05・両親からの贈り物
「負けた。ドラゴンは私なんかより、ずっとずっと、強かったんだ……」
ヴァジエーニは自分はなんて滑稽なんだろう、と思いました。
今まで、ずっと、自分はそんなにすごくない、とみんなに言ってきました。
でも、みんなは自分より劣っていて、自分よりすごい人がいるなんて、思ったことがなかったのです。
だから、ドラゴンに負けるかもしれない、なんて、本気で考えてはいませんでした。
そして、ヴァジエーニは気づきます。
自分は剣術と魔法に秀でていて、みんなにすごいと言われ、いい気になるばかりでした。
けれども、みんなだって、ヴァジエーニにはできない「何か」ができる、すごい人だったのではないでしょうか。
みんなはヴァジエーニより優れたところがあって、でも、みんなにはできない剣術と魔法に優れたヴァジエーニを認め、誉めていたのです。
そんなことも分からず、ヴァジエーニは自分が得意な事ができないみんなをバカにして、自分は特別だと思っていたのでした。
――劣っていたのは、自分の方だ……
ヴァジエーニは恥ずかしくて、消えたくなりました。
ヴァジエーニは母のように、薬を作れません。
父のように笛を作れません。
できないことはたくさんありますが、自分は 両親に見下されたことなど、ないのです。
そこまで考えて、ふと、思い出すことがありました。
王様に会うため、家を出る日。
母はヴァジエーニに薬の入った小瓶を渡しました。
「あなたは昔からずっと、いつか旅に出る、と言っていたから、お母さんもちゃあんと準備しておいたのよ」
得意気な母は、どんなケガもこの薬があれば大丈夫、と自信満々でした。
そのとき、ヴァジエーニは「自分は強く、魔法も使えるから大ケガなんかしないのに……。余計なことを」とうんざりしながら受け取ったのです。
――自分はお礼さえ言わなかったはずだ。
悔やみながら、胸元に下げた小瓶を引っ張り出します。
「ありがとう、母さん」
ヴァジエーニが薬を飲むと、体の中からぽかぽかと温かくなり、みるみるうちに傷がふさがり消えていきました。
ヴァジエーニはこの薬がなんなのか気づき、ぎょっとしました。
この薬は作るのに、とても手間暇がかかるのです。
最初に、材料を集めるところからが面倒なのです。
北の森の薬草や、南の湿地にある薬草、東の果てにいる動物の牙に、西の海にいる貝など、いろいろな場所に採りに行かなければなりません。
その下処理は月の光を何日もあてたり、陽の光をあてたり、川の水に何日もさらしたり……。
とにかく、時間がかかるのです。
そして、作るのも火加減や時間がその日の天気や温度によって、まったく違うので、作れる薬師はほとんどいないのです。
――母さんはすごい人だったのだ
ヴァジエーニは今さらながらに気づきました。
そして、父親のことを思い出しました。
父親も母親と一緒に、旅立つヴァジエーニに贈り物をしたのです。
その日、父親はめずらしく、口を開きました。
「音楽は悲しいとき、辛いとき、また、嬉しいとき、いつでも共にあるべきだ。辛く苦しいとき、音楽は勇気をくれる。人に勇気を与えることができる」
そう言って、ヴァジエーニに自分が作った笛を渡したのでした。
――昔、両親が大好きだった頃を思い出すな……
昔はよく、父親とヴァジエーニが笛で演奏し、母親は歌い、とても楽しかったのです。
ヴァジエーニは剣と反対側の腰に、そっと手を伸ばしました。
そこには父親からおくられた笛がずっとあったのです。
ヴァジエーニは、そっと笛に口をつけました。
美しい笛の音が響き、父が作る笛の音色はやはり素晴らしいな、とヴァジエーニは目を閉じ、涙が頬を伝いました。
ヴァジエーニの心は、あの日の友達の一言に、小さく小さくなって、固く、冷たくなっていました。
そして、父親と母親を見下して、冷たくあたるようになりました。
それでも二人はヴァジエーニを心配し、大事に思っていたのです。
ヴァジエーニはとても愛されていたのです。
そう気づいたとたん、ヴァジエーニのこんがらがって、固く、ほどけなくなった心が、ふっとほぐれました。
そして温もりとともに、どこまでも、どこまでも広がって……。
その温もりは笛の音にのって、ヴァジエーニから溢れ出しました。
鳥のように、空高く舞い上がり。
風のように、雪原の上を吹き渡り。
世界に広がって、溶けてゆきました。
笛の音がやみ、ヴァジエーニは晴れ渡った空を見上げました。
そして、世界はこんなにも美しかったのか、と、また、涙をこぼしました。
そうやって、こころゆくまで演奏したヴァジエーニの耳に、バッサバッサと大きな音が聞こえてきました。