06・ドラゴンと贈り物
――ズシンッ
大きな音と共に、世界が揺れました。
ドラゴンがやってきたのです。
ヴァジエーニは驚いて固まりました。
――しまった、どうすれば?
突然のことに、頭は真っ白。
何もいい考えが浮かびません。
ヴァジエーニがドラゴンを見つめて固まっていると、ドラゴンが口を開きました。
「今、聞こえていた音楽は貴様の演奏か?」
ヴァジエーニは声も出せず、ただ、うなずきました。
「それを見せてみろ」
ドラゴンはそう言ってヴァジエーニから笛を取り上げました。
その大きな手で、小さな笛をためすがめつし、言いました。
「この笛はすごいな。音だけでなく、見た目もとても美しい。王様や貴族、偉い人だけがもてるものなのか?」
驚いたヴァジエーニはしどろもどろになって答えます。
「いや、違うよ。これは私の父が作ったもので、街に住んでいる普通の人たちのために作っている笛と、同じものだ」
それを聞いたドラゴンは目を丸くしました。
「そうなのかっ! こんな美しい笛の音色が城の中だけでなく、国中で響いているとは。貴様の住む王国は、すごいところなのだな」
ヴァジエーニはハッとしてドラゴンを見つめました。
――辛く苦しいとき、音楽は勇気をくれる
「父さんはみんなに音楽を、勇気を与えたかったのか……」
その言葉が胸にストンと落ちて、ヴァジエーニの胸がじんと熱くなりました。
そして、「ああ、自分は本当になにも、なんにも分かっていなかったのだ」と、顔をふせ、にじむ涙を隠しました。
そのあいだも、ドラゴンは笛を興味深そうに見つめています。
「むむむ……。私も貴様のような演奏をしたいのだが。笛とはこんなにも小さなものなのか」
ドラゴンはがっかりして肩を落としました。
その姿を見て、ヴァジエーニはなんだか、ドラゴンが気の毒になりました。
「……えっと、先ほど言ったとおり、この笛は私の父が作ったものだよ。だから、父に頼めば、ドラ……ええと、あなたでも使える笛を作ってもらえるかも、しれない」
「なにっ、それは、本当か?!」
ドラゴンは大喜びです。
「私はずっと、金銀財宝をかき集め続けてきた。それで一時は満足するのだが、すぐに飽く。それで、なんども、なんども、財宝を集めたが、ちっとも満たされたためしがない」
ドラゴンは興奮したようすで言葉を続けます。
「だが、今日、貴様の笛の音を聞いて、初めて心が、心の奥が動いた。満たされ、安らいだ。私は、どうしても、自分も同じような演奏がしたいのだ」
そうやって話している間に不思議なことが起こりました。
緑がかった黒いドラゴンが、つま先や尻尾から、だんだんと黒い色が抜けていったのです。
ヴァジエーニは目を見張りました。
ドラゴンからどんどん色が抜け落ち、白くなってゆき……。
気がつけば白く輝く、真っ白なドラゴンになっていました。
「君、色が……」
ヴァジエーニの言葉に自分の体を見たドラゴンは、ヴァジエーニと同じように目を見張りました。
しばらく、ポカンとしていたドラゴンですが、落ちていた聖剣に気がつき、それを拾うと目をつぶり、深々とため息をつきました。
「……ああ、長らく忘れていたが、私はもともと白いドラゴンだったのだ。昔、王国では神として崇められていたのだ。この聖剣も、私が当時の王に贈ったものだ」
ヴァジエーニはびっくりして、ドラゴンをまじまじと見つめました。
ドラゴンは昔の王様たちと仲が良かったのです。
ドラゴンは王国のために、色々なことをしてくれて、人間たちもドラゴンに感謝して、ささやかながらにお礼をして、互いに尊重しあいながら暮らしていました。
けれども、ある日、一人のお姫さまがドラゴンに言い放った言葉が、すべてを変えてしまったのです。
みんなが大切にしているドラゴンに、初めて会ったお姫さまは言いました。
「まあ、これが神ですって? 冗談でしょう? 大きくて白い、ただのトカゲじゃないっ! 気持ち悪いっ! 気持ち悪い、バケモノよっ!」
ドラゴンはとても傷つき、とても悲しく思いました。
そして、自分を傷つけたお姫さまに、王族に、人間に腹が立って、憎くなりました。
すると、体も真っ黒に染まっていきました。
お姫様の言葉は、呪いの力を持っていたのです。
ドラゴンは吠えました。
「ああ、そうだろうともっ! 私はバケモノさ。気持ちの悪い、バケモノさっ! だから、貴様ら人間を苦しめてやるっ!!!」
そうして、ドラゴンは飛び立ち、今いる雪山に住むようになったのでした。
「だが、貴君の奏でる笛の音を聞いていたら、思い出したのだ。彼女の言葉が私を呪うまでは、私はみんなが大好きで、とても楽しかったのだと……」
ドラゴンの大きな瞳から、大きな大きな涙が一粒、こぼれ落ちました。
ヴァジエーニはそれを見て、ドラゴンに声をかけようとし、迷って、口を閉じました。
泣いているドラゴンに元気になってほしい、と思ったのですが、自分の提案が相手を怒らせてしまうのではないか、と不安になったのです。
自分の言葉を喜んでくれるだろうか。怒らせてしまうかも。それとも、バカにされるかもしれません。
ヴァジエーニはとても迷いましたが、勇気を出して言いました。
「……そ、それじゃぁ、また、人間と仲良くしてみないか? それで、その、まずは私と友達になって、一緒に笛を演奏しようっ!」
真っ赤になって震えているヴァジエーニが差し出した手を、ドラゴンは目を丸くして見ていましたが、やがて、にっこりと笑って言いました。
「……あぁ、そうだな。それは、とても楽しそうだ」
そう言って、ドラゴンはその大きな手でヴァジエーニの小さな手を、そっと握ったのでした。
こうして、ドラゴンとヴァジエーニは友達になり、王様に謝るため、たくさんの宝物を持ってお城に向かいました。
王様は自分が、ふたたび神様と仲良くすることになった王様として、歴史に名前が残ると思うと、嬉しくてたまりませんでした。伝説の剣が戻ってきたことにも、大喜び。
王様は、ドラゴンと快く仲直りしてくれました。
そして、ヴァジエーニに下心いっぱいの贈り物をおくった人たちは、武器と毒が仲直りに役立ったなんて言えないので、とても悔しがり、がっかりしていました。
その後、ヴァジエーニがドラゴンと一緒に家に帰ると、両親は驚きながらも、とても喜んでくれました。
母親がいつまでも泣き止まず、でも、今までのように冷たくできないヴァジエーニはとても困ってしまいました。
父親はドラゴンが使えるほど大きな笛を作ることになり、とても大変だ、と言いつつも、ご機嫌で笛を作り始めました。
それから王国では、ドラゴンの大きな笛の低い音と、ヴァジエーニの奏でる笛の高い音が奏でる音楽が聴こえるようになりました。
ある日、ドラゴンはヴァジエーニに言いました。
「ヴァジエーニ、私は神として敬われ、たくさんの贈り物をもらってきた。だが、君からもらった贈り物ほど、素敵なものはなかったよ」
ヴァジエーニは微笑んで言いました。
「ふふ、そうかい? 私の父さんの作る笛は、そんなにすごいのかと思うと誇らしいな」
嬉しそうなヴァジエーニを見て、ドラゴンはキョトンとしました。
そして、小さな声で言いました。
「たしかに、この笛は素敵だが、私はもっと良いものをもらったのさ」
あの日、ヴァジエーニが差し出した手を思い出し、ドラゴンはニッコリと笑いました。
おしまい