04・雪山のドラゴン
山頂の、ドラゴンの棲家に着いた頃には、ヴァジエーニは疲れ切ってフラフラでした。
肩に担いでいた荷物が、雪の上にドサリと落ちます。
寒くてたまらないし、冷えた指も耳も、風にさらされた頬も、真っ赤になって、ヒリヒリと痛みました。
ヴァジエーニは一休みしたいと強く思いましたが、この雪に覆われた山頂で、体を休められる場所がありません。
ヴァジエーニは憂鬱そうな顔で、荷物を眺めました。
彼の腰には、王様にもらった伝説の剣と魔法の杖がありました。
本当なら、このままドラゴンに挑みたいのですが、せっかくの贈り物を全く使わなかったら、くれた人たちはどう思うだろうか。
そう思ったヴァジエーニは、なんとか、全ての贈り物を使おう、と頭を捻りました。
雪のように冷たくなった鎧を、その重さに苦労しながら、ガシャガシャと音を立てて着込みます。
槍は、少し考えて弓矢と一緒に背中に背負いました。
ドラゴンを殺すために用意された毒の入った小瓶は、紐を使って胸元に下げました。
短剣も、少し考えて腰に。
さらに、眠り薬の入ったお酒も腰に。
大きな盾は背中に背負おうとして、弓矢と槍にぶつかってしまったため、左腕にくくりつけました。
投げナイフをどうすればいいのか迷いに迷い、ヴァジエーニは、鎧の上からマントを羽織り、その裏に忍ばせました。
それでも、贈り物はまだまだ、たくさん残っています。
ドラゴンの気をそらすために、と用意された宝石に、金の盃。
武器だって、まだ、斧や鎖鎌、それから、吹き矢なんてものまでありました。
ヴァジエーニはイライラとしたようすで、荷物をにらみつけました。
「もういっそ、全部、捨ててしまおうか……」
体は冷え切ってぶるぶる震え、冷たくなった指先や耳は真っ赤になって、じんじんと痛みます。
しかも、「贈り物」という名の荷物を背負っていた肩はガチガチに固くなって痛み、雪の中を歩き続けたためか、足取りもおぼつきません。
少しでも気を抜けば、崩れ落ちそうでした。
――寒いし、痛いし、疲れたし……。もう、眠くてたまらない
ヴァジエーニは惨めで、腹が立って、泣きそうで、些細なこと全てにイライラしていました。
もう、ドラゴンをどう倒そうか、なんて、とても考えられないし、とにかく、全てを終わらせて、すぐにでも帰りたかったのです。
だから、いつものヴァジエーニだったなら、たくさんの荷物など邪魔だと判断してドラゴンのもとへ向かったはずなのに、ごちゃごちゃした荷物を身に着けて、さらに、残った贈り物も引きずって運び、そのままドラゴンのすみかへ飛び込みました。
「失礼するよ、ドラゴン。王様から君が奪った宝物を返してもらいに来たよ」
ヴァジエーニが挨拶もそこそこに声をかけると、ドラゴンがのそりと顔を上げました。
「……なんだ、おまえは。ここにあるものは、すべて私のものだ。返さなければならないものなど、どこにもないぞ」
「王様を脅して手にいれたものだろう? そういうのを不当に手に入れた、というのさ」
「そんなことは知らん。さっさと帰れ」
ドラゴンはヴァジエーニが自分よりとても弱い人間だと思っていたので、羽虫を払うような気持ちで、対応しました。
「そうか、返してもらえないのなら、あなたを倒させてもらう」
ヴァジエーニがスラリと剣を抜いたかと思うと、すっと一振り。
ドラゴンが首を傾げて避けると、後ろにあった岩にすっと切れ目が入って崩れ、大きな音を立てました。
ドラゴンはびっくりして後ろの岩を見て、もう一度、ヴァジエーニを見ました。
そして、剣を構えるヴァジエーニを見て、大きな炎を吐き出しました。
ヴァジエーニはさっと避けようとしましたが、着慣れない鎧がガチャガチャ音を立てて、逃げるのを邪魔します。
体制を崩したヴァジエーニは、わざとゴロゴロ転がって、ギリギリ炎から逃げました。
ドラゴンはそれを見て、ヴァジエーニは弱そうだと思い、そのまま、大きな足で踏み潰そうと、片足を上げました。
ちょうどその時、鎧に腹を立てたヴァジエーニが、鎧を外してドラゴンへと投げつけながら逃げました。
ヴァジエーニはドラゴンが少しは痛がるかと思っていましたが、鎧がぺちゃんこになっただけでした。
その後も、剣を向けても爪で弾かれ。
魔法も炎は尻尾で叩き潰され。
風の魔法はドラゴンの翼が起こす竜巻に消し飛ばされ。
氷の魔法はドラゴンの吐く炎で溶かされてしまいました。
それでも、ヴァジエーニは剣で戦い続けましたが、贈り物が邪魔でうまく動けません。
あっという間にドラゴンに追い詰められ、剣も杖も弾き飛ばされてしまいました。
ヴァジエーニは仕方がないので、贈り物の武器を次々とドラゴンに向けました。
けれども、ドラゴンは平気な顔。
投げナイフや吹き矢はドラゴンのウロコに弾かれて、地面に落ちたところをドラゴンが踏み潰しました。
槍はドラゴンに刺さらず、半分に折れてしまいました。
酒も宝冠も踏み潰され、武器のほとんどはドラゴンの炎で溶けて、金属の塊になってしまいました。
毒はドラゴンが飲み込みましたが、ちっとも効きません。
武器も道具もなくなってしまったヴァジエーニに、ドラゴンは腕を一振り。
爪で切られ、そのまま遠くへ飛んでいき、そこに炎を吐かれ、ボロボロになって雪山に転がりました。