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燈都メオーラ


馬車はガラガラと音を立てて進む。

荷台はギシギシと音を立てて軋む。


僕は1年にそう乗ることがない馬車にとても興奮していた。

馬車と言っても、騎士物語に登場するようなカッコいい箔付きのものではない。

ロバが引くような荷車に屋根とカーテンが付いたような簡単なものだ。

それでも僕はこの馬車での長旅に心を踊らせていた。


「父さん!本当に僕は燈都へ行ったことがあるのー?」


ティルは馬車の音にかき消されないよう大声で馬を引く父に呼びかける。

しかしその問いはもう何度も何度もしたもので、YESの答えが聞きたいわけではない。


「お前がまだやっと歩けるようになった頃だ!どうにか家畜を下ろさなくてはならなくてな!」


ここまではいつも答えてくれる。だが肝心の僕が聞きたいことには蓋をする。

見透かしたかのように父さんは付け加えた。


「1週間なんてあっという間さ!まだまだ見えてこないから、しっかり掴まって待ってるんだ!」


「ちぇー!」


ふてくされた声を上げて見せたが、それでも僕は高鳴る胸の鼓動を抑えられない。

秋が深まり葉の色が変わる頃、父は二年に一度家畜を燈都へ下ろしに馬車を引く。

僕は13歳になり、燈都へ一緒に行ける許しが出たのだ。


僕が産まれた小さな村、アローヘッドリーチから馬車で1週間と半日かけて南へ下り、2人は燈都メオーラに遂に到着した。


ティルは関門にどぎまぎしつつも都の門をくぐり、目に飛び込む見たこともない背の高い建物や人の活気に感嘆を漏らした。


荷運びの手伝いは初日から始まり、父さんと城門近くの兵がやりとりしていると近くの大きな建物へと誘導される。


付近には自分達と同じように家畜や穀物を運んできている者達が集まっており、大きな建物の前で集合している。

父さんに面で馬車を見守るように言われ、建物の中に入ることはできなかったが、程なくして父さんと中肉中背の男が戻り、馬車を誘導していった。


「さあ問題なく納品もできた。今年は十分に家畜も育ったし少しは贅沢できそうだぞ。」


父さんは満足げに皮の袋をジャラジャラと音を立てる。

日もくれる頃でその日はそこに馬を預け、2人で宿を借りることにした。


石畳が敷き詰められる燈都の踏みなれない感触を楽しみながら宿に向かい、大きな屋根の三階建の宿に着いた。

一階は賑やかな酒場となっており、父さんが宿の手続きをする間にティルは何とか2人座れるカウンターの空きを見つけ座った。


父を待っていると、隣の酒気帯びした中年の男に話しかけられた。


「おいボウズ!田舎もんだな、出稼ぎか?」


顔を真っ赤にしたおじさんは機嫌が良さそうだ。


「うん、父さんと。燈都は凄いね、建物は大きいし人は沢山で、地面がどこも硬くてかかとが痛くなってきたよ。」


ガハハそうだろうと笑うおじさんは手に持ったカップをぐびぐびと飲み尽くす。


「ぷはっ!じゃあお前、明日はコロシアムに行くんだろう!時期が被ってラッキーだったな!」


「コロシアム?」


「なーんだ知らんのか!剣と鎧で武装した戦士達や魔術師達がデーッケェ会場で戦うのさ!」


聞いたことのない言葉に剣と鎧、戦士という言葉にティルは心を鷲掴みにされた。


程なく父さんが戻ってきて、ティルが隣のおじさんと楽しそうに話している中に加わった。


「今回は稼ぎが良かったからな、母さんに秘密にできるなら一緒に行ってみようか!」


「いいの!?絶対秘密にする!」


ティルの興奮は有頂天に登った。

目の前に注文した料理が来ていたが、明日の話に夢中だ。


「へへへ良かったなボウズ!明日の対戦カードは近年でもかなり良い!本当にあんたらツイてるぜ。」


ティルはおじさんの話す明日の事前情報をかじるように聞き入った。


先週から続く試合は、明日の決勝カードで決着が着く。

剣闘士達は3人で1つのチームを形成しており、それぞれに与えられた役割をこなして相手チームを倒すことが目的だ。


明日参加するチームは8つ。

中でも2つのチームが抜きん出て有名で人気だ。


1つが燈都で無類の強さを誇る『黒鎧団』。

そのトップチームに、遠方からの招集で闘技場を二年離れていたエースが戻り合流。

先週の試合でブランクがあるかという観客の懸念を一蹴するような体捌きは、離れる前よりも輝きを放ち今が全盛期と囁かれている。


もう1つが遥か西方から参戦する『白金の王冠』。

トップチームのメンバーのローテーションが多く、剣闘士の層の厚さが他組織と規模やレベルの違いを物語っているという。

その中で最も有名な剣闘士が通称「剣の女神」。

彼女は記録が残る限り闘技場での敗北がなく、今も存在する生きた伝説となっている。

彼女を世界一の剣闘士と呼ぶ声は多いが、剣闘士として闘技場に現れることは珍しく、今期の燈都で参戦が決定した時大きな反響を呼んだという。



「ティル、口が開いているぞ。どうせならフォークをその中に運んだらどうだ?」


呆然と聴き入るティルをニヤケ顔で父さんがたしなめる。


「だって、、なんだか凄すぎて、、」


「まあでも確かに俺もコロシアムに行くのは久しぶりで楽しみだな、それに女神だったか?今もずっと活躍しているんだな。父さんが若い時に出てきた剣闘士なんだ。」


嬉しそうに言った父さんは、昔を思い出すように宙を仰いでいる。


「じゃあダンナは明日の決勝カードは白金の王冠に賭けるつもりだね。」


「いいや賭けはしないよ。燈都には仕事で来たんだ、賭けですったなんてカミさんに言ったら家から追い出される。」


アハハと笑うティルはそれを聞いて内心少しがっかりしていた。闘技場では賭けもあるのか。


「なんだいみみっちいね!賭けは剣闘士達への応援の気持ちの表れでもあるんだ。実際負けたチームにかかった賭け金はいくらかは勝利した剣闘士に入るんだ。」


おじさんは立ち上がって胸を張りドンと叩くと高らかに言った。


「おれぁ明日の決勝カードが黒鎧と白金だったら、持ち金全部を黒鎧に賭けるぜェ!おれぁ生まれも育ちも燈都だ!黒鎧のトップが世界一に相応しいと本気で思ってるのさ!」


声を大にした宣言に酒場の周りの客も「おお!そうだとも!」「いいぞ!俺もだ!」と反応している。


周りもコロシアムの話題で持ちきりだ。

酒場の熱気は上がっていく。黒鎧団の国内人気は凄まじいらしく、ティルは明日の観戦にさらに興奮した。


「おいあんた、そいつは結構なことだが飲み過ぎだぜ。」


父は笑いながらそうおじさんをたしなめ、ティルにそろそろ宿へ上がろうと促す。

ティルはまだまだ話を聞いていたかったがしぶしぶ目の前の料理を流し込み席を立った。


その晩はなかなか寝付けず宿からでも聞こえる酔っ払い達の陽気な笑い声や叫び声を聞きながら明日への期待に想いを膨らました。

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