ!


ドッガーン!



かくして、イギリス連邦が誇る、天才少女エレノア・ランスロットは、日本での敗戦を経験するのであった。



『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 2年A組!勝者 2年A組!』



『やったー!』


『勝ったぞ!』


『予選突破だっ!』



(はは………。咲ったら。)


予選突破を賭けた1年B組との激闘を制し、バトルフィールドで雄叫びをあげる仲間達を見て、七瀬 怜はそっと胸を撫で下ろした。





予選Dブロック


2年A組 2勝1敗


決勝トーナメント進出





MARIONETTE-怜


【化物①】


吉良 光介


光介は良く出来た息子よ。


将来は立派な政治家に育てあげるわ。


光介なら、人間を騙す事なんて訳無いもの。


(………母さん?)


バカ言え。


光介は軍人に育てあげる。


あいつは普通じゃない。


まともな精神では立派な軍人にはなれん。


(………父さん?)


聞きました?


吉良さんの息子さん、ちょっと頭がオカシイみたいなのよ。


気味が悪いわね。


みんな、吉良君に近寄っちゃダメよ。


あのコは普通じゃない。


あのコは『化物』よ。


な、なんで君が、その事を知っているんだ!


吉良、お前とは一緒に居られない。


分かるだろ?


お前は普通じゃない。


ごめんなさい光介君。


私、普通の人が好きなの。


ちょっと聞いてよ。


光介の奴、私の事が好きなんだってさ。


えー、気持ち悪い。


『化物』!


『化物』!


『化物』!


「うわぁあぁぁぁ!!」




吉良 光介(きら こうすけ)


人は彼を『化物』と呼び忌み嫌った。



「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


ザッ!


ザッ!


バシュッ!


『光介!今日も冴えてるな。』


『いえ、隊長のお陰です。』


ザッ!


バシュッ!


ドッカーン!


『はは!お前とだけは殺りたくねぇ。』



いつからだろう。


俺は人を信じなくなり、唯一心の安静を保てる場所が、このフィールドとなった。



ビビッ!


『損傷率37%』


『シンクロ率90%』


バシュッ!


ドッカーン!


『また光介かよ!』


『お前の強さは反則だな。』


『さっさと高校を辞めて隊に入ったらどうだ?』


いつか、ロシア軍が日本国に侵略を開始した時。俺を『化物』と呼んだ人間は後悔するに違いない。


『お前は『化物』なんかじゃねぇよ。』


『この戦場では、お前は『神』となる。』



お前は日本軍の―――


―――――『救世主』になれる男だ







【化物②】


東京都立武蔵学園


2年A組の教室


「怜、おはよー!」


「あ、おはよう。」


「みんな早いね。」


クラス対抗戦の予選を終え、生徒達は2日間の休日となる。


当校している生徒はまばらで、データの整理や自習をしている生徒が数人見られる程度だ。


そんな中『クラス対抗戦』の予選を勝ち抜いた代表選手の5人は今日も元気に当校していた。


「七瀬さん。昨日は凄かったね。」


「進藤!よくやった!お前達はA組の誇りだよ!」


「ん?お前ら、今日は休んだ方が良いんじゃね?疲れてんだろ?」


クラスメイト達が声を掛ける。


七瀬達5人が当校しているのには理由がある。決勝トーナメントの敵チームの分析と戦略の打ち合わせだ。


「あれ?正人君は?」


怜は、6人目の代表選手の姿を探すが見当たらない。


「ほっとけ。あいつが来る訳ねぇだろ。」


「そうそう。どうせ戦闘にも参加しないんだから、作戦なんて聞いても無駄よ。」


「………そうね。」


実際、東海林 正人は昨日の試合でも全く戦闘には参加していない。撃破数ゼロ、損傷率ゼロ、戦場に存在しない『マリオネット』。それが東海林 正人の評価であった。


東海林を除く5人は、早速 決勝トーナメントの打ち合わせを開始した。


決勝へ勝ち進んだクラスは4クラス。


Aブロック 3年A組

Bブロック 3年C組

Cブロック 2年C組

Dブロック 2年A組


トーナメント一回戦の組み合わせは、当日朝のくじ引きで決められる。すなわち今日の段階ではどのクラスと対戦するかは分からない。


「しかし、どこも強そうだなぁ。」


そうぼやくのは諸星 圭太。3年生はもちろん、2年C組の東峰 静香は今大会一番の注目選手。予選で見せた3年生を翻弄する戦いは脅威以外の何者でもない。


「俺はやっぱり上坂先輩が嫌だな。『対人戦』無敗の実績は伊達じゃない。神坂先輩が負ける姿が想像出来ない。」


進藤の言葉は本心だろう。神坂は予選でも殆ど無傷で勝ち上がっている。


「それを言ったら3年A組だろ。トップランカーが3人もいるんだ。それ以外の3人だって。」


カタカタカタ


「あれ?」


パソコンを操作する鈴木 慎二郎の指が止まる。


「どうしたの?」


覗き込むのは高岡 咲。


3年A組 代表選手


金剛 仁 学年ランキング3位

紫電 隼人 学年ランキング2位

東堂 綾 学年ランキング8位

向峰 尚吾 学年ランキング11位

桐原 繁 学年ランキング17位

吉良 光介 学年ランキング113位


吉良きら?学年ランキング113位??」


「こんな人いたっけ?」


カタカタカタ


鈴木がすぐに予選記録を確認する。


予選ブロック成績


「いや、予選にも参加していない。メンバーの交代だな。」


クラス対抗戦では試合ごとの選手の交代は認められている。


「それにしても、ランキング113位って。他に強い奴がいるだろ。」


「さぁ。何でだろうな。余裕なんじゃねぇの?」


「鈴木、ちょっと『模擬戦』の成績も検索してくれ。」


「あ、あぁ。」


カタカタカタ


ピコン


「!」


3学年 吉良 光介

模擬戦成績 1戦ゼロ勝 クリア実績なし。 総合評価C,


「なんだよ、1戦ゼロ勝って。」


「怪我でもして休んでたのか。」


「いずれにしても、大した事は無さそうね。」


「優勝候補の突然のメンバー交代、秘密兵器でも隠しているのかと思ったぜ。」


「はは。考え過ぎだ、進藤。」


進藤達は、安堵の表情を浮かべる。


「ちょっと待って!」


「ん?」


「どうした七瀬。」


七瀬は、画面をスクロールして『模擬戦』の詳細を表示。


「これは……。」


「どう言う事だ?」


スピード S

パワー S

反射速度 S

撃沈率 S

回避率 A

損傷率 D

シンクロ率 A

総合評価 C

学年順位 108/139


AI機、総撃破数 18機


3年A組 吉良 光介



「この成績でC評価?」


「クリア出来なかったから、でしょうね。」


AIとの『模擬戦』の評価は、あくまでミッションのクリアが優先される。個人でどんなに良い結果を残しても、クリア出来なかった時点でC評価。B以上の評価を得られる事は無い。


「つまり、一緒に出撃した仲間が弱すぎてクリア出来なかったって事か……。」


「いいえ、見て。」


七瀬は更に画面の表示を指さした。


出撃数『マリオネット』1

出撃数『AI機』20


「この人、たった一人で『模擬戦』に参加しているわ。」


「20機のAIを相手に一人で参戦し、18機を倒した所で力尽きたって事か。」


「何で一人で………。」


「さぁ?」


「吉良 光介。何者なんだ?」





その頃、3年A組の教室では


「ざっけんな!」


「落ち着け紫電。」


紫電 隼人が大声で怒鳴り散らしていた。


「これが落ち着いていられるか!?俺達は3年になった頃から同じメンバーで戦って来たんだ!なんで健太が代表から外れるんだ!」


黒い『マリオネット』を操り戦場を支配する3年A組の生徒達。代表メンバーには黄色いナンバリングが施され、No『6』の指定席は菅原 健太に決まっている。


それが、決勝トーナメントへの出場が決まった矢先にメンバーの交代が発表された。


「先生が決めた事だ。仕方がない。」


「ちっ!」


紫電の気持ちは収まらない。


「だいたい、吉良の奴は授業にも出てないじゃねぇか。『模擬戦』にも参加しない奴が『マリオネット』を操れるのかよ。」


3学年になってから、吉良 光介は殆ど学校に来ていない。


「その心配は無いわ。」


「!?」


そこで東堂 綾が口を挟む。


「綾、どういう意味だ?」


紫電は東堂を睨み付けた。


「そんな怖い顔しないでよ。吉良の父親は『防衛軍』のお偉いさんなの。吉良 光介は学校に来ないで『防衛軍』の施設に通ってるって噂よ。」


「何だと?」


「つまり、高校のレベルでは物足りなくて、『防衛軍』の施設で練習をしてるって事ね。」


「はぁ?そんな事が許されるのかよ!」


「吉良の父親は軍の幹部だ。そして母親は国会議員。政治力って奴さ。」


金剛は東堂の意見を補足する。


「政治力……。そんなの俺は認めねぇ!チームワークも何もあったもんじゃねぇ。」


「紫電……。」


「綾?」


東峰 綾は、そっと紫電の肩に手を乗せる。


「それに、吉良 光介には関わらない方が良いわ。」


「なに?」


「2年の時、同じクラスだった友達に聞いたのよ。」


「………?」


「吉良は『化物』だと………。」


「『化物』………だと?」


「試合では吉良は自由行動だ。俺達だけで敵を倒せば問題ない。」







【化物③】


日本国 防衛軍

特別歩兵部隊 横浜基地


10年前のイスラエル戦線以後に、新たに創られた日本国『防衛軍』の軍事施設。

目的は、新たに開発された『パワードスーツ』を装着した『歩兵部隊』を統括する事。


ここには、都立武蔵学園と大和学園の卒業生を中心に、およそ100名の兵士が所属している。


訓練管理室に並ぶモニターは20台にも及び、日々実戦を想定した訓練の映像が配信されている。


「へぇ、凄いわね。」


イギリス連邦の学生であるシシリアが、感嘆の声をあげた。


日頃からイギリス軍の施設を見学しているシシリアにとっても『防衛軍』の施設は充実していた。


アレックス、トーマス、シシリアの3人は日本政府の招待で来日し、今日は『防衛軍』の施設の見学に来ている所なのだ。


「あれ見てシシリア!変わった『マリオネット』が置いてあるわ!」


元気よく叫ぶのはエレノア・ランスロット。

なぜか、3人に付いて来たエリーが、興味津々に走り回っている。


「エリーの奴、予選で負けたのに元気だな。」


トーマスは、呆れ顔で呟いた。


「エリー、昨日は残念だったな。クラス対抗戦。」


「ん?」


アレックスの言葉にエリーは、きょとんと目を丸める。


「あー!気にしない。気にしない。怜ちゃんは特別よ。日本の生徒でも怜ちゃんに勝てる生徒はいないから。」


「ふ~ん。そうなのか?」


「まー。他の生徒の試合は見てないけど。」


「………。」


確かに、昨日の七瀬 怜と言う生徒の動きは特別な感じがした。最後のエリーの武器を壊した技。アレックスでさえ目で追えない速度で『ユニコーン・ランス』を打ち砕いた。


(『マリオネット』後進国と思ってバカにしていたが、どうして凄い奴がいるものだな。)


トーマスもアレックスと同じ事を考えていた。


「ちっ。本国から『マリオネット』を持って来ていたなら挑戦するのによ。」


「……?」


その言葉を聞いた軍の案内人が、トーマスに話し掛ける。


「『マリオネット』なら貸し出しますよ。どうです?一戦、試して見ますか?」


何を勘違いしたのか、案内人はトーマスに練習への参加を進める。


「あ、いや……。」


「そうですね。どうせなら『対人戦』が良いでしょうか。確かこの時間帯なら……。」


きょろきょろと、辺りを見回した案内人が、目的の人物を見つけたらしく大きく手を振り上げた。


「おーい!吉良君!ちょっといいかい?」


「?」


呼ばれたのは、冴えない感じの若者だった。

年齢はトーマスと同じくらいか。


「吉良君、丁度良かった。こちらはイギリス連邦からのお客さんでね。『マリオネット』での『対人戦』がご希望だ。ちょっと時間あるかな?」


「え、まぁ………。」




戦場は直径5キロメートル四方の少し小さめの『バトルフィールド』。1対1の『対人戦』専用のフィールドらしい。


用意されたのた日本国 防衛軍で使われている汎用型『マリオネット』。『パワードスーツ』にハンデは無い。聞く所によると、対戦相手の吉良 光介なる青年は武蔵学園の3年生。トーマスと同い年だ。


「まさか、日本にまで来て『対人戦』を経験するとは……。」


「トーマス。相手は高校生だ、本気でやるなよ。」


イギリス連邦主催の大会でトーマスはベスト4に入った実力者。まともに戦闘をしたら日本の高校生が勝てるはずが無い。


「トーマス!殺っちゃえ!」


エリーは、無邪気に応援している。


「ま、日本の『マリオネット』がどんな物か試して来るわ。」




トーマス・ロデオ


スタンバイ!


「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


『戦闘準備OKだ。始めようか。』


(イギリスの『マリオネット』とそれほど違いは無いな………。)



ビビッ!


『距離800メートル』


(800メートル。俺のスピードなら10秒と掛からない。)


『ふぅ………。』


ビビッ!


『シンクロ率85%』


ビビッ!


『シンクロ率92%』


ビビッ!


『シンクロ率100%』


シュバッ!!


先に動いたのはトーマス。



「アレックス。今のは何?」


戦闘前のトーマスの様子を見てエリーが不思議そうに尋ねる。


「あれはトーマスの十八番だ。自らの精神を高めて『シンクロ率』をいきなりMAXにまで持って行く。誰にでも出来る芸当じゃねぇ。」



シュバッ!


『!』


ガキィーン!


『ほぉ、よく止めたな。』


しかし


『!』


『隙だらけだ!』


バシュッ!


ズバッ!


『ぐっ!』


ビビッ!


『損傷率26%』


バッ!


ズサッ!


慌てて後ろへ下がり、距離を取る吉良 光介。


(速い!そして強い!)


吉良は、伊達に軍隊で特訓を受けていた訳ではない。武蔵学園での授業よりも、遥かに濃厚な実戦を積み重ねて来た。


自信ならある。


軍の先輩ならともかく、同い年の兵士に殺られる訳には行かない。


バッ!


『!』


バシュッ!


ガキィーン!


『そこだっ!』


バシュッ!


『ちっ!』


グワンッ!


ズバッ!



トーマス・ロデオと吉良 光介。

二人の技量は、とても高校生とは思えないレベルにある。


「さすがですね。流石はイギリスの代表なだけはある。」


案内人は、感心した様子で戦闘に夢中になっている。


(流石だと?冗談じゃない。)


トーマスはU18の大会でベスト4の実力者。イギリスを代表する選手だ。そのトーマスと互角に渡り合える高校生が、そうそういてたまるものか。


「アレックス。」


シシリアが、アレックスの内心を見透かしたように話し掛ける。


「相手は日本の『マリオネット』に慣れているわ。トーマスは日本の『マリオネット』を装着するのは今日が初めて。こんなものよ。」


ガキィーン!


ザッ!


ズバッ!


『ぐっ!』


『損傷率38%』


(良し!)


今日の吉良 光介は冴えている。

最初はトーマスの動きに戸惑ったが、それも徐々に慣れて来た。


ビビッ!


『シンクロ率93%』


調子もまずまず。このまま行けば、押し切る事が出来る。


『そりゃっ!』


『!』


バシュッ!


『うっ!』


『損傷率57%』


(ちっ!まずいな………。)


シンクロ率100%で望んだアドバンテージが薄くなって来ている。現在の損傷率は互角と言った所か。


『しかしよぉ……。』


『!?』


『日本の『マリオネット』にも、そろそろ慣れて来たぜ!』


ズバッ!


トーマスの光学剣ソードが、吉良の胴体に直撃した。


ビビッ!


『損傷率65%』


態勢を大きく崩す吉良 光介。


(今だ!)


『ロデオ・スマッシュ!!』


ロデオ・スマッシュは高速で複数の剣を叩き込む必殺技。初見で防御する事は難しい。

更に態勢を崩した吉良は、トーマスの攻撃を避ける事は出来ない。

ここぞとばかりに必殺技を叩き込むトーマスの勝負勘は一流選手のそれである。


(決まった!)


『!』


ズバッ!!


バチバチバチバチッ!


ドッカーン!


フィールド中央に爆煙が立ち登り、二人の身体を包み込んだ。


しゅう


「どうやら、トーマスの勝ちね。」


シシリアの声が静かに響く。


もくもく


「いや……。」


「………?」


「勝ったのは日本人の方だ。」


「な!?」


モニター越しに映し出された映像。

そこに立つのは吉良 光介。


「そんな!あの態勢から、どうやってトーマスの攻撃を防いだと言うの!?」


「エリー、見えたか?」


ふるふる


アレックスの問いに首を横に振るエリー。


「ただ………。」


「ただ?」


「瞬間的に感じた、あの男の気配。あの気配は普通じゃない。」



吉良 光介は―――


――――――『化物』みたい。





【化物④】


(ふぅ………。)


戦闘を終えた吉良は、休憩室のソファに腰をおろした。


(たかが高校生を相手にやっちまった。あのイギリス人には悪い事をしたな。)



ガチャ


(………!)


ギギ


バチバチバチ


ドアから入って来た男は、吉良の顔を見るなり拍手を送る。


「父さん!?」


「素晴らしい戦闘だったよ。光介。」


「見てたのか………。」


「お前の戦闘は全て確認している。正規軍の中に入っても、お前の実力は今やトップクラス。父として誇らしい限りだ。」


「ふん。あんなのは実力じゃない。」


「何を言う。お前は日本軍の未来を左右する兵士になれる器だ。」


「…………興味無いね。」


「ふむ。」


カツン


コツン


バサッ!


吉良の父親は、一枚の書類をテーブルの上に置く。


(………?)


「なんだ……これは?」


書類には武蔵学園『クラス対抗戦』についての説明が書かれてある。


「光介。明後日から始まる『クラス対抗戦』の決勝トーナメント。お前にも参加して貰うぞ。」


「は?何言ってんだ。今さら高校の大会になんか参加出来るかよ。」


吉良にとって、高校生活に良い思い出などない。いや、高校どころか小学校でも中学校でも吉良は嫌われ者であった。

それを、今さら大会に参加するなんて、父さんはどうかしている。


「うむ。二階堂君、入りまたえ。」


「?」


(……二階堂大佐?なぜ、ここに。)


二階堂は、『防衛軍』の特別歩兵部隊を率いる軍人でその人柄から多くの兵士達の尊敬を集めていた。


そして、二階堂は言う。


「軍の一部に不穏な動きがある。光介君。君に協力して欲しい。」


「え?」


「君の力が必要なんだ。」







カタカタカタカタ


吉良 光介(きら こうすけ)


都立武蔵学園 3年A組


その力は


『化物』なのか―――


―――――それとも『救世主』なのか



「ふふ。」




(………?)


「副理事長、画面を見て笑うなんて、珍しいですわね。」


白川 美里が、東峰副理事長に声を掛けた。


「どうやら理事長が動いた様だ。」


「北条理事長が?」


「しかし、我々は負けぬよ。大会で優勝さえすれば軍の上層部も我々を認めざるを得ない。」


「………。」


「軍とはそう言うものだ。最終的に強ければそれで良い。少し予定より早まったがね。」


「しかし、そう簡単に優勝出来ますでしょうか。静香お嬢様がいくら強いとは言え、上級生に七瀬 怜。相手もかなりの強者。」


「白川君。」


「……はい。」


「五つ『パワードスーツ』を用意してくれ。」


「!」


「2年C組の生徒にそれを着せる。」


「そんな!それは無茶です!彼等には耐性がありません。薬の投与も行っていない。」


「大丈夫だ。調整はする。」


「しかし………。」


「…………。」


動揺する白川を見て東峰は言う。


「『神埼 ヒロト』。彼には実に残念な事をした。」


「!」


「しかし、彼のお陰で研究は大いに進んだのだ。もう命を落とす生徒は出ないだろう。」


「………分かりました。」



明後日から始まる『クラス対抗戦』決勝トーナメント。


今回、初めて全学年を対象とした合同のクラス対抗戦は、何が起きるか分からない。


波乱含みの大会となるであろう。




そして


大会当日


Aブロック代表

3年A組 金剛 仁


Bブロック代表

3年C組 神坂 義経


Cブロック代表

2年C組 東峰 静香


Dブロック代表

2年A組 進藤 守


予選ブロックを勝ち抜いた四強のリーダーが、抽選会場に顔を見せた。


「怜……ドキドキするね。」


不安を隠しきれない様子の高岡 咲。

確かに予選の相手、遠藤 剣やエレノア・ランスロットも強敵には違いない。


しかし、本当の戦いはこの先にある。


優勝候補の3年二強は言うまでもなく、予選Cブロックで3学年の2チームを破った東峰 静香も侮れない。


しかし、七瀬 怜は、誰にも負ける訳には行かない。七瀬の想いは遠い中東の地に置いて来たのだから。


「咲、始まるわ。これからが本番よ。」






そして


クラス対抗戦


決勝トーナメントの幕が開ける。






MARIONETTE-怜


【全勝無敗①】


生い茂る森林の間を颯爽さっそうと走り抜ける4人の兵士。木葉の間から射し込む太陽光が、真っ黒な装甲を余計に引き立たせていた。


先頭を走る男の名は金剛 仁(こんごう じん)。ゴツい身体によく合った分厚い装甲を装着している。


ビビッ!


『距離1600メートル』


『敵『マリオネット』5体確認。変化なし。』


『良し!このまま行くぞ!』


肩に施された黄色いナンバリングの数は4つ。上から順に、1、3、4、5と続く。

ナンバリングNo 『2』を与えられた兵士は、一人別行動だ。


3年A組のエースにして『模擬戦』Sランク最多記録保持者の紫電 隼人(しでん はやと)が目指すのは4人の兵士とは全く別方向。


右の森林地帯ではなく、左の山岳地帯へ向かう紫電は面前の表示を確認する。


ビビッ!


『距離1300メートル』


ただ一人、山岳地帯へと移動した敵の『マリオネット』を追撃する為の行動。


最強を自負する3年A組の兵士達は、試合開始早々に一つの選択を迫られた。すなわち、神坂 義経(かみさか よしつね)をどうするのか、と言う選択。


3年C組の『マリオネット』が、試合開始直後に左右、二手に別れて移動を開始した。

左の山岳地帯には一人。残りの5人は右の森林地帯へと進む。


これは、明らかに神坂の誘いである。


神坂 義経は、単独行動をする事によりA組の兵士を誘っているのだ。例え神坂一人でも絶対に負けないと言う自信。『対人戦』全勝無敗の神坂だからこそ出来る戦略。


『これは、罠だな。』


金剛 仁は、その神坂の作戦を逆手に取る。


『神坂の狙いは、俺達全員を誘き寄せる事だ。山岳地帯の谷間へ引き込むつもりだろう。』


『森林地帯へ移動した『マリオネット』は、頃合いを見て山岳地帯へと反転する。前方に神坂、後方に5人の兵士。挟み撃ちが狙いか。』


『ならば……。』


金剛は、仲間達に作戦を伝える。


『神坂は無視だ。全員で森林地帯の5人を倒す。神坂が戻って来る前に決着をつける。』


3年C組の生徒で脅威となるのは、学年ランキング1位の神坂 義経。そしてランキング4位の大京寺 弁慶(だいきょうじ べんけい)。それ以外はランキング20位前後のプレイヤー。大した事は無い。


『確か、大京寺の『マリオネット』は耐久型。AI相手に活躍する事は出来ても『対人戦』には向いていない。俺達が負ける要素は何も無い。』


『行くぞ!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


『金剛、待ってくれ。』


『………。どうした紫電。』


紫電 隼人が金剛の作戦に口を挟むのは珍しい。3年A組の代表である選手達は、金剛の元に集い、金剛の作戦に従って強くなった。


それでも、譲れないものがある。


紫電 隼人が思い出すのは7月の『個人戦』。

決勝まで勝ち進んだ紫電の相手は神坂 義経。そこで紫電は神坂に敗れた。


『模擬戦』で、どんなに良い成績を残してもランキングで1位になれないのは、直接対決で負け続けているからだろう。


『分かっている。これは俺の私情に過ぎない。それでも、俺は神坂に勝たなければならない。』


誰よりもチーム力を大切にする紫電だからこそ、その悲痛な想いがヒシヒシと伝わって来る。


『ふむ。』


金剛は、それだけ答えると隣で静観している東堂 綾に質問する。


『綾……。紫電抜きで、森林地帯の敵を倒せる確率はどれくらいだと思う?』


すると東堂 綾は即答する。


『100%ね。神坂のいないC組に負ける事は有り得ないわ。私達は一人も倒される事なくC組の5人を撃破出来る。』


その答えを聞いた金剛は満足そうに頷いた。


『と言う事だ紫電。好きにしろ。』


『金剛……。綾………。みんな、すまん。』


金剛は紫電の肩をポンと叩いた。


『その代わり、神坂に負けるなよ。必ず神坂を倒して来い。それが出来るのはお前だけだ。』


「恩にきる……。」


シュバッ!




試合開始早々に、紫電は仲間達と別れて左の山岳地帯を目指した。


残った四人の目標は森林地帯にいる5体の敵『マリオネット』。


ビビッ!


『距離700メートル』


『いたぞ!』


『目視出来る敵は二人。』


『秒殺する。1分1秒でも早く片付けて紫電の援護に回る。』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


シュバッ!


ザッ!


金剛の指揮のもと、4体の黒い『マリオネット』が森林地帯を駆け抜ける。


『!』


『来たぞ!迎撃しろ!』


『分かってる!!』


ビュン!


ブワッ!


ガキィーン!


何とか光学剣ソードで金剛の巨大な『クレイモア』を防御。しかし、威力を完全に抑える事は出来ない。


『ぐっ!』


そのまま後方へ弾き飛ばされた。


『はい、お終まいよ。』


『!』


ビュンッ!


そこに先回りをしていた東堂 綾が、後ろから光学剣ソードの連打を叩き込む。


ドガッ!


バキッ!


グザッ!


バチバチバチッ!


ドッガーン!


(まず一人!)




ビビッ!


ザッ!


ザッ!


もう一人の敵兵士を追うのは向峰 尚吾(むかいみね しょうご)と桐原 繁(きりはら しげる)。


『うわぁあぁぁ!』


『ちっ!今さら逃げるんじゃねぇよ!』


『桐原!回り込め!挟み撃ちにする。』


『ラジャ!』


シュバッ!


見通しの悪い森林地帯では、画面に表示される点滅が頼りとなる。


ビビッ!


『!』


(一人近付いて来る。)


『桐原、見えるか?』


向峰は、相棒の桐原に状況を確認。


『木々が邪魔で目視は出来ない。しかし2対2だ。問題ないだろう。』


『了解。二人まとめて倒すぞ!』




同じく、画面モニターで敵の位置を確認していた東堂 綾が、金剛に伝達。


『向こうは、手こずっている様ね。リーダー、どうするの?』


ビビッ!


『右上にも残り二人いる。俺達はそちらを叩く。時間が惜しい。』


『そうね。早く行かなくちゃ。紫電が心配だわ。』


ザッ!


金剛と東堂が、動き出したその時。


ドッガーン!


ドッガーン!


2つの爆発音を確認。

『マリオネット』の損傷率が限界を越えてシンクロが解除された合図だ。


『良し!残り二人だ。』


金剛が東堂に短く伝達。

東堂は確認の為、面前の点滅を表示。


『!』


『リーダー!違うわ!』


『?どうした綾。』


『爆発したのは敵じゃない。尚吾と桐原の表示が無くなっている!』


『なに!?殺られたのか!』


(まさか………。)


あの二人が、こうも簡単に倒されるとは思えない。神坂以外の敵で、それほど強い奴は居なかったはず。


そして金剛は一つの可能性にぶち当たる。


『しまった!綾!紫電と合流するぞ!急げ!』




一方のフィールド左側の山岳地帯。


ビビッ!


岩山の影に隠れて移動する敵『マリオネット』を追跡する紫電 隼人。


(こそこそと、逃げ回りやがって。)


「神坂ぁ!出て来い!紫電 隼人が来てやったぞ!」


反応は無い。


ビビッ!


『距離200メートル』


この岩山の裏側に神坂はいる。


(姿を見せないなら、少々危険だが……。)


ビュン!


紫電は上部へ向かって跳躍し、高さ10メートルを越える岩山の頂上へと登る。


機動兵器『マリオネット』には空中移動をする手段がない。人間の身体能力をそのまま伝達する『マリオネット』にとって、もともと空を飛ぶ能力が備わっていない人間が空中を移動する事が出来ない仕様だ。


イギリス連邦が開発したモデル『ユニコーン』は特殊な事例と言える。


仮に紫電が岩山から飛び降りた時に、動けない空中で狙われたら一溜りもない。その危険を犯してでも紫電は神坂の位置を確認する道を選んだ。


ズサッ!


「神坂ぁ!勝負だ!!」


山頂から紫電 隼人が吠える。

7月の『個人戦』決勝で負けた礼をしなければ気が収まらない。


岩山の下には、3年C組の兵士が紫電を見上げていた。


(…………。)


『神坂………じゃない?』





【全勝無敗②】


クラス対抗戦も、いよいよ大詰め。

決勝トーナメントから一般公開される『クラス対抗戦』に詰め掛けた観客の数は1万人にも達する。


決勝トーナメントに進出したクラスは4チーム。


最初に対戦するのは、3年A組 対 3年C組。

前評判の高かった優勝候補同士の対戦に会場は異様な盛り上がりを見せていた。


「どっちが勝つかな………。」


高岡 咲は、巨大モニターに映し出される戦闘から目が離せない。


「今の所は3年C組。神坂先輩の作戦が嵌まった感じだな。」


「そうね。A組が苦戦している。」


七瀬 怜が進藤の意見に同意する。


神坂 義経が如何に強いとは言え、A組の五人に囲まれたら勝利は厳しかっただろう。しかし神坂は上手く相手を分断した。


A組で最も注意すべき紫電 隼人を孤立させ、その間に他の兵士を潰す作戦。既にA組のNo4とNo5の二人の兵士を倒した神坂。


「見ろ、金剛先輩と東堂先輩が追い付かれたぞ!」


「スピード型の東堂一人なら逃げられただろうが、金剛も一緒なら無理ってもんだ。」


「金剛、東堂のトップランカー二人と、神坂含むC組の兵士3人か。面白そうだな。」


「ここが、勝負の分れ目って所だ。」


「おい!始まるぞ!」


「学年ランキング1位と3位の戦闘だ。」




3年A組 金剛 仁(こんごう じん)


重厚な装甲を装備したまま巨大な『クレイモア』を自在にを操る金剛。多くの生徒に恐れられる金剛がブンと『クレイモア』を振り上げた。


ブワッ!


すると、剣圧によって生れた突風が、琥珀色に染められた神坂の前髪をファサリと揺らす。


「相変わらず、力だけはすげぇな。」


神坂には、乱れた前髪を気にする様子はない。


ビビッ!


『綾、すまんな。俺のせいで追い付かれた。』


ビビッ!


『大丈夫よ。それより私はどうすれば良いの。』


金剛は仲間の兵士のみが聞こえる音量で東堂 綾に指示を出す。


『ラジャ!任せておいて。』


シュバッ!


『!』


東堂の狙いは、神坂以外の二人。

スピード型『マリオネット』を操る東堂が、神速の速さで攻撃を開始する。




『どぅりやあぁぁあぁぁ!』


『!』


同時に金剛が、孟ダッシュで神坂との距離を詰めた。


ブンッ!


金剛の『クレイモア』の威力は全ての武器の中でも最強クラスだ。


ガキィーン!


『ぐっ!』


光学剣ソードで防いだものの、その威力で後退りをする神坂。


ビュッ!


バキィーン!


ガキィーン!


ブワッ!


ガッキィーン!!


ビシビシッ!


(くっ!さすがに重い!)


巨大な『クレイモア』による連撃が、神坂の身体に重くのし掛かる。



ワッ!


スクリーンを見ていた観客が大歓声をあげた。


「すげぇ攻撃だな。あの神坂が防戦一方だ。」


「金剛 先輩、このまま神坂を押しきるか!?」


それほど金剛の攻撃は凄まじい。

攻撃力の強い『クレイモア』を、一度でも喰らうと大ダメージを受ける。


ガキィーン!


バッ!


ガキィーン!


「いや、良く見てみろ。」


「………?」


「金剛が一方的に攻めている様に見えるが、これは神坂の得意のパターンだな。」


「ん、どう言う事だ?」


「神坂は戦闘の天才だ。ああやって相手の攻撃を防ぎながら隙を伺う。」




『!』


バシュッ!


(くっ!)


『損傷率22%』


「神坂……貴様………。」


「脇が甘ぇよ金剛。個人戦の時から何の進歩もしていねぇ。」


「ぬかせ!」


ビュッ!


ガィーン!


「分からねぇか?」


ビビッ!


『シンクロ率93%』


神坂 義経のモスグリーンの装甲が、深みを増して行く。


機動兵器『マリオネット』には、装着者とのシンクロと強い相関関係があり、シンクロ率が高まるにつれて表面のカラーが変化する事がある。


七瀬 怜の『純白の花嫁』に刻まれる 深紅の曲線と同じく、神坂 義経の装甲は、シンクロ率が高まるに連れて、より深い緑色に染まる。


モスグリーンが変化した装甲を纏った神坂は無敵。生徒達は、その状態の神坂を敬意と畏怖の念を込めてこう呼んだ。


深緑兵士ダークグリーン・ソルジャー



「悪いな金剛…………。」


「………む。」


「攻撃型や耐久型では、俺には勝てねぇよ。」


深緑兵士ダークグリーン・ソルジャー』と化した神坂の動きに付いて来れる者は殆どいない。


武蔵学園の生徒達の中で、深化した神坂の防御技術を掻い潜り、損傷を負わせた事のある生徒は一人だけ。


スピード型『マリオネット』を極めた紫電 隼人のみ。




一方、フィールド左側の山岳地帯


『ガードフレイム!』


『いい加減、死にやがれっ!』


ガキィーン!


ブワッ!


ビビッ!


『損傷率37%』


執拗な紫電 隼人の攻撃を、大京寺 弁慶(だいきょうじ べんけい)は防御オンリーで対抗する。


(こいつ、俺に勝つつもりは更々ねぇ。時間稼ぎが目的か………。)


ジリ


『仲間が待っている。時間がねぇなんだ。次で決めさせて貰うぜ。』


『………。ガードフレイム。』


ブン!


『ふん。バカの一つ覚えが………。』


ジリ


正面からまともに打っては『ガードフレイム』によって防御される。大京寺に大ダメージを与えるには、『マリオネット』の弱点である両肩と背中の何れかを直撃するしかない。


(狙いは……背中か。)


大京寺が振り向くよりも速く、背後に周り込んで一撃を喰らわす。そんな不可能を可能にする事が出来る兵士。


それは、全生徒達の中で『マリオネット』最速を誇る紫電 隼人のみが出来る芸当。


ビビッ!


『シンクロ率100%』


『行っくぞぉおぉッ!!』


ブンッ!


『!』


(消えた!?)


いや……。


(紫電の狙いは後ろ!)


大京寺 弁慶も伊達に学年ランキング4位を維持している訳ではない。大京寺の勝負勘が紫電の魂胆を的確に把握する。


(後ろに回り込んだ所に光学槍ランスの一撃を喰らわしてやる!)


グルンッ!


ブワッ!


ズバッ!!


『!』


バチバチバチッ!


『そん……な。』


(俺が振り向くより速く、背中に攻撃を加えるなんて……。どんだけ速いんだって話だ。)


バチバチバチバチ


ドッガーン!


『ちっ!時間ばかり取らせやがって。』


シュバッ!


紫電 隼人は叫ぶ。


『待ってろ神坂!お前を倒すのは俺だ!』






神坂 義経。


(確かにお前は強い。)


ザッ!


金剛 仁は、巨大な『クレイモア』を構え直す。


7月の個人戦。金剛は三回戦で神坂と対戦している。その時の結果は惨敗。ただの一撃も浴びせる事なく金剛は敗退した。


深緑兵士ダークグリーン・ソルジャー』と化した神坂の鉄壁な防御術。

金剛の『クレイモア』が、どんなに高威力でも当たらなければ意味がない。


神坂の戦闘スキルは、高校生のレベルを越えている。タイマン勝負の『個人戦』で、神坂に勝てる奴などいない。ゆえに神坂は全勝無敗。


武蔵学園最強、不動のランキング1位。



(しかし………。)


金剛は、そこに勝機を見つける。


「どうした金剛?掛かって来ないのか?」


あくまで余裕の神坂 義経。

自分が負けるなど微塵も思っていない。

事実、今まで金剛の攻撃は一度も当たっていない。


「教えてやろう神坂。」


「……ん?」


「個人戦なら俺はお前に勝てない。残念だか攻撃型『マリオネット』の俺の動きでは、お前を捉えられない。」


「何だ、降参か?」


神坂は、呆れた様子で金剛を見る。


「神坂、お前、何か勘違いしていないか?」


「なに?」


「今、俺達が戦っているフィールドには、俺達以外にも兵士はいる。」


「………。」


「これは『クラス対抗戦』だ。『個人戦』ではない。チームの総合力で勝負は決まる。」


「!」


ドッガーン!


ドッガーン!


すると近くで『マリオネット』が爆発する音が聞こえて来た。


爆発音は2つ。


すなわち、それは………。


『悪いリーダー!雑魚を倒すのに手間取ったわ。』


ズサッ!


そこに現れたのはNo『3』のナンバリングを刻む長髪の女性兵士。


学年ランキング8位 東堂 綾



「タイマンでは勝てないが、上位ランカー二人を相手に、いつまで余裕でいられるかな。」


「………ふん。」


しゅう


『シンクロ率100%』


「分かってねぇのはお前だ金剛。」


「!」


「敵の数は関係ねぇんだよ。去年の『学園対抗戦』を忘れた訳でもあるまい。」


「………学園対抗戦。」


それは、去年の12月。


武蔵学園で唯一2年生で代表に選ばれた神坂が、当時の大和学園3年生4人を一方的に叩き潰した伝説の試合。


「なぜ、俺が『全勝無敗』なのか、その意味を教えてやるよ。」


ジリ


「お前達のレベルでは、俺には勝てねぇ。上位ランカーと言えど、1位と2位以下の間には大きな開きがある。」


学年ランキング1位


全勝無敗の兵士―――――


神坂 義経(かみさか よしつね)の身体が、深い闇色の緑に包まれて行く。




クラス対抗戦 決勝トーナメント第一戦。


優勝候補 二強の対決が、大詰めを向かえようとしていた。







MARIONETTE-怜


【最速最強①】


防衛軍少将 永島 藤五郎


防衛軍少将 吉良 庸介


防衛軍大佐 二階堂 昇


防衛軍のそうそうたるメンバーが顔を揃えた今年の『クラス対抗戦』は、例年以上の盛り上がりを見せていた。


「今年の武蔵学園はレベルが高いな。あの生徒は何と言うのかね。」


隣の席に座る二階堂大佐に質問するのは吉良少将。


「神坂 義経君ですか。彼は3学年ランキング1位の有望株です。我が隊に配属になれば、すぐにエース級の活躍が期待出来ます。」


「ほぉ。それは頼もしいな。」


吉良少将は満足そうに頷いた。


「今回は光介君の出番は無さそうですね。見たところ3年A君の生徒達にもC組の生徒達にも異変は見られません。」


そう言って二階堂は、少し離れた位置に座る永島少将に目をやった。


永島 藤五郎少将。


『防衛軍』の中でも黒い噂が絶えない人物。

数ヶ月前の『神埼 ヒロト』死亡事故には永島少将が関わっている。二階堂大佐はそう睨んでいる。


『神埼 弘人』の実験成果は双子の兄弟である『神埼 正人』に引き継がれている。『東海林 正人』なる偽名を使ってまで武蔵学園に送り込まれた生徒。


二階堂の勘が正しければ、おそらく『東海林 正人』の試合で何かが起きる。それを阻止する為に吉良 光介が必要なのだ。


「二階堂君……。」


「はっ。何でしょうか?」


吉良少将の呼び掛けに二階堂が顔を向ける。


「このまま行けば、光介のいる3年A組が東海林 正人と当たるのは決勝戦。それまで何も起こらないと思うかね。」


「………。」


確かに組み合わせは最悪となった。


もっとも危惧される事は2年A組と2年C組の試合。万が一、東海林 正人が暴走すれば死人が出るかもしれない。そして、フィールドで暴走した生徒を止められるのはフィールドにいる生徒のみ。


二階堂の読みが正しければ、武蔵学園で東海林 正人の暴走を止められる可能性がある生徒がいるとすれば、吉良 光介を除けば二人。そして次の試合に参加する生徒は一人。


「その時は、一人の生徒の可能性に賭けるしか有りません。」


「ほぉ……。光介以外に、そんな事の出来る生徒がいるのかね。」


「はい。彼女の名は『七瀬 怜』。」


「七瀬………怜。」


「あくまで可能性の話です。光介君なら確実に暴走を止められるでしょうが。」


「うむ。しかし困ったものだな。」


「はい?」


「その光介が決勝に進めない可能性もある。」


「………。」


「あの神坂 義経と言う生徒。簡単には倒せないだろう。光介が本気を出しても互角か、それ以上の可能性もある。」


「その時は、神坂君に東海林 正人を倒して貰うしか有りません。」


神坂 義経(かみさか よしつね)のポテンシャルは、無限の可能性を秘めている。



ブワッ!


ガキィーン!


金剛の『クレイモア』を『光学剣ソード』で防御する神坂。


シュバッ!


その背後に回り込んだ東堂 綾が、高速の剣を叩き付ける。


ガキィーン!


その一撃をも、神坂は超絶的な反応で受けきった。


金剛と東堂による同時攻撃。

全校生徒が恐れる3年A組のコンビネーション攻撃が、全く当たらない。


『!』


バシュッ!


『きゃっ!』


ビビッ!


『損傷率38%』


(何て奴………!)


スピード型『マリオネット』を操る東堂 綾の攻撃を防ぐだけでなく、要所で反撃を繰り出す神坂。


(リーダーと対峙している状況で、なぜ私の動きに反応出来るの!!)


ビビッ!


『どけろ綾!巻添えを喰うぞ!』


『!』


ゴゴゴォ!


『攻撃型『マリオネット』の真髄を見せてやる!』


ブワッ!


巨大な『クレイモア』が、突風を巻き起こす。

金剛 仁が全身全霊を込めて放つ超威力の攻撃。


『暴風斬り!!』


機動兵器『マリオネット』の特徴として、殆どの兵士は遠距離用の武器を持ち合わせていない。レーザー光線を扱う東峰 静香は例外中の例外だろう。


本来、直接攻撃しか出来ない『マリオネット』であるが、金剛のあまりにも強大な力と『クレイモア』の特性が不可能を可能にした。


風圧による攻撃。


『!』


すかさず神坂は光学剣ソードで受けの態勢を取る。


しかし


(これは!?)


これは光学剣ソード光学槍ランスによる攻撃ではない。実態の無い攻撃を剣で受ける事は不可能。


バシュバシュッ!!


『ぐぉ!?』


全身を圧迫する風圧に、神坂の身体は大きく弾き飛ばされた。


(まさか、こんな攻撃が!)


さすがの神坂も、この攻撃には驚いた。こんな技を隠し持っていたとは金剛 仁も侮れない男である。


ドサッ!


地面に叩き付けられた神坂が、咄嗟に自分の損傷率を確認。


『損傷率………ゼロ?』


(どう言う事だ。俺の被害は無い。)


面前に表示される数値を見て神坂は思考を巡らせる。風圧による攻撃では『マリオネット』に被害をもたらす事は出来ない。だから金剛は今までこの技を使わなかった。


そんな無駄な攻撃をする理由は一つ。


『今だ!綾!』


(しまった!)


態勢の崩れた所を攻撃する為の布石。

技を放った金剛はすぐに動く事は出来ないらしい。この技は対抗戦だからこそ出来る連携攻撃。


ビュン!


金剛の意図を瞬時に理解した東堂が、神坂に詰め寄る時間は数秒も無い。


『そりゃあぁぁぁ!!』


倒れている神坂が、東堂の攻撃を避ける事は出来ない。


ズバッ!


バシュッ!


『!』


だから神坂は、避ける事を諦めてカウンターの一撃を放つ。


『神坂 義経………。』


『東堂………、なかなかの速さだ。』


東堂 綾の光学剣ソードが神坂の頬を掠めた。


ビビッ


『損傷率8%』


この大会、初めて神坂は敵の攻撃を受けて損傷率を計上した。


バチバチバチバチ!


対する神坂の攻撃は、東堂 綾の身体の中心線を正確に捉える。


『綾!!』


『リーダー……ごめんなさい………。』


ドッカーン!!


『くっ!』


3年A組を代表するトップランカーの一人、東堂 綾のシンクロが解けて戦場から離脱する。


(これでも勝てないのか………。)


ゴゴゴゴゴゴォ!


金剛は、ダークグリーンに染まった神坂 義経を睨み付けた。


スピード、パワーなどの身体能力はもちろん、反応速度、反射神経、動体視力。戦闘技術に天性の勝負勘。


天は神坂 義経に全てを与えた。これほど高いレベルで、あらゆる能力を併せ持つ兵士など存在しない。まさに『マリオネット』を装着する為に産まれて来たような男。


ズサッ


『………。』


神坂はゆらりと立ち上がって金剛を見る。


「金剛、今の攻撃には驚かされた。『対人戦』で傷を負ったのは久しぶりだ。」


『…………。』


(………勝てない。)


神坂 義経は別格だ。金剛や東堂がいかに策を尽くしても神坂には勝てない。


(………やはり。)


金剛は確信する。


神坂を倒す事が出来る兵士は一人だけ。

あらゆる才能に恵まれた神坂に対抗出来るのは、突出した一つの才能を極めた兵士。


ビビッ!


金剛と神坂が対峙する戦場に、新たな光の点滅が接近する。


『来たか………。』


フィールド左側の山岳地帯から、戻った兵士が、金剛を見て声を掛ける。


『悪いなリーダー。遅くなった。』


紫電 隼人(しでん はやと)


3学年ランキング2位。


天才 神坂にもっとも近い位置に存在する兵士。



『紫電、東堂が殺られた。』


『あぁ。』


『神坂は強いぞ。』


『分かっている。』


『それでも、お前は一人で戦うのか。』


『………。』


試合開始前、紫電は金剛に一つの頼みごとをした。


『神坂を倒すのは俺だ。もし俺と神坂が遭遇した時は、他の皆は手を出さないでくれ。』


紫電 隼人は、神坂 義経を超えなければならない。『個人戦』決勝で敗れた借りを返し、個人総合ランキングで1位を掴み取る。


紫電は金剛に笑みを見せた。


『任せろリーダー。今日こそ神坂を倒して、俺が武蔵学園の頂点に立つ。『クラス対抗戦』で優勝するのは俺達A組だ。』


『紫電………。』


『俺のスピードを捉えられる兵士はいない。神坂の全てを、俺の速度が塗り潰す。その為に俺は、特訓を重ねて来た。』


神坂 義経が、どんなに優れていようが、あらゆる能力を兼ね備えていようが紫電には関係ない。


『速さ』こそが『強さ』―――――


それが紫電 隼人が導き出した答えなのだから。










【最速最強②】


ビシュッ!


ガキィーン!


ブワッ!


ズサッ!


『そりゃ!』


ガキィーン!



(へぇ……凄いな。)


神坂と紫電の戦闘が始まった。


現在の武蔵学園を代表する二人の兵士。学園ランキング1位と2位の頂上決戦を、近くの岩山から吉良 光介が見つめていた。


(たかが高校生レベルの試合と侮っていたが、あの二人のレベルは相当に高い。)


普段『防衛軍』の軍人達と訓練をしている吉良から見ても、その動きは驚愕に値する。単純な戦闘力なら二人とも『防衛軍』に入ってもトップクラス。


(もしかしたら、俺の能力を発動する事があるかもしれない。)


二階堂大佐の想定とは違うけれど、あの二人にはそれくらいの実力がある。


ビビッ


(………ん?)


ズサッ!


吉良の側に降り立ったのは金剛 仁。


『吉良………。どう思う。』


『………。』


『お前の目から見て、紫電は勝てると思うか?』


吉良は少し驚いた。

嫌われ者の自分に話し掛ける生徒がいるとは思いもよらなかった。


そんな吉良の心情を察したのか金剛は、続けて吉良に話し掛ける。


『何を驚く。もし紫電が負けた時は神坂と戦えるのは俺とお前しかいない。お前も3年A組の代表だろう。』


『………俺は学年ランキングでも低位に位置する。俺に期待する奴はいないさ。』


吉良は自嘲気味に金剛に答えた。


しかし、金剛はその答えを否定する。


『少し、調べさせて貰った。お前の実力は学園でもトップレベル。なぜその能力を隠す。』


『………。』


『もう一度聞こう。軍隊で揉まれたお前の目から見て、紫電は神坂に勝てると思うか?』


金剛は純粋に戦闘の行方を知りたいだけの様子だ。吉良はそれを感じ取る。この男からは仲間への強い想いが感じられる。


『…………そうだな。』


そこで吉良は、自分の考えを口にする。


『総合的な戦闘能力なら相手の選手の方が上だろう。神坂と言ったか。あいつの実力は軍隊でも十分に通用する。』


『………そうか。』


押し黙る金剛。


しかし、吉良の見解はそれだけではない。


『しかし、俺が相手にしたくないのは紫電の方だ。』


『なに?』


『俺が神坂とやれば十中八九 勝つのは俺だ。しかし紫電は違う。紫電には、俺が能力を発動する暇を与えないスピードがある。』


(…………能力?)


『それにだ。紫電の秘める想いは普通じゃない。この戦いに賭ける意気込みってやつだ。』


『………吉良。質問しておいて悪いのだが、お前に紫電の何が分かる。まともに話した事も無いだろう。』


『………。』


その時、吉良 光介が少し悲しい表情を見せたのを金剛は気が付かなかった。


そして、吉良は金剛に言う。


『分かるさ。俺には分かる。何せ俺は『化物』だからな。』


『………。』


『紫電の気持ちは手に取るように分かる。その過去に背負った宿命までも、手に取るように分かるんだ。』




神奈川県を代表する大企業『紫電興業』


紫電 隼人は、その会社の社長の長男として産まれた。

幼い頃から頭脳明晰、運動神経抜群。モデルを思わせる美形に人を惹き付ける性格は、誰からも愛された。


特に紫電は足が速かった。


中学三年生で出場した全国陸上選手権大会で、大会記録を更新し、一躍時の人となったのは今から3年前。将来は有望なオリンピック選手として、多くの期待が掛けられた。


「紫電 隼人か、なかなかの素質だな。」


「陸上選手にするなど勿体無い。彼の能力が活かせるのは『防衛軍』だ。『マリオネット』を装着してこそ、彼は日本の至宝となる。」


「しかし紫電の親は大企業の社長です。金にも名誉にも興味は無い。紫電は武蔵学園への誘いを断ったそうです。」


「なに?誘いを断っただと?それは許せんな。我々の力を教えてやれ。」


その日から、紫電の人生は大きく変わった。


(おかしい………。)


オリンピック候補とまで言われた俺に、どの高校からも誘いがない。


「お兄ちゃん!大変よ!」


「ん、何だ血相を変えて………。」


紫電は、走り込んで来る妹の顔を見る。


「これを見て!うちの会社が大変なの!」


妹はスマホで配信されるニュースを紫電に見せた。


『紫電興業、倒産!負債総額30億円か!』


(!?)


「は?何の冗談だこれは?」


「冗談じゃないよ!早く家に戻って確かめなきゃ!行こう!お兄ちゃん!」


「おい!待てよ美保!」


キキィ!!


ドカッ!


「っ!美保!!」


ピーボー、ピーボー、ピーボー




今、思い起こせば、それは用意周到に仕組まれた罠だったのだろう。


紫電の進路を妨害し、父親の企業を倒産させ、妹の美保は交通事故で重体を負った。


紫電家には膨大な借金だけが残された。

そして紫電家を助けたのは、『防衛軍』の役人達。


紫電 隼人が武蔵学園に入学し、優秀な成績で卒業し『防衛軍』に入隊すれば借金は帳消しになる。

何より、あの日以来、交通事故で意識を失った妹を助ける手段は他に無い。『防衛軍』の最新医療施設に入院した美保を助ける為には、紫電 隼人は軍の言う通りにするしか方法が無いのだ。



(罠でも、何でも、俺はやるしかない。)


ならば、やってやろう。


『防衛軍』に入るだけじゃダメだ。


その頂点に登り詰めて、俺の家族を崩壊させた連中を炙り出す。


「知ってるか紫電。『マリオネット』の成績で優秀な兵士は軍の幹部になれるらしい。」


特別歩兵部隊―――――


今や日本の国防は彼等に掛かっていると言っても過言ではない。軍の上位の兵士の待遇は、その辺の大臣よりも上だ。


それだけ、日本軍には『マリオネット』を操れる人材が不足している。



(そうだ………。)


紫電 隼人は決意する。


こんな校内の大会で負ける訳には行かない。


俺が目指すのは『防衛軍』のトップ。


両親から授かった、このスピードで、俺は頂点を掴み取る。



グンッ!


紫電 隼人のスピードが加速する。


(こいつ!7月の個人戦の時よりも………)


『速い!!』


ズバッ!


『ぐっ!』


『損傷率38%』


(ちっ!一旦、距離を取る!)


シュバッ!


慌てて紫電から離れる神坂 義経。


『逃がすか!』


ブワッ!


その神坂を、追撃する紫電。


(しつこいっ!)


ブンッ!


その攻撃にカウンターを合わせる神坂。


ズサッ!


バシュッ!


双方の光学剣ソードが、同時に相手の身体を捉える。


ビビッ!


『損傷率58%』


『損傷率63%』


ここまでの戦闘は、ほぼ互角。






「すごいわね。あの二人。」


巨大スクリーンを見上げる高岡 咲。


「やはり3年生は強い。二強が潰し合ってくれて助かったな。」


「ほんとだよな。神坂先輩にも紫電先輩にも勝てる気がしないよ。」


鈴木 慎二郎の素直な感想に諸星 圭太も同意する。


「みんな……。次で………決まるわよ。」


怜の脳裏に思い出されるのは、数日前の紫電の言葉。


『俺達に当たるまで負けるなよ。お前は俺が倒す。紫電 隼人だ、覚えておけ。』


ブワッ!


スピード型『マリオネット』を極めた紫電 隼人のスピードが、また一段加速する。



『速さ』こそが『強さ』


『最速最強』の兵士が、天才 神坂 義経を襲う。


『うぉりぁあぁぁぁ!』


叫び声を上げるのは紫電。


対する神坂は、あくまで冷静に紫電の攻撃を見極める。


(ここだっ!!)


紫電が繰り出す光学剣ソードの軌道に、神坂は超反応で自らの光学剣ソードを合わせた。


『!』


これぞ神坂 義経の最強たる所以。

鉄壁の防御術を誇る神坂だからこそ出来る芸当。


(ちっ!これでも遅いのか!)


これでは、7月の個人戦の時と何も変わらない。


(違うだろう!もっと速くだ!!)


2つの光学剣ソードが、交わろうとした瞬間。


グンッ!


『!!』


紫電 隼人のスピードが、更に加速する。


(な!バカな!!)


それは、紫電のスピードが、神坂の予想を上回った瞬間。


バシュッ!!!


『ぐわっ!』


深緑兵士ダークグリーン・ソルジャー』の異名を取る神坂の身体が衝撃により吹き飛ばされた。


ビビッ!


『損傷率76%』



「紫電………。」


「神坂………。」



二人の兵士が、目を合わせた直後。


ドッガーン!!


損傷率の限界を越えた神坂 義経の『マリオネット』が爆発した。



しゅう


爆炎が立ち込める中、紫電はゆっくりと岩山に立つ金剛を見上げる。


『紫電の奴、やりやがった。』


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 3年A組!勝者 3年A組!』





「二階堂君、どうやら我々の予想は外れた様だね。」


「吉良少将………。」


「紫電 隼人か。どうやら彼も次世代を担う兵士のようだな。」


近く日本に訪れる戦乱の時代に、日本を救う『救世主』となる事が出来る兵士。



紫電 隼人(しでん はやと)


―――――覚えておこう。









そして


決勝トーナメント


第二試合


2年A組 対 2年C組


「『マリオネット』、オン!」


「『マリオネット』、オン!」


「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


ギュィーン!


ギュィーン!


(ふふ………。)


東峰 静香が笑う。



神坂 義経、紫電 隼人―――――


(…………くだらない試合だったわ。)



ビビッ!


ビビッ!


ビビッ!


(次の試合で、誰が武蔵学園の頂点なのか、教えてあげましょう。)





七瀬 怜―――――



――――――――――覚悟しなさい








MARIONETTE-怜


【実験①】


都立武蔵学園『クラス対抗戦』


決勝トーナメント一回戦


3年A組と3年C組の優勝候補同士の試合は、A組の勝利で幕を閉じた。


「はぁ、負けちまったか。全勝無敗の看板も今日でお終まいって訳だ……。」


一回戦の余韻が残る会場へと戻って来た神坂 義経(かみさか よしつね)が、会場に設置された巨大スクリーンを見上げる。


スクリーンに映し出されるのは、ピンクサファイアの『マリオネット』を装着した東峰 静香。


(副理事長のお嬢様か………。)


他の『マリオネット』と比べ一回り大きい装甲を装着した東峰。右手に持つ武器は同じくピンク色に塗装された光学銃ガン。レーザー光線を武器として扱う生徒は、武蔵学園の中では東峰 静香ただ一人。


(む…………?)


そして、神坂は、予選とは違う2年C組の装備に気が付いた。

東峰 静香を護衛する五人の兵士。

その装甲は明らかにスピード型の『マリオネット』。予選で見せた耐久型の『マリオネット』ではない。


(どう言う事だ?)


通常『マリオネット』にはその生徒の得意、不得意が現れる。生徒達はスピード型、攻撃型、耐久型、汎用型など複数種類ある『マリオネット』の型から一種類の『マリオネット』を選び身体に馴染ませて行く。


新しいシューズに慣れるのに時間が掛かる様に、『マリオネット』に慣れるのにも時間が掛かる。それを、予選とは全く違う種類の『マリオネット』を着用するなど通常では考えられない。


(2年C組……。何を考えている。)



ビビッ!


『静香お譲様。本当に大丈夫でしょうか。私はスピード型は初めてでして……。』


ビビッ!


『安心しなさい。その『パワードスーツ』はJAXが開発した最新型の『マリオネット』。性能は段違いよ。』


『しかし……。』


『今回の作戦は予選までとは違う。超攻撃スタイルで行くわ。』


『超……攻撃スタイル……ですか?』


ビビッ!


『時間が大切なの。なるべく短時間で決着を付ける。それだけの力が私達にはある。』


『はぁ……。』


『みんなも分かったわね。試合開始と同時に仕掛ける。全力で戦いなさい。』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


ビビッ!


ザッ!


ザッ!


シュバッ!





敵『マリオネット』を表示する黄色い点滅が、一直線に向かって来る。


ビビッ!


『みんな!見てみろ!』


進藤 守(しんどう まもる)が、2年A組の仲間に呼び掛けた。


『どう言う事?相手は防御に徹してレーザー光線で攻撃して来るんじゃ……。』


予選とは違う戦い方に戸惑う高岡 咲。

2年C組の予選での戦闘は、レーザー光線を持つ東峰 静香を他の5人で守り抜くスタイルであった。


『守り切れないからじゃないっすか?ほら、予選最後の試合では親衛隊の兵士が全滅していたし!俺達を恐れている証拠っすよ!』


諸星 圭太は、あくまで楽観的だ。


『相手の意図は分からないが、これは俺達にとっても好都合だ。』


『進藤君……。』


『相手は俺達と同じ2年生。個々のレベルはそれほど高く無い。学年ランキングでは、こちらの方が高いくらいだ。』


『そうか……。そうだな。』


『なるべく1対1の戦闘に持ち込む!個々の勝利がクラス全体の勝利に繋がると思え!』


『よし!行くぞ!』


ザッ!


ザザッ!




(1対1の勝負か………。)


戦場スタート地点に残されたのは東海林 正人。


(悪いが俺は戦闘には参加出来ない。戦闘に参加した瞬間に俺は俺でなくなるからな。)



ビビッ!


先陣を切ったのは進藤 守。


『距離800メートル』


目視出来る敵は一人。


(相手もタイマン狙いか……。面白い。)


現在の進藤の学年ランキングは3位。

学年1位の七瀬と学年2位の東峰以外の敵には負ける気がしない。


(あいつは確か、ランキング20位前後の生徒。名前は藤沢だったか……。)


ビュン!


進藤はスピードを保ったまま光学槍ランスを構えた。


『よし!今だっ!』


射程圏内に入った敵を、進藤は真正面から攻撃を仕掛ける。


シュバッ!


迎え撃つ藤沢 翔太(ふじさわ しょうた)は、進藤の攻撃を紙一重でかわす。


『なに!?』


ガキィーン!


(危ねッ!)


間一髪、藤沢の攻撃をランスで防いだ進藤。


しかし


グワンッ!


返す刀で、光学剣ソードが進藤の首筋を狙う。


(!)


『ガードフレイム!』


バキッ!


ビビッ!


『損傷率13%』


(何とか防いだ………。)


「進藤…………。」


「む!」


「学年3位だからと言って、いい気になるなよ。」


「なに!?」


「今の俺なら、お前など敵じゃない。」


(今の………。どう言う事だ?)


「死ね!進藤!!」


「!」






『うわぁあぁぁ!!』


バシュツ!


『圭太君!!』


ドッカーン!!


『怜!慎二郎君!圭太君が殺られた!』


ビビッ!


『またかよ。いつもの事だろ。相手を舐めすぎだ!』


『違うの!』


『……咲?』


『敵の『マリオネット』!異常に速い!』


『!』


『どう言う事!?』


『わっかんないでけど!スピード型の私でも振り切れない!』


『今行くわ!』


『おい!七瀬!』


ザッ!




ビビッ!


『こちら進藤!こちら進藤!』


『進藤君!?』


『損傷率が激しい!俺一人では勝てない!援護を頼む!』


『援護って!無理よ!こっちも人手が足りないわ!』



ビビッ!


『ちょっと待て!敵の動きがおかしい!』


シュバッ!


ガキィーン!


『慎二郎君!どうしたの!?』


『相手は格下の生徒のはずだ!顔に見覚えがある!しかし!』


ブワッ!


『ぐわっ!』


『損傷率39%』


『ダメだ!反応出来ない!』


『何があったの!』


『七瀬!気を付けろ!相手を2年生だと思うな!敵の動きはまるで……。』


3年生のトップランカー並みの動きだ!!





ビビッ!


ビビッ!


ビビッ!



仲間達から聞こえて来る声は、どれも危機を伝える声だ。その様子から推測するに、敵『マリオネット』の動きが普段のそれとは全く違うと言う事。


(これは……まさか。)


東海林 正人の額から、タラリと汗が流れ落ちた。


こんな短期間で、強くなる生徒はいない。

いくら『マリオネット』を新調したからと言って、装着している生徒に変わりは無い。


考えられるのは………。


『シンクロ率』


まさか、2年C組の『マリオネット』には……。


ゴクリ







【実験②】


今から10年前


イスラエルとシリア国境沿いにあるゴラン高原での紛争で、初めて実戦投入されたロシア軍の新兵器『マリオネチカ』。英語名『マリオネット』には、従来の常識とは掛け離れた様々な次世代テクノロジーが搭載されていた。


『マリオネット』の大きな特徴として挙げられるのは、その戦闘力を生み出す動力源が他の軍事兵器とは全く違っている点だ。驚く事に『マリオネット』の動力源は、原油でも電気でも無く、人間の身体能力そのものであった。


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


『マリオネット』を装着した兵士は、その人間の身体能力に比例して驚異的な能力を獲得した。


時速数百キロメートルで走り、数十メートルの高さを跳躍する。『マリオネット』が剣を振るえば巨大な岩をも簡単に切り裂く事が出来る。

『マリオネット』は、その圧倒的なスペックで従来型の軍事兵器を紙屑のように粉砕する。


戦争の概念すら変えた『マリオネット』は、西側諸国の間で急速に研究開発されて行く。


『シンクロ率45%』


「むぅ。ダメだな、これでは兵器としては役に立たない。」


様々な研究により判明した事は『マリオネット』の性能は、それを装着した人間との『シンクロ率』に大きく影響される。


すなわち、人間の脳から発信された微弱な電気信号を『マリオネット』が受信する容量の問題である。


シンクロ率が高いほど『マリオネット』の動きは活性化し、シンクロ率が低いほど使い物にならない。極端な話をすればシンクロ率ゼロ%の状態では、その運動能力は通常の人間と変わらない。シンクロ率100%の状態とシンクロ率50%の状態では、その能力に二倍の差が出ると考えれば分かりやすい。


そこで西側諸国は、機動兵器『マリオネット』との融和生の高い兵士の育成を急ぐ事となる。



神坂 義経


紫電 隼人


金剛 仁


遠藤 剣


「さすがにトップランカーの生徒達のシンクロ率は安定している。」


「問題は他の生徒達、能力を発揮出来る生徒が少ない事、でしような。」


「ふむ。例の研究は進んでいるかね。」


「『神埼 ヒロト』ですね。」


「この研究が進めば、日本は他の先進諸国に先駆けて『マリオネット』大国になるであろう。」


「大丈夫でしょうか?強制的にシンクロ率を上げる事により『神埼 ヒロト』の脳への負荷が計測されています。」


「なに、問題無かろう。その為の実験だ。」



「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


ビビッ!


『シンクロ率100%』


『前方距離1000メートル。AI機三体確認。』


『迎撃します。』


ビュン!


ズバッ!


ドッガーン!


ビビッ!


バシュッ!


ドッガーン!


「ほぉ。素晴らしい成果ではないか。このまま行けば学年ランキング1位は目前。実験は実に上手く行っている。」


ビビッ!


『更に4機のAIが接近して来ます。』


『続けろ。』


「!」


「永島少将!大丈夫なんですか!?既に予定の10分間をオーバーしています。」


「何を心配しているのかね。」


「脳が耐えられない可能性があります。このまま継続するのは危険です。」


「何を言う。その為の実験ではないか。」


「……はい?」


「強制的なシンクロ率の向上に、人間の脳がどれだけ耐えられるか。これはそう言う実験だろう?」


「それは……、しかし!」


「なに、死ぬ事は無かろう。万一脳に支障をきたした場合は、もう一人の生徒で実験を継続すれば良い。」


「少将……。脳に支障って………。」


「君は知らないのかね?初めから計算の中に入っているのだ。その為の双子なのだよ。」



実験は順調に進んでいた。


幸い『神埼 ヒロト』は、自らの脳を破壊する前にミッションクリアを継続している。

ミッションさえクリア出来れば、『マリオネット』とのシンクロは自動解除される。


このまま、ミッションクリアを続けていれば、『神埼 ヒロト』の脳は無事で要られるかもしれない。


カタカタカタカタ


『シンクロ率 Error 』


(Error?どう言う事だ………。)


先日までの試合結果ではシンクロ率は100%だったはずだ。Error表示など初めて見る。


それに、最近の『神埼 ヒロト』の戦闘ぶりも異常だ。まるで我を忘れたかの様に攻撃的になっている。


(何かある…………。)


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


シュバッ!


ビビッ!


『警告します。』


『シンクロ率 Error発生!』




「永島少将!これはどう言う事なんですか!」


「何を慌てているのかね。」


「『神埼 ヒロト』のシンクロ率ですよ!あの数値は異常だ!」


「異常?」


「私なりにデータを解析して見ました。先日の『模擬戦』のシンクロ率は200%を越えています!」


考えられる理由は一つ。


本来、人間の脳から発信される微弱な電気により『マリオネット』とのシンクロ率が高まる仕組み。しかし、今回のケースは全く逆だ。

『マリオネット』の方から『神埼 ヒロト』の脳へ電気を送っている。人間の脳に干渉して無理やりシンクロ率を高めているとしか考えられない。


「こんな事を継続していたら、『神埼 ヒロト』は廃人になってしまう!今すぐ止めて下さい!」


「………。残念だよ。君は優秀な研究員だと思っていたのだが。」


「………!」


「もう君は軍には必要無い。本当に残念だよ。」








【実験③】


バッ!


シュバッ!


『もうダメ………。』


(逃げ切れない…………。)


高岡 咲を追うのは二人の『マリオネット』。

装甲のカラーは無機質な鋼色はがねいろ。塗装する時間が無かったのか、真新しい装甲を装着した親衛隊の二人が咲のすぐ後ろにまで接近する。


『ひゃっはー!頂きだぜ!』


『待て!俺の獲物だ!』


『!』


2つの光学剣ソードが、同時に咲に斬り掛かった。


バシュッ!


ズバッ!


『きゃっ!』


ズッバーン!


ゴロゴロゴロ!


ドサッ!


ビビッ!


『損傷率58%』


地に這う咲が損傷率を確認。


(そんな!もう58%………!)




ザッ!


ザッ!


『よし!とどめだ!』


『待てよ。俺が殺るって言ったろうが!』


ゾクゾク


『マリオネット』越しに見える二人の形相は、とても歪んで見える。


(何なの………。この人達…………。)


相手は同じ2年生。実力は互角のはず。いくらスピード型の『マリオネット』を装着しているとは言え、高岡 咲もスピード型の『マリオネット』。こんなに簡単に捕まるとは信じられない。


『うるせぇよ。お前、俺の方がランキングは上だろうが。黙って見てろ!』


『はぁ?関係ねぇだろ!』



(………。)


何やら揉めている。


(逃げるなら今のうち。)


シュバッ!


『!』


『ちッ!逃がすかよぉ!』


ビビッ!


逃げる方向は決まっている。

味方の赤い表示が近付いて来る方向。


すなわち、そこに現れるは


純白の『マリオネット』七瀬 怜!



『咲!お待たせ!』


『怜!』


ブンッ!


花嫁衣装を彷彿させる純白の『マリオネット』の動きが加速する。


迎え撃つのは二人の『マリオネット』。


『誰でも一緒だぁあぁぁ!』


『うおりゃあぁぁぁ!』


その二人の同時攻撃を、七瀬は最小限の動きでかわす。


すッ!


『!』


『!』


直後に細長い『フルーレ』が、敵『マリオネット』の一人に放たれる。


ビュン!


バッ!


『ぐぉ!』


(……浅いッ!)


グワンッ!


ズキューンッ!


『!』


ドガッ!!


そこに、レーザー光線によるエネルギーの塊が着弾。爆音と共に地表の土が巻き上げられた。



ブワッ!


もくもく



『怜ッ!』


グンッ!


『!』



シュバッ!


バシュッ!


その土煙の中から現れた白い『マリオネット』が、同じ煙に巻き込まれた二人の敵『マリオネット』に高速の突きを放つ。


『ぐっ!』


『うぉ!』


ビビッ!


『邪魔よ。離れなさい!』


『!?』


『静香様!』


ズキューンッ!


(しまった!)


二発目のレーザー光線。


グワンッ!


バシュッ!


『くっ!』


ドバッ!!


東峰のレーザー光線が、七瀬の右足を掠めて、数百メートル後方に着弾。


ビビッ!


『損傷率13%』


(やられた。………しかし!)


光学銃ガンによる連続攻撃が可能なのは二発まで。その後は一定の充電時間が必要となる。


『今がチャンス!』


一気に詰め寄り東峰 静香を倒す!



ザッ!


ザッ!


『!』


その七瀬の進路を塞ぐのは、親衛隊の二人。


「おっと、静香様には近寄らせねぇ。」


「七瀬!お前はここで死ね!」






一方、フィールド中心部から右に位置する市街区域。


進藤 守の『マリオネット』が5階建のマンションの裏に身を隠していた。

対する敵は、藤沢 翔太(ふじさわ しょうた)。スピードでは完全に進藤を凌駕している。


(おかしい………。)


スピード型『マリオネット』を装着しているとは言え、その動きが異様に速い。耐久型とは言え進藤は学年ランキング3位の実力者。


(ここまで、動きに差があると正面から打ち合っては勝てない。)


ゆえに進藤は、建物の裏で待機する。狙いは藤沢との接近戦。進藤に分があるとすれば『マリオネット』の耐久力。


相打ちなら耐久力が高い進藤が有利。


ビビッ!


『距離200メートル』


(近い………。)


ドクン


(姿が見えた瞬間に、ランスを突き刺してやる………。)


ビキビキ


(…………?)


ガラガラ!


ドッバッーン!!


『!』


次の瞬間、5階建のマンションが崩壊した。


(ちっ!マンションを破壊しやがった!)


『進藤ぉおぉぉ!』


ブワッ!


『ガードフレイム!』


ズバッ!


『ぐっ!』


ビビッ!


『損傷率58%』


何とか不意の一撃を防御フィールドで防いだ進藤 守。しかし徐々に削られた損傷率が回復する事は無い。


(もう、後が無い………。)


崩壊したマンションの瓦礫の上に立つ藤沢 翔太が、光学剣ソードを進藤に向ける。


「よぉ。進藤。」


「………。」


「こそこそ逃げ回ってんじゃねぇよ。」


「なに!」


「分からねぇのか?今の俺とお前では差が有り過ぎる。この『マリオネット』は最高だ。」


「『マリオネット』だと?」


「そうだ。新型『マリオネット』の威力は絶大だ。俺も驚くばかりだぜ。」


(新型…………。)


要するに、2年C組の生徒達が突然強くなったのは新型『マリオネット』のお陰と言う事か。


進藤は思考を巡らせる。


しかし、『マリオネット』の性能が、そんなに短期間に上がるものだろうか?

ロシア軍の『マリオネチカ』の複製に成功してから7年。日々進化を進める『マリオネット』ではあるが、実際の所『マリオネット』本体の性能はあまり向上していない。


(何か…………裏がある。)


2年C組の生徒達が、短期間で ここまで強くなった秘密があるに違いない。






ジャリ………。


「これは………。」


巨大スクリーンを見上げるのは吉良 光介。


(この感じは……。全身に伝わるこの気配は……。)


スクリーン越しに伝わって来る圧倒的な感情の渦が、吉良の心に訴え掛ける。


「どうした吉良。何かあったのか。」


金剛の呼び掛けに吉良 光介は、ゆっくりと振り向いた。


「この試合、下手をしたら全滅するぞ。」


「…………全滅?」


金剛は首を傾げる。


『クラス対抗戦』では、どちらかのチームが全滅するまで戦闘は行われる。


「確かに2年C組の強さには驚いた。2年A組が全滅するのも時間の問題かもしれない……。」


「違う。」


「………?」


「全滅するのは2年C組。時間が経てば経つほど手遅れになる。」


「吉良………。何を言っている?」


「試合で全滅するんじゃない。俺が言っているのは、文字通り全員が死ぬと言う事だ。」


「な……に?」



すなわち


2年C組の生徒達は


『マリオネット』の実験によって



―――――――――――殺される







MARIONETTE-怜


【限界①】


ビビッ!


(仕方ない……。)


そこに立つのは、戦場に存在しない『マリオネット』。この『マリオネット』には特別な機能が備わっている。


『マリオネット』を装着しただけでは、『マリオネット』の能力が発動しない。すなわち『シンクロ機能』が遮断されたままなのだ。


短い戦闘時間を最大限に活かす為に開発された特別性の『マリオネット』。


神埼 ヒロト専用『マリオネット』を装着した、東海林 正人が荒廃とした戦場で呟いた。


「『シンクロ』、オン!」


ふしゅう








都立武蔵学園『クラス対抗戦』


決勝トーナメント、第二試合


2年A組 対 2年C組



試合開始から13分が経過。


『うわぁあぁ!』


ドッガーン!


2年A組 鈴木 慎二郎 撃沈。


ビビッ!


味方を表す赤い点滅が一つ消え、進藤 守は鈴木が殺られたのをモニターで確認した。


ここまでA組は二人の兵士を倒されたが、C組の兵士は全員が健在。しかも、損傷率はA組の方が高い状況。


そして、目の前には3年C組の藤沢 翔太が殺気だった目をぎら付かせる。


「どうした進藤!来ないなら、こちらから行くぞ!」


ブンッ!


光学剣ソードが進藤 守に狙いを合わせる。


(どうする………。)


動きの速度は、相手の方が上。

待ち伏せによる奇襲も失敗に終わった。

真正面から戦えば進藤 守の勝ち目は薄い。


ビビッ!


と、その時。


面前のモニター上にある赤い点滅が、物凄い勢いで近付いて来るのが見えた。


(………………誰だ。)


ビビッ!


『!』


その反応を藤沢も察知する。


(速いな………七瀬か!)


『距離600メートル』


ドンッ!


風を切り裂く流線型の『マリオネット』。

蒼いカラーに統一された装甲が、太陽の光に反射して装着者の顔は見えない。


スピード型の『マリオネット』の派生タイプとして開発された流線型の『マリオネット』。

同じ速さを追及したスピード型と比べても流線型の『マリオネット』を操るのは格段と難しい。


なぜなら、流線型はトップスピードは優れているが小回りが効かない。相当な熟練者でない限り流線型『マリオネット』を選ぶ生徒はいない。進藤 守が知る限り、流線型の『マリオネット』を装着する兵士は二人。


神埼 ヒロト



東海林 正人



『東海林か!?』


ビュッ!!


『!』


ガキィーン!


『ぐぉ!何だキサマぁ!』


突然現れた東海林の攻撃を藤原は超反応で剣を合わせた。


(やはり、この動き………。)


東海林 正人が1ヶ月の間 観察していた生徒の中で、可能性がある生徒は二人しかいなかった。


『七瀬 怜』と『東峰 静香』


『神埼 ヒロト』と同じく奴らの実験体となり、シンクロ強化された生徒である可能性。


ビュッ!


『おっと!』


ガキィーン!


「一つ聞こう。」


東海林 正人は藤原 翔太に告げる。


「お前、薬は飲んでいるのか。」


「薬………?」


「『マリオネット』とのシンクロに対応した薬の事だ!」


「は?何を言ってるんだ、この野郎は!」


ブワッ!


バシュッ!


ガキィーン!


ズサッ!


ビビッ!


『東海林!助かった!戦闘に参加する気になったか!』


進藤の声が『マリオネット』内臓マイクロエコーに響く。


しかし東海林は、全く別の話を始める。


『試合なんてどうでもいい!奴等を説得する!』


『なに?』


『このままでは、2年C組の生徒の命が危ないんだよ!』


『!』





来賓席で試合を眺めるのは永島 藤五郎少将。


(東海林 正人。ようやく参戦する気になったか……。)


しかし


解せないのは、2年C組の生徒達。

C組の生徒達が着用しているのは普通の『マリオネット』ではない。『シンクロ実験』用に開発された特殊な『マリオネット』。


これは、永島少将の計画には無い事象。


(東峰副理事長か。勝手な事をしおって。)


下手をしたら、シンクロ実験の研究が公になってしまう。


(どうする……試合を中止させるか……。)


いや


永島少将は側に待機していた部下の軍人に素早く指示を出す。


「この試合、2年C組の戦闘データを確保しろ。」


「はっ!」


「それと、警視庁に連絡しろ。」


「警視庁……ですか?」


「そうだ。すぐに警視総監に繋げ。」




1ヶ月と少し前『神埼 ヒロト』が死亡した『模擬戦』での記録によると『神埼 ヒロト』が死亡したのは、戦闘が開始してから27分後の事であった。


現在の時刻は既に試合開始から15分が経過している。


(限られた時間は、残り12分………。)


いや、『神埼 ヒロト』はシンクロ実験に対応する為の薬を飲んでいた。本人から聞いたのだから間違い無い。しかし2年C組の生徒は薬を飲んでいない。


(まずいな。時間が無さすぎる。)



シンクロを解除する方法は2つ。

本人を説得し自らシンクロを解除させるか、損傷率を70%以上にして撃破するか。


東海林 正人は、素早く藤原 翔太に接近。


「おい!お前!今すぐシンクロを解除しろ!命が危ない!!」


「なに!?」


シンクロを解除すると言う事はルール上では撃破された事と同じ扱いになる。すなわち降参だ。藤原には、当然にそんな要求は受け入れられない。


「なに言ってんだ!てめぇ!」


ビュン!


ガキィーン!


「ちっ!」


東海林は藤原の攻撃を光学剣ソードで受け流し、更に説得を続ける。


「モニターの表示を見ろ!シンクロ率はどうなってる!?」


「……何だと?」


「エラー表示になっているだろう!それが答えだ!」


「答え?」


ビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』



確かに、何やら警告表示は出ている。


しかし


「騙されないぞ!これは新型『マリオネット』のシンクロ設定が調整前だからって話だ!」


バシュッ!


ガキィーン!


「だいたい、何でお前がそれを知ってんだ!」


ブワッ!


『ぐっ!』


『損傷率23%』


シュバッ!



ビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


東海林 正人は、自らのシンクロ表示を確認。



「それは、俺の『マリオネット』も同じ仕様だからだ!」


「!」


バシュッ!


「ぐはっ!」


『損傷率39%』



藤原 翔太は、態勢を建て直し東海林に告げる。


「はっ!バカかお前!同じ仕様なら何でお前はシンクロを解除しねぇんだ!?」


「!」


「死ねよ!」


グンッ!


(速い!!)


『東海林ッ!』


藤原の光学剣ソードが、東海林 正人の身体の中心戦を目掛けて放たれた。

その動きは尋常じゃない。

武蔵学園トップの神坂 義経や紫電 隼人に勝るとも劣らない高速の突き。


(くっ!避けきれない!)


それは、相手を説得するのに夢中で、勝負に集中していない東海林 正人の油断。




ビビビビビビビビッ!


『!』


『!』


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率が限界に達しました。』


ブチッ!



『あ…………?』




ドサリッ!




その場に倒れ込んだのは、東海林ではなく藤原の方。


(な……何が起きた…………。)


間近で二人の戦闘を見ていた進藤 守には、この状況が理解出来ない。


(藤原 翔太のシンクロが解除された…?)




ビビッ!


『おい!東海林!どうなってんだ!?』


『…………。』


『東海林!何とか言え!』


東海林 正人は進藤の呼び掛けに応じない。


『くっ!』



試合開始から16分。


(早い………。予想よりも早すぎる。)


『もう限界に達したのか………。』


『は?何を言っている。』


ビビッ!


『進藤、みんな!聞いてくれ!』


東海林 正人は、仲間達全員に告げる。


『このままでは2年C組の生徒の命が危ない!』


『!』


『!』


『!』


ビビッ!


『こちら咲。正人君?どう言う事?』


ビビッ!


『説明は後だ!時間が無い!このまま行けば第二第三の『神埼 ヒロト』が生まれるって事だ!』


『神埼………ヒロト!?』


七瀬 怜の脳裏に、神埼 ヒロトの最後の姿が思い浮かんだ。あの日、怜は神埼と同じ『模擬戦』に参加していた。


その日の神埼の動きは妙に滑らかで、七瀬ですら追い付けない程のスピードで戦場を駆けていた。


そして、模擬戦終了後に七瀬が見つけた神埼 ヒロトは………。


死体となっていた。



『正人君!』


『七瀬………。』


『どうすれば良いの!教えて!』


『!』


ビビッ!


『怜!何を……。正人君も何を言っているか分からないわ!』


ビビッ!


『七瀬……。よく聞け。』


『………うん。』


『2年C組の生徒が目の前で倒れた。おそらくシンクロ実験による脳への負担が限界に達したんだ。』


『脳…。シンクロ実験………?』


『C組の生徒を助ける方法は一つ。』


『…………。』


『全てのC組の生徒を撃破しろ!』


『!』


『奴等は説得しても応じないだろう。もう倒すしかシンクロを解除する方法は無い!』


『正人君……、分かったわ!』


『時間が無い!最短で頼む!』



シュバッ!



『ちょっと正人君!そんな簡単に言うけど、今日のC組は異常に強いのよ!』


『正人……。お前が言っている事が本当だとしても、俺達がC組を倒せると思っているのか。しかも短時間でなど……。』


『高岡、進藤……。』


『……な、なに?』


『お前達は、学校へ連絡してくれ。それに救急車も必要だろう。』


『…………東海林。』


『正人君はどうするの?』


『俺は、七瀬と共に戦う!』


シュバッ!


『ちょっ!ちょっと正人君!』



現在の戦況は、2年A組が二人やられたのに対し、C組の生徒は一人が倒れた状況。


残る敵は5人。


その中には東峰 静香もいる。


それを、七瀬と東海林の二人で倒す。


新たな犠牲者が出る前に、限られた時間は数分も無いかもしれない。




ビビッ!


『シンクロ率100%』


純白の『マリオネット』に真っ赤な曲線が浮かび上がる。



七瀬 怜――――


――――――――行きます!








【限界②】


都立武蔵学園


理事室


「東峰副理事長!C組の生徒が倒れました!」


モニターで試合を監視していた白川 美里が、声を震わせる。普段は冷静な白川が、動揺する姿は珍しい。


「試合開始から15分しか経っていない。生徒によって耐性が違うと言う事だろう。」


東峰はそれほど気にする様子は無い。


「何を………。生徒が、死んだかも知れないのですよ!今すぐ試合を中止して下さい!」


「白川君。」


「………。」


「見たまえ、試合は2年C組が優勢だ。A組が全滅するのも時間の問題。もう少し様子を見ようではないか。」


「な!しかし試合には静香お嬢様も参加しています!お嬢様の命の危険が!」


「黙りなさい白川君!」


「!」


「静香なら大丈夫だ。静香の耐性は高い。計算では30分は十分に保つ。その前に試合は終わるだろう。」


「他の……。他の生徒はどうなるのですか?命を落としても問題無いと………。」


「あぁ、白川君。そんな事を気にしているのかね。大丈夫だ、我々には『防衛軍』が付いている。生徒の一人や二人が死んだ所で我々が捕まる事は無い。『神埼 ヒロト』の時と同じ様にな。」





一方のバトルフィールド


2年C組 板東 建一(ばんどう けんいち)。


東峰 静香 親衛隊の中では古参の部類に入る。

学年ランキングは23位。普段は耐久型『マリオネット』を使用している事から代表に選ばれた。


ドクン


板東は今、かつて無い喜びに胸を震わせる。


目の前にいる敵は、学年ランキング1位、七瀬 怜。


東峰 静香の地位を脅かすC組の強敵エース。昨日までの板東であれば、七瀬と戦うなど無謀にも程があった。


しかし、今日は違う。

最新型『マリオネット』の性能は魔法の様だ。スピードもパワーも敏捷性も、従来のそれを格段に上回る。

今の板東なら七瀬 怜にも勝てるかもしれない。


(背後からは静香お嬢様が見ている。)


ドクン


物凄い量のアドレナリンが分泌し、エクスタシーにも似た快楽が板東 建一の脳を刺激する。


『ひゃっはー!行くぜ!』


ザッ!


『!』


七瀬の前に立ちはだかる二人の親衛隊の一人が動いた。


(速い……!!)


その動きは2年生のそれではない。

3年生のトップランカーと言っても差し支え無いほどのスピード。


『ダブルフルーレ!』


ブンッ!


怜は深紅に塗装されたフェンシングさながらの二本の『フルーレ』を構える。

『フルーレ』の特徴は、ただ軽いだけの光学剣ソード。数ある武器の中でも威力は最低レベル。怜は、そんな最弱と言われる『フルーレ』を好んで使う。



バシュッ!


チャキッ!


ガキィーン!


『!』


振り下ろされた板東の光学剣ソードを、怜は左手に持つ『フルーレ』で軽くいなす。


『うぉ!』


勢い余った板東の態勢が大きく崩れた所に、今度は右手の『フルーレ』の突きが炸裂。


バシュッ!バシュッ!


『おっと、危ねぇ!』


たまらず板東が怜から離れ距離を置く。


(七瀬 怜……。流石に速い。しかし、そんな軽い攻撃では俺は倒せねぇ。)


ビビッ!


『損傷率68%』


『………は?』


(68%……だと?)


数ある武器の中でも威力は最低。

そんな『フルーレ』で軽くつついただけの攻撃で……。


(何でこんなにダメージがある!?)


ブワッ!


『!』


シャキィーン!


怜は、板東に休む暇を与えない。

極細の『フルーレ』の更なる襲撃が板東を襲う。


『ちょっ!待てよ!』


ブシャッ!


バチバチバチッ!


ドッガーン!


(まず一人!)



ズキューン!


『!』


ブオッ!


息を付く暇もなく東峰 静香のレーザー光線が、怜を目掛けて放たれた。


『今だ!』


そこに攻撃を仕掛けるのは、もう一人の親衛隊の兵士。


ザッ!


レーザー光線は、怜の漆黒の髪の真横を通り過ぎ遥か後方で霧散。


(一発目はかわした。しかし二発目が来る!)


『うぉりゃあぁぁぁ!』


ズキューン!


ブンッ!


『!』


『うぉ!?』


親衛隊の光学剣ソードの攻撃に、怜は逆らわず『フルーレ』の剣先を這わせた。怜の目的は、ほんの少し相手の兵士の態勢を変える事。


バシュッ!


すると、まるで『フルーレ』の糾いに導かれる様に、剣を振り抜いた親衛隊の兵士の後頭部にレーザー光線が命中。


『ぐわっ!』


すかさず、怜は二本の『フルーレ』を、敵の背後にある『マリオネット』の装甲に突き刺した。


バシュッ!バシュッ!


バチバチバチバチッ!


ドッガーン!






ビビッ!


(敵『マリオネット』の反応が2つ消えた……?)


『七瀬がやったのか……。』


進藤 守が背負っているのは2年C君の藤原 翔太。藤原が倒れたのは今から3分ほど前。


ザッ!


「守君!!」


「高岡!!」


「さっきの話は本当なの!?正人君の話!」


「あぁ、こいつが倒れたって話は本当だ。」


「………死んで……いるの?」


「分からない。しかし動かないな。」


「………。」


進藤 の背中に背負われている生徒の顔は酷く青ざめている。


ビビッ!


警告します!


『この先はフィールドエリア外です!』


『この先はフィールドエリア外です!』



「!」


「どうするの?守君。このまま外に出たら私達失格だわ………。」


「仕方ねぇだろ。人命には変えられねぇよ。」


「………そうね。」


「それに、俺はもう役に立たねぇ。損傷率も高いし、何よりC君の生徒の動きがハンパねぇ。」


「シンクロ実験……とか言っていたわよね。」


「よく分からんが、冗談じゃねぇ。俺達の試合がメチャクチャだぜ。」


「怜………。大丈夫かな………。」


「もうすぐ学校だ。まずは、こいつを病院に運ぶのが先決だ。それに……。」



俺達が出来る事は


もう、七瀬 怜を信じるしかねぇよ。








シャキィーン!


右腕に装着された巨大なバックパックから、バチバチと火花が放たれた。


『ふふふ……。』


『マリオネット』には珍しい光学銃ガンを構えるのはC君のエース東峰 静香(とうみね しずか)。


『距離800メートル』


(さすがは七瀬 怜………。)


強制シンクロにより、通常の2倍は強化された二人の兵士を、意図も簡単に倒すなど、誰にでも出来る芸当ではない。


ビュッ!


ビビッ!


『距離400メートル』


二発連射したレーザー光線が充電されるまでの時間はあと2分程度。七瀬は、当然にその隙を狙って攻撃して来る。


ドンッ!


バシュッ!


ガチャン!


シャキィーン!


『発射!!』


ドンッ!ドンッ!ドンッ!ドンッ!


『!』


ヒュウゥゥ!


『グレネード(実弾)!?』


東峰が操る『クイーンズ・ナイト』の左腕から放たれたのは4発の黒い塊。明らかに光学兵器ではない。こんな武装を装備していた事にも驚くが、何より東峰 静香の意図が理解出来ない。

起動兵器『マリオネット』には実弾は通用しないのだから。


『ダブルフルーレ!』


バシュッ!


バスバスバスッ!


怜は即座に、4発の弾丸を打ち落とす。


ブワッ!


『!?』


モクモクモクモク


『………これは。』



――――――――煙幕えんまく



(東峰の狙いは攻撃ではなく時間稼ぎ?)


朦々と立ち込める煙が、怜の視界を塞いで行く。



ビビッ!


『七瀬!』


『正人君!』


『敵の兵士一人が東峰と合流する!気を付けろ!』


『正人君は!?』


『俺は目の前の敵で精一杯だ。すまん!』


モニターに映る黄色い点滅の一つが七瀬から遠ざかり、他の点滅と合流。さらに後方では赤と黄色の点滅が交錯している。


(限られた時間は少ない。迷っている時間は無さそうね。)


こうしている間にも、2年C組の生徒達の限界が近付いているはずだ。『神埼 ヒロト』を殺した強制シンクロによる脳への負荷実験。


バシュッ!


東峰が逃げ込んだ場所は、視界の悪い密林地帯。レーザー光線を放つには不利な場所だ。


(なぜ、わざわざ不利な場所へ……。)


いや


東峰 静香は、もともとスピード型『マリオネット』の使い手。密林での接近戦は得意としている。


ビビッ!


『距離600メートル』


木々が邪魔で目視は出来ない。


(どこだ……。)


ザザッ!


(いた!)


グンッ!


一気に距離を縮める七瀬。

レーザー光線による攻撃は無い。


木々の影に隠れる敵『マリオネット』を、反撃の間も与えずに……。


『倒す!!』


ビュン!


バシュッ!バシュッ!バシュッ!


迅速にして正確な突きが敵『マリオネット』に命中。


『ぐわぁあぁっ!』


ドッガーン!


『!』


しかし、それは東峰 静香ではない。


(しまった!)


ズキューン!


ドバッ!


『きゃっ!』


直後、至近距離からの光学銃ガンによる直撃で吹き飛ばされる七瀬。


ビビッ!


『損傷率44%』


(まずい!もう一発喰らったら終わりだ。)


早く態勢を立て直さないと、二発目が来る。


「この距離では、避けられ無いわよ。七瀬さん。」


「!」


ズキューン!


二発目のレーザー光線の発射音が、密林に鳴り響いた。







MARIONETTE-怜


【深紅の花嫁①】


5年前


防衛軍 横浜基地。


「聞いたか神埼。遂にロシアがポーランドに侵攻したって話だ。」


新たに建設された横浜基地に配属された軍人の数は少ない。なぜなら、ここは特別歩兵部隊の基地だからだ。


「日本は大丈夫なのか。『マリオネット』の量産体制は何とか整ったが、肝心の兵士の数が少な過ぎる。」


特別歩兵部隊に配属された兵士の数は僅か10人。『マリオネット』の適正検査に合格する軍人は極端に少ない。実際のところ適正検査に合格出来る割合は1%未満と言った所か。


「その為の学園だ。これから日本も本格的に兵士の育成に力を入れる。全国の若者の中から適正検査に合格した者のみが入学出来る学園だ。」


会話をしているのは、二階堂 昇(にかいどう のぼる)と神埼 秀人(かんざき ひでと)。共に防衛軍の少佐である。

軍の同期にして特別歩兵部隊に配属となった二人の兵士。


「大和学園と武蔵学園か。なぜもっと早い段階から育成しないのか。イギリスでは兵士を養成する小学校まであると言うのにな。」


「まぁ、そう言うな神埼。選択と集中だよ。その分、2つの学園の施設は世界一だ。政府は限られた予算を2つの学園に集中する方針なのだろう。」


防衛軍少佐 神埼 秀人(かんざき ひでと)。

誰よりも日本の将来を案じる優秀な軍人の一人。


(このままでは、日本はロシアに侵略されてしまう。)


新型兵器として登場したロシア軍の『マリオネチカ』。世界中の紛争地域で絶大な威力を誇る『マリオネチカ』に西側諸国は対抗出来ないでいる。


それでも大国同士の戦争が起きないのは、核兵器のお陰だろう。

この時代になっても、核兵器の抑止力は健在で、ロシアは西側先進諸国に直接的な戦争を仕掛ける事は無い。

しかし、今回のポーランド侵攻は、その前提を大きく覆す。これまでの戦場は、中東、アフリカ、南米であったが、初めてヨーロッパの国に侵攻したロシア軍。それに対し、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツの先進諸国は沈黙を保った。


ロシアとの直接的な戦争を放棄したのだ。


「『マリオネット』の開発は急ピッチで行われている。あと数年もしたら、西側諸国も『マリオネット』を実戦投入出来るだろう。もう少しの辛抱だ。」


二階堂は、そう言って神埼の肩を叩く。


(そんな悠長な事を、言っていられるのか?)


日本は核兵器を保有していない。

もしロシアが西側先進国に戦争を仕掛けるとしたら日本かドイツだろう。

核兵器による反撃が無い以上、ロシアには危険が及ばない。ポーランド侵攻はその為の試金石だ。


ポーランドを見捨てた様に、日本が侵略されたら、アメリカもイギリスも助けないのではないか?核戦争を覚悟してまで、アメリカはロシアと交戦するのか?


すなわち、日本とドイツは、いつ攻撃されてもおかしくない。


カツン


カツン


カツン


(………む?)


「やぁ、神埼少佐。待っていたよ。」


「永島………少将?どうしたのですか、こんな所で。」


「君の噂は聞いている。実は君と同じく政府の方針に懐疑的な軍人は少なくない。」


「……どう言う意味ですか?」


「今のままでは、日本は滅びると言う事だよ。」


「………。」


「そこで、君の協力が必要となった。」


「私の………ですか?」


「軍の予算は限られている。『マリオネット』を操る兵士を大量に育てるには時間が掛かる。そこで我々は考えた。量より質を高める方法をだ。」


「量より………質ですか?」


「あぁ、君も知っての通り『マリオネット』とは不思議な兵器でね。強力な兵士が一人いれば10人の普通の兵士を倒す事も可能だ。より強い兵士を育てる事が何より重要なのだ。」


「はぁ、それはそうですが、そんな簡単には行かないでしょう。新たに新設された2つの学園で気長に育てるしか無いのが今の日本の現状です。」


「うむ。」


永島少将は、神埼少佐の意見に頷いた。


「政府の考えはその通りだ。しかし我々は他の方法を考えた。」


「他の……方法ですか?」


「神埼少佐。これは軍の最重要機密なのだがね。兵士の質を飛躍的に高める研究が進められている。」


「飛躍的に高める方法……ですか?」


「そうだ。その為に君の協力が必要なのだ。正確には、君の二人の息子。弘人君と正人君の協力がね。」





それから2年後


「ぐほっ!」


「おぇ!」


「はぁ、はぁ………。」


「弘人!大丈夫か!?」


神埼 弘人の症状は日に日に悪化する様に見える。


「正人……大丈夫だ。これくらい、どうって事は無い。」


「しかし……。」


「よく聞け正人。この実験には日本の未来が掛かっている。俺はその為の実験体だ。」


「もう止めろよ正人。何でお前が実験体になる必要があるんだ。父さんには俺が言おう。」


「いいんだ正人。」


「弘人……。」


「仮に俺が死ぬような事があっても、俺は後悔しない。そのデータは防衛軍によって引き継がれる。それにより日本が守られるなら俺は構わない。」


「何をバカな事を!」


「いいんだ正人。そのうちお前にも分かる。」




西暦2057年 夏



炎天下の中で行われた『模擬戦』の最中、神埼 弘人は死んだ。


「父さん!だから俺は止めたんだ!弘人を殺したのは父さんだ!」


「正人……。何を言っている。弘人は生きている。」


「………は?」


「見ろ、このデータを。素晴らしい。」


カタカタカタ


ザザッ


『あ……あ……あ………。』


ザーザー


(………?)


「父さん………。何だ、この音は……。」


「これだけでは無い。弘人の装着していた『マリオネット』を装着すれば、お前にも分かるだろう。」


「弘人のマリオネット?」


「強制シンクロによる偶然の産物だろう。弘人の意志は『マリオネット』に焼き付いている。」


「………何を言ってるんだ父さん。」


「実験後期の弘人のシンクロ率は300%を越えていた。弘人の脳波をシンクロ装置が取り込んだのだよ。素晴らしい!」


「父さん………本気で言っているのか?そんなのは弘人じゃない。弘人は死んだんだ!」


「仮にだ。双子の兄弟であるお前が、この『マリオネット』を装着すれば、想像を絶する力を発揮出来る。お前は日本をロシアから救う英雄になれるだろう。」


「!」




狂っている。


父さんは、完全に狂っている。


自分の息子が死んだと言うのに、弘人が『マリオネット』に殺されたと言うのに、その『マリオネット』を俺が装着すれと?



ガタ………。


(こんな『マリオネット』なんか、叩き壊してやる!)


ブンッ!


正人………。


「!」


(何だ………今の声は………。)


………。


「弘人………?」


………。


「弘人なのか?」


………。


「返事をすれよ!弘人!!」





ビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』





(今日も……弘人の声は聞こえない。)


神埼 ヒロト専用『マリオネット』。


極めて珍しい流線型の蒼い装甲は、深い悲しみを帯びた深海の色に似ている。


2年C組の生徒が着用しているのは、『神埼 ヒロト』のデータを元に設計された『マリオネット』。


東海林 正人が『マリオネット』を着用してからの日にちは浅い。本来、正人が2年C組の生徒に勝てるはずがない。


しかし、東海林 正人の『マリオネット』は特別製だ。『神埼 ヒロト』の亡霊が『神埼 正人』に力を与える。


『マリオネット』から発信された微弱な電気が、正人の脳内に入り込み双子の兄弟は一体化する。


ビビビッ!


(………この感覚は。)


目の前にいるC組の兵士が、物凄い勢いで光学剣ソードを振り下ろすのが見えた。


(あぁ。そうだった。)


正人は、軽く左手を差し出し、振り下ろされる剣の柄を素手で受け止めた。


「な!」


何やら怯えた顔をする敵の兵士。


実に心地よい感覚。

大量のアドレナリンが、正人の脳内に溢れ出す。


(俺は、こいつを倒さなければならない。)


ズサッ!


先ほどまで、C組の兵士に押され気味であった、東海林の動きが一変した。


その動きは悪鬼の如く。


『うぉおぉぉぉぉ!!』


バシュッ!


ズサッ!


グサッ!


ビビッ!


『損傷率81%』


ドッガーン!



しゅう


『はぁ、はぁ………。』


ドクン


(ちっ………。やはり制御は不能か。)


『シンクロ解除!』


ブンッ


これ以上の戦闘は、東海林 正人の脳が耐えられない。


(結局、俺が倒せたのは一人だけ。)



あとは頼んだぞ


――――――――― 七瀬








【深紅の花嫁②】


試合開始から20分が経過


光学銃ガンを構えるのは、2年C組のエース、東峰 静香(とうみね しずか)。


「この距離では、避けられ無いわよ。七瀬さん。」


「!」


ズキューン!


二発目のレーザー光線が、七瀬 怜の頭部に目掛けて発射された。


(この一撃を喰らったら終わり!)


バッ!


七瀬は、左手に持つ極細の『フルーレ』で咄嗟に防御。


バキィーン!


カラン


カラン!


2発のレーザー光線を放った東峰は、すぐには反撃出来ない。

そして七瀬は、弾かれた『フルーレ』が地面に転がるより早くダッシュ!


(今がチャンス!)


シュバッ!


「静香さん!覚悟!」


「!!」


ズバッ!


残るもう一本の『フルーレ』が『クイーンズ・ナイト』の胸部へ直進。


バキィーン!


それを今度は、巨大な光学銃ガンで防御する東峰。互いの攻撃を自らの武器で防御した格好だ。


七瀬と東峰の顔が間近に接近し、二人の目が交錯する。


「ふふ………。」


「!?」


「そんな軽い攻撃では、私は倒せないわ。」


ガシャン!


無造作に投げ捨てられるのは巨大な光学銃ガン


そして


東峰 静香の右手が天に伸びる。


右手に握られているのは、紛れもなく光学剣ソードだ。


光学剣ソード!いつの間に!?)


密林の陰に隠れている間に、東峰は仲間の兵士から光学剣ソードを受け取っていた。


先ほど七瀬が倒した兵士の剣。


ブワッ!


ここからは剣と剣の戦い。


一直線に振り下ろされる剣を、七瀬は超反応で防御。


ガキッ!


2年生のトップを争う七瀬と東峰。

共に速さと敏捷性には定評のある二人ではあるが、この戦闘は七瀬が有利。


七瀬の『マリオネット』は敏捷性を追及したバランス型。対する東峰はレーザー光線に対応した一回り大きな攻撃型。


普段のスピード型『マリオネット』ならまだしも、攻撃型の『マリオネット』では七瀬の動きには付いて来れない。


バシュッ!


ガキィーン!


ズバッ!


ブワッ!


(!)


バシュッ!


『ぐっ!』


ビビッ!


『損傷率53%』


しかし、押されているのは七瀬 怜。


(東峰さん………何て動きなの!)


ズバッ!


バシュッ!


ガキィーン!


「ふふ。その程度なのかしら。七瀬さん。」


ビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』




理事室で観戦する東峰副理事長は、思わず声を張り上げた。


「見たまえ白川君!これぞ強制シンクロの力だ!静香があの七瀬 怜を圧倒している!!」


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』


(まずいわ………。このままでは静香お嬢様の脳が耐えられない。)


ビビビビビビッ!!


(!!)


「静香お譲様!!」





10年前 イスラエル


ゴゴゴゴゴォ!


パチパチパチ!


燃える………。


何もかも燃えていく。


幼い七瀬 怜の瞳に映るのは、全身を業火に包まれる父の姿。


ガソリンが焼ける匂いが妙に鼻をつく。


瞳から溢れる大量の涙が、怜の視界をほやけさせる。


ザッ!


…………。



あなたは………。




怜は近くに立つ女性の顔を見上げた。


深紅の『パワードスーツ』に身を包む金髪の女性。


たったの一撃で、怜が乗る大使館の車を破壊し、怜の父親の命を奪った兵士。


ビビッ!


『カブラチュカ、何をしている。早く来い。』


ビビッ!


『すぐに追い付きます。先に作戦を開始して下さい。』


ビビッ!


『15分後には、エルサレムだ。遅れるなよ。』


『ダー(了解)!』




ザッ!


(あの爆発の中、よく助かったものだ………。)


カブラチュカは、怜の頭の上にポンと手を置いた。


ビクッ


怜は、あまりの恐怖で言葉を発する事も出来ない。



「少女よ…………。私が憎いか。」


「…………。」


「私の父は軍人でな。傭兵としてシリア政府を陰ながら支援していた。」


この女性は何を言っているのか。


幼い怜には分からない。


父親を殺した金髪の女性兵士は、怜の知らない言葉で、それでも何かを語っていた。


いくつかの言葉を投げ掛けた兵士は、最後にもう一度、怜の頭を軽く叩くと、そのまま怜の元を去って行く。




おそらく


その金髪の女性は泣いていた。


なぜ、泣いていたのかは分からない。



深紅の『パワードスーツ』の後ろ姿が、妙に悲しく見える。



これが戦争。



怜は、いつか、戦場で彼女と合って確めなければならない。



―――――――――その涙の真意を





ザワッ!


(……これは………!?)


シンクロ率と呼応する、深紅の曲線。


純白の花嫁と形容される、七瀬 怜の『マリオネット』に刻まれた深紅の曲線が、怜の全身を覆って行く。


その姿は、幼き怜の瞳に焼き付いているロシア性の『マリオネチカ』を連想させる。




ビビビビビビッ!


警告します。


『シンクロ率 Error 発生!』


『シンクロ率 Error 発生!』


『ぐおぉおぉぉぉ!』


刹那、東峰 静香の脳内に激しい痛みが襲った。


(まずい!限界か!)


しかし、七瀬 怜の損傷率も限界に近い。あと一撃で七瀬 怜を倒す事が出来る。


あと一撃。


あと一撃で東峰 静香は、七瀬 怜に勝つ事が出来る。


(数秒くらいなら大丈夫!)


「これで終わりです!!」


ブォッ!


強制シンクロによって『マリオネット』と一体となった東峰 静香の動きは常軌を逸していた。物理法則を無視した高速の突きが、七瀬 怜に襲い掛かる。


対する『深紅の花嫁』と化した七瀬 怜は、東峰の光学剣ソードを、最小限の動きでかわす。


「!!」


そして、東峰以上の速さで繰り出された極細の『フルーレ』の剣先が、『マリオネット』の弱点である装甲の僅かな繋ぎ目を正確に突き刺した。


バシュッバシュッバシュッ!!


三連撃!


紅蓮色の三連撃が、東峰の損傷率の限界を突破。


『バカな…………。』


バチバチバチバチッ!


(速すぎる………。)


ドッガーン!!


「静香さん!!」


『マリオネット』とのシンクロが解除され、その場に倒れ込む静香を、七瀬は慌てて抱き留めた。


すぅ


すぅ



(息は………ある。)


『神埼 ヒロト』の時とは状況が違う。


東峰 静香の脳が限界に達する前に、七瀬は静香のシンクロ解除に成功したのだ。



『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 2年A組!勝者 2年A組!』



試合開始から30分が経過していた。








MARIONETTE-怜



【伝説①】


西暦2057年10月


クラス対抗戦 決勝トーナメント2試合目は、予想外の事件に巻き込まれ学園を揺るがす大事件へと発展した。


試合中に倒れた2年C組の生徒、藤原 翔太(ふじわら しょうた)は軍の病院へと運ばれた。

脳の損害はかなり酷く、進藤 守と高岡 咲の救助がもう少し遅れていたら、命を落としていたとの事だ。現在は意識不明の重体ではあるが、いずれ回復へと向かうだろう。


その原因となったのが、いわゆる『強制シンクロ装置』と呼ばれる小型マイクロチップであった。もともと識別集積回路として開発されたマイクロチップであるが、『マリオネット』のシンクロ技術を応用し特別な機能を持たせている。

このマイクロチップの目的は、次世代テクノロジーの塊である『マリオネット』と人間との融合。簡単に言えば、人間の脳に侵食した電磁波が、脳神経を刺激して『シンクロ率』を急速に高めると言うものらしい。


試合の翌日の新聞には、大々的に事件は報道された。


武蔵学園のNo2東峰 副理事長と複数の関係者が試合直後に警察に連行された。警察のあまりの手際の良さに進藤達は驚いたものだ。


合わせて2年C組の代表選手達は病院へ運ばれ精密検査を受けるため入院となった。


そして、進藤達A組の代表選手5人は、ようやく警察の事情聴取が終わり学校の寮へと帰宅している最中である。


「東海林 正人は、大丈夫なのか?あいつの『マリオネット』にも『強制シンクロ装置』?が内臓してあったらしいな。」


進藤の言葉はどこかぎこちない。

『マリオネット』を操る進藤達にとっては、あまりにも衝撃的な事件であり、簡単には信じられないと言うのが素直な感想だ。


「新聞では正人君の事には触れられていないわね。C組の生徒の事しか書かれていない。」


同じく高岡 咲の言葉もどこか歯切れが悪い。


東海林 正人は、進藤達5人とは別の施設に運ばれた。行き先は不明。

『強制シンクロ』なるものは、武蔵学園の試合のルールとしては反則に値する。同じチームのメンバーが反則を犯していたのだから、高岡が不審に思うのも無理は無い。


試合の結果は、2年A組の勝利であったが決勝戦は2年A組の棄権により中止となった。


正式な記録では、優勝は3年A組。準優勝が2年A組。東海林 正人がルール違反を犯していたのに失格とならなかっただけでも学校側の温情が感じられる。


もっとも、そのルール違反を推進していたのが、学校側、東峰副理事長なのだが……。



警察の事情聴取が長引いたせいで、そろそろ夕陽が沈む時間である。今日の試合が中止となった為に学校は休校となった。


おそらく学校に戻っても生徒は誰もいない。進藤達5人はそのまま寮に帰宅する事になる。


ピロロロ♪


ピロロロ♪


「…………咲?電話じゃない?」


「あ、うん。」


そろそろ寮に着こうかという頃。高岡 咲のスマホに受信音が鳴り響いた。


「あ、紫電先輩からだわ。」


カチッ。


「もしもし?」


怜と進藤は顔を見合わせる。


「紫電先輩?」


「何で高岡に電話が来るんだ?」


「さぁ……?」


いつの間に電話番号をやり取りしていたのか。

数分間の会話か終わり、高岡は驚いた様子で七瀬達に告げる。


「怜!守君!大変よ!」


「………?」


「どうしたの?」


「試合会場よ!早く行かなくちゃ!」


「へ?」


「3年A組の先輩達が待ってるわ!それに他の生徒達も!」



クラス対抗戦は終わったが


紫電達の戦闘は終わっていない。



もう日も沈むと言うのに、会場には数百人の生徒達が七瀬達が来るのを待ちわびていた。


「よぉ!遅かったな。」


そう言うのは紫電 隼人。


「この時間帯からだと夜戦になる。2年の時の演習以来か……。」


金剛 仁は、夜風の吹く方角を確めながら呟く。


「やはり吉良 光介は来ないわね。これなら5対5で丁度良いわ。」


2年A組の生徒の中に、東海林 正人がいない事を確認するのは東堂 綾。東海林 正人の『強制シンクロ』の件は学校中に広まっている様だ。



「ええと………。これは?」


進藤 守が、戸惑いながらも質問する。

しかし、質問の答えは分かっている。3年A組の生徒達も、野次馬として集まった他の生徒達も、望んでいる事は一つ。


中止となった決勝戦の試合。


「不戦勝なんて言われても誰も納得しねぇよ。」


紫電 隼人が、整った顔で七瀬に告げる。


「真のNo1を名乗るには、お前を倒さなければ意味が無い。その為に今年から全学年合同の大会になったんだ。」


宿敵、神坂 義経を倒した紫電にとって、残る敵は一人しかいない。『模擬戦』で26機のAI機を倒した記録ホルダー『七瀬 怜』。


「正直、昨日の試合は痺れたぜ。強制シンクロだか何だかは知らねぇが、東峰 静香の強さは本物だ。その東峰をほふった最後の突き。ありゃいったい何なんだ?」


「え………と。」


「速さこそが強さ。それが俺の信条だ。俺とお前と、どちらが速いか。俺はそれが知りたい。」



紫電 隼人は再び宣戦を布告する。



「悪いが俺達は手を抜かねぇ。負けてやる気もサラサラねぇ。これは、俺達が最強になる為の儀式!」



始めようぜ


真の最強を決める戦いを!








【伝説②】


「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


西の空に浮かぶのは、上弦の月。

七瀬や進藤達にとっては、初めての夜戦となる。


変則的な5対5の戦闘になるが、世界の軍隊での『マリオネット』の運用は6人よりも5人の方が一般的だ。


そう言えば、イスラエルの地で見たロシアの『マリオネチカ』の部隊も5人だったと聞く。


(カブラチュカ………。)


聞き慣れないロシア語の会話の中で、七瀬が聞き取れた唯一の言葉が彼女の名前であった。


この夜空に輝く月の下で、彼女はまだ『マリオネチカ』を纏っているのだろうか。



10年の歳月が流れた。


ようやく七瀬は、彼女と戦う為の武器を手に入れた。純白の『マリオネット』を装着した七瀬 怜は、誰にも負ける訳には行かない。



それが例え


最強の敵だとしても




金剛 仁(こんごう じん)


紫電 隼人(しでん はやと)


東堂 綾(とうどう あや)



3学年トップランカーの3人を要する3年A組は、紛れもなく武蔵学園最強の敵である。




ビビッ!


『紫電、お前は七瀬を倒せ。俺達は七瀬以外の敵を倒す。』


『リーダー……。』


『どうせお前は七瀬との決闘が望みだろう。邪魔はしない。』


金剛に続いて東堂 綾の声が聞こえて来る。


『紫電……。安心して下さい。あなたが殺られても私達がいる。3年A組の勝利は揺るぎません。』


『はっ!俺が負けるの前提かよ。』


『七瀬 怜は強い。油断したら痛い目に合うわよ。』


『分かっている。油断はしない。』


七瀬の強さは、その敏捷性と驚く程の正確な動きにある。正確無比な高速剣により繰り出される攻撃が、敵『マリオネット』の急所を的確に破壊する。


装甲と装甲の繋ぎ目をピンポイントで攻撃出来る奴なんて、防衛軍にも存在しない。


(綾……、それにリーダー。悪いがお前達では相手になんねぇよ。)


攻撃力も耐久力も七瀬の前では無力。


予選でのエレノア・ランスロット戦、昨日の東峰 静香戦。二つの試合で見せた、ここぞと言う時の七瀬の動きは異常だ。


あの動きに反応出来ない限り、七瀬に勝つ事は不可能。


(七瀬は、下手をしたら、天才 神坂 義経をも上回る逸材だな………。)


紫電の勘に狂いは無かった。

決勝の相手は七瀬 怜。そんな予感がしていた。




ザッ!


ザッ!


お馴染みの五つの黒い『マリオネット』が、行動を開始する。





ビビッ!


『敵『マリオネット』反応。右舷に二つ。左舷に二つ。中央に一つ。』


ビビッ!


『綾、どう思う?敵の狙いが分からんな。』


『どう来ようが同じね。七瀬以外は相手にならないでしょう。』


『よし。綾と尚吾は左の敵を叩け。俺と桐原は右へ進む。』


『ラジャッ!』


『ラジャッ!』


ザッ!


ザッ!




No1のナンバリングを刻む漆黒の兵士、金剛 仁が向かう先は砂漠地帯。遮蔽物が無い砂漠地帯での戦闘では下手な小細工は効かない。


ビビッ!


『距離800メートル』


(ほぉ………。)


金剛は前方に見える二人の兵士を見つけ軽く感心する。


進藤 守

諸星 圭太


逃げも隠れもせず、真正面から堂々と戦うつもりだ。


『桐原、お前は左の兵士を殺れ。俺は耐久型の方を殺る。おそらく、耐久型の兵士は進藤 守。2学年ランキング3位の奴だ。』


ビュッ!


ズサッ!


ビビッ!


『進藤………。来たぜ!No1の数字は金剛 仁。どうするんだよ!?』


『気合いを入れろ。少しでも七瀬の負担を軽くするんだ。』


『くぅ!当たって砕けろって奴か!』


『お前はいつも砕けてるけどな!』


『!』



ブワッ!


巨大な『クレイモア』が進藤の目の前で振り上げられた。


『ガードフレイム!』


対する進藤は防御フィールドを展開。

同時に光学槍ランスを金剛の腹部を目掛けて突き付ける。


『うぉおぉぉぉ!!』


『ふん。防御と攻撃を同時に行うなど笑止!頭部ががら空きだぞ!』


バシュッ!


ドガッ!


ビビッ!


『損傷率35%』


『損傷率24%』


いかに耐久型『マリオネット』であっても、『クレイモア』の威力は凄まじく一撃での損傷率は激しい。相討ちならば金剛の方に分があるのは明白である。


『まだまだぁ!』


『!』


ガキィーン!


バシッ!


ガキィーン!


(む?)


闇雲に攻撃を仕掛ける進藤。


(こいつ……。最初から勝つ気なんて無い。相討ちによって俺の損傷率を削る作戦。)


バキッ!


ズバッ!


『うぉ!!』


『ぐっ!』


ビビッ!


『損傷率62%』


『損傷率39%』


(七瀬の負担を軽くする作戦か………。)


ゴゴゴゴォ!


ブワッ!


金剛が『クレイモア』を構える。


「進藤ぉ!」


「!」


「悪いがハナから勝つ気の無い奴に、これ以上、損傷率をくれてやるつもりはねぇ。」


「!」


「相討ちなんてセコイ真似はせず、次の攻撃をかわして見せろ。」


「なに………。」


「俺の最大奥義だ。これを放てば俺は防御の態勢が取れねぇ。かわす事が出来たらお前の勝ちだ。」


「…………。」


(金剛…………。)


進藤の損傷率は既に60%を割っている。

最大奥義など放たなくても、一撃でも攻撃を喰らえば進藤の負けは確実。


それを、わざわざ危険を犯してまで勝負に拘る理由は………。


(金剛先輩は、俺に勝負の世界の在り方を教えようとしている。)


ゴクリ


すっ


(……む?)


「先輩………。」


「…………。」


「すまなかった。俺が間違っていた。」


「………進藤。」


「俺は全力で、先輩の攻撃をかわして見せる!そして、この勝負、勝つのは俺だ!!」


「ふん。」


(良い目をしている。)


「では行くぞ!」


ズサッ!


武蔵学園で『クレイモア』を扱える兵士は金剛 仁、ただ一人。


その破壊力は、全ての武器の中でも最強。

金剛は全ての力を『クレイモア』に集中する。


ゴゴゴゴゴゴゴゴォ!


『どりゃあぁぁぁぁ!!』


ブワッ!


『!』


『クレイモア』の衝撃波により砂嵐が巻き起こった。


『うぉ!?』


『リーダー!?』


近くで戦闘をしていた諸星と桐原の身体が、風圧によって飛ばされる。


その一撃は、フィールド地面に巨大な陥没を生じさせるほどのバワー。


ドッゴーンッ!!!


小惑星が落ちたかと思うほどの衝撃が、フィールド全体を襲う。


そして、金剛 仁は笑う。


「何だよ。やれば出来るじゃねぇか。」


「すみません!先輩!!」


グサッ!


バチバチバチッ!



金剛にとって、今回の戦闘は勝ち負けなどどうでも良い。この試合を組んだ目的は一つ。


紫電 隼人と七瀬 怜を戦わせる事。


ならば、金剛は後輩を強くする事に専念しようと思う。それが武蔵学園の、日本国の強化に繋がるなら、それで良い。


「12月の『学園対抗戦』、お前も代表に選ばれたら良いな。」


「先輩………。」


ドッガーン!








【伝説③】


ビビッ!


『リーダー!?』


リーダーの反応が消えた。


(まさかリーダーが殺られた?)


東堂 綾は、面前モニターに映る仲間の信号が消滅したのを確認する。右舷へ展開した二つの点滅がほぼ同時に消滅したのだ。


となると、右舷の黄色い点滅二つのうちの一つは七瀬 怜だったのか。


実際のところ、金剛 仁が進藤に斬られたのと同時に、金剛の必殺剣の巻添えを喰らって態勢を崩した桐原 繁が、諸星 圭太に倒された事など、東堂には知る由もない。



ビビッ!


『やった!3年生を倒した!』


喜びの声をあげるのは諸星 圭太。


ビビッ!


『諸星!やったな!こっちも金剛を倒した。』


ビビッ!


『高岡!鈴木!そっちはどうなってる!』


ビビッ!


残る戦場は二つ。


中央の七瀬 怜。

そしてフィールド反対方向に展開している高岡 咲と鈴木 慎二郎。


『ちょー!ムリムリムリ!!』


『高岡?』


『スピード型の私でも、全く反応出来ないのよ!慎二郎君も危いし!』


バキッ!


学年ランキング11位 向峰 尚吾(むかいみね しょうご)の光学剣ソードが鈴木 慎二郎の胸部に命中。


バチバチバチッ!


『すまん!みんな!後は任せた!』


『慎二郎君ッ!!』


ドッガーン!



(慎二郎君が殺られた!)


となると、高岡 咲の前方には東堂 綾。後方には向峰 尚吾。3学年上位ランカーの二人に挟まれる形となる。


(いやいやいや、これは無理でしょ?)


ビビッ!


『高岡!』


『守君!?』


『どちらか一人を狙え!損傷率の高い方だ!』


『!』


(損傷率の高い方?)


残念な事に、高岡 咲の攻撃は、東堂 綾に一撃も当たっていない。ならば損傷率が高いのは明らかにもう一人。


向峰 尚吾


鈴木 慎二郎が、どこまで損傷率を負わせていたかは不明だが、狙うならこっち。


グンッ!


(!)


『待て!逃げるか!』


反転する高岡を東堂が追い掛ける。


『仕方ないでしょ!東堂先輩には勝てる気がしないんだもん!』


ビビッ!


向峰は、突っ込んで来る高岡を確認。


『距離100メートル!』


『うぉ!近っ!』


鈴木 慎二郎を倒したばかりの向峰が慌てて防御態勢を取る。


しかしスピード型『マリオネット』を操る高岡の勢いは止まらない。半ばヤケ糞ぎみに剣を振り回す高岡。


『きゃあぁぁぁ!』


『ちょっと!待てッ!』


スカッ!


『!』


高岡の光学剣ソードを防ごうとした向峰の光学剣ソードが空しく空を斬り付ける。


『どっひゃあぁぁぁ!』


ズバッ!


『あ………。』


ビビッ!


『損傷率73%』


ドッガーン!


向峰 尚吾 撃沈。






フィールド中央部


ビビッ!


(………どうなってやがる。)


No2のナンバリングを背負う紫電 隼人は、仲間を表す赤い点滅が次々と消えて行くのを確認する。


『リーダー!綾!応答せよ!戦況はどうなっている!』


ビビッ!


『こちら東堂……。すまない。私達以外はみんな、やられたわ。』


『綾……。信じられんな。』


『安心して下さい。七瀬以外の3人は私が引き受けます。』


『3人を相手にか?』


『これでも、私は3学年ランキング8位よ。それより、貴方は七瀬に集中するのね。』





しゅう


『純白の花嫁』七瀬 怜――――――


ここまで、紫電は真っ白い装甲に一太刀も浴びせていない。


ビビッ!


『損傷率13%』


一方の紫電の損傷率も掠り傷程度。

勝負はこれからだ。


ビビッ!


『シンクロ率92%』


(ようやく………90%を越えたか。)


ジリ


二人の距離が縮まって行く。


『距離50メートル』


肉声が届く距離となっても七瀬 怜は動かない。


「七瀬!」


(!)


声を掛けたのは紫電 隼人。


「虫も殺せない様な華奢なお前が、ここまで強いとは、『マリオネット』つうのは分からねぇもんだな。」


『マリオネット』の能力は、それを操る人間の身体能力に比例する。あらゆるスポーツがそうである様に、同条件であれば女性よりも男性の方が肉体的な能力数値が高い。仮に『パワードスーツ』無しで戦えば、紫電は七瀬を秒殺出来るに違いない。


しかし、現実には『マリオネット』を装着した七瀬の動きは紫電のそれを上回る。


その秘密は何なのか。


紫電はそれを知りたい。


「なぜ、お前は戦う。お前の強さの秘密は何だ!」


紫電の力の源は、崩壊した家族を救うため。

今も意識不明で入院している妹を救うため。

そして、家族を奈落の底に突き落とした政府と防衛軍への復讐。


おそらく、機動兵器『マリオネット』には、身体能力だけでは説明の付かない何らかの力が作用している。


それこそが、七瀬 怜の強さの秘密に違いない。


「私の………強さの秘密………。」


そんな事は考えた事も無かった。


七瀬は、ただ父親が目指した平和な世界を求めているに過ぎない。そして、その答えはイスラエルの地で出会った金髪の女兵士『カブラチュカ』が教えてくれる。


幼少の頃に描いた、そんな漠然とした想いが七瀬をここまで連れて来た。


父親を殺した『カブラチュカ』と出会うまでは誰にも負ける訳には行かない。


ビビッ!


『シンクロ率95%』


純白の衣装に、深紅の曲線が浮かび上がる。


「紫電先輩………。私は強くなんか有りません。」


「………。」


「私の想いは、遠いイスラエルの地に置いて来ました。この戦いは、それを取り戻す為の戦い。」


(………イスラエル?)


『ダブルフルーレ!』


『!』


ブンッ!


深紅に染まった極細の光学剣ソードが、七瀬の両手に握られる。


『クラス対抗戦』決勝戦のフィナーレを飾るに相応しい両雄が至近距離で対峙した。


ここからは、もう止まらない。


ラストバトルを決意した二人は、互いのどちらかが倒れるまで死力を尽くして戦うだろう。


学校の正式記録には残らないが、会場にいる数百人の生徒達が生きた証人となる。


武蔵学園の頂点を決める戦い。


ビビッ!


『七瀬 怜!行きます!!』





そして



この戦いは――――――



―――――――――伝説となる













MARIONETTE-怜 END







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