9:2
長めですが、分割するにはちょっと短い……ご容赦ください。
大陸共通暦1767年:ベルネシア王国暦250年:晩秋。
大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。
――――――――――――――――――――
「……俺の四年間は何だったのだろうか」
北部沿岸侯次男坊カイ・デア・ロイテールが顔を覆って嘆く。
彼が腰かけるベッドの上では、裸の若い女性が細いキセルを吹かしていた。
「空回りの四年間かな。や、道化の四年かしらん」
「思えば、アリスから恋愛話は何一つ聞いてなかった……」
「君らの中から相手が選ばれると勝手に思い込んでたしね」
「……うるさいなっ! さっきからなんだっ! 喧嘩を売ってるのかっ!」
「喧嘩は売ってないわよ。傷心の貴方をからかっているだけ」
「よっけいに性質が悪いっ!」
カイが怒声を浴びせるも、若い女性は冷笑して紫煙をカイへ吹きかけた。
「裏切られたーみたいなツラしてるけどさ。そもそも君はこーして女遊びしてるんだから、怒る資格はないと思うけど?」
「はあっ!? それとこれは関係ねーだろっ?」
三枚目系イケメンなカイ・デア・ロイテールが眉目を吊り上げて吠える。
女を食いまくってそうなジョック風の見た目通り、カイは女遊びをしていた。カイはいわゆる『真剣な恋』と下半身の欲求を切り分けて考えるタイプで、アリシアのことを真剣に想いつつも、こうして女を抱きまくってきた。本命の想い人がいながらセフレを持つことに疑問を抱かない男である。
若い女性はキセルの灰を灰皿へ落とし、ぷかぷかと紫煙をくゆらせた。
「じゃあ、そのアリスちゃんの好きな男と三人で仲良くヤレば?」
「バカなこと言うなっ! そんなふしだらなことが出来るかっ!」
ヤリチン男カイはセフレを認めても、男二人の3Pは認めないらしい。
「じゃあ、諦めるの? それとも掠奪愛に走ってみる?」
「ぐ、むむぅ」
アリシアはその辺の小娘ではない。教会がバックに付いた『聖女』である。掠奪愛なんてとても出来る気がしないし、間違いなく恐ろしい事態が生じる。カイは下半身に忠実だが、知性をポコチンに奪われていなかった。
いや、ここで諦められるということは……失恋、なのか。
失恋。この俺が。女に不自由したことのないこの俺が。
衝撃を受けるカイを無視し、若い女性は火種を灰皿に落としてキセルを置き、上体を起こしてカイに囁きかける。
「慰めてあげようか?」
若い女性は剥き出しの乳房をカイの背中に押し付け、右手をカイの股間へ伸ばしていく。
カイは抵抗しなかった。
〇
カイほど情欲に塗れた青春を送っていない宰相令息マルク・デア・ペターゼンも、自身の失恋を自覚していた。
彼はアリシアがラルスという旧知の青年に抱き着いた時、その知性が無情な事実を把握してしまった。アリシアが自分達に天真爛漫に接していられたのは、アリシアが自分達へ純粋な笑顔を向けられていたのは、心に決めた一人が居たから、つまり、自分達への態度は『有象無象』に対するものだったのだ。
「罪作りな人だな……」
眼鏡を外し、マルクは目元を揉む。
こんな情けない思いをするくらいなら、アリシアへ思いの丈を告げ、さっさと振られていれば良かった。そうすれば、こんな惨めな思いに打ちのめされずに済んだだろう。
あるいは、アリシアがもっと早くに教えてくれていれば、とも思う。実際、一部の女子達は『思わせぶりな態度をして殿下たちを弄んでいた性悪女』とアリシアを罵っているらしい。
もっとも、ヴィルミーナ辺りは「連中が勝手に盛り上がって囲い込んでただけよ。あの娘が殿下達から金品や便宜を供与されていたなら、悪女と言ってもいいけれど、そうじゃないでしょう?」とマルク達へ厳しい言葉を言っているが。
アリシアにしてみれば、異性と友達付き合いしていると思ったら相手が本気になっていた。と言ったところだろうか。
マルクは眼鏡を掛け直し、大きく深呼吸する。
メゲてばかりもいられない。エドワードの立太子と挙式絡みの仕事があるし、その後は側近を一旦辞し、しばらく一官僚として王国府に勤めることになっているのだ(仕事を覚え、経験を積み、王国府内でコネを作るためだ)。
部屋を出て食堂へ向かう道すがら、マルクは弟と出くわす。
弟は二歳年下で王立学園ではなく魔導学院に通っている。曰く『家は兄貴が継ぐし、俺はいずれ貴族籍を失くすんだから、食っていく術を学ぶ方が大事』とのこと。
「お。兄貴。失恋の痛手から立ち直れたか」
この憎まれ口。まったく可愛くない弟だ。
「余計なお世話だっ!」
声を荒げるも、弟は反省した様子も見せずむしろ嫌味っぽく笑う。
「どのみち、殿下の愛人になったか、そうでなくても、殿下を振った女だったんだぞ。兄貴の嫁にゃあ不向きだよ」
「うるさいっ!」
マルクは弟を置き去りにするべく足早に食堂へ向かって言った。
そんな兄の背中を眺めながら、弟はやれやれと肩を竦める。
兄貴の嫁はしっかり支えるタイプじゃないとだめだな。嫁探しを本格化させたお袋に助言しておこう。
まったく、抜けた兄貴を持つと弟は大変だぜ。
〇
宮廷魔導士総監末子のギイ・ド・マテルリッツは、アリシアに想い人が居た事実に衝撃を受けてはいたが、カイやマルクと違い、何一つ諦めなかった。
数年前の諸侯御機嫌伺で目にした、あの圧倒的な大魔力。そして、ワーヴルベーク。
あの神の奇跡としか思えぬ、規格外の魔力放出。
ギイは決意していた。
何が何でも、必ずアリシアを手に入れる。
あの人智を超えたような大魔力を持つアリシアの血と、天才である自分の血を掛け合わせれば、新たに大魔導師の血統を興せるだろう。
アリシアという少女に対する恋慕と、アリシアという“魔導術者”への敗北感と劣等感が混ざり合い、何周も何周も拗らせた結果――
この弟系カワイイ美少年はやっぱり闇落ちしていた。しかも重症気味に。
通り魔事件や銃乱射事件を起こす負け犬共の一歩手前状態。あるいは、現実否認から逆恨み的に執着するストーカーの手前状態。
なんであれ、ギイ・ド・マテルリッツは信管が生きたままの不発弾と変わらない。
はてさて。誰かがこの爆弾を解体するのか。あるいは、爆発してしまうのか。
〇
見たくない知りたくない現実に直面した第一王子エドワードには、いくつか選択肢があった。
『俺の心を弄びやがって手籠めにしてやる』と逆恨みに走ったり、
『他の男を好いてようが知ったことか、俺の女に召し上げてやる』と権力を用いた横暴さを発揮したり、
『さらば、我が恋……君の幸せを祈っているよ』と自己陶酔気味な逃避をしたり、
『貴様、アリシアを賭けて決闘しろっ!』と短慮に走ったり……
ともかく選択肢はあった。
そうした選択肢の中からエドワードが採った選択肢は、グウェンドリンと話し合うことだった。
ヴィルミーナ辺りが聞いたら『おっまえ、ようやく正しい選択肢を採ったな』と罵りそうだが、ともかくエドワードはグウェンドリンを呼び出し、二人で王宮内の庭園を散歩した。冬の訪れで庭園内に花は少ない。
そして、
「俺はずっとアリスが好きだった」
エドワードはぽつりと言った。
「存じています」グウェンドリンは手を白くなるほど固く握りしめて応じた。
「彼女の純真さが好きだった。あの無邪気な笑みが好きだった。立場や血筋と関係なく俺個人と向き合ってくれる彼女が好きだった」
エドワードはグウェンドリンの目を見ながら、
「でも、ずっと誤解してたんだな。アリスが俺や俺達に純真さを示していたのは、無邪気さを示していたのは、根っこの部分で俺達を異性として、恋慕を向ける対象として相手にしていなかったからだったんだ」
どこか自虐的に微笑む。
「単なる友人として扱われていたことに気づかない。こんな間抜けな話はない。実際、物笑いの種だろう」
「ですね。ヴィーナ辺りなら『ようやく夢から醒めた』とでも言うでしょう」
グウェンドリンは突き放すように言った。これまでの経緯を考えれば、優しいくらいだ。
「だろうな」
エドワードは小さく首肯し、グウェンドリンをベンチへ座るよう促して隣に腰を下ろす。
「ヴィーナにはずっと言われてきた。君の真摯さに誠意を持つべきだと。俺はずっと君の誠実さを軽んじてきた。君の誠心を無碍にし続けてきた。この場でどれだけ言いつくろっても、君の信頼を回復することは難しいことを承知している」
ふ、と白息を吐き、エドワードはグウェンドリンの手を握った。その悲しい冷たさにエドワードの良心がずきりと痛む。
「きっと君はこれから自分がアリスの代わりなのか、代用品として扱われるのか、その疑念と不安に駆られると思う。それは俺の愚かさと不誠実のせいであって何一つ君のせいではない」
グウェンドリンは呻くように吐露する。
「貴方はずっと私を見てこなかった。失恋した今になって、私に向き合うとおっしゃるんですか。私をバカにするにもほどがあります」
「そうだな。その通りだ」
エドワードは大きく深呼吸して言った。
「だから、式を上げても君と肌を重ねない」
グウェンドリンは目を大きく見開き、身を震わせた。
「それは――――私との間に子供を作らないという、意味ですか」
「違う」
エドワードは即座に否定し、続けた。
「君の心を足蹴にしてきた償いをしたい。君の誠実さに詫びたい。君が俺を許せる日が来たら俺に抱かれてくれ」
美しい双眸からぽろぽろと涙をこぼし始め、グウェンドリンは嗚咽と共に告げる。
「そんな日が来なかったら、どうするのです。私に王太子妃として、王妃として務めを果たせなかった女として名を残せとおっしゃるのですか」
「いいや。俺は君に嫡流の命運を握れと言ったんだ。それと、俺は必ず君を次代の国母にして見せる。君の信頼を得て、君の赦しを得て、君を抱く」
大きく息を吐き、エドワードは腰を上げてグウェンドリンの前に片膝をついて、その手を取る。
「グウェンドリン・デア・ハイスターカンプ。この愚かなエドワードの妻になってください。そして、貴方を必ずや王妃に、国母にすると誓わせてください」
手痛い失恋を経て、第一王子エドワード・デア・レンデルバッハ・ド・ベルネスはようやく“男”になった。
〇
グウェンドリン・デア・ハイスターカンプ。
メルフィナ・デア・ロートヴェルヒ。
デルフィネ・デア・ホーレンダイム。
ヴィルミーナ・デア・レンデルバッハ・ディ・エスロナ。
四人はなんだかんだ言って、互いに毒舌を飛ばしあえる同格の幼馴染である。
冬晴れの午後、彼女達はハイスターカンプ公爵家王都屋敷のサロンに集結していた。
さて、丸テーブルに着いている四人だが……デルフィネがヴィルミーナにぴったりと寄り添って座っている。まるで主の傍から離れたがらない猫のようだ。
「戦勝パーティでも目にしたけど、改めてみると信じがたい光景ね……」
グウェンドリンは仲睦まじいヴィルミーナとデルフィネに呆れを禁じ得ない。
そもそもデルフィネは反ヴィルミーナの最先頭であり、ヴィルミーナ嫌いを公言してはばからない女だった。それが今や、懐きまくった猫のようではないか。王立学園生だった頃を思えば信じられない光景だった。
「この泥棒猫……っ!」
嫉妬のこもった目でデルフィネを睨み、忌々しげに吐き捨てるメルフィナ。
が、デルフィネはメルフィナを煽るように挑発的な笑みを返す。
「ふふふん。なんとでも言うが良いのです。今や私とヴィーナ様は強い強い絆で結ばれているのです。金だけの付き合いの誰かさんとは違うのでございます」
「いつか生皮を剥いでやる……」と目がマジのメルフィナ。
「返り討ちにしてやんよ。でございます」と目がガチのデルフィネ。
「やーめーてー私のためにー争わないーでー」
どこか楽しげなヴィルミーナ。
こいつら……とこめかみを押さえつつ、グウェンドリンは本題を切り出した。
「今日、貴女達を招いた本題なんだけれど、ヴィーナに立会人代表をお願いしたいの」
グウェンドリンの申し出に、ヴィルミーナは目を瞬かせる。
洋の東西を問わず結婚式に参加する招待客は、基本的に『立会人』という立場にある。新郎新婦の結婚の宣誓、神の前で交わされる夫婦の契約に立ち会う証人だ。
花嫁花婿から一人ずつ選び出される立会人代表は大変な名誉であり、最も信頼信用されている人物、ということになる。
「あ、そっちなんだ。てっきり付添人を頼まれるのかと」
「付添人は従姉妹や親戚衆、寄子衆がやってくれることになってるの」
ハイスターカンプ家ほど大きな家になれば、派閥も大きい。縁戚と閨閥はもちろん寄子もかなりの数になる。
「なおのこと、私が立会人代表でいいの? 御家の都合は? 側近衆もいるでしょう?」
「そうした関係回りを考慮したうえで、ヴィーナにお願いしてるの」
グウェンドリンはふっと息を吐いた。
「デルク叔父様が強く強く推したのよ。私と貴女の縁をしっかりつないでおくように、て」
「それは私も両親から言われてますね」「私も」
メルフィナとデルフィネも首肯した。
そりゃそうだろう。今やヴィルミーナは王国で最高値の娘だ。『白獅子』という企業財閥のオーナーであり、莫大な財産を持ち、北洋や外洋に至る商圏を持ち、アルグシアとパイプを持ち、表に裏に影響力を持つ。この縁を捨てるようなバカはいない。
「私は既にハイスターカンプ家と十分に誼を通じているつもりなんだけど」
あの大規模仕手戦の成功はハイスターカンプ少将の協力無しにはあり得なかった。ゆえに、ヴィルミーナは今後、ハイスターカンプ家、特にハイスターカンプ少将夫妻とその子女までは、いろいろと便宜を図るつもりでいる。
それに、ヴィルミーナの事業は既にハイスターカンプ家の利権と事業提携状態だ(4:1参照)。今更、立会人代表などと面目を立ててくれなくても構わないのだが。
しかし、それはあくまでヴィルミーナ個人の考えであり、ハイスターカンプ家はそう捉えていないらしい。その証拠に、グウェンドリンが強く押してきた。
「その誼の深さを周囲にもはっきり示しておきたいの。お願いできる?」
「ふむ……流石にこの場で即断はできないわ。私個人は喜んで受けたいけれど、王妹大公家の向きもあるし、貴族界の政治バランスに関わる。御母様と陛下の内諾が要るわね」
ヴィルミーナは慎重に応じた。
グウェンドリンとの間には友情がある。アリシア登場以来はエドワードとの仲を取り持ったり、表に裏に世話を焼いたりしてきたのは、打算や情実だけではない。
その点を差し引いても、貴族界という伏魔殿の立ち回りには慎重さが求められる。国で上から数えた方がいいほどの大身になった以上は、特に。
経済界、財界、実業界の連中は既にヴィルミーナを敵に回すか、味方に回すか、中立でいるかの三勢力に分かれた。王国府は巨大な“力”を持ったヴィルミーナに警戒心を抱いている。軍と教会は好意的だが、今のところ、という但し書きがつく。貴族界――広義には政界がどう動くか。
面倒な話だが、金は暴力と権力と密接に関係する以上、政治と無縁でいられない。
「王太子妃、将来的には王妃となるグウェンがヴィーナ様と昵懇、という表明はしておくべきです」
デルフィネが指摘した。王妃候補の一人だっただけに、この手の生臭い話は得意だ。
「グウェンとヴィーナ様に太いパイプがあるとなれば、王国府も貴族界もグウェンを軽く扱えませんし……ヴィーナ様が王家と結束している分には、王国府も手を出しにくいはずです。そもそも、こうした役どころは分かっていたことでしょう?」
確かに、これは分かっていたことだった(1:1/1:2参照)。
次期国王と同い歳のいとこ。この肩書で求められることは一つ。次期国王夫妻の支援者や相談役。
そして、今のヴィルミーナが持つ“力”を考えれば、王家と相互扶助関係を持つことは生存戦略だろう。王国府は既に警戒している。このうえ、王家にまで本格的に睨まれては為す術がない。
本物の権力を敵に回したら生き残れない。それはヴィルミーナも同じだ。
「概ねデルフィが指摘した通りだし、立会人代表は受けることになるとは思う。ただ、こういう事は話を通しておくことが大事なのよ。御意向伺いは先方の顔を立てる証拠だからね。実際、こうしてグウェンからお願いされていることも、そうだし」
「ですね。そこをおろそかにすると話が回りませんし、変にこじれます」
既に実業家であるメルフィナもよく分かる。大貴族であっても、いや、大貴族であるからこそ根回しや挨拶が欠かせないのだと。
「ひとまず、立会人代表は引き受ける方向で話をまとめておく。それで良い?」
「ええ。お願いするわ」
グウェンドリンはヴィルミーナへ首肯を返す。ただし、端正な顔にどこか憂慮が見え隠れする。
「他にも何かあるの?」とメルフィナが促す。
「どうせあの野良猫絡みでございましょ」とデルフィネ。
デルフィネは未だにアリシアが嫌いだった。が、ヴィルミーナもそれを許している。
好き嫌いは個人の気質によるから仕方ない。万人が仲良しこよしになれる世界は、アホの妄想の中だけだ。もちろん、それを仕事や公に持ち込むことは絶対に許さないが。
前世の頃から部下達に口を酸っぱくして繰り返した。
友人になれとは言わない。仕事を共にする以上、好き嫌いではなく能力の有無で評価して付き合え。
側近衆にしても、戦友という連帯と結束を有しているが、個人の関係には大きな違いがあった。麾下組織内の重役や高級幹部達にも内部派閥や対立がある。仕方ないことだ。
人が三人集まれば、政治が生じ、関係に利害と打算が持ち込まれる。
今のところ、デルフィネとその側近衆はヴィルミーナの元でも上手くやっている。デルフィネの側近衆は『私達はデルフィ様の側近衆』という態度を崩していないが、『それはそれとしても、ヴィーナ様は尊敬に値する人物』と見做しているし、アレックス達のことも『戦場で生死を共にした仲間達』と認識しているからだ。
アレックス達にしても、戦場の体験とその後の悲哀と苦悩を分かち合ったデルフィネ達に独特な連帯意識を抱いていた。
この意識の共有があればこそ、別派閥を取り込めた、ともいえる。
とはいえ、
「アリスのことを野良猫と呼ぶのは止めて欲しいわね」
グウェンドリンがぎろりとデルフィネを睨む。
かつては間女とアリシアを毛嫌いしていたが、今は飼い猫や飼い犬のごとく寵愛するグウェンドリンは、デルフィネの好悪を許容しない。
「なんとまあ、あれほど恥辱を負わされても、まだあの野良猫とお友達付き合いをする気とは。王太子妃様はマゾ趣味でいらっしゃる」
デルフィネが美貌に悪辣さを加え、嘲笑を湛えた。
忘れがちではあるが、ハイスターカンプ家とホーレンダイム家は父祖の代から怨讐を重ねた宿敵関係。その子孫である二人も、根っこは互いが大嫌い。
グウェンドリンが戦闘魔導術をブッパしそうな気配を抱き始める。デルフィネもひそやかに魔導術の準備を始めていた。
割と本気で殺し合いを始めそうな二人を無視し、メルフィナはヴィルミーナに水を向ける。
「そういえば、この間の戦勝パーティ、レーヴレヒト様がお越しでしたね。久しぶりにお会いしましたけれど、ますます素敵になってらして驚きました」
楽しそうな話題を嗅ぎつけ、デルフィネとグウェンドリンが殺気を解き、即座に食いつく。
「あの美青年、どこの誰です? あんな素敵な方、王立学園にいませんでしたよ?」
「噂に聞くヴィーナの幼馴染ってあの方なの? どういう関係なの?」
ヴィルミーナは小さく目を瞑り、うむ。と頷いてから言った。
「私、彼と婚約することにしたの」
デルフィネとグウェンドリンとメルフィナが、ヴィルミーナ並みの顔芸を発揮し、
「「「ええええええええええええええええええええええええええええっ!?」」」
盛大な吃驚を上げた。




