表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

MARIONETTE-怜(前編)

挿絵(By みてみん)


MARIONETTE-怜



【プロローグ①】


この地には、遥か遠い昔に巨大な神殿が聳えていた。


この地より信仰は世界へと広がり、多くの民がこの地を訪れた。


しかし


終わりの日は近い。


「合衆国が……陥落しました。」


とても美しく観る者を魅了するその女性は、淋しげに呟いた。


「そうか………。」


男は答える。


「我々の最後のプロジェクトが始まって十数年が経過した。」


その声もどこか淋しげな。


「しかし、世界には変化の兆しは見られない。」


そして、何もかも諦めたかのような口振りであった。


「………シオン。」


女性は男の名を呼んだ。


「私が行きましょう。」


「!」


「私が世界を救って見せます。」


「ダメだ!」


男は叫ぶ。


「そんな事が出来るはずが無い!!危険過ぎる!!」


その慌て振りは尋常では無い。


しかし、女性は冷静に言葉を紡ぐ。


「きっと居るはずです。私の精神に同調出来る人間が………。」


「しかし!!」


「私は巫女。このまま祖国の崩壊を待つ事など出来ません。」


男の瞳からは大粒の涙が溢れている。


男は知っている。


その女性の決意を。


二度と会う事が出来ない事も。



ドクン


ドクン


生存確率1%未満


もしも、それが成功したならば、まさに神の奇跡としか言いようが無い神業であろう。


ビカッ!


ビカビカビカッ!


「!」


「!」


「おぉ!」


大地を覆うばかりの美しい光が、地平線に広がった。






ちゅん


ちゅんちゅん


小鳥の囀る声が聴こえた。


おそらく、窓の外には陽の光が射しているに違いない。


しかし、その少女。


少女に光は届かない。


なぜなら少女は『闇の住人』なのだから。


身体は衰弱し、瞳は光を失い、動く事すらままならない。


(……………?)


ふと、少女は首を傾げた。


(な……に?)


少女には不思議な力があった。


闇の住人だからこそ感じる事が出来る光がある。


(……………そう………なのね。)


少女は、今までにも多くの光の気配を感じて来た。


気高く力強い光もあれぱ、儚く優しい光もある。


しかし、今回の光の気配は、今までに感じた気配とは違う。


少女は思う。


動く事すら出来ない少女の代わりに、その光は世界を救うのかもしれない。


少女はその光の正体までは分からない。


それでも、少女は思うのだ。





世界は…………



…………………………動き出す。










【プロローグ②】


その日の午後は

蝉の鳴き声がやけに耳に残る

この夏一番の猛暑であった。



ザッ


ザッ


誰かが近付いて来る足音がする。

硝煙が立ち込める戦場に現れたのは、花嫁衣装を彷彿とさせる純白の兵士。

ところどころに見られる深紅の曲線が、真っ白な戦闘服を一層 際立たせていた。



ザッ


ザッ



不意に足音が止まった。

見るとそこは、先ほどまで俺がいた場所。


その兵士の名は『れい

東京都立武蔵学園二学年A組所属、すなわち俺の同級生だ。


怜は、しゃがみ込むと、その場に横たわる死体に手を乗せる。白く透明感のある細い指先が死体の頬に触れた。



(それほど、時間は経っていない………。)



そのまま、怜は死体の見開いた瞳を閉じさせ、二つのてのひらを併せた。とても悲しい表情で祈りを捧げる怜。


あぁ、そうか。

そこで、ようやく俺は気付いた。

怜は俺を追って来たのか。怜は俺を追ってこんな山奥まで来たんだ。



そして


―――――――俺は死んだんだ







【始動①】


西暦2047年


イスラエル北東部 ゴラン高原


北部国境付近の防衛を担当するのは500車輌に及ぶ最新鋭の重戦車を保有するイスラエル国防軍。1967年の侵攻以来、ゴラン高原の実効支配を続ける精鋭部隊である。


「本当に来るのか?」


「さぁ、ガセネタだと思うがね。」


3日前に精鋭部隊が入手した情報によると、敵対するシリア軍がゴラン高原を奪還する為に侵攻を開始したと言うのだ。


質量ともにシリア軍を圧倒するイスラエル軍にとっては、にわかには信じられない情報である。事実、この3日間にイスラエル軍のレーダーに映るシリア軍の姿は無い。


「偽の情報に踊らされたか。シリア軍の腰抜けが我々に戦争を仕掛けるとも思えないからな。」


「念のため、警戒態勢を継続する。何か変化が有ればすぐに報告しろ。」


「はっ!大隊長殿!」


この日のゴラン高原は、いつになく晴天であった。相変わらずレーダーに映るシリア軍の姿は無く、情報入手から四日目に突入しようとしていた。


(やはり偽の情報か………。)


イスラエル軍の誰もがそう思っていた。緊張の糸が途切れ、兵士達の気が緩み始めたその時、情報部隊から信じられない連絡が入った。


「大隊長殿!正体不明の部隊が接近して来ます。距離、およそ1200メートル!」


「はぁ?1200メートルだと!?」


大隊長の最初の反応は驚きである。距離1200メートルなど、射程距離の長い近代戦争にとっては目と鼻の先である。そんなに近くまで接近を許すなど有り得ない。


「バカ野郎!情報部隊は何をやっていたんだ!レーダー反応はどうなっている!」


怒鳴り声を発する大隊長。


「いえ、レーダーには未だ反応は有りません。」


「なに?レーダー反応無しだと?そんなバカな!敵部隊の規模を教えろ!」


「は!敵部隊の数は歩兵五人。男性三人と女性二人です!」


「!?」


大隊長は、思わず口を開けたまま言葉を失い、側に置いてあった双眼鏡を手に取り、敵軍の姿を目視した。


距離およそ1200メートル。


シリア国境方面から歩いて来るのは五人の兵士。全員が徒歩である。

五人のうち二人の兵士は片手に槍のような武器を所持しており、二人は長剣を携えていた。もう一人の兵士の武器は確認出来ない。


「おいおい何の冗談だ?アレはシリア軍では無いだろう。驚かせるな。」


この時代に槍と剣で重戦車に立ち向かう馬鹿はいない。アレは兵器でも兵士ですらない。ただの一般人だ。レーダーに映らないのも当然だろう。イスラエル軍が探しているのは戦車や装甲車輌、戦闘機の類である。重火器すら装備していない生身の人間を探知する為のレーダーでは無いのだから。



五人の兵士のリーダーと思われる男性が、他の四人に声を掛ける。


「どうやら気付かれた様だ。そろそろ行くぞ。」


「『マリオネチカ』、オン!」


「シンクロ率90%!」


「準備はいいな?」


「ダー!」


ギュイーン!


彼等の話す言葉はロシア語である。

背中と両肩に備え付けられた『パワードスーツ』を起動し、シンクロを果たした五人の兵士達が一斉に動き出した。


ザッ!


ズサッ!


慌てたのはイスラエル軍。1200メートル先にいた兵士が、イスラエル軍との距離を一瞬で詰めたのだから無理も無い。


「な!何だ!」


グワン!


次の瞬間、二メートルを越える長剣が振り上げられた。重戦車の装甲は60ミリメートルの厚さを誇り、重機関砲の直撃すら耐えうる性能がある。


ブワッ!


その装甲が、長剣の一撃で真っ二つに斬り裂かれた。


ドッガーンッ!!


「うわぁ!」


それが戦闘の合図となった。

古代の騎士を彷彿させる『パワードスーツ』に身を包んだ兵士は、電光石火の動きで次々とイスラエル軍の戦車を破壊する。


「何をしているッ!撃て!撃て!撃て!!」


ドドドドーン!!

ドドドドドドーン!!


数に物を言わせたイスラエル軍の反撃が始まり、物凄い数の砲弾が飛び交った。


ビュン!


シュバッ!


ドドドドドドーン!!


ブワッ!


ドッカーン!!


「大隊長殿!ダメです!敵の動きが素早く砲撃が当たりません!」


「!!」


ズバッ!


ドッカーン!


「ぐわぁ!」


ドッカーン!


「ぎゃあぁぁ!」


イスラエル軍の必死の反撃も虚しく、500台はあった車輌がみるみるうちに減少して行く。


「うわぁあぁ!」


遂に大隊長の乗っていた車輌に火の手が上がり、急いで重戦車から飛び降りる大隊長。


ドッカーン!!


戦闘開始から僅か半刻。

イスラエル軍は壊滅寸前にまで追い込まれていた。


(信じられない。俺は夢でも見ているのか……。)


イスラエル製の小型ライフルを構え、大隊長は兵士の一人に照準を合わせた。

『パワードスーツ』の仮面の向こうに見える女性はシリア人ではない。金髪に白い肌、スラッとした長身から連想されるのは、スラブ系の白色人種。


「ロシア人か………。」


「…………。」


その女性兵士は何も言わない。


「せめて、お前だけでも殺してやる!」


ズキューン!


引き金を引いた瞬間、38口径の弾丸が女性兵士を目掛けて飛んで行く。弾丸はドスンと鈍い音を立てて女性の頭部に命中した。


そして、ようやく女性は口を開く。


「無駄です。『マリオネチカ』の前には実弾など通用しません。」


「…………『マリオネチカ』?」


それは、初めて聞く名前であった。


正式名称『パワードスーツ』

ロシア軍の間では『マリオネチカ』の通称名で呼ばれる最新型機動兵器。




ズバッ!


次の瞬間、大隊長の首から上が斬り離されていた。



ビビッ!


『こちら カブラチュカ。敵軍の司令官を撃破しました。』


『こっちも終わった。こちらの被害状況ゼロ。』


ビビッ!


『敵軍の被害状況確認。生命反応無し。』


『了解。これにて作戦を終了する。』




この日、たった五人の兵士によって、イスラエル精鋭部隊は全滅し、80年間守り続けて来たゴラン高原の支配権を失う事となる。







【始動②】


西暦2057年 夏



東京都立武蔵学園


5年前、東京郊外に新設された武蔵学園は、東京では最も新しい高等学校。少子高齢化の波は首都東京にも押し寄せ、新たな高校が新設されたのは実に30年ぶりの出来事であった。


武蔵学園の謳い文句は『次期エリート養成学校』。将来の日本を背負う一流の人材を育てる学校。卒業生には国家の中枢を担う多くのポストが用意されている。


しかし、その真の目的は別の所にある。


来るべき戦争に備え、日本政府が膨大な資金を投入して創った特殊学校。特に国防を担う『防衛科』には、これまでに国家予算の半分にも相当する資金が投入されていた。




2年A組


れい!おはよう!」


爽やかな笑顔で教室に入って来たのは怜の同級生『高岡 咲(たかおか さき)』。数少ない女生徒の中でも怜とは気が合う親友である。


「怜!すごいわね。先日の『模擬戦』の結果、学年二位だって?」


スピード A

パワー A

反射速度 S

撃沈率 A

回避率 S

損傷率 A

シンクロ率 A

総合評価 A

学年順位 2/158


それがA組のエース、七瀬 怜(ななせ れい)の模擬戦の結果である。清楚な出で立ちに細身の身体。細長い綺麗な黒い髪は大和撫子を連想させる。瞳はやや大きめで女生徒の少ない武蔵学園では男子生徒の憧れの存在。

そんな怜が、学年トップレベルの成績を残しているのだから、外見では判断出来ないのが『防衛科』の特徴でもある。


しかし、怜は顔を曇らせたまま咲に告げる。


「『模擬戦』の結果なんてアテにならないわ。AIを相手の戦闘なんて実戦では役に立たない。『対人戦』で勝たないと意味は無いもの。それに……。」


怜は、そこで言葉を止めた。

先日の『模擬戦』で、一人同級生を失った。死亡した生徒の名は『神埼 ヒロト』。

成績は常にトップクラス。A組の中では怜に並んで学年上位を争っていた優等生であった。


そのヒロトが『模擬戦』の最中に命を落とした。学校側の説明では、シンクロ装置の故障が死因の原因とされた。


これは本当の戦闘ではない。

AIとの戦闘で生徒に命の危険が迫ると、パワードスーツ『通称マリオネット』のシンクロ装置が自動的に解除される仕組みとなっている。シンクロが解除された生徒はAIの標的から除外され、それ以上の攻撃を受ける事は無い。

『神埼 ヒロト』は、シンクロの解除に失敗しAI機の攻撃を受けて死亡したと言う。




しかし


怜が確認した時、神埼 ヒロトの『マリオネット』は解除されていた。すなわちヒロトは、シンクロを解除した後に殺された。


AIによる殺害ではない。


何者かによって殺されたのだ。


成績上位であったヒロトが殺される理由は一つ。成績下位の者の犯行だろう。

この学園では実力が全て。卒業時に少しでも成績を上げておきたい生徒がライバルである同級生を殺害したのだ。


(私の予想が正しければ、次に狙われるのは おそらく………。)





キーンコーンカーンコーン♪


その時、始業の鐘が校内に鳴り響いた。21世紀も半ばが過ぎて10年も経つと言うのに、実に代わり映えのしない鐘の音を聞いて怜は座席に着席する。


朝礼の挨拶は教室前方にあるモニターに担任の先生が映し出されてから行われるのが恒例である。


しかし、この日の様相は少し違っていた。


「やぁやぁ、生徒諸君。久し振りだね。」


担任の癖に久し振りとは変な言い回しだが、実際、担任の先生がモニター以外で生徒の前に顔を出したのは一週間ぶりであった。


ザワッ


そして、生徒達の注目は担任の後から教室に入って来た一人の男子生徒に集まる。初めて見る顔は学園の生徒ではない。


(転校生…………?)


防衛科に転校生とは珍しい。

なぜなら特殊な授業が多い防衛科では、初心者では授業には付いて行けない。怜達は入学当初から『マリオネット』を着用し多くの『模擬戦』を繰り返して来た。


今さら素人が『マリオネット』を扱っても在校生に勝てるはずが無い。すなわち、転校生として考えられるのは、武蔵学園の姉妹校である大和学園からの転入しか考えられない。

日本国内で『マリオネット』を扱う『防衛科』があるのは、この二校だけなのだから。


「おいおい、冗談じゃねぇぞ?年末には対抗戦があると言うのにライバル校から転校生だと?」


「こっちの戦力がバレちまうじゃねぇか。」


「あいつ、絶対、大和学園からのスパイだぜ?」


ザワザワ


「えー!ゴホン!静かに!彼は大和学園から来た訳では無い。一般校からの転校生だ。」


ザワッ


「では、正人まさと君。自己紹介をしてくれたまえ。」


彼は不思議な印象を受ける生徒であった。

真っ赤に染めた髪に、着崩した学生服。触れる者全てを切り裂きそうな鋭い目付きは、とても『エリート校』に入学するとは思えない風貌である。それでいて怜は正人から目が離せなかった。


(私は彼を知っている。どこかで会った事がある。どこで………。)






ザッ


ザッ


ザッ



「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


よく響く透き通った声色に反応し現れたのは、白と赤を基調とする二色の『パワードスーツ』。七瀬 怜(ななせ れい)の背中と両肩に装着された最新型の『マリオネット』が、怜の全身を包み込む。



ピピピピピッ!


『AI反応、30!』


(今日の敵は30機………。多い。)


ザザッ!


『怜!頼んだわよ。』


『咲……。気を付けて。新型が何台か混ざっているわ。』


ザザッ!


『敵は30機か、大丈夫か?新米は戦力にならない。』


ザザッ!


(正人君。いきなり実戦なんて、先生も何を考えているのかしら?)


『こちら、れい。右舷の敵は私が殺るわ。フォーメーションアルファで行きます。』


ザザッ!


『ラジャ!幸運を祈る。』





10年前、ゴラン高原で初めて実戦投入された『パワードスーツ』により世界の軍事力の均衡は大きく崩れた。


一般のレーダーには反応しない機動兵器『マリオネチカ』を手にしたロシア軍は、瞬く間に世界の戦場を支配し、その勢力を広げて行く。


対する西側諸国は英語名『マリオネット』に巨額の費用を投じて開発を急いだ。現在、開発に成功した国は五つ。


アメリカ合衆国

イギリス連邦

フランス共和国

ドイツ連邦共和国


そして


―――――――日本



「『マリオネット』の開発には成功した。しかし、実戦での投入には時間が掛かる。」


ある軍事関係者が内情を明かす。


『マリオネット』を扱うには普通の人間では無理なのだ。筋力や反射神経、武器を扱う技能も必要だがそれだけではない。


もっとも必要なのは『マリオネット』とシンクロする事。研究結果によりシンクロ率の高い人間は十代中盤から二十代後半まで。それ以上でもそれ以下でも『マリオネット』を扱う事は出来ない。兵士として活躍出来る期間は短い。故に我々は、なるべく若い兵士を早急に育てる必要がある。


「シンクロ率93%」


ギュイーン!


(怜………。すごい。)


高岡 咲は戦場を駆ける七瀬 怜の動きに吐息を漏らす。普段の怜からは想像も出来ない凄みがビンビンに感じられる。


戦場に映える白と赤の『機動兵器マリオネット


ピピッ!


「間も無くAI機と接触します。距離およそ900メートル。」



七瀬 怜―――――



―――――――戦闘を開始します








【躍動①】


東京都立武蔵学園


戦闘用バトルフィールド―――――


都立武蔵学園で行われる『模擬戦』のフィールドの広さは直径30キロメートル四方に及ぶ。実戦を想定して造られたフィールド戦場には様々な地形があり、山岳地帯や人工の沼地、高層ビル群までもが用意されていた。


『模擬戦』が開始されてから五分が経過した頃、高岡 咲は一機目の無人戦闘機と遭遇する。


フィールドに配置された無人戦闘機、いわゆる『AI機』とは、ホバークラフトによる高速移動を可能にした殺戮兵器の呼称である。


『マリオネット』を装着した生徒達6名の目的は、全ての『AI機』を撃破し無事生還する事だ。『防衛科』の生徒達は日夜『模擬戦』を繰り返す事により、成績の順位が決まり卒業後の配属が決まる。



ビビッ!


『前方距離1300メートル。』


高岡 咲は一番近くに接近するAI機に全神経を集中させる。


ドクン


高鳴る鼓動。


ズキューン!


「!」


ビシュッ!


放たれたレーザー光線が咲に届くまでの時間はおよそ2秒。頬を掠めた光線は後方の彼方へ飛んで行き、数秒後に霧散する。


『損傷率8%』


『咲!大丈夫か!』


後ろから声を掛けるのは同級生の進藤 守(しんどう まもる)。今回の『模擬戦』に参加している生徒の中では、七瀬 怜(ななせ れい)に次ぐ実力者。


『守君、大丈夫!かすり傷よ。』


『マリオネット』を装着した兵士達とAI機との戦闘には大きな特徴がある。それは敵を攻撃する武器の種類が光学兵器に限られている事だ。




10年前の北アフリカ戦線―――――


『マリオネチカ』を装着したロシア軍に対し、NATO軍の爆撃機が大量の爆弾を投下した事があった。雨あられと降り注ぐ爆弾はロシア軍の兵士を直撃し戦況はNATO軍有利に進むかと思われた。


ビビッ!


「何だ……?」


バシュッ!


「動いている?そんな馬鹿な……。」


しかし、ロシア軍の進撃は止まらない。

従来の兵器である爆弾やミサイル兵器は『マリオネチカ』には通じない。『マリオネチカ』の装甲には実弾を完全に遮断する機能が標準装備されていたのだ。


「うわぁ!来るぞ!」


「この化け物どもが!」


バシュッ!


ズバッ!


ドドドッカーンッ!!


『マリオネチカ』を破壊する為には光学兵器による攻撃しかない。すなわちレーザー光線か光学剣による攻撃。


当時のNATO軍に、光学兵器などあるはずもなく、NATO軍北アフリカ前線基地はロシア軍機動兵器『マリオネチカ』の前に全滅した。




―――――あれから10年


ロシア軍の『マリオネチカ』を模倣した『マリオネット』にも同様の事が言える。AI機が搭載している武器はレーザー光線や光学剣ソードなどの光学兵器。


ビビッ!


(来た!)


レーザー光線を放ったAI機が高スピードで接近して来るのが見えた。

膨大なエネルギーを消費するレーザー光線は一度発射されると充電に時間が掛かる。光線による攻撃を外したAIが取る行動は大きく2つ。次の光線の充電が貯まるまで時間を稼ぐか、接近して光学剣で攻撃を仕掛けるか。


今回の行動は後者。

咲は冷静に周りのAI機の位置を確認した。


(近距離に映るAI機は二機……。)


『守君!右の敵はお願い!私は左の敵を撃つわ!』


『ラジャ!』


バッ!


シュバッ!


咲と守の二人は、前方から接近するAI機を無視して左右に別れた。なぜなら、このパターンは何度も経験している。


突入して来るAI機は囮に過ぎない。前方の敵と近距離戦闘を開始した直後に左右のAI機からレーザー光線を撃たれるのは目に見えている。

先に潰すべきは、まだレーザー光線が生きている左右のAI機なのだ。


シュバッ!


咲は最速のスピードで左手に見えるAI機に突撃を開始する。


ビビッ!


『距離800メートル。』


咲の操る『マリオネット』はスピード重視型。

攻撃力は劣るが最速スピードと小回りの効く敏捷性が人気の『パワードスーツ』である。


そして、ここからが勝負どころ。

左手に展開していたAI機がレーザー光線の照準を咲に合わせた。


ビビッ!


この一撃さえかわせば、AI機に接近出来る。


ズキューン!


バッ!


(良し!!)


超高速で走りながらも、AI機の光線をかわした咲は、光学剣ソードを前方に構え突撃を続ける。


レーザー光線に連射は無い。


『勝負!』


ここから先は光学剣ソード同士の戦闘。

近距離戦闘で一番厄介なのは人型タイプのAI機だ。二本の腕と二本の足を持つAI機は小回りが効く上に臨機応変の戦闘を可能にする。

対して目の前にいるAI機は下半身が円盤状の半人型タイプの『半円型AI機』。円盤から伸びる砲台が近距離戦闘では邪魔になる。


『もらったぁ!』


真正面から攻撃を仕掛ける咲。

AI機との距離は100メートルを切り、今から咲の攻撃をかわすのは不可能。


ビビッ!


ズキューンッ!!


『!!』


しかし……


ドガッ!!


『くはぁ!』


それは全くの予想外の攻撃であった。

数秒前にレーザー光線を発射したはずの砲台から二発目の光線が放たれたのだ。


(そんな……!)


現代の技術では、膨大なエネルギーを要するレーザー光線を、体積の少ないAI機が連射する事は不可能。

それは『マリオネット』にも言える事で、一度撃つとしばらく使えないレーザー光線を主力として装備する兵士はいない。ゆえに『マリオネット』を操る兵士達は光学剣ソード光学槍ランスを武器として戦う。


ガクンッ!


『しまった!』


バシュッ!


態勢の崩れた咲に、AI機の光学剣ソードが振り下ろされる。


バチバチバチッ!


『損傷率72%』


戦闘継続不可能。シンクロ解除。


ブンッ!


ドサッ!


『マリオネット』とのシンクロが解除された咲が戦場に投げ出された。


ビビッ!


これにて高岡 咲の『模擬戦』は終了となる。

シンクロが解除された人間をAI機が襲う事は無い。


(そっか……。怜が言ってた新型って言うのが今のAI機だったのね。油断したわ。)


『マリオネット』と同じく『AI機』も日々進化している。レーザー光線の連射が何発まで撃てるのかは不明だが、これからの『模擬戦』での対策を練り直さなければならない。


「あ~あ。」


戦場に残された咲が愚痴を溢す。


「一機も破壊出来ずに終了なんて、せっかくランクが上がったのに、またCランクに逆戻りだわ。」


次なる敵を求めて、遠ざかる新型のAI機に向かい『べぇ』と舌を出す高岡 咲(たかおか さき)なのであった。






【躍動②】


バチバチバチバチッ!


『うりゃ!』


ズバッ!


ドッガーン!!


パラパラパラ………。


ビビッ!


『損傷率23%』


(二機を相手に23%か………ま、こんなものか。)


『ふぅ』と深呼吸をした進藤 守(しんどう まもる)が、現在の戦況を確認する。


『……む?』


(咲が殺られた?)


ビビッ!


『……!』


ズキューン!


ブワッ!


間一髪、レーザー光線をかわした進藤は、砲撃のあった方へと走り出す。


(敵は一機、半円型か………。)


おそらく咲を倒したAIが、近場にいた俺を狙って来たのだろう。


『距離700メートル。』


初撃を外した段階で勝負は決まった。一対一の近距離戦闘で、半円型が進藤に勝てる訳が無い。


しかし


(咲の『マリオネット』はスピードタイプ。半円型一機に咲は殺られたのか?)


ビビッ!


『ガードフレイム!』


ズキューン!


『!!』


ドガッ!!


進藤 守(しんどう まもる)が、対光線用防御フィールドを展開すると同時に、二発目のレーザー光線が放たれた。


(やはり!こいつは最近投入された新型か!)


対光線用防御フィールド―――――


複数種類ある『マリオネット』の中でも耐久型と言われるタイプにのみ装備されている防御兵器。敏捷性を犠牲にする代わりに、遠距離からのレーザー光線の直撃を防ぐ事が出来る。


『損傷率28%』


ダメージは大きく無い。


『うりゃあぁぁ!』


バシュッ!


そのままの勢いで、進藤は新型AI機に巨大な槍を突き刺した。光学剣ソードと並び多くの生徒が愛用する光学槍ランス


バチバチバチッ!


ドッガーン!!


その破壊力は光学剣ソードをも上回る。

進藤 守の戦闘スタイルは、防御フィールドを展開しながら敵に近付き、ランスの一撃で破壊する攻防一体型。


先に倒した二機のAI機に続き 三機目のAI機を倒した進藤が、もう一度戦況を確認する。


ビビッ!


(ふぅ………。近くに敵はいない。)


味方で生き残っているのは………。


(な!三人だけ?)


開始から10分程度で、咲に続き二人の生徒がAI機に破壊された。残っているのは、七瀬 怜(ななせ れい)、そして転校生の東海林 正人(しょうじ まさと)。


(素人の転校生が残っているのは意外だが、今回の『模擬戦』はハードルが高過ぎる。)


通常『模擬戦』に参加する生徒は六人。これは実際の戦争を想定したものだ。

『マリオネット』の機動力を活かしながら、最大限に効果を発揮する人数は五人から六人と言われており、防衛軍での配属も5人一組が通例となっている。


それに対しAI機が30機と言うのは如何にも数が多い。入学当初から何百回と『模擬戦』を経験した進藤であるが、20機を越えるAI機と戦闘をするのは今回が初めてだ。


(これでは、フォーメーションどころではないな。)


ビビッ!


それから進藤はAI機の数を確認した。

現在までに破壊されていないAI機は22機。

3機は進藤が倒したが、他に5機のAI機が破壊された計算だ。


そして進藤はAI機の異変に気付く。

生き残っているAI機が一人の生徒に集中しているのだ。AI機が集まる先にいるのはA組のエース『七瀬 怜』。


(そんな無茶な!いかに怜とは言え22機の『AI機』に囲まれたら一溜りも無い。)



ズサッ!


学校側は何を考えているのか。


クリア不可能の『模擬戦』の目的は、おそらく七瀬。これは七瀬 怜を潰す為の『模擬戦』だ。


(急げ!例え俺一人でも居ないよりはマシだろう。少しでも敵の注意を反らし七瀬の負担を軽くしなければならない!)


耐久型『マリオネット』を操る進藤 守が、七瀬のいるフィールド北部へと駆け付ける。



ザッ!


ブンッ!


ビビッ!


『七瀬!』


予想通り、七瀬は22機のAI機に囲まれていた。AI機の種類は様々であり、人型から半円型、昆虫型に見た事の無いタイプまである。


(おいおい、こりゃ無理だ………。)


改めて実物を見ると、状況の悪さが直に伝わって来る。進藤がどんなに頭の中でシミュレートをしても勝てる見込みは無い。


フィールドの地形は砂漠。

見通しの良い砂漠地帯では物陰に隠れる事も出来ない。



『七瀬………。』


『守君!?』


『どうするんだ?いくらお前でも………。』


『それ以上近寄ったら危険よ。それ以上は近寄らないで!』


『!?』


何を馬鹿な事を……。


七瀬はたった一人で戦う気か?


いや、その前に……


(七瀬 怜は、諦めて………無い?)


ビビッ!



純白の『マリオネット』を装着した七瀬は、光学剣ソードの中でも最も軽い『フルーレ』と呼ばれる剣を使う。フェンシングさながらの『フルーレ』は、細長くリーチはあるが攻撃力が弱い。


相当な技術を持って『AI』の急所に当てなければ大ダメージを与える事は出来ない。

言うなれば軽いだけが取り柄の剣。400名を越える武蔵学園の生徒の中でも『フルーレ』を扱う生徒は七瀬のみ。



ザッ!


『!』


ズキューン!


ズキューン!


最初に動いたのはAI機の方であった。

二機の半円型のAI機が同時にレーザー光線を発射する。


すっ―――――


その攻撃を七瀬は最小限の動きでかわして見せた。直後、三体の『昆虫型AI機』が一斉に飛び掛かる。


バッ!


バッ!


シュバッ!


三方向からの同時攻撃。

しかし、七瀬の反撃の態勢は既に整っている。

最初のレーザー光線を最小限の動きでかわした七瀬だから出来る芸当。


ズサッ!


ズボッ!


ビキビキビキッ!


細長い『フルーレ』の先端が、正確に『昆虫型』の急所を貫いて行く。しかし、三体目の『AI機』は、七瀬の動きよりも早く細長い腕を突き出した。


ビュッ!


『!』


当然だ。


いくら、七瀬の『マリオネット』の動きが早くても、三体同時攻撃よりも素早く動けるはずが無い。


ビビッ!


ガキィーン!


(な!……防いだ!?)


ヒュン!


ズバッ!!


バチバチバチッ!


ドッガーン!!


『!』


七瀬 怜は、右手に持つ光学剣『フルーレ』を二体目の『昆虫型AI機』に突き刺したまま、もう片方の腕で三体目のAI機を撃破した。


(そんなバカな!いったいどうやって!?)


驚く進藤の瞳に映るのは、深紅に輝く二本目の光学剣ソード。左右両手に『フルーレ』を構えた七瀬が、休む間なく次なるAI機に向けて走り出す。


二刀流―――――


進藤 守が七瀬 怜と同じチームを組んだのは今回が初めてではない。今まで七瀬が二本の光学剣ソードを持って戦闘するのを見た事が無い。


まさか………。


いや、考えられる答えは1つ。


『七瀬………お前。今まで本気でなかったのか?』



今回の『模擬戦』は最初から出鱈目だった。

通常の二倍近い『AI機』に『模擬戦』初参加の転校生までいる。

クリア不可能と思われるオペレーションに、戦闘開始後すぐに三人の生徒がリタイアした。


しかしだ。


学校側からしたら、これも計算通り。

進藤を含む五人の生徒など最初から眼中に無い。30機のAI機を配置したのは無謀でも何でもなく、七瀬 怜を止めるには、それくらいのAI機が必要だと判断したのだ。



バシュッ!


ドッガーン!!


ビビッ!


『シンクロ率100%』



(これが、二年A組のエース。七瀬 怜の本当の実力なのか………。)



進藤 守は、目の前で躍動する『純白のマリオネット』を茫然と眺めていた。







【宣戦布告①】


日本政府が国家予算の半分に相当する費用を注ぎ込んだ武蔵学園には、全国から選ばれた多くの生徒が在籍している。


中でも『防衛科』には誰もが入学出来る訳ではない。『防衛科』の目的は最新型機動兵器『マリオネット』の操縦者を育成する事。


世界の戦場で活躍するロシア軍の『マリオネチカ』に対抗する為には、西側諸国は早急に『マリオネット』の実戦投入を実現しなければならない。


そこで日本政府は、全国の若者に適正検査を施し、認められた者のみを武蔵学園『防衛科』に入学させた。


すなわち、『防衛科』の生徒達はエリート中のエリート。卒業後に上位成績者が配属される地位は高級官僚よりも高く、膨大な報酬を受け取る事が出来る。




戦争さえ無ければ


夢のような人生が保証されるのである。









東京都立武蔵学園



その日『防衛科』では、1つの話題で持ち切りになる。


スピード S

パワー A

反射速度 S

撃沈率 S

回避率 S

損傷率 A

シンクロ率 S

総合評価 S

学年順位 1/159


AI機、総撃破数 26機


2年A組 七瀬 怜



「おい、聞いたか?」


「A組の七瀬だろ?」


「撃破数26機って何だよ?有り得んだろ?」


「2年のこの時期で総合評価Sだってよ。初めて聞いたぜ。」


「さすが俺の怜ちゃん!素敵すぎる!」


「ふざけんな、七瀬様に失礼だろ。」



2年A組の教室の前には山のような人だかりが出来ており、中には『防衛科』以外の生徒の姿まで見える。


「はぁ……、何で成績を張り出すのよ。」


盛り上がる周りの生徒達とは対照的に、七瀬 怜は朝から気分が悪い。


「なに言ってんのよ。私なんか昨日の『模擬戦』の結果 校内ランキングが20も下がったのよ。怜、あんたのせいだかんね。」


「何で私のせいなのよ。」


刺々しい高岡 咲の口撃に反論しつつ、怜は机にうつ伏せとなった。


(身体が重い………。昨日の『模擬戦』の疲れ………?)


入学以来、幾度も経験した『模擬戦』でここまで疲れが残るのは初めての事であった。身体中が悲鳴をあげているのが分かる。


(もしかしたら、シンクロ率が影響してるのかな……。)


機動兵器『マリオネット』を装着している限り、敵の攻撃は生徒には影響しない。『マリオネット』の耐久値は『損傷率』として計算され生徒に危害を及ぼす前に『マリオネット』とのシンクロは自動解除される。


もちろん本当の戦場では、シンクロが解除された後に攻撃される事もあるだろうが、ここは戦場ではなく学校である。AI機には生身の生徒を攻撃しない様なプログラムが組み込まれているのだ。


カツカツカツ


「?」


ザワザワ


すると、A組の教室に一人の女のコが入って来て怜の机の前で立ち止まった。


(……ん?)


見たところ高校生には見えない。それどころか日本人にも見えない女のコ。

腰まである長い金髪を携えた少女が七瀬 怜の顔をジロリと覗き込んだ。


「フーン………。」


「ちょっと!あなた、ここは高校よ?どこから入って来たの?」


七瀬に代わって少女に声を掛けたのは高岡 咲。

『防衛科』には日本の最先端技術が投入されており、軍事機密も多く存在する。そんな学校に子供とは言え外国人の侵入を許すとはセキュリティーはどうなっているのか?


「失礼ね!ワタシはこの学校の生徒です!」


「へ?」


すっとんきょうな声を上げる咲。どう見ても小学生くらいにしか見えない外人の女のコが生徒??


「あ!いたいた。エリー!こんな所で何してるのよ!」


すると、女のコの後を追って一人の女生徒が教室に入って来た。


「先輩方、どうもすみません。このコ1年B組の生徒なんです。さ、行くわよエリー。」


「チヨット!まだ話が……。チョットってば!」


金髪の女のコは、強引に腕を引っ張られ教室から引きずり出された。


「怜…………誰、あのコ?」


「さぁ………?私にもさっぱり……。」


とにかく、怜が所属する2年A組には多くの生徒が押し寄せ慌ただしい1日が過ぎて行く。


キーンコーン


カーンコーン


そして放課後、『防衛科』の生徒達にとって、もう1つ重大なニュースが飛び込んで来た。


「全学年を対象とした『クラス対抗戦』?」


「学年別……ではなく?」


「どゆこと?」


都立武蔵学園の歴史は浅い。

七瀬 怜が所属する二学年は、学園が創設されてからまだ四期生。昨年までの3年間は10月を迎えた頃に学年別のクラス対抗戦が開催されていた。対抗戦が始まってから今年で4年目。今回の大会から初めて全学年を対象とした合同の対抗戦を行うと言うのだ。


しかし、それは、あまりにハンデが大き過ぎる。特殊な『パワードスーツ』とシンクロして戦う『防衛科』の生徒達にとって1年間の差は大きい。1年生など、ようやく『マリオネット』とのシンクロに慣れて来た段階である。


「あ~あ。怜のせいだかんね。」


またしても咲が怜に愚痴を溢す。


「だから、何で私のせいなのよ!」


思わず反論する怜。全学年を対象にした『対抗戦』は学校側が勝手に決めたこと。怜とは全く関係ない。


「怜……それ本気で言ってんの?」


「……え?」


「決まってるじゃない。学校が何で今年からルールを変更したのか。2年生に怜がいるからよ。」


「え?……えー!」


「もう、戦闘以外では頭が回らないんだから。昨年までは3年生に勝てる2年生なんて居なかったでしょ?優勝は3年で決まり。一緒にやる意味が無いのよ。」


しかし


高岡 咲は人差し指を立てて怜に言う。


「今年は違う。2年A組には怜がいる。これは怜の為のルール変更みたいなもんよ。」


『模擬戦』で26機のAI機を撃破したのは武蔵学園始まって以来の快挙。その怜を倒さずして3年生が優勝しても本当の優勝じゃない。


「つまり、そゆこと。」


教室前のモニターには、冴えない担任の顔が映し出されている。来月から始まる『クラス対抗戦』の説明を繰り返している所を見ると、これはライブではなく録画だろう。そして映し出された録画の先生は最後にこんな事を言っていた。


『え~。これから1ヶ月間の皆さんの成績で、我がクラスの代表選手6人を決定します。良いですか。今までの成績はカウントしません。これから1ヶ月、代表目指して頑張って下さいね。』


高岡 咲は両の拳を握り高々と宣言する。


「よっしゃあ!見てなさい怜!私も成績を上げて代表選手に選ばれるからね!一緒に頑張ろうー!」


何気に楽しそうな咲であった。






【宣戦布告②】


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


戦場に降り立ったのは6体の黒い『マリオネット』。


『敵AI、23機確認。』


『23機?多いな、仕様が変わったか?』


『さぁ?2年の『模擬戦』では30機のAIが出現したらしいわね。』


『七瀬か、一度、手合わせしたいものだ。』


『あら?あなたに狙われるなんて七瀬ってコも災難ね。歴代『Sランク』記録ホルダーの紫電しでんさん。』


『綾、茶化すのは止めろ。』


ビビッ!


二人の黒い『マリオネット』に近付くのは、部隊リーダーの金剛 仁(こんごう じん)。


『紫電、綾、戦闘は始まっている。無駄な会話は止めろ。』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


『新型もいるはずだ。レーザー光線の連射を警戒。右上の市街戦に持ち込む。』


『仁、作戦は?』


『そうだな。スピードタイプのお前と綾が先行。他のメンバーは俺に付いて来い!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


シュバッ!


ザッ!


6体の黒い『マリオネット』を操るのは、3年A組の生徒達。このメンバーで固定されてから既に半年。洗練された連携もさる事ながら、個々の実力も学年トップクラス。


ビビッ!


『綾!見えるか!前方に二機発見。『昆虫型』だ。』


『他の敵とは距離があるわね。どうする?リーダーを待たずに仕留める?』


『当然だ。俺は左舷の敵を警戒。『昆虫型』はお前に任せる。』


『さすが記録ホルダーさんは余裕ね。では、遠慮なく『昆虫型』二体は私が頂くわ。』


シュバッ!


黒い『マリオネット』に浮かぶ黄色のナンバリングの数字は『3』。スピードタイプの『マリオネット』を操る綾は、敵AI機との距離を一気に縮める。


ビビッ!


『距離200メートル』


高層ビルディングの死角から現れた綾の『マリオネット』に『昆虫型』は慌てて迎撃態勢に入る。


『遅いわよ!』


バシュッ!


ズバッ!


バチバチバチ!


『はい、とどめね!』


ズバッ!


ドッカーン!


ドッカーン!


黒く塗装された光学剣ソードが、二体の『AI機』を同時に破壊した。


3年A組 東堂 綾(とうどう あや)。

『模擬戦』Sランク記録回数7回。

学年ランキング8位。



ビビッ!


(そろそろ集まって来たか………。)


残るAI機が右舷の戦闘に反応し接近して来る。

市街戦で警戒すべきは人型タイプ。


紫電はレーダーに映るAI機の中から人型の敵を探す。『マリオネット』を装着した兵士の前にはAI機の場所を特定した画像が投影されるのだが、機体の種別までは分からない。よって兵士達は目視で敵を判別しなければならない。


『確認出来る『人型』は一機、少ないな。』


(こりゃ市街戦に持ち込んだリーダーの作戦が的中だ。取り敢えず一機だけでも倒しておくか……。)


シュバッ!


スピードタイプの『マリオネット』を操る紫電の瞬間スピードは校内随一。人型AI機が反応した時には、紫電は既に敵の目の前で光学剣ソードを振り上げていた。


バシュッ!


ズバッ!


ズサッ!


バチバチバチバチッ!


ドッカーン!


紫電のナンバリングは『2』


3年A組 紫電 隼人(しでん はやと)。

『模擬戦』Sランク記録回数23回。

学年ランキング2位。



ビビッ!


『敵AI、3機沈黙!』


『紫電と綾か、仕事が早いな………。』


残るAI機の数は20。

市街地を囲む様に展開している敵の目的は先行した二機の『マリオネット』。予想通りの展開に金剛 仁(こんごう じん)はニヤリと笑う。


『良し!敵AI機が市街地に突入した10秒後に俺達も攻撃を開始する!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』



『3……2……1……。』


『ゼロ!突撃開始!!』


シュバッ!


シュバッ!


金剛を先頭に四体の『マリオネット』が動き出す。市街戦では遠距離からのレーザー光線は遮蔽物が邪魔をする。基本、遠距離攻撃の武器を持たない『マリオネット』にとっては近距離戦闘に集中出来るメリットがある。


ビビッ!


ズキューン!


ズキューン!


ブシャッ!


ドガッ!


慌てたAIが苦し紛れにレーザー光線を放つが、建物を上手く利用した『マリオネット』の兵士達に当たる事は無い。


『目視出来る敵は二体!数の優位を利用して一気に潰す!』


『ラジャ!』


ビュン!


バシュッ!


四対二の近距離戦闘ではAI機に勝ち目は無い。

建物に隠れながら移動し、局地的な数的優位を作りながら戦闘を繰り返すのが、金剛の立てた作戦。


ドッカーン!


ドッカーン!


作戦は見事に成功し、次々と敵機を発見しては容易に破壊して行く『マリオネット』。


23機いた『AI機』も残すところ、わずか1機。

六人の生徒達は一人も殺られる事なく最後の1機を取り囲む。


『リーダー、今回も楽勝だったな。』


『最後の1機はリーダーに任せるわ。今回は作戦勝ちみたいなものだもの。』


金剛 仁はメンバーの視線が集まる中、AI機に近付いて行く。


『距離150メートル。』


振り上げられた光学剣ソードは、金剛専用の巨大な『クレイモア』。


ズキューン!


『ふん!』


シュバッ!!


近距離から放たれたレーザー光線を、金剛はその巨大な『クレイモア』で弾き返す。

『クレイモア』の重さは、全ての武器の中でも最重量。一般の生徒なら持ち歩く事も難しい。

そもそも武器で敵のレーザー光線を弾き返すなどと言う芸当は『クレイモア』以外の武器では不可能。


3年A組 金剛 仁(こんごう じん)。

『模擬戦』Sランク記録回数16回。

学年ランキング3位。


唯一無二の存在。

それが3年A組、NO『1』のナンバリングを刻む金剛 仁(こんごう じん)その人である。


バシュッ!


ドッカーン!!


『敵AI機、全機破壊完了!』


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『クラス対抗戦』優勝候補筆頭

3年A組、6人の黒い『マリオネット』が、悠然と戦場を後にする。







【宣戦布告③】


2057年 10月


東京都立武蔵学園『防衛科』の食堂の一角に、大勢の人が集まっていた。


「さぁさぁ、もう時期 始まる『対抗戦』!本命、対抗、大穴狙い!買うなら今が狙い目だよ!」


「Why?なにあれ?」


通りすがりの1年生エリーは、食堂の壁に張り出された大きな紙を見て首を傾げる。


「あぁ、エリー。あれはオッズよ。」


「オッズ?」


「ほら競馬って分かる?それと一緒。今回の『クラス対抗戦』の優勝を当てるゲームね。」


「オー!イエス!」


同級生の説明を聞いて興味津々にオッズを確かめるエリー。



一番人気

3年A組 オッズ2.4倍

金剛、紫電、東堂、三人のトップランカーを要する実力者集団。チーム総合力は断トツのNO1。優勝に最も近い最強軍団。



二番人気

3年C組 オッズ3.2倍

何と言っても、現在の3学年個人総合ランキング1位の神坂 義経が在籍するのが強み。神坂を倒さなければ他のチームの優勝は無い。



三番人気

3年E組 オッズ8.8倍

上位ランカー遠藤 剣を筆頭に底力は申し分無い。しかし上位2強と比べると決定力に欠ける。3番手争いか。




四番人気

2年A組 オッズ9.5倍

2学年では最上位。3学年の壁を打ち破る事は難しいか。『模擬戦』にて26機の『AI機』を撃破した記録保持者、七瀬 怜に期待。



………



十一番人気

1年B組 オッズ110倍

学年ランキング上位の上杉を中心に手堅い戦闘を心掛けたい。一年生同士の戦闘でまずは1勝を目指す。



「…………。」


ふるふる


「ノー!!何ですか、これは!!」


「エ、エリー?どうしたの?」


「ワタシがいながら、この人気はオカシイわ!110倍って何なのよー!」


小さな身体を震わせエリーが怒りを爆発させた。


「ちょっと、エリー。私達は1年生だから、こんなもんよ。ほら、他の1年生も全部110倍、同じ倍率なの。」


「ふー、ふー。」


「ほら、落ち着いてね。みんな見てるんだから。」


食事をしていた生徒達が、エリーの声に驚き一斉に振り向いた。2年A組の怜と咲もその中にいた。


「また、あの外人よ。この学校の生徒と言うのは本当だったのね。」


「う~ん。お人形さんみたいで、可愛いじゃない。どこの国から来たのかな。」


「きっと日本の技術を盗みに来たんだわ。怜も気を付けなきゃダメよ。」


「はいはい。」


いつになく活気溢れる食堂で、昼食を食べ終わった怜と咲が席を立とうとした、その時。


ザワッ


入口から3年生の6人組が現れた。

『クラス対抗戦』の本命中の本命、3年A組の、おそらく代表に選ばれる6人。

その中の一人、紫電 隼人(しでん はやと)がキョロキョロと周りを見渡すと、七瀬 怜と視線が合った。


(あ………嫌な予感。)


怜は咄嗟に顔を伏せるが、時既に遅し。

隼人はツカツカと怜の座るテーブルに歩み寄る。


「ちょっと怜。3年の紫電さんよ。Sランク最多記録保持者の……。」


「知ってるわ……。何でこっち来るのよ。」


「そんなの決まってるじゃない。」


なぜか楽しそうな咲。


周りの生徒はハラハラしながら二人の動向に注目する。


「よぉ。お前が2年の七瀬だろ?」


いきなりの呼び捨てに、敵対的なムードに身構える怜。


「聞いたぜ?『模擬戦』でAIを26機も撃破したなんて、大したもんだ。」


「………ありがと。」


「しかし、30機中、26機ってのはおかしくねぇか?」


「………えっと?」


「分からねぇか?俺達の戦闘はチーム戦だ。よほど個人プレーに走らなきゃそんな芸当は出来ない。」


隼人の鋭い眼光が七瀬 怜を直撃する。


「つまり、これが本当の戦場なら、俺はお前とは組みたく無いって事だ。」


「!」


「自己中心的な戦闘をする奴に命を預ける事は出来ない。『対抗戦』では、俺達が本当の戦いを教えてやる。」


「………。」


「ちょっと、いくら先輩だからって、そんな言い方!」


「咲!いいのよ……。」


「…………怜。」



ザワザワ


「おい!紫電!何をしている。」


向こうのテーブルから声を掛けるのは金剛 仁。


「あぁ、分かった。今行く。」


隼人はそう応えると、最後に七瀬 怜の顔を見て、もう一度、宣言する。


「俺達に当たるまで負けるなよ。お前は俺が倒す。紫電 隼人だ、覚えておけ。」


ザワッ


『模擬戦』Sランク獲得回数第一位。


――――紫電 隼人―――


優勝候補筆頭からの突然の宣戦布告。


これから、怜が戦う相手はAIでは無い。


本当の戦場が、そこにはある。


ザワザワ


余韻が覚めやまぬ食堂で、二人のやり取りを眺めていた生徒がいた。


3年E組 遠藤 剣(えんどう けん)。


遠藤はコップの水を飲み干してから、ゆっくりと席を立つ。


(紫電 隼人に七瀬 怜………。)


共に今話題の記録ホルダー。男女の違いはあれど、校内での人気も抜群の二人。


「本当の戦いか…………。」


遠藤は楽しそうに鼻を鳴らす。


(二人とも、分かってねぇな……。)


遠藤にとって『模擬戦』での記録など興味は無い。『マリオネット』での戦闘は『対人戦』でこそ真価を発揮する。


(何が2強だ。A組もC組も、まとめて俺が倒す。)


この俺の『マリオネット』――――



――――シルバー・ドラグーンがな









【殺人者①】


ビビッ!


『距離1000メートル』


残るAI機は4機


(少し遠い………。)


味方で残っているのは自分(高岡 咲)と転校生の東海林 正人(しょうじ まさと)の二人。


(あちゃあ、ちょっと欲張り過ぎたかな。)


3日後に迫った『クラス対抗戦』までの『模擬戦』は今日が最後。今回のオペレーションの結果で代表6人が選ばれる。


昨日までの成績では、トップの七瀬 怜(ななせ れい)と2番手の進藤 守(しんどう まもる)が代表に選ばれるのは当確だろう。

学年ランキングでも怜は1位を維持した状態であり、守は3位にまで上がって来た。


あの1戦以来、進藤 守の成長は著しい。


それに比べ……。


高岡 咲の成績は安定しない。

昨日までに7回行われた『模擬戦』の結果は、Aが1回、Bが3回、Cが2回にDが1回。

クラスの中での成績は6~7番手といった所か。


上位二人を除けば、代表には誰が選ばれてもおかしくない混戦模様。今日の『模擬戦』の結果次第で咲の当落が確定する。


(何としてもA評価を貰わねば……。)


その意気込みが仇となった。

共に出撃した生徒5人は、咲よりもランキングが低いメンバーばかり。咲は敢えて実力の低いメンバーに声を掛けた。


すなわち、自分の成績を上げる為の策略。


誰よりもAI機を撃破してオペレーションをクリアする。そうすればA評価を貰えるはずだと。


問題はクリア出来るかどうか。


(………。)


選んだ仲間が弱すぎたのか、咲が個人プレーに走り過ぎたのか、6機のAI機を倒すまでに4人の生徒が倒された。


咲は先日の食堂で、紫電先輩が言っていた言葉を思い出す。


『自己中心的な戦闘をする奴に命を預ける事は出来ない。『対抗戦』では、俺達が本当の戦いを教えてやる。』


大切なのはチームプレイ――――


(…………紫電先輩の言ってること、正しいじゃん!?)


『模擬戦』の目的は、あくまで全てのAI機を倒す事にある。クリア出来なかった時点でゲームオーバー。総合評価はC以下確定。下手をすればD評価も有り得る。すなわち、残る4機のAI機を倒さなければ、咲の代表落ち確定。


(こりゃ参ったわ。私一人で4機を相手にするのはキツイなぁ………。)


敵AI機は前方に固まっていて、接近したところを、4機で挟み撃ちの作戦。

見え見えの作戦ではあるが、AIのくせに、やることがえげつない。


『ま、当たって砕けますか……。』


半分諦めムードの咲が、足を一歩前へ踏み出した時。


ザザッ!


『!?』


咲を通り越して一体の『マリオネット』が突撃を開始する。


『転校生!?』


それは、転校生の東海林 正人であった。


(そう言えば、転校生がまだ居たんだった。)


東海林は、少し変わった戦闘をする。いや、彼は戦闘に参加しないのだ。


今や語り草となった七瀬 怜の『AI26機撃破オペレーション』。実はその時の戦闘でも東海林は生き残っている。


敵を倒す事もしなければ、倒される事も無い。


東海林が参加した『模擬戦』は全部で8回あるが、東海林 正人は全ての戦闘で生き残っている。それどころか、AI機を一機も倒していないし、一度も攻撃を受けた事が無い。


AI撃破数ゼロ


損傷率ゼロ%


東海林は逃げ回るだけの臆病者。

戦場に存在しない『マリオネット』。

それが、この1ヶ月での東海林 正人の評価である。


(その正人君が、自ら戦闘を仕掛けた?)


その時、高岡 咲の脳裏に一つの疑念が生じる。


8回の戦闘に於いて、ただ逃げ回る事が誰にでも出来る事なのか?

生徒達がAI機の種類をレーダー上で判別出来ないように、AI機も生徒の別を見分ける事は出来ない。東海林 正人のみ、AI機が攻撃を避ける事は考えられない。


それなのに、損傷率がゼロとは どう言う事なのか?


ビュンッ!


(速い………!)


少し変わった形の『マリオネット』を操る東海林は信じられない速度で駆けて見せた。

身体能力の為せる技か、それともシンクロ率が異常に高いのか。


とにかく、目の前で駆ける東海林 正人の『マリオネット』は臆病者のそれではない。


(信じられない………。)


ズキューン!


ズキューン!


ズキューン!


『!』


接近する東海林の『マリオネット』に向けて、3発のレーザー光線が放たれる。AI機としては当然の反応である。


それを


シュシュッ!


『!!』


東海林は速度を落とさぬまま、最小限の動きでかわして見せた。そんな芸当が出来るのは、二年生では七瀬 怜を除いて他には居ない。


(な!何なのあの転校生……!)


AI機との距離は既に200メートルを切っている。


ブンッ!


東海林の『マリオネット』が光学剣ソードを構え、敵AI機に狙いを定めた。


敵は4機――――


1体の敵を狙えば他の3体に襲われる。上位ランカーでも1対4の戦闘は困難を要する。


(どうする!?)


咲が遠くから戦闘の様子を伺っていると、東海林は、光学剣ソードを勢いのまま投げつけた。


ビュン!


(は?)


ズボッ!!


バチバチバチッ!


ドッカーン!


何と言うデタラメな。

たった一つしか無い武器を手放すなど考えられない。上手く1機は仕留めたものの、残る3機のAI機が東海林目掛けて接近する。


(当たり前よ。素手でどうやって倒すと言うの!)


グワンッ!


『!』


次の瞬間、東海林の『マリオネット』が接近する一体のAIの後頭部を殴り付ける。


ボカッ!!


(な!殴った!?)


ビュッ!


グルン!


ガキィーン!


バチバチバチッ!


更に、殴られて動作が遅くなったAI機に回り込み、他の二体の攻撃を防いだ東海林は、無理やり敵の光学剣ソードを奪い取った。


『それゃっ!』


バシュッ!


ズバッ!


バキィーン!!


そこからは一方的な展開となる。

3機いたAI機は、東海林が振り回す光学剣ソードを防御する事も出来ず、ズタズタに斬り裂かれて行く。


これは『マリオネット』の戦闘ではない。

まるで生身の人間が、喧嘩をしている様な感覚。


ここまで自在に『マリオネット』を使いこなすとは、どんなシンクロ率なのか想像も付かない。


バチバチバチバチッ!


ドッカーン!


ドッカーン!


ドッカーン!


立て続けに3機のAI機を破壊した東海林 正人を茫然と見つめる咲。


(…………。)




そして、真っ赤に染められた前髪の向こうに見えた東海林 正人の顔は………。



ゴクリ



『敵AI機、全機破壊完了!』


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


「あ………終わった。クリアしたんだ………。」


これにて、『クラス対抗戦』の代表を決める、2年A組の『模擬戦』が終了した。








【殺人者②】


3年C組『模擬戦』最終組


個人総合ランキング1位、神坂 義経(かみさか よしつね)登場。


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


ビビッ!


(お!?)


『敵AI機、数は28。』


(おー!来たね、来たね!)


『神坂さん、どうします?』


生徒の一人が神坂に訪ねる。

もちろん、それはフォーメーションや戦術の確認の為である。

しかし、神坂 義経が出した命令は一つ。


『お前ら、動くんじゃねぇぞ。』


『え?』


『神坂さん、それは……。』


『決まってるっしょ!AIが28機も出る事なんて滅多にねぇ。これはチャンスだ!』


『へ?』


『2年の七瀬が作ったAI最多撃破記録だよ。決まってんだろ。言わせんな!』


『と、言うと?』


『今回は全て俺が片付ける。邪魔すんじゃねぇぞ。』


『えー!』


『それじゃあ俺達の成績が……。』


『お前達の成績なんてどうでも良いだろ?『対抗戦』は俺一人いれば十分。他の誰が代表に選ばれようが関係ねぇの!』


『そんなぁ~。』


『では、ちょっくら行ってくらぁ!』


バッ!



『………。』


『………。』


『………。』




30分後



スピード A

パワー S

反射速度 S

撃沈率 S

回避率 B

損傷率 C

シンクロ率 A

総合評価 A

学年順位 6/139


AI機、総撃破数 23機


3年C組 神坂 義経



「…………23機?」


チラッ


「ひぃぃ!」


「てめぇら!なに5機も撃破してんだぁ!」


「仕方ないでしょ!AIから寄って来たんだから!」


「んなもん黙って殺されてろ!」


「そんな殺生なぁ!」


「ひぃぃぃ!」


逃げ惑う生徒達に追う神坂。

しかし、神坂 義経は別の事を考えていた。


損傷率C

総合評価A

学年順位6/139


学年ランキング1位の神坂にとって、決して良い成績ではない。自己最高である23機のAIを倒したにも関わらずだ。


実際、厳しい戦闘であった。一人で30機近いAI機を同時に相手にするのが、どれほど大変な事なのか身に染みて感じる神坂。


(俺がAIに殺られなかったのは、奇跡に近い……。校内ランキング1位のこの俺が……。)


それなのに、26機を一人で撃破し評価Sを叩き出した女……。


(2年A組 七瀬 怜………。)


「もしかしたら、俺の最大の敵は、同じA組でも2年A組になるかもしれねぇな……。」


「え!神坂さん、何か言いました?」


「うるせぇ!黙ってろ!」


バシッ!


「うぎゃあぁ!」






同時刻


2年A組の『模擬戦』最終組



結果発表



スピード A

パワー B

反射速度 S

撃沈率 B

回避率 A

損傷率 S

シンクロ率 S

総合評価 A

学年順位 3/159


AI機、総撃破数 4機


2年A組 東海林 正人



スピード A

パワー C

反射速度 B

撃沈率 B

回避率 B

損傷率 B

シンクロ率 B

総合評価 B

学年順位 48/159


AI機、総撃破数 4機


2年A組 高岡 咲



(はぁ………。疲れた……。)


フィールドから戻った咲は、ぐったりと、その場に倒れ込んだ。

何とかゲームオーバーは免れ、評価Bを獲得したのは、東海林 正人のお陰だろう。


「お疲れ。どうだった?」


そこに近寄って来たのは七瀬と進藤。

代表選出確定の二人が心配そうに咲の顔を覗き込む。


「ん~。見ての通りよ。他の生徒の成績次第ってとこ。正直微妙だわ。」


進藤は、モニターに映る『模擬戦』の結果を確認する。


(東海林……正人………学年3位?)


「咲、この転校生の成績は本当なのか?学年3位って俺より上だぞ?」


『模擬戦』最終日の進藤の成績は学年4位。東海林 正人の成績はそれを上回る。


「信じられないでしょうけど本当よ。正人君の戦闘を直に見た私が断言する。評価Aでも甘いくらいね。」


「なに?」


「私の見たところ、あの戦闘は評価Sでもおかしくない。鳥肌が立ったわ。」


「そんなに……。」


一概には信じられない。

東海林 正人は武蔵学園に転入してから1ヶ月程度しか経っていない。『マリオネット』の操作に関しては素人に近い。


「良かったじゃない。正人君は同じA組だもの。強い仲間がいた方が『対抗戦』では心強いわ。」


そう言うのは七瀬 怜。

実際、学年トップレベルの生徒が3人揃えば、他のクラスからは脅威になるに違いない。

しかし、高岡 咲はすぐに怜の言葉を否定する。


「残念ながらそれは無いわ。 正人君の昨日までの成績ではクラス6番以内は無理ね。なにせAIを倒したのが今回が初めてだから。」


「あ………そうなんだ。」


ゆえに咲は困惑する。

東海林 正人の戦闘、あれは素人の動きでは無かった。昨日、今日、身に付く動きではない。おそらく正人は、転入した当初からAランクかそれ以上の実力を持っていた。


誰にも悟られず、鋭い爪を隠していた理由が、高岡 咲には分からない。


「さてと、あとは代表者の発表を待つばかりね。咲も選ばれたら良いんだけど。」


「教室に戻ろう。『模擬戦』は高岡達が最後だろ?もう発表されているかもしれない。」



年に一度行われる『クラス対抗戦』


これは武蔵学園『防衛科』で行われる三大行事の一つに数えられる。


三大行事とは


7月の『個人戦』


10月の『クラス対抗戦』


12月の『学園対抗戦』


『個人戦』は1対1のトーナメント形式で行われる。誰もがエントリー出来るのが特徴なのだが、開催時期が早い事もあり事実上3年生以外の参加登録は無い。


『学園対抗戦』は姉妹校の大和学園との6対6形式の戦闘である。試合は3試合行い先に2勝した学校が優勝となるのだが、同じ生徒が重複して出場出来ないため、選手の振り分けが重要となる。参加人数は一つの学校で述べ18人。やはりメンバーは3年生が主体だ。


よって、咲のような一般の二年生が参加出来る行事は『クラス対抗戦』くらいしか無いのが現状。とにかくクラスで上位6人に選ばれたら参加する事が出来る。


多くの1年生と2年生にとって『クラス対抗戦』に出場する事が最大の目標なのだ。



2年A組『クラス対抗戦』代表者発表


モニターに映し出される映像を生徒達が食い入るように見つめる。


①七瀬 怜


②進藤 守


③鈴木 慎二郎


④諸星 圭太


⑤高岡 咲


「おー!高岡やったな!」


「咲!おめでとう!」


「怜!守君!ありがとう!!」


高岡 咲は、素直に喜びを噛み締める。

実力的には かなり厳しい戦いであったが1ヶ月間の短期決戦が功を奏した。

思いのほか、上位の生徒達が苦戦したに違いない。


(良かった……。これで怜と一緒に『対抗戦』に参加出来る。)


七瀬 怜には無限の可能性がある。

怜がいれば、優勝だって夢ではない。


(本当に、良かった……。)



「!?」


そして、咲はモニターに映った画像に釘付けとなった。


「ん?どうしたの咲?」


「怜………。ほら、あれ。」




⑥東海林 正人


6人目の代表は転校生の正人であった。

転入から僅か1ヶ月で代表に選ばれた正人。


その時、咲の脳裏には、さきほど『模擬戦』の最後に見せた東海林 正人の顔が浮かんでいた。



ゴクリ


それは、今にも人を殺しそうな冷たい眼差し。


凶悪な『殺人者』のそれであった。










【開幕①】


西暦2057年10月


東京都立武蔵学園


理事室――――



コンコン


「失礼ます。」


ウィーン


室内に足を踏み入れた男の名は二階堂 昇(にかいどう のぼる)。運動選手を連想させる引き締まった身体に精悍な顔付き。サングラスに隠れた表情は読み取る事が出来ない。


「二階堂君、こんな朝早くに どうしたのかね。」


迎える男は50歳前後の中年男性。

武蔵学園副理事長 東峰 玄(とうみね げん)。

当学園No2の実力者である。


室内には、他に東峰の秘書の女性が一人。

二階堂はちらりと女性を見て、再び東峰副理事長へと視線を移す。


「重要な話があります。宜しいですか?」


「ん?あぁ、別に白川君の事は気にしなくて良い。何かね?言ってみたまえ。」


東峰は二階堂の意図を察したが、そのまま話を促した。


「それでは……。」


二階堂は姿勢を正し、早速本題に切り込む事にする。


「先日の『模擬戦』最中に死亡した生徒『神埼 ヒロト』の件なのですが。」


ピクッ


東峰の表情が変わる。


「軍の調査によると死亡原因はシンクロ装置の故障との事でしたが、どうも不自然な点が有りましてね。」


「………不自然?軍の調査を疑うのかね?君も軍の人間だろう。」


「いえ………。」


二階堂は、あくまで淡々と話を続ける。


「調査を担当した者に確認したところ、『マリオネット』に異常は見られなかったとの証言を得られました。」


「………。それは軍の内部の問題だろう。私には関係の無い話だよ。」


シュボッ


東峰は、机から取り出した葉巻に火をつける。


「その証言をした担当者が誰かは知らないが、軍の正式な調査結果にシンクロ装置の故障が原因だと書かれておるのだ。君も余計な詮索はしない方が良い。」


「………そうですね。失礼しました。」


「うむ。それが良い。」


二階堂は、そのままの姿勢を崩さない。

東峰は『ふぅ』と煙を吐き出すと、不機嫌そうに二階堂に尋ねる。


「他に何か用かね?用が無いならさっさと帰りたまえ。私も忙しいのだよ。」


すると二階堂は、思い出したように別の話題を持ち出した。


「そう言えば、今日は『クラス対抗戦』の開幕日でしたね。忙しい所、申し訳ありませんでした。」


「うむ。」


「何でも東峰副理事長のご令嬢も大会に出られるとか。確か二学年での成績は学年トップクラスだとお聞きしています。」


「…………。」


「さぞや自慢の娘なのでしょう。亡くなった『神埼 ヒロト』とも良きライバルだったと聞いています。」


「…………二階堂君。何を言いたいのかね?」


「いえ、他意はありません。私は副理事長のご令嬢を応援しています。是非ともトップの成績で軍に配属して欲しいものです。」


「…………。」


「それでは、失礼致します。」


ウィーン


深く敬礼した二階堂は、そのまま理事室を後にする。


二階堂 昇(にかいどう のぼる)。

日本で最初に開発された『パワードスーツ』に実験的にシンクロした経験を持つ『防衛軍』の大佐。


(二階堂大佐か……。何とも面倒な男だな。)





カツン


カツン



(もうすぐ試合が始まる……。)



カツン


カツン


ガチャ



東海林 正人(しょうじ まさと)は一人、学園内の洗面所にて、鏡に映る自分の顔を見た。


(………大丈夫か。)


ホッと胸を撫で下ろす東海林。


(さて、早く行かないとな……。)


ドクン


『!』


その時、東海林の胸の鼓動が高鳴り、頭部には激しい痛みが駆け抜ける。


「うげぇ……。」


真っ赤な前髪から除く鋭い目付きは、その面影を失い、鏡に映った東海林の顔には悲壮感が漂っていた。


(ちっ!3日前の『模擬戦』の影響がまた……。だから戦闘などしたくなかった。)


AIだろうが人間だろうが、負ける気はしない。東海林 正人には、それだけの力がある。

『クラス対抗戦』の代表を勝ち取る為に、仕方なく戦ったが、東海林の本来の目的はそれじゃあない。


「ふぅ、ふぅ、ふぅ………。」


ようやく落ち着いた東海林が教室に戻ると、黒髪の美しい女性が駆け寄って来た。


「正人君!どこに居たの!急いで!」


「……七瀬?」


しなやかな細い指先が東海林の右腕を掴み、慌てた様子で走り出す。


「もう始まるわよ!私達の試合!」


『クラス対抗戦』予選Dブロック一回戦


2年A組の相手は、優勝候補の一角、3年E組。

四つのブロックに別れて戦う予選の中では、もっとも注目の集まる好カード。


遠藤 剣(えんどう けん)が率いる3年E組と、七瀬 怜の2年A組の戦闘が始まる。



「『マリオネット』、オン!」


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


ザッ!


ザッ!


『ちょっと、守君!どうしよう!』


『仕方ないだろ!もう始まったんだ!』


『だって!』


高岡 咲は、泣きそうな声で叫ぶ。


『何やってんのよ!怜!間に合わなかったじゃないのー!!』







【開幕②】


30分前


「お!ラッキー!俺達の組は一年が2つ、二勝は確実ですね!」


そう喜ぶのは2年A組、諸星 圭太(もろぼし けいた)。汎用型の『マリオネット』を操り手堅い戦闘が持ち味のムードメイカー。


「優勝候補二強とも違う組か。確かにツイてるかもしれないな。」


進藤 守(しんどう まもる)も諸星の意見に同意する。


東京都立武蔵学園『防衛科』の学級は一学年5クラス。三学年合計で15クラスある。それを四つのブロックに分けて総当たり戦をして、最終的に決勝トーナメントに進出出来るのは4クラスだ。


予選Dブロックの組み合わせは


1年B組、1年D組、2年A組、3年E組。


経験の浅い1年生が上位学年に勝てる可能性は殆ど無い。従って、初戦で当たる3年E組との試合で勝った方が事実上、決勝トーナメント進出の権利を得る。


「3年E組と言えば遠藤えんどう けん………。」


現在の三学年個人ランキングでは学年7位。

常に10位以内をキープしている実力者である。


「しかし、他の三年のクラスと比べたら楽じゃないですか?最高順位のプレイヤーが7位なら付け入る隙は有りますよ。」


どこまでも楽観的な諸星。確かに単純な個人ランキングで見たら3年E組は他のクラスに見劣りする。それでも、事前の優勝予想では二強に次ぐ三番手なのには理由がある。


「諸星……、遠藤 剣はランキングでは計れない強さがある。遠藤先輩の得意は『対人戦』だからな。」


「『対人戦』……。」


「なんだよ諸星、7月の『個人戦』見なかったのか?遠藤先輩はベスト4。優勝した神坂先輩とも準決勝で互角の試合を演じている。実力はトップクラスだぜ。」


進藤の言葉を補足するのは、鈴木 慎二郎(すずき しんじろう)。『クラス対抗戦』までの成績で学年ランキングが初めて10位に入り勢いに乗っている。他クラスの分析にも余念がない。


「それに、他の生徒も侮れない。学年9位の渋谷先輩に、12位の権堂先輩。やっぱ三年生は強いよ。」


「大丈夫よ。」


そこに高岡 咲が口を挟む。


「なんてったって、こっちには怜がいるんだもの!それに……転校生も……。」


(実力だけなら、相当強い。あの狂気の戦闘力は味方にするなら戦力になるはずだ。敵には回したく無いけど……。)


(……?)


「正人君は、どこ?」


咲はキョロキョロと周りを見るが東海林 正人の姿が見当たらない。


「えっと、さっき向こうの方に行ったけど。」


そう言って指を指すのは七瀬 怜。

4つのバトルフィールドの中心に建てられた巨大な武蔵学園の校舎。東海林が校舎に戻ったのならA組の教室か。


「ちょっと私、探して来るわね!」


「あ、怜!時間までに戻るのよ!」


「大丈夫!」





そして、現在


ギュイーン!


『ぜんっぜん大丈夫じゃないじゃないの!』


ビビッ!


『咲、聞け!』


『守君……。』


『他の皆も聞いてくれ。』


『守……。』


『どうすんだ?』


『3年E組で一番厄介なのは遠藤 剣。遠藤のパワードスーツは白銀の『マリオネット』。見ればすぐに分かる。』


『シルバー・ドラグーンか……。格好付けやがって。』


武蔵学園の『マリオネット』には様々なバリエーションが用意されているが、成績上位者の中には自分専用に改造する事も一定のルールの元に許されている。


改造によって得られたデータは『防衛軍』に転送され新たな『パワードスーツ』の開発に役立てているのだ。


多くの生徒は、改造までは行かないが塗装は自由に変更出来るため、自分カラーに染めている者も多い。


遠藤 剣の『マリオネット』は白銀に輝く戦場では目立ち過ぎる仕様。それも裏を返せば実力があるからこそ出来る。逃げも隠れもしない。いつでも勝負を受けて立つと言う自信の現れだ。


『いいか、シルバー・ドラグーンを見たら、構わず逃げろ!』


『!』


『!』


『……え?』


『俺に作戦がある。これしか方法がない!』


進藤 守が仲間達に作戦の説明を始める。






一方の3年E組サイド


ビビッ!


『さて、初戦の相手は噂の2年A組『七瀬 怜』か……。』


華やかに戦場に降り立ったのは白銀の『マリオネット』シルバー・ドラグーンを操る遠藤 剣。


『剣!見てみろ。これは、どう言う事だ?』


そこに渋谷 孝(しぶや たかし)の声が聞こえて来た。渋谷の視線は面前に映し出される映像、対戦する2年A組の現在地が表示されていた。


点滅する敵『マリオネット』の数は四体。

6対6の『クラス対抗戦』で『マリオネット』の数が四体とは如何にも不自然。


『機械の故障か?』


渋谷は首を捻りながら、もう一度画面を確認する。すると点滅する光は、一体だけを残し三つの『マリオネット』が後方へと遠ざかって行くのが見えた。


『なんだ?あいつら、何を考えている?』


『マリオネット』での戦闘のセオリーを無視した行動。まるで戦闘をするのは残された一体のみと言わんばかりの陣形となる。


ぷるぷる


身体を震わせるのは遠藤 剣。


『剣………どうした?』


『あいつら、舐めやがって!』


『?』


『渋谷!分からねぇか?あの残された一体は七瀬 怜だ。四体しか出撃しないのも俺達を舐めているからだ。』


『なんだと?』


『奴は一人で26機のAIを倒した記録ホルダー。俺達6人を相手にするのは七瀬一人で十分。そう言う意味だ。』


『な!バカな!』


『俺達は3年だぞ?いくら七瀬が強いと言っても一人で俺達を!?』


『だから舐められてんだよ。』


(ちっ!この遠藤 剣をコケにしやがって!)


『行くぞ!6人全員で七瀬を狩る!他の奴は無視していい。どうせ大した奴はいない。』


『了解!』


『生意気な2年に実力の差を見せ付けてやる!』


シュバッ!


バッ!


四方に散らばる6体の『マリオネット』が目指すのは画面中央へと進軍する一体の『マリオネット』。


ビビッ!


『やばっ!やっぱり私狙いじゃん!』


その『マリオネット』を操るのは高岡 咲。

森林地帯に辿り着いた咲が敵の位置を確認する。


右方向から二体。

左方向から二体。

前方から二体。


その軌道は完全に挟み撃ちを狙っている。


『守君!次はどうするの!?』


後方で待機していた進藤は次の作戦を全員に指示する。


『高岡は、そのまま右後方へ移動。俺達は左に回り込み三人で左の二体を倒す。』


『えー!そんな事したら、私が囲まれちゃうわ!』


『大丈夫だ。スピードタイプの高岡なら簡単には捕まらない。敵が接近したら全力で逃げろ。』






【開幕③】


15分ほど前


「げほっ!ぐぇ………。」


「ちょっと!正人君!大丈夫!?」


「触るな!」


バシッ!


「!」


東海林 正人は七瀬の右手を払い除けると、その場にうずくまった。青ざめた顔色は明らかに本調子ではない。


(どうしよう、早く医務室に連れて行かなくちゃ。それに試合も始まっちゃう。)


「ふぅ、ふぅ………。」


「正人君、顔色が悪いわ。医務室へ……。」


「七瀬!」


「!」


東海林 正人が、鋭い視線を七瀬に向ける。


「な………なに?」


その表情は普通ではない。それに転校生の東海林が七瀬の名前を呼んだのは入学以来初めての事である。


「お前……何とも無いのか?」


「え?」


質問の意味が分からない。


「あれほどの戦闘を続けていながら、何とも無いのかと聞いている。」


最後の『模擬戦』の成績は、東海林は学年3位であった。東海林の上にいるのは二人。

七瀬 怜とC組の東峰 静香(とうみね しずか)しかいない。


東海林 正人の頭痛や目眩い、吐き気の原因が3日前の『模擬戦』であるなら、その上の記録を残した七瀬達二人にも何らかの影響があってもおかしくない。


しかし、七瀬の反応は鈍い。


「えっと、別に何とも無いけど。どうしたの?」


「………そうか。それなら良い。」


しばしの沈黙。


見たところ、東海林の状態は少し治まった様に見える。


「正人君、どうする?もうフィールドに戻らないと試合が始まるけど、行く?」


ドクン


フィールド


また戦場に戻るのか。


(あの『神埼 ヒロト』が死んだ戦場に……。)


ガタッ


「………?」


「分かった。」


「正人君………。」


「悪かった、行こう。早くしないと間に合わない。」


「う……うん。急ぎましょう!」


七瀬は東海林の手を取り教室の外へ向かう。


(今からなら、まだ間に合う!)



バタンッ!


「!」


「!」


すると、教室の出口ドア付近に三人の生徒が現れた。七瀬はその生徒達に見覚えがある。


(確かC組の生徒……。名前は分からない。)


「ごめんなさい。私達急いでいるの。そこをどいて下さい!」


七瀬は三人の生徒の間を無理やり通ろうとする。が、しかし


「おっと。待ちな。」


ドンッ!


「!」


「お前、最近、ちょっと生意気なんだよな。」


「……!」


「まぁ何だ。大切な試合前に慌てて校舎に戻る所を見て、何かと思って付いて来たけど、まさか男と逢い引きとは、さすが学園のアイドルだ。」


「な!何を!?」


「ほら、内緒にしててやるから、そのままデートの続きでもしてろよ。」


「ちょっと!いい加減にしなさい!」


「七瀬!」


「正人君?」


「無駄だ。こいつら、C組の親衛隊の奴らだ。」


「親衛隊?」


「知らないのか?俺はお前とC組の東峰には注目していたからな。2年で俺より強い可能性があるのは二人だけだ。」


元よりこいつらは、俺達を試合に出させるつもりは無い。


「ほぉ。なんだ分かってんじゃん。」


三人の生徒は、ニヤニヤ笑いながら七瀬に言う。


「2学年最強はC組の静香様だ。そして、学園のアイドルも静香様しかいない。七瀬、お前のA組は『クラス対抗戦』予選敗退がお似合いだ。」


「!」



予選Cブロック

第1回戦


2年C組 対 1年D組


「『マリオネット』、オン!」


ギュイーン!


東峰 静香の『マリオネット』は、他の『マリオネット』よりも一回り大きい特別仕様。


『静香様、どうしますか?』


静香の『マリオネット』に付き従うのは親衛隊が操る五体の『マリオネット』。


『そうね。相手は一年坊、私が出る幕も無いわ。あなた達で相手をしてあげなさい。』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


シュバッ!


シュバッ!


静香の命令で、一斉に動き出す親衛隊。


運良く優勝候補と予選で当たる事は免れた。しかし明日以降の二戦目、三戦目で三学年と当たる。こんな所で手の内を見せる必要は無い。


『ふふ……。』


静香は笑う。


一年の頃から学年のランキングでは常にトップを走っていた東峰 静香。

静香に対抗出来るのは、七瀬 怜と神埼 ヒロトくらいしか居なかったが、神埼は不慮の事故により死亡した。


東峰の邪魔になるのは、もう七瀬くらいしか居ない。七瀬が居なくなれば東峰のトップは揺るぎ無いものとなる。


そして、この『クラス対抗戦』が終わった頃には、真の最強者が決まる。


『学園のアイドルは、この東峰 静香こそが相応しい。』







この日


二週間に渡る一大行事


武蔵学園『クラス対抗戦』が開幕した。










【白銀竜騎兵①】


クラス対抗戦――――


四つの予選ブロックに別れての総当たり戦が始まった。


大会初日 一回戦


Aプロックには優勝候補筆頭の3年A組が配置。

シードが考慮されたのか予選は1クラス少ない三組での争いとなる。


『紫電、綾、左右に分散して敵陣を挟み込め!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


ザッ!


『俺達は中央突破!いいな油断するな!『対人戦』は何が起きるか分からない。全力で敵『マリオネット』を駆逐する!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


『良し!行くぞー!!』


金剛 仁(こんごう じん)の怒声がフィールドに響く。


ビビッ!


『ひぇえぇ!』


『ちょー!何で一年相手に全力なんですか!?』


『トップランカー軍団に勝てる訳無いでしょ!』


『今年から全学年合同って、完全に間違いでしょうが!一年が三年に勝てる訳無いって!』


ズバッ!


バシュッ!


グワン!


『うわぁ!』


ドッガーン!


ドッガーン!


ドッゴーン!


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 3年A組!勝者 3年A組!』




開戦から12分、一回戦、四ブロックの中で最速の試合終了。1人も殺られるどころか、一度も攻撃を受けない完全勝利。損傷率ゼロ%。優勝候補筆頭の面目躍如と言った所か。


「ふぅ。上手く行ったわね。」


戦闘を終えた3年A組の選手達が、試合を観戦する生徒達の元へ姿を現した。


「まだ、他のプロックは試合中か、どうなってる?」


東堂 綾(とうどう あや)に声を掛けるのはSランク最多記録保持者の紫電 隼人(しでん はやと)。


「Bブロックは1年と2年同士の戦闘ね。神坂は次の試合。Cブロックも3年同士の戦闘はまだみたいね。」


「そうか。つまらんな。」


紫電が、何気なく辺りを見回していると、1人の生徒を見つけて目が止まった。D組の試合を観戦している生徒、七瀬 怜(ななせ れい)。


「七瀬……。あいつも次の試合か。試合前だと言うのに余裕だな。」


「え………七瀬?」


「ん?どうした綾。」


東堂 綾は、驚いた表情でDブロックの試合スクリーンを確認する。


「どうなってるの………。」


「どうした?」


「ほら見て、一回戦のDブロックの試合は2年A組と3年E組よ。七瀬の在籍する2年A組は今戦闘中。」


「なに?」


紫電も慌ててDブロックの試合スクリーンを見上げる。


「おい、どう言う事だ?七瀬抜きで遠藤 剣(えんどう けん)に勝つつもりか?」


「知らないわよ……。でも………。」


「ん?」


「2年A組の『マリオネット』が3年E組の『マリオネット』を破壊したわ。」


「!」



ドッカーン!


ドッカーン!



『敵『マリオネット』二体撃破!』


『良し!被害状況はどうだ?』


進藤 守が仲間の生徒の被害状況を確認する。


『損傷率22%、まだまだ行けます!』


元気よく答えるのは諸星 圭太(もろぼし けいた)。3年の『マリオネット』に留めを刺した諸星のテンションは高い。


『俺は無傷だ。お前こそ大丈夫か?かなり攻撃を受けただろう?』


心配そうに返事をするのは鈴木 慎二郎(すずき しんじろう)。


三人のとった作戦はこうだ。

耐久型『マリオネット』を操る進藤が、ガードフレイムを展開しつつ敵『マリオネット』へ接近。3年の『マリオネット』は敏捷性を活かして反撃に出る。


1対1の戦闘なら動きの遅い『耐久型』では殺られるのは時間の問題。対人戦闘で『耐久型』の人気が無いのはその動きの遅さにある。


その欠点を補ったのが諸星と鈴木の二人の『マリオネット』。進藤が攻撃を受けている隙に両側から敵の二体を攻撃した。3対2の数的有利の状況にあって初めて成り立つ作戦。


今回はこの作戦がズバリ的中した。


『損傷率37%』


進藤は自らのダメージを確認する。


『二人がすぐに来てくれて助かった。狙い通りだ。』


これで戦力的には4対4、七瀬と東海林が不参加の数的不利は解消した。


『次は………。』


距離およそ2000メートル地点に見えるのは、3年E組主力の二人。




3年E組サイド――――


『おい!剣!健吾と東が殺られた!』


『は?七瀬以外の敵は、やる気が無いんじゃないのか?』


『それはお前が言ったんだろうが!』


『ちっ!』


『で、どうすんだよ!右の3体を先に殺るか!!』


渋谷 孝(しぶや たかし)の声は予想外の展開に荒立っている。


現在、七瀬と思われる敵は、敵陣営の後方へ後退中。味方の『マリオネット』二体が左から周り込み追い詰めている。

今、遠藤と渋谷の二人が七瀬を諦めて右舷の敵へと標的を変更すれば、仲間の二人は七瀬に殺られる。おそらく七瀬には二人掛りでも敵わない。


『優先すべきは七瀬だ!右の3体には構うな!』


『無理だ!後ろから攻撃されたらお前でも危ないぞ!右の3体は俺が引き受ける!』


『なに!?』


『その間に七瀬を狩れ!俺が殺られても3対3だ。七瀬の居ない2年とお前がいる俺達なら勝負は見えている!』


『うっ………。』


確かに渋谷の言う通りだ。

渋谷が右の3体を食い止めている間に、七瀬を倒せば俺達の勝ちだ。


『分かった!すまん渋谷!』


『任せとけ!』


バッ!


シュバッ!



二手に別れる遠藤と渋谷。


ビビッ!


『良し!』


それを見た進藤は思わずガッツポーズ。

3年E組の主力二人が一緒にいる事が何より怖い。残ったのは、おそらく渋谷 孝。『バランス型』の汎用『マリオネット』を操る強敵だ。


『圭太!慎二郎!両側から周り込め!さっきと同じ要領で行く!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


シュバッ!





【白銀竜騎兵②】


ブンッ!


ガチャ!


ビビッ!


(どこだ!七瀬 怜。)


シルバー・ドラグーンが前方の敵を探し求める。


『距離1600メートル。』


(そろそろ見えても、おかしくない。)


いかに七瀬でも、3体の『マリオネット』に囲まれては逃げられない。


(出来るなら、他の二人ではなく俺と勝負しろ。)


3年E組のエース 遠藤 剣(えんどう けん)は『対人戦』が得意なだけではない。

『対人戦』で敵を倒す事が喜びなのだ。

AI機をいくら倒しても、所詮は機械。悲痛の叫びも悔しさも、当然に喜びも無い。それは無機質な事務作業に過ぎない。


比べて『対人戦』は良い。

男と男が真剣に剣を交え、相手の行動を予測し戦術を組み立てる。本来『マリオネット』の戦闘とはそう言うものだろう。


シンクロが解除されたらAIは攻撃をして来ない。『対人戦』でもシンクロが解除された敵を攻撃する事は禁止されており、万一攻撃をしても自動ロックが掛かる仕組みだ。

本物の戦場には及ばないが、遠藤は『シンクロ』が解除された後の生徒を見るのが好きだ。


その姿を見ると勝負に勝ったのだと言う実感が湧く。


(あぁ、そう言えば七瀬は女だったな。男と男の勝負では無いが、ま、強敵には違いない。)


ゾクゾクッ!


七瀬 怜が敗れひざまずく姿を想像し、遠藤の鼓動は高鳴る。


ビビッ!


『遠藤さん!敵と遭遇します!』


『権堂!』


(ちっ!そっちへ行ったか!)


『すぐ行く!持ち堪えろ!』


ザッ!


ビュン!


ズサッ!


『え!あれ?』


『……?どうした!!』


『それが………。逃げられました!』


『はぁ?』


ビビッ!


遠藤は面前に浮かぶ映像を確認。

すると、敵『マリオネット』が権堂から離れて逃走して行くのが見える。


『七瀬!てめぇ!やる気あんのか!』


『遠藤さん!敵は七瀬では有りません!』


『あぁ?』


権堂の言葉に耳を疑う遠藤。


『女は女でしたが、七瀬とは違う。もっとヤンチャなタイプの……。』


『誰だそりゃ!?』


『俺は七瀬の方が好みですね。』


『知らねぇよ!いいから追えよ!権堂!てめぇ!それでもトップランカーか!』


『いや、敵はスピードタイプで、俺1人では追い付けません!』


『ざっけんな!』



怒りを露にする遠藤 剣。そこに遠藤の後ろから爆発音が聞こえて来る。


ドッカーン!


『!?』


あれは『マリオネット』が破壊された時の音。

誰かの『マリオネット』が損傷率の限界を越えてシンクロが解除された。


ビビッ!


慌てて点滅する光の数を確認する遠藤 剣。


(味方が1人減ってる。渋谷が殺られたのか……。)





「うぉー!」


「すげえ!」


「いいぞ!2年!!」


巨大スクリーンに映し出される映像を見て、観戦する生徒達が大歓声をあげる。


「いつの間にか形成逆転だ!」


「遠藤の奴、焦ってるぜ!」


「あの2年誰だ?耐久型『マリオネット』の!」


『進藤 守?渋谷の攻撃を防ぎやがった!あんなの2年に居たのか?』


大騒ぎをする生徒達の中で祈りを捧るのは、七瀬 怜。


(咲、守君、みんな……。頑張って!)


その様子を見ていた東海林 正人(しょうじ まさと)が、ばつが悪そうに声を掛ける。


「悪かったな七瀬。俺のせいで試合に出られなくてよ。」


真っ赤に染めた髪色に鋭い目付き。外見が強面こわもてなだけに、謝罪する東海林はどこか愛らしい。そんな正人を見て、怜はクスッと微笑んだ。


「正人君のせいじゃないわ。それより具合は大丈夫?」


「ん?あぁ、何とか治まった様だ。」


予選Dブロックは、この一回戦が事実上の決勝戦。1年生の2クラスとでは実力が違い過ぎる。

この一戦を落としたら予選敗退が決まる大切な試合。


七瀬も悔しいに決まっている。


(何とか勝ち残ってくれまいか。七瀬の悲しい顔は、もう見たく無い。)


「……………?」


(…………どう言う事だ?)


東海林の脳裏に浮かぶのは、七瀬 怜の儚くも悲しい表情。


(何だこの映像は………。俺はどこかで、七瀬と会った事があるのか………。)


バッ!


ズバッ!


バチバチバチッ!


わっ!


再び盛り上がる大歓声。


「おぉー!」


「行けぇ!」


スクリーンに映し出されるのは、3年の権堂に襲い掛かる四体の『マリオネット』。


左右前後から投げ出された光の武器が権堂の『マリオネット』に突き刺さる。


バチバチバチッ!


『良し!やった!』


ブンッ!


『圭太!避けろ!』


『え?』


ドガッ!!


『ぐはっ!』


権堂の渾身の一撃が、諸星 圭太を吹き飛ばした。四体同時攻撃にも耐え抜いた権堂。


ビビッ!


権堂の『マリオネット』の損傷率は69%。

あと一撃でも喰らえばシンクロが解除される。


『せめて、1人だけでも!』


それは、権堂の意地。3学年トップランカーの意地が、諸星 圭太への留めの一撃を繰り出させた。


『ちっ!』


『させるか!』


『えいっ!』


進藤が、鈴木が、高岡が、三人の『マリオネット』が権堂 に光学剣ソード光学槍ランスを振り上げる。


バシュッ!


スバッ!


『!』


『ぐわっ!』


双方の攻撃が当たったのはほぼ同時。


バチバチバチ!


『遠藤さん!後は頼みましたよ!』


ドッカーン!


ドッカーン!


『圭太君!!』


爆音と共に二体の『マリオネット』が戦場から消え去った。



ビビッ!


(くっ!権堂までも殺られたか。)


光の消滅を確認する遠藤 剣(えんどう けん)。


『剣!』


そこに合流したのは、3年E組 柏原 剛(かいばら つよし)。柏原は戦場に佇む白銀の竜騎兵シルバー・ドラグーンに目を奪われる。


『………剣?』


しゅう


シルバー・ドラグーンが震えている。

薄っすらと湯気を放つ白銀の身体は、古代中国の伝説の生き物、白色竜のシルエットを彷彿させる。



(これは、完全に俺のミスだ……。)


七瀬 怜など、最初から居なかった。

理由は分からぬが、七瀬は試合に参加していない。


(それなのに俺は………。)


七瀬の幻影を追い、冷静さを欠いていた。

敵の作戦にまんまと嵌まり四人の仲間を失った。本当の戦場であれば、俺は取り返しの付かないミスを犯した事になる。


決意を新たにした遠藤 剣は敵の位置を確認し、柏原に声を掛ける。


『柏原、行くぞ。』


『剣………。』


残る敵は3人。小細工は不要だ。

正面から堂々と敵『マリオネット』を迎え討つ。


白銀竜騎兵シルバー・ドラグーン』は、まだ負けていない。








【白銀竜騎兵③】


2年A組の生き残りは3人。


進藤 守、鈴木 慎二郎、高岡 咲。


ここまでの進藤の作戦は見事に的中し、格上の3年生の『マリオネット』を4体破壊した。


残る敵は2人。数的優位はこちらにある。


『守君、どうするの?』


高岡 咲が、進藤の次なる作戦を確認する。


『もう作戦は無しだ。』


『………。』


『相手も腹を括っている。見ろ、真っ直ぐこちらに歩いて来る。』


ビビッ!


『距離1300メートル。』


個々の実力では向こうが上。

しかし、3対2の状況にまで持ち込んだ。


(勝率は30%ってところか………。)


『進藤、咲、シルバー・ドラグーンは任せる。』


『!』


『慎二郎君?』


『やはり怖いのは遠藤だ。二人掛りでないと倒せない。ならば、もう1人は俺が殺るしか無いだろう。』


『慎二郎、大丈夫なのか?』


3年生とのタイマン勝負。分が悪いのは慎二郎も一緒だ。


ビビッ!


『距離400メートル。』


機動兵器『マリオネット』にとって、この距離は既に射程圏内。ものの数秒で詰め寄る事が出来る距離。


ザッ!


ズサッ!


バッ!


シュバッ!


『うぉりゃぁぁ!』


敵味方5体の『マリオネット』が同時に動き出した。中でもスピードタイプの『マリオネット』を装着している高岡 咲の動きが一番速い。


先手必勝、攻撃は最大の防御。

咲の狙いはシルバー・ドラグーン。


高速で放たれた光学剣ソードの先端が遠藤 剣に襲い掛かる。


『ドラゴン・ランス!』


『!』


グワンッ!


ズボッ!


『きゃあっ!』


しかし、先に攻撃が当たったのは遠藤の光学槍ランス。通常の光学槍ランスの2倍は長い凶悪な牙が咲の『マリオネット』を直撃する。


『咲!!』


『咲ッ!!』


シュバッ!


『!』


『よそ見してんじゃ!ねぇ!』


ズバッ!


次の瞬間、柏原 剛の光学剣ソードが鈴木 慎二郎を斬り付けた。


『ぐっ!』


『損傷率43%』


『負けるかよぉ!』


『!』


ビュン!


即座に反撃を繰り出す鈴木。


ズバッ!


バシュッ!


ほぼ同時に二人の攻撃が、相手の身体の芯を捉える。


バチバチバチッ!


『ぐわぁ!』


ドッカーン!


『良し!』


そう叫んだのは柏原。


『損傷率23%』


鈴木 慎二郎の攻撃は浅い。直撃を受けた割りには、低い損傷率を確認する柏原。


戦場には鈴木の『マリオネット』が爆発した爆炎が立ち込める。


『!』


遠藤 剣は、その爆炎を嫌い反射的に後方へ移動。


(手応えはあったが『女のマリオネット』の破壊には至っていない。爆炎の中から次の攻撃が来る!)


ビュン!


『!』


『とりゃあぁぁ!』


(速い!)


予想通り現れた咲の『マリオネット』は、遠藤の予想以上に速い。


『ドラゴン・ランス』の長いリーチが、今度は遠藤の動きの邪魔をする。


ズバッ!


『ぐっ!』


攻撃を受けてよろける遠藤。


けんッ!野郎ぉ!』


柏原 剛が後ろから咲の『マリオネット』に光学剣ソードを振り上げる。


(野郎じゃないし!)


それに……。


『俺を忘れてるぞ!』


『!』


その更に後方。爆炎から現れたのは進藤 守。

巨大なランスの一撃が、無防備となった柏原の背中に突き刺さった。


『ぐっ!しまった!』


バチバチバチバチッ!


『損傷率79%。』


ドッカーン!


『柏原ッ!』


消え行く柏原の『マリオネット』の爆炎の中、二体の『マリオネット』が立ち並ぶ。


ザッ!


ザッ!


2年A組の二体の『マリオネット』。

優勝候補の一角である遠藤達3年E組を相手に、七瀬抜きで互角に戦う勇敢なる兵士。


(正直、ここまで苦戦するとは思わなかった……。)


この距離なら、遠藤の肉声は二人に届く。

そして遠藤は、あえて二人の戦士の名前を聞いた。


「おい2年。七瀬 怜以外にも、ここまでやれる奴がいるとは思わなかった。称賛に値する。名を聞こう。」


少しの沈黙のあと、二人は目を見合わせてから頷いた。


「高岡 咲。」


「進藤 守だ。」


それは戦場を駆ける兵士の目だ。


遠藤は満足そうに、微笑む。


「これだから『対人戦』は面白い。」


「………。」


「AIとの戦闘では、なんつーか、燃えないだろう?しかし、今日は違う。」


ジャリ


「七瀬無しで、よくやった。感謝するぜ。」


「………。」


「しかしよぉ。七瀬がいれば、もっと燃えたはずだ。その楽しみを奪った罪は重い!」


「!」


「高岡!危ない!」


ビビビッ!


――――『シンクロ率100%』


二人が見たのた遠藤の怒り。

豹変する白銀の『マリオネット』が、その本性をあらわにする。


(まずい!)


『ガードフレイム!』


『先に倒すわ!』


ザッ!


二人の取った行動は対照的であった。


耐久型『マリオネット』を装着する進藤は、防御フィールドを展開し、遠藤 剣の攻撃に対し受け身の態勢を取る。


一方の高岡 咲は、スピード型『マリオネット』の敏捷性を活かし、遠藤の攻撃よりも、先に攻撃する選択肢を取る。


ワッ!


盛り上がる大観衆。


巨大なスクリーンに映る一回戦 最大のヤマ場を、生徒達は手に汗を握り見守っていた。

次の試合に備える神坂 義経(かみさか よしつね)もその1人。


そして神坂は呟く。


「2年A組か……。2年の割に健闘した。しかし、あいつを怒らせたらダメだ。」


個人戦の準決勝で見せた遠藤 剣の動きは尋常では無かった。学年ランキング1位の神坂だからこそ、勝つ事が出来たのだ。


「それだけに、七瀬が居ないのが惜しまれる。」


バシュッ!


ズバッ!


(な!……、スピードタイプの私の動きより……速い!)


ザワッ!


バリィーン!


進藤 守のガードフレイムを突き破る破壊力。


これが『ドラゴンランス』。



バチバチバチッ!


ドッガーンッ!


ドッガーンッ!


それは、あっという間の出来事。


白銀竜騎兵ホワイト・ドラグーンドラゴンランスが二人の『マリオネット』を木端微塵に打ち砕く。



『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 3年E組!勝者 3年E組!』



しゅう――――


戦場に残された『マリオネット』は1人。


遠藤 剣(えんどう けん)の白銀の『マリオネット』が空を見上げた。



2年A組、七瀬 怜の『クラス対抗戦』、七瀬の登場を待たずして



――――――――敗戦する










【女王降臨①】


日本政府が巨額の資金を投資して作り上げた軍事複合体企業『JAX』。

この日、東京都立武蔵学園の校舎に併設された『JAX』の修理工場は、損傷した『マリオネット』の修理に追われていた。


大会初日『クラス対抗戦』で損傷した『マリオネット』の数は60を越える。基本的に予選リーグは3日間で行われ、初日に参加した生徒達も翌日には二回戦に参加しなければならない。


急ピッチで作業が行われる工場の四階では、『防衛軍』の幹部が『クラス対抗戦』のデータに目を通していた。


「副理事長。今年の『対抗戦』の様子はどんなものかね。」


軍の幹部の名は永島少将。

いかにも軍人風の引き締まった身体に、丸眼鏡が不釣り合いの永島は、学園No2の東峰副理事長に声を掛けた。


「初日のデータはそこに有る。これと言って目当たらしい情報は無いですな。」


「うむ。そうか……。それは残念だ。」


永島少将は、書類に軽く目を通すと、『ふぅ』とため息を吐く。


「それにしても、ロシアはとんでもない兵器を造ったものだ。これは22世紀のテクノロジーだよ。我々は、その仕組みを解析する事すら出来ない。」


背中を丸める少将に、東峰は慰めるように声を掛ける。


「少将、その為の学園でしょう。兵器の開発も進んでおる。ソフト面ではほぼ解析は終わっている。違いますかな?」


「ふむ。」


初めてロシア軍が、新型機動兵器『マリオネチカ』を戦場に投入したのは10年前。圧倒的な性能で西側諸国の軍隊を子供扱いする『マリオネチカ』。


西側諸国が幸運だったのは、戦後間もなくして『マリオネチカ』を装着した兵士の一人を無傷で捕獲出来た事である。アメリカを筆頭とする西側諸国の科学者達は、すぐに『マリオネチカ』の開発を手掛けた。


見よう見真似で造られた機動兵器、その『パワードスーツ』の名は『マリオネット』と名付けららた。


『マリオネット』の技術は主にハード面とソフト面に分別される。『マリオネット』の形状や武器の研究は、いわゆるソフト面での研究。

驚く事に、ソフト面の開発は非常に容易なもので、プログラミングによって多種多様な『マリオネット』が開発された。


問題はハードコアの研究である。


肩と背中の部分に装着された『マリオネット』が

如何にして人間の身体を包み込み実装兵器へと変貌するのか。


装着した人間の身体能力に呼応し、シンクロする事によって超兵器へと姿を変える。『マリオネット』には、現代科学では解明出来ない多くの謎がある。西側諸国では、その謎の究明が殆ど進んでいないのが現状である。


「不思議なものだ。損傷率が限界を越えない限り、装着した人間への影響は殆ど無い。影響があるとすれば……。」


「『神埼 ヒロト』……ですな。」


「うむ。」


頷く永島少将に東峰は告げる。


「その事は軍の最重要機密でしょう。今に原因は明らかになります。何人か良い素材は見つかっている。」


「……例の2年の生徒。七瀬 怜か。彼女の初戦の試合データはどうだ?」


「残念ながら……。」


「…………?」


「七瀬は初戦不出場です。そして残る試合も一年生の格下相手。良いデータは取れないでしょうな。」


「そうか。」


「せっかく、全学年合同の大会にしたのに、無駄に終わりそうで残念な事です。」


「ふむ。明日以降の試合に期待している。」


それだけ言い残して、永島少将は工場を後にした。窓から少将を見送る東峰。


「副理事長………。」


話し掛けるのは秘書の白川 美里。


「宜しかったのですか。お嬢様とその『マリオネット』についての報告は……。」


白川の態度はあくまで事務的だ。

学園内で唯一信頼の置ける白川に東峰は静かに答える。


「心配しなくて良い。静香の事は後で報告する。今はその時ではない。」


東峰 静香―――――


2年C組のエースと呼ばれる東峰副理事長の1人娘。


(静香には活躍して貰わねば困る。静香こそがNo1なのだ。)






大会2日目


予選Cブロック


2年C組 対 3年B組


大会初日、3年生同士の直接対決を制し波に乗る3年B組。残る試合は2年C組と1年D組。格下相手に負ける訳には行かない。


学年ランキング6位の山崎 周(やまざき しゅう)が気合を入れる。


『いいか!予選ブロックは勝って当然!俺達の目標は優勝だ!』


『おー!』


『打倒、神坂!打倒、金剛!打倒、紫電!』


『Dブロックは遠藤 剣が2年A組に勝った様ですね。』


『シルバー・ドラグーンか……。奴も決勝トーナメントで俺達が倒す!』


『おー!やったるぜ!』


『行くぞ!!』


ザッ!


ザザッ!


2年相手に小細工は不要。正面突破で一気に蹴散らす。それが山崎の立てた作戦。

実際、昨日の試合でも下の学年が上位学年に勝った試合は無い。それほど1年間の経験の差は大きい。


6体の『マリオネット』が、フィールド中央を爆進する。


ビビッ!


(………ん?)


そこで山崎は、2年C組の現在地を確認する。

赤い点滅が味方の『マリオネット』。黄色い点滅が敵の『マリオネット』。その黄色い点滅。2年C組の『マリオネット』に動きは無い。


(………何だ?)


戦闘開始の位置と殆ど変わらず、同じ位置に固まっている点滅に山崎は首を傾げる。


『おい、カイト。どう思う?』


並走する甲本 カイトに、山崎は疑問をぶつける。


『さぁ?諦めたんじゃねぇか?2年が俺達に勝てる訳が無いからな。』


『ちっ!つまんねぇな。』


ビビッ!


『距離1200メートル』


『見えるか?』


『あぁ、やっぱり固まってるな。』


遠くに見える『マリオネット』は5体。

おそらく、もう1人は5人の後ろに隠れている。


『確か敵のエースは『東峰 静香』だか言うお嬢様だったな。』


『あぁ、副理事長の娘だ。怖くて仲間の後ろに隠れていると見える。』


『はん!お兄さん達が、懲らしめてやろうぜ!』


『よっしゃー!行くぜ!』


ビビッ!


『ん?』


ドバッ!!


『ぐわぁ!』


『!?』


それは、全く予期せぬ出来事であった。

甲本 カイトの横を並走していた3年B組のエース 山崎 周(やまざき しゅう)の身体が後方へ弾き飛ばされた。


バサッ!


いきなりの出来事に、受け身も取れず地面に叩き付けられる山崎。


『損傷率46%』


『がはっ!な!何だ!?』


ズキューン!


『!』


『山崎ッ!』


ドバッ!!


ドッガーンッ!!


次の瞬間、山崎の『マリオネット』が爆発し戦場から消え失せる。損傷率が限界を越えシンクロが解除されたのだ。


『な………。』


茫然と爆煙を見つめる甲本。


(ちょっと待て!今のは………。)


ビビッ!


『全員、警戒態勢!近くの建物に身を隠せ!』


バッ!


シュバッ!


ザザッ!


3年B組の兵士達が、慌てて岩山の後ろに身を隠す。


『おい!甲本!どう言う事だ!?』


動揺する兵士達。

それもそのはず、山崎 周を倒したのは、紛れもなくレーザー光線。模擬戦で戦うAI機が主力として扱う武器だ。


『バカな………。』


(『マリオネット』がレーザー光線だと?)


体積に限界のある『マリオネット』では、レーザー光線を扱うには限界がある。膨大なエネルギーを必要とするレーザー光線は、連射が効かない上に『マリオネット』の最大の特徴である機動力が著しく低下する。


リスクが高過ぎるのだ。


甲本は、今までにレーザー光線を武器とする『マリオネット』を見た事が無い。


(東峰 静香………。ふざけた事を……。)








【女王降臨②】


ザワザワッ!


大型スクリーンで試合を観戦していた生徒達にどよめきが起きる。


「金剛、どう言う事だ?レーザー光線など有りなのか?」


質問をするのは3年A組の紫電 隼人。

予選Aブロックは他のブロックより1クラス少ない為に、今日の試合は1試合のみ。A組は試合が無い。


「規定上は問題無いな。レーザー光線は正規の武器として認められている。」


「そうなのか?それにしては扱ってる奴を見た事がねぇ。」


腑に落ちない紫電に、金剛は説明を続ける。


「当然だ。あんな扱いにくい武器は無い。一度撃ったら充電に時間が掛かる。その上機動力が落ちる。充電が貯まるまでに接近されて殺られるのがオチだ。」


「はぁ……、なら何でアイツは使ってるんだ?」


それでも納得の行かない紫電に、今度は東堂 綾(とうどう あや)が答える。


「おそらく、新型AIと同じ武器を使っているわ。2発までは連射が可能だから、以前よりは使える武器かもしれないわね。」


「新型?あぁ、アレか。」


「それでも不利なのは変わらない。例え連射が可能でも避けられたらお終まいだもの。私なら絶対に嫌ね。」


スピードタイプの『マリオネット』を操る東堂にとっては、動きの遅い『マリオネット』など考えられない。


そこに、金剛 仁(こんごう じん)が口を挟む。


『見ろ、B組も同じ事を考えている。5人が一斉に突撃し一気にケリを付けるつもりだろう。動くぞ。』





ビビッ!


『甲本!山崎が殺られた。指示を頼む!』


『あぁ、すまん!予想外の攻撃に冷静さを失う所だった。』


甲本 カイトは、頭の中でシミュレーションを繰り返す。


『みんな、敵はレーザー光線を使う。』


『………。』


『しかし問題無い。要領はAI戦闘と同じだ。』


充電をする時間は与えてしまったが、俺達が接近するまでに撃てるレーザー光線は、せいぜい2発。その攻撃さえ避ければ俺達の勝ちだ。


『行くぞ!』


『俺達の機動力を舐めるなよ!』


ババッ!


ズキューン!


『!』


ドバッ!


『ぐっ!』


『損傷率49%』


『怯むな!止まったら奴の思う壺だ!』


ザザッ!


ズキューン!


『くっ!』


ズサッ!


(良し!2発目は避けた!)


『距離200メートル。』


もうレーザー光線は撃てない。


『うりゃあぁぁ!』


『殺っちまえ!』


残る3年の兵士は5人。

対する2年C組は、東峰 静香の前に5人の『親衛隊』の兵士がズラリと立ち並ぶ。


『ガードフレイム!』


『!』


『『ガードフレイム!!』』


『『ガードフレイム!!』』


その全員が耐久型『マリオネット』を装着。

親衛隊の兵士達は、真っ向から3年の『マリオネット』を迎え討つ。


ガキィーン!


バキィーン!


バチバチバチッ!


『損傷率18%』


『損傷率24%』


グワンッ!


ズバッ!


『ちっ!邪魔だ!』


ガキィーン!


バチバチバチッ!


(こいつら………。完全に防御に徹してやがる。)


すなわち、それは時間稼ぎ。


ズキューン!


ドバッ!


ズキューン!


ドッガーン!


『!』


『甲本!シゲルが殺られた!』


『な!何て威力だ………。』


(これはAI機のレーザー光線より破壊力は上。東峰 静香の『マリオネット』が他の『マリオネット』よりも大きいのは、そう言う事か……。)


機動力を極限にまで抑えて攻撃力に特化する。

動けない東峰の『マリオネット』を他の兵士達が守り抜く。機動兵器『マリオネット』の戦闘の概念を根底から覆す戦法。


『こうなりゃ!先に倒すか倒されるかだ!』


『前衛の雑魚を片付ければ俺達の勝ちだ!』


『うおりゃあぁ!!』


ドバッ!


ズバッ!


ドッガーン!


バシュッ!


バチバチバチッ!


ドッガーン!


ズキューン!


『ぐわっ!』


ドッガーン!


広大なフィールドを無視するかの様に、密集地で戦闘を繰り広げる両陣営。もはや実力も何もあったものではない。


最期に1人でも生き残った方が勝つ。

そんな原始的な戦いで、遂に8人目の兵士が爆発する。


ドッガーン!


もくもく


戦場に残る兵士は二人。


東峰 静香と甲本 カイト。


3年B組 甲本 カイト

3学年ランキング21位。

スピード型『マリオネット』を操る甲本が、目の前に現れた東峰 静香を目の当たりにする。

一般的な『マリオネット』よりも一回り大きいピンクサファイアの『パワードスーツ』を着こんだ東峰。


特に右腕に仕込まれたゴツいフォルムのレーザー光線用バックパックが、露出している首筋から胸元にかけての女性らしい しなやかさとは対照的にイビツな形を醸し出している。


東峰の『マリオネット』の呼称は『クイーンズ・ナイト』。女王静香を守る為の最強の『パワードスーツ』。


甲本と視線が合った東峰 静香は、侮蔑した表情で嫌悪感を露にする。


「なに、じろじろ見てるのよ。いやらしい。」


「な!?」


「あなた、ご自分の顔を見てから欲情するのね。私とはどう見ても不釣り合い。諦めなさい。」


「ななな!ふざけるなぁ!」


ブンッ!


光学剣ソードを振り上げる甲本。

この至近距離なら命中は確実。敏捷性に優れるスピード型の甲本の攻撃を(おそらく)攻撃型『マリオネット』を装着している東峰が避ける事は出来ない。


しかし


ブンッ!


『!』


(避けた………?)


ビュッ!


更に後ろへ遠ざかる東峰の『マリオネット』。


(は?バカか?スピード型の俺から逃げられるとでも思ったか!)


ザッ!


遠ざかる東峰を、追う甲本。


ザザッ!


『!?』


(なぜだ!)


ザッ!


ババッ!


スピード型の甲本の『マリオネット』が全力で追い掛けても東峰との距離は縮まらない。


『そんな、バカな!』


その距離は縮まるどころか広がる一方である。


ビビッ!


『!』


そして、レーザー光線の銃筒が甲本 カイトに向けられる。


『充電………完了。遊びはお終まい。』


その甘い声色は甲本 カイトには届かない。


ズキューン!!


『!』


ドバッ!


『損傷率83%。シンクロ解除。』


ドッガーン!!


『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 2年C組!勝者 2年C組!』



今年より全学年を対象とした『クラス対抗戦』に於いて、上位学年を破る金星を掴み取った初めてのクラスが、東峰 静香が率いる2年C組となる。


わっ!


『すげぇ!3年を倒したぞ!』


『静香様!素敵!』


『今年の2年はどうなってんだ?七瀬だけじゃないのか!?』


盛り上がる大観衆の視線は、巨大スクリーンに映る東峰 静香に集中する。


その姿はまるで、中世ヨーロッパの騎士団を統率する、偉大な女王の気品と風格があった。







西暦2047年


イスラエル西部


小高い丘の向こう側に建てられた壁の更に奥。そこには多くの住民が暮らしていた。


彼等は壁を越える事は出来ない。


イスラエル軍の兵士達が、常に監視の目を光らせているその場所は現代世界の縮図の様にも見える。


「パパ……。あれは何?」


父親の手を握る幼い少女が、若い父親に質問をする。


「怜……見てごらん。あの壁は人間と人間との間の優しさを隔てる壁だよ。」


「優しさを隔てる?悪い壁ってこと?」


少女には父親の話がよく分からない。

それでも、少女の父親は娘をこの場所に連れて来た。大切な何かを幼い娘に伝える為に。


「いつか、あの壁が取り払われ世界が1つになった時、世界は真っ白なキャンパスになる。争いが無い誰もが笑顔でいられる世界。そんな世界を造るのがお父さんの仕事なんだ。」


「ふぅん。花嫁さんみたいだね。」


「え?花嫁?」


少女の意外な言葉に、父親は思わず聞き返す。


「うん。この前、見たんだ。真っ白いお洋服を着た花嫁さん。とっても綺麗なの。」


「あぁ、日本に帰った時の結婚式の話か。」


確かに新婦の顔はとても幸せそうで、平和の象徴とも言える。


「パパの仕事は花嫁さんの仕事なんだね。うん!素敵!」


怜にとっての、幸せの象徴。

父親の言う白いキャンパスとは、きっと花嫁さんの事なのだろうと思う。誰もが真っ白いドレスを着た花嫁さんになれば、きっと世界は幸せになるのだろう。


(う~ん。怜には少し難しかったかな。)


そんな事を考えていると、後ろから一人の男性が声を掛けて来た。


「七瀬大使。そろそろ時間です。それに、ここは少々危険です。」


「ん、あぁ、今行く。無理を言って悪かったね。」


イスラエル北東部のゴラン高原がシリア軍に占領されてから1ヶ月。ここ西部でも焦臭い噂は絶えない。


ロシア軍の特殊部隊が、イスラエルの敵対勢力に力を貸していると言う噂は、あちらこちらから聞こえて来る。この丘も、壁の向こう側にいる敵対勢力からは目と鼻の先である。


「怜、そろそろ大使館に戻ろうか。」


「うん。パパ。」


若い父と娘が近くにあった車に乗り込み、父親が大使館の職員に合図をする。


(いつか怜にも、分かる日が来るだろう。)


運転する職員がアクセルを踏み込み、ブルンとエンジン音が響いたその時。


ドガッ!!


丘の向こうにある壁が砕かれる音が聞こえて来た。


(何だ?)


ブワッ!


「!」


「七瀬大使!あれは!」


壁の向こうから現れたのは5人の兵士。


その容姿は、よく見る迷彩服のそれではない。

マリンスーツの様な薄着の衣装を着こんだ男女が物凄い勢いで近付いて来る。

異様なのは、身体の一部から浮かび上がる装甲だろう。


深紅の装甲に統一された『パワードスーツ』。


それがロシア軍が開発した最新機動兵器だと知ったのは、数ヵ月後の事である。


キキィ!


急ブレーキをかけた車輌の前を5人の兵士が通り抜ける。


その最後尾を走る兵士。

怜は、その女性の兵士と目が合った。


(……あ!)


ブンッ!


「怜!危ない!」


それは、気まぐれだったのかもしれない。

女性の兵士が、片手に持つ長剣を軽く振り抜くと、次の瞬間、大使館の車が爆発した。


ドッガーン!


「パパ!」


それは絶妙なタイミングであった。

怜の父親が、爆発と同時に隣座席に座っていた怜を車外に放り投げた。


地面に叩き付けられた怜は、激しい痛みに呼吸が止まりそうになる。


それでも、怜には痛みなど気にする余裕はない。


「パパ!パパ!」


燃え盛る車輌の中に見えるのは、真っ赤な血を流す父親の姿。深紅の血が、怜の瞳に焼け付くように刻まれる。


(あぁ……。)


幼い怜は、その光景をただ見つめる事しか出来なかった。





【一角獣①】


西暦2057年 10月


東京都立武蔵学園『クラス対抗戦』


大会二日目


Dブロック


1年D組 対 2年A組


『守君!そっちに行ったわ!』


『任せとけ!』


試合開始早々に猛攻を仕掛ける2年A組。


『とりゃあぁ!』


ズバッ!


バチバチバチッ!


ドッガーン!


『良し!あと何体だ!?』


進藤 守は面前に展開する映像で、敵の位置を確認する。


ビビッ!


1年D組の『マリオネット』は残り2体。

画面上部へと逃げる『マリオネット』を1体の『マリオネット』が追っている。


七瀬 怜


今大会初参戦の怜は、花嫁衣装を彷彿させる純白の『マリオネット』を操り敵の兵士を追い詰める。


ビビッ!


『シンクロ率85%』


薄っすらと深紅の曲線が浮かび上がった。


なぜ、純白の衣装に深紅の曲線を浮かべるのか。高岡 咲は不思議に思い怜に聞いた事がある。


白の衣装は清らかな世界の象徴。

世界中で起きてる争いを平和の象徴である純白色に染める。それが七瀬 怜の願い。


「えっ、深紅の曲線?別に大した意味は無いわ。」


怜は咲の質問に、そう答えた。

深紅の曲線は、あの日、父親が流した鮮血。

黙っていても平和は訪れない。


だから怜は戦うのだ。


近い将来 訪れるであろう戦乱の先にある平和を掴み取る為に、七瀬 怜は強くならなければならない。


それが、あの日 亡くなった父の願い。



シュバッ!


純白の『マリオネット』から放たれる『フルーレ』の剣先が敵『マリオネット』の急所を正確に突き刺した。


ドッカーンッ!


(残り一体!)


ビビッ!


『!』


『うわぁあぁぁ!』


その爆煙の向こうから、破れかぶれで突っ込んで来るのは1年D組の『マリオネット』。


ビビッ!


『シンクロ率90%』


純白の機体に映える深紅の曲線が一層の深みを増した。『純白の花嫁』と形容される怜のしなやかな右腕が伸び『フルーレ』の先端が敵『マリオネット』に突き刺さる。


バチバチバチッ!


ドッカーン!



『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 2年A組!勝者 2年A組!』


それが、怜達2年A組の、今大会初勝利であった。





数分後


「お疲れ、怜!」


「咲こそ、お疲れ様。」


どうやら、大会二日目の最初の四試合は既に終わり、戻って来たのは2年A組が最後の様子である。


『防衛科』以外の生徒も観戦している会場は、ただならぬ熱気に包まれていた。


ザワザワ


中でも、ひときわ騒がしいのは2年C組が陣取っている会場。親衛隊と呼ばれる生徒達に囲まれているのはC組のエース東峰 静香(とうみね しずか)。


「静香様、お疲れっす!」


「冷たいジュースをお持ちしました。」


「えぇい!一般生徒は近付くんじゃない!静香様は休憩中だ!」


「そこっ!勝手に写真撮らない!!」


ザワザワ


遠目に見ても、凄い人だかりで、多くの生徒が集まっているのが分かる。


「怜……なにあれ?」


「さぁ………。」


ツカツカ


(………!)


首を傾げる怜達の近くに寄って来たのは、紫電 隼人。


(ありゃ?また紫電先輩だわ。)


「怜、紫電先輩よ。もしかして、あんた好かれてるんじゃないの?」


悪戯な笑みを浮かべて、咲が怜の腕をつついて合図をする。


「なに言ってんのよ。目を付けられてるのは確かだけど、どちらかと言うと悪い意味ね。」


ザッ!


ザッ!


二人の前で立ち止まった紫電は、ギロリと怜の顔を睨み付ける。


(うっ………。)


今度は何を言われるのかと内心落ち着かない怜。


ふっ


(…………?)


すると紫電は、表情を和らげ2年C組の方へと目を向ける。


「東峰 静香、あいつは何者だ?」


「え?」


「同じ2年だ。知ってんだろ?先ほど3年B組を倒しやがった。」


「!」


「今、会場は東峰の話題で持ち切りだ。新たなスター誕生って訳だ。」


「そうなんですか?まぁ、東峰さんは学年でもランキングはトップですから……。」


「今のトップは怜だけどね。」


「ちょっと!咲は黙ってて!」


実際、怜と東峰の実力は拮抗している。一年の時からの成績なら東峰 静香が上位の期間の方が長い。たまたま今は1ヶ月前の『模擬戦』でSランクを記録した怜がトップにランキングされているだけだと七瀬 怜は思っている。


「ふぅん……。」


紫電は、そう答えると質問の核心部分に触れる。


「で、あいつの『マリオネット』は何なんだ?」


「………?」


質問の意味が分からない怜。


「レーザー光線をぶっ放したかと思うと、最後に見せたスピードは攻撃型のそれじゃない。あれは明らかにスピードタイプの動きだ。」


「え?え?レーザー光線?」


紫電の言葉に驚く怜。


「東峰さんは、もともとスピードタイプの『マリオネット』を装着しているわ。レーザー光線って??」


「………。」


紫電は、怜の驚く顔を凝視する。


(あぁ……、紫電先輩。近くで見ると格好いいじゃない。)


なぜか隣で顔を赤らめる高岡 咲。


(ふむ。どうやら本気で知らないらしい。となると、今大会に備えて新たに開発した『マリオネット』って事か……。)


「まぁいい。決勝トーナメントで当たれば、どうせ分かる事だ。それと七瀬……。」


「は、はい。」


「残念だったな。お前と対戦出来ない事が悔やまれる。俺のスピードについて来れる奴はお前しかいないと思っていたのだが、本当に残念だ……。」


「紫電先輩……。お言葉ですが、私達の敗戦はまだ決まった訳では……。」


「ん?次の試合は3年E組と1年だろう?遠藤が1年に負ける訳が無い。安心しろ、お前達の仇は俺達が取る。」


そして紫電 隼人は語気を強める。


「最強は俺達3年A組だ。誰が来ても俺達が負ける事は無い。」


そう言い残し、紫電 隼人はその場を去って行った。


「…………。」


(何だったのかしら……。失礼ね。)


もっとも、紫電の言う事は間違いではない。

1年が3年に勝つなど夢のまた夢。

2年C組の東峰達が3年を破っただけで この盛り上がり。


つまり


奇跡でも起きない限り、怜達2年A組が決勝トーナメントへ進む事は出来ない。


そんな奇跡を、シルバー・ドラグーンを操る3年E組の遠藤 剣が許すはずも無いのだから。







【一角獣②】


大会二日目


Dブロック第二試合


1年B組 対 3年E組



「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


「『マリオネット』、オン!」


ギュィーン!


6体の『マリオネット』が戦場に出現する。



『剣!どうする?』


声をかけるのは渋谷 孝(しぶや たかし)。E組の中では遠藤に次ぐ実力者。


『どうするも何も相手は1年だろ?相手にもならねぇよ。』


遠藤の態度は素っ気ない。


『まぁな。じゃあ勝手にやらせて貰うぜ?全員、自由行動!各自、敵『マリオネット』を確認次第撃破!』


『ラジャ!』


『ラジャ!』


シュバッ!


遠藤以外の『マリオネット』が、拡散して攻撃に移る。これは完全に消化試合。誰が一番多くの兎を狩るのか?そう言うゲームだ。


『ふわあぁあ。』


大きなあくびをする遠藤。


(ちっ!相手が弱すぎるってのも面白くねぇ。明日の相手も1年だと思うとウンザリする。)


現在の他のブロックの状況は、Aブロックは3年A組。Bブロックは3年C組。優勝候補の二強が順調に駒を進めるだろう。Cブロックは明日の試合次第だが2年C組が勝ち上がるかもしれない。


(女王、東峰 静香か………。)


ゾクゾクッ!


(出来るなら、2年C組に勝ち上がって欲しいものだ。あの生意気そうな女を倒すのも悪くねぇ。)




一方


3年E組を待ち受けるのは1年B組の兵士達。


『上杉!どうすんだよ!』


『勝てる訳ねえまよ。さっさと降参しようぜ。』


格上相手の戦闘で、もはや戦意を失い掛けている。


(情けない………。)


仲間達の声を聞いて、肩を落とすのは『上杉 ケンシン(うえすぎ けんしん)』。

父親が根っからの歴史好きで、戦国大名の名前を名付けられた上杉は、相当な負けず嫌い。


『クラス対抗戦』の最後の模擬戦で好得点を叩きだし、見事学年ランキング1位を獲得した。

昨日の1年生同士の試合でも敵『マリオネット』を四体破壊する活躍を見せた絶対エース。


(はぁ……。いくら相手が3年だからって、戦う前から降参って、マジ情けない。)


上杉はげっそりした表情で仲間達に言う。


『お前達が諦めても、俺は一人で戦うよ。それと……。』


上杉が見たのは金髪外人少女エリー。


『エリーは今日がデビュー戦だろ?『マリオネット』の操作は大丈夫なの?』


1年B組の留学生エリー。

本国から取り寄せた『マリオネット』が届いたのは二日前。昨日の初戦には間に合わず今日がデビュー戦となる。


『オー!ダイジョブ!ダイジョブ!任せてちょーだい!』


『はぁ……。』


妙にテンションが高いエリー。

相手が格上の3年生だと言う事すら分かっているのか疑わしい。


(だいたい先生も先生だ。模擬戦に一度も参加していない生徒を試合に出すなんて。)


(日本での思い出作り。って所か………。)


先生も俺達が勝てるとは思っていない。



ビビッ!


『!』


『上杉!来たぞ!』


『仕方ねぇ!俺達もやるだけやるぜ!』


『おー!特攻だ!』


ズサッ!


バッ!


シュバッ!


この戦い。戦国時代で言うなら、負けいくさとでも言うのだろう。


(しかしよぉ………。)


戦国時代の多くの武将は、負けると分かっていても、最後まで戦い抜いた。


それが、男・上杉 ケンシンの心意気。


『遠藤 剣に一太刀あびせるまでは負けられねぇ!』


シュバッ!


戦国武将を彷彿させる上杉の『マリオネット』の頭部には、謙信ゆかりの日輪と三ヶ月のマークが施されている。


ビビッ!


『距離300メートル』


前方に見えるのは、敵の『マリオネット』2体と仲間の『マリオネット』3体。


数の上では、こちらが優勢。


しかし


バシュッ!


ズバッ!


『ぐわっ!』


『どわぁあぁぁ!』


技術と経験が違う。案の定、やられているのは1年B組の『マリオネット』。


仲間には悪いが、油断と隙を狙うしか上杉が勝てるチャンスは無い。


ドッカーン!


ドッカーン!


ドッカーン!


立て続けに3体の『マリオネット』が爆発し、仲間3人が殺られるのには、1分も掛からない。

戦場に立ち込める爆煙が、兵士達の視界を塞ぐ。


そこが狙い目。


『うぉりぁあぁぁ!!』


『!』


『!』


上杉は、爆煙の中に突っ込んだ。


攻撃型の『マリオネット』を操る上杉の光学剣ソードの威力は強い。

当たれば、相当なダメージを与えられる。


バキィーン!


(当たった!)


『そこだぁあぁ!!』


バシュッ!


ドガッ!


無我夢中で光学剣ソードを振り回す上杉。


『ぐわっ!ちょっと待て!うぉ!?』


バチバチバチッ!


『損傷率73%』


ドッガーン!!


そして、遂に敵の『マリオネット』が爆発した。


『よっしゃあ!』


1人……倒した。


(1年生が3年の『マリオネット』を倒したんだ!)


ビュンッ!


『!』


ズバッ!


『うわっ!』


次の瞬間、上杉の『マリオネット』が、吹き飛ばされた。面前に浮かぶ映像に記された『損傷率』は24%。


(傷は浅い………。)


『おいッ!1年!』


ビクッ!


目の前には3年E組の『マリオネット』を操る男が上杉を睨んでいる。


ゴクリ


男の名前は柏原 剛(かいばら つよし)。


『てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ。1年のくせに生意気な奴だ。』


『うっ!』


ものすごい威圧。

さすがは上級生と言った所か。


しかし


上杉 ケンシンは立ち上がる。

タイマン勝負は望む所だ。


『1学年ランキング、1位の実力を見せてやる!!』


『ほざけっ!』


ガキィーン!


ブワッ!


バキッ!


『ぐっ!』


一進一退の攻防も、やはり実力は柏原が上。

徐々に『マリオネット』が斬り刻まれ『損傷率』が増加して行く。


『損傷率65%』


(ここまでか………。)


すっ―――


上杉 ケンシンは、もう一度、光学剣ソードを構え直す。


『む………?』


(気配が変わった?)


対する柏原も、光学剣ソードを前方に構え、警戒態勢を取った。


(1年にしては大したものだが、所詮はここまで。)


ジャリ


(本気で殺り合えば俺が負ける事は無い。)


『行くぞ………。』


男と男の真剣勝負。

そこには、1年も3年も関係無い。


柏原は、相手の実力を認めた上で全力で上杉を叩き潰す。


そう決意した時。


ビビッ!


『距離400メートル。』


柏原のレーダーに反応があった。


(何だ?)


光が点滅している方へと振り向く柏原。


『!!』


すると、ものすごい勢いで、突っ込んで来る一人の兵士が見えた。


『な!近い!!』


ブワッ!!


そして、その兵士は空を飛ぶ。


『チョワーッ!!』


(な!ジャンプ!?)


『マリオネット』の機動力は生身の人間の数十倍にも達し、跳躍力もその1つ。柏原を目掛けて空を飛んだ兵士が光学剣を振り上げた。


『ふん!素人が!』


しかし、空からの攻撃は『マリオネット』の戦闘のセオリーからは かけ離れている。なぜなら、空中では身体を移動させる事が出来ない。


下から狙い討ちにされるのがオチなのだ。


『エリー!』


シュバッ!


『!』


そこに、上杉が割って入った。


『ちっ!しまった!』


空と地面からの同時攻撃。

さすがの柏原も、これには対応出来ない。

柏原の攻撃は、既に空中の敵を捉えている。


(仕方ない、一人だけでも倒しておくか!)


狙うは空中の敵。


シュバッ!


『ウリャッ!!』


『!』


バッコーンッ!


その柏原の光学剣ソードをエリーが右足で蹴り飛ばした。


『なんだそりゃ!?』


『貰ったぁあぁぁ!!』


『トゥリャアァァァ!!』


バシュッ!


ズバッ!


『ぐわぁ!』


ドッガーン!!


二人の同時攻撃で、遂に柏原 剛の撃破に成功する上杉 ケンシン。


(やった………。勝った………。)


エリーの乱入には驚いたが、エリーがいなければ負けていた。


『エリー!大丈夫か!』


地面の着地に失敗したエリーに駆け寄る上杉。


『ケンシン!いやいや、遅くなってゴッメーン。』


ベロりと下を出すエリー。


『ホラ、久し振りの実戦だったから、少し時間が掛かったのよ。』


『ん?』


(時間が掛かった?)


意味が分からず間の抜けた顔をする上杉に、エリーは説明を補足する。


『ウ~ン。だから時間が掛かったのよ。敵『マリオネット』を破壊するのにッ!』


『は?』


ビビッ!


慌てて上杉は、面前の表示を確認する。

味方を表す赤い点滅は2つ。これは上杉とエリーの二人。どうやら他の仲間達は全員殺られたようだ。


そして


『な!なんだこれ!?』


敵の位置を示す黄色い点滅は1つ。

上杉が倒した2人以外にも3人の敵を既に倒した計算になる。


『フッフーン。』


何やら自慢気な表情のエリー。


『お前………?』


コクン。


『お前が殺ったの?』


コクンコクン。


エリーは大きく二度頷いた。


『ちょっと待て!お前一人で三年生を三人倒したってのか!?』


コクンコクンコクン。


そこには、エメラルドグリーンの『マリオネット』を着込んだエリーが無邪気な笑顔を見せていた。






【一角獣③】


数分前


3年E組の実力者、渋谷 孝(しぶや たかし)の光学剣ソードが虚しく空を切った。


(な!速い!!)


『チョイサー!』


ズバッ!


『ぐぉ!』


バチバチバチッ!


『損傷率73%』


ドッガーン!


『これで三人目っと!』



ザワッ!


巨大スクリーンで、試合を観戦する生徒達に衝撃が走る。


「すっげぇ!渋谷まで倒しやがった!」


「これで3人目だそ?しかも、殆ど楽勝じゃないか!」


「誰だ、あの外人!?」


「つか、あれ子供だろ?何で『マリオネット』を装着してんだ?」


『誰でもいいよ!可愛いければ問題なし!』


ザワザワ


同じDブロックの2年A組の生徒達も、驚きのあまりスクリーンに釘付けとなる。


『怜……、あの子、この前の外人よ。』


『うん。1年の代表選手だったのね。』


金髪のお人形さんみたいな女の子。

少し変わった子ではあったが、まさかこれほどの実力者だったとは思いもよらない。


カタカタカタ


鈴木 慎二郎がノートパソコンで『模擬戦』のデータを確認する。


『どうだ?何か分かったか?』


質問するのは進藤 守。


1年B組 エレノア・ランスロット。

模擬戦成績 なし


「ダメだ。模擬戦の実績は無し。昨日の試合にも不参加だな。今日がデビュー戦みたいだ。」


「デビュー戦?信じられねぇな。」


「ちょっと待って!」


そこに口を挟むのは諸星 圭太。諸星はスクリーンに映るエリーを指さした。


「あのエンブレム………。見覚えがある。」


「……圭太君?」


「確かあれは、英国連邦の軍隊が使うユニコーンをあしらったエンブレムだ。」


「英国連邦?軍隊だと?」


「すると彼女はイギリスからの留学生って事かしら?」


カタカタカタ


続けて鈴木がエレノアの名前を検索する。


「………!」


「どうした?」


「守、みんなも見てくれ。」


「!」


パソコンに表示されたのはイギリス連邦で行われた『マリオネット』の大会成績。


2055年

ジュニアチャンピオン

エレノア・ランスロット


2056年

ジュニアチャンピオン

エレノア・ランスロット


「な?大会二連覇中?」


「ジュニアってのは何歳までを言うんだ?」


「うん。これによると、15才までに参加資格があるらしいな。そして、エレノアの年齢が……。12歳?」


「12歳って、子供じゃない!」


「昨年の大会時で12歳だ。今は13歳か。」


「どっちにしても、やっぱり中学生よ。何でうちの高校にいるのよ。」


思わず声が大きくなる咲。


日本では『マリオネット』の授業があるのは高校生から。その高校も武蔵学園と大和学園の二校のみ。


「確かイギリスは西側諸国で最初に『マリオネット』の開発に成功した国のはずだ。」


カタカタカタ


「あぁ、政府も力を入れているようだ。『マリオネット』養成学校の数は日本の比じゃない。小学生が通える学校もあるみたいだ。」


「………。」


『マリオネット』先進国


「そんな国の大会で二連覇って………。」


「ジュニアとは言え、大会のレベルは日本の高校生クラスかもな。」


「1年B組……。とんでもないジョーカーを隠していたようだ。」


ゴクリ


進藤の言葉に沈黙する生徒達。


「ちょっと待って。」


「………怜?」


「どうした七瀬。何かあったのか?」


「これって、もし1年B組が勝ったら、私達にもチャンスがあるってことよね?」


「………あ。」


「2勝1敗で3クラスが並べば……。」


「エリーちゃん、応援しましょう!そして明日、私達が1年B組を倒せば。」


「「決勝トーナメントに進出出来る!!」」


「良し!希望が湧いて来たぜ!」


「頑張れエリー!!」


急に元気を取り戻す2年A組の生徒達。

その中で、一人浮かない顔をするのは進藤 守。


(3年E組には、まだシルバー・ドラグーンの遠藤先輩がいる。そんな簡単に遠藤先輩を倒す事が出来るなら苦労はしない。)






しゅう


戦場に残された3年E組の兵士は一人。


白銀竜騎兵シルバー・ドラグーンの『マリオネット』を装着した遠藤 剣が、ゆっくりと立ち上がる。


ビビッ!


(俺以外、まさかの全滅かよ……。)


ビビッ!


(対する1年の生き残りは二人。)


『距離1000メートル。』


ザッ!


『これだから『対人戦』は止められねぇ。』


『ドラゴン・ランス!』


ブンッ!


遠藤は巨大な竜の槍を前方に向けて構える。


『距離800メートル。』


(あれか………。)


突撃して来るのは1年B組の二人。


上杉 ケンシンは攻撃型の『マリオネット』。

頭部に施された紋章が戦国時代の兜を連想させる。


もう一人、小柄な少女が着ているのはエメラルドグリーンの『マリオネット』。

しかし、派手な金色の長髪が『マリオネット』以上の存在感を醸し出している。


(見た事の無い『マリオネット』だな。スピードタイプか?)


スピード型の『マリオネット』は、比較的体積の少ない形状が目立つ。重量もそうだか、空気抵抗なども考慮されて設計されている為、大型の『マリオネット』ではスピードが出ない。


見たところ、少女の『マリオネット』は軽量タイプ。攻撃力や耐久力よりも速さ優先と言ったところか。


(スピードタイプなら、紫電や東堂と同じ。対策は既に考えてある。)


『望むところだ!』


グワンッ!


グルグルグルッ!


『!』


遠藤 剣は巨大な『ドラゴン・ランス』を頭の上で回転させる。


四方どこから攻撃を受けても即座に反撃出来る攻防一体の構え。攻撃力なら遠藤が上。


『さあ 、来い!二人まとめて倒してやる!』


ザッ!


『エリー!どうする!?』


遠藤の構えに動揺する上杉。


『フーン。面白いわね。』


しかし、エリーは意に介す様子も無い。


『ど!どうすんだよ!?』


『そーね。』


シュバッ!


『は?』


エリーは、またしても空中へ跳躍する。


『な!そりゃ無茶だろ!』


遠藤 剣が振り回している巨大な槍に向かって、空中から攻撃するなど無謀にもほどがある。


『くっ!また俺が行くしかねぇのか!』


上杉 ケンシンはそのまま一直線に遠藤に突進。

空と正面からの同時攻撃。


グルグルグルグルッ!


『なんだ!何の策も無しかよ!』


遠藤の怒声が響き渡る。


(仲間達が殺られたからには、どんな凄い奴等かと思ったが、単なるまぐれか……。)


『そんな事で、シルバー・ドラグーンを倒せるとでも思ったか!!』


シュッ!


『!』


『『マリオネット』、オン!』


シュルシュルシュルッ!


『な?なに!?』


その時、エリーの声に反応した『マリオネット』から新たな装甲が浮かび上がる。


それは二枚の巨大な翼。

そして、一角獣ユニコーンの美しい角が巨大な槍となって出現する。


英国連邦が誇る最新型『マリオネット』



―――モデル『一角獣ユニコーン




シュバッ!


短時間の空中移動を可能にした『ユニコーン』が『シルバー・ドラグーン』の背後に回り込む。


グワンッ!


『ちっ!』


『うぉりぁあぁ!』


正面からは上杉 ケンシン。


背後からはエレノア・ランスロット。


それでも、遠藤 剣は怯まない。


『ドラゴン・ランス!』


グルグルグルグルッ!


竜の牙が二人の兵士に襲い掛かる。


『ユニコーン・ランス!』


『!』


ズババババッ!!!


一角獣の角が、竜の牙を削り取る。


(な!この威力は!?)


エレノア・ランスロットの『マリオネット』はスピードタイプではない。


第二形態へと進化した『一角獣ユニコーン』はバリバリの超攻撃型。


(まずい!立て直さなければ!)


『ドラゴン・ランス!!』


ガキィーン!!


(止まった………。)


ズバッ!!


『ぐほっ!』


『とどめだぁ!』


遠藤の後ろから攻撃を仕掛けるのは上杉 ケンシン。遠藤の『ランス』は、エリーの『ランス』を押し留めるので精一杯で、上杉の攻撃を防ぐ余力は無い。


ドバッ!


バチバチバチッ!


『まさか……。この俺が1年ごときに………。』


ドッガーン!!




『ミッションクリア!コングラチュレーション!』


『勝者 1年B組!勝者 1年B組!』



戦闘の余韻が残る戦場で、金髪少女エレノア・ランスロットが、屈託の無い笑顔を見せる。


『ケンシン!勝ったぞ!良かったなー!』


『エリー………。その『マリオネット』……。お前、何者なんだ?』









To be continued



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ