第三話:謎の生物
気持ちの軽くなった僕は、ハミルと一緒にプログラムを確認し、着陸の準備に入る。
二人きりで少し忙しくなるが、ハミルとなら問題なく船を無事大気圏に突入させて指定された着陸地点に降りられるだろう。
それから数時間は、余計な事は考えず、ただ無事に船を着陸させる事だけに神経を集中させた。
“もっとも、僕たちを置いて行った彼らが何故監視カメラの解析まで邪魔をしたのかなんて、今となっては左程気にもならなくなっていた。
そしていよいよ大気圏突入。
大昔は、これが一番厄介とされていた。
突入角度がホンノ少し浅いと、大気の抵抗に弾き飛ばされてしまうし、深いと突入後に大気との摩擦熱と抵抗で船体がバラバラになる。
しかし現代では、昔とは考えられないくらい深い角度で突入するのが当たり前になっている。しかも巨大な母船のまま。
船体の強度が遥かに強くなっていることはもちろんのことだが、宇宙からの突入速度を減速させるだけの強力な逆噴射エンジンのパワーと、固体水素を急激に気化させて船体重量を軽くできるようになったことがそれを実現させた。
大気圏に入ったあとは飛行船のようにゆっくりと、目的地まで船を運ぶだけ。
船窓から見える景色は青く輝く海と緑の大地、そして所々に白い雲が漂う、まるで昔の地球そのもの。
その中に緑色の森が切り開かれて、むき出しの赤茶色の地面と灰色のコンクリートが広がる大地が見えた。
それは、この星に付けられた最初の傷。
そしてこのロボットたちが作ってくれた灰色のコンクリートの上に、僕たちは船を降ろした。
「気圧980hp、気温27℃、湿度70%、酸素濃度22%、窒素76%、二酸化炭素――」
ハミルが、事前に送られてきたデーターと、いま現地で入手した大気成分とが正確に合っているかチェックしている。大気成分のチェックのあとは、その中に含まれるバクテリアや細菌類のチェック。有害性の有無にかかわらず、ここで事前サンプルに無いものが発見された場合は研究と、薬などの開発のために船外活動に入るまで数日から数週間ほどの時間を要する。
ハミルが環境関係のチェックをしている間に、僕は船体のチェックをする。
広い船内で、ふたり別々の作業。
本来ならスタッフ総出でやるはずの作業だった。
エンジンや燃料のエネルギー関係から、船内大気発生器や排泄物処理加工機などの生活関連の装置まで多種多様。とても、ひとりでは手が回らないから毎日遅くまで作業していて、もうクタクタだ。
唯一の救いはハミルと一緒に、展望室から夕焼けを見ながら食べる夕食。
こんな美人と一緒に、しかも僕が密かに思いを寄せている人を独占できるなんて夢みたい。しかもこんな綺麗な景色を見ながら。
毎日……それだけが心のよりどころだった。
「あら、どうしたの? 今日は、いやに無口ね」
「いや、なっ、なにも」
「船内の点検状況はどう?」
「特に、何も問題ないから退屈。そっちは?」
「私の方は好い感じよ。この星は、出発する前から環境が地球に似ていたのは知っていたけれど、調べれば調べるほど地球に似ているの。それも今の地球ではなくて、まだ人類が生まれる前の自然の豊かだった頃の」
「じゃあ船外活動は、宇宙服無しで!?」
「そうね、それが出来ればベストだけど、まだ感染症とかの調査が全て完了していないから何とも言えないけれど、可能性は大きいと思うわ」
あとは先に着陸している宇宙船に、地球に帰れるだけの燃料が残っているかどうかと、地下資源の中から燃料を精製する物質があるかどうか。
この調査が終わったあとは結構大きな報酬が見込まれているから、ここでハミルとの仲を深めて、地球に帰還次第轟沈覚悟でハミルに求婚しようと思っている。
その日、僕はエンジン内部のメンテナンスをしていた。
全ての燃料と電気系のバルブやスイッチをOFFにして長時間エンジン内に籠る地味な作業。万が一燃料漏れがあった場合、微かな静電気でも爆発の恐れがあるため、通信機器も使えない。
いつもは離れて作業していても、船内通信で言葉のやり取りをしていたのに、今日はそれも出来ない。なんだか詰らない一日。
作業に夢中になり、昼休憩もすっかり時間が遅れてしまった。
エンジン内部から出て、機関室で珈琲を飲みながら、とりあえずハミルに連絡してみるが通じない。
屹度、作業に熱中しているのだろう。
休憩を終え、船外着に着替えて、午後からはメインブーストをはじめとする噴射装置の点検に入る。
ここは最も外気に近い箇所。
よっぽどのことがない限り内部に外気が入ることはないが、いちばん薄い箇所は僅か1ミリにも満たない軽合金だけが外気との壁を作っているから、船外着の着用は必須だ。
何の異常もないまま作業が半ばを過ぎた辺りで、ブーストの先端部に居たとき外で動いているロボットの音が聞こえて来た。最初は何気に聞いていた音。
しかし途中から明らかにロボットのものではない、足音が混ざっている事に気が付いた。
ロボットは歩く時に地面を確実に捉えるため垂直に降ろす。
しかも滅多に急いだりはしないから、土を踏む音は一定の間隔が保たれている。
その中に走ったり歩いたり、時には小刻みに止まったり、すり足をしたりするテンポの違う足音が混じっていた。
原住民?
それとも、この惑星に住む他の動物?
急に心臓の鼓動が早くなる。
着陸して今まで、船外探査用の動体感知センサーには何も反応していなかった。
もしかしたら、ハミルと僕が船外活動に移ったときに脅威になるかも知れない。
僕は工具箱からアウタードリルを取り出して、インナーに透明樹脂をセットした。
このドリルは船内から捲れ上がった外板を止める作業に使われるもので、外板を止める時にはインナーにワイヤーリベットと呼ばれる結束用器具を取り付け、外部の様子を確認するときは透明樹脂を使う。内部の空気を外に出さず、外気も入れない作業に使われる工具。
ドリルで外板に小さな穴をあけ、そこから樹脂を出して引き抜くと、魚眼レンズが出来上がる。
本来なら、これに専用のスコープを取り付けてモニターに映すのだが、今それは持っていなかったので肉眼で見る事になる。
だけど船外活動用の宇宙帽を被っているので、距離が離れていて明りが見えるだけで何も見えない。規則を破ることになるが、船外活動の安全のために確認しておきたかったので僕は宇宙帽を外して魚眼レンズに顔を近づけた。
確かにロボットの間を何者かが駆け回っている。
しかし距離が離れすぎているため、その実体が何者なのか分からない。
分かるのは白色と言う事と、体格が良いということ、それに二足歩行しているということだけ。
奴はロボットを友達と思っているのか、あるいは敵だと思っているのか分からないが、ひとつひとつのロボットの前で数分間止まって何かコミュニケーションを取ろうとしているように見えた。
そして、その姿はやがてロボットたちを乗せて来た宇宙船の中に消えた。
これは一大事だ。
二足歩行しているモノが、知的生物かどうかは分からないが、見えた限り手は二本あった。これが宇宙船内に入ったりしたら何が起こるか分からない。
僕は警告をするために壁を叩いた。
地球と同じ環境なら、この距離でも充分音は聞こえるだろう。
奴が知的生物であろうが野生の獣であろうが、耳が聞こえるのなら音には気が付くはず。
耳は音楽を聴くために授けられた器官ではない。身の安全を確保するための器官。
だから音が聞こえたなら、何らかの異常に気が付いて屹度逃げ出すはず。
とりあえずハミルに報告して、対策を考えなければ!