第一話:旅立ちの途中で
宇宙開発が始まって、もう500年の時が流れた。
創世記は月に人間が降り立っただけで世界中がその偉業に沸き上がったもので、その次にはISSと言うちっぽけな宇宙ステーションが夜空を通り過ぎるのを、人々は地上から眺めて宇宙に思いをはせていたと聞く。
しかし科学が進んだ今、宇宙への旅立ちはそんなロマンなど全くと言っていいほど無い。
いや、一部の科学者だけは、そのようなロマンを未だに持ち続けているかも知れないが、少なくとも我々のような運航会社に勤める技術者にとっては、それまで生きて来た人生の全てを宇宙に捧げるだけのことに過ぎない。
技術の進歩で、より光速を遥かに超えたワープ航法が確立され、信じられないような速さで宇宙空間を移動できるようになったのは良いが、その分宇宙船は遠くまで行くようになった。
そして僕たちが行く今回の宇宙における約2年の任務では、長時間のワープ航法が使用されるため光の速度を超えた僕たちにとっての2年の時の流れは、地球時間に換算すると実に100年以上もの時が経つことになる。
つまり今回の任務のあと次に僕が地球に降り立った時には、お父さんやお母さんはおろか兄弟をはじめ、地球で僕と過ごした記憶を持つ人たちは既にこの世に居ないことになってしまう。
20代半ばの年齢で、まるで孤児のよう……。
家族や友人知人との最後の別れを惜しみ、それから月面に築かれた基地から飛び立ったのは2ヶ月前。
僕たちの目的地は銀河の遥か彼方にある地球型惑星QB-111、通称ポラリスでの資源回収。既に我々より1年前にこの惑星に達した無人資源探査船のロボットが調査発掘を開始していて、僕たちの民間輸送船が、人類初の本格的な資源回収に向かっていると言うわけだ。
「シュン、私たちも、もうそろそろ準備に入りましょう」
ハミルが、少し甘い笑顔を見せて僕に促す。
中東系の目鼻立ちのハッキリした顔と華奢な体つきの彼女は、時々年下にさえ思えるが実際には2歳年上、細身ながら出る所はちゃんと出ているゴージャスなプロポーションは、まさに現代に現れたクレオパトラのよう。
おまけに僕のような技術者ではなく、僕よりも何倍も給料の多い科学者であるばかりか、この地球で最難関のイースト大学を飛び級して入学して、そのうえ優秀な成績で卒業している才女。
こんな頭脳明晰な美女が、一生を棒に振るような宇宙探査の任務に就くなんて、いくら考えても謎としか言いようがない。
ハミルに促され、最新式の羊水タイプの睡眠カプセルに入る。
この新しい睡眠カプセルは、胎児と同じ原理で、尚且つ酸素濃度と必要な栄養素を含んだ羊水の中に浸かる事で内蔵の清浄作用や美容効果もあり、ハミルのような女性隊員には人気抜群で既に美容エステにも用いられている技術を進化させたものだ。
従来のコールドスリープと比べて“解凍”に要する時間の手間もなく、解凍後に稀に起こる軽い脳梗塞をはじめ頭痛やだるさという後遺症も起きなくて、覚醒するまでの速度と覚醒後に起こる体調面のリスクが断然軽減されている。
ただコールドスリープに劣る点は、最大でも1年ほどの期間しか連続使用が出来ない所。コールドスリープの方は最大で100年以上使用できるので、この宇宙船も緊急脱出用カプセルには、こちらが標準装備されている。
しかし何度試してもこのドロドロの液体の中に入るのだけは馴染めないし、人間が液体の中に入って呼吸するという仕組みは、ある種恐怖さえ覚える。
「さあ、力を抜いて。中に浸かると直ぐに眠れるわよ」
たしかに入水時には睡眠導入剤の成分が多めに含まれているから、直ぐに眠りについてしまうが、何が起こるか分からないこの宇宙空間を漂う船内で眠りにつくことさえ臆病な僕にとっては躊躇われる原因のひとつなのだ。
ハミルに励まされて、羊水に浸かると案の定直ぐに意識は薄れ、僕は眠りについた。
暗い、闇の世界。
僕は他の人より、睡眠導入剤が効きやすいタイプで、眠りが深い。
けれどもこうして眠っていても船内の重要な状況は脳波通信で知らされ、まるで夢を見ているように船内の状況を把握できるようになっている。そして危険が迫ると起こされる。
それはまるで夢の最後に目が覚める状況に似ている。
今回の睡眠はこの一回だけで、延べ時間は7440時間。
その間特に睡眠中に入って来るような情報はなく、僕はリラックスしたまま眠り続けた。
僕と同じ班の6名は二人ずつペアになって、船内の別々の箇所で、このようにして眠る。
それは、万が一の事態に備え、リスクを分散させるため。
僕たちの班が睡眠カプセルで寝ている間は、残りの班が船内の点検などに当たり、その他に出発時からコールドスリープで眠り続けている宇宙軍の22名の兵士がいて、合計34名の人が同じ宇宙の旅をする。
眠りについて何時間……いや何日、何カ月たったのだろう。暗い闇の世界が突然瓦礫のように崩れ、光が射した。
通常の目覚めとは違うことは直ぐに分かった。
ハミルの声が僕を呼ぶ。
「シュン! 起きて!」
目を開けると、既に船内着に着替えているハミルが僕に覆いかぶさるように僕を揺らし、僕の頭の上にある制御パネルの操作をしていた。
目を開けた僕の顔の前にあるのは、彼女の豊かな胸。
ほんのりと甘く温かい香りがする。
制御パネルの操作をするたびに、その豊かな胸が揺れて僕は目の行き場を失う。
「どうした?」
「分からないわ。でも緊急事態だって事は確かよ。さあ早くコクピットに行きましょう!」
「チョッと待ってくれ。シャワーを浴びないと体がヌルヌルして気持ちが悪い」
「分かったわ、シャワーを浴びたら直ぐに来て!」
確かに羊水タイプは緊急時には、この様に迅速に対応できるが、このヌメヌメと体にまとわりつく液体だけは勘弁願いたい。僕はシャワーを浴びながら腕に付けたタイマーを見た。眠りについてから9ヶ月、そろそろ惑星ポラリスに到着する頃だ。
しかし、どうして僕の脳波通信は何も知らせてはくれなかったのだろう?
シャワーを浴び、濡れた髪のまま、とりあえずガウンを纏いコクピットに入った。
「すみません。遅れました」
もう他の班員も集まって、コクピットには大勢の人が居るものだと思って、中に入って驚いた。
それは、僕の予想とは全く異なった状況だったから。
ここに居るはずの隊員が誰も居なくて、広いコクピットの中には今入って来た僕と、その僕を起こして先に入ったハミルの二人だけだった。
「他の隊員も起こさなければ!」
コクピットにいるはずの違う班員が何故居ないのかは分からなかったけれど、同じ班のあと4人も起こさないといけないと思って言った。
「私たちの他に、もう誰も居ないわ。見て」
監視モニターに映し出された2つの睡眠室は空っぽだった。
「だったら、宇宙軍を起こそう!」
「それも駄目……」
続いて見せてくれたモニターに映し出された宇宙軍の待機室も、もぬけの殻。
「じゃあ皆は何処に? 探さないと……」
僕が喋り終わる前に、ハミルは船内の生体反応モニターを映し出した。
それにはコクピットに、二つの生体反応があるだけだった。
「僕たち以外の人たちは、いったい何処へ?」
ハミルは僕に船体の異常個所を表示するモニターを見るように促した。
「なぜ?!」
そこには2基あるはずの緊急脱出カプセルが、2基とも消滅している図があった。
それに燃料も半分以上が消滅していた。
「僕たちが寝ている間に、一体何が……」
「分からない」
「記録を見よう!」