閑話12:帰る者達と帰れない者達。
大陸共通暦1768年:ベルネシア王国暦251年:春。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
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オーステルガム港湾部でイストリア人達の帰国送別式が催されていた。
整然と並ぶ義勇兵団、派遣将校団、ボランティア団。
激戦に身を投じた義勇兵団は将兵を大きく減らしている。半数は命を落とし、残った半数もその半分が負傷し、負傷者の三分の一が傷痍軍人として小街区の療養所でリハビリ中だった。彼らはリハビリを終えてから帰国することになった(死傷7割だ)。
派遣将校団も減耗した兵団の将校を補うために戦場へ身を投じ、命を落とした者達が少なくなかった。攻勢や事故に巻き込まれ、ボランティア団にもそれなりの犠牲が出ている。
送別式に参加したイストリア人達の減少振りに、ベルネシアの政府関係者もイストリアの政府関係者も顔を蒼くさせていた。
それでも、イストリア人達の顔に悲壮感はない。誰も彼もが何かを成し遂げ、何かを証明した誇りある男の顔をしていた。何かを学び、何かを掴んだ気高い女の顔をしていた。
彼ら彼女らの胸元に下がるエドワード・メダルやグウェンドリン・メダル。そして、将兵達の左肩には、ベルネシア戦役従軍の証である盾型肩章が縫い付けられていた。
義勇兵団の指揮を執ったバーラム伯ウィットナー中佐には、ベルネシア王国から名誉子爵に叙され(イストリアを慮って伯爵位より一段低い)、王弟大公フランツから個人的に金剛鋼製刀剣の業物を贈られていた。
なお、義勇兵団、連絡将校団、ボランティア団の各代表者にはベルネシア王国府名義で、感状と記念の銀製獅子像が贈られている。
ベルネシア代表として式に参加した王太子エドワードが短いスピーチで、だが、気持ちを強く込めたスピーチで、イストリア人達を家路へ送り出した。
「我が国を襲った戦禍に対し、イストリアの友人達が示してくれた勇気と献身と結束を、我々は決して忘れることはない。ともに戦火を体験した者としてこの言葉を贈らせてほしい。ありがとう、戦友」
港に押し掛けた民衆やベルネシア将兵が歓声と手振りでイストリア人達を見送った。
「辛く苦しい戦争だったけど……良い気分ですね」
「ああ。良い気分だ。こんな気分の良い勝ち戦は初めてだ」
船上で新米と古参兵がそんなことを語り合う。
「ん? お前、そのバッヂはなんだ?」
「良いでしょう? この国に来た時に子供からもらった花を加工してバッヂにしてもらったんですよ」
新米が胸元に付けたバッヂを誇らしげに示す。古参兵は思わず苦笑いをこぼした。
「ああ。良いな。大事にしろよ」
「ええ。大事にしますよ」
下士官兵達が名残惜しそうにベルネシアの港を眺めながら、二人と似たような会話を交わす中、将校達は違った感想を抱いていた。
「まさかベルネシアが勝つとは」
派遣将校トバイアス・ウォーケル少尉がぼやくように言った。
正直に言えば、戦前の予想では良くて『善戦するも敗北的講和で終結、外洋領土の割譲辺りで決着』、そんなところだった。
ところが蓋を開けてみれば、二倍の戦力差を覆し、ベルネシア優位の講和で終結した。
ちなみに言っておくと、この時代、クレテア軍は十分先進的な軍隊だった。
密集戦列に頼らない散兵線の射撃と運動。騎兵砲や平射砲の機動運用。何より犠牲的な肉弾戦術すら可能とする精兵達。
アルグシアや聖冠連合が密集戦列に頼っていた辺りと比較すれば、その先進性が十分理解できるはずだ。
一方、ベルネシア軍は異質だった。
航空戦力による兵站への徹底した圧迫と容赦なき破壊。野戦築城陣地と火力集中による出血の強要。陸空の有機的連携。地形を利用した運動と機動。特殊部隊という訳の分からない部隊の運用。こうした戦略や戦術を可能とする精鋭主義の人材と兵站能力と後方支援体制。
こんな軍隊、世界中のどこにもない。おそらく、ベルネシア人自身も知らなかっただろう。自分達がこれほど戦えると。
此度の勝利でベルネシア人がよからぬ野心を抱かねば良いけど……
トバイアスは密やかに憂慮を抱きつつ、傍らにいた将校団団長の大佐へ言った。
「今回の戦訓を正しく把握し、そのうえで戦略と戦術を練り直さないと、我々も似たような敵と戦った時、クレテアの二の舞になりかねませんね」
「……少尉、ここだけの話だがな。嫌な噂を聞いた。南小大陸の鎮圧戦が思いのほか芳しくないそうだ」
「植民地の叛徒がそれほど手強いので?」
「というよりも、悪条件が積み重なっているようだ」
反乱鎮圧は一般的な戦争とは違う。
敵首都を制圧し、敵野戦軍主力を壊滅させれば終わりではない。叛乱が生じた地域全てを占領鎮圧し、敵指導層を駆除しなければ解決しない。
単純な戦闘能力でいえば、植民地人のニワカ軍隊などイストリア正規軍の敵ではない。が、本国と南小大陸植民地の間には広大な大冥洋が広がっており、連絡や補給や補充にどうしても時間が掛かる。特に連絡の齟齬は鎮圧戦略のズレや歪みを招いた。
また、叛乱地域の制圧も困難極まっていた。
イラク戦争を例にとろう。
米軍主導の連合軍はわずかな地上戦力と航空戦力のみでイラク正規軍を壊滅させた。なるほど精強な先進国軍隊なら少数でも後進国軍隊を一方的に叩きのめせる。が、占領統治となると話は全く変わる。占領統治が安定化するまで、街区や村落の一つ一つに目と手が届くよう兵力を分散配置しなくてはならない。必定、大兵力が必要になる。
このことをアメリカの事務屋は理解していなかった。フセインを倒せば、イラク人達が二次大戦のドイツ人や日本人みたいに大人しくなって、米軍の占領統治を歓迎する。本気でそう思っていたのだ。能天気なことこの上ない。
もちろん、そんな都合の良い話が現実になるわけもなく。
連合軍はフセイン打倒後の占領統治にそれは見事なほど大失敗し、イラクは混乱の坩堝と化し、ついには石器時代への逆行を目指す原理主義者共が現れ、砂漠の地獄に成り果てた。で、アメリカはその地獄のイラクを放り出して逃げたわけだ。
イストリアの置かれた状況も同じだった。
鎮定軍は反乱軍そのものを叩きのめすには十分な兵力を有していた。ところが、反乱軍は戦に負けても、根城の都市を占領されても、指導層が内陸の別都市へ逃げ、そこで再起してしまう。また南小大陸植民地がなまじっか広大なため、地域単位で占領統治するには、明らかに兵力が足りなかった。
しかも、だ。反乱軍の追撃に伴い、兵站線が長く伸びていくと、それこそ点と線しか維持できなくなり、その『線』をゲリラ襲撃で寸断され、孤立した『点』が包囲されて全滅、すら生じていた(ベトナム戦争やアフガニスタン戦争がこの例)。
これが外洋侵略戦争ならば、恐怖戦略や弾圧、迫害などで無理やり現地人を抑え込むところだが、入植者はそのほとんどが同胞だった(もちろん、他国人の移民や現地人奴隷もいたが)。
なので、入植者王党派や中立派、本国の世論に配慮する必要があり、こうした強引な手法は採れない。
また、現地人を利用する手法も、これまでの差別的統治と迫害のせいで、全く上手くいっていなかった。
現状、ベルネシアの南小大陸領土から補給と後方支援を受けているが……、これも徐々に面倒な諸問題を生みつつあった。加えて、反乱軍がベルネシア領土へゲリラ襲撃を掛け始め、戦火が拡大傾向にある。泣きっ面に蜂だ。
つまり、鎮定軍は純粋な戦闘能力で勝りながら、戦略的政治的条件で手枷足枷を付けられた状況に陥っていた。これはさながら―――
「……まるで此度の戦のクレテア軍みたいですね」
不安顔のトバイアスへ、大佐は大きく首肯した。
「ああ。このままでは不味い。何か手を打たんと。その意味でも、此度の戦から得た戦訓や情報を活かしたい。いや、活かさねばならん」
「はい、大佐殿。自分も微力ながら御手伝いさせていただきます」
トバイアスは固く誓った。祖国にクレテアの轍は踏ませないと。
そして、密かに思う。祖国をベルネシアの王都のように進歩的な街にしたいと。
誓いを立てている者はトバイアスだけではなかった。
ボランティア団に参加し、ベルネシアの後方支援体制や医療体制に触れたブレンダ・ルシニアのような少女達もまた、大きく成長し、変わっていた。
少女達は水平線に消えていくオーステルガムを名残惜しそうに眺めながら、大いに語り合った。ベルネシアで学んだこと、銃後で体験したこと、戦火の下で見聞きしたこと、ベルネシア人との交流……
「祖国に帰ったら、私達もベルネシアの女性達のように能動的に社会へ貢献しましょう」
「ええ。私はコレット先生に教わったことを是非、社会に広めたいです」
ブレンダは先輩に強く頷いた。
イストリアの貴顕や富裕層の少女達は、ベルネシア女性部隊やコレットのような軍事補助員の在り方に強く感化されていた。家にこもって家中を差配するだけが女の生き方ではない。そう考えるようになっていた。
これがイストリアにとって良い変化なのか悪い変化なのかは、分からない。
ただ――
ベルネシア戦役の実態が短くも壮絶な戦いだったことがイストリア国内に広まるにつれ、エドワード・メダルと盾章を持った将兵が勇者として見做されるようになった。グウェンドリン・メダルを持った者達もまた、戦火の下で貢献した者として扱われる。
もっとも、将兵にとって勇者の評判は必ずしも良いことばかりではなかった。
ベルネシア戦役義勇兵達は死闘を戦い抜いた精鋭として、その指揮官であるウィットナー中佐は卓越した野戦指揮官として評価され、義勇兵団は再編成の後、南小大陸へ送られる羽目になってしまった。
『軍隊稼業は地獄巡り』とはよく言ったものであろう。
〇
数万余のクレテア人捕虜達は、将兵共に戦火で荒れ果てた南部国境周辺などの復興作業へ強制労働させられていた。
ただまあ、飯と寝床は約束されていたし、仮設収容所では脱走や悪さを企まなければ、ベルネシア兵に暴行を受けることもなかった。作業で負傷すれば、ちゃんと治療も受けられた。それに、有料ではあったが、本国へ手紙を出すことも許されていた。
それでも、目と鼻の先にある祖国へ帰れず、道路や更地にされた村々の再建に従事させられることに、不満がないわけではない。
ベルネシア兵達の監視下で作業しながら、クレテア人捕虜達はぼやく。ぼやかずにいられない。
「国境はすぐそこだ。何キロか走れば家に……」
「バカはやめとけ。脱走しようとして射殺された奴がいたのを忘れたのか? 少なくともここに居りゃあ飯と寝床にありつけるし、いずれ帰れるんだ。我慢しろ」
「そもそも、国境を越えてクニに帰っても歓迎されねえよ。捕虜にならなかった連中は戻った時、石や馬の糞を投げつけられたらしいぞ。戦争に負けたのは、俺らが不甲斐ないせいなんだとさ」
「……飲まず食わずで寒さに震えながら戦ったのに、労いの言葉どころか馬のクソか」
「ここに留まれば強制労働。家に帰れば馬の糞。最悪だな」
「俺達はまだマシさ。掠奪をした連中は戦犯だってよ。ヒデェ扱いを受けてるらしいぞ」
戦争後半時に突出部から前進し、ベルネシアの集落や村などで掠奪した者達は身分に関わらず戦犯として裁かれた。戦犯とされた者達は鉱山労働などの懲役労働刑に科されている。婦女暴行や非戦闘員の殺害を犯した者達に至っては貴族将校すら収容所内で公開絞首刑にされた。
この時、クレテア兵達の衝撃は大きかった。
なぜなら、この時代、絞首刑とは下賤な犯罪者を処刑する方法だからだ。それに、慣例上、貴族将校は多少の悪さをしても『貴族だから』として目こぼしされるのが常だった。それが、銃殺刑ですらない絞首刑=貴族としても軍人としても最低限の名誉すら認めない。というベルネシアの姿勢にクレテア人達は戦慄した。
なお、戦時中にはベルネシア軍内でも、女性兵士や女子軍事補助員に乱暴した馬鹿共や物資の横流し、敵前逃亡などをした人間が確率論的に存在した(全ての人間が規律正しい精兵とは限らない)。
ただし、そうした連中は皆『戦死』している。戦時中のベルネシア軍は味方に対しても苛烈で、将兵の士気と規律を維持するため、バカやアホを即決裁判で銃殺に掛けていた。『戦死』とされたのは遺族のためではなく、軍の名誉を守るためだ。ベルネシア軍に限らず、軍にクズや腰抜けが居てはならない。
クレテア人捕虜達はぼやく。
「やれやれ……一番良い目を見たのは戦死した連中だったかもな」
「違いねェ」
〇
ベルネシア側が捕虜に対して冷厳な扱いをしている以上、クレテア側もベルネシア人捕虜に対して相応の扱いをしていた。
彼らもまた、ベルネシア軍が兵站破壊作戦で破壊した道路や村落の再建に強制労働させられている。
「若殿さん。こういう仕事はあんまり張り切ってやるもんじゃねえよ」「そうだぜ。ほどほどに手抜きせにゃあダメだ。全力なんて以ての外だぞ」「ちゃんと手元を注意しろよ」
兵士達にからかい気味の助言を受けても、
「そうか。頑張りすぎてもいかんのだな。よし、ほどほどに頑張るぞっ!」
貴族主義的尊大さのない素直な性格が幸いしてか、アーベルトはこうした扱いに不満を覚えない。それどころか、日が暮れれば、読み書き計数が不得手な者に勉強を教えたり、貴族教養を披露したりしていた。あれ? この人、捕虜暮らしを楽しんでない?
言っておくと、アーベルトは侯爵家嫡男であるから、捕虜交換による早期帰国対象者の一人だった。しかしアーベルトは早期帰国を謝絶した。
――ありがたい話だが、私は貴族将校として部下達に対する責任がある。彼らが一緒に帰国できないなら、一緒に帰国できる日まで共に過ごす。
かくして、アーベルトは侯爵家嫡男ながら下士官兵に混じって強制労働に従事している。
「若殿さん。あんたは大人物か大馬鹿者だよ」「7割がた大馬鹿者だな」「でも、3割がたは大人物だぜ」
謝絶の件を知った捕虜仲間達は軽口を叩きながらも、アーベルトへ決して敬意を欠かなくなった。
さて、アーベルトの短い軍歴に見るべきものは何もない。ベルネシア側の考課表にもクレテアの尋問記録にも『軍人としては平均以下』と厳しい評価が記されている。ただし、ベルネシアもクレテアもある一点において、アーベルトを高く評価していた。それは―――
村落の復興作業中、中型モンスターの鶏冠尾蛇が現れた。武器を持たない村人や捕虜達はパニックを起こして逃げまどい、警備兵達は捕虜達が逃走しないよう押し留めるのに精一杯。
そんな中、アーベルトは逃げ遅れた村娘や子供達を助けるべく、鶏冠尾蛇へ単身立ち向かった。
スコップで。
「待て待て待てぇええいっ! モンスターよっ! 無辜の民をその牙に掛けさせはせんっ! 我こそはカーレルハイト侯爵家が嫡男、アーベルトなりっ! さあ、私が相手だっ!」
突然、スコップを八双に構えて現れて名乗りを上げた闖入者に、鶏冠尾蛇がびくりと身を強張らせる(強大な獣でも不審なものは警戒する。その慎重さが自然を生き抜く知恵だ)。
捕虜仲間達も呆気に取られ、警備兵達も唖然となり、村娘や子供達も茫然としていた。
そして、
「きえええええええええええええっ!」
アーベルトはスコップで挑み、鶏冠尾蛇の尾にべちりと跳ね飛ばされた。
尾蛇の由来となった蛇に似た尻尾には強烈な毒針があったが、幸運にもアーベルトは棘のない部分で跳ね飛ばされ、大事に至らなかった。
鶏冠尾蛇としては、なんかよく分からない生物が奇声を上げて襲ってきたので、軽く引っ叩いてみた、程度のことだった。
が、これにギョッとした捕虜仲間達が喚きだし、
「わ、若殿さんを助けろっ!」「くそったれっ! 隊伍を組んで大声出せっ!」「びびるなっ! 声を出して威嚇するんだっ!」
警備兵達も我に返り、
「せ、戦列を組めっ! 集中射撃だっ! 仕留められなくても追い払えるっ! 急げっ!」
大人数にぎゃーぎゃーと騒ぎ立てられ、銃弾を大量に浴びせられ(中大型モンスターに対人弾はほとんど効果がない)、驚いた鶏冠尾蛇は慌てて逃げていく。
鶏冠尾蛇の撃退に成功し、捕虜仲間達と警備兵達が急いでアーベルトの下へ駆け寄る。と、アーベルトは目を回しただけで無事だった。
誰も彼もが苦笑いをこぼし、やがて、大笑いが村を包んだ。
この日以降、この村の復興作業は明るいものになった。
捕虜仲間達はアーベルトを“俺らの若殿さん”と明確な敬意を示すようになった。
警備兵達も村人の男性陣も、鶏冠尾蛇の件でアーベルトに一目置くようになった。男性原理を重んじるクレテア男達は『あいつは男だ。ちょっとイカレてるけど』と認めたのだ。
村の子供達の間ではアーベルトごっこが流行った。名乗りを上げるのがポイントだ。
村の女達はたまに捕虜達へ差し入れするようになり、警備兵達もそれを許した。
奇妙なことだが、この村に限り捕虜達と警備兵達と村人の間に、友情が生まれた。
その起点となった男は――――
「何やら見たことのない石を見つけたぞ。何かの鉱物かもしれん。上手くいけば、資源が出るかもしれんなっ!」
「若殿さん。そりゃ乾燥して固くなったウサギのクソだよ」
「なんと!?」
ウサギの糞を手にして目を丸くしていた。




