その寵愛ちょっと待った
「パンパカパーン!おめでとうございまーす!」
俺は気がつくと真っ暗な世界に立っていた。
地面も空も右も左もない。
そこでやけに明るい女性の声が響き渡っている。
「あなたは今現実世界にて死が確定致しましたー!」
女性の声はやけにリバーブの効いた明るい声で突拍子もないことを言っている。
自分は今夢でも見ているのだろうか。
「あ、あ、」
どうやら声は出せる。
感覚もやけにリアルで意識もはっきりしている。
「困惑していますかー?でも本当に今さっきあなたは死んでしまいましたー!」
「あ、あのー、あなたはどなたで、どこにいるんですか」
「私ですか?お目が高ーい!」
目の前の真っ暗な空間が眩く輝き、しばらくするとそこには白い衣を着て浮遊する女性が現れていた。
「私は戦略と芸術の神アテナ!たまたま非番であなたの転生をサポートさせて頂きます!」
「えっと…」
全然ついていけない。
目の前の女の子は神を名乗っていて、その子は自分が死んだことを告げている。
試しに頬を思いっきり引っ張ってみるが、痛い。
「ここは世界と世界の狭間!わかりやすく言うなら、あの世です!」
やけにざっくりで物騒だ。
「あの、僕が死んだって言うのは…」
アテナと名乗るふわふわ浮いたコスプレイヤーみたいな女の子はその状態でにやりと笑い空中でクルンと一回転した。
「直前の記憶がないようですねー!軽く説明すると、あなたは家に帰る途中、車に轢かれて死んじゃいました!」
この明るい女神様っぽい人があっけらかんと言うとなかなか現実感がないと言うか信用できないが、少しずつここに来るまでのことを思い出してきた。
最後の記憶では俺はたしかにコンビニから家へ帰る途中だった。携帯をいじりながら信号を待っていて、青を確認して渡っていると大きなクラクション音が近づいてきて…
「即死でしたー!」
あははと空中で愉快そうにふわふわと浮く彼女は本当に神なのだろうか。
「マジですか…」
悲しい。ひたすらに悲しい。
自分はまだ生きていて何もできていない気がする。
就職浪人期間で親にも迷惑かけて、夢があるわけではないけど、ここから人生を巻き返せるハッピーな展開が待っていると信じていた。
「…ってまてよ、転生…?」
自分の死が現実味を帯びてくると、先程彼女が言っていた言葉が耳に蘇る。
「そうですそうです!あちらでの人生はお疲れ様でしたー!次の人生も頑張りましょー!」
エイエイオーみたいなポーズで軽く言っちゃってるが、これって結構いやかなり重要な話なのではないかと冷や汗をかいてきた。
「えっ、俺生き返れるんですか…?」
おずおずと聞くと女神は口に手をあて困ったような表情になる。
「同じ体に生まれ変わることはできないんですよー、もうあちらの体は完全に魂失って死体になっちゃってますし。なのでー、生き返るっというのはちょっと違いますね!」
「じゃあ、転生って言うのは具体的にどういう…?」
女神は無意味に空中でクルクル回ったりしながら質問に答える。
「あなたが先程まで生きてきた世界とは違う別の世界にまた0から産まれてもらいますー!」
「別の世界…?」
「はーい!あなたの感覚だとアニメやゲーム漫画のような世界だと思っていただければと思います!」
なんだか凄い話になってきたぞ。
「その世界に生まれ直す際には、魂が洗い流され前世の記憶はリセットされます!」
それを聞いて思い浮かぶのは生前の世界の思い出。
片親だった俺は小さい頃親の再婚を経て複雑な家庭環境に置かれていた。愛されていたかはわからないが、迷惑もかけたしここまで育ててくれた。恩返しが出来なかったのは少し罪悪感が残る。
「あ!落ち込まなくて大丈夫ですよー!両親からあなたは全く愛されておりませんでしたー!」
「えっ」
衝撃の言葉が耳に飛び込んだ。
あまり飲み込めず思考停止している俺に神様は変わらずあっけらかんと話を続ける。
「わかりやすく噛み砕いて、順を追って説明していきますねー!まず人間は誰しもが同じ量の幸せを得られるように出来ていますー!」
「幸せと言うものは裕福な生まれでも貧乏な生まれでも、愛を受け取ったかどうかで我々神は判断しますー!その愛やその他の幸福度を上げる幸せは、皆同じ量を同じだけ受け取って死んでいきます!」
「例えばどれだけ幸の薄い人だとしても、今日は天気が良いな〜洗濯物がよく乾きそうだ〜といった小さな幸せを感じ取れるようになり、幸運な人と同じ量の幸せを得ることが出来る。といった感じですー!」
女神の屈託のない明るい説明はわかりやすいが、それと同時になんだかなという誰かにとって都合のいい理不尽さを感じた。
「幸せを感じとれない体質の方でも、大概が誰かからの愛を向けられたりだとか、近くにあった幸福に気づき、幸せを得ていくのですが〜」
「あなたは残念ながらとっても不幸でした!」
満面の笑みで神様は両手をバンザーイとしている。
「両親からの愛を向けられず!才能や容姿にも恵まれず!それによって一定以上の友好関係も円滑に結べず!それでもいつかは小さな幸福に気づき幸せを得る予定でしたが、幸運メーター空っぽな状態で不幸にも事故で死んじゃいました!いやもうお手上げ!」
あはははと笑う女神様。自分が誰にも愛を向けられなかったという事実を理解したことによって、少しずつ思考にドス黒い靄がかかってくる。
「あ!ストーップ!落ち込まないで大丈夫ですよー!そんなあなたのために私が来ましたー!」
ふわふわ浮いていた女神は俺の前に舞い降りてくると、俺の両肩をガシッと掴む。
「あなたが受け取れなかった分の愛は!私があなたに捧げます!女神の寵愛を持って次の新しい世界で、前世の分も幸せを得るのです!」
顔と顔が触れるか触れないのところまで女神は近づいて来て、俺の肩にあった手を首の後ろへ回す。その間女神は俺から目をそらさず、深い深い瞳の色に俺は吸い込まれそうになっていった。
その時ふいに気恥ずかしくなって俺は顔をそらし、女神を自分から遠ざけた。
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
遠ざけられた女神はあれー?と首をかしげる。
「説明からそのまま流されそうなんですけど、その転生ってのは女神様に全部お任せな感じなものなんですか?さっきサポートって言ってたと思うんですけど。」
恥ずかしさを消し去るように俺は女神へ話しかけた。
「あー!よく気づきましたね!私の独断でフルパワー寵愛でさっさとネクスト人生ゴーゴー!って感じだったんですけど、実はこういう場合本人と相談して魂が納得できる形を選ぶっていうのが習わしなんですー!」
てへーと頭をコツンとする女神に一抹の不安を感じてきた。
「あの、それって本当に大丈夫なんでしょうか…もしこうやって転生を繰り返していく感じが続くなら、次の人生が薔薇色すぎたらさらにその次の人生ってどうなるんでしょうか…」
考えすぎかもしれないが今しか聞けるタイミングは恐らくないんだろう。話せるだけ話しておきたい。
「あとお任せで流されるだけてのもちょっとアレなので、可能ならこういう時の習わしってやつ、なるべく詳しく教えてもらって良いですか。」
女神はそう聞かれるとニコニコしながら空中にクルクル回って浮かび上がっていった。
「ちょーっと、お時間かかりますよー!」
…
女神はそこから俺に端折っていた説明を独特の明るい感じで説明した。まとめるとこうだ。
世界から世界への転生は本来自動的に行われ、女神は個人の転生に干渉しない。
それは前世と来世どちらも幸せは皆同じ量を受け取って人生を完遂するという法則に沿っているからであった。
しかし例外的に俺のような特に不幸なもの、法則から外れてしまったものを様々な天使や神や女神などが特別処置を施す。
その対応は対処にあたるものによってそれぞれであり、身分の高い神などがあたるとその対応は縛らなくそれぞれに一任されるようだった。
しかし行きすぎた寵愛や幸運を与えられたものは、それもまた法則から外れてしまう、と生きている世界での不幸による幸福度の調整や、それが間に合わなければ来世での調整が行われる、とのことだった。
そのため転生者本人と補佐する者とで綿密な相談が必要ということだった。
「ちょっとあんた割と大事なこと全然言ってないじゃん!!!!」
女神はまたてへっと頭をコツンとする仕草をとったがだんだんこの女神のことを理解できてきたので騙されない。
「だーいじょうぶですよー!これでも私、身分は結構高い方なので!」
「いや目をつけられるのはあなたの寵愛を受けたコッチなんですから!正直前世も前世だったんで来世は普通で良いんです普通で!」
ぶすーっとした顔をしている女神は思い出したかのように話し始める。
「それでもあなたは前世丸々一生分の幸せを来世で受け取らなければ私が怒られてしまいますー!」
「じゃあさっきのフルパワー寵愛ってやつはどんな感じの幸せだったんですか。」
うーんと人生のシュミレーションをする女神。
「たぶん〜、容姿端麗でお金持ちに生まれて、誰からも愛されて〜、何一つ不自由せず、世界的に名を残すような凄いことをして世界中から惜しまれて亡くなるくらい〜?」
「なんだそれ!!!!最高かよ!!!!」
だがしかし恐らくそれでは全然ダメなのである。
「それって他の神様達から調整食らったり、来世で調整されたりしないぐらいの幸せなんですか女神様。」
うーんとまた困った顔の女神。
「そもそも私〜!それでなんでいつも怒られるのか納得できないんです〜!」
「やっぱり怒られるんかい!!!!」
ダメだこの女神。こいつに舵を取らせるとうっかり最高の人生にされてしまう。
「良いですか女神様、誰かの行き過ぎた幸せは同時に誰かを不幸にすることもあるんです。そんな中で全ての魂が平等な幸福で満たされるためには、そういう突飛な幸運を持つ人間を作っては、他の人間ひいては他の神様達に迷惑がかかるんじゃないんですか?」
俺に諭されている女神様はなんだか浮きながら少しずつ小さくなっていっている気がする。
「なんだかー、あなたは他の神達と同じようなことを同じように私に言うのですー…」
空中で体育座りしながらクルクル回っている女神は子供のようにぼやいている。
「あなたはー、女神の寵愛がいらないのですー?」
「う、そう言われるとそういうわけでもないんですが…」
顔をパッと明るくする女神は「でしたらやはりフルパワー」と言いかけたところで俺は制止する。
「それはとってもありがたいんですけども!他の神様に怒られないぐらいの、それでいて来世で調整されない程度の、それでいて前世の不運をペイできるさじ加減の、寵愛を下さい。」
「とーーっても難しい注文なのですーー!!」
泣きそうになりながらじたばたする女神。
これだとらちが明かないし満足いく転生ができるか気が気じゃないので、この頭の足りない女神のために情報を整理してみることにした。
「女神様、例えば来世で容姿端麗な予定の俺を、60点ぐらいのそこそこ悪くないぐらいの容姿に下げることはできますか?」
女神は少し考えたがすぐにそれを肯定した。
「じゃあ次に産まれる家を、大富豪とかじゃなくて一般的な普通の家庭にすることはできますか?」
女神は少し不安そうな顔をしたがそれも肯定した。
「次は来世の才能なんだけど、世界をあっと驚かせるようなものじゃなくて、努力すれば少しずつ実るようなものに変えられますか?」
なんだか涙目になってきた女神はそれも肯定したが、耐えきれなくなったのかついに口を出してきた。
「そ、それだとー!女神の寵愛を受けていない魂とそこまで変わらないのですー!」
「いや別にそれぐらいで俺はいいんだけど…」
「ダメなのですー!一応転生のサポートが入るような魂には、サポートを担当した者が寵愛を授けなければ怒られてしまうのですー!」
そういうものなのか。神々も色々複雑で大変だなと感じつつも、そもそも俺には寵愛の範囲がわからないので調整の度合いが判断できないのが現状の問題である。
「女神様、寵愛ってどういうものなんですか?」
女神は空中で俺に向き直りニコッとしながら説明を始める。愛嬌だけはある美しい女神だ。
「寵愛は与えるものによって授かる影響が違うものですー!」
「なるほど、じゃあ例えばあんまり偉くない人の寵愛はどんな感じ?」
「転生のサポートを担当することが最も多い身分の者は天使ですねー!天使の寵愛を受けたものは与えられる愛の量が飛躍的に大きくなりますー!」
ほうほうなんだか凄そうだな。
「具体的に言うと?」
「例えば、基本的には好きになった相手とは必ず結ばれますー!」
「えーーーーーーー!」
天使の寵愛なにそれ超欲しい、チェンジで!と言ってもそんな都合良く行かなさそうなのは自分でもわかってる。そう重要なのはここからだ。
「じゃあ女神様、あなたの寵愛ってどんなものなんですか…?」
おそるおそる聞いてみたが、最も多いパターンの天使でもかなり凄い効果だ。自称身分の高いこの女神の寵愛はどうなってしまうのか。
「私アテナの寵愛はふたつー!ひとつは芸術家として後世に作品を残せる文化的な才能!もうひとつは自らが携わる全ての争いを勝利に導く才能ー!ですー!」
「いやちょちょちょまてーーーーー!!!!!」
女神は焦る俺を不思議そうに見つめる。
そんなに眉を八の字にしたって誤魔化せないぞこれは!
「規模が大きすぎる!チートってやつじゃねえかそれ!俺がどこに産まれるかで世界が後にも先にも大きく左右されちゃうじゃねぇか!」
えへへとにんまり顔の女神だが、俺は断じて褒めてなどいない。とてもじゃないがそもそもその寵愛が大きすぎる。
「その寵愛ってもしかして授かっただけで人生に調整のための不幸ねじ込まれたり来世を下方修正されたりされるやつなんじゃないの!?」
うーんと女神は少し考えたがすぐに質問に答える。
「優れた芸術家はー、常に悩みや葛藤と共にあるので、恵まれた才能の分の幸せといつも打ち消しあってバランスをとっているのですー!」
あーなんかわからんでもないような微妙な感じだな…それでもなんの才能も持ってなかった俺からしたら全然羨ましいが。
「争いを勝利に導く才能はー、常に権力の諍いや血や涙にまみれた喧騒の中にあるので、勝利により得るものは幸福だけではなく、やはりそれもバランスを取っているのですー!」
「なんか!!!なんかあれだな!!!なんか言い表しづらいけど!!!ちょっとあれだな!!!あんたの寵愛!!!」
正直今のところ天使の寵愛の方がわかりやすくて単純に幸せになれそうなんだけど、これ絶対この人の寵愛を授からなきゃダメなやつ…?
俺の反応がお気に召さなかったのか女神はむーーと頬を膨らませている。
「その寵愛って効力を弱くすることってできたりしないんです…?」
それを聞いた女神はまた少し涙目になってきている。
別にいじめたいわけではないんだけども…あとこれ俺の人生の大事なことなんだけど…。
「それは私のプライドを傷つけるのですー!」
うーんそういうものなのか。なかなか神様達のプライドは推し量りかねるが、恐らく寵愛というのはその神々の特別な個性の部分なのだろう。
「そこをなんとか、ちょこっとだけの寵愛にしてもらうことってできないでしょうか…?」
「ぜったいぜーったい!嫌なのですー!」
あちゃーこれはダメだ。今までになく子供のようにじたばたする女神を尻目に寵愛を弱める線を諦める。
じゃあ他の路線で何とかできないかな…
たとえば寵愛をフルに活かせないようなその他の部分の下方修正とか。
戦いの才能、って多分剣とかで?戦ったり?だと思うし、体力を大幅に削ってもらうとか。
芸術の才能はー、多分、絵とか、歌とか?芸術って何だっけ…あんまり知識ないけど、だとしたらあんまり裕福じゃない片田舎とかに生まれさせてもらえば、いい感じの趣味程度でおさまるんじゃないかな。
「わかりました女神様。寵愛は受けます。ただしいくつか条件があります。」
まだ不安そうな女神はおそるおそる俺を見つめる。
「私、寵愛を授けることに条件を出されるの、初めてなのですー…」
「まず1つ目は」
間髪入れずにそのままゴリ押す。
「俺は元気に体を動かすことはあんまり好きではありません、なので体力を日常生活が送れるギリギリまで低くしてください。」
「ひ、低く?」
「2つ目、ゆっくりのんびり暮らしたいので田舎の静かな普通の家に生まれたいです。」
女神はきょとんとしているがおずおずと口を開く。
「まあー、そういう幸せもありますもんねー。」
「ですです。あとは容姿端麗とか突飛な才能でなければ大丈夫です!そんな感じで僕は最高に幸せを感じれると思います!」
うーーーーんと女神は悩んでいた様子だったが、しばらくして俺に向き直り、明るい笑顔をまた向けた。
「わかりましたー!ではそのように来世に届けられるよう、頑張ってみますー!」
「よし!お願いしますよマジで!」
「マジでー!」
大丈夫かな。まだ不安もあるがもうここまできたら信じるしかない。
女神はまた俺の目線の高さまで降りてきて、抱きしめるように俺を包み込む。
母に抱かれるような暖かさに包み込まれ、その中で女神は俺の瞳を覗き込む。
深い深い、美しい瞳に吸い込まれるように目が離せなくなり、俺はその流れに身をまかせる。
少しずつ意識は遠くなっていく。
前の人生、この先の人生、様々な思いを走馬灯のように思い描いて。母なる温もりに漂うように。
不意に遠くなった意識の中で、遠くからあの女神が呼びかけているような気がした。
「どんな境遇でもー!あなたがとっても稀有で幸福に満ちた人生にー!なるよう祈っているのですよー!」
…
その後僕は初めて目を開く。
母なる温もりに抱かれて初めて息を吸う。
神々の中でも権威の高い女神が、たまたま暇で持ち場を離れ、本来携わることのないことを行い、その行動にお咎めを食らっている。
なんてことは知らずに。
「アテナ様本当にあなた様という方は…はあ…」
「ごめんなさいなのですー…」
「アテナ様の寵愛を授かった人間には、それに釣り合うよう様々な困難や試練を与えますからね。」
「ううーー。」
「あの方がその時挫折や苦悶をしたとしても、絶対にあなたが手助けや施しをしてはなりませんよ!」
「わかってるよー…でもー。」
女神は彼の人生を覗き込みながら
「あの人はきっと、そんなことしなくても、きっと大丈夫だと思うなー。」
大きな産声と共に、1人の男の人生のリスタートが始まった。