02・王様と 騎士と 魔法使いと
王様は、強くて頭のいいヴァジエーニのことを聞くと、家来に言いました。
「よし、北の雪山の上に住んでいるドラゴンをヴァジエーニに倒してもらおう」
ドラゴンは黄金や宝石が大好きで、一年に一回、王様の元に、キラキラしたものをよこせ、とやってきては、王様がお城にしまっている宝物を奪って行くのです。
「もし、黄金や宝石を渡さないのなら、口から火を吹いて、お城も街もぜーんぶ、焼いてやる」
そう言うと、ドラゴンは毎回、夜の空に火を吹いて、大きな炎でお城と街を照らします。
だから、王様も家来たちもぶるぶる震え、言われたとおりに宝物を差し出すのでした。
王様は宝物を奪っていくドラゴンを怖がっていました。
ですが、大事な宝を奪うドラゴンがとても腹立たしくもありました。
だから、ヴァジエーニの噂を家来がしたとき、彼ならドラゴンをやっつけられるのではないか、と期待しました。
「よし、あの憎たらしいドラゴンを、そのヴァジエーニに倒してもらおうじゃないか! さぁ、彼を城へ連れてくるのだっ!」
家来たちは大急ぎで国中に使いを出し、ヴァジエーニを探しました。
そして、家来がヴァジエーニをお城へと連れてくると、言いました。
「ふむ、貴君がヴァジエーニか」
王様は興味深そうに、まじまじとヴァジエーニを見つめました。
「貴君はとても強いという噂だが、本当か?」
王様に聞かれ、ヴァジエーニは一瞬、考えてから答えました。
「私は強くなろうと、努力を続けてはいます。ですが、王様に満足していただけるほど、強いかどうかは、私では判断できません」
ヴァジエーニの答えに、王様はふむふむ、とうなずき、言いました。
「わかった。それでは、私が判断するために、貴君には私の家来二人と戦ってもらおう」
そう言うと、銀色にピカピカと輝く甲冑をつけた騎士が一人と、青いローブを着た魔法使いが一人、やってきました。
「さぁ、ヴァジエーニの強さがどれほどのものか、確かめよ。まずは、剣で戦え」
王様が叫ぶと、銀色の騎士がバッ、とヴァジエーニに飛びかかりました。
振り上げられた大きな剣がギラリと光ります。
ヴァジエーニは思いっきり顔をしかめました。彼の剣は、王様の安全のため、と言って取り上げられたままだったのです。
ヴァジエーニはひょいっ、と騎士の攻撃をよけると、どうやって剣を手に入れようか、と考えました。
その時、銀の騎士の剣が、またもヴァジエーニを切ろう、と向かってきました。
「お前なんかが、国で一番強いワケがない。貧乏人が調子にのるなっ! 貴族のわたしの方が強いと証明してやるっ!」
国で一番強いから、王様の騎士になれたと思っていた銀の騎士は、国中のみんなから強いと言われているヴァジエーニのことが、出会う前から気にくわなかったのです。
なんとしても王様に自分のほうが強いと分かってもらおうと、なりふりかまわずヴァジエーニに飛びかかりました。
けれど、ヴァジエーニは、またも、ひょいっ、と剣をかわしてしまいます。そして、今度はその剣を、まじまじと見つめました。
「ちょうどいいところに、丁度いいものが……」
嬉しそうに微笑んだヴァジエーニはひょいっ、と騎士の横に移動すると、えいやっ、と騎士の手首を蹴り上げました。
すると、剣が手から飛んでいったので、ととっ、と助走をつけて飛び上がり、それを空中で掴みました。
その時、剣を取り戻そうと騎士が足元まで追いかけてきたのが見えたので、ヴァジエーニはそのまま空中でからだをくるりと捻り、騎士を蹴っ飛ばしました。
すると、鎧を着て重いはずの騎士は、まるで軽いボールのように、ぴゅーん、と飛んでいってしまいました。
その場にいた王様とその家来たちは目をまんまるにして、飛んでいった騎士を見つめました。
そして、しばらくすると……
――ガシャーン、ガラガラッ!
城中に大きな音が響き、みなが思わず身をすくめます。
「……王様、これで戦う準備はできました」
沈黙が続く中、ヴァジエーニは思い出したように剣を指差し、そう告げました。
王様は目をまんまるにして、ヴァジエーニをしばらく見つめていましたが、やがて、首を振って言いました。
「いや、剣はもういい。貴殿は剣がなくたって、この城中の騎士を倒しかねないことは分かったからな」
ヴァジエーニはせっかく剣を手に入れたのに、剣を使わなくていいと言われ、ムッとして顔をしかめました。
ですが、王様はそれには気づかず、言いました。
「そうだな、次は魔法で戦え。……魔法の杖は先に返しておくのだぞ」
王様は今度はちゃんと家来に命令して、ヴァジエーニにも杖を持たせました。
「よし、始めよっ!」
王様が試合の開始を告げると、王様の家来の魔法使いが杖を掲げ、呪文を唱えました。
すると、ヴァジエーニを飲み込むような大きな炎が現れて、お城にいた人たちは恐れ戦き、壁に張りつきました。
けれど、ヴァジエーニは驚きもせず、ただ、つぶやくように呪文を唱えました。
「我が友よ、あれを消しておくれ」
すると、持っていた杖がキラキラ輝きます。
そして、巨大な炎の獅子が現れ、城の魔法使いが放った炎の玉を一口で飲み込み、消えてしまいました。
魔法使いも王様も、騎士たちも、みんながびっくりしてヴァジエーニを見つめています。
すると、ヴァジエーニが今度は、魔法使いの杖を見つめて呪文を唱えました。
「君は美しい。芽吹き、咲き誇れ」
すると、不思議なことに城の魔法使いが持っていた白い杖が輝き、そこから杖と同じ白い芽が出て、つるに育ち、杖を覆い尽くして、白く輝く大輪の花が咲き誇りました。
魔法使いは驚いて、思わず杖を取り落してしまいました。
「我が友よ、害為す者を捕らえておくれ」
みんなが絶句する中、ヴァジエーニが一言、杖に頼むと、鎖が現れ、あっという間に魔法使いを がんじがらめ にしてしまいました。
魔法使いは杖を拾うことができなくなり、もう魔法は使えません。
「おお、これでヴァジエーニの勝ちが決まったな」
王様がそう言うと、みんなはわっ、と歓声を上げました。
「すごい」
「つよい」
「すばらしい」
みんなが口々にヴァジエーニを褒め称えます。
けれども、ヴァジエーニは不機嫌そうです。
お城の騎士も魔法使いも、みんな、たいしたことがない。
自分がすごいのではなく、みんなが弱すぎるのだ。
そんなことも分からずに、ヴァジエーニを褒めるなんて、自分の母親並に頭が悪い人ばかりだ、とがっかりしてしまいました。
「貴君ほど強い者ならば、ドラゴンも倒せるのではないだろうか。どうだろう? 今、王国を困らせている悪いドラゴンを倒してはくれないだろうか」
ヴァジエーニは王様を見て、思いました。
――ああ、王様はなんてぼんやりした人なんだろう! ドラゴンなんて、どうせ、たいしたことはないのに、そんなことも分からないのか。
ヴァジエーニは「ドラゴンがとても強い」という話が間違っているのではないか、と疑っていました。
なぜなら、王様の家来がとても弱かったからです。
自分程度の剣と魔法の使い手を強いと言うなら、ドラゴンだって、たいしたことはなさそうだ、と思いました。
「王様方が強いとおっしゃるドラゴンを、私なんかが倒せるかは分かりません。ですが、王様やみなさんのために、挑戦させていただこうと思います」
けれども、憶測でものを言って、間違っては困ります。
ドラゴンがとても強くても大丈夫なようにヴァジエーニは答えました。
それでも、ドラゴン退治を受けてもらえ、王様はとても喜びました。
「おぉ、そうか、そうか。よく言ったぞ、ヴァジエーニ。王国のためにドラゴンを倒す貴君へ、余からこの剣を贈ろう」
王様はそういうと、家来に命じ、真っ白に輝く、美しい剣を持ってこさせました。
それは、昔々の王様が神様からもらったという、すごい剣なのだそうです。
それを見た、お城の人たちは思いました。
――とっても強いヴァジエーニが伝説の剣を持ったなら、必ずドラゴンを倒すに違いない。でも、ドラゴンを倒した、とヴァジエーニばかりが褒められるのは面白くないな……。
そこで、お城に集まっていた人たちは、ヴァジエーニに贈り物をすることにしました。
そうすれば、ヴァジエーニがドラゴンを倒したとき、「彼が勝てたのは、私の贈り物のおかげだ」と言えるからです。
「では、わたしからもこの盾を贈りましょう」
「では、わたくしからは、この槍を……」
「では、わたくしからはこのお守りを……」
こうして、ヴァジエーニはたくさんの贈り物を持って、ドラゴンを倒すために北の山へと向かうことになりました。