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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第1部:少女時代
9/336

1:5

「粗相の始末に貴族令嬢をビンタしたなんて話、聞いたことないわ」

 鈴のように喉を鳴らして笑うユーフェリア。

「色んな家から厳重抗議が来てるけど、ママは謝った方が良い? それとも、突っぱねる?」


「いえ、ここは称賛状を贈りましょう。裁きを甘受して名誉を遵守される様、大きな責任を担う名門令息令嬢に相応しく、ただ讃嘆あるのみ。みたいな感じで」

 朗々と語るヴィーナに、ユーフェリアは楽しそうに目を細める。

「面白い。その心は?」

「ウチに文句付けんな、バカ息子バカ娘を躾し直してやるんだから感謝しろ」

「流石はヴィーナ」

 ユーフェリアは再び大きく笑った。


 長く揉めるかな、と思われたこの一件、意外なことに早く収まった。

 宮廷礼法を一週間に渡ってがっつり教育され、慰謝料稼ぎで働かされた令息令嬢が精神的に大きく成長したからだった。


 ヴィルミーナは手配した労働先に命じたことは、二つ。

 貴族子女として優遇しないこと。9歳児に無理のない仕事をやらせること。


 結果、彼らは市井の平民と共に汗水を流して働き、自分の起こした問題の責任を取った、という経験により精神的に大きく成長したのだ(無論、例外もいないわけではなかったが)。


 ビンタに受けて立ったグウェンドリン嬢とデルフィネ嬢に至っては、打倒ヴィルミーナを誓ってあれこれと研鑽を積んでいるとか。


 ライバル認定とか勘弁してほしいわぁ……あれか? 将来的には悪役令嬢的な立場になるンか? あれ? それ、あり得るんじゃない? ねえ、あり得るんじゃない?


 ひやりとしたものがヴィルミーナの背筋を走った。

 ここは私には異世界としか分からへんけど、もしかしたら何かのゲームや漫画や小説の世界って可能性もあり得る……待って待って……王子殿下の側近達て、見方を変えたら、乙女ゲームの攻略対象っぽくない……? え? うそ? マジで? ホントにそういう可能性もありえる? 私が悪役令嬢? ちょ、え?

 ひょっとして、今あるこの生活もいずれ全て失うかもしれへん?


 頭の芯から血の気が引いて視界が暗くなる感覚。前世でも味わった。所属派閥が敗北して左遷された時だ。この恐怖と不安に心臓を掴まれる感覚を9歳で体験する羽目になるとは……


「何やら百面相しているけれど、どうかしたの?」

 ユーフェリアが案じるような面持ちで訝っていた。


 ヴィルミーナは自分をすかさず心配してくれる母が愛しくなり、とととと歩み寄ってハグ。

「あら、あらあらあら。何々どうしたの?」

 愛娘のハグにユーフェリアは相好を崩して抱きしめ返す。

 ヴィルミーナは何も言わず内心に招じた不安が消えるまで、母の温もりに身を委ねた。


                     〇


 そんなこんなで季節は巡り、秋が終わって冬に入り、年は明け、春が到来して王立学園へ入学が近づいている。


 王立学園は制服が制定されており、女子は白のブラウスに鉄灰色のジャンパースカート(スカート部分に赤いライン入り)、スカーフタイは群青色。冬季用のブレザー有り。靴は自由。

 既製品が販売されているが、高位有力大身貴族は規格に合わせてオーダーメイドが基本するのが常だった。


 ヴィルミーナにしても、ブラウスは最上等の絹製。制服自体は稀少魔導繊維製の高級品だ。靴も希少モンスターの皮革製。スカーフタイを留めるブローチは紅涙晶が飾られている。

 全て合わせたら、下手なドレスより高い。


「気合入れ過ぎじゃない? 成長に合わせて新調するのに」

 注文先の服飾店から届いた制服を試着し、姿見を前に身を捩ったり、振り返ってみたりするヴィルミーナ。傍で服飾店の仕立物師が塩梅を確認している。


「気にしない気にしない」

 その様子を満足げに眺めるユーフェリア。

「髪型はどうしようかしら。そのまま下ろす? 結っちゃう?」


 ヴィルミーナは鏡に映る自分の髪を見た。

 薄茶色の髪は背中半ばまで届くストレートで、毛先は綺麗に整えた姫カットモドキだ。大陸西方メーヴラント人は基本、髪質が柔らかく緩く波打ち易い。母ユーフェリアを例にすると、パーマを当てたように髪に動きがあるセミロングだ。

「んー……心機一転、短くショートヘアにしても……」


「もったいないからダメ。ヴィーナは長い方が可愛い」と母がダメ出しし「それから、護身用に魔導術の触媒を持たせるけど、何が良い? 指輪? 腕輪? ネックレス?」

「今、使ってる指輪ではダメなのですか?」

「これまでは練習用だったけれど、学園生として頻繁に表を出歩くことになるから、護身用に本格的な物にした方が良いわ。いざという時、武器になるから。それとも懐剣とか持ち歩く?」

「指輪にします」

ヴィルミーナは即答した。人を切ったり刺したりとか怖すぎて無理やわ。


「じゃ、この指輪をあげる。ママが学園生だった頃に使っていた物よ」

 ユーフェリアが右手の中指にはめていたシンプルな青い指輪を寄こした。ブルーチタンっぽい。表面と内側に魔導術式が模様のように刻まれている。ミステリアスで美しい。


「わあ……良いんですか?」

「良いのよ。愛娘の身を護るためだもの」

 母から子へか素敵。ヴィルミーナは顔を嬉しそうにほころばせ、次いで心配そうに。

「でも、サイズが合うかな……?」

「大丈夫。内側にサイズ調整する魔導術式が彫ってあるから」

 すげえ。魔導術すげえ。ヴィルミーナは母と同じく右手中指に青い指輪をはめた。指のサイズに合わせて指輪が締まる。すげー……なにこれ、物理法則はどうなってんの?


 通学は毎日、馬車で。王都の郊外から王都計画拡張区域まではそれなりに距離があるから、これからはちょっと朝が早めになるかもしれない。

「ママは毎朝起きられないかも……」

「そこは起きてくださいよ」

「ママが起きられなくても、寝室に来て『行ってきます』のキスはしてね?」

「だから起きてくださいってば」


 で、制服の試着と魔導触媒の授受に続いて――

「送迎は御付侍女のメリーナが必ず付き添うけど、あと護衛も同道するから」

 ユーフェリアはさらっと言った。


 曰く学園周辺は治安が良いけれど、王都内にもスラムはあるし、大都市だけに性質の悪い連中も相応に出入りしている。身代金目的で貴族子女の誘拐を企む連中がいないこともない。


 実際、数年に一度の割合で誘拐事件が発生するという。救出の成功率は6割。4割の確率で命を落とす。救出された6割にしても、暴行を受けていた例が珍しくない。

 なお、貴族相手の誘拐事件が発生した場合、治安当局の捜査に加え、貴族私兵も荒々しく動き、付帯損害――とばっちりで命を落とすチンピラや貧民がごろごろ出るとか。

 さらに、貴族はこうしたケースの報復と復讐を決して忘れない。何年かかっても、必ず果たす。場合によっては犯人ではなく、その家族や恋人友人などに対しても。


「もしも、ヴィーナに何かあったら、ママは王都を焼くことも辞しません」

 ユーフェリアの目はマジだった。

 美しい深い青色の瞳の奥にある絶対零度の冷酷さに、ヴィルミーナは顔を引きつらせる。

「……護衛の人達には頑張ってお勤めしてもらいましょう。王都のためにも」


                      〇

 

 そして、ついに春。王立学園入学式の日。

 王立学園の入学式は保護者が同席しない。あくまで生徒だけだ。とはいえ、屋敷の正面玄関前にユーフェリアと家人が勢揃いで御見送り。

 送迎に同道する護衛達も御付侍女メリーナも今日は礼服だった。


 なんかもう誰も彼もが気合入りまくりで、小っ恥ずかしくなる。護衛達の手を借りて2頭引き馬車に乗りこんで、ヴィルミーナは頬を染めながら言った。

「い、行ってきます」


「行ってらっしゃい」とユーフェリアが手を振ると、家人達が一斉に一礼。

 どこの王侯貴族や。貴族やったわ。それも王族やったわ。

 そういえば、レヴ君は地元の私塾に入ると言うてたなぁ。私もそっちが良かったわ……


「なんか既に気疲れしてるわ……」

 ヴィルミーナは仰々しい嘆息を吐き、御付侍女メリーナへ尋ねる。

「メリーナが魔導学園に入学した時もこんな感じだった?」

「私の地元は小さな集落だったのですが、出立の前日に村を上げての大宴会が催され、家族は全員二日酔いで見送りに来ませんでした」

「そ、そう。それは御愁傷様……」


 豪勢なコーチ型馬車に伝わる揺れと走行音が変わった。砕石舗装された郊外道路から石畳で舗装された王都内道路へ入ったようだ。


 尻に痛みを覚えつつ、ヴィルミーナは思う。

 そういえば、レヴ君に任せた新型馬車の進捗状況は芳しくないなあ。


 ヴィルミーナの提案した新型馬車は、現代自動車構造を多用していた。

 ボディーは車軸フレームと上物(キャビンや荷台)を別途にして、用途に応じて上物を交換する汎用式に。多少不格好になるが、生産性は増すはず。

 足回りはコイル式バネとダンパーを用いたサスペンションを要求。

 まあ、現状の技術水準を考えれば、トーションビーム式でも出来れば上出来だろう。

 車軸受けも滑り軸受けではなく玉軸受け。この時代なら職人芸でボールベアリングもレースもいける。

 タイヤもゴムに似たスライムの硬皮質を用いた疑似ゴムを改良すれば、チューブレスタイヤが作れると思う。この改良疑似ゴムが成功したら、ドラムブレーキの開発も可能になる。


 が、現実は厳しかった。


 ボディーの分割式構造は重量増を招き、生産性向上はならず。

 さらに、この時代では現代日本並みの強力なコイル式バネが無く、また、作れなかった。

 あれはあれで専用のバネ鋼材が要るし、ヴィルミーナが求める精度の物は厳しいらしい。

 ダンパーにしても複筒式が精いっぱいで工作精度上の問題から難航、粘性の高いオイルの調合が難しいようだ。

 車軸受けに関しては、なんとボールベアリングが荷重に負けて歪むという。鉄鋼の質が問題か。コストがかさむがより強度の強い魔鉱で試すか?

 疑似ゴムの改良も添加物や触媒薬品の選定に難儀中という報告が届いている。


 ――上手くいかんなあ……ネット小説やぁポンポン作られとったのに。メルフィナと共同出資で起こした事業もあるし、ううう、未達成目標が溜まってくわぁ。


 車窓外には王都の街並みが広がっている。

 王都オーステルガムはベルネシア王国の心臓だ。王国の最大港湾都市であり、政治の中枢。情報の中心。経済の中核、軍の頭脳。そんな王都は複数の区画から出来ている。中枢街。旧市街。計画拡張区域。外周部。郊外町村。大陸西方でも有数の大都市だった。


 計画拡張区域に入ると、大きな石造り煉瓦造りの建物が並ぶ。豪奢な物、瀟洒な物に華美な物。石畳の道路。煉瓦の飾り道路。魔導街燈。鉄路を進む乗合馬車。夥しい数の人。人。人。人。空にはサイズが様々な飛空船と誘導翼竜騎兵が飛び交っていた。


 やがて、目的地である王立学園が見えてきた。

 新入生の送迎だろう。大きな学園正門の前に馬車が行列を為している。

「いよいよ到着ですよ、お嬢様」

 自分以上にわくわくしている御付侍女メリーナに、ヴィルミーナはくすりと小さく笑う。煮詰まっていた気分がほぐされる。


 その通りだ。いよいよ学生生活が始まる。

 中身ウン十歳で子供達に混じって……あかん。なんか気が滅入ってきたわ。


2章前に人物一覧を入れるつもりです。

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